オープニング

 ターミナルの一画に、『ジ・グローブ』という小さな看板のかかった店がある。
 気まぐれに開いたり閉まったりしていて営業時間は判然としない。いつ行っても店には誰もおらず、ただ机の上に白黒のまだらの猫が眠っているだけだ。
 猫を起こさぬように呼び鈴を鳴らせば、ようやく奥から店の女主人が姿を見せるだろう。
 彼女がリリイ・ハムレット――「仕立屋リリイ」と呼ばれる女だ。
 彼女はターミナルの住人の注文を受けて望みの服を仕立てる。驚異的な仕事の速さで、あっという間につくってしまうし、デザインを彼女に任せても必ず趣味のいい、着るものにふさわしいものを仕上げてくれる。ターミナルに暮らす人々にとって、なつかしい故郷の世界を思わせる服や、世界図書館の依頼で赴く異世界に溶け込むための服をつくってくれるリリイの店は、今やなくてはならないものになっていた。
 そして、その日も、リリイの店に新たな客が訪れる。
 新しい注文か、あるいは、仕上がりを受け取りに来たのだろう。
 白黒のまだらの猫――リリイの飼猫・オセロが眠そうに薄目で客を見た。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんがリリイに服を発注したというシチュエーションで、ノベルでは「服が仕立て上がったという連絡を受けて店に行き、試着してみた場面」が描写されます。リリイは完璧にイメージどおりの服を仕立ててくれたはずです。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・依頼した服はどんなものか
・試着してみた反応や感想
を必ず書いて下さい。

!注意!
魔法的な特殊な効能のある服をつくることはできません。

品目ソロシナリオ 管理番号481
クリエイター西尾遊戯(wzyd7536)
クリエイターコメント和洋折衷・創作・その他なんでもござれ。デザインお任せもOKですが、具体的なオーダーの方がお受けしやすいです。
特に、下記がWRの守備範囲です。

・【壱番世界ファッション】
 今季春夏ガールズトレンド
 (森ガール・ウエスタン・姫などなど)
 お好みのテイストやデザインをお伝えください。

・【和装】
 古代~現代、まったくの創作まで。
 紋様、色柄、詳細あるとイメージしやすいです。

ご依頼いただいた方に喜んでいただけるよう、心を込めてお仕立てさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

参加者
灰燕(crzf2141)ツーリスト 男 28歳 刀匠

ノベル

「華の中で舞い遊ぶ、龍の着流しを仕立ててくれんかのォ」
 仕立屋リリイにそう告げたのは、つい先日のことだった。
 色の指定、柄の配置。そういった要望は一切添えなかった。ただ龍の着流しが良い、という大ざっぱなイメージを伝えただけだ。
 存外適当な注文であったが、翡翠のドレスに身を包んだ女店主はふたつ返事でその依頼を引き受けた。
 それが、三日前のことである。

「相変わらず大したモンじゃのォ、仕立て屋」
 報せを受けて再び店を訪れてみれば、依頼の品はすでに眼前にそろえられていた。
 店内中央に据えられたテーブルの上には、白地の着流しと、灰味がかった白の羽織が畳んで置かれている。
「どがァしたら、こげに早く仕事ができるんじゃ」
 感嘆を隠さずに疑問を投げかけてみると、女店主は小首をかしげるようにして応える。
「あら、貴方のお仕事も同じようなものではなくて? 刀鍛冶の世界には、『鉄は熱いうちに打て』という言葉をあるのを聞いたことがあるわ」
 壱番世界のことわざを言いたいらしい。
 要は「思い描いたイメージを形にするなら、早いほうが良い」と言いたいのだろう。
「依頼を受けた瞬間から、私の頭の中ではもう作業が始まっているのよ」
 この穏やかな声の主こそが、灰燕の着物を三日で手がけた仕立屋にして女店主、リリイ・ハムレットそのひとである。
 ターミナルの一画で『ジ・グローブ』という看板を掲げ、精力的に仕立てを行う彼女を知らぬ者はいない。
 小さい店とはいえ、女手ひとつですべての仕事をこなすリリイは、華奢な外見に似合わず剛胆な意志の持ち主なのではないか。というのが、灰燕の見立てである。
「ソレでも、こがァ立派なモンを一瞬で作ってしまうあんたには感服する」
 完成した品の確認を含めて袖を通してみれば、着物はぴったりと灰燕の身体に馴染んだ。
「あア、良い案配じゃ」
 リリイによって着丈などの最終的なチェックも行われたが、灰燕が見る限りどの採寸も完璧に行われており、窮屈でもなく、生地や丈が余ることもなく、実に具合が良い。
 また、手に取って見るのと実際に羽織って見るのでは、生地の見え方が違うことにも気づいた。
 着流しには全身にわたって銀の龍紋が描かれていた。
 袖を通して気づいたが、その紋は染色ではなく刺繍によるものだった。リリイは異世界の幻獣を参照したと言い、下絵から新たに自分で起こしたのだという。ふっくりと厚みをもった刺繍の龍紋は、指でなぞれば立体感をもって存在を誇る。
 裏地はといえば、鮮やかで深みのある『江戸紫(えどむらさき)』の配色だ。壱番世界の古代の衣装を参照し、その配色になぞらえたのだという。
「その刺繍さえなければ、もう一日早く仕上がったわ」
 豪語するリリイをよそに羽織を重ねれば、張りのある生地が光沢をもって艶めく。反物自体に精緻な躑躅紋が織り込まれ、灰白の生地に表情をもたせていた。 
 着流しの白に、裏地の紫。そして羽織の灰白。
 その対比が儚げで美しくもあり、鋭利な面差しの灰燕がまとえば、一段と華やかさを増して見える。
 眺めても触れても精緻な技巧を垣間見ることのできるそれらは、贅を凝らした趣向品というに足るできばえだ。
「あァ。あんたは相変わらずええ仕事をしよる」
 灰燕に付き従っていた白銀鳥妖・白待歌も、賛同するように焔を閃めかせた。
 リリイは、客人の様子を眺めて笑みを浮かべる。
「最初は龍紋地の反物を探すつもりだったけれど、自分の手で仕立てて良かったわ」
 なぜかと問う灰燕に、リリイは愚問だと答える。
「そのほうが、あなたの趣向に合う、納得のいくものを仕立てられるでしょう」
 とても良く似合っているわと伝える仕立て屋は、実に嬉しそうな様子だった。
 服を仕立てることは、もはや彼女にとって生き甲斐だろう。
 それを完成させること。
 客人に気に入ってもらうこと。
 それらと同じくらい、できあがった服を客人がまとう姿を見るのが、彼女の楽しみであるのかもしれない。
「俺の趣向?」
 リリイは灰燕の羽織る着物を指し示す。
「貴方、もう何度もここを訪れているでしょう。幾度か会話をすれば、趣向はくみ取れるようになるものだわ」
 これまでにも数多くの服を作ってきたリリイは、初対面の人物でも、服装から大体のひととなりをくみ取ることができるという。
「言葉を交わせば、そのひとの事がもっと良くわかる。貴方とはこうして何度も取引をしているの。どうして、私にあなたのことがわからないと思うの?」
 それはたいそうな自信をはらんだ言葉だったが、毎度仕立て屋の腕の確かさを目の当たりにしている灰燕は、「なるほど、違いない」と頷いた。
 着物はこのまま着て帰ると伝えると、懐から金を取りだし、リリイに手渡す。
 女店主は金額を確認した後、客人を見送るために扉を開けようと先に立ち、振りかえった。
「そうだわ。近いうちに、ターミナルでファッションショーをしようと計画しているの。お誘いしたら、貴方、来てくださる?」
 上目遣いのいたずらっぽい表情。
 あまり期待はしていないのだけれど。
 そんな声が透けてきそうなからかい半分の問いかけに、灰燕は少し考えるそぶりを見せる。
「……ほうじゃのォ。幕下に立つかどうかはともかく、他の者の装束を見に行くのもええかもしれんなァ」
「まだ計画中だから、詳細が決まったら報せるわ」
 考えておいてと添え、リリイは店の扉を開け放った。
 うながされるままに扉をくぐり、手にしていた番傘をひらく。
「またよろしゅう頼むぞ、仕立て屋」
 声はかけれど、振りかえりはしない。
 片手をあげ、遠ざかっていく番傘を見送り、リリイは代金と一緒に受け取った品に眼を移した。
 その手には精緻な細工のかんざしが一本、握られている。
 灰燕が仕立てた細工物だ。
 幾度か注文を受けたリリイは、あの和装の美丈夫が、気に入った者にしかその力を揮わないということを知っている。
 陽光にかざし、金細工のきらめく様を楽しむ。
 そのまま髪に挿すと、扉硝子に映るかんざしを満足げに見やった。

 ひとりの客を見送ったなら、また次の仕事に取りかからなければならない。
 リリイは扉に下げていた札を『OPEN』から『CLOSE』へと裏返し、再び店の奥にある作業場へと戻っていった。



 了

クリエイターコメントこのたびは初のソロシナリオへのご参加、まことにありがとうございました!
風雅な口調がとても素敵なPCさまだったのですが、それをきちんと再現できているかというと、少しばかり不安が残ります……。

どうか仕立てたお品がご満足いただけるものでありますように。
そしてお店で過ごした時間が、PC・PLさまにとって和やかな時でありますように。

それでは、また別の機会にお会いする、その時まで。
公開日時2010-05-02(日) 12:30

 

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