オープニング

 小暗い悪意うずまくインヤンガイ。しかしそんな世界にも、活気ある人々の暮らしは存在する。生きている以上、人は食事をする。実は、インヤンガイは豊かな食文化の花咲く世界であることを、旅人たちは知っていただろうか――?
 インヤンガイのどの街区にも、貧富を問わず美食を求める人々が多くいる。そこには多種多様な食材と、料理人たちとが集まり、香ばしい油の匂いが街中を覆っているのだ。いつしか、インヤンガイを冒険旅行で訪れた旅人たちも、帰りの列車までの時間にインヤンガイで食事をしていくことが多くなっていた。

 今日もまた、ひとりの旅人がインヤンガイの美味を求めて街区を歩いている。
 厄介な事件を終えて、すっかり空腹だ。
 通りの両側には屋台が立ち並び、蒸し物の湯気と、焼き物の煙がもうもうと立ち上っている。
 インヤンガイの住人たちでごったがえしているのは安い食堂。建物の上階には、瀟洒な茶店。路地の奥にはいささかあやしげな珍味を扱う店。さらに上層、街区を見下ろす階層には贅を尽くした高級店が営業している。
 さて、何を食べようか。

●ご案内
このソロシナリオでは「インヤンガイで食事をする場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけて好味路で食事をすることにしました。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが食べたいもの
・食べてみた反応や感想
を必ず書いて下さい。

!注意!
インヤンガイではさまざまな危険がありますが、このシナリオでは特に危険な事件などは起こらないものとします。

品目ソロシナリオ 管理番号682
クリエイター櫻井文規(wogu2578)
クリエイターコメントソロシナリオのお誘いにあがりました。

さて、皆さまがこのたびお召し上がりになるメニューは、果たしてどのようなものなのでしょうか。美食、粗食、珍味、あらゆるものが、この街ではお心のままに揃うに違いありません。
楽しい、あるいは珍奇なお食事の一場面、わたしに描かせてはいただけませんでしょうか?


プレイング日数を少し短めに、製作日数を多めにとらせていただいております。
ご理解のほど、お願いいたします。

参加者
灰燕(crzf2141)ツーリスト 男 28歳 刀匠

ノベル

 双七と称される祭りらしい。街中は活気に溢れている。大路の脇には菓子を売る露店や名物と冠された食い物を売る露店が並ぶ。見世物小屋や、少し角を折れて小路に入れば胡散臭げな小屋も見受けられるあたり、やはりインヤンガイという街の特色と言えようか。
 灰燕は着流しの上に鮮やかな朱の袖を羽織り、黒地の番傘を悠々と差し持った風体で人ごみの中をゆるゆると歩き進んでいた。傘に銀で鳳凰の意匠が描かれているためもあってか、あるいは灰燕の人目を引く美丈夫がそうするのか、過ぎる者の大半は足をとめて灰燕を振り返る。しかし、灰燕は彼らの視線など意に介することもない。形良い唇に薄い笑みを浮かべ、目にとまる露店や小屋を興味深げに眺め、覗き、足をとめるだけだ。
 中でも関心を寄せたのは異国の刀剣を扱う露店だ。そこは日頃は小さな骨董屋を営んでいるらしく、祭りに便乗した出張露店といった場所だったようだ。確かに、商品は刀剣の他にも皿や盃、銅で造られた神仏の像なども並んでいる。
 灰燕の刀剣への執着は並ではない。片刃の、妖しい彩を放つ緩やかな反り。妖光は、その刀剣がこれまで幾度となく血を吸いこんできたのであろうことを存分に知らしめている。あるいは、曰く憑きという称をすら持ち得ているかもしれないその一振りを、灰燕は金色の双眸をゆらりと細め軽く横に引き空を斬ってみた。鈴の震えるような音が聴こえたような気がして口角を持ち上げる。
 売り子である少女が灰燕の挙動を見つめ首をかしげた。灰燕は少女に礼を述べてゆるりと微笑み、「好い刀じゃのう。良い持ち主が現れるのを心待ちにしとるようじゃ」そう残して刀剣を元の場所に戻すと、朱の裾を風になびかせながら振り向き、再び人の流れの中へと身を紛れこませる。
 
 当て所もなく歩く道すがら、一軒の露店から駆けてきた子供が灰燕の腕にぶつかった。兄弟だろうか、ふたりとも痩せてはいるが決して食に窮している風でもない。灰燕にぶつかったのは弟だったのだが、灰燕がその幼い少年を見下ろすと同時、兄である少年が弟をかばうように後ろ手に押しやった。
 ふたりとも、手に丸い菓子のようなものを持っている。
「ごめんよ、兄ちゃん」
 少年が上目に灰燕を仰いで謝罪を口にした。弟もそれに倣い小声で謝罪を口にする。弟が手にしている菓子がわずかに欠けている。もしかすると着物にかけらがついているかもしれない。
 が、灰燕は気にすることもなく、少年たちの頭を軽く撫でた後に口を開けた。
「そりゃあ菓子かの?」
 訊ねた灰燕に兄弟たちはわずかに驚いたような色を浮かべ、小さく肯き、手にしていた菓子を持ち上げる。
「砂糖を融かして焼くんだよ。おっちゃんは魔法の粉だって言うんだけど、それを砂糖にいれて焼くと膨らむんだ。おもしろいんだぜ。兄ちゃんも見てきなよ!」
 言いながら差し出されたその菓子は一見すると亀の甲羅のような形状で、カラメル色の軽石のような見目をしていた。とてもではないが高価なものとは言いがたい、しかし食指を動かされる香りが鼻先をくすぐる。
 小さな唸り声にも似た応えを口にしてうなずく灰燕に、兄弟は揃って一軒の露店を指す。先ほどふたりが後にしてきた露店だ。「ほほう」関心深げに目を細めた灰燕に別れを告げ、兄弟は再び人混みの中に駆けていった。
 
 露店は粗末な布を張っただけの掘っ建てだった。もっとも大体の露店は似たようなもので、中には路地に布を敷いただけの露天もあるのだから、むしろ屋根や風除けがあるだけマシといったところだろう。
 主は若い男だったが手つきはなかなかのものだった。首に手拭いを巻き、頭にも手拭いを帽子のように巻いている。小さな鍋に赤砂糖を入れ、少量の水でそれを融かし、さらにその中に白いクリーム様の泡を入れた。これを火にかけて大きく鍋を揺する。と、同時に、それまではさほど威力ももたずチラチラと点いている程度のものにしかすぎなかった火が、瞬時に勢力を得て燃え盛った。
 灰燕は目を見張る。露店を囲っていた数人のギャラリーから歓声があがった。
 まるで意思を持ち踊り跳ねているかのような赤い炎。その中で、店主によって自在に動かされる小鍋、見る間に膨らんでいくカラメル色の菓子。食欲をそそる香りが辺りを満たし広がる。
 目を奪われていた数瞬の後、眼前で踊っていた炎は再び勢いを戻していた。菓子は灰燕の前に立っていた女児に手渡され、少女は出来たばかりのそれを両手で持ち、満面の笑みを浮かべて灰燕の後ろへ駆けていく。
「兄さん、見ない格好だね。ひとつどうだい?」
 気がつくと店主と向かい合う位置に立っていた。声をかけられ、灰燕は数度ばかり目を瞬かせる。
「ああ、そうじゃな。ひとつ頼もうかのう」
 灰燕が肯くと、店主は満足そうに頬を緩めた。ギャラリーからの視線が再び店主の手元に寄せられる。

 手順は先ほどと違わぬものだ。ギャラリーの期待と灰燕のそれとは同じものであったようだ。店主が小鍋を振るう。小さく鍋を温めるものでしか過ぎなかった火が、やはり瞬時にして大きく爆ぜた。
 まるで真赤に咲き揃った花束のようだ。花束が風を受けて自在に動く。否、ならばむしろ店主の手の中にあるのは炎の形をとった妖かもしれない。合図と共に見事な踊りを観客に向けて興じるのだ。
 湧き上がる歓声。たちのぼる甘い香り。金色の双眸を閃かせる灰燕の表情は、駆けていった兄弟や少女と寸分違わぬものとなっていた。
「はいよ、兄さん」
 店主が出来たばかりの菓子を藁紙で包み、差し出した。それを受け取り、看板に表示されていた代金を支払って、灰燕はわずかに首をかしげる。
「あんたは良い炎使いじゃな」
「は? いやいや、親父から継いだ技でね。炎使いっちゃあ、何やら大層な響きだな」
 笑う店主に微笑みを返しながら、灰燕は菓子を受け取った側ではない手を持ち上げた。
「俺もちぃとした技を持っとるんじゃ。楽しい興じゃった。釣りはいらんと言いたいところじゃが、楽しませてもろうた礼じゃ、あんたなら巧くこなせるじゃろう」
 言って、指先を小さく鳴らす。次の瞬間、その指先に白銀の炎が現れた。それは一瞬だけ鳥が両翼を広げるような形をとったが、それを見とめたのは灰燕の他にはいなかっただろう。
 灰燕の指先で小さく爆ぜる白銀の炎に、店主はおろか、ギャラリーたちの視線が一息に寄せられた。しかしその好奇に構うこともなく、灰燕は指先を伸べ、店主が使っていなかったもうひとつの台に白銀の炎を移す。赤と白銀、二色の炎が絡み合うように小さく爆ぜた。
「また寄らせてもらうけぇの」
 目にしたこともない白銀の炎に場にいたすべての視線が釘付けになっている間に、灰燕はふらりと歩みを進め、人混みの中に姿を紛れ込ませる。

 菓子の露店を後にしてから程なく、灰燕は耳元に聞き慣れた声を受けた。
「畏れながら、灰燕様」
 呼ばれ、視線だけを移す。そこにいたのは白く滑らかな長い髪を風に躍らせている和装の麗人の姿だった。
「白待歌か」
「ひとときの道楽への駄賃としては高い花代でございましょう」
 氷のような青い双眸を灰燕に向け、麗人は言を編む。
 しかし、灰燕は喉を鳴らすように笑い、菓子を口に運ぶ。
「ありゃあお前の子じゃろう。お前の子がああして菓子を創るっちゅうのも面白かろうが」
 言って、麗人の腕を軽く叩き、目を細めて笑った。
「お前も食うか?」

クリエイターコメントお待たせいたしました。
このたびはインヤンガイでの初ソロシナリオへのご参加、まことにありがとうございました。二度目の御目文字になりますね。ありがとうございます。

相変わらずといいますか、わりと好きなように書かせていただきました。毎度のことながら、口調その他の設定等、イメージと異なる点などございましたらお申し付けくださいませ。

ちなみに双七というのは七夕のことでして、そ、その、本当は時節に合わせてのお届けを(以下、みっともない言い訳なので略します)

お気に召していただければ幸いです。
それでは、またのご縁、心からお待ちしております。
公開日時2010-07-18(日) 10:10

 

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