クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-8696 オファー日2011-01-21(金) 22:04

オファーPC 灰燕(crzf2141)ツーリスト 男 28歳 刀匠
ゲストPC1 呉藍(cwmu7274) ツーリスト 男 29歳 狗賓

<ノベル>

『お前は此処に在るべきではない』
 そう告げられた瞬間、世界が崩落したような気がした。

 はらり、はらり。降り注ぐ感触はひどく懐かしい。
 ――懐かしい?
「!」
 呉藍はがばと跳ね起きた。
 はらり、はらり。舞い落ちるのは、桜。――焔。
 鋼色の桜が、焔の花弁を降らせている。視線を巡らせてようやく、見知らぬ屋敷の庭であることに気付いた。
(何が起こった)
 あの時、世界が崩落した気がした。次の瞬間には鉛のような疲労感と共に別の場所に立っていた。彷徨ううちにこの場所に迷い込み、気を失って……目を覚ませばこの有様だ。
「夢、なのか」
 そう呟いてしまう程度には現実離れした光景だった。焔の花を咲かせる鋼の桜など、これほどまでに美しい桜などあるわけがない。
 だが、冷静な直感がそれを否定する。夢ではないと、目の前の光景を見据えよとひどく冷ややかに囁きかけてくる。
 ならばすべてが現実なのか。――お前は此処に在るべきではないという主の言葉も。
「……何が起こった」
 はらり、はらり。静謐に落ちる焔の中、蒼の髪が雛鳥のように震える。
 だが、不可解な気配を感じてわずかに正気を取り戻した。
 音もなく、女が現れる。桜の化身のようにして。長い黒髪に、しっとりとした和装。青の瞳は湖のように冷たく、揺らがない。
「勝手に入り込んで済まん。あんた、ここの住人か? ここはどこだ? いや、俺はどこから……」
 途方に暮れて呉藍は問う。女はかくりと首を傾げた。どこか虚ろなその面(おもて)は呉藍を見ているようで見ていない。
「教えてくれ」
 呉藍は迷子の子供のような泣き顔を作った。
「俺は……俺は――」
 いらえの代わりに白い手が伸びてくる。
 引き寄せられるように指先を伸ばせば、女の姿が焔へと溶けた。

 焔が呉藍を抱擁する。燃やすことなく、包み込む。
 だが、真に焔であるのか。それは刀のような白銀。降り注ぐ花弁と同じしろがね。自らが操る火とはあまりに異なり、呉藍はしばし唖然とする。
 はらり、はらり。焔の桜が舞い落ちる。
 途方に暮れて空を仰げば、その眩しさに眩暈がした。
(ああ)
 だからこそ、これほどまでに焦がれるのか。
「ああ――」
 白銀の中、蒼い髪が燃え上がる。次の瞬間、呉藍の姿は堂々たる獣――狼に似ているだろうか――へと変じた。
 はらり、はらり。羽毛のように花弁が注ぐ。獣は地を蹴り、跳び上がる。焔を足場に、翔け上がる。遥かなる空へ。その向こうの天へ。
(高く。もっと高く)
 歓喜するように焔が揺れる。戯れるように花弁が纏い付く。耳に、鼻に、尾に触れては落ちて舞う。火の粉のような花吹雪の中を、蒼い獣が無心に駆け抜ける。
 美しく、あまりに現実離れした光景に口元を緩める者があった。
「ほォ」
 このチェンバーの主である灰燕だ。気まぐれに散策に出て、気まぐれに戻って来たものらしい。
「先客か。……よォも心を許したもんじゃ」
 独りごちるような感嘆が届いたのかどうか、鋼の桜が静かに揺れた。
「白待歌」
『此処に。我が君』
 灰燕の傍らに白銀の焔が噴き上げ、美しい鳥の姿を取った。
「どうじゃ? あれァ」
 促されるまま、白待歌は桜と獣に目をやった。桜の花弁は白待歌が纏うしろがねと同じだ。白待歌の目には、蒼い獣を抱擁する黒髪の女の姿がくっきりと見えていた。
『佳き色かと』
「っはは」
 明快ないらえに灰燕は笑った。
「そうじゃの。ええ色じゃ」
 いつしか獣の四肢に焔が燈っていた。伝承か何かを見ているようだ。焔を宿し、焔に包まれ、蒼き獣は夢中で駆ける。遥かなる空へ。ここではないどこかへ。獣の心はひたすらに天へと向けられている。
 どれだけ宙を駆けようと、地に生きる獣は天へは届かないというのに。
(危ういのぉ)
 だからこそ、これほどまでに美しいのか。
「……ええ舞じゃ」
 有り体に言えば、灰燕は目の前の光景に見惚れていたのだった。

 焔が燃える。焔が散る。花弁を蹴り、花弁と踊り、呉藍は徐々に高みへと翔け上がる。
 花吹雪の中、美しい空が見え隠れする。やみくもに手を伸ばす。届かない。ああ、もっと、もっと高く飛ばねば。
 強靭な後脚で焔を蹴れば、花弁越しに主の姿が覗いた気がした。絶対的なその姿。揺らぐことのない思慕と敬意。
 手を伸ばす。あと少し。
 風が花弁を吹き散らし、主の姿が露わになったその時だった。
『お前は此処に在るべきではない』
 それは拒絶。それは否定。――呉藍の存在を根底から覆さんとするほどの。
「!」
 足許が割れる。
 世界が崩れる。
(何故)
 手を伸ばす。溺れる者のように。花吹雪に蔽われた主は無情に遠ざかっていく。否、遠ざかっているのは呉藍の方であった。焔の足場を踏み外し、蒼い体が地へと落ちていくのだった。
(何故……!)
 世界が崩れていく。真っ逆さまに落ちていく。地べたに叩きつけられるかと思ったその瞬間、投網のように広がった白銀の焔が蒼い巨躯を受け止めた。
『歓迎します、鋼と焔の御使いよ』
 女の声が頭の中に響き、呉藍は静かに地面に下ろされていた。

 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。
 灰燕が静かに手を打つと、呉藍がはっと振り返った。
「ええ物を見た」
 簡素な、しかし明快な賛辞の言葉。獣のままの呉藍は唖然とし、しかし瞳を激しく瞬かせながら焔桜を指した。
「迎えてくれたんだ。この姐さんが」
 示す先では、焔桜の化身の女がうっすらと微笑を浮かべている。
「あんたもこの屋敷の住人か? 勝手に入り込んで済まない、外を歩くうちに迷い込んでしまった。ここはどこなんだ?」
 咳込むように重ねられる言葉に灰燕は目を細めた。覚醒したばかりのロストナンバーか。ならば、灰燕が持つトラベラーズノートの効果で言葉が通じているにすぎないのだろう。
「ターミナルに飛ばされてくるたぁ珍しいの」
「たー……み?」
「あんたの故郷じゃァないっちゅうことじゃ」
 呉藍の瞳、灰燕と同じ金色のそれがこぼれ落ちそうなほど大きく見開かれた。
 はらり、はらり。火の粉のように花弁が落ちる。
「故郷では……ない?」 
 降る焔の中、呉藍の姿はいつしか人へと戻っていた。堂々たる獣から細身の青年の姿へと。若者らしい好奇心に満ちた目許は頼りなく揺れ動き、視線の行き場を求めるように宙を彷徨い続けている。
 はらり、はらり。桜は黙して語らない。
 灰燕もまた何も言わない。灰燕の興味は呉藍の舞にのみ向けられている。放逐されたロストナンバーの反応ならとうに見飽きた。
 やがて呉藍の目がゆっくりと灰燕を捉えた。
「どうしたら帰れる?」
「さあの」
 灰燕は軽く肩を揺すってみせた。簡素な、しかし明快な回答に呉藍は絶句した。
 はらり、はらり。花弁と共に、沈黙が降る。
「……帰れないということか」
 呉藍はきつく拳を握り締め、呻いた。だが、言葉ほどの悲壮感はない。再度向けられた眼差しに灰燕は愉快そうに唇を歪めた。
 研ぎすぎた刃のようだ。眩しくて、鋭くて、頑なで――危うい。
「ならば、帰る方法を探すまでだ。必ず見つけてみせる」
「好きにすりゃあええ」
 鋼のような視線をいなして番傘を開く。下駄の音を転がして踵を返せば、呉藍の声が追いかけて来た。
「しばらくここに置かせてくれないか?」
 足を止めた灰燕は斜めに顔を振り向けた。
「そうじゃの。またあの舞が見られるなら」
「舞」
 呉藍はまたぽかんとした。黒い傘の下で灰燕は低く笑う。舞っているつもりなどなかったということか。
「さっきのあれじゃ。ほれ、焔と一緒に宙を駆けとったろうが」
「ああ、あれは……」
「そん桜は気難しい、灼かれても文句は言えん。よォも迎えられたもんじゃ。……似とるとでも思うたんかの」
 気が付けば、黒髪の桜の精が呉藍の傍に佇んでいた。
 導かれるまま手を取れば、再び銀の焔が噴き上がる。刀の色をした焔が呉藍をいざなうように舞う。呉藍もいつしか獣へと姿を変えた。焔を纏い、花弁を蹴って、しろがねのきざはしを無心に翔け上がる。
「ほォ」
 ゆるりと傘を傾け、灰燕は素直に感嘆した。煌く鋼と、まばゆい蒼。獣がしなやかに跳躍する度、銀の焔がはらはらと散る。 賢しく言葉を飾る必要があろうか。この光景はひたすらに美しい。
「ええ舞じゃァ」
 それは簡素で明快な賛辞だった。
 ――呉藍の故郷が今どうなっているか、此処に居る誰もが知らないけれど。
 
(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。

呉藍さんの描写が設定とアンマッチかなと思いつつ。
放逐されたばかり・主さんと引き離されたことでかなり動揺されていたのではと解釈したのですが、いかがでしょう。
また、灰燕さんメインのご発注でしたが、内容は呉藍さん寄りと判断しました。

息を詰めて見入ってしまうような情景をお届けできていれば幸いです。
公開日時2011-01-27(木) 22:30

 

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