ねしょうがつ【寝正月】 正月をどこにも出かけないで、家でゆっくり休息して過ごすこと。 病気で寝たまま正月を迎えたことについてもいう。 (三省堂「大辞林 第二版」) 常時多忙で苦労の絶えない店長、ラファエル・フロイトにとって、ゆるゆると、だらだらと、ええかげんに、縦のものを横どころか斜めにもせず寝正月を決め込んだ3が日は、とても貴重な休日であったといえよう。 ……たとえ、その後、昨年にまさる怒濤の日々がぶり返したとしても。 どどん。どんどんどん。 誰かがせわしなく、入口扉を連打している。 誰何しなくともわかる。 あの容赦のなさは、無名の司書の叩き方だ。「てーんちょーー!!! あーけーてーよーー!!! 今日から通常営業でしょおおお〜? シオンくんもジークさんもミシェルくんも、他のみんなも出勤してるよぉぉぉ〜〜?」 どうせいつもの、あたしをかまって攻撃だと決め込んでいたラファエルは、寝台の上で寝返りを打ったのだが。「起きそうにないね。どーする、シオンくん」「しょーがねぇなあ。おれ、店のスペアキー預かってるから、これで入るか。でないと開店準備ができないし」(……しまった、私としたことが!) 慌てて、飛び起きる。 たしかに、今日から、通常どおりの営業を行うという告知はしていた。 新年の挨拶かたがた、ロストナンバーたちに、「お雑煮」なる料理を無償提供しようと思っていたものを。 身支度をして厨房に駆け込んだときには、すでにシオンが、下ごしらえを済ませていた。 フロアテーブルのセッテイングは、ジークフリートとミシェルが、手分けして行っている。「おせーよ、店長。いつまで寝てんだよ」「……すまない。返す言葉もない」「気持ちはわかりますけどねぇ。……ほら、司書さんが目をきらきらさせてお待ちかねですよ。一番乗りでお雑煮を食べるんだ、って」「あ、あの……。ぼく、指名されたんだけど、どう接客すればいいの……?」「……ふぅ。あれが年明け最初のお客さまとは。今年も先が思いやられる」 いつもどおりといえばいつもどおりの展開に、ラファエルは大きくため息をついた。 その視界に、ふと、あるものが映る。 それはガラスの小瓶に入った、とろりとした液体で、ラベルには、 【うさアニモフ化効果あり。取り扱い注意!】 と、記されている。『アニモフ化ジュース』という名称でターミナルの市場に流れてしまっている商品(?)の一種だ。 元々は、シオンがモフトピアの『もふっと変身島』から汲んできたジュースが原料なのだが、ごく一部で好評を博したため水面下で流通してしまい、今では、物好きなロストナンバーたちの宴会アイテムとして、いろんなバージョンがふつーに愛用されている有様である。 クリスタル・パレス名義で販売しているわけではないにしても、時折、「アニモフ化ジュース、売ってください(はぁと)」と仰るお客様などもいたりして、そんでそのお客様が美人さんだったりしたら「ホントはいけないんだけど……わかった。おれとあんただけの秘密だぞ」とかゆって、シオンが横流してるもんだから、もーすっかり、こまけぇことはいいんだよ状態となっており……。 だから。 年明けくらいは平穏に過ごしたいと思い、せめて司書さんがうさアニモフになってくれたら楽かな……、と、思ってしまい、お雑煮にそっとソレを入れちゃった店長を、誰が責められようか。 とはいえ、その副作用というか、反動もえらいこっちゃなことになった。 なにせ、回り回ってそのお雑煮は、司書ばかりか、店長を含む鳥店員全員に影響を及ぼしてしまったのだから。 そんでもって。 急遽、新春特別イベント、うさぎカフェ『クリスタル・パレス』の開店と相成っちゃいました。 右を向いても左を見ても、もっふもふなうさぎだらけ。 ……えっと。 なんかいろいろ、困ったね?
ACT.0■本日のシフト表 【フロアスタッフ】 フクロウ(ラファエル・フロイト) →青うさぎ シラサギ(シオン・ユング) →白うさぎ 七面鳥(ジークフリート・バンデューラ) →ブラウンうさぎ 翼竜(ミシェル・ラ・ブリュイエール)→金色うさぎ 【厨房スタッフ】 鶏(本名非公開。ガチムチでハイテンションな白色レグホン)→ガチムチ白うさぎ ペンギン(本名非公開。寡黙な皇帝ペンギン)→白黒ツートンカラーうさぎ 【非スタッフ】 人間(無名の司書) →黒うさぎ ACT.1■樹木とお雑煮 ニワトコが扉を開けた瞬間、店中の緑が、やわらかに揺らぎ、ざわめいた。 緑と光の世界から来たロストナンバーは、店内に溢れた同類たちを見て、にっこりと微笑む。 「はじめまして――、こんにちは。それとも、あけましておめでとう、かな?」 イングリッシュアイビーに、ベンジャミンに、アローカリアに、ストレリチアオーガスタに、ニワトコはそれぞれ、挨拶をする。客人のおとずれに、青いうさぎが静かに歩み寄――いや、静かにエレガントに歩み寄って、お客さまにお声がけし、お席にご案内したいのはやまやまなのだが、何せ、いつもと勝手が違っていて……。 「こんにちは、ニワトコさま。クリスタル・パレスへ、ようこ……、そ」 青うさは、二本足で歩こうとして、安定の悪さに足元をふらつかせた。 「このたびは、新年早々、おいでくださいまして光栄……ああっ」 バランスを整えようとしてかなわず、すっころんでしまった。非常に美しい前のめり体勢で、床に鼻の頭を打ちつける。 びった〜〜ん! 普段のラファエル店長には似つかわしくない擬音がフロアいっぱいに響き渡り、ガラス窓を振動させた。 「わ〜! 店長のどじっこ姿、初めて見る〜」 「へー、やればできんじゃん。気取ってばかりいないで、そういう砕けた演出もたまには必要だよな」 「大丈夫かな……? すごい音したよ……」 黒うさぎと白うさぎと金色うさぎが、お雑煮入り大鍋の後ろから、ぴょこ、ぴょこ、ぴょこ、と、顔を出す。 「あれ……? このお店って、鳥の店員さんがいるところだって聞いたんだけど……?」 ニワトコはおっとりと言って、青うさを助け起こした。抱き上げて、痛めた鼻の頭をそっとさする。 「……おそれいります。現在、諸事情により店員全員、このような姿になっておりまして」 「そうなんだ。みんな、とっても、もふもふだね」 この事態を、まったく全然ちっともこれっぽっちも気にするでなく、ニワトコはにこにこのんびりと、うさぎたちを見やる。 近寄ってきた黒うさは、ニワトコが靴を履かず、裸足でいるのを見て、ちょいと前脚を伸ばした。 「ニワトコさん、はじめましてー。ねえ、裸足のままで寒くない?」 昨年のクリスマス時期に降った雪は、ロストナンバーたちを喜ばせた。だが、暖かな世界からやってきたものは、防寒に苦労したとも聞き及ぶ。 「心配してくれてるの? ありがとう。でも、ぼく靴とか苦手なんだ……。直に地面にふれている方が安心」 「そうなの? いえね、あたしもね、華奢でやさしげな少年の素足は正義だって思うけどね!」 どさくさまぎれに発したよこしまな萌え語りを、さいわい、ニワトコはわからなかったようだった。 くすくす笑って腰を落とし、黒うさの頭を撫で、 「うさぎさんは、ふわふわもこもこで、見るからにあったかそうだよねぇ。それに……」 興味津々で、お雑煮入りの鍋を覗き込む。 「この食べ物は、何かな?」 白くて丸くてもにゅっとした不可思議な食材が入った、煮込みとスープの中間のようなもの。ニワトコにとって、初めて遭遇する料理である。 青うさが、大真面目に説明した。 「これは壱番世界の日本で、お正月に多く食べられる『お雑煮』という料理です。地域ごと、家庭ごとに差異が大きいので扱いが難しく、悩んだすえ、基本のものにしました。武家社会における儀礼料理であり、もとは野戦料理であったという説を尊重し、餅以外の具は小松菜のみと」 「食べてみても、いいかな?」 「……あ、いえ、それは……。お客様に召し上がっていただくために作ったのですけれど、しかし副作用が」 ことの原因はコレなので、青うさは、何とか食べさせまいと、おたおたする。 「でも熱いのが苦手だから、見てるだけにしておくね」 「それがよろしいかと」 ほっと胸を撫で下ろした青うさは、熱いうちは食べないけど、冷めたら食べちゃう可能性に、まだ気づいていない。 「みーんな、もふもふのうさぎになってるのは、あったかくして冬を越す準備をしてるとか? ぼくの暮らしていた森にいた動物さんたちも、冬眠の準備とかしてるの、見たことあるよ。『お雑煮』をいっぱい食べて、これから皆で冬眠しちゃうとか」 ニワトコは、なつかしい故郷の森が、うさアニモフの大行進で埋まっているのを想像し、にこにこする。 「そのように微笑ましい文化に基づいてのことでしたら、私もこんな苦労は……」 ふうっ、と、青うさは、ガラス窓の向こうを見やった。 ACT.2■少女探偵は推理する 「エルちゃん、シオンちゃん、あけましておめでとう」 細く開いた扉の隙間から、ひょっこりと、ピンクのうさぎのぬいぐるみが顔を覗かせた。 ――すわ、新たなうさアニモフの登場かと思いきや。 すぐに、白い小さな手と、ふんわり揺れるハニーブロンドが、ピンクのうさぬいを包んでいるのが見て取れる。 ゆえに、クリスタル・パレスの関係者であれば、それがまぎれもなく、エレナのトラベルギア「びゃっくん」であることを、瞬時に判断できた。 なんとなればエレナは、ターミナルに来たその日、説明を受けた無名の司書からこのカフェを紹介され、それ以来の常連であるからだ。 エレナはもともと、アンティークドールと見まがうばかりの容貌を持つ少女である。それが今日はひときわ精緻なアンティークレースの、レトロなドレスを身につけているため、まるで名のある職人が作った人形が、意志を持って動き出したかのように見えた。 「よ、エレナ。クリスマスぶりだな。あけましておめでとう」 「ようこそエレナさま。昨年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます」 「ああん、会いたかった〜。エレナたんはいつも可愛いけど、今日はまた格別に、オークションで競り落としたい高額ビスクドールナンバーワンね(意味不明)。でもきっと、家一軒買える金額でも落札できないわ!」 そんなわけで、シオンも店長も無名の司書も、いつもの調子で挨拶を返したわけだが。 「……ええと?」 クリスマスディナーの御礼も兼ねて、おめかしして新年の挨拶に来たエレナは、小首を傾げる。 シオンの声で、片手をぴっと上げているのは、ネザーランドドワーフサイズの、金の瞳の白うさぎであるし、店長の声で丁重にお辞儀をしているのは、青に近いライラックカラーのサテンアンゴラに見えるし、無名の司書の声で、とっとことっとこ、にじりよってきたのは、やはりネザーランドドワーフタイプの、真っ黒なうさぎ……。 しかしよくよく検分すれば、それはいわゆる「うさぎ」と呼ばれる生き物とも微妙に違っていて――サイズや形態にばらつきはあるものの、これは、モフトピアのアニモフの範疇に入るのではと思われる。 店内を見回せば、花冠の少年が微笑んでいるそばで、アメリカンファジーロップふうなブラウンのうさぎが、雑煮入りお椀をひっくり返して、「うわぁぁぁぁ〜〜〜!」と、ジークフリートの声で叫んでいるし、それを見た金色のスタンダードチンチラが、「やけどしなかった? ジークさん」と、ふきんを手に、ミシェルの声でおろおろしている惨状ではないか。 ふつーの美幼女なら、見なかったことにしてくるっと回れ右するところだが、エレナたんはクリパレ常連で、かつ、ふわもこお茶会参加経験者という、濃ゆい経歴を持つ大物であった。 すぐに状況を把握し、キラッキラの笑顔になる。 「うさぎ! うさうさちゃん!!」 びゃっくんをぎゅっと抱きしめ、「うわーい!」と、おめかし美幼女はお茶目にはしゃいだ。 「経過はこんなところ?」 無名の司書のメモ用紙と羽ペンを借り、エレナは、店員うさアニモフ化事件とその後の流れを整理する。 「シオンちゃんは、来客用のお雑煮を完成させていた→エルちゃんは、もひとつ小鍋を用意して、むめちゃん用に小分け調整したお雑煮にアニモフ化ジュースを入れて持っていった→エルちゃんと入れ違いに厨房に戻ってきたシオンちゃんは、小鍋を見て、エルちゃんが味を調整したうえで店員用のまかないを作ってくれたと勘違いした→実際、味見してみたらすごく美味しかった→これは店員だけで食べるのはもったいないからと、大鍋を用意して統合したうえで、みんなで味見」 時系列ごとにきちんと並べられたメモに、青うさぎは大きく頷く。 「お見事です」 「エルちゃん、疲れてたんだね。去年からずっと、大変だったもんね。お友達として何か、お手伝いできる?」 「そうですね……」 青うさぎは少し逡巡してから、おずおずと言う。 「エレナさまはお客様なのですから、あまりご負担をかけるのも心苦しいのですが……。何しろ、このような有様ですので、看板への注意書きひとつ、満足にできませんで……」 「わかった。これから他のお客さまが来るかもしれないしね。『うさぎカフェイベント開催中』の貼り紙を作るよ。あと、みんなが使いやすいように、お店のモノを移動したりとか」 文字通りの『人手』となることを、エレナは了承した。 ちなみに黒うさは、エレナの膝にちゃっかり乗っかって、「ふぅ〜。極楽」と、吞気なことを言っており、そこに白うさぎが、「どけよ、姉さん。そこはおれの席だ!」と、体当たりをかまし、「引っ込めシオン。特等席は年長者に譲りたまえ!」と、ブラウンうさぎが蹴りを入れましたとさ。 ACT.3■動物学者の大暴走 「お、ここはたしか、鳥たちがたくさんいるお店ですね」 アーネスト・マルトラバーズ・シートンは、鳥型プレートが吊られた、真鍮製のガーデンフェンスの前で足を止める。 彼は、それはそれは、動物好きであった。 若くして生物学者となり、動物好きが高じて動物学も極めたほどである。 そんでもって、獣医にもなっちゃったほどである。 イギリスにおけるVet(獣医師)は、子どもたちの憧れの職業であり、世間的な位置付けも高いが、とても難しい。獣医になりたいと願う子どもは、幼いころから覚悟を持って、その準備を始めなければならない。 成績優秀であることはもちろんなのだが、それ以上に、「動物とどれだけ接したか」という経験が重視される。したがって、12歳あたりから、動物病院や牧場や動物園、競馬厩舎や乗馬クラブやペットショップなどへ個人的に手紙を書き、「今度の夏休みにワーク・エクスペリエンス(仕事体験)をさせてくださいー」と、お願いするんである。 加えて、獣医学科の面接では、食用となる動物について、虐待されている動物について、動物実験についてどう思うか、などの倫理的な見解を問われたり、フォックスハンティングなどの問題や、動物を介する伝染病についても問われる。 動物に対して深い理解をしていなければ、獣医を目指すことさえできないのだ。 壱番世界において、アーネストの外見的時間経過は止まっている。 彼の外見があまりにも若いため、学者として獣医として、学会発表の場で、あるいは保護区での野生動物の治療現場で、奇異な目で見られることも多い。 しかしそれは同時に、注目を浴びたうえで、その実績を評価されるということでもある。彼の動物へのアプローチは独特で、皆が行うワーク・エクスペリエンス等はまったくせずに、「動物の心情そのものになり切る」ことによって理解を深め、研究を進めてきた。 ゆえに彼は、「若き天才」の名をほしいままにしてきたのだが……。 まぁその、天才っちゅうのはたいてい紙一重だったりするもので、アーネスト先生も例に違わず、言動にちょいと天然はいってるというか、凡人には理解不可能っちゅうか、動物を愛しすぎててワケわかんなくなっちゃってるというか、そういう傾向にありまして。 なので、前置き長くなっちゃいましたけど、プレートの上に貼られた、エレナたん作の華麗な飾り文字による注意書き『うさぎカフェイベント開催中』を確認したアーネストさんは、 「ほう、うさぎさんですか。壱番世界の日本では、うさぎも鳥同様に『一羽、二羽』と数えますから、そのつながりでしょうかね。これはぜひ、お邪魔させていただかなければ」 と、イケてることをつぶやいて、店の扉を開けたのでした。 【アーネスト先生の、うさアニモフふれあいの記録】 →観察 「まだモフトピアに行ったことはありませんが、これが、アニモフというものですか。たしかにかわいいですが、やはりわたくしは、本物のうさぎが好きですね」 →かまってみる 「しかし、うさぎと化したのであれば、こういう食べ物も大丈夫でしょうかね。こんなこともあろうかと(←?)、青菜一束、ニンジン一袋、干し草一束を持参したのですが。……おや、お気に召さない?」 →もっとかまってみる 「豆も用意してありますよ。ところで今日は、鳩の店員さんはいらっしゃらないのでしょうか(凡人にはツッコミが難しいが『鳩に豆鉄砲』のギャグであるらしい)」 →さらに、もっとかまってみる 「他のものがよろしいですか? しかし、鳥や獣の肉ですと倫理的にどうかと思いますので、用意はしておりません(うさぎたち全員「いやー、そうじゃなくてさー」「ツッコミにくいひとだねー」とささやき合う)」 →トラベルギアの動物図鑑でピューマに変身 「ためしに、うさぎの天敵になってみましょうか(ピューマ、黒うさに飛びかかってみる。ノリノリで「あ〜れ〜」と叫ぶ黒うさ。ピューマ、猫科だから、舌がざりざり)」 →変身解除後、お雑煮を食べてみる 「これは、お正月用の食べ物ですね。わたくしもいただきます」 →うさアニモフになってみる 「(ぽふん!!)……なるほど。原因は、これだったのですか」 ACT.4■不良娘の父親は 「ここが、クリスタル・パレスね。素敵なお店……」 ヘルウェンディ・ブルックリンが店の扉を開けたのは、うさぎカフェイベントのドタバタが、ひとしきり落ち着いてからだった。 すなわち、ニワトコが、お雑煮の冷めた頃合いを見計らって、青うさの止める間もなく、 「いただきます。あ、この白いのすごくのびるね、不思議だなぁ」 って食べちゃって、味がわからないままに、 「おいしかった。ごちそうさま」 と礼儀正しく言って、 「……あれ? なんかむずむずする。あ、ぼくも、もこもこになってる! 足の裏ももこもこだぁ」 と、愛くるしい緑のうさぎ(花冠つき)に変身して黒うさを狂喜させ、 エレナが、厨房スタッフの、ガチムチ白うさぎと白黒ツートンカラーうさぎとも話したいとリクエストし、うさぎたちと輪になってままごとのようなお茶会を開き、ついでにお雑煮をひとくちだけ食したらば、ぽっふんと、うさ耳&うさ尻尾が発現し、黒うさが鼻血を噴いたけどいつものことなんで、キャッキャウフフな思い出話はふつーに続き、 「無人島のビーチの人間大砲、楽しかった」 「思い出すなぁ。晴れ渡る夏空、純白の入道雲、広がる大海原。思い切りよく放物線を描き、どこまでも飛んでいったエレナのすがたは、今でも瞼の裏に焼き付いているよ」 などと、人間大砲担当スタッフをつとめたガチムチ白うさは懐かしそうに語り、寡黙な白黒うさが無言で頷き、 アーネストが、うさアニモフ状態のままでメモ用紙を取り出し、動物学的見地からの考察を記録しはじめた――そのあたりの時間帯である。 「って、何よこれ。うさぎだらけじゃない!!」 「いらっしゃいませ、ヘルウェンディさま。実は、入口プレートの注意書きにありますように、かくかくしかじかで」 「アニモフ化ジュース!? もー、人騒がせね~」 「いやはや、まったく、お恥ずかしい限りです」 青うさは深々と頭を垂れる。 「……まあ、こうなったものはしょうがないわね。一匹だっこしてあげるわ」 ヘルは、まんざらでもない様子で、青うさを膝に乗せた。 「「「 えー、ちょー、店長、ずるーーーい!!! 」」」 お茶会中だった、白うさブラウンうさ黒うさが、揃って声を上げた。 「そういえば、こないだの、劇場でのお茶会は大変だったわね」 白黒うさが運んできた紅茶を飲みながら、ヘルは青うさに語りかける。 「《赤い城》の女王様を招いて、一悶着あったんでしょ? リリイが無事見つかってよかったけど……」 「はい……。詳しいことは、まだ、私どもはうかがっておらず……」 「でね。報告書を読んで、気になることがあって。劇場のドアを蹴破って乱入した男がいたじゃない?」 「私に、リリイさんを投げ渡したかたですね」 「うん。その男の特徴がね……。私の知ってる奴に酷似してて……。まさかとは思うけども」 ヘルの瞳が、遠い情景を見はるかすように、細められる。 「だってそんな、ねえ? ……でもたしかに、遺体は、とうとう見つからずじまいで……」 「それは、ヘルウェンディさまの……?」 「そう。世界で一番嫌いな実の父親、ゴシップまみれの極悪マフィア。私の男性不信の元凶よ」 吐き捨てるように、しかしどこか、震えを帯びた声で、少女は言った。 「……ねえラファエル。こういう聞き方は、とても癪に障るんだけど、その男って、私に似てた? 親子で通るくらい、似てた……?」 「親子……、と、いうよりは……」 青うさは前脚を組み、当該の青年の手荒なエスコートぶりを思い出す。 「ご兄妹のほうが、近いような」 「だって私の父親、12でママを孕ませて捨てたクズだもの」 「それはまた、早熟でいらっしゃる」 「驚かないのね?」 「ヘルウェンディさまのような、素敵なお嬢さんを授かったのですから、ご両親には深いご縁があったのでしょう」 「…………」 ヘルは、小さくため息をつく。 「で、蹴破られた劇場の扉は壊れちゃって、その修理費はラファエルが立て替えたって話も聞いたような……」 「まあ、成り行きで」 「なんていうかその、ごめんなさい……」 消え入りそうな小声で、少女は詫びた。 「う、いや、まだアイツって決まったわけじゃないけど……。殺しても死にそうにない奴だし、でも一応、娘だし……。うう~! なんで私が謝らなきゃいけないのよ! もしかして、カンダータで迷惑かけたのもアイツなわけ!? んも〜!」 詫びつつも、父への怒りが徐々にスパークしたようで、とうとうキレてしまったが。 「はーいはいはい、ヘルお嬢様〜。紅茶のお代わりいかがっすかー?」 今度は白うさが、紅茶を運んできた。 ありがとう、と、受け取りながらも、ヘルは白うさを、きっ、と、睨んだ。 「シオンにも聞きたいんだけど。どうして男って浮気するの?」 「ええええええーーーー。あ、いやそんな、おれはいつだって本気だぞ!」 「女遊びや賭け事が大好きな私の父親も、似たようなこと言ってたわ! どうなのラファエル?」 「わ、私は、浮気などいたしませんよ。それに、浮気というのは、本命の女性があってこそ可能なものなので……、守るべき女性がいるわけでもない身には……」 「店長店長。直球で返して落ち込むなよぅ〜」 「ねえ、どうして浮気するの? どうして不特定多数の女に『愛してる』とか言えるの? 答えてよ!」 「そんなん、全員愛してるからに決まってんだろーが」 「そうですとも、ヘルウェンディさん。あなたが望むなら、いつでも騎士になりましょう。あ、これ、俺の名刺です。裏に個人アドレス入れときましたんで」 ブラウンうさもやってきて、ヘルの手に名刺を乗せる。 「ジークさーん。営業がバレバレだと、逆効果だってば」 「……ううう」 ジークフリートから渡された名刺を、ヘルは、ぎゅっと握りつぶす。 「胸? やっぱ胸? 貧乳は魅力ないの?」 「何をおっしゃいます。微乳は全異世界共通の、最高の萌えワードじゃないですか! もっと誇りましょう」 「ジーク。それ以上はセクシャルハラスメントに抵触するぞ」 「こんな世の中嫌ーッ!!」 そして、ヘルたんは、お箸を不器用に操って、お雑煮をヤケ食いし―― ぽっふん……! それは美しい、漆黒のうさアニモフになったのだった。
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