昨日は街でいちばんのケーキ屋さん。 今日はかわいい赤ちゃんとすてきなだんなさまと一緒に暮らすやさしいママ。 明日はおとぎ話の人魚姫。 明日も、あさっても、しあさっても、ずっとずっと楽しく遊ぶの。 おしゃべり出来ないワンちゃんの役なんかしなくていいの。 いじわるな先生も、乱暴なおにいちゃんも、うそつきのママもいない。 わたしの本当のおうちは、きっとここだったのよ。 ありがとう、神様。◆「……ねえ、おままごとは好きかしら?」 導きの書を開き、世界司書ルティ・シディが困ったようにツーリスト二人に向かって笑いかける。「それ、俺に聞くか?」「おままごとをする依頼、でしょうか?」 ルティの視線を受け、メルヒオールが至極面倒くさそうに口を開けば、伊音清華が対照的に耳をぴんと立てて興味深げに答えてみせた。 勿論、導きの書が開かれているということは、この話はただの雑談でなく……何かしらの依頼である。「そうね、有体に言っちゃえばそういう依頼だわ。モフトピアまでロストナンバーの保護に向かって欲しいの」 事も無げに清華が口にした問いを肯定し、ルティは導きの書に浮かび上がった文字を指で辿った。メルヒオールはこの時点で既に嫌な予感を覚えてその場を立ち去りたそうにしている。「保護して欲しいのは6歳の女の子、名前はドロシー。出身世界のことがちらっと見えたけど、いわゆる魔女っ子って感じね」「魔女だって?」 黒いワンピースを着て、癖のある赤い髪をポニーテールに結った、ちょっと勝気そうな女の子だという。メルヒオールが魔女という単語にあからさまな拒否反応を見せるが、ルティは見なかったフリをして話を続けた。「子供だし、モフトピアだし、全然危険な依頼じゃないのよ? 大丈夫大丈夫、ちょっと説得に時間がかかるかもしれないけどあなたたちなら問題ないわ」「……まあ、子供なら」 魔女が苦手とはいえ相手は子供……と、メルヒオールはルティが発行したチケットを左手で受け取るが、ふと。「ちょっと待て、説得って何だ」 不自然な単語の出現に浮かんだ疑問。最初に出てきたおままごとというキーワード。メルヒオールの嫌な予感が段々と確信に変わる。「ええ、まあ……最初にお願いした通り、おままごとにつきあってあげて欲しいのよ」「それが説得になるのですか?」 導きの書によれば、ドロシーは自身の持つ魔法の力でおままごと・ごっこ遊びの舞台設定や衣装を用意することが出来るらしく、アニモフたちを遊び相手におとぎ話の小さなお姫様のように過ごしているようなのだ。楽しい遊びが大好きなアニモフたちが疑問を抱くはずはないし、ドロシーもすっかりこの環境に馴染んでしまって離れたがらないだろうということだった。 そして面倒なことに、一旦おままごとを始めてしまうと、『ドロシーが』飽きてやめてしまうまで、魔法によってその『舞台』から出ることが出来ないのだそうだ。「何だよその果てしなく面倒な魔法……!」「無理に連れ帰ろうとしたらそりゃもうギャン泣きでしょうよ。まだ小さな子だから、魔力が暴走しちゃうかもしれないわ」「では、その子が満足するまで遊べばいいということでしょうか?」「うーん……導きの書にはそこまで書かれていないの、ごめんなさい。ただ……」 小さな女の子が家族や友達を恋しがりもせず、アニモフたちの世界でごっこ遊びにただ興じているのには、もしかしたらそれなりに複雑な事情があるのではないか、とルティは自身の推察を付け加えた。「とにかく! 何とか納得させて連れて来てちょうだい。お願いね」「はい、頑張ってみます」 何だかうきうきとチケットを受け取った清華と対照的に、既にチケットを受け取ってしまったメルヒオールはがっくりと項垂れる。 思えば、目の前の女性には面倒ごとを押し付けられ、隣の女性は同行する気満々のようで、これから向かう先で出会うであろう小さな魔女に至っては最早いい予感などするわけがなくて。「厄日だ……!」 メルヒオールの小さな嘆きがプラットフォームに空しくこだました。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>メルヒオール(cadf8794)伊音清華(ccdu4031)=========
ロストレイル乙女座号はこの日、モフトピアへ向かうべくディラックの空を駆けていた。他の車両に比べて豪奢な内装にどことなく落ち着かないメルヒオールを横目に、伊音清華は図書館から借りてきた図解入りの本を熱心に読んでいる。 「清華。おまえ何読んでるんだ?」 「これですか? 壱番世界の育児書ですよ」 メルヒオールの問いかけに清華が膝の上の本を持ち上げ表紙を見せる。『わかると出来る・新米ママのためのハッピー子育てガイドブック』なるタイトルにメルヒオールは何かの見間違いかと思わず目を眇める。だが清華が開いているページには5~6歳児の行動パターンなどが詳しく記されており、事前の勉強には確かにいいのかもしれない。駄々をこねたときに言い聞かせるテクニックや、発達の度合いで理解出来ることと出来ないことなどの欄を指で辿り、一人頷きながら没頭する清華の姿はメルヒオールにありし日の仕事場……教壇を思い出させた。 「先生は職業柄、子供との接し方はお手の物かと思いますが。私は勉強していきませんと」 「……その調子でおままごとも任せたいもんだ」 「はい! 実は結構楽しみにしています」 メルヒオールの皮肉なような投げやりなような言葉もあまり意に介さず、清華は持参の鞄を開けてみせる。用意したおままごとセットはドロシーの為でもあるが、童心に返るというのだろうか、清華自身も早く使いたくてうずうずしているように見えた。 「ドロシーってどんな子なんでしょうね。仲良くなれればいいのですが」 「そっち方面の想像はしたくない……」 魔女で、女で。どう想像を働かせても、子供という前提を含めても、何かしら酷い目に合うのはもう分かりきっている……といった様子で、メルヒオールは窓の外に目線を逸らした。魔女にかけられた呪いは女難ではなく石化だったはずなのだが。 二人のちょっとちぐはぐな空気をよそに、ロストレイルはモフトピアの駅にゆっくりと停車する。 「(帰れる保証の無い故郷と、いつ消えてしまうかも分からない理想郷、か)」 ドロシーにとってはどちらが幸せなのだろう。 メルヒオールの問いかけは声にならず、ため息と共に消えた。 ◆ 「あれではないでしょうか? 予言通りの服装の子供が居ます」 「だな」 予言の内容に従ってとある浮島に降り立った二人が程なく見つけたのは、黒い長袖のワンピースに癖のある赤毛をポニーテールに結った少女と、それを取り囲み遊んでいるアニモフたちの姿だった。遠巻きにしばらく観察してみると、どうやら今はふつうのおままごとを楽しんでいるらしい。母親役をやっているようで、少女はアニモフを抱っこしながら何か歌を歌っている。 「どうやって近づく? 俺たち大人が急に現れたら怯えそうだぞ」 「任せてください」 物陰に隠れての作戦会議は、その一言であっさり終了。清華はぱたぱたと少女……ではなく、役どころがなく暇を持て余していそうな猫型のアニモフに歩み寄った。 「アニモフさん、こんにちは。私も遊びに混ぜていただけませんか?」 「わあ、こんにちは! いいよー、いっしょにあそぶ!」 「ありがとうございます。もしよかったら、あちらで遊んでいるあの女の子ともご一緒したいのですが」 「いいよー! でも、へんなんだよ。ぼくたちあの子のいうことがよくわかんないんだよ~」 清華が少女を指差すとアニモフは嬉しそうな表情を見せるが、すぐに不思議そうに首を傾げる。覚醒したばかりでパスホルダーを支給されていないロストナンバーは異世界の言葉が通じないのだ。 「大丈夫ですよ、私と先生が通訳をして差し上げます」 「ほんとう? じゃあはやくいこうよー!」 「俺も頭数か……」 「はい、依頼ですので」 アニモフに手を引かれ、清華がうきうきとした足取りで遊び場へと向かう。メルヒオールはその後姿に腹を括った。 「ねえねえ、あたらしいおともだちだよー! いっしょにあそぼうよー」 「?」 「こんにちは、ドロシー。一緒に遊びましょう?」 清華の手を引くアニモフが、少女に向かって屈託なく声をかける。背を向けてうさぎ型のアニモフと遊んでいた少女は、その背にかけられた声に振り返りはっと息を呑んだ。アニモフの言葉は分からない。だが、清華が発した言葉は言葉として少女の耳に届く。驚きに目を丸くするその姿は、少女がドロシーであることを如実に語っていた。 「どうして、わたしの名前をしってるの?」 「あ、それは……」 「そういう魔法だ」 導きの書に名前が浮かんだとは言えず、一瞬言葉に詰まった清華をメルヒオールがしれっとフォローする。 「(先生、その説明って大雑把すぎませんか)」 「(完全に間違って無いんだからいいだろ)」 「……ふうん、わかったわ。わたし、ドロシー。初めまして」 「! はい、初めまして。私は伊音清華といいます、こちらはメルヒオール先生」 ドロシーは立ち上がり、ワンピースの裾をつまんで可愛らしくお辞儀をしてみせた。つられて清華もお辞儀を返し、メルヒオールは小さく頷く。 「じゃあ、あそびましょ? 今、ぬいぐるみちゃんとおままごとしてたの」 「いいですよ、何の役をしましょうか?」 「ええっとね……ドロシーがママで、サヤカはおねえちゃん! メルヒはそのおとうとよ」 「俺が弟かよ」 さりげなく名前を略して呼ばれていることはひとまず横に置いてメルヒオールが突っ込む。 「(まあ、メルよりはマシだが……)」 ◆ 「んーと。いーち、にーい、さんっ!」 「!」 ドロシーが指先で何かを描き、掛け声とともにぴょんと飛び跳ねてみせた。すると瞬く間に周囲の景色が変化し、ただの野原だったところにむくむくとログハウスのような家が出来る。出来上がったふかふかのソファに二人を座らせ、ドロシーはにっこりと笑ってみせた。 「びっくりしたでしょ? わたしも魔法でなんでもできちゃうんだよ」 「ドロシーはすごいですね!」 「……こりゃ本格的だな」 「ほんとう!? うれしい! ……あっ、ダメ! ドロシーじゃなくって、ママ!」 ソファやテーブルに触り、本物と遜色ない手触りや質感を確かめ、二人は純粋に感嘆の言葉を漏らした。それがよほど嬉しかったのか、ドロシーは目を輝かせる。が、おままごとの役柄を思い出したのかすぐにその目を吊り上げて、二人に姉弟のロールをするよう言いつけた。メルヒオールはしぶしぶといった具合でドロシーの様子を伺うが、清華は待ってましたとばかりに姉になりきっている。 「はい、ママ。……先生も、ママって呼んであげてください」 「ん? ああ。……わ、わかったよ、ママ」 小声で清華に促されるまま、メルヒオールが応えるが、どうしても棒読みになってしまうのは仕方のないことだろうか。それでもドロシーは満足気に頷き、もう一度指先で陣を描いてティーセットとお菓子を取り出した。 「さあ、たのしいお茶のじかんよ。サヤカはおねえさんなんだから、おてつだいをしなくちゃダメよ」 「わかりました、では食器とお菓子を運びます。ママのお茶は美味しいから楽しみです、ね、メルヒ?」 「……あ、あー、うん、楽しみだ。すっごく」 __早く連れ帰りたい…… メルヒオールの虚しい願いは口の中でもごもごと咀嚼され、飲み込まれた。 魔法で出された紅茶とクッキーをローテーブルに並べ、いただきますの合図。食器や家はともかく、食べ物や飲み物は魔法でどうにかなるのだろうか? 「いたーだきます! ほらほら、手をあわせて」 「いただきます」 「いただきます」 清華がチョコチップのクッキーを齧ると、さくりとした気持ちのいい歯ざわりと共にクッキーがすっと消えてなくなる。なるほど、魔法で作れるのはここまでということか。だがこれはおままごとだ。 「美味しい! ママのクッキー、美味しいですね」 「でしょう? ママのじまんの味なのよ」 美味しいという一言にドロシーはにっこり。メルヒオールは会話に入っていくポイントが見つからず、ひたすらお茶を飲むフリを続けている。 「(……このまま遊んでいたら時間が過ぎるだけだしな)」 唇に触れた瞬間消える紅茶を啜り、メルヒオールは考える。ここモフトピアを離れさせ、0世界に連れていくにはどう声をかければいいだろうかと。清華も勿論考えていないわけではないだろうが、司書の予言に従ってまずは満足するまで遊んでやることを優先しているようだ。 「(確かに、こんな魔法で居場所を作れるのなら)」 故郷や家族を寂しがったりしないのも、理解は出来るかもしれない。それでも、こんな小さな子供が、言葉の通じない場所にたった一人でいつまでも居られる理由になるのだろうか? 「なあ、ママ……あっ」 「!」 メルヒオールが紅茶のカップを置き、ドロシーに何かを問いかけようとする。その瞬間、手が滑ってカップがローテーブルにひっくり返ってしまった。こぼれる紅茶はローテーブルに広がり、重力に逆らわずその下の絨毯に茶色いシミを作った。清華が布巾を探して立ち上がった瞬間、ドロシーが目を三角にしてメルヒオールに詰め寄る。 「メルヒ!!! あなたなんてことしてくれるの! だいじな絨毯がだいなしじゃない!」 「えっ? あ、ああ……ごめん、ママ」 「ごめんですむとおもってるの!? お行儀のわるいこはおしおきよ!!」 新しい紅茶のポットを乱暴にローテーブルに置き、ドロシーがつかつかとメルヒオールに歩み寄る。その表情はおままごとの範疇を越えて、本当に怒っているように見えた。そっと様子を伺えば、部屋の中で役柄を与えられずにうろうろしているアニモフたちも怯えているように感じられる。 「ま、ママ! ちょっと待て……じゃない、待って!」 「わるいこのいうことなんかきけないわ!」 「ママ! じゃあ私の言うことは聞いてくれますか?」 「なによ!」 とっさに清華がメルヒオールとドロシーの間に割って入る。最早おままごといった状態ではないが、清華も役柄をこなしながら必死でドロシーを宥めようとしている。 「せん……おにいちゃんを怒る前に、テーブルを片づけましょう。ね?」 「……もういい!」 ドロシーが不貞腐れて指をぱちんと鳴らす。すると、この部屋が出来た光景を逆再生するように周囲の家具や壁がしゅるしゅるとドロシーの指先に吸い込まれていく。あっという間におままごと用の部屋は元あったモフトピアの草原に戻った。 ◆ 「メルヒがわるいこだから、おままごとしない! ぬいぐるみちゃんと遊ぶほうがいい!」 「……ドロシー」 「うるさい!」 ドロシーはすっかりむくれてしまい、清華の声も届かない。仕方なしに一度ドロシーから離れ、二人は作戦会議のやり直しだ。 「こうなるか……無理やりロストレイルに乗せてもいいんじゃないか?」 「まだ時間はありますよ。……それに、ちょっと気になったことがあるんですが」 「何だ?」 「実は……ドロシー、もしかして」 魔法で出来た空間に触れ、ドロシーと言葉を交わす間、清華がその魔力を分析してみた結果を手短にメルヒオールに告げる。それはドロシーの態度が急変したのを裏付けるのに納得出来る内容だったが、にわかには信じがたい。 「……使い魔だって?」 「はい。今は人形に変身していますが、犬耳と尻尾を隠しています。召喚者からひどい扱いを受けていて、それが日常であればあのような状態になるのも無理は無いかと」 「……根が深いな」 魔法で家を作ってみせた瞬間の得意げな顔。そしてそれを褒められたときの心底嬉しそうな笑顔。メルヒオールは目を閉じ、かつて教壇からいつも見ていた生徒たちの顔を思い出す。 「(……そうだ)」 魔法で家を作ってみせたときの表情は、得意なことを褒められたときの、あの生徒たちの表情と一緒だ。だが、さっき清華とメルヒオールが褒めてみせたときの表情はまるで、苦手な科目でいい点が取れたときの生徒を思い出させるのだ。 「(ひとつのことで見せる表情が違うのか……)」 「先生?」 「ああ、いや……」 メルヒオールはしばらく何かぶつぶつと口の中で繰り返し、ドロシーにかけてやるべき言葉を探していたが、やがて意を決したように立ち上がりドロシーに歩み寄る。 「ドロシー」 「なによ。わるいこのはなしなんか聞きたくないわ」 「おまえを連れていきたいところがあるんだ」 「……つれていきたい?」 つんと、心を閉ざすように背を向けてアニモフを抱っこするドロシーが、メルヒオールの『連れていきたい』という一言にぴくりと反応した。 「ああ、そうだ。おまえの故郷と、ここと、それだけじゃない、世の中には色んな世界があるんだ」 「わたしのほんとうのおうちはここだもん!」 「そう思うならそれでもいい。だけどな、それじゃいつかおまえはここから消えてしまう」 「そうですよ、いつまでもここには居られないんです」 「やだっ!!」 アニモフをぎゅうと抱きしめ、ドロシーはてこでも動かない構えを見せる。キッと二人を睨む姿が切ないが、清華の言うとおり、いつまでもここには居られない。 「もし本当にここを故郷にしたいなら、後からそうすることだって出来る。だから今は俺たちと一緒に行こう。もしかしたら、ここより楽しい世界があるかもしれないぞ」 「うそだよ……そんなのうそだよ」 「嘘じゃない。ほら」 巻いた紙に様々の言葉を書き付けたものを口にくわえ、メルヒオールはそれを破ってみせる。すると。 「わあ……」 メイムの天幕や大自然が広がるヴォロスの光景。朝日の昇るブルーインブルーの港。様々な店が並び、異世界の人々が行き交うターミナル。そんな光景が次々と目の前に現れては消え、ドロシーは目を見張った。 「見たことのない景色だろう。今見せたところ以外にも、色んなところに行けるんだ。そうだ、おまえは何処にだって行ける」 「……でも、わたし……」 「大丈夫ですよ。使い魔だって立派な職業です、それに、誰も怒ったりしませんよ」 「! なんで、しってるの!?」 「それも、魔法です」 清華が優しく笑い、ドロシーの頭を撫でてやった。ドロシーはもう虚勢は通用しないと悟ったのか、がっくりと肩を落とす。脱力と共に魔力がぷしゅんと漏れ、ドロシーが今まで魔法で隠してした犬の耳と尻尾が現れる。 「……バレちゃった」 「いいんですよ。私もお揃いです。ほら」 司書の話を聞いて、もしかしたら……と耳と尻尾を同じく隠していた清華がそれを元に戻す。それを見たドロシーは少し嬉しそうに尻尾をぱたっと振ってみせた。 「ドロシー。あなたが故郷でどんな風に過ごしていたかは分かりませんけれど、もし嫌なことばかりで、帰りたくないって思うなら、忘れたっていいんです。先生も仰ったように、ここをちゃんと故郷にすることだって出来るんですから」 「そうだぞ。けどな、その前に少しくらい遊んだっていいんだ。今まで大変だったんだろ」 きっと、ドロシーは誰かに褒めて欲しくて、誰かに『ここに居ていいよ』と言われたくて、必死に魔法を勉強してきたのだろう。おままごとで見せたあの魔法の完成度からそれが伺える。だが、それが報われることはきっと今まで無かったのだろう。そしてこの異世界に飛ばされて、今まで自分を縛っていたものが何もなくなってしまった……。だとしたら、使い魔としてでなく、普通のヒトとして生きたいと願うことの何がおかしいだろう。 「使い魔だからとか、そうじゃないとかで、何かが変わったりはしない。それに……おまえがひとりぼっちだから迎えに行ってやれって、頼まれて来たんだ」 「あ、先生! その台詞、私も言いたかったです」 「……」 清華がさっきしたように、メルヒオールがドロシーの頭をぽんぽんと撫でてやる。ドロシーは黙ったまま、メルヒオールの懐に飛び込んだ。必死で隠した顔、その瞳からは、大粒の涙が零れている。 「じゃあ、私達と一緒に来てくれますか?」 「……うん」 清華の問いかけにドロシーが、メルヒオールにしがみついたまま頷く。涙でぐしゃぐしゃの顔とは裏腹に、千切れんばかりに振っている尻尾がその喜びの大きさを表していた。 「よし、行くか」 「はい」 いつまでもメルヒオールから離れようとしないドロシーを清華が抱き上げ、アニモフに手を振って別れを告げる。 「そうだ、落ち着いたら、またここに来ましょう。きっとびっくりしますよ」 「なんで?」 「それは来てからのお楽しみです」 言葉が通じるようになっているからだとは敢えて言わず、清華が笑う。 ◆ ロストレイルが浮島に敷設された駅に滑り込む。乙女座の華美な内装はまるで、魔法でおめかししたシンデレラをお城へ送り届けるカボチャの馬車のよう。 「帰るか」 「ええ、帰りましょう」
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