インヤンガイのいち街区、リューシャン。 陰惨な連続殺人事件も数多く発生している物騒な地域だが、非常ににぎやかで活気にあふれた商店街を有する場所でもある。 きちんとした店舗を構えたものもあれば、茣蓙の上に商品を並べただけという露店も数多く存在し、それぞれの店主が、競い合うように自分の商品の素晴らしさを声高に呼びかけている。 ここでは、食材や雑貨、衣類を安価で手に入れられるほか、いい匂いを漂わせる飲食店があちこちに立ち並ぶ、食べ歩きに最適の区画なのだ。「むう……この桃饅頭は、あつあつのふかふかなのだ。生地はしっとり、餡は甘さ控えめで、いくらでも食べられてしまうのだ……!」「こっちの月餅もおいしいよ。くるみを刻んだものを、甘い味噌餡であえてあるんだけど……素朴でやさしくて、なんか懐かしいな」「ならば、かえっこをするのだ!」「もちろん、喜んで」 活気と熱気に満ちた商店街を、ふたりのロストナンバーが仲よく歩いている。 ツーリストのカンタレラと、コンダクターの蓮見沢 理比古である。 ふたりは、とある依頼がもとで意気投合したのだが、理比古がカンタレラを壱番世界にある自宅へ招くようになると、その仲はさらに親密になった。それはもう、カンタレラの恋人や蓮見沢の家人が、羨むほど……と言うよりも、あまりに可愛らしくて微笑ましくなってしまう程度には。 どこか無邪気さが漂う、少女のようなカンタレラと、驚異の童顔を誇る理比古が連れ立っていると、恋人同士というよりそれは睦まじい兄妹のようだ。「カンタレラ、ここからどうする? ほしいものとかあったら買いに行こう。それから、お茶でもしに行こうか。このあたりで一番おいしいお茶とお菓子を出してくれる茶房がむこうにあるんだってさ」「いろいろな店を見てまわりたいのだ。その、茶房にももちろん行きたいのだ」「じゃ、とりあえず気ままなショッピングをして、それからお茶屋さんだね。家へのお土産も何か買いたいな。カンタレラもいっしょに選んでくれる?」「もちろんなのだ。蓮見沢家の皆には世話になっているから、カンタレラも何か買って帰るのだ」「彼氏さんにも、だよね。彼の好きそうなものって、何かなぁ」「……う、うむ。その……いろいろ、贈りたいのだ」 ふたりは、ちょっとした休暇を使って、このリューシャン地区に遊びに来ているのだった。 この睦まじさなら、デートと呼んで差支えないかもしれない。 むろん、恋愛関係というには、あまりにも可愛らしいふたりではあるが。 * * * リューシャン街区商店街の片隅では騒ぎが起きていた。 商店街の奥まった位置に、休憩や交流を目的とした広場があるのだが、森をイメージしてつくられたそこの端に、ずぶ濡れの死体が転がっているのが発見されたのだ。 殺されたのは、この辺りに住まう、若く見目のいい娘だった。 殺人など対して珍しくもない土地柄ではあるが、この辺りに水死するような場所はなく、また、死体はひどく冷たかった。そして、娘は、たくさんの薔薇に――これもまた濡れていた――囲まれて横たわっていた。奇妙な光景に、商店街の人々も困惑を隠せない様子だ。 しかし、その困惑は、状況の不可解さだけではない。「また、か……もう終わったと思っていたのに」「これで、何人目だ?」「四人? いや、五人、か」「薔薇に、若くてきれいな娘、冷たい死体。それに……あの、紙片」「『君の永遠を頂戴する』ってか。くそ、変態殺人狂が……ッ」 理不尽で不気味な殺人鬼に、罵りの声が漏れる。 年頃の、特に、見目のいい娘を持つ人々は、顔を青くして家へこもることになるだろう。眠れぬ夜は、しばらく続くに違いない。 半年から一年に一回の割合で続く、快楽殺人。探偵も動いているようだが、解決の糸口はいまだ見えていない。――否、怪しい人物はピックアップされているのだが、相手が大物すぎてこの辺りの人々には手が出せないのだ。「なあ、やっぱりあのヘウィチって男が……あいつの屋敷には最先端の大型機材が山ほどあるって話だ、それを使えば一連の事件だって、」「シッ! 誰かに聴かれて、あいつの耳に入ってみろ、この商店街なんか簡単につぶされるぞ……!」「……だが、このままでは」「そんなことは判ってる。今、探偵も動いてくれてる」 人々は、青い顔を突き合わせてぼそぼそと言葉を交わし合い、周囲を気にしながら――まるでどこかで誰かが聞き耳を立てているとでもいうように――、大きな溜息をつくのだった。 それを、少し離れた位置から、身なりのいい男がにやにやしながら眺めていた。彼の、辛い労働を知らぬ手には薔薇をモチーフとした指輪がはまっている。陶然とした表情は、とても殺人事件を前にしたものとは思えない。「素晴らしい。人々の恐怖と憎悪、嫌悪と怒り。これこそ、私が求めるものだ……!」 ご満悦なのは、ここより上層区に住まう上流階級の男、店主たちの会話に出てきたヘウィチその人である。 そもそも高貴な血筋の生まれだという彼は、斬新かつ強引な手法で、いくつもの商いを成功させて巨額の富を築き、リューシャン街区のみならずあちこちに力を持つ人物だが、ご覧のとおり、公には出来ぬ性質、性癖を持っている。「さあ……探偵諸君、事件を解決してみたまえ。そして、私に罪を突きつけたまえ。私はそれを、ぞくぞくするくらい楽しみにしているんだよ……!」 ――矮小なる君たちには、無理な話だろうけどね。 言外に嘲弄をにじませ、男は高らかに笑う。 心なしか、商店街からは活気が薄れ始めているようだった。「……なんか、みんな様子がおかしいね? 何かあったのかな」「うむ。何か悩みごとがあるのなら、カンタレラたちが相談に乗るのだ」 事情を知らない、天然系迷探偵ふたりが広場へ到着するのは、そこから数分後のことである。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>カンタレラ(cryt9397)蓮見沢 理比古(cuup5491)=========
1. 「話はすべて聴かせてもらったのだ!」 不安げに何ごとかを囁き交わしていた人々は、腕組みで仁王立ちをした銀髪の美女と、 「あ、怪しいものじゃないのでご心配なく。俺は理比古、こっちはカンタレラ。俺たち、シュエランさんの知り合いなんだけど、何かお手伝いできること、ありますか?」 ふわふわした和み系笑顔の青年というふたり連れの登場に目を丸くした。それどころではないのに思わず毒気を抜かれた、といったところだろうか。しかし、この周辺で活動している探偵の名前を出したことで、警戒はされずにすんだようだ。 顔を見合わせた人々のうち、顔役らしい男が細かい事情を説明してくれる。 旧い名家の出で、権力の絡んだしがらみや理不尽にも覚えのある理比古は、それらをすぐに察したらしかった。 「ああ、なるほど……怪しい人はいるんだけど、おおっぴらに調査は出来ないような相手なんですね。それは厄介だ……じゃあ、どうしようかなあ」 理比古の視線の先では、カンタレラが殺された娘の骸を検分している。 もっともらしく頷きながら周辺の様子を調べるカンタレラを微笑ましげに見ていた理比古の眼が、どこかあらぬ方向を見やる。何かを見つけたのか、薄い唇が苦笑のかたちにゆがめられる。 「……?」 「ん、何でもありません。ええとね、じゃあ、今からちょっと変わった方法で『調査』するけど、気を悪くしないでくださいね。ふざけてるわけじゃないから」 不思議そうに首を傾げる顔役に軽く頭を下げ、自分でも名前を挙げた探偵へ電話をかけて何ごとかを頼んでから、理比古はカンタレラのもとへ歩み寄った。 カンタレラは難しい顔をして骸を見つめている。青褪め、恐怖の表情を張り付けた娘の頬をそっと――やさしく撫で、虚ろに見開かれた双眸を閉じさせてやる。 「せめて、旅立った先では幸いであるよう祈るのだ。犯人はカンタレラたちが捕まえてやるから、安心するのだ」 そこに込められた深い祈りに、理比古のみならず商店街の人々もまた瞑目し、こうべを垂れた。 しかし、残念ながら「いい話」だけでは終われないのがカンタレラと理比古である。無言のままの理比古を見上げたカンタレラは、ごくごく真面目な表情で、 「理比古、池を探すのだ。この娘は深い池で溺れ死んだのだ、まずは現場をみつけなくては」 誰もかれもが思わず裏拳ツッコミを入れたくなるようなトンデモ推理を披露する。「どういうことなの!?」というものすごいツッコミの視線をひしひしと感じつつ、理比古は黙ってカンタレラの推理を聴く。 「びしょ濡れの、冷たい死体……これは、いつでも水温の低い池や泉での溺死としか考えられないのだ。……ん? 冷たい? 氷? いやいや、そんなはずはないのだ。根拠はないが、近くに深い池のある家に住んでいるやつが犯人に違いないのだ」 自分で根拠はないって言っちゃってるよオイイィ!? という、商店街の皆さんの猛烈なツッコミオーラなど意にも介さず、 「カンタレラは池か……俺は、雪女が怪しいと思うんだよね」 理比古もまたもっともらしく腕を組み、『自説』を披露する。 「薔薇の花、見たでしょ。あの萎れかたは、水に長時間浸かってたから……じゃないと思うんだ。凍りついていたものが溶けたらあんな感じになるはずなんだよね。つまり、凍らせる能力を持つ誰かがやったんだ。となると、雪女しかいないんじゃないかな、って」 お前もか蓮見沢理比古、と誰かが突っ込んだかはさておき、ふたりの持論でシリアス成分が吹っ飛んだことは確かだ。インヤンガイに雪女はいないだろ、と突っ込める人間は残念ながらこの場にはいないしいたとしても無意味である。 「むうう……なるほど、それも一理あるのだ。しかし、そうなってくると、どこを探せばいいのか……」 「そうだね、いつも寒い場所とかじゃない?」 「なるほど! アヤは頭がいいのだ!」 明らかに本気と判る賛辞を送り、カンタレラが尊敬のまなざしになる。 理比古はふふっと笑って、 「あ、待って、シュエランさんから電話だ」 呼び出し音が鳴った様子はなかったが、ポケットから携帯電話を取り出し、耳に当てた。 「えっ、ホントですか。凍る息を吐くパンダが目撃されたから気をつけろ? もしかしてそいつが犯人……!?」 もう何が何やらといった展開に、背後では商店街の人々が頭を抱えてその場に崩れ落ちている。そんなウルトラ級トンデモ展開、誰も望んでなかった。 ――無論、それをもっとも望んでいなかったのは、 「ちょっと待てえええぇ!?」 通りの向こう側からものすごい顔をして飛び出してきた男だったのだろうが。 「この、何をわけの判らない……!」 わめきたてる男を前に、 「はい、一名さまごあんなーい」 理比古が、にっこり笑ってギアを引き抜いた。 2. 「まったく、この、美しい仕立てを、なぜそんなにもみっともなく改変できる! 実に嘆かわしい……!」 男は、仕立てのよい衣装を身にまとい、指には薔薇を意匠化した指輪をつけている。 「薔薇……ね。なんだか、ひどく暗示的だなあ」 理比古の、光の加減で銀にも見える灰色の眼がかすかに光った。 「何なのだ? やたらと騒がしい男が出てきたのだ。あッ判った、お前も何か悩みごとがあるのだな? 心配しなくてもカンタレラたちが聞いてやるのだ、だからひとまず落ち着くのだ」 理比古が、わざとトンデモ推論を披露し、男を激昂させおびき寄せたのに対して、総天然色のカンタレラは可愛らしく小首を傾げ、むしろ男をなだめようとすらしている。それがあまりにも普通だったため、 「うん、そうなんだ……最近、金の価格が頭打ちでね……って、ちっがああああああう!!」 男も、一瞬巻き込まれかけたほどだ。 そして、巻き込まれかけたことが腹立たしかったのか、男は懐から黒光りする拳銃を引き抜いた。遠巻きに事態を見守る人々が悲鳴を上げる。 「不合格としか言いようがない。私のお膳立てを、せっかくの美しい舞台を、かけらほども活かせないとは」 「? アヤ、彼はなぜ怒っているのだ? かるしうむが足りないのか?」 本気で理由が判らないようで、カンタレラは首を傾げるばかりだ。 「うーん、ストレスがたまってるんじゃない?」 理比古はかすかに笑って肩をすくめた。 拳銃で狙われているにしては、焦りも恐れも、彼から感じ取ることは出来ない。 「私の舞台で踊れぬのなら、君たちに用はない、一刻も早く私の視界から消え去りたまえ」 優越感に満ちた、どこか芝居がかった言葉とともに、引鉄に指がかかる。 ぐっと力が入る。 ――銃声。 二発、三発と続けて響いたそれに、誰もがさらなる犠牲者を想像しただろう。 しかし。 「びっくりしたのだ……なぜ急に怒り出したのだ? 金の価格が頭打ちですとれすがたまってかるしうむが不足しているからか?」 いつの間にか男の背後にはカンタレラがいて、長く優美で危険な付け爪のギアを彼の首筋に押し当てているし、 「とりあえず、理由が聞きたいな。なぜこんなことをしたのか、あなたの口から」 穏やかな口調ながら、理比古は細身からは見当もつかない力で男の手首をねじり上げて拳銃を獲り落とさせ、小太刀の切っ先を彼の脇腹へ突きつけている。息を呑み見守る人々は、ふたりが、素晴らしい動体視力と最小限の動作でもって銃弾を回避し、無駄を省いた動きでそれぞれの武器を突きつけたのを見ただろう。 「驚かされたのだ。でも、あの程度の腕で、カンタレラたちを倒すことは出来ないのだ。顔を洗って出直してくるがいい、なのだ」 えへんと胸を張るカンタレラに、カンタレラのそういうところは可愛いよねぇと目を細める理比古。陰惨な殺人現場で、連続殺人犯を前にしてのやり取りとは思えないが、ふたりのギアはぴたりと男を狙いさだめている。 「ええと……ヘウィチさん? ですよね?」 「そうだ。いにしえの凱王家の血を引く、正統な支配者のひとりだ」 「へえ……そんな貴い血筋のひとが、なぜあんなことを?」 「民を忘れた王など碌なものではないのだ。血だけでは何も語れないのだ」 「……君らには判るまい。私が与えられた恩寵と使命も、あの娘たちから永遠を頂戴した方法も」 「血の貴さ云々は俺には判らないけど、彼女たちを殺した方法は、」 言いかけたところで携帯電話が着信をがなり立てる。 「ああ、うん、やっぱり。ありがとう、シュエランさん」 ギアを突きつけたまま電話を受け、理比古はにっこり笑った。 「お屋敷に、巨大な水槽と冷凍装置があったって探偵さんが。庭には薔薇園があるんだってね。水槽で溺死させて、薔薇といっしょに凍らせて、昨日のうちに置いておいた。――どうかな?」 返答がないのは図星だからだろう。 「お屋敷を捜索すれば被害者の痕跡が見つかるだろうし、水槽や装置はさすがに言い逃れ出来ないよね? ――もうこんなことはやめて、きちんと罪を償うのはどうかな」 人はいつでもやり直せるし、償えない罪はない。 それが、理比古の生きてきた道だし、信念でもある。 「うむ、そうなのだ。悩みごとがあってこんな大それた事件を起こしてしまったというのなら、これからはカンタレラたちがいつでも相談に乗るのだ。だから、まずは罪を償うのだ。話はそれからでも遅くないのだ」 まだ若干勘違いしている節のあるカンタレラが、それでも穏やかな赦しを載せて言うものの、男はにやにや笑うばかりだ。 それはやがてくつくつという声になり、ほとんど哄笑に変わった。背後で見守る人々が、悔しげにうつむき、拳を握る。その意味が判っているのだろう、男は愉悦に満ちた笑い声を、目元に涙さえ滲ませて響かせ続けた。 「罪を償う? 私が? ――誰が私を裁けるというのだね、命すら金で買える私を。私には、この街区全体を丸ごと買い取って意のままにする財力も、権力もあるというのに!」 それは、この世界の真理ではあるのだろう。 持つものが持たざるものを甚振ることが許された、そんな理不尽な場所なのだろう、ここは。 しかし、 「そうか」 理比古は少し哀しげに笑い、 「なら……ここで、終わってもらおう」 きっぱり言うや否や、ヘウィチの脚を目にもとまらぬ早業で払い、同時に襟首を掴んで背負い投げを極め、男を地面に叩きつけた。衝撃に息を詰めるヘウィチの首筋に、鋭く光るギアがひたりと押し当てられる。 さすがに、男が息を呑み硬直した。理比古から発せられているのが、静かで明晰な殺気だと気づいたのだ。 「……アヤ?」 不思議そうに見つめるカンタレラに微笑んでみせ、 「とても哀しいことだけど。禍根を残して、罪のない人を泣かせるのは嫌だから。――俺は、あなたの人生を終わらせる罪を背負う覚悟があるよ」 ギアを握る手に力を込める。ぷつり、と刃が首筋に少しずつ潜り込んで行く。 滲み出した血が首筋を伝い、男の衣装を少しずつ濡らし始める。ヘウィチの顔に、初めて恐怖の色が兆した。 「ッ! そんなことが許されると、」 「うん。あなたの命を背負って生きるんだ。あなたを愛する誰かに、罪の償いとして殺される覚悟をしてね。ひとを殺めるって、そういうことでしょう? 殺すからには、殺される覚悟をしなくちゃ。――覚悟のない罪に美しさなんてないんだよ」 何の迷いもない笑顔のまま、きっぱりと言い切る。 揺らぎのない本気を感じ取って、男は表情をこわばらせ、それからふっと力を抜いた。 逃げられないことを悟ったのと同じく、型破りなふたりに毒気を抜かれた、といったところだろうか。 「……判った、降参だ。君たちの勝ちだ……その言葉に従おう」 そこからは急転直下。 人が集められ、ヘウィチが連れられて行き、――その先は、街区の人々が見届けるだろう。 3. 事件解決後、商店街はゆっくりと活気を取り戻しつつあった。 そもそもたくましい人たちの集う場所だ、すぐに元通りになることだろう。 「アヤ、蓮見沢のひとたちに土産を買ったのだ」 カンタレラが掲げてみせるのは、豚の顔の皮を燻製にした、はた目には少々不気味な代物である。 「あ、インヤンガイにもあるんだ、こういうの。動物の皮っておいしいもんね、みんな喜びそうだな」 しかし、自他ともに認める大食漢であり、驚くべき燃費の悪さを誇る理比古は、彼女のチョイスを喜んでいるようだ。 「そうだ、カンタレラ、このままうちに泊まりに来る? せっかくだから、それで虚空に何かつくってもらおうよ。酢のものとか、おいしそうじゃない?」 「そうだな、それもいいかもしれないのだ」 「何ならクージョンさんも呼ぶ? 部屋ならいっぱい空いてるから、泊まっていってもらっても構わないし。それも、早く渡してあげなきゃね」 カンタレラは、露店のひとつで銀と瑠璃を組み合わせてつくった揃いのアクセサリを購入していた。なんでも、運気を向上させる効果があるとかで、恋人といっしょに持つつもりでいる。 前述の蓮見沢家への土産のほか、理比古とは揃いの、この地域独特の民族衣装のようなものも購入したあとの、茶房でのいっぷくである。 テーブルには、茶器と、多種多様な――色鮮やかな甘味がところ狭しと並べられており、それはまさしく圧巻だった。その大半が、理比古の、いったいどこに収まるのか、と思わず首を傾げたくなる細い身体の中へ消えている。 「アヤは相変わらずよく食べるのだ」 「ん、事件が解決したらおなか空いちゃった。……なんとか、うまく収まるといいよね。誰も泣かなくてすむのが一番だもの」 「うむ、きっと大丈夫なのだ。大丈夫じゃなければ、もう一度ここに来ればいいのだ。――今日は、びっくりしたけど、アヤとカンタレラが組めばどんな難事件も解決できるという証明がなされたのだ。帰ったらみんなに自慢してやるのだ」 清々しい茶と、たくさんの甘味を前に、カンタレラは上機嫌だった。 ハプニングこそあれ、『見事な手腕』を発揮できたし、きれいなお土産も買えた。お茶も菓子もおいしいし、理比古はやさしく笑っている。理比古の穏やかさは、彼女がこれまでに接してきたどんな男のものとも違っていて、自分に兄がいたらこんな感じだろうか、と彼女が思うと、 「俺に妹がいたら、カンタレラみたいだったのかな」 クコの実が鮮やかな杏仁豆腐の器を手に、理比古がくすりと笑ってつぶやいた。 「カンタレラも同じことを考えていたのだ。もしかしたら、カンタレラとアヤはどこかで兄妹だったのかもしれないのだ」 「ああ、うん、それは素敵だね。じゃあ、俺の探してる人も、もしかしたらどこかでつながっている兄弟だったのかな」 「それは……あの、夢に出て来る?」 「うん。世界を超えて、魂でつながってるなんて、素敵だと思わない?」 「思うのだ。カンタレラは、そのおかげでクージョンやアヤたちに会えたのだ。つながっているとは、なんて素敵なことなのだろう」 「ね。縁とか絆っていうんだよ、それ」 にっこり笑う理比古は、とてもカンタレラより年上とは思えない可愛らしさだが、彼の内側にあるしなやかな強さは、大きな苦しみを乗り越えてきたものの持つそれで、彼女はこの不思議なえにしと楽しいひとときとをとてつもなく貴く感じるのだ。 「縁と絆に乾杯、なのだ」 くすぐったくつぶやいたのち、清々しくも華やかな香りの花茶をゆったりと乾し、ふたりきりのお茶会を続行する。 「――アヤ、このお菓子もおいしいのだ。熱々で香ばしいのだ」 「ん、胡麻団子? ありがとう、じゃあこっちのと交換しよう。薬草を煮だしてつくったシロップを寒天で固めたゼリーだってさ。カンタレラ、きっとお肌すべすべつやつやになっちゃうよ。彼氏さん大喜びじゃない?」 「そ、そんなふうに言われたらさすがに恥ずかしいのだ……」 微笑ましいやり取りのあと、カンタレラは可愛い桃饅頭を手にほうと息を吐いた。 「この世界は物騒だけど、美味しいものもたくさんあるのだ。クージョンにも食べさせてやりたいのだ……次はいっしょに来るのだ。それにしても、今回の推理劇、彼が見たらなんと言ってくれるだろう……?」 あの風のように自由な青年は、カンタレラの活躍をなんといって褒めてくれるだろう。どんなふうに、カンタレラのそういうところが好きだよ、と笑ってくれるだろう。 腕を伸ばして抱きしめてくれる恋人の姿を思い描き、甘い空想に浸りながら、カンタレラはまた、上機嫌に笑ったとか笑わないとか。
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