「春眠暁を覚えず!」 そう言って世界司書カウベルは資料をテーブルに叩きつけた。 もこっとしたやらわかそうな上着に、淡い色のショートパンツ。素足にスリッパだ。 すっぴんでは無いが、寝間着姿と思われる。台詞と服装から鑑みるに、眠りに関する仕事ではないかと、賢明なロストナンバーなら気付くかもしれない。 いや、賢明なロストナンバーならカウベルの呼び出しにはホイホイついていかない方がいい。 貴方が賢明では無いと言いたいわけではない。ただ気を付けろ。と。「導きの書に竜刻暴走の予言がありました。場所はちょっと田舎なんだけど。風光明媚な森。湖。そして村があるのよ! 勿論暴走したらこっぱみじんこになっちゃうんだからぁ!」 資料にあるマップはカウベルの手書きだったりはしなかった。それなりの測量に基づいているようだ。とは言っても、あるのは森。湖。村。 あえて言葉に足らなかったところを言えば、草原と川もちょっとある。 それにしても広範囲なマップである。「細かい場所が残念ながらわかっていないのよねぇ。はぁいそこで資料の次のページを開いてくださぁい」 そこにあったのは、写真をふんだんに使ったカラーページだ。 それを何人かのロストナンバーは見たことがあった。 世界図書館の福利厚生パンフレットの中。――「神託の都メイム」で見る夢は、旅人の未来を指し示す。「みなさんにはスピリチュアル第六感をバリバリに利用して、夢で暴走する竜刻の在処を探してくださぁい!」 メイムの竜刻は「本人の未来を暗示する夢」を見せるという。つまり回収が成功していればその夢を本人が見ることができるはず……という、軽くパラドックスを感じる原理を利用して、竜刻を探せと言っているのだ。 バァンと、カウベルは資料を叩く。「今回は特別に枕の持参を許可しまぁす!」 大事なのはそこじゃない。「上手くいったら導きの書より凄いわよねぇ。あ、ちゃんと起こす役も手配しといたから、暴走まで寝過ごすことはないわよぉ!」 明るく笑う顔に危機感が無いのが貴方も不安だろう? ――神託の都メイム「や、私が付添人だよ」 その男はメイムの衣装に身を包んでおり、パッと見は夢解きの占い師と区別がつかなかった。カウベルの手配しただけのことはある、と貴方は思ったかも知れない。男は自分もツーリストだと言う。「アホらしい作戦だが、頭数を揃えて未来を見れば、それなりに何とかなるんじゃないかな。と思うよ」 衣装に縫いつけられたビーズをシャラシャラと鳴らしながら、不安そうな面々を余裕たっぷりに励ましてくれる。「複数人で眠るから夢が混じってしまうだろう。何度か途中で様子見に起こそうね。夢は抽象的なところもあるだろうし、キーワードを拾ってくる気で行ってくるといい。ちなみに私も先程試したが…」 そこで男はニヤリと笑った。「花、が関係しているとみた。いい季節だし、良かったね」 そう言うと地図を広げ、封印のタグをヒラヒラと振る。「場所がわかったらこの札を貼りに行って竜刻を封印回収。で、任務完了だ。寝ぼけている暇は無いからな?」 香の煙が蛇のようにとぐろを巻いた。 煙の端が笑っている。
「四度目のメイムなのですー。 リリイさんに仕立ててもらった特別な眠り用のパジャマとゼロのトラベルギアの枕で依頼に臨むのです! この枕は窮極の寝心地なのです!」 胸を張るシーアールシーゼロは既に、ふんわりとした白いワンピース型のパジャマに身を包んでいる。リリイが仕立てたものというだけあって、中央に並ぶピンクのボタンには銀糸で格子模様が施されており、それがゼロの銀髪と相まって絶妙なバランスをとっていた。 「ほう、奇遇じゃのう! わたくしも四度目じゃ。これは簡単に事が済みそうじゃの。……今度は邪魔をするなよマルゲリータ。人命がかかっておるのじゃぞ」 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは自らのオウルフォームのセクタン・マルゲリータにそう言い含めた。何か過去のメイムに苦い思い出があるようだ。 「えー二人とも、メイムプロ? スピリチュアルとか、ちょっと自信無いんだけどぉ~。 あーでもゼロちゃんパジャマ可愛い! 私もパジャマ持ってくればよかったかなぁ?」 川原 撫子は、布団の上で羨ましげにゼロを眺めた。いつも上げているポニーテールを眠りやすいように解いている。メイムで借りた枕を抱えた姿はウキウキとしておりパジャマパーティ気分。ただし色の濃いガソリンスタンドの制服のままだ。 「あの。俺は隣の部屋に……」 参加者唯一の男性となったマルチェロ・キルシュは荷物とセクタンを抱えてそっとテントを出ようとした。 『え、何で???』 本気で不思議そうな顔をした女性陣の視線がロキに刺さる。 ――いや、問題あるだろ!? 「あっはっは、私も男だよ? 君が出てったら、私が居づらいよ」 派手なクッションに肘をついてすっかりくつろいだ姿の付添人が手を振る。 「あ! ロキさん、女だらけだから遠慮してくれてたの! イケメンな上に紳士なんて素敵だわぁ」 「でもゼロは気にしないです。何故ならゼロに魅了されるなんてことは、絶対無い事になっているのですよ」 「サシャの彼氏殿だからのう。わたくしは信じておるぞ」 「ええっやっぱ彼女持ちかぁ! ざんねーん!」 ジュリエッタの言葉に枕につっぷした撫子をロキは複雑な表情で見る。 ロキはしぶしぶ部屋の隅に移動すると、荷物から出した数枚のタオルを折りたたみ枕にすると横になった。 「ゼロも眠るのです! おやすみなさいなのですー」 ゼロも元気に言うとぱたんきゅー。あっという間に布団にもぐってしまう。 「わっはやっ! そうだよね、修学旅行じゃないもんね! あ、じゃあお願いしますねぇ」 撫子がちらりと付添人の方を見ると、にっこりと笑って手を振っている。 「おやすみマルゲリータ」 ジュリエッタはセクタンを撫でてやってから、眠りについた。 『ホーーーーーーーーーーゥ!!!!!!』 「ふぇえっ!?」 「なんだ!?」 「ふみゅ!?」 突然の高い声に皆が飛び起きる。 「ぷっ……オウルフォームのセクタンは本当に寝入りばなに鳴くんだね!」 付添人が笑いをこらえきれない様子で肩を震わせながら、ジュリエッタのセクタンをそっと取り上げ首の当たりを撫でてやる。 「御主人はもう眠ってしまったようだよ。……あぁ、耳栓をしているね。準備がいいなぁ」 呆然とした様子の三人に付添人は声をかける。 「一人だけ先に眠ってしまったようだ。皆も早く追いかけてくれ」 目は笑ったままだった。 ○ ○ ○ ○ ○ ジュリエッタは夢に落ちながら考える。 竜刻の場所を探す=宝探し、つまり宝を探す冒険者としての夢を見れば、在りかの地図やヒントらしい花が竜刻の場所を示す指標となるのではないか。 「闇雲に探すのは効率が悪いというもの。それならばお宝を見つけるがごとく参加してみるのじゃ」 今までも『未来の伴侶の顔を見る!』という自分の願望に沿った夢を見ることができた。マルゲリータに邪魔をされ完璧に願望を叶えることはできなかったが、惜しいところまでは行ったのだ。 「ついでに伴侶の顔も見れればいいんじゃがの……」 いかんいかん、二兎を追う者は一兎も得ず。 今は集中。集中せねば……ムニャムニャ…… そこは森の木々がぽっかりと開き、温かい陽に照らされた淡色の花が一面に咲いた花畑。 「ふむ、確かにここじゃな」 花畑の端には純白の馬に乗った、ジュリエッタが居た。銀の鎧に身を包み、腰には剣……ではなく40cm程の小脇差を差している。 手に持っていた地図を懐へ仕舞い、軽やかな動作で馬から降りる。 今の彼女は冒険者ジュリエッタ。手に入れた者の願いを叶えるという至宝を求め、幾多の困難を乗り越えてきた美しく勇敢な冒険者で、実はさる国の王族であるという身分を隠しているとか何とかだ! 「これは……」 ジュリエッタは、ほぅ、と感動のため息を漏らす。 太陽を雲が隠した瞬間。花畑の中央の花が自ら美しく光り輝く。周囲の花を淡く照らし出し、何とも幻想的だ。 「輝く宝か」 そっと近付き手を伸ばす。 すると、花はふっと崩れ、続いて強い光が広がった。 「何?!」 光が収まると、そこには美しい金髪の王子様が眠りについている。 「おうじさまなのです! 悪い魔女に眠らされていたおうじさまなのです!」 いつの間にか現れた銀色の髪の妖精が、眠る王子の周りを飛び回る。 「王子! 眠りから早く覚めて下さい! 王子!!」 もう一人の茶髪の妖精は、15cm程の小さな姿ながら、眠る王子の手を持ち上げ、指にすがって泣いている。 「ふーむ、こう言う時は王子のキスで目覚めさせるのが基本じゃの。ちぃと逆な気がせんでもないが……いや、しかしキスじゃろう、そんな、いやしかし」 ――ジュリエッタ は もじもじ している! その間にも、銀髪の妖精はクルクルと飛び回り、茶髪の妖精は泣き続けている。 「よしっ」 ジュリエッタは覚悟を決めて、王子の顔に自分の顔を近づける。 ゆっくり。 ゆっくり…… ――ぐいっ 「な、何奴……って、マルゲリータぁ!?」 突然肩を引かれ振りかえったジュリエッタの眼に映ったのは、こちらも王子かというような美しい身なりの男。 鮮やかな青のマントに上品な仕立ての服。ただし顔の部分には嵌まる用にマルゲリータ。 ――少し恐い。 マルゲリータは顔の部分からポンッと抜け出す(やはり嵌まっていたのだ)と、眠る王子の顔をつつきだす。 「マルゲリータ、やはり私の夢の邪魔を……って、良く見ると彼氏殿!?」 いつの間にか夢の雰囲気に呑まれていたらしい、眠る王子の顔を今更ながらに良く見ると、どう見ても友人サシャの彼氏であるロキである。 「う、うーん。夢の中でも眠っていたのか……?」 マルゲリータにつつき起され、ロキが目を開ける。 「ゼロは小さくなってますー! 妖精さんなのですー!」 夢の登場人物一人一人が現実とリンクしだした。元から夢に居たジュリエッタはアワアワと顔を赤くしたり青くしたりしている。 ――ジュリエッタ は こんらん している! 「ねぇねぇ、さっきジュリエッタちゃんがロキさんに顔近付けてたのよぉ。なんでなんでぇ! きゃー!」 撫子がロキの指を上下に振る。はしゃぐ撫子にロキは困惑した顔でジュリエッタの方を見る。 「どういうことだ……?」 「ひっ」 ジュリエッタはロキの視線を受け、赤い色に落ち着いた。 「な、なんでも、なんでもないのじゃ……」 右手でマルゲリータを抱え、左手でギアの小脇差を抜き握る。その姿は人質を取った犯人のようである。小脇差がスパークしだす。 「えっ、ちょっと、ジュリエッタちゃん落ちついてぇ~?」 「びりびりですー」 「あ、あぶないぞ! 落ちつけ!」 三人がおろおろとジュリエッタを宥める。 しかし彼女は聞いていない。 「なんでもないのじゃーーーー!!!!!!」 ――バリバリバリバリ!!! ひと際大きなスパークが周囲の花を散らす……!!!! 「はい起きてー!」 「ふぬぁ!?」 ジュリエッタは鼻をつままれて目が覚めた。 付添人の男が笑っている。 「君のセクタンが暴れ出したから起こさせて貰ったよ。ちゃんと仕舞って行ってくれるかな?」 「マルゲリータァ!!」 ジュリエッタは傍らに居たセクタンを抱きしめた。ジュリエッタの耳から引っこ抜いたらしい耳栓を咥えている。 「いくらなんでも、親友の彼氏をどうこうするなんぞ言語道断じゃ! 夢とはいえ危ないところじゃったのう……今回ばかりはマルゲリータ、助かったぞ」 「私たちも危なかったわぁ。アフロになるところだったもぉん!」 撫子が両手を拳にして上にあげたがそのまま脱力した。 「はぁ、びっくりしたぁ」 「ジュリエッタさんの夢にいってきたのですー。でもゼロにはよくわからなかったのです」 「俺にも……」 ロキは遠慮がちに言って、ジュリエッタを見たが気まずげに顔を反らした。 「う、うむ、いや、夢のキーワードはのぅ。 わたくしが夢の中で探していた宝は森の中の花畑に咲く、光る花だったのじゃ……竜刻は光っているんじゃないかと思う」 「それは見つけやすそうでいいね」 付添人が頷く。 「他は多分関係ないのじゃ! ちょっと雑念が入ったのじゃ! 申し訳ない!」 ジュリエッタがセクタンの羽毛に顔をうずめてしまったので、皆はオロオロと慰めた。 ○ ○ ○ ○ ○ 「夢の中で見たいものを強く望めって言われてもぉ。私にはよくわかりませぇん☆」 可愛い子ぶって見たものの、撫子は夢の中で一人だった。 夢の見方について再度経験者にレクチャーを受けたのち、今度はなるべく同時に眠りについた一同だったが、白く何もない空間に撫子は一人だった。 「竜刻……というより花? ジュリエッタちゃんも花って言ってたしぃ」 撫子は腕を組んで花に意識を集中する。 ――花……花……花柄……? ――花柄と言えばビキニでしょう? 「……自分の短絡的思考が恨めしいですぅ~。みんな花柄、うふ、うふふふふふ~」 「おおお、どういうことじゃ!?」 「みずぎなのですー?」 夢の中にふわりと現れた一同が自分の格好を見て驚愕する。 自分がしでかした事とは言え、撫子は暗い顔で己の胸を隠した。 「失意体前屈……」 ――だってだって、幼児なゼロちゃんよりマイクロバストなこの体型を、こんなところで晒す事になるなんてぇ…… 実は隠した胸の下からのぞく腹筋もたくましい。 「これでっ……これで全員が女の子なら、まだ我慢出来たものをっ。ハーレム許すまじっ」 キッとロキを睨みつけたが、慌てて鼻を押さえて視線を反らした。 ――美形の花柄ビキニはちょっと刺激が強すぎます! 「どうするとこうなるんだ?」 ロキは女性陣から少し距離を取りながら先程の夢に引き続き、困惑した顔をしている。ちょっと涙目な気もする。 ――怒らないところが良い男ですぅ☆ 「撫子さん。この夢は撫子さんの夢なのですー。しっかりと夢を作るのですー」 「そ、そうねゼロちゃん! これは夢、全部夢なの~。私はいつもの格好してるんですぅ」 撫子の服が元に戻る。 「戻った! 夢って便利だなぁ☆」 「全員分戻すのじゃ!」 ジュリエッタが少し幼いながらモデルのような水着姿で仁王立ちをしているのを見て、撫子は再び小さな失意体前屈。 「あ、戻ったのです!」 「その代わりに、周りが花柄になったな」 いつもの服装になったロキが安心したように近づいてくる。 ロキの指摘するように、皆の服装が戻った代わりに、真っ白だった世界が花柄に埋もれていた。 「竜刻を探しに行くイメージですよね。どうせなら美形の彼氏と手を繋いで遠足気分でぇ……!?」 ――ポンッ と、間抜けな音とともに、全員がプラナリアのように分裂した。 「えーっと、二人ずつ手をつないで……」 ロキの片割れが自分の手を取る。ただし、自分の片割れはゼロと手を繋いでいた。 「自分ズルい!」 「違う、違うのぉ。少なくとも他人の彼氏なんて要らないぃ~」 自分になじられながら悲鳴をあげると、付添人に起こされた。 撫子は全員に土下座で謝った後、再度眠りについた。 「なんでまた水着かな、もぉ☆」 それでも胸元にビラビラとリボンがついてバストの無さを誤魔化してるから、先刻よりはずっとマシだ。 しかし二度も水着の夢を見るとなると、何か竜刻の在り処に関係があるのかもしれない。 「もしかしてぇ……竜刻が水辺にあるってことですかぁ?」 言葉にした途端、撫子はキラキラ光る湖で水の中を覗き込んでいる。 周囲を見渡すとそこは、森に囲まれた小さな湖だった。いつの間にか全員が手こぎボートに乗っている。 「さっきのわたくしの夢の森と感じが似てるのぉ。花畑の代わりに湖があるようなカンジじゃ」 「はっ、ジュリエッタちゃん。相変わらず麗しい水着姿で」 撫子に声をかけたジュリエッタは下がショートパンツの形になっているツーピースの水着だ。伸びた長い足が眩しい。 「撫子がそう思い込んでるから、そういう夢になるのではないのかの?」 ジュリエッタはそう言うと口角を上げた。 「あの当たり、光ってないか?」 トランクス型の水着にパーカーを羽織ったロキが湖の中央を指す。 「きっと竜刻なのですー!」 腰のあたりがスカートのようになった白い水着のゼロが手を叩く。 「あ、ちょっと私、泳ぐのは……」 「見てくる」 ロキが手早くパーカーを脱ぐと湖に飛び込む。 「ふぁぁ、何と言うイケメンぷり」 「撫子さん、これを貼ってあげてください」 ゼロが封印のタグを手渡してくれる。 ――ザバァ。 ロキが自ら上がると笑顔を見せた。 「ビンゴ!」 撫子は拍手すると。差し出された竜刻にペタリとタグを貼りつける。 「竜刻、ゲットですぅ☆」 「ふふ、私もやればできるのですよぉ☆」 「ほらほら、起きて」 「う、うー」 目をこすれば、付添人の姿。 「夢で竜刻が見つかったんだろう? 寝言でわかったよ」 「えっ、寝言ですかぁ? 恥ずかしいぃ」 「大分、形になってきたのぉ。森の中の小さな湖じゃった」 「お花畑ではないみたいですー」 「そういえば、最初の夢と違って花は出てこなかったな」 ロキが顎に手を当てて頷く。 「小さな湖は地図にいくつもあるのか?」 「そうだね。いくつかあるし、あまりに小さいものは森に隠れて地図に載っていないかもしれない」 「もう一度眠ってみるか……」 「まだ眠り足りないので大丈夫なのです!」 ゼロが元気に請け負った。 ○ ○ ○ ○ ○ それは美しい夢だった。 ピンク色の花が木々を染め、風に乗って花弁が散る。 その清々しさと美しさ。 「カウベルの引用した詩にも『花落つること知る多少』ってあったし、何となく花をいうフレーズが引っ掛かってたからな……」 意識しているからとはいえ、皆が皆花の夢を見ているのだ、何か関係があるのではないだろうか。そう思っていたせいか、自分の夢にも花が出てきた。 ただし、花畑のような草花ではなく、花の咲いた樹だ。 「なんだっけ、この花……見覚えはあるんだが……」 花の形は桃や桜に似ている気がする。恐らく故国で見た花だ。ヴォロスにも咲いているのだろうか? 「これはアーモンドブロッサムじゃのう。春を呼ぶ花じゃ」 「ジュリエッタ」 「綺麗じゃのう」 そう言うとジュリエッタは匂いを嗅ぐように顔を上げ、目を細めた。 「彼氏殿もヨーロッパの方かの。何となく身近な雰囲気を感じていたのじゃ。顔立ちとか、の」 「俺は……」 ロキが言いよどんだのを見て、ジュリエッタは首を振った。 「花が懐かしくて、立ち入ったことを聞いたようじゃ。ところでこの花はヴォロスにも咲いているのかのぉ?」 「俺もそれを考えていたんだ」 「ヴォロスも気候が似てるからのう」 「アーモンド……そういえば、フィナンシェを持っている」 ロキはカバンから小さなフィナンシェを取り出した。ロキの自作で、セクタンにせがまれて持ちこんでいたのだ。 「お菓子が何か関係あるかのう??」 ジュリエッタが首をひねる。 ――ニャーン ふと、猫の声がしたので二人が振りかえると真っ白な猫が樹の間から飛び出してきた。 いつの間にか当たりは暗く、猫だけが光輝くようだ。 「猫さん待てぇー!」 「その猫さんを捕まえてくださいですー!」 遠くからゼロを抱え上げた撫子が駆けて来る。 「ニャーン」 猫はロキの足もとにそっと擦り寄る。 「フィナンシェをあげてみたらどうじゃ」 ロキは屈んで猫の頭を撫でてやり、袋から出したフィナンシェをちぎってやる。 「少しだけだからな」 「ふぁー! 追いついたぁ!」 ゼロを下ろしてやりながら、撫子は膝に手をつきハァハァと大きく呼吸をした。 「なんで猫を追いかけてたんだ?」 猫を抱きあげロキが二人に声をかけると、ゼロが答えた。 「ゼロは思ったのです! 未来を夢に見るのなら、逆にゼロたちが想像力を働かせて都合の良い夢を作ればそれが実際の未来になるのです! たぶん」 「ええっ!? じゃあ花柄ビキニの夢が現実になっちゃったらどうしようぅうう」 「予知夢を作るのと、この猫とどう関係がある?」 「ゼロが思ったのです。猫さんについて行けば竜刻のある場所につくことにしたのです」 「辺りが夜になったのも、ゼロがやったことかのう?」 「起きるころには夜なので、今日中に見つかるよう夜にしたのです」 ロキはふむ、と頷いた。 「この花は俺の夢かと思っていたのだが、ゼロが考えた夢だったのか?」 「ゼロはこの花は初めて見たのです」 「付添人も夢が混ざるかもしれないと言ってたから、ただ混ざっただけなのか」 「この花もきっと重要なヒントなのです!」 「何で言い切れるんだ?」 ゼロの言葉が理解できず、ロキが首をひねる。 ロキは予知夢を視る事がある。しかし狙って見られるものではないので、ゼロの言い分が合っているのかよくわからない。予知夢というのは解るモノなのだろうか? 「ニャー」 猫がロキの腕からするりと抜けアーモンドの並木の間を走り出す。 「ひぇえまた走るのねぇ。こんなの現実になったらヤダなぁ」 そう言って、撫子はゼロを抱えあげる。 「なかなかハードじゃのぅ」 ジュリエッタも軽く屈伸をした。 ・ ・ ・ ・ 「そろそろ起きて貰えるかな」 付添人に起こされた時には、皆酷く疲れていた。 あの後、以前の夢で見た湖まで辿り着き、再び竜刻にタグを貼りつけた。 これからもう一度アレをやると思うと、全員気が重かった。 「で、場所はわかったのかな?」 「白い猫さんが案内してくれるのですー」 「あと、アーモンドの花が咲いていたんだ。このフィナンシェも関係あるのかどうか……」 ロキは鞄からフィナンシェを取り出して見せた。夢でちぎった部分は勿論欠けていない。 「アーモンドは目覚めの意味を持つとも言うね。まさに今じゃないかな?」 付添人が、興味深そうに頷く。 「まず猫探しかしらぁ? どこを探せばいいのかなぁ。夢の中では突然白猫が現れたのよね」 「いったんメイムから離れたほうが良いのかのう。花畑やピンクの花の木とかもやっぱり関係あるのかも……目立つところは無いかの?」 全員が地図を覗き込み、あれこれと意見を出し合う。 しかし地図には花の見所など書きこまれているわけもなく、日当たりがどうだの、湖の形状がどうだの、だんだん話が飛躍していった。 と、突然、天幕の入り口が開く。 「……あっれ、甘い菓子の匂いがすると思って入ったんだが、連れのテントじゃなかったみてぇだ。悪ぃな!」 『あああああ猫さん!!!!!?????』 全員が天幕への闖入者に声を上げた。 「へ?」 闖入者は真っ白い毛並みの猫男。ワーキャットとも言うべきその姿は夢の白猫とは大分違う(薄汚い)様子ではあったが、フィナンシェに惹かれて来たところは明らかに関係が深そうだ。 「ちょっと協力してくださぁい!」 撫子が飛びつくように、足にすがりつく。ふかふかだ。 「でぇえ、何ですかお嬢さん、メイムで騒いじゃだめですって」 「この地図の当たりは詳しくないかの、森に囲まれた小さな湖を探しているのじゃ。もしかしたら近くにピンクの花が咲いているかもしれぬ」 「湖畔に小船があるはずだ」 「猫さんなら知っているはずなのですー!」 猫男は眼を白黒させながらも、押しつけられた地図を見て声をあげた。 「あ! これ実家の方っすよ。船があるっつーと、村からそう遠くなくてーでも小さめで、ピンクっつーとここっすね」 尖った爪の先で地図の中の小さな青い点を指す。 「ありがとぉん!」 撫子は地図をひったくると猫男をぎゅっと抱きしめてからテントから駆け出した。 「あとで、マタタビをあげるのです!」 ゼロも付添人にタグを受け取ってから猫男の腕の毛をポフポフと触ると、飛び出していく。 「わたくしも」 ジュリエッタが男の肉球をぷにぷにしてから駆け出し、 「これお礼だから」 その肉球にロキがフィナンシェを掴ませた。 バタバタと四人が駆け出していった後、猫男が呆然と手のフィナンシェを見つめた。 付添人がトラベラーズノートを開く。 『 ――見つかったようだよ ――じゃあ答え合わせをしましょうか! 』 ○ ○ ○ ○ ○ 「あははは! 本当に見つかると思わなかったわぁ! 眺めも綺麗だし最高ね!!」 湖のボートの上で、撫子が明るい声をあげた。 濡れた顔でタオルを肩にかけるロキも明るい顔をしている。 あの後、付添人が準備をしてくれていた乗り物に乗りこみ、目的の湖まですっ飛ばしてきたのだ。自力で走らないで済んだとはいえなかなかにハードな道のりだった。 「しかし、夢は合っていたような合っていなかったようなじゃのう」 湖の周囲の木々は月と星の明かりに照らされ、美しいピンク色だった。 しかし、良く見るとそれは花ではなく、ピンクの葉なのだ。 「結局、全然花じゃなかったのですー。でも終わり良ければ全てよしなのです!」 ゼロの傍らには封印のタグが貼られた抱えるくらいのサイズの卵型の竜刻がある。湖の底にあったときは、恐ろしく明滅し、危なげな雰囲気であったが、タグを貼った今はちょうどいい明るさのランプのようだ。 「これで間違っていたらどうするつもりだったのだろうなぁ」 ロキは小さな疑念を感じたが、周りの美しさと三人の笑顔を見て苦笑するように笑った。 ――ざざっ 風が吹き、ピンクの葉が舞う。 遠くから甘い匂いを運んでくる。 明るい星、白い月。 季節は春。 良い季節だ。 (作戦完了!)
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