ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
霞んだ視界に映るのは、大きな海原だった。 うねる波は荒く、頼りなげにその中を行く小さな姿は、船であろうか。 それが、一際大きな波に飲まれたと思った瞬間――辺りは一面の砂漠となった。 大地を焼く灼熱の陽は見る間に落ち、打って変わって寒い夜が訪れる。吹き荒ぶ風の中、痩せこけた鳥が落とした乾いた石が、甲高い音を立てて弾け、砂へと埋まる。そしてそこから生まれた石の棘が空へと向かって伸び、大地を震わせながら、巨大な尖塔へと変わった。 尖塔の小さく見える窓からは、明るい色の紙吹雪が舞う。 やがて紙吹雪は白一色となり、世界は灰色へ、歓声は轟きへ。 気がつけば、極寒の地。 私は、万華鏡のように目まぐるしく変わる世界を歩いていた。否、霞がかったようにぼんやりとしているから、万華鏡のようにという表現は、正しくないのかもしれない。近くには誰の姿もないから、きっと独りなのであろう。息を吸い、次に吐く時には、もう周囲はかちり、と様子を変える。 否、そもそも私はここで息などしているのであろうか。 全てが朧げで、強く瞬きをしただけで消えてしまいそうな世界。 そうか、と私は思い至って口の端を上げる。私は夢の中に居るのであった。 改めて周囲を見回してみる。今は徒広い草原だ。そよそよと吹く風からは、青い草の匂いが微かにする。 矢鱈と重く感じる右足を一歩前に出すと、踏み締めた足元から色取り取りの花々が咲き、蜜蜂が唸る。 左足――花々は弾けて鉄の檻となって聳え立ち、何も居ない中へと向かって鞭がしなる。 ふと、目の端をよぎる影。 私は思わずそちらに顔を向けていた。 すると、景色が引き伸ばされた革のようにぐにゃりと歪み、視界の後ろへと一気に追い遣られ、土煙がもうもうと立ち込める大地を見下ろす場所へと、私の体が移動する。 そこには、幾度となく見た姿があった。記憶の底から引きずり出されてきたそれは、今までの光景よりも、そして常よりも明らかに――そう、ずっと明らかに、私の眼下に広がる。 逃げ惑う人々。悲鳴。怒号。肉や骨の切り裂かれる音。飛び散る血の飛沫。断末魔の叫び。 鋼のように硬く輝く鱗が暗躍し、またひとつ、またひとつと命を奪ってゆく。 再び景色が歪み、私の体がぐるりと後ろを向くと、空と地平線は姿を消し、華美な調度品が並ぶ王宮の中だった。 皆が寝静まる――否、息絶えて沈む闇の中、それと同じ色の瞳が動き、音も無く、残された人々の息吹を摘む。その所作はまるで予定調和のようで、一片の無駄もなく、どこまでも冷たい。 それは、私の行いを映す鏡。 それを見ている自分が、僅かばかり顔を顰めていることに気づき、私は思わず苦笑した。私は随分と余分な心を持ってしまったようだ。 人は変わるものだ――そのようなことを思った私の前から、唐突に、龍人族部隊の姿が消えた。口を開けた闇がのた打ち回り、石造りの壁も、豪奢なベッドも、そして私をも飲み込む。 それからどれくらいの時が経ったであろうか。一瞬とも、随分と長い間とも思える沈黙の後、掠れた音が聞こえた。 不規則に続くそれは、段々と大きくなり、私はそれが嗚咽であると理解するに至る。 「……何故……居なくなってしまわれたのですか……?」 途切れ途切れに発せられる涙まじりの、まだ若い女の声。 それを聞き、胸の奥が弾かれたように騒いだ。聞き覚えのある声だった。 闇の中に朧な光が灯り、それから周囲を侵食して行くかのように、声の主の姿を徐々に浮かび上がらせる。 「どうか、お戻りになってください……どうか……鴉刃さま……!」 自らの名を呼ばれ、喉奥が、ちりちりと痛む。想像した通りの姿が、目の前にあった。彼女は、涙が枯れることなど無いかのように、私の目の前で、ただ泣き続ける。 私はロストナンバーであり、己が居た世界の行方を知らない。 この一歩にしか見えない隔ては、渺々たる距離だ。 たとえ戻れたにせよ、長期間、国を不在にしていた私を、部隊が許す筈はないだろう。 そして。 私には、彼女一人の為に、自らの命を脅かしてまで、今の立場を手放す気はない。 私は、蹲る彼女から、ゆっくりと視線を逸らした。 すると、私の体はまた闇に飲み込まれ、体が浮くような感覚をおぼえる。 今度は程なくして、鬱蒼とした森へと吐き出された。 後ろを振り返ると、岩肌にぽっかりと開いた洞窟の口が、こちらを見据えている。その奥には、何も見えない。そして、瞬きをする間に、その姿は白い霧へと飲み込まれた。 私は前へと向き直ると、静かに歩みを進める。 やがて霧はさらに濃くなり、それは、私の周囲を旋回し始めた。そして、弾けて真っ白な鳥の群れとなる。 青く澄み渡った空へと向かった鳥の群れは、いつの間にか激しい爆撃を繰り返す戦闘機へと姿を変える。 煙幕に包まれた戦闘機は粉々に散り、小さな教会のライスシャワーへ。 ライスシャワーは天空へとのぼり、瞬く星々へ。 景色はにじみながら、揺らぎながら、次々と切り替わる。 それらは恐らく、私がいつか出向くことになる世界なのであろう。 一期一会だ。 私はそう、自分に言い聞かせる。 生きているうちには、様々な出会いがあり、別れがある。 それも、悪くないだろう。 ◇ ◆ ◇ 夢から目覚めた後、付添人と少し話をしてから、私は礼を言うと、天幕を後にした。乾いた土の匂いが鼻腔をくすぐる。 暫く歩いた後、ふと、私は立ち止まって周囲を見遣った。 メイムの街は活気に溢れており、人々が笑顔で行き交っていた。そこには、様々な姿の者たちが居る。 このような穏やかな景色が、私を変えたのであろうか。 否。――私が変わったとするならば、それは私の意志においてだ。 「すまぬな」 私はそう呟くと、再び歩き出した。
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