オープニング

ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号693
クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。

○もし一人称での描写をご希望の場合は、その旨を明記してください。
何も書かれていない場合は、三人称で書かせていただきます。
○お任せの場合は、方向性とかイメージを書いていただけると助かりますが、完全お任せもOKです。好き放題書かせていただきます。

※プレイング期間は、5日になっています。

それでは、ご参加お待ちしています。
宜しくお願いします。

参加者
タイム(czca5378)ツーリスト 男 16歳 最後の勇者

ノベル

 少しくらい――いや、どれだけ壊れていても、溜め息を数え切れないくらいつきたくなる毎日でも、そこには、沢山の笑顔があり、愛すべき人たちがいた。
 とても、帰りたかった。

 だから、タイムには何の夢を見るのか想像がついていたし、よく知っている光景が目の前に広がった時、それがすぐ夢なのだということがわかった。
 ぷよぷよした物体が、目の前を通り過ぎる。
 その上に載っているのは、似つかわしくないくらい大きな小麦粉の袋だった。それを、一生懸命、跳びはねながら運んでいる。
 彼は、タイムの大切な友達だ。
 懐かしさに、胸がふわっと温かくなる。気がつけば、スライムが頑張って働く姿に見入り、応援していた。
 ふと、スライムはバランスを崩す。見ていたタイムも、思わずあっと声を上げてしまう。袋は地面に重い音を立てて落ち、隙間から中身を少し吹き出した。白い煙がもわっと舞い上がる。
 タイムが伸ばした手は、もちろん何も掴まなかった。スライムはふるふると体を振り、掛かった小麦粉を落とすと、大きな袋をまた担ぎ直し、再び跳びはね始めた。
 タイムは彼の後を追う。意識的に足に力を込め、どんどん速度を上げているはずなのに、足は砂袋を幾つも巻きつけられたかのように重く、動かす度に重く、さらに重くなって行く。それでも友達の姿を見ていたくて、タイムは必死で追いすがった。
 ようやくたどり着いた先は、見慣れた場所だった。一回り程大きなスライムが家から出てきて、小麦粉を受け取る。
 そして、この近くには、タイムの生まれ育った家がある。
 堪らず駆け出したタイムの足は、地面に固定されたように動かなかった。それでも必死でもがくと、少しずつ、少しずつ、スローモーションのように家が近づいてくる。まるで、溺れた者が、必死で水面に上がろうとするかのようだった。夢にまで見た――今、夢に見ている我が家。
 ついに体も重く沈んだと思った時、急に体が軽くなり、唐突に場面が変わった。
 気がつけば、タイムは家の中にいた。そこには、母と弟たち、妹の姿があった。
 思わず、ただいま、と声が漏れる。
「ねえ、タイム兄ちゃんからの手紙はー?」
「来てないよ。どこに行ったんだろうね、兄ちゃん」
(クロン、トキ、違うんだ。出そうと思って書いてたんだ。でも、出せないまま、こっちに来ちゃったんだ)
「あの子、本当にどこに行ったのかしら」
(俺はここにいる。ちゃんと生きてる)
 けれども、タイムの声が届くことはない。
 なんてもどかしいのだろう。皆の姿も見え、声も聞こえるのに、向こうにはこちらの姿は見えず、声も届かない。
 わかっている。これは夢だと。
 でも、あまりにリアルな感覚に、本当に目の前で起こっていることだと錯覚しそうになる。
 それに、もしかしたら、実際に起こっていることなのかもしれないではないか。
 確かめる術は、ないけれど。
 その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
 母は返事をし、そちらへと向かう。
「こんにちは」
「こんにちはー」
 そこにいたのは、一組の男女だった。見るからに冒険者風だ。男が戦士、女が魔法使いといったところだろうか。
「あの、旅行記の件で伺ったんですけど」
 女の方が、やや硬い表情で言う。
「お待ちしてましたー。こちらへどうぞー」
 すると、父が奥から現れ、二人に向かって声をかけると、仕事部屋へと誘った。
(父さん)
 父の姿も、また懐かしい。少しだけ、痩せたようにも見える。でも、相変わらず――そう、相変わらずで、それが嬉しくて、切ない。
 父は小説家だが、旅行記も書いている。あの二人に、取材をするのだろう。才能ももちろんあるだろうが、読む人全てが驚くといわれる話の豊富さは、こうした地道な準備によるものも大きいに違いない。
 しばらく閉まったドアに視線を注いでいると、いつの間にかタイムは、父の仕事部屋に移動していた。
「その時、どんな感じがしましたー?」
 のんびりとした父の問いに、冒険者の二人は、時には考え込みながら、時には話し合いながら答えていく。父が著名な小説家ということもあってか、二人とも、最初は緊張していたようだが、だんだんとそれも解れていく。それは、父の人柄によるところも大きいだろう。
 不思議な、感じがした。
 見慣れたはずの父が、いつもと違って見える。そういえば、仕事をしている父の姿を、こうやって間近で見ることは、今までなかったかもしれない。
 冒険者たちの話を聞き、手帳に書き留めている姿は、生き生きと輝いていて、新鮮だった。
 しばらくして、ドアをノックし、母がトレイを持って入ってくる。トレイの上には、温かいお茶が載っていた。
 それをテーブルに置いてから、母も皆に混じり、少し話をした。母はひだまりのような人だ。彼女がいるだけで、そこは明るく、温かくなる。
 父と母が会話を交わすと、言葉に熱がこもってきて、ラブラブなのがすぐにわかってしまう。それは良いことだとわかっていても、いつも少し気恥ずかしかった。今も、魔法使いの女性に「仲が良くてうらやましい」などと言われている。この二人が、まさか魔王と女神だなんて、きっと夢にも思わないだろう。
 視線を動かすと、またいつの間にか居間に戻っていた。弟たちと妹が仲良く遊んでいる。
 トキ、クロン、サキ。
 夢なんかではなく、実際にそばに行って、兄ちゃんは元気だよと言ってやりたかった。この手で抱きしめて、ただいまと言いたい。
 タイムはその場に座り込み、ただ皆の様子を眺めた。
 どれくらいそうしていただろうか。突然、視界に何か明るいものがちらついた。
 顔を上に向けると、天井に、白い光が瞬いていた。それは段々と明るく、大きくなってゆく。
 夢の終わりだ。根拠はなかったが、そう思った。
 もう一度しっかりと目に焼き付けたくて、弟たちに視線を戻す。ドアの開く音がして、父と母も出てきた。皆の姿は、インクが水ににじむように徐々にぼやけて行き、周囲の景色と混ざり始める。嫌だ、と思ったけれど、どうしようもなかった。
 意識がのぼって弾ける直前、父の「タイムなら大丈夫だよー」という声が聞こえた気がした。

 ◇ ◆ ◇

 気がついたら、天井がにじんでいた。
 タイムは、急いで服の袖で目元を拭う。
 体をゆっくりと起こすと、付添人の女性が気づき、こちらへとやってきた。
「いかがでした?」
 まだぼんやりとする頭を振り、タイムはゆっくりと口を開いた。
「懐かしい場所の夢を見たよ。懐かしい人たちを見た」
 そして、何気なく思ったことを口にしていた。
「ここで見る夢は、本当に自分の未来なのかな」
 それを聞き、女性は小さく首を傾げる。
「私にはわからないけれど、でも、竜刻の魔力はとても強いし……それに、未来には、何が起こるか分からないから。可能性は、いくらでもあるわ」
 そう言って微笑んだ彼女に、タイムも笑顔を返す。
「そうだな」
 大切な人たち、大切な場所、大切な世界。
(帰って、俺は見届けなきゃならないんだ)
 だから、どんな可能性でも、掴んでやろうと思った。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
お待たせしました。ノベルをお届けします。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

また、設定も使っていただき、ありがとうございます!
そういった形でPCさんの世界にかかわれることは、とても嬉しいです。

それでは、ご参加ありがとうございました。
またご縁がありましたら、宜しくお願いします。
公開日時2010-07-08(木) 23:40

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル