オープニング

 ターミナルに、「無限のコロッセオ」と呼ばれるチェンバーがある。
 壱番世界・古代ローマの遺跡を思わせるこの場所は、ローマ時代のそれと同じく、戦いのための場所だ。
 危険な冒険旅行へ赴くことも多いロストナンバーたちのために、かつて世界図書館が戦いの訓練施設として用意したものなのである。
 そのために、コロッセオにはある特殊な機能が備わっていた。
 世界図書館が収集した情報の中から選び出した、かつていつかどこかでロストナンバーが戦った「敵」を、魔法的なクローンとして再現し、創造するというものだ。
 ヴォロスのモンスターたちや、ブルーインブルーの海魔、インヤンガイの暴霊まで……、連日、コロッセオではそうしたクローン体と、腕におぼえのあるロストナンバーたちとの戦いが繰り広げられていた。
「今日の挑戦者はおまえか?」
 コロッセオを管理しているのは世界図書館公認の戦闘インストラクターである、リュカオスという男だ。
 長らく忘れられていたこのチェンバーが再び日の目を見た頃、ちょうどターミナルの住人になったばかりだったリュカオスが、この施設の管理者の職を得た。
 リュカオスは挑戦者が望む戦いを確認すると、ふさわしい「敵」を選び出してくれる。
 図書館の記録で読んだあの敵と戦いたい、という希望を告げてもいいし、自分の記憶の中の強敵に再戦を挑んでもいいだろう。
「……死なないようには配慮するが、気は抜かないでくれ」
 リュカオスはそう言って、参加者を送り出す。
 訓練とはいえ――、勝負は真剣。
「用意はいいか? では……、健闘を祈る!」

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが地下コロッセオで戦闘訓練をするというシチュエーションで、ノベルでは「1対1で敵と戦う場面」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、敵や戦闘内容の希望をお聞かせ下さい。敵は、
・過去のシナリオに登場した敵(自分が参加していないシナリオでもOKです)
・プレイヤーであるあなたが考えた敵(プレイングで外見や能力を設定できます)
のいずれかになります。
ただし、この敵はコロッセオのつくりだすクローン体で、個体の記憶は持たず、会話をすることはできません。

品目ソロシナリオ 管理番号822
クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
今回はコロッセオです。

○もし一人称での描写をご希望の場合は、その旨を明記してください。
何も書かれていない場合は、三人称で書かせていただきます。
○敵はお任せもOKです。

※プレイング期間は、5日になっています。

それでは、ご参加お待ちしています。
宜しくお願いします。

参加者
ファーヴニール(ctpu9437)ツーリスト 男 21歳 大学生/竜/戦士

ノベル

「久しぶりだな」
 ファーヴニールはそう呟くと、周囲を見回した。石造りの無愛想な風景が、あの時と同じように彼を迎える。彼は、このチェンバーが発見された時、調査に関わった者の一人だ。
 以前は岩の蛇との戦いだったが、今回は、果たして。
 そう考え、呼吸を整える彼に応えるかのように、霞がかった闘技場の奥で、まるで眠りから覚めたかのように影が揺らめき、ゆっくりと動く。その動きは、岩の蛇にも似ていた。そして、影の中に灯る、二つの蒼い光。
「ドラゴンか」
 それは、白銀の鱗で覆われた長い首を、優雅ともいえる動きでもたげ、蝙蝠のような羽を広げる。前脚で力強く大地を掴むと、厳つい顔をこちらへと向けた。
 ファーヴニールは一瞬、どきりとする。その吸い込まれそうなほどの蒼い瞳に、まるでこちらを見透かしているかのような知性の輝きを見たからだ。
 相手にとって不足はない。
「さぁ、始めようか」
 ファーヴニールは、言うと同時に、地を蹴った。

 ドラゴンへと向かい走りながら、銃剣エンヴィアイを構え、まずは挨拶とばかりに電撃を放つ。紫の光が、翼に向け力強くほとばしるが、それは僅かな動きでかわされた。巨体に似合わず、意外に素早い。
 目の端が動くものを捉える。巨木のようなドラゴンの尾が、唸りを上げながら迫っていた。ファーヴニールは迷わず跳躍し、尻尾の上に乗ると、そのままドラゴンの体を駆け上る。彼が力を込めると、右腕は見る間に青を纏った銀色の鱗に覆われ太くなり、刃のような鋭い爪を持った竜の腕へと変化する。
 ドラゴンの長い首が、こちらを向いた。
「はぁっ!」
 気合と共に繰り出されたファーヴニールの爪は、確実にドラゴンの眼窩を捉え、そこに突き立てられた――はずだった。
「!?」
 しかし、手応えが全くない。
 急いで振り向けば、二つの蒼い瞳。
 ゆっくりと開く口に、白い煙と、硝子の破片のような輝きが見える。
「くっ!」
 ファーヴニールは全神経を背中に集中させ、竜の翼を出現させると、勢いよく羽ばたいて、体を持ち上げた。そのすぐ下を、凍てつく突風が吹き抜ける。風圧で、身に着けている沢山のアクセサリーがぶつかり合い、音を立てた。そして鳥肌が立つような冷たさが、ファーヴニールを包み込む。
 ドラゴンの息吹が通った後には、真っ白い道が出来、闘技場の壁面の一部は、白い氷の塊で覆われていた。
 あれを喰らったらひとたまりもない。だが、ファーヴニールは小さく笑みを浮かべると、翼を翻し、そのままドラゴンへと急降下した。大技を使った後のドラゴンは、態勢を整えるまでに時間を要している。
「もらったっ!」
 風が耳元で轟々と鳴る。ファーヴニールの爪は、今度こそドラゴンの頭部を捉えた。そのまま力を込める。ざくり、と肉が抉れる感触がし、青黒い血飛沫が、空中に散る。
 だが。

 ――ごめんね。

「――!?」
 気づいた時には、目の前に太い脚が迫っていた。白銀の鱗が陽光を受け、眩しく煌めく。
 風を切って迫り来るドラゴンの前脚を、慌てて竜の腕でガードするが、抑え切れない。ファーヴニールは翼を動かすと、そのまま後ろに向かって飛び、勢いを殺す。そして空中で体を捻り、何とか砂の上に着地し、翼を仕舞った。
 複数箇所を変化させることは負担が大きい。肩を上下させ、荒い息をつく。胸の鼓動が、激しく打っていた。戦闘によるものではない。このくらい、大したことはない。
 それよりも何故、急にあの時のことを思い出したのだろう。
 ドラゴン――蒼い瞳の竜と相まみえているからだろうか。そこに、自分の姿を映し出しているのか。
 ドラゴンは、顔面を青黒い液体に染めながらも、その瞳をこちらへと向ける。
 こうして自分が異形のものとも存分に戦えるのは、竜の力があるからだ。けれども、人間であることを捨てたつもりはない。
 しかし、竜変化の力は、自分の体を徐々に蝕んで行く。幾ら人間であることを自分が望んでも、いつか歯止めがきかなくなってしまうかもしれない。
 自分も異形のものであることに変わりはない。
 ――大切な者を、自ら殺めてしまうほどには。
 竜変化を全開にし、完全な竜の姿になった時のことが、触れられるのではないかと思うほど鮮明に、脳裏に蘇る。
 光るものを感じ、ファーヴニールは我に返ると、目の前を見据える。ドラゴンは、また氷の息を吐こうとしていた。
 ここは疑似とはいえ、戦場だ。
 戦場で注意を散らせば、待つのは、死。
 ファーヴニールは頭を振ると、足に力を込め、大きく横へと跳ぶ。氷の息吹が、遅れて動いたコートの裾を凍らせた。エンヴィアイから走った電撃が、ドラゴンの腹に向かう。
 今度は的が大きい。どの程度になるかはわからないが、少なくともダメージは与えられる。
 しかし。
「またか」
 ファーヴニールは舌打ちをし、すぐ後ろに迫っていた壁を蹴った。その直後、ドラゴンの鋭く太い爪が、轟音と共に壁を大きく抉る。地面に降り立つと同時に、また電撃を放ってみたが、やはり当たらなかった。
 何かがおかしい。絡みつくような違和感に、ファーヴニールは眉をひそめる。
 先ほどドラゴンの爪が抉った壁は崩れ、積み上げられた石が転がっていた。ふとあることが思い浮かび、彼はその石のひとつを手に取る。
 そしてそれを、エンヴィアイの電撃と共に放つ。先ほどと同じように電撃は外れ、そして、石は軽い音を立ててドラゴンの首に当たった。
「やっぱりか!」
 予想が当たり、ファーヴニールは思わず声を上げた。このドラゴンの最大の能力は、氷の息吹ではない。幻を作り出すことだ。電撃を放つ時、知らず知らずのうちに、幻へと向かうように誘導されていた。
 ファーヴニールがそれに気づいたことを悟ったのか、ドラゴンは再び口を大きく開く。しかし、氷の息を吐く時に、ドラゴンに隙が生まれた。
 その機を逃さず竜の翼を現し、一気に間合いを詰めたファーヴニールに、ドラゴンの蒼い瞳がまた向けられる。
 すると、空間の隙間から景色が滲み出し、まるで水たまりが繋がり、大きくなって行くかのように、あの時のイメージが色鮮やかに拡がり、目の前に再現されて行く。
 ファーヴニールは、それに抵抗しなかった。ただ、それを見つめ続ける。
 これは、幻だ。
 すると、ぶわりと起きた風にさらわれるように、映像は周囲からぽろぽろと剥がれ落ちて色を失い、あっけなく霧散した。
 その先には、蒼い瞳。
「俺は――俺だ」
 人間であることはやめない。戦うために、竜の力を使う。
 先のことなどわからない。誰しも、明日生きているかどうかさえ定かではない。
 葛藤の中にある道であっても、それが、己の在り方だ。
 ファーヴニールの竜の爪が、ドラゴンの頭部を今度こそ確実に捉え。
 そしてドラゴンは、氷が砕けるように、散った。

 ◇ ◇ ◇

 コロッセオを出ると、打って変わって平和で穏やかな光景が広がっていた。
 それを見ながら、ファーヴニールは大きく伸びをする。
 自分の行いが消えることはない。自分も、忘れることはないだろう。
 けれども、それと共に、これからも在り続ける。
「うわ、ボロボロ」
 でもまずは、服の洗濯でもしよう。
 己の格好を見て苦笑すると、ファーヴニールはのんびりと帰路に着いた。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
お待たせ致しました。無限のコロッセオのノベルをお届けします。

今回は、ドラゴンをお任せいただいたので、プレイングを活かすにはどんな能力が良いかな、と考えた結果、こんな感じになりましたが、いかがでしたでしょうか?
それから、この神話かな? と思った神話では、蛇っぽいようだったのですが、チェンバー調査の時の敵と何となく被ってしまうように思ったのと、あと、わかりやすくて良いかと思い、典型的な(?)ドラゴンっぽくしてみました。

あとは、勝手に色々書いてしまいましたが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

今回はご参加ありがとうございました!
また宜しくお願いします。
公開日時2010-08-25(水) 22:20

 

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