「ううーん……」 世界司書、紫上緋穂は雅なる絵巻物・夢浮橋の資料や報告書を執務机に広げて考え込んでいた。「なんか気になるんだよなぁ……」 色々と追求してみたいことはある。けれども緋穂は特別な場合を除いて異世界へは行けないのだ。「ほら、この内大臣の息子って人さ、お姉さんが入内してるって言ったけれど、右大臣の息子たちは内大臣の姫君は入内を断られ続けているっていってるし、何かあるよ」「左大臣の一の姫と冷我国の姫君は部屋が近いみたいだし、絶対確執あるよねー」「右大臣の兄弟もさ、長男と次男仲悪そうー」 ……どうやら壱番世界の昼ドラレベルの推理のようではあるが。「あっ」 と、思い出したように彼女は声を上げた。そして椅子から立ち上がる。「そうだ、怨霊だったか物の怪だったかが出るって導きの書に出てたんだった!」 ……それは一番忘れてはいけないことなのではないだろうか。まあ、なにはともあれ思い出したのだからよしとしておこう。 *-*-*「というわけでー」 緋穂は自分の司書室に招いたロストナンバーに事情を説明していた。「たしかあなたが気にかけていた場所だと思うんだけど」 そう言われて、そのとおりだと頷く。「なら、行ってくれるよね?」 テーブルに差し出されたチケットは一枚。単独行動ということになる。だが、断る理由はなかった。 あなたは頷いて、チケットを受け取って立ち上がった。====== 7/1~7/3に公開予定の『泡沫朝顔』とつくシナリオはすべて同一の内容となっています。個別タイトルは区別のためであり、内容に違いはありません。 同一PCさんでの複数ご参加はご遠慮くださいますようお願いいたします。 一つの抽選に漏れてしまったので、別のへエントリー、は大丈夫です。======
花橘殿で狩衣を借りて陰陽師を装った坂上 健は様々な道具を持って六条河原へと向かった。 「どうせならみんなが行ってない所だよな……六条河原、中務卿宮邸、朝堂院、紫宸殿だったか? 朝堂院と紫宸殿はどうも見せ餌な気がするんだよなー。外しって言ったら六条河原もそんな気はするけどなー」 ぶつぶつ呟きながら花橘殿で聞いた、六条河原へ向かう道のりを行く。都の外にでてのどかな道をゆくと、時々牛車や旅装束の者達ともすれ違った。怨霊や物の怪が出るといっても都の外へ出なければ生活できぬ人もいる。都の外で暮らさなければならぬ人もいるのだ。 「まぁ良いか、行くぞポッポ! 都の外れで何かするってことは、本当にそこに何かあるか、調査に来た陰陽師を1人でも消したいかのどちらかだもんな。どっちであっても踏み潰す!」 オウルフォームのセクタンに声を掛け、健は行く。日がまだ沈まぬうちに目的の地へつけたのは幸い。きょろり、辺りを見渡すと、河原で野菜の泥を落としている女性が目についた。都まで売りに行くには時間が遅い。夕飯の準備だろうか。他にも水を汲みに来たと思しき者達もいた。 「なあ、この間の怨霊騒ぎについて聞きたいんだけど」 「ああ、あれねぇ」 健が声をかけると、女性は健の格好を上から下まで眺めて答えた。野菜を洗う手は止めない。トマトやキュウリは桶の中で流水に浸されて冷やされていた。 「あたしなんかはもう子ども寝かしつけてたけど、初めに見つけたのは逢引きしていた若い子達だっていうじゃないの」 「その人達ってどこの誰だかわかるか?」 手伝うよ、そう言って健も泥付きの野菜を手にとって女の隣にしゃがんだ。川の水に手を入れると冷たくて心地が良い。 「さあねぇ……あたしも人づてに聞いた話だからねぇ。なんでも男のほうが相当醜態を晒したらしくてね、男は勿論のこと、そんな男と逢引していたなんて女のほうも言いたくないだろう? 夜で顔がはっきり見えないこともあって逃げ出しちゃってあやふやになったままさ」 「リア充め、ざまあみろ」 「ん? なにか言ったかい?」 ついぼそっと呟いてしまった健の言葉は聞こえていなかったらしい。聞こえていたとしても意味は通じなかったかもしないが。健は次の大根に手を伸ばす。 「いや、じゃあ事にあたったのは……」 「ああ、悲鳴を聞きつけた人の中に偶然陰陽師がいたとかって聞いたけど」 「その陰陽師ってどこの誰だか……」 「わからないねぇ。陰陽寮だっけ? そういう専門のところに聞けばわかるんじやないの?」 手伝いありがとうねぇ、女性は礼を言い、野菜の入った籠を抱えて帰っていった。 辺りを見渡せば、子どもたちが水辺で遊んでいる。石を水に落として気絶した魚をとったり、水を掛け合ったり。 (子どもは無邪気でいいよなー……) 話が一段落ついてしまったものだから、さて次はどうしようかとなんとなく子どもたちを眺めていた。 (ん? ……小坊主か。一緒に遊びたいんだな) おずおずと子供達の集団へ近づくのは、遊んでいる子供達と同じ年頃の小坊主だった。楽しそうに遊ぶ子供達を羨望の目で見つめつつ、とうとう声をかけようとしたその時。 「日が落ちると危ないからそろそろ帰りなさーい!」 道の方から投げかけられた声は子供達と同じ村の女性なのだろう。もしかしたら誰かの母親かもしれない。 「「はーい!!」」 子どもたちは素直に返事をし、水から上がる。魚をとるのは特に食料にするつもりだったわけではないようで、手に持っていた魚は川へ放された。 「あ……」 小坊主は去りゆく子供達に小さく手を差し出し、届かぬ声を上げる。健はそれをなんとなく、ずっと見ていた。 (声をかけるか?) 迷った。とりあえず立ち上がったその時。 「お兄さん、都の人かね?」 「ん? あ、ああ」 背後から声をかけてきたのは老人だった。重そうな風呂敷を背負っている。 「すまんがね、これを買い取ってくれないかね? 孫娘にと思って買ったのはいいが、同じのを三つも買ってしまって困っているんじゃ。わしが買った値段の半値でいいから、頼むよ、後生じゃから」 「え? 何を買えばいいんだ?」 突然畳み掛けるように拝まれて、健も少し焦った。困っている人を助けるのはやぶさかではないが。 「これじゃ」 老人が下ろした風呂敷包みの中から取り出したのは、反物だった。緋色に白椿の柄物で、明らかに若い娘向けとわかる。たしかにこれは買ってきてしまったから母親とおそろいに、とはいかない。 「困っている時はお互い様だからな! いいぜ!」 「おお、ありがたい……」 老人はもう一度健を拝み、反物を差し出す。健は懐からこの世界のお金を取り出し、老人に手渡した。 「一つ教えてくれるか? ここ、内裏と妙弦寺のどっちに近い?」 「どちらと言われれば妙弦寺のほうが近いのう。もっともわしは内裏近くまで足を運んだことはないが、妙弦寺のほうが近いのは確かじゃよ」 「そっか、ありがとう」 老人は何度も何度も振り返って健に頭を下げた。健も老人の後ろ姿が見えなくなるまで手を振った。そして。 (あ、小坊主はどうした?) ふと小坊主がいた方向を見ればそこに小坊主はおらず、彼は子供達が川の中に石で作った生簀を眺めていたようだった。子どもたちは生簀から魚を逃がすのを忘れて帰ってしまったのだろう。立ち上がりぎわに小坊主は川に手をつっこんで石をどけて魚を逃したようだった。そしてくるりと向きを変え、元来た方に駆けていく。距離があったので、声をかけそびれてしまった。 (まあいいか。いい加減、人も少なくなってきたな) 太陽はもうだいぶ沈んでいて、暗くなりはじめていた。 「火炎瓶も手榴弾も人前で使えない以上、ここの適任は俺だよなー……畜生」 ここに出た怨霊や物の怪は、陰陽師の式神か法師の封じた物の怪だと考えた健は、人がいなくなったのを良い事に火炎瓶の制作に入った。それが終わると一晩中焚き火ができるように準備を整え、軽く夕食を取る。 「ポッポ、頼むぞ」 小声で告げてミネルヴァの瞳に切り替える。そして健は麻布をかけて、比較的平らにならした河原で横になった。仮眠のふりだ。掛け布団にしている麻布の下に、ライターと火炎瓶を隠し持っている。 「……」 川の流れる音、木々がざわめく音、虫の鳴く音。自然の音に囲まれて、そのまま時間を過ごす。どういった形で怨霊や物の怪が現れるのかわからないが、出るのは確かだ。導きの書に出ていたのだから。 *-*-* どれだけそうして過ごしただろうか。はじめに感じたのは、肌が粟立つような気配。 「!」 目を開けて状況を確認する。暗闇をものともしないポッポの瞳が映しだしたのは、鬼の形相をした男。既に焚き火に照らしだされるほどに近づいてきていた。 「!!」 健はバッと身体を起こし、火炎瓶に火をつけて投げる。ガシャン――男の体を素通りした火炎瓶は、河原に落ちて割れた。 火炎瓶を投げた直後にトラベルギアのトンファーを取り出して接敵した健は、トンファーを振るった。だが、手応えはない。 「畜生っ!」 どうやらこの怨霊には普通の炎と衝撃は効かない様子。だが己はが攻撃されたことはわかるようで、怨霊は耳と心の痛くなるような叫び声を上げた。 ヒョーウオォォォォォォォォォォォッ!!! 何かの怨嗟に囚われた、悲しき恨み声は耳をふさいでも健の聴覚を刺激し、脳を揺らす。 「くっ……」 それでも頭が揺れる程度ですんだのは、この怨霊がやはりそれほど強い者ではないからだろうか。 健は胸元から手榴弾を取り出して、まずは破裂手榴弾のピンを抜いて投げる。次いで閃光手榴弾。瞳を、閉じる。 瞼の向こうに感じる光が収まるのを待って瞳を開けると、今度は効果があったようだ。 「衝撃に火炎に光ならどれか効くだろ、紙でも物の怪でも」 怨霊に効いたのはどうやら光だけだったようであるが。やはり物理的な法則が違うのか。 「それなら光で弱らせるだけだ!」 オォ……オォォォォォォォ……。 光を恐れて顔を覆うような動作をする怨霊に向かい、健は再び閃光手榴弾を投げつけた。 ヒイィィィィィィィィィ……ヒギャァァァァァァァァァ……!! 光の連発に、段々と怨霊の叫び声がひどくなっていく。先ほどの恨み声とはまた違った形の声であり、それが文字通り魂を削るような声であることは健にもわかった。だから、止めとばかりに3つ目の閃光手榴弾を投げる。 ギャァァァァァァァァァァァァァァァッ!! 断末魔の叫びともいうべき声が河原に響き渡る。片手で目を覆い、もう片手で身体を抱くようにした怨霊は苦しげに身体を揺らす。 「やっぱり光だけじゃ決定的手段にならないのか?」 霊的な力に依らない健の攻撃では、倒すことができないのか? 次の手をどうするか考えあぐねたその時。 「解!!」 シュン! 健の顔の横を何かが飛んでいき、そして怨霊にぶつかった。それが札だとわかったのは、怨霊にぴったりと張り付いて、怨霊に絞りだすような叫び声を出させているからだ。 「助太刀いたします!」 「誰だ!?」 「まずは怨霊を倒しましょう!」 (女!?) すっと健の隣に進み出て呪を唱えているのは、女のようだった。狩衣を着てはいるが小柄で、声も高い。 女は札と術を繰り、あっという間に怨霊をやっつけてしまった。 *-*-* 「すごいな……助かった」 「あの程度でしたら私にも祓えるので!」 狩衣の女性は「無事でよかったです」とにこりと笑った。 「それにしても驚きました! また何かあったらと思って見回りに来たら、光がいっぱいで……」 「あ、あんたもしかして、この間ここに出た怨霊を払った陰陽師か?」 「はい! 陰陽師としてはやっと見習いを終えた段階ですけれど!」 帯刀美桜(たてわき・みおう)と名乗った彼女は、17.8歳前後の可愛らしい少女だった。狩衣を着て男装しているゆえ、なんだか少し変な気分ではあるが。 「貴方は?」 「俺は坂上健。怪異の調査に――あっ!」 口に出した所で思い出した。 「勾玉! ポッポ、探してくれ!」 そう、勾玉。今まで怨霊や物の怪が出た場所には勾玉が落ちていた。だとすれば、この辺りにもあるのではないか。 「勾玉?」 首を傾げる美桜。健はポッポと共に近くを探す。するといつの間にか、松明を手にした美桜も捜索に加わってくれていた。 しばらくして。声を上げたのは美桜だった。 「勾玉って、もしかしてこれですか?」 水を滴らせた彼女の掌には白い勾玉が乗せられていて。 「それ、どこにあった!?」 石につまづきながらも彼女に駆け寄って、健が詰め寄るように尋ねると、彼女は驚きながらもここですよ、と足元を示して。 「ここ……」 そこは川べりで、石を移動させて水をためた跡があった。野菜を洗っていた女性もこんなふうにしてたっけ、と健は思う。でもこの位置は、昼間健が野菜洗いを手伝った場所ではない。 「あー、ここは」 思い出した。子どもたちが水遊びをしていた場所だ。小坊主が生簀から魚を逃していた場所だ。 「もしかしてあの小坊主が何かしたのか? それとも……」 健がちらっと美桜を見ると、彼女は首を傾げて健を見ている。 「その勾玉、もらってもいいか?」 「ぁ、はい。お探しでしたよね」 差し出した手にのせられた勾玉を受け取ると健は、近くにあった平らな石の上において。 「あっ!」 ガツンッ! トンファーを叩きつけて砕いた。 「えっ! 必要だから探してたんじゃ……」 「そのままだと危険があるかもしれないからな。そういえば陰陽師だって言ってたよな? あの勾玉から何か、感じなかったか?」 「え? と、特には……」 美桜は健の問いの意味がわからないようで、首を傾げている。陰陽師でもわからないのか彼女にはわからないだけなのか、今はまだ判別がつかなかった。 ふと考える。もかしてこの一連の騒動は、呪いの一種ではないかと。 「移る呪いもあるからなあ。冷我国発の呪いは今上帝と栄照、どっちだ」 ぽつり、考え事をする時はつい独り言が漏れてしまう。 そんな健の様子を、美桜は不思議そうに眺めていた。 「変わった人ね」 呆れたように呟いて。 【了】
このライターへメールを送る