親しい人たちにさよならを告げるのは、この店を構えてからと決めていた。 ガラス張りの扉に、開店中であることを示す為コルク素材の小さなドアプレートをかける。『ビスポークテーラー "サティ・ディル" あなただけの服をお仕立てします』 *-*-* シュマイト・ハーケズヤはそのプレートをしばし眺め、やんわりと眦を下げた。その表情は前へ進み始めた親友に対する羨望と喜びと、そして少しの寂しさが現れている。 開店祝いの品の入った袋の取っ手をぎゅっと握りしめ、『仕立て屋さん』となった親友、サシャ・エルガシャのいる『サティ・ディル』の扉を開こうと手を伸ばす。「……」 そのまま扉を開いてしまえばよかったのだが、一瞬、躊躇ってしまった。なぜだか自分でもよくわからない。「……ふ」 躊躇ってしまった自分に笑いが漏れた。いったい自分はどれだけ迷うのだろうか。そして友人の門出に迷いは必要だろうか――否。 そっと、ドアにかけた手に力を入れる。ゆっくりと開いていくドアが開ききった後には、真っ直ぐ顔を上げていようと決めた。 出迎えてくれるのはひだまりのような笑顔を浮かべた彼女。ドアベルの音を聞きつけて振り返った彼女。「サティ・ディルへようこそ!」 一歩踏み出した彼女は、シュマイトの知っている彼女と少し違うのかもしれない。 それでも彼女の笑顔は今までと変わらなくて、いや、今までよりも明るく、覇気があるかもしれない。その笑顔に出迎えられたシュマイトは、なんだかほっと胸を撫で下ろすのだった。 *-*-*「やあ、サシャ」「シュマイトちゃん!」 振り返った先に親友の姿を見つけて、サシャは無意識に駆け寄る。店まで会いに来てくれたことがとてもとても嬉しかった。「開店祝いだ……後で一人で開けてくれ」 シュマイトが差し出したのはビニールコーティングされた真っ白な紙袋。どこか照れたようなシュマイトがぶっきらぼうに差し出したそれを受け取り、そっと隙間から覗いてみると淡いピンクの不織布の袋と、袋を閉じている紫色のリボンが見えた。「ふふ、ありがとう! よかったら、座って行って。お茶とお茶菓子を用意するね」「いいのか? 仕事中では」「あはは、実はまだ、依頼は少なくてね。勉強中の仕立屋だからしかたがないんだけど」 ――そのうちお茶する暇もなくなるくらい忙しくなっちゃうかもね! そう笑ってサシャは大切な宝物にそうするように紙袋を抱いてシュマイトを案内する。 店舗奥へ置いてきたのだろう、応接テーブルで待つシュマイトの前にサシャはティーセットの乗ったワゴンを押して現れた。その姿はメイドたる彼女を思い起こさせて、なんだかシュマイトの胸をきゅっと締め付けた。 ティーポットを操り紅茶を入れる手つきはさすがに洗練されていて。もちろんその紅茶の味に問題などあろうことがないのはシュマイトもよく知っている。「そのうち『紅茶の美味しい仕立て屋さん』として有名になるだろうな」 冗談めかして言った事実である。冗談交じりでも断言しない理由がなかった。「じゃあ、『紅茶の美味しい仕立て屋さん』として仕事をさせてもらおうかな」「ん?」「ワタシからの贈り物。離れ離れになっても憶えていてほしいから」 椅子を引いて腰を掛けたサシャは吸い込まれそうなほどまっすぐな瞳でシュマイトを見つめて。「だから聞かせてシュマイトちゃん。シュマイトちゃんが今着たい服のイメージ、それを着て誰と何をしたいか。その服にこめるありったけの想いを」 その申し出に驚いたシュマイトは一瞬、目を見開き、そして――ゆったりと笑みを浮かべる。特別な、彼女の前でしか浮かべないような笑みを。「サティ・ディルへようこそいらっしゃいました、シュマイト・ハーケズヤ様」 そう告げるサシャは、すっかり『仕立屋さん』の顔になっていた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>シュマイト・ハーケズヤ(cute5512)サシャ・エルガシャ(chsz4170)=========
「そうだな……」 そっとカップをソーサーにおいて、シュマイト・ハーケズヤは椅子の背もたれに寄りかかった。腕を組んで、しばし目を閉じる。 親友からシュマイトへの特別な一着。とすれば特別な時に着たい。 ならば――シュマイトはゆっくりと目を開いて、サシャ・エルガシャを見つめた。 「キミにしか相談できない内容だ」 その言葉に、ペンを持つサシャの手に力がこもる。聞き手がサシャだからこそ、話してくれようとしているのだ。一言一句聞き漏らさぬよう、サシャは更に背筋を伸ばした。 「想い人との再会にふさわしい服をお願いしたい」 シュマイトの口から紡ぎだされた言葉は、今までの彼女からは考え難いものだった。だがそれもサシャにだから告げてもらえていると思えば、小さな秘密を分けてもらえたような気持ちになる。 「元の世界に……想い人がいる」 今まで固く閉ざされて開かなかった箱を丁寧に開けるように、シュマイトは言葉を選んで紡いでいく。若干照れたような彼女の表情を見ながら、サシャは話の邪魔にならぬように相槌を打った。勿論メモをする手は止めない。 名はラス・エウベイン、21歳。職人気質の無口で退屈な男だが腕は良い。 ギアのラス11型のようにわたしより優れたものを作れるのだから。 それは奴の誠実さと求道精神の現れだろう。 元の世界で奴と会う時にどんな格好をしていくべきか見立ててもらいたい。 「シュマイトちゃんの想い人かぁ……素敵な人なんだろうなぁ」 サシャの呟きにシュマイトは照れのためか無言を通す。でも沈黙は肯定、サシャは知っている。 自分と同じようにシュマイトも恋をしている、それがなんだか嬉しくて。自分だけに話してくれた、それがとても心温かくして、サシャは思わずにこにこと笑みを浮かべてしまう。 「なんだ、サシャ。わたしがその、恋をしていたらおかしいか」 すこしむくれた表情でじとっとこちらを見るシュマイトが可愛い。 「そんなことないよ! むしろ、嬉しいって思ってる。話してくれて、ありがとう」 「いや……」 再びカップを手に取るシュマイト。サシャはメモ書きに目を落として。 「具体的にはこんな風にして欲しいとか希望はある? どんな小さなことでもいいの、希望を聞かせて」 「仔細は任せるがあえて言うなら……」 サシャの問いにシュマイトは言葉を切り、カップを揺らした。琥珀色の液体に視線を落とし、すこしばかり言いよどむ。サシャはじっと言葉の続きを待ち、シュマイトの瞳が意を決したようにこちらに向けられたのを受け止めた。 「か、可愛い服が良い」 「……!」 そう告げると、恥ずかしさからか赤面した顔をそむけてしまったシュマイト。今までになかった彼女の発言に、サシャの鼓動も早くなる。 (シュマイトちゃんがこんな希望を出すなんて……!) これは仕立屋として、いや、それ以前に親友として全力で答えねばなるまい。ぎゅっとペンを持つ手を握りしめるサシャ。その僅かな沈黙すら羞恥で耐えられなかったのだろう、シュマイトは言い訳に似てしまうとわかっていつつも、漏れだす言葉を止められない。 「ロリータ系と言うのか、白やピンクの膨らんだスカートなど、普段のわたしらしくなくて良いように思う」 「!!」 サシャの目が見開かれる。まさかシュマイトからロリータ系との要望が出てくるとは思わなかった。 「わ、わたしとて、それくらいの乙女心は持ち合わせているのだ」 「ちょっと驚いたけど……安心したよ。シュマイトちゃんだって可愛い服、着たいよね! 乙女心だよね! 大歓迎だよ!」 乙女心を形にして、そっと背中を押すのが洋服の仕事。仕立屋の仕事。これは腕が鳴る。 「笑わないのか」 「笑ったりなんてしないよ! 誰にだって可愛い服に憧れる権利はあるんだから」 そっと様子をうかがうかのようにちらり視線を寄越したシュマイトに満面の笑みで微笑みかけて、サシャは誓う。 「可愛い服、ね。かしこまりました。シュマイトちゃんに似合う服を考えさせてもらうよ!」 任せて、とトンと胸を叩くサシャを見て、シュマイトは漸く落ち着きを取り戻したのか「ああ、任せた」と微笑んで頷き、紅茶をすすった。 冷めてしまってもサシャの紅茶は美味しい。紅茶の腕とともに仕立屋としての腕も、シュマイトは信頼していた。 *-*-* CLOSEの札をおろした店内で、サシャは机の上にデザイン画を広げていた。何度も何度もペンを走らせてはああでもないこうでもないと反古にする。 シュマイトの希望とサシャのセンスを合わせて、折り合いを付けるというよりも更に良いものにしていけるようにと考えに考えて。 服の形はワンピースに決めていた。アンサンブルにすれば、いろいろな季節、色々なシーンで楽しめると思う。 羽織物は可愛らしいボレロカーディガンにしよう。 (ワンピースと同じ生地にする? ううん) ワンピースと同じ生地、同じ色にしてしまうと少しかっちりし過ぎてしまうから。もっと軽やかなイメージを抱いていたサシャは首を振って。スラスラと紙にペンを走らせた後には細かな線の入ったボレロのイラストが出来上がった。 (やっぱりかぎ針編みのボレロがいいかも!) できれば花柄のモチーフで編み上げたいけれど、何の花がいいだろう。考え始めるとワクワクが止まらない。 ワンピースはノースリーブで。肩から降りてきた生地をそのままウエストの真ん中でクロスさせる形のデザインにする。このままだと胸元が大きく開きすぎてしまい慎みにかけるので、セーラー服などによくあるように胸元が見えないようにあて布をする。前から見れば両肩からVの形に降りてきた前身頃の部分を、『∀』のような形で封じるのだ。 (ウエストの部分はあえてシンプルに作って、ベルトで遊べるようにしたいなぁ) 共布で作ったベルトならばフォーマルっぽく。 白く細い革紐を編んで、端を束ねぬままにしたベルトならば、ほうき星のように彼女の動きに揺れる。 細やかなレースを使って作ったベルトならば、清楚さが際立つだろう。 いっそ、派手目のスカーフを使って作ったベルトならば、遊び心のあるお洒落さんになる。 (うん、やっぱりベルトも何本か作っておこう) カーディガンをかいたのと同じ紙にベルトの案を書き出していくと、いつの間にか紙面が尽きるほどに書き連ねてしまって。サシャは思わず笑顔を浮かべた。 再び視線をワンピース本体のデザイン画に移す。ウエストの部分まではイメージが確定していて。勿論スカート部分もイメージはあるのだけれど……。 (シュマイトちゃんはフリルやレースにも憧れているみたいだった。可愛いのがいいって) サシャは考える。サシャがイメージしていたワンピースは勿論可愛くもあるが、どちらかと言えば落ち着いた、年をとっても着ていられるような――長く着てもらえるようなデザインだった。ウエスト部分から自然にすとんと落ちるスカートは膝丈より少し長い。 (シュマイトちゃんが勇気を出して伝えてくれた希望を無下にする訳にはいかない……) ペンをなんとはなしにふらふら揺らしながら考えるサシャ。別の紙にサラサラと描いたのは、同じワンピースでも膝丈で、裾にたっぷりフリルのついたもの。フリルによってスカートの裾は、先ほどのものよりも少し広がって見えるだろう。くるりと回ればひらりと裾が広がって揺れるはずだ。 (これはこれで可愛いと思うよ。でも……) この服は、長くは着てもらえないだろう。少女時代の一瞬を切り取ったかのようなこのデザインは、これから大人になろうとしているシュマイトと、ずっとは寄り添っていけないとサシャは思う。けれどもシュマイトの乙女心もわかる。だからこそ、悩んでいた。 (スカートだけ取り替えられるようにしたらワンピースじゃなくなっちゃう。どうしよう……) 煮詰まってしまったサシャはため息を付いて座ったまま背伸びをして、そして立ち上がった。キッチンに行き、やかんをコンロに掛ける。熱いお茶でも飲んで気分を改めよう、そう思った。 *-*-* 数日後。シュマイトは仮縫いに呼ばれていた。仮縫いだとわかっていてもドキドキする心は止められない。トルソーとともにシュマイトを待っていたサシャの笑顔に少しだけ緊張が解ける。 「それがわたしの頼んだ服か?」 「うん、そうなんだけどまだ本番の生地を使っているわけじゃないから、出来上がりのイメージとはぜんぜん違うと思うよ。サイズの細かいところををチェックしたいんだけど、着替えてもらったのいいかな?」 「ああ」 頷き、カーテンの向こう、広めのフィッティングルームにサシャと共に入る。親友の前とはいえ服を脱ぐのは少しばかり恥ずかしかったが、ここで戸惑っていては話が進まない。思い切って下着姿になったシュマイトに、サシャは優しい手つきで薄い黄色のシーチングで出来たワンピースを羽織らせていく。本来ならファスナーの入る背中の部分はサシャが丁寧にまち針で止めた。 「ワンピースか。可愛らしくていいと思う」 膝より少し長い丈のそれを纏ったシュマイトは、大人っぽくも可愛らしいデザインに満足そうだ。 「ウエストはあまりしっかりと絞らないデザインにしたんだよ。気になるようだったら付属のベルトで調整できるからね」 「ふむ……」 「今回はサイズを合わせたかっただけだから、一部装飾は省いてあるの。だから、出来上がりを楽しみにしてて」 白のシーチング生地で作ったボレロを羽織らせ、サシャは丈と袖の微調整をするべくまち針を打つ。 「勿論だ。私はキミの腕を信頼している。楽しみにせずにいられると思うか?」 真剣に、けれどもどこかいたずらっぽく口にしたシュマイトの言葉。全幅の信頼を寄せられて、サシャの顔にも笑顔が浮かぶ。 「楽しみにしていてね、シュマイトちゃん!」 自分の作る服を愛してくれようとしている人がいる。それだけでサシャのやる気の炎が増すがには十分だった。 *-*-* 仮縫いから更に数日後。三度、シュマイトは店を訪れていた。出迎えてくれたのはいつもより上気した笑顔の親友と、布の掛けられたトルソーだった。 「できたんだな。早速見せてくれ」 「もちろんだよ!」 ファサッ……サシャが勢い良く覆い布を取ると、シュマイトの目に飛び込んできたのは木々の緑。 「ああ……」 思わず息をついたそれは、まるで樹木の精霊が纏う衣装のようだった。 大人っぽいエバーグリーンの生地を使ったワンピースが、精緻なかぎ針編みのボレロを羽織っている。ウエストには白いレースをふんだんに使った細身のベルトが通されていて、スカートの裾についた沢山のフリルとともに可愛らしさを放っていた。 「エバーグリーンにしたのはね、常緑樹の色だからなの」 覚えてる? サシャはトルソーの横に立ってシュマイトを見つめる。 「前に故郷のこと、話してくれたよね。19世紀末の英国に似た蒸気と魔法の世界。自然が少ない、霧深い灰色の街」 「ああ、覚えているとも」 「その街でシュマイトちゃんが身につけた緑は生き生きと色づく。瑞々しくしなやかに枝葉を伸ばして広がっていく」 サシャはトルソーからワンピースを取り外し、シュマイトの手をとってフィッティングルームへと導いた。シュマイトはそれに逆らおうとはせず、促されてワンピースとともにフィッティングルームへと入った。 「故郷に帰るシュマイトちゃんへ、永遠に枯れない、貴女だけの緑を贈りたかったの。服の色は褪せるけど、こめた想いはけして褪せないと信じて」 衣擦れの音が聞こえる。サシャはカーテンに背を向けるようにしながらも、きゅっとその端を握りしめた。帰ってしまう彼女を思うと切なくなるけれど、きっと自分の服が寄り添ってくれる。 「シュマイトちゃんは、ラス様だけの緑になれるよ。ラス様を癒やし、支え、そして共に研鑽を重ねていく……」 「……」 シャッとカーテンの開く音が聞こえた。弾かれたようにサシャがそちらを見ると、少し恥ずかしそうなシュマイトがそこに立っていた。 「思った通り、可愛い!」 「慣れないからな……少し変な感じがするが。キミが私に似合わないものを作るはずがない、そう信じてるからな、『似合うか?』とは聞かない」 鏡の前でくるんとシュマイトが軽くターンしてみせれば、裾のフリルがふうわりと広がって、少女らしいスタイルを生み出す。 「ボレロに織り込んだ花はマーガレットなの。花言葉は真実の友情。覚えてる? いつかシュマイトちゃんにあげた花」 いつかのあの日、大切な思い出。忘れるはずなんかない。 「離れ離れになってもこのボレロが……あの日誓った真実の友情が、貴女を優しく包み込んでいる事を忘れないで」 「忘れるものか」 「緑のワンピースとマーガレット模様の白ボレロ。貴女の人生が常緑樹の枝葉のように生命力と希望を得て広がっていくように、永遠の緑と友情の加護のもと健やかに幸せであるよう祈って」 そっと、サシャはシュマイトを抱きしめた。緑の香りがいまにも鼻をくすぐりそうだ。シュマイトもそっと、サシャの背中に手を回す。 「別れたくなどないが……互いの決意は覆らない」 冷静に告げる事実。けれどもその声色ほど発した本人が冷静でないのは二人共わかっていた。 「キミにラスを紹介したりデートの相談などもしたかったが叶わぬ話だ。だから、せめて一度だけでもと恋愛話をしてみた」 勇気を出してみたら意外に、あれもこれも話したくなるから不思議だな、ふっとシュマイトは笑って。 「キミに出会えた事、キミの友人でいられた事を、本当にうれしく思っているよ。ありがとう。願わくば、これからも」 ぎゅっと強く、抱きしめる。これが、服に込められた思いへのシュマイトの答え。そっと、温もりを確かめ合って。ゆっくり離れて顔を見合わせ合う。 「シュマイトちゃん、この服にはもうひとつの姿があるの」 「え?」 そう言うとサシャは膝をつき、ワンピースの裾、フリルの部分に手をかけた。何をしているのかと彼女の手元を覗けば、裾の裏側をいじっている。すると、はしからはしからフリルが外れていくではないか。 「裾の裏にね、ボタンがいくつもついているの。フリルの方にはループがついていて、このループをボタンにかけることでフリル付きのスカートになるし、取れば大人っぽいシンプルなスカートになるんだよ」 フリルを取り除いたサシャはレースのベルトも共布のベルトに変えて。するとどうだろう、一気に雰囲気が大人っぽくなったではないか。 「シュマイトちゃんは大人になる。これは元は今のシュマイトちゃんだけじゃなく、ハイユさん位の年齢になっても自然に着られるように選んだの。その時隣にいるのが誰かはわからない」 言葉を切ったサシャの瞳は揺らいでいる。うっすらと、浮かぶのは涙の膜。 「でも、心の中には……ワタシがいるでしょ? ワタシは笑ってるでしょ? だからきっと大丈夫。離れ離れでも、別れ別れじゃないよ」 そっと、大切なモノにするように、サシャはシュマイトの額に唇を落とした。証――その言葉がしっくり来るように思える。 シュマイト・ハーケズヤ。貴女にエバー・グリーンの祝福を。 「プレゼントもありがとうね。約束通り後で一人で開けたよ」 シュマイトが開店祝いにとプレゼントしたのは、ハイユの砂時計には負けられないと置き時計だ。時刻を設定すると壱番世界のよすがにウェストミンスター式チャイムが鳴る。 「熱心なキミの事だ。食事なりティータイムなり、定期的な休憩時間は設けた方が良い。わたしも時間を忘れて作業をする性質なのでね、想像はつく」 「えへへ、さすが、お見通しだね。ありがとう。大切にするよ」 そっと移されたサシャの視線を追えば、数日前に送った時計は店内に飾られていて。既に居場所をもらっていた。 と。 「!」 「!?」 その時計がチャイムを鳴らした。まるで、何かを二人に告げるように。 時間が来た、それを認めたくない――二人共同じ思いだった。けれども意外にも、先に口を開いたのはシュマイトの方だった。 「……キミとのティータイムも、そろそろ終わりだな」 「シュマイトちゃん……!」 スタスタと自らの鞄へと歩み寄るシュマイト。彼女がこのまま帰ってしまい、二度と会えなくなってしまうのでは――そんな予感を抱いてサシャは親友の名を呼ぶ。 しかしシュマイトは鞄の中から何かを取り出して、応えるようにサシャを振り向いた。 「一緒に写真を撮らないか? 二人でいるところを形に残しておきたい」 「! 賛成!」 三脚にカメラをセットし、タイマーを設定する。 「シュマイトちゃん、早く早く!」 「待て、まだ時間はあ……」 早足で戻ってきたシュマイトが躓いてバランスを崩した。サシャがそれを受け止めた所でパシャリ。 「もう一枚いこう」 「シュマイトちゃん、気をつけてね」 「今度こそ、大丈夫だ」 駆け足で戻り、身支度を整えるシュマイト。寄り添うサシャ。パシャリ。 「あ、目を閉じちゃったかも!」 「もう一度だな」 様々な表情の二人が記録されていく。 一枚と言わず、色褪せない思い出は小さなアルバムとなって二人の手に残りそうだった。 【了】
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