シュマイト・ハーケズヤは自らを天才と豪語して憚らない。 ハーケズヤ家はそもそも名門貴族であり、家系には軍人や学者など、多くの優秀な人物が連なっている。 シュマイトは祖父のガオネオに才能を見出され、幼い頃から望んで機械に関する知識を学んだ。祖父が戦地へ赴いて以降も、機械に関する知識の探求は続いた。魔法については自身で使うことは出来なかったが、方法論は理解していて。 学ぶだけでは飽きたらずに、製作に手を出すのにそう時間はかからなかった。 *-*-* シュマイトは成長と共にするすると発明品を生み出し続け、十代後半に差し掛かる頃には貴族のサロンにてその発明品を披露するようになっていた。最初は子どもの工作程度だと思っていた大人達も、大人顔負けの発明品を披露する彼女に素直に賞賛の拍手を送った。 発表の機会を得るごとにシュマイトの生み出す発明品と、とりわけ可愛らしい少女がそれを創りだしたということが噂にのぼり、是非うちのサロンで新作発表を行って欲しいと引く手あまたなった。だが発明は一朝一夕にできるものではなく、シュマイトへの招待状は日に日に増えていった。 自分の発明が日の目を見て、羨望と喝采を得られる、それは発明する者にとってとても喜ばしいことであった。だがまだ年若かったシュマイトにとってはそれは自信や励みになるとともに、おごりに似た過剰な自信を積み重ねていくことと同じでもあった。 シュマイトが初めて『彼』の存在を知ったのは、朝食後の紅茶を飲みながら広げた新聞によってだった。自身とあまり年の変わらない若き研究者の特集記事に、惹かれた。シュマイトが新しいものを作り出す『発明』を得意とするのと対照的に『彼』は既存の知識と技術を極める『研究』に主眼をおいていたが、なんとなく感じさせられるものがあったのだ。 彼の名前はラス・エウベイン。シュマイトよりも二つばかり年上だった。 ラスは発明家が発明したモノに対して、発明家自身が用途として設定したことよりももっと幅広い用途を発見し、その発明品を応用させるのが得意のようだった。実際科学誌にそういう類の研究成果を発表するページを持っていたし、その研究成果も発明した者にとっては予想外のものであり、発明品の可能性を広げるものだった。 彼は視野が広く、応用が効く。けれどもそれはシュマイト達発明家は視野が狭く、一つの目的と成果しか見えていないと思われているようでなんだか不快感を覚えた。だのに、何故か気になってしまい、その科学誌を定期購読する手はずを自ら整えてしまった。 *-*-* 初めて彼本人に出会ったのは、とあるサロンで貴族に紹介されて、だった。 「はじめまして、シュマイト・ハーケズヤだ。噂の研究者に会えて嬉しく思う」 「……ラス・エウベインだ」 差し出した手を社交辞令程度に重ねられて、形ばかりの握手を交わす。 「わたしの発明を存分に見ていってくれたまえ。質問があれば出来る限り答えよう」 自分の発明に絶対の自信を持っていたシュマイトは余裕の笑みを向けたが、ラスはメタルフレームの眼鏡の奥の鋭い瞳でチラッと視線を合わせたかと思うと、軽く会釈をしてシュマイトの前を離れてしまった。 (偏屈な研究者か……) 正直、第一印象は良くなかった。シュマイトの方に雑誌から取り入れた彼の研究のイメージが入ってしまっているからというのもあったが、コミュニケーションを拒否するような態度が癇に障った。まあ、シュマイトも人間とのコミュニケーションが得手というわけではなかったから、その気持は分からないでもなかったが。 その日を境に、シュマイトは発明品を引っさげて参加するサロンでたびたび彼の姿を見かけるようになった。だが、例の科学誌で彼がシュマイトの発明を題材にした研究を発表することはなかった。 シュマイトは、自分の研究は非の打ち所がなく、ゆえに彼はシュマイトの発明を研究した成果を上げられないのだと思った。だから足繁くシュマイトの発明を見に来るのだと思った。 ある日シュマイトは、ラスが連載を持っている科学誌にインタビューを求められ、出版元を訪れた。そこで偶然、会議室から出てきたラスを見かけた。スラリとした長身に横顔から覗く眼鏡。彼が背を向けてシュマイトがいるのとは逆方向へと歩き出すまでの一瞬だったが、見間違えはしはない、あれはラスだ。打ち合わせが終わったのか、後ろから小柄な編集者が彼についていく。別に耳を澄ませていたわけではない。だが二人の会話が聞こえてしまった。 ――サロンで話題の発明家、ハーケズヤ嬢の事は御存知ですか? 今度うちでも記事にしようと思って。 ――……あんな児戯にも劣る発明をしている発明家を掲載したら、雑誌の質が問われる。 (――!?) ぼそりと零された言葉だった。距離もあった。けれどもその言葉はシュマイトの耳から入り込んで、体中の血液を刺激するのに十分だった。 本人のいないところでの発言だ。本人のいる前で挑発的に多少の演技を込めて発せられるよりも、心からそう思われているということだろう。簡単にいえば、憤りを感じたし、酷く傷ついた。 (なんなんだ、あいつは。自分を何様だと思っている) シュマイトの発明の発表会に足繁く通うわりには研究材料としないのは、シュマイトの発明が完全無欠だからではなく研究するに値しない、そういうことなのか? あんなに毎回顔を出すくせに――そこまで思ってシュマイトはふと気がついた。発明の発表をしている間、彼の顔を見かけたことがある。だが発表が終わった時に彼はサロンにいたか? 記憶をまさぐる。気には止めていなかったが記憶の何処かにあるはずだ。 くしゃり、渡された企画書を無意識の内に握りつぶした。 どのサロンでも彼は、シュマイトが発明を披露している最中に姿を消していることに気がついたからだ。 *-*-* 次のサロン。シュマイトは発明品を持参し、そして披露することになった。だいたい流れはどこのサロンでも同じになっていた。今回も集まった貴族たちはさぞ自分の発明を褒め称えてくれるだろう、その自信さえあった。だが、彼女にはもっと別の目的があったのだ。 「――であるからして、これは――」 シュマイトが説明を始めて数分後、視界に捉えておいたラスが踵を返した。扉へ向かい、振り返りもせずに廊下へと出る。 「しばしお待ちを!」 貴族達にそう声を投げ掛けたシュマイトは、人垣をかき分けて自分も扉へと向かった。戸が開ききるのを待つのももどかしく、隙間にその小柄な身体を滑りこませる。そして廊下の先に彼の姿を見つけた。 「待て、ラス!」 「……」 声を受けてゆったりと振り返ったその背中。表情は全く動かない。シュマイトは駆け寄り、背伸びして彼の胸ぐらをつかんだ。 「何故だ。何故私の発明を最後まで見ていかない!? 私の発明には見る価値がないとでも言うのか!」 「……よく気がついたな」 「!?」 片手で胸倉を掴むシュマイトの手を外した彼はぐちゃぐちゃになった胸元をピシャリと整えて。 「その通りだ」 「そんなはずはない。私の発明は完璧で革新的だ! 現に皆も褒め称えて――」 「……だから発明家は嫌いだ」 吐き捨てるように呟いて、その鋭い瞳でラスはシュマイトを見つめる。 「無から有を生み出すが如きその発想と、現実のものとしてしまう技術を素晴らしいと思うことは否定しない。だがお前たち発明家は自分の発明が応用されることを嫌がるきらいがある。自らの応用力のなさを露呈するから? 自らの創りだした状態が完璧だから?」 とんっ……肩を押されたシュマイトの身体は思いの外強かった力に揺らぎ、廊下の壁へと背中を貼り付けることとなった。体勢を直そう――だがラスはその隙を与えなかった。 ――ドンッ! 壁に背をつけているシュマイトの頭の両脇に手をつき、正面から見下ろすようにしてシュマイトに視線を投げるラス。動きが封じられた。 「なら何故最初からもっと人の役に立つものを作らない? 思いついた物を作り上げるという己の欲求を満たせばそれで満足なのか?」 「……なら、何故お前は私の発表を見に来るのだ? 私の発明は児戯にも劣るのだろう?」 ラスの剣幕の合間に、絞りだすようにしてシュマイトはいつか傷つけられた言葉を自嘲気味に吐いた。それでも彼は表情を変えなかった。 「……最初は期待していた。だが実際に見てみればお前はサロンで貴族達にちやほやされる事に満足しきっていた。己の発明欲と賞賛を得たいという欲求、それを小さなサロンの中で得ることで満足してしまっていた」 彼の言葉がシュマイトの胸に突き刺さる。いつからだろう、そういえば貴族達に受けそうなものばかり作るようになっていたかもしれない。けれども誰かが喜んでくれるような発明品を作りたいという気持ちはずっと持ち続けて変わらないものだったはずだ。 「いつかそれに気がつく事を期待していた。だが無理だったようだ。俺がサロンに通うのも今日で最後だ」 ずるずるずる……背中を壁に擦りつけたまま、シュマイトは座り込んでしまった。足の力が抜けたのだ。ラスはそんな彼女から離れ、再び廊下を行く。 「……待て」 最初は口の中で小さく。 「待て」 次は声に出して。 けれども彼が足を止めることはなかった。 *-*-* その日を境にシュマイトはサロンで発明品の発表をすることをぱったりとやめた。部屋に籠もり、考えるのは己の過ごしてきた道。初心に返ってみれば、あの頃の気持と今の気持ちにはだいぶ差異があることに気がついた。最近の発明を見れば、貴族などのお金持ちが喜びそうな品ばかりで、それは自分の初心からずれてしまっていることのように思えた。 次にシュマイトがラスに会ったのは、彼の主宰しているエウベイン工房でだった。 アポイントも取らず突然押しかけたシュマイトと、よく彼は会ってくれたものだと今なら思える。そして、持参した発明品を見た彼の眼鏡の奥の瞳が、小さく見開かれたのを覚えている。 暫く発明品を見、撫で回し、ひとしきり動かしたラスは、いきなり設計図に赤色のペンを走らせた。 「ここはこうすればもっと用途の幅が広がる。この原理を活かして小型化ができれば、医療分野にも応用出来るだろう」 「……なるほど」 シュマイトの書いた設計図にラスの赤が乗ることで広がっていく発明品の可能性、それはシュマイトの中にはなかった発想であり、シュマイト一人で作っていては得られなかったものだった。 ふわりと風通しが良くなった感じがして、シュマイトは彼の論説を夢中で聞いた。途中口を挟むことはあったが、発明品を他人に弄られるという嫌悪感は感じなかった。ラスが他の誰よりも発明品をよく理解してくれていることがわかったし、足りなかった部品がかちりと嵌る、そんな感覚を覚えたのだった。 ラスはシュマイト以上にシュマイトが発明した魔法機械を使いこなした。作り手としては複雑に思う者もいるだろうが、シュマイトにとってそれは少しの悔しさを含むが概ね嬉しい事であったし、彼と議論を戦わせるのは楽しかった。 いつの間にかシュマイトがラスの工房へ、ラスがシュマイトの屋敷へと行き来することも増えていった。それは段々と当然の事となり、衝突しながらも良い結果を導き出す事へと繋がった。 *-*-* いつから? そう聞かれると正確に答えることは出来ない。けれどもあえて挙げるなら、あの時だろう。 いつも寡黙な彼が、壁を叩いて饒舌なほどに憤りをぶつけてきた時だ。 その時は実感はなかった。けれども今思えばあの時既に、わたしにとって彼は特別な存在になっていたのだろう。もう、彼なしではどんな発明をしてもどこかにある虚しさを払拭できないほどに。 「ラス、いつかキミが対抗できないほどの発明をしてみせる」 その約束を叶えることが、彼と離ればなれになることとイコールだなんて、考えてもいなかったあの頃だ。 思い返せば逢いたい、逢いたい。 声が聞きたい、耳朶に染みこむテノールの声で、名を呼んで。 だから待っていて欲しい。 いつか、帰る日まで。 【了】
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