ヒトの帝国にて、皇帝の寵姫シルフィーラと接触した、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノと相沢優の報告は、あるひとつの結論を導いた。 トリの王国の女王オディールは、ヴァイエン侯爵が《迷鳥》にこころ奪われたことを嘆くあまり、《迷鳥》を憎み、糾弾していた。しかし、無意識のうちに、《迷鳥》という神秘的な存在に憧憬も生まれていたのだ。 もしも―― もしも、わらわが《迷鳥》であったなら。 ヴァイエン候に保護された双子の片割れが、シルフィーラではなく、わらわであったなら。 ずっとあのかたのそばに、いられたかも知れぬものを。 それは女王として抱いてはならぬ禁忌ゆえ、オディール自身さえも気づかぬままに抑圧してきた感情だった。 だが、世界計の欠片が、その封印を解いてしまった。女王の想いは、歪み、ねじれて、《迷卵》を呼び覚ます。 そして、春のヴァイエン侯爵領に、眠ったままであった《迷卵》が、次々に孵化することとなったのだ。 ……今もまた。 緊迫した表情の無名の司書が、ロック・ラカンを呼び止める。「ロックさん。オディール女王が行方不明です」「何だと」「単身、ヒトの帝国に行ったものと思われますが、その足取りは掴めません。ただ……」「ただ、何だ?」「ヒトの帝国内に《迷宮》がいくつも発生しています。もしかしたら」「その原因が、オディール陛下かも知れぬと? よもや、女王が《迷鳥》に変貌したとは言うまいな?」「それはまだ、何とも言えません。今のところ、『導きの書』は、どの《迷宮》の中にも女王はいない可能性を示唆していますので」「だが、現地へ行けば、何らかの手がかりは掴めるでしょうね」 ラファエル・フロイトが進み出る。ロックはじろりと、彼を睨んだ。「候は無関係であろう。それがしが行こう。女王陛下を守護するのが、それがしのつとめ」「いや、私も行かなければ」「おれも行くよ」 シオン・ユングが走りよってくる。「全員、お願いいたします。むしろ、あなたがただけでは人手が足りませんので、他にも――」 司書は冷静に、図書館ホールを見回した。 *-*-* その《迷宮》は帝都メディオラーヌムの後宮の近くという微妙な位置に発生していた。 後宮と外界を隔てる高い壁に突如現れた扉、それが迷宮への入り口である。 場所柄、不届き者と疑われたくない者は近づかないところではあるが、かといってまったく誰も近づかない場所というわけではない。 つまり、被害が全く出ないというわけではないのだ。既に見回りの兵士が扉を開けて中に入ってしまい、出てこないという。また、街に住む子どもを始めとした行方不明者も、ここへ入ったかもしれない。「その扉は高い壁の色に馴染んだ石の色をしていて、金色の、精緻な装飾の施された取っ手がついているよ。石っぽいのに重さを感じさせない扉で、開くと中は夏の日差しを感じさせる庭園になっていて、『もしかして壁を超えてしまったんじゃ?』と少しばかり不安を煽るよ」 世界司書の紫上緋穂は導きの書をめくりながら、迷宮に関する説明を続ける。 夏の強い日差しに吹き抜けるさわやかな風。草原に置かれた白いテーブルと椅子のセット。ルルーチチチチチチ……と鳴くのは鳥だろうか。 慌てて戻ろうとしてももう遅い。振り返った先に扉は影も形もなく、代わりに白いテーブルセットの前に二つの扉が出現する。 片方は夕日のように朱い扉。 片方は海のように蒼い扉。 他に出口らしいものは見当たらない。庭園を走っても走ってもテーブルセットのある場所に戻ってきてしまうのだ。 二つの扉のどちらかを、開け無くてはならない。 ここは《あい》の迷宮。 愛、哀、逢い、藍――。 朱い扉を開けて中へ入れば、貴方を包むのは『愛』の記憶。愛してくれた者の幻影を見ながら愛された記憶にどっぷりと浸かるがいい。 朱い壁の、長い廊下の先には扉が見えるが、貴方が辿り着くことは容易ではない。 身体に、心にまとわりつくのは温かい『愛』の記憶。 そしてそばに愛してくれた者がいる。どうして先に進む必要があろうか。 温かく、幸せなのだ。ずっとここにいればいいのではないか。 蒼い扉を開けて中へ入れば、貴方を包むのは『哀』の記憶。哀しい哀しい思い出に包まれながら、その記憶に永遠に触れ続けるがいい。 蒼い壁の、長い廊下の先には扉が見えるが、貴方が辿り着くことは容易ではない。 身体に、心にまとわりつくのは心引き裂かれるような『哀』の記憶。 そしてその身体を重く、鉛のようにしてしまっているのはその記憶を『哀しい』と認識している貴方自身の思い。 まるで水の中を歩いているような抵抗を受けつつ、心砕かれて貴方の歩みは中々順調なものとはならない。「強い意志を持ってこの迷鳥の精神攻撃に耐えたならば、壁に塗りこまれるようにして囚われた人々に気がつくことができると思う」 そして廊下の先の扉を開ければ、そこはまた懐かしい空間だ。足を踏み入れる者ごとに違った姿を見せるこの空間では、逢いたい人の姿を見ることができるという。 逢いたい相手はそっと貴方に寄り添うだろう。優しく微笑むだろう。 けれども。 それは偽物だ。 貴方の瞳はこの《迷宮》の主である《迷鳥》に、逢いたい人の姿を重ねてしまっているのだ。 淡藍色をした『青い鳥』は逢いたい人に逢うという『幸福』を運びながら、獲物が隙を見せるのを待っている。 お茶会の準備をして、共にお茶を飲みながら、獲物の警戒心を解いていく。「藍色鳥はね、戦闘力はそんなにないんだよ。だから、自らを守るために相手の視覚を少しいじって『逢いたい』人の姿を自らに被せる。そして隙を狙って精神力を吸い取ってしまう。精神力が弱ければ、朱と蒼の廊下で囚われてしまう。囚われ状態の人の精神力も藍色鳥の食料になるけれど、やっぱりそこを超えてきた強靭な精神力の持ち主はご馳走なんだ」 朱と蒼の廊下を超えなければ、藍色鳥自体に出会うことは出来ない。「どうやって視覚に影響をさせているのかはわからないけれど、ヒントはどこかにあると思う。わからなくても……本物ではないと確証を得られれば、強い心ではねつけられれば……または逢いたい人の姿をしているまま攻撃することができれば……」 酷なことを言っているのは緋穂自身が一番良くわかっているのだろう。彼女は唇をきゅっとかみしめていた。「藍色鳥とはコミュニケーションは取れないよ。既に被害も出ているし、倒してしまって」 藍色鳥を倒すことでまだ『食べられて』いない囚われの人々は助けだされることだろう。「それで藍色鳥の倒し方なんだけど……先にも言った通り、藍色鳥自身に戦闘能力はそんなにないよ。だから、これを飲ませて」 緋穂が取り出したのは小さなガラスの小瓶。中には無色透明の液体が入っていた。「とても辛い液体だから飲まないようにね。これを無理矢理でも、『逢いたい人』のお茶会に付き合う形でこっそり藍色鳥のカップに入れてもいい、何らかの方法で飲ませて。喉を痛めて美しい声で鳴けなくなって、それで、おしまい」 もしかしたら罪悪感が生じるかもしれない。それでも、やはり藍色鳥は害鳥でしかなくて、このままでは行方不明となった者も囚われたままとなってしまう。コミュニケーションも取れないのだから、倒すしかないのだ。もしこちらが藍色鳥に思いを寄せたとしても、向こうは人間を餌だとしか思っていないのだから。「……あなたの精神力に頼らざるをえない。私は頑張ってとしか言えない。だから、信じて待ってる。あなたが帰ってくるのを」 そう言って、緋穂は小瓶を貴方へと手渡した。!お願い!オリジナルワールドシナリオ群『夏の迷宮』は、同じ時系列の出来事となります。同一のキャラクターでの、複数のシナリオへのエントリーはご遠慮下さい。抽選後のご参加については、重複しなければ問題ありません。
金のドアノブを捕まえてジュリエッタ・凛・アヴェルリーノが扉を開けると、そこは前情報通り、夏の日差しを感じさせるさわやかな庭園だった。ルルーチチチチチチと耳に届くのは美しい鳥の声だ。さわやかな風がジュリエッタの茶色の髪を揺らす。 (迷宮の中でなければ美しい光景じゃと素直に思えるものの……) そう、ここは迷鳥の創りだした迷宮の中なのだ。ジュリエッタはゆっくりと庭園の中に足を踏み入れ、辺りを見回した。白いテーブルセットは来客を歓迎しているようにみえる。綺麗に整えられた草木、愛情を与えられて育ったかのように咲き誇る花々。迷宮でなければぜひともお茶の一杯でも頂きたい環境であった。 そっと、振り返ってみる。すでに入ってきた扉は風景の中に紛れ込むように消えていた。だがジュリエッタは落ち着いて視線をテーブルセットへと戻す。ちょっと目を離した隙にそこには扉が二つ現れていた。 ひとつは夕日のように朱い扉。 もうひとつは海のように蒼い扉。 この迷宮に足を踏み入れた以上、進むしかないことは知っていた。勿論覚悟もできていた。だから、ジュリエッタはしっかりとした足取りで扉へと歩み寄る。 「わたくしが選ぶのはこちらじゃ」 どんな記憶に襲われるのかはわからない。それでもジュリエッタはドアノブを掴む。ひんやりとした熱が掌に伝わる。 思い切って扉を開けると、ジュリエッタは背筋を伸ばしてその向こうの空間へと足を踏み入れた。 *-*-* ジュリエッタが選んだ『朱』の扉の向こうは、朱い壁の長い廊下だった。廊下の先の先には扉のようなものの存在が見て取れるが、やすやすとそこまでたどり着かせてくれるはずはなかった。 ひらりひらりとジュリエッタの視界の端をかすめていくのは長いドレスの裾。そのドレスの主はと視線を動かすと、結い詰めた髪、うなじの後れ毛を揺らして振り返ったのは老女。しかしその表情は愛を受けて恍惚と輝いて見える。 「……!? ダイアナ殿!?」 思わず上げたジュリエッタの声など気にすることもなく、彼女はひらりひらりと老女とも思えぬほど軽やかにステップを踏んでいる。そんな彼女が寄り添うように身を預けているのは、彼女が共に踊っているのは金髪の男性だ。ジュリエッタは『彼』の姿をその外見でしか識らない。 そう、外見はヘンリー・ベイフルック。けれどもその中身は――ディラック。ダイアナが恋い焦がれた相手。 「ディラック……」 ジュリエッタの前方で舞い踊る二人。特にダイアナの瞳は熱に浮かされたようで、まるで恋する乙女の表情だ。愛するディラックの瞳を捉え、時折くすくすと笑い合う。 彼女は幸せそうだ。だがどこか狂っている――ジュリエッタの目にはそう映った。 幻だとわかっていても止めなければならない、強くそう思った。 「……やめるのじゃ」 トラベルギアである小脇差を抜き、念じる。 激しい雷が裁きの鉄槌のようにダイアナを直撃した。全身を痙攣させ、ドレスの裾を揺らして倒れこむ老女。思わず視線を逸らしたジュリエッタだったが、しばらくして瞳の端で揺れ始めたのはまたドレスの裾だった。老女は差し出された手を嬉しそうに重ね、そして立ち上がってまた、舞い始める。ところどころ落雷で焦げ付いたドレスを全く気にせずに踊り始める彼女。彼女の瞳は目の前の彼――ディラックしか見ておらず、その盲目さが更に狂気じみて見える要因でもあるようだった。 「やめろと言っておる!!」 もう、見ていられない。ジュリエッタが叫びとともに放ったのは九つの頭を持つ八岐大蛇。廊下中を所狭しと蛇行しながら向かうはダイアナ。雷を帯びた大蛇は大きなあぎとで老女に噛み付き、そして喰らい尽くす――。 今度は目をそらさなかった。ジュリエッタはしっかりと『その瞬間』を見つめて。 「ダイアナ殿のことは生涯忘れぬことはない。しかし彼女はもう旅を終え妖精郷で静かに眠りについておる。死者を冒涜するような幻は消し去れ!」 先ほどの叫びとは全く違い、落ち着いた様子でジュリエッタは告げる。 霞が晴れるように霧散して消えゆくダイアナ。そしてそれを追うように消えゆくのはディラック。 八岐大蛇が消えた後、廊下には誰の姿も残らなかった。 ふう、と息をついたジュリエッタは真っ直ぐ前を見据えていた。 この空間が見せた光景はジュリエッタ自身が愛された記憶ではなかった。けれどもそれはジュリエッタの心に大きな傷として残った出来事が元になっていた。だが今、彼女が幻に対抗できたのは、彼女自身がその傷を乗り越えたからに他ならない。 決して忘れはしないだろう。けれども引きずられることはもうない。 ジュリエッタは一歩一歩確とした歩みで朱い廊下を行く。彼女の向かう先にはひとつの扉。そこで待つのは迷鳥の見せる幻。 幻だとわかっている。だから平気だ、己を律しつつ、ジュリエッタはドアノブへと手を伸ばした。 *-*-* 扉を開けた先は、ジュリエッタにとって見覚えのある光景だった。そして、胸高鳴る光景でもある。 ルルーチチチチチチ……その鳴き声だけが聞き覚えのないものだった。 日本庭園に似た――そこは異世界産の風変わりな植物と、不可思議な鉱物に飾られたカフェ。ジュリエッタの視線は自然、探してしまう。ジュリエッタの胸を高鳴らせ、そして心温かくする人の存在を。彼の人は、この風景がよく似合うのだ。 「ジュリエッタ」 とくん……その声で呼ばれた自分の名前に心臓が脈打った。静かな眼差しでこちらを見つめる彼は、ジュリエッタの知っている彼と同じようにこちらを見つめている。 彼は籐で編んだ椅子へとジュリエッタを導き、そして丸テーブルの上に置かれていたティーポットを大きな手で操って紅茶をカップへと注いでくれる。少し緊張気味に椅子へと座ったジュリエッタは、ふわりと立ち上る湯気をなんともなしに眺め、カップが目の前に差し出されると彼の顔を見るべく視線を上げた。 「どうした?」 ふるふると首を振る。これは藍色鳥の見せる幻だ。それはわかっているけれど。 「ならいいが」 向かいではなく斜め前隣へと腰掛けた彼がいつもより近くて。ジュリエッタはそっとカップを持ち上げ、綻びそうになる口元を隠すようにして紅茶を飲み込んだ。彼はジュリエッタが紅茶を飲んだのを確認してからカップを手に取り、そして傾ける。 「……美味じゃ」 「そうか」 ぽそりと告げれば、他の人が聞いたら無愛想に感じられる風の返事が返ってくる。けれどもその奥に込められた彼の気遣いを知っているから、ジュリエッタはその返答で満足だ。 だが、ポケットに仕舞いこんだ小瓶。そこには緋穂から預かったとても辛い液体が入っている。彼の――藍色鳥のカップに入れてしまえばそれで終わったかもしれない。けれどもジュリエッタには出来なかった。 共に茶を飲む、それだけのことがとても嬉しくて。彼が偽物であるとわかっていても、一瞬、迷ってしまったのだ。揺れる乙女心が迷いを生み出した。それでも、望んでしまうのは悪いことではない。 「ジュリエッタ?」 いつの間にか彼の横顔を眺めていた。濃い肌の色、赤い瞳、灰色の髪――そして声までもが幻覚というよりはあまりにも彼にそっくりで。 (わたくしの記憶の中にあるあの御仁の姿をこうして見せているのじゃろうな……) そう思いはするものの、心が揺れる、引きずられる。 そっと椅子を寄せてジュリエッタのすぐ隣にまで来た彼。ふわりと彼の髪の香りが届く。近くにいるのだ、熱を感じる。 「少し、元気が無いようだが」 そっと肩に伸びてきた彼の長い腕。びくり、ジュリエッタは肩を震わせたが、気がつけば身体を引きよせられていた。 「!?」 ぽすっ……ジュリエッタの身体は彼の広い胸板に抱きとめられ、力強い腕で、だが優しく抱きしめられた。 「なっ……」 言葉がうまく紡げなかった。動揺が身体中を駆け抜ける。今まさに起こっていることはジュリエッタの予想の範疇外であり、混乱を呼び起こすのに十分なものだったからだ。 だが、それでもジュリエッタには揺り動かされないものがあった。それは本物の彼への理解と信頼。それだけは決して揺らがなかった。だから。 「……きちんと顔が見たいのじゃ」 そっとポケットに手を伸ばしながら告げる。彼はジュリエッタの求めに応じて抱きしめる腕の力を少し緩めてくれた。ジュリエッタは彼の腕の中で身動ぎし、顔を上向かせて視線をあわせる。今までにないほどに彼の顔が近くにあった。それでも彼女の心を占めるのは揺らぎが三割。あとはもう、怒りに似た感情が生まれていたが、顔には出さずに。 「――」 薄く瞳を閉じながら、そっと腰を浮かす。彼と視線の高さを同じくして、そして己の唇をそっと近づける――彼の唇に。 そしてそのまま――……。 「ギャァァァァァァァァッ!!」 醜い叫び声が空間をつんざいていく。 椅子を蹴倒して倒れた『彼』は瞳を抑えて転げまわっていた。その姿は、彼と藍色鳥との二重写しになって見えた。 「あの御仁はこのようなことはせぬ。どんな人物でも暖かく包み込んでくれる度量の大きさに惚れたのじゃ」 ジュリエッタは転げまわる彼――いや、もはや彼の姿を失いつつある藍色鳥を見下ろして、少し怒ったような口ぶりで言葉を投げかける。藍色鳥は美しい鳴き声はどこでなくしてきたのか、目に受けた液体による痛みにギャアギャアと悲鳴をあげるばかりだ。 「とはいえ一瞬だけ動揺した自分には腹が立つわ。そなたがそのような迷鳥で生まれたのは致し方あるまいが、その性根は許せぬ。せめて苦しまず逝かせてやろうぞ」 小脇差を抜き放ったジュリエッタは暴れる藍色鳥の側に膝をつき、片手でその身体を押さえつけた。痛みに暴れる藍色鳥の力は強かったが、それでもなんとか押さえて狙いを定める。 「これで、最期じゃ」 キラリ、光った刃がするりと藍色鳥の喉を撫でていった。 悲鳴の代わりに噴きだした鮮血が、辺りを濡らしていく。 押さえる手に逆らう力は段々と弱くなり、それが命の流れ出ていくさまを感じさせた。 小脇差に付着した血を拭い、鞘に納める。 あたりの風景はもう先ほどの様相を保ってはおらず、歪み、透け、そして藍色鳥の命が薄くなるのと同じように段々と綻び始めた。 気がつけば、ジュリエッタは藍色鳥の躯とともに、後宮と外界を隔てる壁の外側にいた。 迷宮は消えたのだ。 当然のことながら、いくら探しても壁には扉など見当たらない。 「これで任務は完了かのう……」 呟いて、ジュリエッタが思うのは藍色鳥に見せられた幻。 向かい合って乗り越えてきたもの、そして今まさに向かい合っているもの。 「心の中を見透かされたようで恐ろしいのう」 けれどもジュリエッタはそれらに打ち克つことが出来た。己の信念は揺らがなかった。 きっとそれは、彼女の今後に大いに役立つに違いない。 藍色鳥はもういない。 けれども信念を揺らがすものはたくさんあるだろうから。 【了】
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