曖昧な映像だった。断続的にホワイトアウトし、噴煙に満たされ意味のある情報がなかなか抽出できない。ただうっすらと倒壊していく建物が見える。 サヴァーヴと言う街がリムーバーの爆弾によって破壊された記録である。リムーバー達は街に無数のファージを追い込み、高性能爆弾で一掃した。カンペゼーションは終末の世界だ。無数のファージが闊歩し、さらにはそのファージと果てしない戦いを続けるリムーバーに支配されている。 映像に目を戻す。粉塵が収まっていくにつれて、行われた破壊の大きさがあらわになっていった。サヴァーヴは先ほどまでは無人の廃墟であったが、今では瓦礫の山だ。撤収していくリムーバー達が望遠に確認できる。 フィルムが捲き戻り、一部が拡大される。倒壊した建造物の一角から北西方向に伸びる線が映し出された。線路か。その瓦礫の隙間の通廊をごそごそ走る生物がいくつも見える。そして、かろうじて形を保っている屋根の影になにやらうごめく影が確認できた。 映像をスチルにするとはっきりわかる あれは―― ―― 蟻 だ† † † † † † † † † † † † † 世界司書、ロイシュ・ノイエンは映像を終了させると集まったロストナンバー達に向きなおった。「今のはワーブ・シートンサンの救出オペレーションでカンペぜーションに残したカメラで撮影された映像デス。ロストナンバーの脱出直後にこの街『サヴァーブ』は破壊されマシタ。ここに最後に生き残ったファージが写っていますネ。ロストナンバー達の報告にありました爆発を逃れて地下に潜ったファージの群れでショウ。 さて皆サン、今回世界図書館は本格的にカンペゼーションで活動することにいたしまシタ。危険な任務になってしまいマスガ、どうか引き受けてくださいマセンカ?」 ワーブ・シートン救出オペレーションで情報端末と共に断片的な情報が持ち帰られたがカンペゼーションの謎はまだまだ多い。世界図書館とロストナンバーにとってはファージは駆逐するべき対象ではあるが、かといってリムーバーの協力が期待できるわけでもない。 それだけの障害要因をおしてなお、ファージの生態についての情報は世界図書館にとってはのどから手が出るほど欲しいものであり、危険をおしても調査する利益が認められた。「そこでデス。世界図書館としてはカンペゼーションに活動拠点とシテ、駅を建築することになりまシタ」 ロストナンバー達が持ち帰った情報を解析した結果、ワーブ・シートンが放り出された街『サヴァーヴ』に破壊された地下鉄設備が残されていることが判明したのだ。地下に位置する天然の要塞は、危険に溢れるこの世界において、ロストレイル号の駅を建設するには絶好のポジションである。 この駅は三層構造になっており、半地上部は北西方向より地上線が南東に向かって地下に潜りこむ複々線島式2ホームで柱の乱立する広場、地下浅層は東西に複線相対式ホーム2ホームで広い空間、地下深層は南北に複々線島式2ホームと言う複雑な構造になっている。特に地下深層は複々線島式2ホームはそれぞれ独立したトンネルにあり、反対側のトンネルに行くには地下浅層を経由する必要がある。さらにそれぞれのホームも中央を壁で仕切られていて、数カ所ある壁の切れ目を経由しないとホームの反対側には行けない。「形態が類似していマスノデ、これよりこの駅を『ベーカーストリート駅』と呼称しマス。映像では地上線(メトロポリタン線)を伝って蟻型ファージの群れが駅構内で生き延びた姿が映っていマス。今回の任務は、地下鉄駅に巣を作っているファージの群れを駆逐することが必須条件デス。これより、このファージを『ヴィクトリア女王』と『ジェントルメン』と呼ぶことにシマス。 ヴィクトリア女王は全長5mほどの強力な女王蟻型ファージで強力な装甲を有していマス。 ジェントルメンは全長1m程度の働き蟻型ファージで、戦闘力はさほどではないと考えられマス。映像では少なくとも30体確認シマシタが、地下部分にどれだけいるかは残念ながらわかりまセンデシタ。また、分析班はジェントルメンのうち2割は働かずにサボっていると報告をもらいマシタ。我々のよく知っている蟻とよく似ているようデス。 今まで発見されたコノ世界のファージには必ず触手が付いていマス。いかなる目的の器官なのかは現時点では不明デスガ、留意してくださいネ」 ここで、単純に衝突しては図書館側の被害も大きくなるが、好機。導きの書の予言では2体のリムーバー『コードネーム:ホームズとワトソン』が侵入することがわかっている。ホームズとワトソンは地上から――メトロポリタン線北西の半地上部より接近する。しかし、予言ではロストナンバーが手を出さない限りホームズとワトソンはヴィクトリア女王に撃退される。以下が図書館の作成した20分間の作戦計画だ00:00 地下深部(ベーカールー線)南方よりロストレイル号が出現、地下鉄構内に燃料気化爆弾を投擲00:30 燃料気化爆弾で掃討したホームにロストナンバーを揚陸00:45 ロストレイル号ディラックの空に一時撤退、ロストナンバー地下浅層に侵入開始05:00 地下浅層制圧(サークル線、ハマースミス&シティー線ホーム)08:00 ヴィクトリア女王捜索10:00 ホームズとワトソンが地上から侵入する時刻15:00 ヴィクトリア女王撃破16:00 ジェントルメンの掃討20:00 ベーカールー線南方よりロストレイル号が出現、帰投注意事項・リムーバーの行動原理は不明・ヴィクトリア女王は半地上部で確認されたが、移動している可能性あり・階段、通廊、壁が破壊されている可能性あり・崩落の危険あり「それでは皆サン、今回も大変な任務になると思いますが、どうか大怪我だけは十分気を付けて行って来て下さいネ」
あてどもなく徘徊する蟻、じっと動かない蟻、薄暗いトンネルにはそんな蟻たちが散見される。このように無為な時間を過ごしているのがいる一方で、大多数の蟻は懸命に何かを運んでいたり、体液を分泌しては壁に塗り込んでいたりした。巣作りだ。これらの蟻型ファージは女王の号令のもと、リムーバーの爆弾によって破壊された住まいの再興に忙しい。 この世界の本来の住民にとっては呪わしい光景だ。 そこに一筋の光明が走る。列車のライトが轟音と共に闇を切り裂き時空の彼方より招来した。 ロストレイル号だ 逃げ場のないトンネルで、哀れな働き蟻たちを蹴散らしながら列車は走る。 その列車の上には火蜥蜴が張り付いている。火蜥蜴の緋夏の仕業だ。 「ひゃほーう。行くよー」 列車から炎弾が次々と発射される。列車を避けトンネルの天井に逃げ延びた蟻たちを火炎は無情にたたき落としていった。爬虫類の様に細長い瞳孔をどう猛にゆがめた女は、体内にため込んだ15発の火種を瞬く間にうち尽くした。 やがて列車はキルゾーンたる駅に近づくにつれその進みを緩め、トンネルで開けた空間が見えてくると燃料気化爆弾を投擲した。ホームを、燃焼する気体がなめ回し、密閉空間はさながら鍋の中のフランベであった。熱は蟻の外骨格の節々から入り込み、気門を焦がし、触覚の代わりに生えているファージの証したる触手を焼く。一方、火蜥蜴はその業火を嬉々として吸い込んて火種を補充。 やがて、ロストレイル号が忽然と消え去った後には5人のロストナンバーと無数の蟻の屍が残されていた。 「ふふふ、今の火でおなかいっぱーい」 それでは ――――作戦開始(コンバット・オープン) † † † † † † † † † † † † † さてその前に、時はロストレイル号での作戦会議に遡る とは言え、作戦と言っても個々に戦闘力に自信のある者達ばかりで大したことは決めていない。むしろ、ジャック・ハートが一人ではしゃいでいるうちにカンペゼーションに到着してしまったという様相が強い。 奇しくも、その場のロストナンバーの全員がツーリスト、その中でもESP能力者や変化能力者であった。ジャックの出身世界では存在する全ての生物がミュータントで、それぞれにESP能力を保有し、互いに争っていた。火蜥蜴の子孫の緋夏も似たように淘汰圧の強い世界であった。猫族の特徴を色濃く有するチェキータ・シメールの出身世界も多種多様の知的生命体の存在する世界であったが、彼女の世界の場合はそれほど争いはなかったようである。 スーパードーベルマンのクラウスと、アウトドア系青年風味のクロードはそれぞれ壱番世界に似た世界の出身ではあるが、いずれにせよESP能力保持者である。 「ウヒャヒャヒャヒャ。どォこのトライヴ出身か知らねェがァ、こォんなにお仲間が居たとはなァ。うれしくて涙がちょちょ切れるゼ、ゲーハハハハ。俺はハートのジャック、ヨロシクなァ」 混沌とした世界出身のジャック、緋夏、チェキータの三人は暴れたくて仕方がないようだ。特にチェキータなど猫らしく到着を待ちきれないようで、落ち着かない様子で作戦会議中もロストレイル号の中を爪でひっかきながらふらふら歩き回っていた。 そんなチェキータだが、ふと立ち止まって 「どうする? 仲間全員でこうどうする? それとも2班ほどに分けて探索効率を上げるか?」 「どっちでもー」 「ウシャシャ、カワイコちゃんたちとは離れたくないねー」 どうもその場のなりゆき次第になりそうである。 「ヴィクトリア女王とジェントルメンか、好いネーミングだ」 にやっと、なんだか楽しそうなクロードが口を挟んだ。 「俺はヴィクトリア女王は、リムーバーに片付けて貰いたいと考えている。なので最初の10分が鍵になる」 『オレもリムーバーには直接的には関わりたくない。とは言え、ファージ・・・ 世界を荒らす、世界の敵。確実に、退治しなくてはな』 犬のクラウスは人語を発声できないのでテレパシーで自らの意思を伝えた。 事前に確認しておくべきことはこのくらいであろうか。全員を見渡そうと思ったら緋夏がいない。クロード曰く 「彼女なら天井に登って、列車の上だよ」 † † † † † † † † † † † † † ロストナンバー達はベーカーストリート駅深層上り側ホームに展開した。留守中の攻撃を避けるためにロストレイル号は一旦ディラックの空に待避している。 爆弾の残照で、ガソリンじみた嫌な臭いが充満しており、犬のクラウスにはつらい状況だ。 薄暗いホームにライトを照らし見渡すと、焼き上がった蟻たちの死体が散見される。ちりちり足が動くものもいるが単に熱の影響で体組織が収縮する影響に過ぎず、命はもはや無い。ファージであったとしてもである。残りの蟻は別の階であろう。 クロードが爆発の後に残された駅の構造体を確認。器用に障害物の散らばる構内を駆け巡って見たところ色々わかった。光を近づけてみると建物自体にひびや崩れたところも多くあるが、そのうちの多くは粘着質の物質により補強されていた。ファージの分泌した粘液が固まったものと思われる。しかし、それでいてなお崩れているところもあり、これは爆弾の熱の影響で固まった粘液が塑性を得て緩んでしまったもののようであった。となれば、補強済みに見えても壊れやすい場所があるということである。 「ざっとこんな所か? あんまり暴れると壊れそうだ。火加減はほどほどで頼む」 クロードが状況を説明したところに、ジャックが口を挟む 「あァ、おるわ。女王。この隣だわ。ヘヘヘ。おらよォ。悪りィなァ、俺の能力の有効範囲、今たった50mしかねーんだわ、ゲヒャヒャヒャ。んでも…コイツらブッ殺すには充分ってなァ」 壁を透視できるジャックにとってこのようなダンジョンステージはホームグラウンドである。ロストナンバー達がいるのが深層上り側ホーム。ヴィクトリア女王は壁の向こうの下り側ホームだ。彼は早速、能力を駆使して壁の反対側に電撃を送り込んだ。 「ありゃ、なんで効かねーんだァーよ。あァあァーー。クソがァ」 どうやら、気相放電は残られた線路やパイプ、電線を伝って散らされてしまっているようである。腹いせに瓦礫を蹴飛ばし、クラウスに言いとがめられる。 『貴様、作戦を忘れたか。女王はリムーバーに殺らせる』 そうこうしているうちに血気逸る火蜥蜴と大型猫は、浅層階へと向かう階段で戦闘を開始していた。降りてくる蟻を迎え撃っているのだ。 この蟻に無様な触手を生やした奇形は、生理的嫌悪感を催すには十分な外見をしている。それにしても、個体によって統一感が小さいのも気になる。大きさも猫程度のものから猪サイズまでさまざま。色も、黒から灰、白、茶などありきたりの蟻の色から、苔じみた緑や毒々しい赤のものもいる。そして、おぞましいのはちぐはぐな体のバランスと共に、個体によっては触手のついている位置が異なり、あたかも触手そのものがファージで、蟻は哀れな犠牲にすぎないと思い起こさせるところだ。 爆発する狩猟本能。チェキータは食肉目ネコ科の本領を発揮して、まずは手頃な茶色のファージに飛びかかっていった。ギアである銀の鈴から放出される冷気で作った「氷の爪」が主な武器だ。叫び声と共に動物的な身体能力を生かして宙を駆け、両腕をムチのようにしならせ振り回す。ざくりと爪を立てキチン質の外殻を突き破ると、傷口から冷気が進入しファージの組織を凍らせていった。そして、爪を引っかけたまま、蟻をすくい上げるように群れに投げつけた。 「おりゃー、ぼこぼこにしちゃうぞー」 そこに炎の槍を担いだ緋夏が割り込んで、チェキータの脇を抜けようとした灰色ファージを串刺しにした。蟻が内部から焼ける。緋夏は爆弾の炎をたっぷり吸い込んで体内の蓄えてはいるが、敵の数が多いので出し惜しみしてのことだ。子どもっぽい喋り方とは裏腹に、クレバーに戦闘を運ぶ知恵はあるようである。 しかし、少々取り合わせが悪い 「あんまり近寄らないでくれ、冷気が乱れる」 「そんなこと言われても、あたしは火蜥蜴だからしかたないしー」 一瞬、二人の動きが乱れる。禍々しくぬめる赤い個体が、蟻とは思えない跳躍をし飛びかかってくる。緋夏に迫るその蟻をチェキータが引き裂いた。 「おっと、危ない。命拾いしたな」 むっとした緋夏は凍りゆく蟻に火を一吹き、消し炭にすると、今度はチェキータの目の前の白蟻に炎の槍を突き刺した。 「おっとぉとぉ。助かっちゃったねー」 「常夏頭は引っ込んでろ」 「しーんぱいしてあげたのにー」 「うぜぇ」 「氷使いなのに顔真っ赤!」 「しっぽ無し蜥蜴」 「バカ猫」 歩を止めて言い争う二人をクロードに手をついてヴォルト(飛び越え)し、その脇を犬のクラウスが走り抜けていった。 「たまには生きた障害物も楽しいね」 『時間があまりない。急いで浅層を制圧しよう』 蟻たちの上を飛び、すり抜けて、二人は階段を登る。 クロードは浅階に躍り出るときに、積み上がっていた瓦礫を念動で崩して階段に残る蟻の上に落とした。頭をたたきつぶされ動きを止めるものもいれば、脚を挟まれちょん切れてしまうものもいる。残りは下の面子で十分だろう。 浅階は事前の情報通りに4線分の広い空間が広がっていた。ホームから、線路を覗くと、かさこそかさこそとファージ達がうごめいていた。 『アリ…… ここにも出てきたか。リムーバーが来る前にあらかた片付けよう』 「了解」 クロードがカードを投げ、エッジが蟻の甲殻に突き刺さる。動きが止まらない。もう一枚投げ、今度は間接を切断する。 「なかなか大変だね」 『そのようだな』 クラウスの超能力は風を操る。かまいたちを仕掛け、効くか確かめてみた。カードと同じく、甲殻に当たるだけでは蟻は止められない、間接に真空波を差し込み脚を切り離さないと無力化できない。 『ならば』 風で吹き飛ばし壁にたたきつける。そして、さらには乱気流の力で体節を強引にねじって頭と胴体、足を分離した。 「このペースだとしんどいね ……試してみるか」 階下の深層ではチェキータが、狙い澄ました氷の一撃を放ち、ファージの触手を斬り飛ばした。と、そのファージは直ちに節々から体液を噴出してバラバラになった。 「おやっ、これは当たりかな」 それをみたジャックが間髪入れず、手近な触手をカマイタチで切り刻み電撃で炭にすると、そのファージも絶命した。 「ウヒャヒャ、ナイスだぜェ。これだからカワイコちゃんは大好きよォ」 「ちぇー、いいところもってかれちゃったー」 緋夏も、炎の槍を薙刀の要領で振り回し触手を刈り取る。 こうして深層と階段のファージを一掃すると三人は、敵の弱点を持って浅層に駆け上がった。 浅層の二人は、瓦礫の柱をいくつも作ってその間にファージをおびき寄せるように戦っていた。クロードがジェンガの要領で作った柱から念動で石を飛ばし、柱の結界に入ったファージを打ち倒していく。そして、弱って伸びきった体節をクラウスがねじ切っていく。ファージの攻撃は柱に阻まれなかなか二人に届かない。柱を崩しては、念動と風で新しい柱を積み上げる、やがてファージの死体までもが柱に埋め込まれていった。 だが、見た目ほど楽ではない。地形を頭に入れつつ戦うには集中力が必要だ。 「戦いに参加しないでサボっているファージがいるな。ファージを倒していくとサボっている奴も参戦してくる……。 触手は攻撃に使っているが、なんだろう。それだけじゃないはずだ」 『ふむ』 考えながら戦っているとついつい隙が出てしまう。ファージの死体を乗り越えたと思ったら、突然にコンクリ色のそれが動き出した。蟻の強靱な顎がクラウスの足を捉える。 わぉん! と痛みにうめきが漏れる。 とっさに万能首輪のマジックハンドで頭を引っ張ろうとするが、足に喰いついた顎が簡単には外れてくれない。攻撃の流れが途切れるとぎりぎりの戦術があっという間にほころび、他のファージが群がって来た。 大気を絶縁破壊し、その先頭のファージに紫電が炸裂、ようやく、深層の3人が登ってきた。 「あ~悪りィ。俺自己治癒しかねェんだわ」 風で浮いて周囲に破壊をまき散らし、ジャックはクラウスの足に食いついていた蟻の触手を叩き斬ると、ファージは体液を殻からこぼしながらバラバラになった。マジックハンドで顎をそっと外し、クラウスは一息ついた。 「この前聞いたらよォ、壱番世界にも合気とか言う加速系の体術があるらしーじゃねェか。でも俺らの能力は空間に及んでッからなァ?使い勝手はコッチが上だよなァ、クラウスゥ~、ヒャーヒャヒャ」 『くっ、借りを作りたくない奴に』 緋夏が火を噴き、チェキータが氷の爪をふるう度に、汚らしい残骸が飛び交う。5人そろって蟻の弱点と判明した触手を攻め出すと、形勢は雪崩を打ったように傾き、圧倒的な速度でファージを駆逐していった。あらかた片付いたところで、リムーバーの到着時間が迫る。 リムーバーとヴィクトリア女王を鉢合わせる。その時にロストナンバー達はリムーバーから隠れる。 『ジャック、ヴィクトリア女王の位置は変わらないか?』 「よし、下りた階段の裏に隠れてみよう」 一行は近づくジェントルメンを適当に撃破しながら、ヴィクトリア女王の待ち受ける深層下りホーム側に降りる。 階段を踏みしめながら、まずは足がべたつくことに気がついた。ファージの分泌した粘液が固まりきっていないのか、暑さで溶けたアスファルトのように靴底にはりつく。地面も壁も固められ、独特の臭気を発する。犬のクラウスには甚だしく不快であるが、さぞかし蟻にとっては居心地の良い空間なのであろう。その細いホームの奥で、大勢のジェントルメンに囲まれ、ヴィクトリア女王は鎮座していた。 『これが、女王か。見るにおぞましい』 女王は鈍色に光を発し、前衛的な彫刻のようにも見える。その大きさは今まで戦ってきたどのファージよりも優に3倍は大きく、足を除いた体節だけでも牛よりは大きいだろう。注意を喚起するのは、ジェントルメン達と違って、ある種、生命の正当の形状をしていることだ。いずこに置き忘れたかファージの証したる触手も見当たらない。その美しくもある存在感は、直接手の届くよりも遙かに遠くにあったとしてもなお強烈だった。 瞠目すべきは、玉虫色に輝く、2対の翅であろう。ヴィクトリア女王は飛べる。 ホーム細いホームに降り立ったロストナンバー達は、きびすを返し、たった今、下った階段の裏に回った。ここからリムーバーがどのように行動するか観察だ。 「おいでなすったようだぜェ」 ロストナンバー達に向かってきていたファージ達が方向を変え、階段から地上を目指し始めた。程なく上から爆音が聞こえ始める。予言された二体のリムーバー、コードネーム『ホームズとワトソン』の到着だ。 鋭い破裂音が響き、階段の影からファージが転がり出てきてそのままホームから転落した。そして、歯車とモーター音を静かにリムーバーが降りてくる。 その姿はここからはよく見えない。マズルフラッシュ。こげ茶のファージが撃破された。舞い上がるほこり。はっきりと視認できない。再びマズルフラッシュ。暗がりの中で二体のファージが吹っ飛ばされる。 銃火の中、断片的な人影がうっすら浮かび上がる。閃光と閃光の合間には、銀色の影の向こうから、いよいよ動き出したヴィクトリア女王の巨体が迫り来るのが見える。 「うっわー。なにあれー。透けて見えるよ。ロボットの幽霊ー?」 『まさか、光学迷彩』 果たして、視覚に作用する光学迷彩が蟻にどの程度作用するのかは判断が難しいが、ホームズとワトソンのツーマンセルが的確にファージを駆逐して行っているのは事実であった。 「触手が弱点。ならなぜ触手を前面に出しているのだ。攻撃にも使うからか」 クロードは落ち着いて観察を始める。ありがたいことにファージ達にはもはやこちらに兵を裂く余裕はない。奥まったファージが触手を立てると、手前の3体が隊列を組んだ。 「動く前に震わせている。合図か、あれでファージ同士が交信しているのか? はっきりしないな」 ふと視線をめぐらせると、戦闘をサボっているファージが流れ弾を食らって四散した。 と、ついにヴィクトリア女王がリムーバーのZOC(攻撃圏)に進入したようだ。 突如リムーバーが電子音を互いに響かせるとそろって向きを変えた。周囲のジェントルメンを放置してヴィクトリア女王に弾丸をたたき込む。ハードシェルはヴィクトリア女王の流線型のボディを跳弾し火花を散らした。硬い。 それに対して、ヴィクトリア女王は地獄の底から響くような咆哮をあげ、その巨体からは想像もできない速度で跳躍した。一瞬で間合いを詰めワトソンを押し倒す。たまらず発砲しようとするが、既に銃身は太い顎に押さえ込まれており狙いは逸らされていた。ターゲットを失った火線が地下鉄構内をなめ回し、物陰のロストナンバー達に迫る。巻き込まれたジェントルメンと共にパイプや電線が破壊され天井から瓦礫が降り注ぎ、嵐は銃がジャムって止まるまで継続した。 「やばいな」 残されたホームズの足下からボールがこぼれ落ち女王の方に転がされる。榴弾。リムーバーとファージの間で爆発し視界を白に染めた。と、光の中から触手が伸び、ホームズの腕に巻き付いた。今まで隠されていた触手だ。ロボットの重量を感じさせない勢いでホームズは投擲され、ホームの奥の方にきれいな軌道を描いて飛んでいった。 追い打ちをかけるように女王は翅を広げ、耳障りな音と共に飛び上がる。 とっさにジャックが雷撃を放つが、先程の破壊で垂れ下がっている電線やパイプに散らされた。ゲイル ――風の能力に切り替えるが50mの射程から逃れられてしまった。 「クソがァ!」 女王に回り込むべくジャックは飛び出し、テレポートした。ホームズの目の前に出現し、振り向きざまに今度こそゲイルを放った。真っ正面からの暴風を浴び、飛行中の女王が元来た方向に吹き飛ばされる。 「どうよォ。危なかったな」 CoDE ReeeED TRIGGREeeeD ::::::::::::::::::::::::::: ::::::::::::::::::::::::::::::: DesTRUkT PRIOR #1 挨拶するかのようにホームズは右腕を挙げた。やァ。と、右手が不自然に内側に折れると、中から鉛色のソードオフが顔を覗かした。 切り詰めた銃身から、無数の弾丸(ご丁寧にそれぞれの弾丸に切れ目が入れてある)が吐き出されジャックに数えきれぬ穴を穿った。ほどよい細かさの弾丸はジャックの肉を食い破り、減速させられ、決して風穴を作ること無しにジャックの内臓組織を不可逆に破壊した。マジかよ。とこぼれ落ちる声には血が混ざっていた。 こうなっては見物どころではない。残りのロストナンバー達も飛び出し、次々と女王に襲いかかった。倒れているリムーバー達がいつ動きを再開するか気が気じゃない。ジェントルメンもまだまだ残っている。 速攻で終わらせるべく、緋夏は体内の火種を一気に解放し、速射砲のように女王に打ち込んだ。13発の火球は女王の固い甲をなめ回し、翅を焼く。女王が翅を震わせると耐えきれずに、半ばから、根本から、ぽっきりと折れた。地に落とされ怒りを覚えたのか、女王は緋夏に突進してくる。緋夏はとっさに回避しようとするが、散乱するジェントルメンの死体に阻まれ避けきれない。 「どけよっ!」 直線的な動きの女王にチェキータが横から鋭い爪を武器に飛びかかる。頭部の付け根に突き立て、凍らせる。女王は進路を逸らされ緋夏の脇を走り抜けるとそのままホームから落ち、壁に激突した。衝撃でコンクリの一部がはがれ落ちてくる。女王はその場からロデオのように荒れ狂い、チェキータは固い背にしがみつくだけで精一杯であった。落ちた線路で、女王は左右に壁とホームに体を打ち付けチェキータを振り落とそうとする。とっさにギアの凍結能力を氷の鎧で体を覆うことに切り替える。それでも、衝撃の度に、頭を振られ意識が飛びそうになり、作りたての鎧も削られ割れていく。 クロードは走る。 瓦礫の上を滑るように転がり、死体をまたぎ、亀裂を跳び、走る。 「やってくれたねジャック」 およそ100mを走りきると、ジャックはリムーバーの上に倒れ伏していた。軋みを上げモーター音が聞こえる。破壊していいものか逡巡し、黒弾を精製し打ちこんだ。これは呪術的な状態異常を引き起こす能力だ。眠くなれ、いや、バッテリー出力を落とせ。機械に効けばいいのだが。 そして、効果を確認する余裕もなくジャックを抱き起こした。散弾を一つ一つ取り出すのはこの場では無理だろう。 「ジャック。聞こえるか? 自己治癒能力はあったな。止血だけは俺の能力でやってやる」 応急処置を終え、戦場を見渡す。女王にはチェキータがとりついて、緋夏も火炎槍を振るっている。クラウスは女王に加勢しようとするジェントルメン達の前に立ちはだかり、風で押さえ込んでいるようだ。ワトソンは未だに沈黙。 「まずいな。そろそろロストレイル号が来る」 ポケットからトラベラーズノートを取り出し一文を書き足す。あいかわらず戦闘に参加せず後方でふらふらしているジェントルメンがいるな。そうかっ 「クラウスっ! 後ろの奴らを狙え! サボっている奴らだ!」 クロードの叫びに応じてクラウスはホームを駆け抜ける。隙だらけのジェントルメンの触手にカマイタチを浴びせ、隣のほうけている奴にも躍りかかりマジックハンドで触手を引きちぎった。 立て続けに2体のファージを撃破し、振り返ると、女王の所に向かおうとしていた蟻たちの中から2体が隊列を崩してさまよい出た。 『働きアリの2割がサボっているからといって、サボっている奴を取り除いても、また別の2割のアリがサボる。そう言う話しがあったな。助かる。残りはオレが片付けよう』 何度も壁に、地面に、ホームに叩きつけられチェキータの鎧は半壊してしまっていた。かろうじてヘルメットや肩甲は原形を留めているが、肌が露出している部分は打撲擦過傷だらけである。鎧を再生しようにも、緋夏が女王に併走し火を振るっている状況では容易ではない。しかし、ここで手を離してしまっては攻撃の機会が失われてしまう。 ついに緋夏の槍がヴィクトリア女王の角皮を貫いた。内部で火が燃え上がる。堪らずファージは触手を繰り出し、槍を掴む緋夏に迫った。刹那の思考。緋夏は槍を離さないことを選択した。触手は緋夏に巻き付き、軽々と火蜥蜴を持ち上げ地面に叩きつけようとする。 その攻撃に転じた隙をチェキータは逃さない。鎧を解除し蟻の頭部に左腕を巻き付けロックし、反対側の右手の爪を首に突き立てた。鈴から冷気が奔流となる。神経節を凍らせられれば。 ヴィクトリア女王は竿立ちになって暴れるが、強靱な顎は空気のみを囓る。 そして触手が緩んだ一瞬に緋夏は最後の火種を放った。左手に掴んだ槍を軸に女王の上に仁王立ちし、右手に掴んだ触手を引きちぎらんばかりにたぐり寄せる。女王の失われた翅がむなしく苦しげにバチバチと震えた。 闇を切り裂く光臨 「時間だ!」 警笛を高らかに響かせ弾丸列車は走る。 予定を変更し、この深層下りホームにロストレイル号が突進してきた。 まばゆいヘッドライトの中、チェキータと緋夏はヴィクトリア女王を線路にたたき落とそうとする。クラウスがだめ押しの風を吹かせ、ファージが重々しくも宙に舞った。 なにかがへし曲げられる不快な衝撃音と共に、鋼鉄の装甲はファージの女王をはじき飛ばし、線路の間に挟み、哀れなほど細い六本の脚を車輪に巻き込んで引きちぎった。既に液状化し始めている体組織をまき散らしながら、節々からバラバラなった甲殻はへしゃげさせられる。 衝撃で減速したロストレイル号はそのまま走り続け、チェキータ、緋夏、クラウスが次々と飛び乗る。一足遅れて、クロードがジャックを担いで追いかける。 ESPで浮き石を作り、それを伝って駆け抜けた。そして、開け放たれた扉から差し出されたクラウスのマジックハンドを掴む。 『任務完了だ! さっさと帰る』 「スピードを上げろ! リムーバーが動き出す前にずらがるぞ!」 勝利の宣言を警笛に讃え、列車は深遠なる闇へと消えていった。
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