図書館前広場に面した洒落たカフェ――Jours de gloire―― 栄光の日々と言う意味のカフェのオープンテラスは雨の影響もない0世界では絶好の場所で、ロストナンバー達の憩いの場になっている。壱番世界直送の紅茶で有名な店で、広場を眺めながらの優雅なひとときは何物にも代え難い。 もちろん屋内の席もある。 その、しかも柱の裏の暗がりにうらびれたテーブルに陣取る一団がいる。昼も夜も関係なく(実際夜は来ないが)もうかれこれ12時間近く盛り上がっている。……ツギメさん! ビール追加! むっつりしたシカっぽいツノを生やした司書がジョッキをドンとテーブルにおいて、空になったボトルを回収。「そろそろ赤に行きたいな。ワインリストもらえる?」――ホットミルクもう一杯……そこでさ、ちぎっては投げちぎっては投げ「0世界に来る前はゾクのヘッド張ってたんだYO」――壱番世界帰れよ……倒しても倒してもゴーレムが襲ってくるのよ「当然タイマン引き受けるわけYO」……ゴーレム100体倒したところで気がついたのよ。魔方陣の方を――今度セクタン除去係に推薦しておこう「ところがあいつらキタネーからさ。援軍呼んでんの」「ワンパンYOワンパン。トップぶちのめしたら蜘蛛の子を散らすように」……そうやって国を救ったんだよね。それで王子と結婚することになって、カレはまだ元服したばっかりでかわいくてかわいくて。――こっちみんなよ。あんたのタイプはボクかも知れないけど、ボクはババ専じゃないんだ ツギメはマスターに内緒で鼻つまみ者達の柱の裏のテーブルをplace de gloire fane'e(過去の栄光席)と呼んでいる。ツギメが飲み物を持ってくるとめいめいのグラス、ジョッキ、カップを掲げての本日何度目かの乾杯。 全員が一斉に飲み物に口をつけるこの瞬間だけささやかな静けさが店に訪れる。そして、あちっと真っ先にカップから口を離した少年が囁く――じつはボクは元いた世界では、神様だったんだよ
図書館前広場に面した洒落たカフェ――Jours de gloire―― 栄光の日々と言う意味のカフェのオープンテラスは雨の影響もない0世界では絶好の場所で、ロストナンバー達の憩いの場になっている。壱番世界直送の紅茶で有名な店で、広場を眺めながらの優雅なひとときは何物にも代え難い。 もちろん屋内の席もある。 その、しかも柱の裏の暗がりにうらびれたテーブルに陣取る一団 ……正確には3人がいる。昼も夜も関係なく(実際夜は来ないが)もうかれこれ12時間近く盛り上がっている。 ……ツギメさん! ビール追加! むっつりしたシカっぽいツノを生やした司書がジョッキをドンと鰍の前において、空になったボトルを回収。鰍は壱番世界では私立探偵である。だいぶペースは遅くなっているもののピンクの髪をかき上げまだまだイケるようだ。しゃべり続ける鰍の相手を務めているのは地味美人ことシーアールシー・ゼロ。彼女は鰍に相づちを打ちつつも先程からずっとなめているカップの中身は水だ。水と言っても壱番世界フランス、ブルゴーニュ地方から運び込んだワイン畑を流れる極めて硬度の高いミネラルウォーターだ。食料水分の摂取が必要ない彼女であるが、ただで居座るのは店に悪いと言うことで注文したものだ。 三人目の虎部隆は学生らしく初っぱなに飛ばしすぎたのが祟ったのか潰れてしまっている。彼が撃沈してから ……かれこれ5時間ほどが経っていた。時折、虎部の口から「ラ※ラ△ュ△々仝ー」などと名状しがたいうめき声が漏れる。鰍がその頭をこづいて 「なんて言っているんだろうかねコイツは」 「『個人神権委託指定不特定他世界干渉代行員の頃は楽しかったな』と言う意味です」 「ハァ?」 ビールを飲む手を口元に止めて詰問する。 「ええ、個人委託業です。先程の虎部さんのお話に出てきました」 「おいおい、ロストナンバー同士は意思疎通に不自由しないんじゃなかったのかよ。俺にはさっぱりわかんねーぞ」 「ずいぶんお酒をお召しになっていましたのでそのせいでしょうか?」 「ぜってー違うって」 先程、と言ってももう既に5時間が経過しているが虎部は世界図書館の根幹に関わるなにやら壮大な冒険を口にしていた。近くのチェンバーから遺跡のようなものが発見されてそれと関係があるとは本人の弁。だとしたらこんなところで酔いつぶれている場合ではないのだが。 「★シД〇フ?%オヲ§」 「『俺を怒らせたらアレだよ? 滅ぶよ?』だそうです。ゼロは虎部さんのことをコンダクターだと思ってあなどっていたようです」 「いやいや、ぜってーねーから」 今ひとつどこまで本気で言っているのか判断が付かないゼロに、鰍はぐいと顔を近づけて話しを遮った。泡のすっかり無くなってしまったビールをあおる。 「虎部って言ったらこの間、シャーペンの芯飛ばそうとして爪の隙間に刺さって血が出してたじゃん。自分のトラベルギアもまともに使えないんだぜ」 「ターA*〓スウ⌒ハタa"シャ?イ~ウカシャ∞」 「『ちょうどコンダクターモードだから命拾いしてるのよ?』だそうです」 「いちいち翻訳しなくていいよ! だいたいゼロもゼロでアレだろ、枕でまどろんでたら死んだと勘違いされてあやうく霊安室送られかけたことあるだろ」 「確か、あのときは図書館の閲覧室で睡眠に挑戦しようと思ったのです。まどろんでいても辺りの様子はわかるのですが、寝ていれば気付かないはずだと、周りが騒がしくなってもじっとしていたのです」 そのうち意識が希薄になっていき、これぞ睡眠と、文字通り開眼したときには2576時間ほどが経過していたのである。閲覧室では流石にお亡くなりになられたのではないのかと言うことになっていた。そこで想像力のある司書の一人が ……死んだのではなく、冬眠の一種なのでは、息はしていないが体温もあるし、と指摘したために霊安室ではなく図書館の資料保管室に運び込まれたという経緯がある。 「あのときの司書は誰だったのかしら……」 そこに司書ツギメがナッツ盛り合わせをテーブルに追加し「アレは自分だ」と言い残して去っていった。 「ツギメさんだったのですね。そう言えば鰍さん、去年のハロウィン、あれはあれで良かったのでしょうか? 今年も……」 カボチャの頭にかぶせられてハンター気取りに追いかけ回されるとか、その程度は序の口の余興の、語るもはばかられる負の思い出。 鰍にトラウマ的記憶が蘇らんとした。ジョッキに残ったビールを一気に飲み干して、ゼロの声をかき消すように大声で次の注文を入れる。そして虎部が潰れていることを確認してささやいた。 「まっまっ、今日の趣旨はお互いのよく知らない話しをするだから。ねっねっ」 「あらっ、それでしたら虎部さんを起こさないといけませんね」 「いやいや、そういうことじゃなくてデス」 そうこうするうちに虎部が「うっ」と一言発して起き上がってきた。よく冷えたジョッキ並みに、水滴が鰍の顔面に浮かぶ。 救いの主は司書ツギメだった。 「お客様がた。3つ隣の遺跡発掘現場からお呼びだ。お連れ様を引き取っていただきたいとのことで」 さっきまで、ザ・チンピラこと間下譲二も一緒に飲んでいたのであった。彼は虎部と盛り上がり、トイレのついでに遺跡チェンバーを見てくると言い残して出て行ったこっきりである。 仕方がないと鰍が立ち上がると、ゼロも追従した。 「ゼロ、あんたは待っていなよ。俺一人で大丈夫だって」 ところがツギメによると、いささか特殊な状況で女性であるゼロにもきてほしいとのことだ。 結局、ふらつく虎部もあわせて3人で赴くことになった。久々に明るいところに出る。おしゃれな広場から涼しげに落ち着いた路地に下り、目が明るさに慣れてきた頃に問題の区画に到着した。遺跡の周りには布で囲いがしてありちょっとした工事現場の様相である。 中は遺跡と言うよりも世界図書館そのままの造りで、違いがあるとすれば本来図書館にあるべき本が一切見当たらないというところしかない。「遺跡っつーよりも旧図書館跡地って感じだね」一行は待ち構えていたロストナンバーにつかまえられて、譲二がいるという玄室の前に案内された。 「間下譲二が出てこないんですよ。我々では入りづらくて」 扉には赤い字で ―― women ―― と記されていた。 「ええ、この辺まで来たところで気分が悪くなられたようでして、中に駆け込んでしまいまして、それから出てこないのです」 確かに、男性の司書では手出しがしづらい。かといってひどい状態になっているであろう譲二をゼロ一人に任せるのもよろしくない。鰍が逡巡する。 「あー、良かったトイレトイレ」 しかしそこで一歩進み出たのは虎部 (中略) 間下譲二は用を足した後に寝てしまったのである。 「なァ、少しはときめくかと思ったんだけどよォ、女子のいない女子トイレは、ピンと来ねーなァ」 「ゼロさんが介抱しに入ってきたときは女神に見えたね」 「おまえら少し黙れ」 † † † † † † † † † † † † † カフェ――Jours de gloire――に戻ってきて仕切り直し ツギメにしかられた男性陣3人はウーロン茶で小休止となった。ゼロはピスタチオの皮を剥きはじめた。もちろん自分で食べるためではない。手持ち無沙汰なだけだった。 「で、俺がいない間に面白い話しあったんか? 図書館がどうだのこうだのさァ。あァー、思い出した。ゼロ、おめェさんよォ、覚醒したばかりの頃、ここでいきなりでっかくなって世界図書館潰しそうになったって話じゃねェか。俺ンところの若ェもんが必死ンなって止めたって話だぜェ?」 マジかよと虎部と鰍が振り向くと、ゼロがぽつぽつと話し始めた。 「確か、ロストナンバーとして登録すると言うときに、司書に能力を教えて欲しいと言われたのです。能力と言われましてもゼロにとって当たり前のことばかりですし、なにを伝えて良いのかわからなかったのです。そこで、髪が伸びないとか、説明しておりましたら、司書さんに得意なことをやってみせてと頼まれました。ですので、一番得意ですのでまどろんでみたのです。そうすると司書さんが書類で色々作業され始めまして、あ、大きくなることもできると気がつきまして、大きくなってみたのです。司書さんもしばらく黙っていらしたのでいいのかとぐんぐん大きくなったところで、他の司書さんもどんどん集まってきましてわーわーなにか言ってきまして……」 「よく図書館が潰れなかったな」 「潰れたんだよォ。天窓突き破りやがってクソッ。野郎共を呼び出してさァ」 「間下さん、なに司書を手下扱いしているんですか。そういやどっかの病院で、ナースステーションに忍び込もうとしてバレて逃げ出した揚句自転車と激突して入院が延びた人の話聞きましたけど。あれって間下さん?」 話がそれたゼロはミニタマネギの酢漬けを転がし始めた。 「あんだおめェ。あんときゃよォ、ナースステーションにさァ図書館の存亡に関わる秘密があったんだよォ」 「そうです。ゼロは間下さんは自ら真理数と莫大な権力と富を捨て、壱番世界を救う方法を探すため旅立ったと聞いたのです」 「なんか、こうよォ。説明しにきィんだけどさァ。次元ナントカって、アァー! それつけてチャリに乗ってよォ。大昔の0世界に辿り着いたのよォ」 「蓋燃縮合次元遷移装置だね。なるほど、そのような情報操作がなされていたんだ。あれは今から360000……いや14000年前だったか。その0世界で俺とジョージは出会ったんだよ」 「そんな装備でディラックの空を渡ったのですか?」 「ジョージは人の言うことを聞かないからね」 「そうそう、それでよォ。俺様が古代アーカイヴを作ったんだぜェ」 話しを虎部が引き継いだ 「まっあれよ、チャイ=ブレは俺が育てた。涙目世界コ=デラを冒険してナレッジキューブを作る方法を見つけたんだよ。そこから全てが始まったんだよ。その時にヤバそな黄金の小さいピレカンテを持ち帰ってね。ちょっと目を離すと時間が変わっていて絶対何か秘密があるよ。どこいっちゃったのかなあ」 「あんころはよォ。ツーリストと言ったらカワイイコチャンばっかりでな。ええェ時代だったわ。俺様のファンクラブもあってさァ。各世界から美女をよりどりみどりよォ。で、一番役得だったんはオンセンガイを救った時よォ。でもよォ、0世界につれて帰れねーしなァ」 「オンセンガイ?」 「確か、インヤンガイは暴霊の封印が解かれるまではオンセンガイと言う平和な世界だったのです。インヤンガイの暴霊も間下さんならきっと解決してくれるのです」 「そういやジョージさ。図書館で見たけど、女の子の着ぐるみ着て地球に潜入してる宇宙人でしょ? 1万年以上気になっているんだけどさ、ホントはピレカンテにボイドスしてメニョニシンになったんでしょ? その時のルップス見せてよ!」 「そうだったのですか、ゼロは間下さんはただ者ではないと思っていました」 「ねーよ、だいたいメニョニシンってなんだよ!」 「『金河系特務執行大使』と言う意味です」 「だからなんで翻訳できるんだよ!」 淡々と応えるゼロの端正な顔を虎部が凝視すると、突然に鼻の穴を膨らませて興奮しだした。立ち上がりゼロの肩をつかむと叫んだ。 「兄貴!? 兄貴だろ? 何してたんだよ今まで! そんなになっちゃってさあ! 館長も帰ってきたんだよ? ファージング現象? セミディアスポラ? 世界を救う手がかりになるかもしれない! さあ館長のところへ!」 「思い出してきました。確か、蓋燃縮合次元遷移装置の誤作動でセカンドディアスポラを引き起こして前いた世界に流れ着いたのです。ええっと、虎部さんはゼロの弟と言うことですので、虎部くんとお呼びした方がよろしいのかしら」 いじっていた酢漬けを虎部の口に押し込む。 「それを言うなら隆くんだろ!」 「古代アーカイヴにいた頃の虎部くんは恋愛小説を執筆されたことがありまして、挿絵もご自身で描かれたのです。実はゼロの姿はそのヒロインがモデルなのですよ。読者は皆、胸がキュンキュンするあまりに心臓が停止しそうになったり、すばらしい花畑の幻覚を見たりして大変危険な故、世界図書館の奥へ封印されたと聞くのです。ゼロの影が薄いのもその封印のせいなのです」 一同しゃべり疲れてまったり無口になっていた。心配になったのかツギメが様子を見に来ると鰍がずいぶんに憔悴した顔を上げて提案した。 「じゃ、そろそろ落ち着いた酒にいきますか」 「カルヴァドスで」 リンゴがつけ込まれた蒸留酒には梨も原料に用いられている。甘くけだるい香りが鼻に届くと落ち着いてくる。鰍にとってはとうてい信じられない話しばかりで、相づちを打っているだけで神経がすり減る。一息ついたところで間下譲二が話を振ってきた。 「おめェさんよォ、探偵なんだって? なんでも美人に仕事頼まれた上に惚れられて、地球の裏まで逃げてったって話じゃねェか。羨ましいなァ、おい? もっとも、50年前の美人で更に五つ子だったって話だけどよォ?」 「えっ、いや、セヴァンさんはいまでも美人ですよ。結局五つ子だと言う姉妹にも4人までしか会っていませんし ……ん、セヴァンセヴァンあれ、気のせいか。 それ以外はあんまり探偵らしい事件とか遭遇していないんだよねえ…… あ、そうそう誰も開けられなかった金庫を開けてほしいって頼まれたことあるんだけどさ、いざ開けてみたら金の瓢箪がいっぱい出てきたのな。 豊臣秀吉の残したお宝だ―とか言ってたけど、…アラビア数字の錠があの時代に在ったわけねえよな」 カルヴァドスを多めに口に含んで思案する。強烈なアルコール臭が鼻を抜けて舌を焼いた。 「あー、そりゃ俺様が埋めたお宝だぜェ。金の瓢箪ってェんそれが、えっと何だったかなァ……」 「間下さんが虎部くんからもらったピレカンテですね」 「鰍さん見つけたんだ。マジで!? ……うわーなつかしー」 ダンと言う鉄砲を撃ったような音が鳴り響きその場が静まりかえった。鰍がグラスをテーブルに叩きつけた音だ。 「おまえら、もう少し普通の話ししてくれよ。ついて行けねーって」 そして、そのまま鰍はテーブルに突っ伏した。グラスが倒れ、濃い液体がテーブル流れる。虎部がおしぼりでこぼれた酒をぬぐい、ゼロが鰍の背中をさすり、場を沈黙が支配した。ただ一人、間下譲二だけが空気を読まずにちびりちびりと蒸留酒をすすり続けている。やがて嘆息すると、グラサンをくいと下げて眼光を直接光らせた。 「虎部ェ、俺わァな。貴様に恨みがあんのよォ。おめェさんよォ、メイド喫茶で女装してバイトしてたンだってなァ? 仲間内のの罰ゲームってかァ? 名前は『みるく』ちゃん。テメバカヤロチクショウッ! 俺ァ、みるくちゃんのファンだったんだよッ! まァさかァ人違いったー言わねェよな」 名指しと言う不意打ちをうけた虎部は思わず固まってしまった。自白したも同然である。だがこの男、開き直るのもはやい。 「あ、あははは、ジョージ良く指名してくれたよな。ははは。思い出さないでくれよ」 困惑気味ではあるがどことなく嬉しそうでもある虎部であった。 「女装と言えば、鰍さんの魔女っ娘姿のことをゼロは気に入っています」 「えっ、鰍そんなことあったん? 今度、俺と勝負する?」 だらしなくテーブルを枕にしている鰍が目を半開きにして、抗議しようとしていたが、それを承諾と受け取ったのか虎部がさらに何かを思い出したようだ。邪悪な笑みを浮かべてたたみかける。 「前の年越しのBIBでツーリストの能力でゲル化したらしいじゃん? どうやって戻ったの? あれからというものカジカジカジカ…… 何回言えばいいんだっけ? 久々に覚醒めてよ!」 「くけけけ、おいィ、鰍、てめェ。『火事』って百万回言ってみな」 「ゼロは聞いたことがあるのです。壱番世界の早口言葉大会。 5分間で自分の名を1万回近く唱え、制限時間が終わるころ、衆人環視の中会場から謎の消滅。未公認だが不破の記録を立てた人物。その名が『か○か○か』だったそうなのです」 飲み会にいればウーロン茶だけで酔っ払える人間はいるが、なにも飲まず食わずにと言うのも珍しい。場の空気に当てられるというべきか、満面の笑みを浮かべゼロは立ち上がり叫んだ。 「再現してみるのです!」 そして、あらんかぎりのこぶしをこめて鰍のフルネームで早口言葉。虎部と間下は冷や汗を浮かべながら一心不乱に二文字あるいは五文字を繰り返し唱える女を見上げていた。やがて、彼女の声に重なるような響きが重なった。何かが徐々に起きようとしている。が、数分後、ハウリングとともに衝撃波がはしり、ゼロは舌を強く噛んで停止した。 「鰍さんの本名ひゃ、強いちかりゃを持つ言葉なのれす。ゼロもみたりに口にしないようにするのるぇす」 その瞬間、雷鳴と共に鰍が起立し神聖五文字KJKJKを絶叫した。 そして、彼は0世界から放逐された † † † † † † † † † † † † † 「あーァ、遺跡の様子ァ見にいかねェ」 「ゼロもご一緒します」 「古代アーカイヴにゃさ、同業者にうるさい位よく喋る金色の女がいてね。生傷の耐えないじゃじゃ馬さ」 「あーァ、いたなァ」 「そいつとチャイ=ブレの秘密に迫ろうとして逆に食われて今に至るってわけよ」 「色々あったのですね」 † † † † † † † † † † † † † 鰍は何もない暗黒の空間を漂っていた。落ちているのか昇っているのか留まっているのかもわからない。空気も存在しないと認識されるが不思議と息苦しくない。 酔いはやがて醒めた ――ここでトイレってどうなっているんだろう。まっ、したくなってから考えるか 0世界に戻る方法はあまりに明白であったが、その方法を実行することには強いためらいを感じる。 ――まっ、どうしても帰りたくなってからでいいか ――あんまり良い思い出もないしな
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