クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-11855 オファー日2011-08-22(月) 20:56

オファーPC リエ・フー(cfrd1035)コンダクター 男 13歳 弓張月の用心棒
ゲストPC1 アラム・カーン(cutp9925) ツーリスト 男 87歳 祖父

<ノベル>

 インヤンガイの大半を占める仰々しく飾り立てられた喧騒を抜け、いくつかの小路を抜け出た先に、存外に知られてはいないものの喧騒とは離れた静かな路地が幾筋か通じている。それが果たして暴霊と呼ばれるものによる影響によって作られた幻の空間であるのか、あるいは喧騒から忘れ去られ幾百年の歳月をひっそりと取り残され続けてきただけの場所であるのか、それは定かではない。白壁に囲まれた住居と、隙間を縫うように通された水路。突如として広がる小さな空間には染布らしきものが干され風に揺れている。
 日はとうに沈み、夜空に架かる月も瞬く星も見当たらない。暗色ばかりを押し広げた空の下、まるで招いてでもいるかのように水路脇に立つ細い枯れ枝に灯篭が点々と提げられ、ゆらゆらと頼りない光を落としていた。
 水路が途切れたそのすぐ奥に、あばら家と呼ぶに相応しい見目の屋敷が一軒、ほとりと静かに建っていた。きいきいと風に揺らぐ格子扉もまた灯篭の灯と同様、まるで早く中に入れと言わんばかりの有り様だ。

 リエ・フーとアラム・カーンのふたりがこの屋敷へと辿り着いたのは他ならぬ「偶然」だ。インヤンガイに立ち並ぶ飯店の中で「たまたま」目についた小さな店に立ち寄り、その店内で杯を共にしただけのことだった。決して示し合わせ席を共にしたわけでもない。が、そこで酒に酔いつぶれた男の、真実とも戯言ともとれる語りを揃って耳にしたのも、あるいは「たまたま」「偶然」のなせるわざだったのか。
 酒につぶれ呂律すらままならなくなっている男は引き上げられた蛸のようになり台の上に上半身を預けた姿勢で、けれど痩せこけた顔の中、眼光ばかりが不気味にぎろぎろと忙しなく動き回っていた。
 ――いわく、どうやら彼は裏寂れた路地の奥にある廃墟を訪れ、命からがら戻って来たのだという。共に廃墟を訪れた友人は男の目の前で廃墟の女主人によってとり喰われたのだ。生きたままに皮を剥がれ噛み砕かれる苦しみに絶叫していた友人の声を尻目に、男はただの一度も振り向かず魂の限りに走り続け廃墟を後にしてきたのだという。耳にこびりつき離れない恐怖の叫びを振り払うように、男は幾度も酒を浴びては身を震わせた。
 ああ、その女の噂なら聞いたことがあるぜ。他の男が顔をあげた。
 ――いわく、その廃墟の女主人は訪れた客人に物語をひとつ要求するのだという。女主人を喜ばせる、愉快な話を供した者には謝礼がもたらされるが、逆に彼女の不興をかった者は見返りとして命を喰われるのだ、と。男はそう言って面白げに肩を揺すった。おまえがからがら逃げて来れたのは、おまえが供した話が女の気に召したからだろう。謝礼はどんなものだったんだ? 金か? 女か? いずれにしても羨ましい限りだ。俺も行って彼女を喜ばせてみるか。どんな話を語ったんだ? 教えてくれよ、なあ。
 男はそう笑いながら、酔いつぶれながらも身を震わせている痩せこけた男の肩に手を置いた。瞬間。痩せこけた男は肩に置かれた男の手を両手でわしづかみ、食いついたのだ。男の絶叫が狭い店の空気を揺らす。引き剥がされた痩せこけた男の口には噛み千切った人間の肉がみとめられ、声をかけた男は激痛に床を転げ悲鳴をあげた。周囲の者たちは、けれどさほどの衝撃など感じていないのだろう。少しばかりざわついたものの、我関せずといったふうにおもいおもいに酒の席を続け始めた。
 その中で、リエとアラムだけは好奇を双眸に宿し、頬をゆるめ互いの顔に視線を向けた。
 おそらく、女主人がもたらす謝礼とは“狂気”。例え喰らわれずとも、謝礼を受けたのならばそれより後を健全たる心身のままでは長らえることは出来ないのだろう。絶対的な恐怖。女がもたらすのはただその一点のみなのだ。

 そして今、リエとアラムは廃墟の中にいる。容易に踏み抜く事の出来そうなほどに湿気た板張りの廊下を進み、放置され風雨にさらされ荒れた庭を横目に、やがて広がった一室の中へと歩みを入れたのだ。
 その一室は、漂う空気こそじっとりと重く湿っているが、しかし過ぎてきた他の部屋に比べればずいぶんと美しく整えられている。とは言え調度品などが多く飾られたりしているわけではない。部屋の隅に鋳鉄の灯火台が置かれ、湿った空気をちろちろと舐めるような小さな火が揺れている。目立ったものといえば部屋の奥座を隠すように天井から提げられた竹製の御簾だろうか。その向こうにも小さな火が揺れているのが見える。そしてその小さな火影が、御簾の向こうに坐している何者かの姿を暗く照らし出していた。
「おねえサンの噂を聞いてきたんだけど」
 影から察するに、御簾の向こうにいるのはただひとり。果たしてそれが“女主人”なのかどうかはわからない。しかし気にとめるでもなく、リエは満面に人懐こい笑みを乗せて首をかしげた。そうすることで自分が年相応の無邪気な少年に見られがちであることを、リエはよく理解している。
「おもしろい話をしたら褒美がもらえるんだろ? オレが話し手でこいつは奏者。ふたりでひとつの話を語る、っていうのもあり?」
 リエの言葉に続くように、アラムは抱え持つサロードを爪弾いた。湿った空気の中、サロードは深く重い音色をもって唄う。
 火影がゆらりと揺らめいた。
「かまわぬ」
 艶を帯びた女の声音が応えた。やはり御簾の向こうにいるのは噂の主なのだろう。「どうも」リエは軽く礼を返すと、磨かれた床の上に腰を落としあぐらをかいた。そのすぐ右後ろにはアラムが同じようにあぐらで座り、にこにこと楽しげな笑みを満面に貼り付けている。リエの視線が自分に向けられていることを知ると、アラムは笑みの形を描いている目をさらに細めて三日月の形を描き、「ほな、始めまひょか」そう告げるが早いか、弦の上に置いた指を思うがまま動かした。
 アラムが紡いでいるのは即興で生み出している曲だ。タイトルなどもたず、あるいはリズムも一定でなくなるかもしれない。アラムはただ楽しげに音を爪弾いているだけ。その予測出来ない曲を耳にして、リエもまた楽しげに頬をゆるめ視線を御簾へと戻した。
 さて、しかし、何を語ったものか。寝物語に用いるような物語ならば様々を識っている。女の顔さえ見られるのならば、女がどのような物語を趣向とするのか、大体を察することもできるだがしかし、相手は御簾の向こうだ。顔色を窺い知ることも出来ない。
 くつくつと小さく喉を鳴らしてから、リエはサロードの唄に合わせるように口をひらいた。

 あるところに斧を失くした男がいた。男は隣家の息子が斧を盗んだのではないかと考え、それから彼の様子を注意深く観察するようになった。なるほど、その歩き方や挙動はいかにも怪しい。さらによく見れば、彼の顔つきや喋り口調もまた盗人のものに思えなくもなく、そう思い始めると隣家の息子が斧を盗んだ泥棒であるとしか思えなくなってきた。
「それで、男は隣家の息子を糾弾したのさ。当然、隣家の息子は否定する。けれどもう彼が泥棒だとしか思えなくなっている男は逆上して隣家の息子を殺しちまうんだ」
 しかし後日、男が山のくぼ地を掘っていると、失くしたと思っていた斧が土中から姿をあらわした。くぼ地は男が以前に掘っていた場所だ。失くしたのではなく、自分がうっかり土中に沈めてしまっていただけだったのだ。
「これはある国の古い故事でね。オレはこういう話しか知らないんだ。――ダメかな?」
 再び、今度は御簾の向こうの女の機嫌をうかがうようなそぶりで口をひらく。
 女の声は再び応えた。「かまわぬ、続けよ」

 その国には、もともとは驢馬はいなかった。物好きが他国に渡ったおりにこれを目にし、面白がって自国に連れて戻ってはみたものの、何という仕事が出来るわけでもない。役に立たない驢馬に辟易とした彼は、ついには山の麓に驢馬を捨ててしまう。
 これを目にしたのは山に住む虎だった。虎はそれまで目にしたことのない驢馬の体が大きいのに驚き、林の影に潜んでしばらく様子をうかがった。しばらくして体の大きさにも慣れた虎が驢馬に近付いてみたところ、驢馬が一声いななきをあげた。それに驚いた虎は遠くまで一目散に走り逃げた。驢馬の鳴き声の奇妙さに、喰われてしまうのではと考え恐れたのだ。しかし追ってくるわけでもない。再び驢馬のもとへ戻り様子をうかがい始めた虎は、どうやら驢馬にはこれといった特技がありそうなわけでもないことに気付いた。鳴き声も慣れてしまえばどうということもない。しばらく驢馬の周りをまわりながら様子をうかがい、ある日ついに驢馬の体にぶつかってみた。驢馬は怒り虎を蹴り上げたが、虎は恐れるどころか高笑いしながらこう述べた。おまえの持つ技はこの程度のものなのか。
「虎は驢馬に襲いかかって喉もとを食い破り肉を喰らい尽くし、満足するとその場を後にした、っていう話さ」
 流れるような口調でさらさらと故事を語るリエの声に、アラムの奏でる音が折り重なり、まるでそこに不可視の絵画があるかのような空気が満ちる。
 リエはさらに休むことなく故事を語り続けた。教訓めいたものを付加して語るでもなく、ただ淡々と、古い物語を紡ぐような口ぶりで。
 やがて火影がゆらゆらと大きく揺れ始め、どこからか流れ込んできた夜気が一筋の風となって御簾を揺らした。――否、御簾を揺らすのは他ならぬ女主人の細腕だった。
 降り積もった雪を思わせる、真白な旗袍を身につけた女が御簾を押しのけ顔を覗かせた。刹那、リエの口が語りを止め、アラムの指が弦を弾くのを止めた。
「ああ、こりゃあかん」
 音を爪弾くのを止めたアラムは、しかし笑顔はそのままにゆったりと首をかしげて言葉を継げた。
「あんさん、もう死んどるね」

 果たして、御簾の向こうから姿を見せた女主人は白々としたしゃれこうべだった。骨ばかりの身に着物をかぶせただけのその風貌は、ある面ではどこかユーモラスですらあるように思える。
けれども全身を覆う白に反し、カタカタと鳴る口蓋は、染み付いた赤黒い何かによって彩られていた。赤黒い何か――それが何であるのかは明白だ。リエの口が片端を吊り上げ歪んだ笑みをのせる。アラムはこめかみの辺りを軽く掻きながらゆるゆると再び言葉を落とした。
「まさかとは思うが、あんさん、自分がもうとうにのうなっとることに気付いてへんのか」
 アラムのその言葉は、しかし、女の耳には届いてはいないようだ。
「わらわはもっと聞きたい。もっと、もっと……」
 うわ言のように繰り返しながら、女は奥座を降り板張りの床の上に躍り出て、両腕を伸ばし何かを捜し求めるかのような足取りで、ほどなくリエとアラムのすぐ傍にまで辿り着いた。そうしてぽっかりと空いた眼孔で、リエの顔をしげしげと確かめるように検め始めたのだ。
「おまえは……おまえは誰じゃ」
 ひとしきりリエの顔を検めた後、今度はアラムの姿に眼孔を向ける。
「なんだ。あんた、誰かイイ人のことでも待ってんのかい」
 言って、リエはゆっくりと立ち上がる。女の顔が弾かれたようにリエに向き直り、そしてその瞬間、湿った空気が一息に冷たく凍りつくようなものへ変じた。
「おまえは」
「あいにくだがオレらはあんたが待ってるヤツじゃあない。さすがのオレも、骨を気持ちよくさせてやる術なんか持ち合わせちゃいねえしな」
 凍りつくような空気の重さを気にとめるでもなく、リエは冗談めかして肩をすくめた。
 瞬間。
 金属を引っ掻いたような音が空気を揺らし、風が渦を巻いてリエとアラムを包囲した。

 口惜しや
 わらわを捨て置き戻らなんだあの男
 赦さぬ、決して赦さぬ

 金切り音は女の叫びだった。渦巻く風の中、女の遠い記憶が途切れ途切れに映し出される。
 かつては栄え賑わっていたこの屋敷。その主人であった女は、けれど生まれつき身体が弱く臥せりがちで、そのためもあり縁談にも恵まれず、屋敷は少しずつ衰退していった。
 ある年にこの屋敷を訪れたのは年若い楽師だった。楽師は臥せりがちで気落ちしていた主人の心を慰めるためにと心を尽くした侍女のはからいによって招かれたのだが、やがて主人は楽師に心を惹かれ、ふたりは男女として愛し合うようになった。
 恋人は夜毎にあらゆる話を語り聞かせてくれた。それは楽師が旅してきたあらゆる土地での出来事であったが、そもそも外界に深い縁を持ったことのない主人からすれば、どれもが充分すぎるほどに魅力的なものだった。男の語りを聞き眠ることで、女は訪れたことのない土地を旅する夢を得ていたのだから。
 けれど幸福なときは長くは続かなかった。
 楽師はあろうことか自分を招いた侍女と密かに心を通わせ、ある夜、女が寝ている間に屋敷を出て行ったのだった。
 翌朝目覚めた女を貫いた絶望の深さは、果たしてどのような語り部であったならば語り尽くせただろうか。絶望の内に病に臥した女はそのまま常世の理を外れて死者となり、そして丁重なる埋葬を施されるはずだった。けれど絶望の深さが女の心神を触れさせたのだろう。言動が狂気を帯び始めた主人に恐れをなした他の者たちもまた、次々に主人を捨て屋敷を後にしていたのだ。死した後の主人を埋葬する者などひとりとして残ってはいなかった。彼女は床の上に棄てられたままに朽ち、虫どもに食まれ、液状化し、そして虫すら寄り付かぬ骨ばかりの体と変わり果てたのだ。

 狂気に落ちた女は怪談を生み、皮肉なことに結果的には再び屋敷に人が訪れるようになっていた。が、女はすでに狂気の徒。楽師だけを求める執念の塊となり果てていたのだ。

 白骨は金切り音と共に肥大化し、ついには天井に支え腰を屈めるほどにまで変じた。がちがちと口蓋を鳴らしながら、穿った暗い眼光でぐるぐると周囲を見渡す。
「わらわは、わらわはもっと、もっと」
 言って、女は再び叫ぶ。空気が再び重くなり、やがてびりびりとした刃にも似た風を生み出した。渦巻く風は、今や触れたものを瞬時にして砕く風刃となっていたのだ。
 ――やれやれだな
 リエが言葉を成すことなくかぶりを振る。
 この女はもうすでに暴霊と化している。調伏しなければ屋敷を出ることさえかなわないだろう。
 小さな笑みを浮かべ、リエはペンダントに触れた。
 次の瞬間、床に浮かび出たのは大きな大極図だった。
「面白そうだから来てみたけど、あんたをどうにかしなきゃ帰れそうにないしな」
 悪いね。リエの言葉に連動するかのように、大極図から激しい焔が沸きおこる。
「そうみたいやなあ。ごめんなあ」
 アラムも続いて口をひらくと、サロードの弦を再び爪弾いた。紡がれた音はアラムの意思に沿う武器となり、リエが生み出した焔と織り交ざって女の眼光を、口蓋をそれぞれに一閃する。
 女の叫びが響いた。地鳴りにも似た揺れが起こり、金属を引っ掻くような声が空気を震わせ、ひとしきり渦を巻いた後、すべてが同時に途絶えた。
 耳の痛くなるような静寂。
 灯火台では今にも消えてなくなりそうな小さな炎が揺れている。板張りの床は容易に踏み抜くことが出来そうなほどに湿気っているし、倒れた御簾はぐずぐずに朽ちて腐っていた。そしてその向こうには寝台と呼ぶには程遠い状態のものがわずかに残っている。
 白骨は床の上、どこかへ這い向かうような形になり伏していた。涙など流すはずのない眼孔の中からは一筋の雫が垂れている。

 ――わらわは
 もっと、あの人の話を聞きたかっただけなのじゃ。あの夜に途絶えた話の続きを
 どうか、聞かせておくれ

 女のため息にも似た呟きが風にのり耳に触れる。
 ああ、なるほどなあ。呟いたリエの横で、アラムは変わらず笑みを貼り付けたまま、再びサロードを持ち上げた。
「自分に出来るんはウソを見せてやることぐらいやしなあ」
 楽師が語った物語の続きは、楽師にしか知れぬこと。けれど女がそれを望み彼岸に渡ることが出来ずにいるのであれば、せめて虚構を作り餞として手向けることで、送り出すことができるのかもしれない。

 弦の音が夜気にのり広がる。
 女はもうすでに何も語らない。白骨はゆっくりと砕けていき、風にのりどこかへと消え去っていった。 

クリエイターコメントこのたびはご発注まことにありがとうございました。
お届けまでお時間いただいてしまいましたこと、まずはお詫びいたします。

ホラーを書こうと思って書いたのは、じつはとても久しぶりでした。ここしばらくホラーを書いていませんでしたので、どうだろう…お気に召していただけるだろうかとドキドキしながら、お届けさせていただきます。

お楽しみいただけましたらさいわいです。
それでは、またのご縁、お待ちしております。
公開日時2011-12-26(月) 22:00

 

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