オープニング

 ラッキーはわき腹から燃えるような痛みを覚えて意識を取り戻した。そっと目を開くと、傍らには白藍がぐったりと倒れている。
「ここは? ……!」
 自分たちは猛スピードで移動している!
 つるつるの肌に尾ひれ……がじぃん、がじぃいいん、がじぃいいん「こわしちまえ、こわしちまえ、こわしちまえ、こわしちまえええええ!」……しゃがれた声と噛み砕く音。それは男なのか、女かは不明であるが鮫であることだけは見ていればわかった。それも口がでかいのだ。二メートルの白藍と成人男性のラッキーを背負って地面のなかを泳ぐように、口を開いて、地面を齧りながら突き進んでいる。
その傍らバイク音がして見れば無人のバイクが入り組んだ地面を走っているといきなりそれがぐにゃりっと歪むと上半身には女の姿になると片腕を伸ばし「いくぞ、いくぞ、いくぞぉぉおお!」――なんと、片腕がぐにゃぐにゃと変化し、ライフルとなると発砲した。
「後ろに? ……なっ!」
 ワームだ。
 それも二体、三体……二メートルほどの真っ白い芋虫姿に人の手足がついたグロテスクなものが猛然と追い掛けてくるのに発砲したのだ。しかし、それは攻撃とは違い、追い掛けてくるワームが脇に逸れるのを防ぐためのものだった。攻撃されたワームは怒り狂ってさらに加速して追い掛けてくる。
「この方向、もしかしてワームをターミナルにぶつけようとしている?」
 恐ろしい考えにいたり、ラッキーは蒼白となった。たぶん、あのワームたちは自分たちの血の匂いにつられてきたのだ。
 なぜ旅団員と戦っても生きているのか、彼らの目的がこれだからだ。この場にいない金星、朱洛のことは気になるが、それよりも今は仲間たちに連絡するのが先だ。
「それに、白藍の怪我は深すぎる。このままほっておいたら死ぬかもしけない」
 瀕死の状態である白藍を今のラッキーでは治療はできない。ただ出来るのはノートから救援を乞うことだけだ。

☆ ☆ ☆

「今回、樹海の探索にあたった部隊が全滅させられ、そのうち、ラッキーと白藍から連絡がはいった。樹海に逃げた旅団どもはここにワームをけしかけるつもりらしい」
 ことのあらましを説明した黒猫にゃんこ――黒は憂鬱な顔をした。
「旅団にしても、いまはワームを操ることはできないから、かなり危険なことだが、樹海に隠れたままではいずれは飢えて死ぬしかない。それくらいならここでターミナルともども巻き込んで自害する気持ちなんだろうよ。ふん、迷惑なつやらだ。なんとしても阻止してくれ。方法は任せるが、ワームは必ず殲滅しろ。……こんなことをする奴らに説得が通じるかは正直わからんが、無力化の方法についてはお前たちに任せるが、くれぐれも油断するな」

品目シナリオ 管理番号2244
クリエイター北野東眞(wdpb9025)
クリエイターコメント!注意!【世界樹旅団残党】愚者のサーカス と同じ時間軸なので、両方への参加は避けてください。

 今回は残党狩りです。それも、彼らは今現在、樹海を猛スピードでワームを三体ほど連れて移動しながらターミナルに突っ込もうとしています。必ず止めてください。

◆鮫の化物
 ラッキー、白藍を背中にのせて、下半身は地面にもぐって、大きな口ですべてを食べながら移動中。むろん、地面のなかに潜ることもできます。ただし上に乗せているものまで一緒に潜ることはできません。攻撃は牙と突撃、地面からの不意打ち。

◆バイク女
 鮫の化物の傍らにいます。バイクですが、ときどき上半身を出してワームを片手のライフルで攻撃して注意をひいています。鉄類に関するもので変身することが出来るようです。攻撃はスピード重視の己の体の一部を武器に変化させての中・長距離

◆ワーム三体
 二メートルほどのもので、白い芋虫みたいなのに四つの手足がついて樹海を疾走中。

 今回は、ラッキーから場所についてはある程度の指示があるので探索する必要はありません。ただし敵とワームは猛スピードで進んでいるので、どうやってそれを止めるか、または追いつくかが重要なポイントになります。

参加者
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
ヒイラギ(caeb2678)ツーリスト 男 25歳 傭兵(兼殺し屋)

ノベル

 樹海に入る前にジャック・ハートは確認するように集まった仲間――金色の髪に青いドレスのリーリス・キャロン、がっしりとした体格に頼りがいのある風貌の百田十三、三白眼にメタルフレームの眼鏡が印象的な煙草をくわえたヴァージニア・劉、長めのショート髪にゆったりとしたチャイナ風の衣服に身を包ませたヒイラギとバラエティ豊かなメンツを見た。
「確認なンだが……転移できるのは俺とヒイラギ、出来ねェのが劉、リーリスと十三ッて理解でいいか?」
「ええ。ただし俺の場合は視線が通った場所だけですが」
 ヒイラギが穏やかな声で言う。
「はーい。リーリスできませーん」
「俺もだ」
 劉は黙って小さく頷く。
「フーン、そォかヨ。十三や劉は待ち伏せかァ?」
「……高速で並走する手段がないわけではないのだが、ワームをこちらに来るように促してもらえるとありがたい」
「しッかし、どうやって予測するヨ」
「ワームと敵の場所ですが、ラッキーさんからの情報を元に俺が千里眼で見れば場所はわかります。そのあとはっきりとしたルートの予測は……十三さんが? では宜しくお願いします。はた迷惑な方々をはやく止めましょう」
 何度か共戦をして互いの手の内がわかあっているジャックと十三、それにヒイラギが積極的に会話にくわわる。
「随分と積極的だな」
「……主の住まいをこれ以上壊されたくありませんから」
 十三にヒイラギはさらりと言い返す。
「めんどくせぇ。リーダーぶるやつがいてよかったぜ。っーか、座るところねぇな」
「おじちゃんめんどくさいのぉ?」
 腰を落して愚痴る劉にリーリスはにこにこと笑いかける。劉はめんどくさそうに頭をぼりぼりとかいて眼鏡のレンズ越しにリーリスに胡乱な視線を向けた。
「誰がおじちゃんだ、お兄ちゃんだろう」
「えー。おじちゃんでしょー? ジャックのおじちゃんだしぃ、十三のおじちゃーん、で……ヒライギのお兄ちゃん!」
「……どういう基準だよ、それ」
 一応、十三以外、みんな二十代である。どうも「おじちゃん」と呼ぶ基準はリーリス本人のなかにあるらしい。
「すいません、作戦を決めるというのでお二人とも話しあいに参加していただけませんか?」
 ヒイラギが歩み寄ってくるのにリーリスはささっと劉の後ろに隠れて、ちらりとヒイラギを見つめてにこっと微笑む。
 そのとき彼女の紅色の瞳がひときわ強く輝いていることに気がついた者はいない。
「んふふ、劉のおじちゃん、手、つなごう? ねっ」
「お断りだ」
「あーん、そんなこといわないでぇ。リーリスのおねがーい」
「オイ、なに遊んでんだヨ!」
 ジャックが吼える。
「はぁい」
「……へーい」
リーリスはスキップして、そのあとをのろのろと劉は進む。
「俺とジャックさんは転移能力がありますから……俺が千里眼で敵の位置を見て、二人で向かいます。人質を救出後、敵が待ち伏せる場所に行くように空間を歪めます」
 ヒイラギの説明に劉はふぅんと頷いた。
「このメンツから見たら、オレは普通の人間だからな。あんたたちが敵を突っ込ませてくれたら、あとは好きにするぜ」
 そもそも蜘蛛は敵を追いかけて動くよりは待ち伏せする生物だ。
「人質のことは頼むぞ?」
「はいはーい! リーリス、人質を助ける! だってぇ、ここで他の人を治癒できる能力があるのってリーリスだけでしょ? 人質を治癒してぇ、それでターミナルに逃げようと思うの。だってね、今聞いて思ったけど、今日は似たような能力を持つおじちゃんたちがいっぱい居るから、リーリス、手を抜いてもいいよね?」
 リーリスが可愛らしく首を傾げる。
「やだぁ、もう、おじちゃんたち、目がこわーぁい。おじちゃんって呼ぶのがだめなの? それとも仕事に手を抜くっていうの? やだぁ、手を抜くのはじょーだんよぉ? ただね、リーリスは転移の能力ないから、誰かが連れてきた二人を治癒して逃げたほうがいいと思うの。だって、敵はすごく早いんでしょ? そんなのと並走して治癒するのは難しいし、か弱いリーリスだとすぐに怪我しちゃって、足手まといになっちゃう!」
 赤い目をぎらぎらと輝かせるリーリスは何度となく同じ依頼をこなしているジャックと十三の意味ありげな視線も当然のように無視する。
「ん、ふふ、やだぁ。おじちゃんたち、じぃとリーリスを見てへんなのぉー。さー、はやくしないと人質が大変よ? 急ぎましょ!」

「なぁ、あれ、ああいうのなのか?」
「この場合、こちらのお二人のほうが詳しいのでは?」
「……」
「アイツは見たまんまダヨ」


「もう、おじちゃんたちばっかりなかよしして! リーリスももちろんいれてくれるよね?」
 リーリスは素早く劉に目標を定めて、その腕に飛びついた。
劉は思いっきり顔をしかめて救いを他の男たちに求めるが、ジャックと十三は即座に切り捨てるように首を振った。ヒイラギにいたっては笑顔で手を振っている。裏切り者どもめ。
「ヒイラギお兄ちゃんのところいけよ」
「えー、リーリス、はずかしい!」
「……オレはいいのかよ」
「うん!」
 がくっと劉は俯いた。
「いや、べつにさ、気にしねーけどさ」
「あ、そうだ。リーリス、気になってたんだけど、みんな、旅団の人たちどうするの? 生きたまま捕まえるの?」
 劉は眉根を寄せた。
「説得? あんたたちやんのは勝手だけど意味ねーと思うぜ。コイツらはコイツらの狂った信念を貫いてんだ、今更正論が通じるかよ」
「本気で死にてェ奴を生かすほど優しかねェヨ、俺ァ」
 ジャックが牙をむき出して笑うのに、十三は渋顔で静かに頷いた。既に覚悟はしているのだろう。
「生かしたままというのは難しいと思います。それに俺はターミナルが無事であることと自分が生き残ることを目的に動きますから、手は抜きません」
 ヒイラギも断言する。
「ふーん、みんな、そのつもりなんだー。わかった。リーリスは直接前に出ないから、おじちゃんたちのしたいようにしてね。けど、みんな、無事じゃなくちゃいやよ? んふふふ」

「ったく、アイツがいると調子狂うゼ。オイ、十三、ワームを呼び寄せる方法は決めてンのか?」
「いや、……血で呼び寄せられるならば、俺自身の体を少しばかり傷つけておけばいいと思っているが」
「そっかァ。ヨシ、ンじゃ十三、テメェがこれ持ってろ。これで人質が居なくなりゃワームはお前を目指すだろ。何ならミンチにしても良いゼェ、腕ァまた生えるからナ、ヒャヒャヒャヒャヒャ」
 ジャックはトラベルギアを腰から抜き取ると、なんの躊躇いもなく左腕を根元から叩き落として投げ寄こすのに十三は険しい顔をして腕を受け取った。
「お前というやつは」
「ハッ、ハンデだよ。ハンデ。歯ごたえねェとつまらねェからナ! それに術を使うのは結構精神力いンだろう? 怪我してトチられても困るからナ」
 ジャックの言葉に十三は心配ないとばかりに肩を竦めた。

☆ ☆ ☆

「ジャックさんの能力には制限があるんですよね?」
 待ち伏せ組と入念な打ち合わせしたあとヒイラギはジャックと移動後、木の上から気配を殺して偵察を行っていた。
「でしたら、俺が運びますよ。そちらのほうが早いでしょうから」
「アァン?」
 ジャックの鋭い目が力を発揮する兆しから朝焼けの紫色に染まる。
「効率上、俺があなたを運んだほうが早いでしょう? それに転移の一瞬とはいえ互いに隙だらけになりますから、そこを攻撃されては困ります。二人一緒に行動のほうがいいでしょう? 攻撃はあなたにお任せします」
 ジャックは頷くと笑った。
「いいゼ、乗っタ!」
「では」
 ヒイラキは目を細める。その瞳は疾走するワーム、鮫を捕える。
「行きます」
 ヒイラギが声をあげた次には豪風が二人を襲った。瞬くよりもはやく、転移によってヒイラギは疾走する鮫の上にジャックとともに移動したのだ。しかし、転移移動する際に生じる一瞬のズレの為、ヒイラギとジャックは鮫の背から落ちそうになる。
「っ!」
 ヒイラギは加速して、手を伸ばすが尾ひれまでは届かない。
「ヒイラギっ!」
加速と飛行を駆使して鮫の背になんとか立っているジャックがヒイラギの手を強く掴んで引きあげる。一瞬だけ驚いた顔をしたヒイラギはすぐに両手を伸ばしてジャックの手にしがみつき、足に力をこめた。
「ヒイラギ、人質を頼むゼ!」
「はい……生きてますか?」
 ヒイラギは血を流して倒れる二人に近づくと、慣れた手つきでいつも持っている薬で応急手当を施す。
「あとはリーリスさんにお任せしましょう……っ!」
 ほとんど本能的にヒイラギは我が身の危険を察知すると顔をあげ、自分の視界の届く範囲の空間を歪めた。
 ぱんっと何かが――それは銃弾だ。バイクから女の上半身を生やした化物がにぃと赤い唇を吊り上げて笑い、片腕――ライフルを連射する。
空間が歪められて届くことはないが防御に徹するがゆえに動きを制限されたヒイラギの顔は険しい。
「!」
 銃弾がヒイラギではなく上を撃つ。一瞬その意味がわからずにヒイラギが怪訝な顔をした次には
「ウィンドカッター!」
 鮫の上に落ちる太い木の枝をジャックの風の刃が木端微塵に引き裂く。
「余計なお世話ついでだァ! サンダ―レイン!」
 ジャックが不遜な笑みとともに手の中に生み出した銀の刃を振り下ろす。銀の雨にバイクが速度を緩め、後を追いかけるワームに接触を許すぎりぎりのスピードで走行しながらライフルを撃とうとするが、その身体が大きく揺らいだ。
「連れてきてよかったようですね、式神」
 ヒイラギが呟く。十三が二人の護衛として幻虎を喚び、共に転移するように頼んだのだ。二人から見えないが幻虎はバイク女の攻撃の邪魔をしているようだ。
「俺はこいつらをリーリスのところに連れていく」
「わかりました。タイミングを合わせて」
 二人は視線を交わし、頷きあった次にはジャックとヒイラギの足元が大きく揺らいだ。
「ンダァ!」
「地中に潜るつもりですね。……ジャックさん、人質が」
 疾走するワームの前に捨てられることになる。そんなことになれば自力で動けない人質のラッキーと白藍は殺さてしまう。
 ジャックが舌打ちするのに、ヒイラギが鮫の背に細長い指を伸ばし、触れた。とたんに鮫の動きが止まる。
「……特殊能力を封じました。今です。ジャックさん」
「ヨッシ! いくぜェ! めてぇら全部、吹き飛べっ! テンペスト!」
 ジャックが生み出せる最大限の暴風を放つ。
 木々が大きく揺れ、葉が舞い踊り、渦を巻くのにバイク女、ワーム、鮫が包まれる。
 そのタイミングでヒイラギはジャックと人質の二人を連れて木の上に転移、バランスを失って行動不能となった敵が再び動き出す僅かな間に彼らの進むべき空間をねじ曲げて三者を引き離す。
ジャックは敵をヒイラギに任せ、リーリスのところまで転移。
 リーリスは敵のいる位置から反対方向――事前にヒイラギによって連れていってもらっていたのだ。
「オイ、リーリス、連れてきたゼ!」
「んふふ。ありがとー」
「二人は任すゼ、リーリス……さぁて遊んでくっかァ」
 ジャックはすぐさまに転移するのにリーリスの赤い瞳でラッキーと白藍を一瞥、すぐに重傷な白藍に歩み寄ると、その手をとる。
「虎さんの方が傷がひどいから先に治療するね。お兄さんはちょっと待っててね?」
「……白藍は?」
「大丈夫、リーリスが居るのに死なせるわけないじゃない」
精気を譲渡しての治癒に白藍の傷口が塞がり、荒かった呼吸が穏やかになる。それを見届けたリーリスは次にラッキーの傷を癒していく。ラッキーは意識がしっかりしているので傍にいる白藍の容体が安定したのにほっとした顔をした。
「よかった。白藍が無事で、ありがとね。リーリスちゃん」
「お礼はまだだよ。傷も塞いだし、クゥのところに行きましょ? 二人とも死なないにしても点滴とかして貰った方が良いと思うの。それに二人とも血の匂いがするから、他のワームが寄ってきても困るもの」
 リーリスはそう言うとふわっと二人を連れて空中に浮く。邪魔な木々をくぐりぬけ、さらに上――空の見えるところまで出ると、まっすぐにターミナルを目指す。
 すると、今まで意識を失っていた白藍がそっと目を開けた。
「白藍!」
 ラッキーの声に白藍は尻尾をふって応じると首だけ動かして周りを見回した。
「金星殿たちは……? まだ捕まっているのか、ならばすぐに、助けにっ……くっ」
「もう、だめじゃない! あなたはかなりの深手なのよ? いい子にしてなくっちゃ! 大丈夫、金星ちゃんの方にも手練れが向かったから、今頃保護されてるわ」 
リーリスが赤い目を輝かせて白藍を見つめる。白藍はしばらく何か言いたげな顔をしていたが、大人しく眠りについた。
「二人はクゥの言うこと聞いて安心して怪我の治療に専念するの、分かった? よーし、急ぎましょ」
 リーリスは二人を運びながらちらりと樹海に目を向けて、楽しげに微笑んだ。

☆ ☆ ☆

「火燕招来急急如律令、進路をそれようとするワームを挑発してこちらに連れてこい! 飛鼠招来急急如律令、お前はこの布を持ってワームの周囲を飛び回りこちらへ誘き寄せろ!」 
 十三が命令を下す。
 先ほどジャックからノートで連絡がはいっているので、作戦通りワーム、鮫、バイクが別々に散らばっているはずだ。
「バイク女もこちらに向かっているとのことだが」
「そいつはオレがやる。あんたはワームだろう」
「頼めるか」
 劉はめんどくさそうに肩を竦めた。
「バイクは体の一部を銃に変えるそうだ」
「じゃあ四肢ごと切断しちまえばいいだろう。オレの糸には毒がある。ちょっとでも掠ったら朦朧として意識も動きも鈍る」
 劉はそれだけいうと指先から生み出したワイヤーを、近くの樹の枝に投げる。しゅっ! 音をたててワイヤーは巻き付くとそれを伝って劉の体が浮きあがる。まさに蜘蛛人間。
「ったく、だりー」
 ぼそっと声が聞こえてくるのに十三は顔をあげて苦笑いする。
「不思議な男だ」
 ワームを待ち伏せする十三が式神を喚ぶのにたいして、劉はワイヤーを周辺に張り巡らせていった。まるで蜘蛛が獲物を捕まえるために巣を作るように。
十三の前にある巣は目を良くこらさなくては見えないほどに透明で、高速で移動するワームが気がつくことはまずないだろう。
「あとは待つだけか」
 目を眇めた十三は、地響きを聞いた。

 どどどどどどどどどどとどどどおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。

 木々を倒し、土煙をたてながら迫ってきたのはワームだ。
 白い、それは蟲だ。しかし、並々ならぬ大きさとともにグロテスクな脚を持ち、開いた口からはよだれをたらして十三に猛然と駆けていく。

 ぎゃいああああああああああああああああああああああああ!

 ワームが歓喜の声をあげる。
 十三に向かって前のりに倒れこむ体勢をとったとき、ぐっと透明な糸が空気を震わせた。一匹目のワームがそれに気がついたときには足が胴体から離れ、倒れるしかなくなっていた。
「炎王招来急急如律令、雹王招来急急如律令! お前たちの炎と氷でワームを滅殺しろ! 周囲の地形が変わっても構わん!」
 ぐらりと倒れゆくワームの前で十三が叫ぶ。それに合わせて現れた紅蓮の猩々は火炎をまき散らし、美しい肢体の雹王が遅れて飛び出すと炎に向けて氷を吐いた。相反する属性の二つがぶつかりあい、じゅううううと白い煙をたて周辺を満たす。
 十三が一旦後ろに退避しようとして、蒸気のなかから伸びてきた白い手を睨んだ。
 二匹の式神を蹴散らして三匹目のワーム、前の二匹を盾にして迫ってきたのだ。
 しかし。
 十三は動じない。
「硬気功! 護法招来急急如律令! ……後衛の符術師だからと舐めて貰っては困る。ワームに後れを取るほど耄碌しているつもりはないっ!」
 ワームは、赤い唇を吊り上げてにぃいいいと笑って、大きく飛んだ。
「なっ!」
その巨大な肢体から考えつかないほどのジャンプ力で、十三に向かって飛びかかる。炎王と雹王が果敢にワームに飛びかかるが、空中でワームは大きく回転して撥ねつる。まるでドリル。
十三はバックステップで回避。しかし、大きすぎる体が大地を揺るがし、強風が十三を樹の幹に叩きつけた。
「っ! 図体がデカいばかりではないという事か……倒し甲斐があると言っておこう」
 ゆらっと起き上がった十三はワームを睨む。

「化物にもほどがあるだろーがよ、アレ」
 劉は十三の援護に回ろうとしてバイク音に気がついてそちらを見る。ワームを追ってきたらしいバイク女。このままバイク女が追いつくのは非常にまずい。迷ったが、指先から生み出された糸は一メートルほど離れたところにある木の枝に巻き付き、劉は宙に飛ぶ。くるっと体を空中で回転させ、手がだらりと下に向くと指から生み出した糸が未だに身悶えている二匹目のワームの肉体を突いた。ワームが声をあげて顔をあげるが、そのときには劉はくるくると軽芸師のように回転して木の枝に着地、指先から新たに生み出した糸が、木の下の地上に垂らされる。そして、獲物が自分の手の中に落ちるのを待つ蜘蛛のように、バイク女が通過する瞬間のタイミングで糸を引く。
 がるるるるるるるるるるるるるあああああああああああああああ! まるで獣の遠吠えのようにバイクが唸り、力任せに引っ張ってくる。糸は強靭で切れる心配はないが、思わず劉の体が下へと引きずられる。
「っ、うそだろー?」
 毒が塗ってあるのだから、それが効くはずだが。
「そうか、こいつ、鉄だから」
 バイクに女の肢体、さらに体の一部を銃に変えるというだけはあり、彼女そのものが鉄、もしくはそれに類した体質なのだろう。
「だったら」
 劉はめんどくさそうに吐き出し、ぐっと拳を握りしめる。とたんに糸は良く切れるナイフの切れ味を発揮してざしゅ! 音をたててバイクと女の上半身の胴を切断する。更に腕の部分も切断、首に糸を巻きつけたままで吊るしあげる。劉は糸を伝って女の前に降りる。
 バイク女の傷口は黒く変色している。毒そのものは効きづらくとも、効果がないわけではないらしい。
「悪いけど、あんたの仲間とか、いろいろとしゃべってくれない? オレ、長いことギャングのパシリしてるからこーゆー汚れ仕事は慣れてるもんで」
 ぎりぎりぎりぎり。
 女は暴れることもなく、口から唾液を漏らし、虚ろな顔をする。
「さすがに死ぬと不味いよなぁ、まだなにも話してないし」
 話を聞いたら当然殺すつもりの劉は面倒臭そうに呟く。ターミナルには敵に対しても同情的な者が多く、こんなことをしたことがばれれば糾弾される可能性もある。
こういうことする奴も必要だよなぁ、ヒーローはやりたい奴がやればいいんだし。
 女が口をぱくぱくと動かし始めた。命乞いか、それとも情報か。劉は糸を少しだけ緩めて近づいていく。
「なに?」

 こ わ れ ち ま え!

 女の舌が銃に変わり、劉を撃った。

☆ ☆ ☆

 鮫は荒れ狂いながら地面のなかを疾走する。その上にいるヒイラギは振り落とされそうになるのをぎりぎりで耐えていた。
「悪いですが、手加減するつもりはないんです」
 ヒイラギの眼が上を見る。そして転移。
 樹海の上、空に飛ぶ。
 鮫は大きく体を動かして、身を捻る。地面に埋もれていてわからなかったが、そこには人間の下半身がちゃんとついていた。
鮫はなんと自分の牙を吐き出してヒイラギに投げる。空中での回避はほぼ不可能なのにヒイラギの肩に牙が突き刺さり、その隙をついて鮫の手が伸ばしてヒイラギを捕えようとする。トラベルギアの糸で鮫の体を巻いて縛り付ける。そして鮫の背に転移。
「堕ちてください」
 無慈悲な声とともに鮫は落ちていく。ヒイラギはちらりとターミナルを見ると、再び転移。
 樹海に落ちる鮫は木々に体をぶつけながら身をよじって樹の枝に噛みついて落下を阻止する。
「オイオイ、往生際がワリィゼ」
 ばちぃと、鮫の上で火花が散った。見ると、ジャックが笑って立っていた。
「分かってるゼェ、テメェら戦って死にてェンだろ? なら殺してやるゼ……焼き尽くせ、ライトニングストーム!」
 透視を使用して鮫の腹に発生地点を設定した雷撃の嵐。それは鮫を体内から痺れさせ、燃やし、炭へと変える。
 鮫は落ちていく。もう抵抗はない。
どさっとジャックの耳に炭となった鮫の最後の、悲鳴が聞こえた。
「お見事」
 ジャックの背後に現れたヒイラギが簡潔に賞賛する。
「フン、それより、ワームだ! ヒイラギ」
「わかりました」
 ヒイラギの千里眼が十三を捕え、飛ぶ。

☆ ☆ ☆

 痛みよりも、音だった。
耳を突き破る痛みの熱、劉の聴覚は麻痺して音という音がすべて失われた。女は身を乗り出して、噛みついてくる。
めきっ。
小柄な見た目に反して女は重く、骨が軋むのが劉にはわかった。
「くっ……」
 女の口づけのような噛みつきが劉の首筋を、もう二度と離さない情熱を持って襲う。暴れようとするが、重みに抵抗ができない。そして下半身におしあてられた冷たい――銃だ。
 女は血まみれの顔で劉を覗き見る。焦点の合わない瞳、ガソリン臭い吐息。

 こわれちまえ!

 狂った笑い声をあげて女はゼロ距離による一撃を――その前に女の肉体ががくんっと揺れた。劉は慌てて女の下から這いだした。
 女の腹から突き出た銃がちりぢりと劣化していく。その隙をついて劉は女の首をまだ捕えている糸を引いて、その首を叩き落とした。
 ほぼ同時に、女の腹の銃弾が爆発する。
 散らばる肉体を、狂気色の炎が包み込む。
 劉は息も絶え絶えにその爆発した女を睨みつけ、さらに立っている人物に気がついた。
「あんた」
「大丈夫ですか? 耳、手当したほうがいいですね」
 ヒイラギが炎を迂回して劉に近づくと、腰をかがめた。
 いつからいたのかと問いたいが、その言葉は飲みこんだ。ただ黙々と彼が手当してくれるのに任せるが沈黙の重みに耐えきれないように視線を逸らして呟く。
「ワームはどうするんだよ」
「ジャックさんたちが向かってますから大丈夫ですよ」

☆ ☆ ☆

「うおおおおおおおおおおおおおお!」
 十三は獣のような声をあげる。一つのところに留まらず、素早い動きで樹の上を移動し、ワームの気を逸らし続ける。その隙をついて炎王と雹王による攻撃が展開される。
劉の張った巣にかかった毒と手足を切れてワームの一匹は死亡したが、二匹目と三匹目はまだ生きていた。
 二匹目の動きは劉の毒が効いているのか、動きが鈍く式神二匹でなんなく倒せそうだが、問題は三匹目だ。
「オイオイ、どうしたンだァ! 苦戦してンじゃねェか!」
 不遜な声に十三は不敵に笑ってみせる。
「なにを言う。お前の見せ場を残してやっていたまでだ! ジャック!」
 ワームの頭上に転移したジャックはにぃと笑った。
「ハッ、言うじゃネェか! イッちまいなァ! サンダーストーム!」
 三匹目がジャックに気がついて顔をあげた瞬間、その剥き出しの肌に十三の針が飛び、そこを目指してジャックは攻撃を放った。
 十三の針はワームの体内を突き刺し動きを止める。タイミングを合わせた放たれた電撃はワームの身を溶かすほどの威力となって襲った。
 二匹目と三匹目のワームが地面に倒れ、鼻を覆うような悪臭を放つのに十三は小さなため息をついた。
 額に浮かぶ大きな汗を拭い、その場に腰かけるとふいに気配を感じて顔をあげた。
 ジャックがにぃと笑って、手を差し出した。
「お疲れ」
「お前もな」
 十三はジャックの手をとって笑い返した。

クリエイターコメント 参加、ありがとうございました。

 もう一つのシナリオに女性陣しかいなかったので、こちらは男子組とよんでましたが……(参加者を改めて確認)美少女といろんな意味でイケメン組と訂正します。長いので略して美少女とイケ男ズ。

 今回はみなさん総意で敵を殺すという判断をなさっていたので死闘モードということになりました。
 といってもまぁ、「空間転移が二人も……あ、泣くしかない」でしたが。
 全員がそれぞれ全体のフォローの出来たプレイング、お見事でした。
公開日時2012-11-11(日) 22:30

 

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