ブルーインブルーでしばらく過ごすと、潮の匂いや海鳥の声にはすぐに慣れてしまう。意識の表層にはとどまらなくなったそれらに再び気づくのは、ふと気持ちをゆるめた瞬間だ。 希望の階(きざはし)・ジャンクヘヴン――。ブルーインブルーの海上都市群の盟主であるこの都市を、旅人が訪れるのはたいていなんらかの冒険依頼にもとづいてのことだ。だから意外と、落ち着いてこの街を歩いてみたものは少ないのかもしれない。 だから帰還の列車を待つまでの間、あるいは護衛する船の支度が整うまでの間、すこしだけジャンクヘヴンを歩いて見よう。 明るい日差しの下、密集した建物のあいだには洗濯物が翻り、活気ある人々の生活を見ることができる。 市場では新鮮な海産物が取引され、ふと路地を曲がれば、荒くれ船乗り御用達の酒場や賭場もある。 ブルーインブルーに、人間が生活できる土地は少ない。だからこそ、海上都市には実に濃密な人生が凝縮している。ジャンクヘヴンの街を歩けば、それに気づくことができるだろう。●ご案内このソロシナリオでは「ジャンクヘヴンを観光する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてジャンクヘヴンを歩いてみることにしました。一体、どんなものに出会えるでしょうか?このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが見つけたいもの(「美味しい魚が食べられるお店」など)・それを見つけるための方法・目的のものを見つけた場合の反応や行動などを書くようにして下さい。「見つけたいものが存在しない」か、「見つけるための方法が不適切」と判断されると、残念ながら目的を果たせないこともありますが、あらかじめご了承下さい。また、もしかすると、目的のものとは別に思わぬものに出くわすこともあるかもしれません。
「みなさん、よく、ご無事で!」 「お帰りなさい!」 海魔討伐から帰還してきたロストナンバーの元へ、衣装合わせをしていたのだろう、純白をまとった新郎新婦が駆け寄ってきた。 今回の依頼に参戦した三人の仲間たちとともに、青海要もまた充実感に満ちた笑顔で彼女たちの出迎えを受ける。 「約束通り届けに来たわよ、ちゃんとね」 そう言って二人へと手渡した小さな水槽の中では、薔薇の花びらによく似た貝が淡いアクアブルーの輝きを放っている。 これが式場を飾り、花嫁を飾るのだ。 純白のドレスをまとった色白の彼女にこの《蒼》はとても映えるだろう。 「皆さん、本当に有難う!」 花がほころぶように笑う新婦の言葉の端々から嬉しさがあふれていて、見ているこちらまでふわふわとした心地になれる。 「いや、俺らは何にも。要が頑張ってくれちゃってさ」 「あのデッキブラシ捌きはすごかったよな」 「そうそう! アレは一見の価値ありかもしんねぇ」 「褒めたって何も出ないわよ?」 年の近いモノ同士の気安さからか、メンバーでのやり取りすらも楽しいじゃれあいになる。 「さてと、あとは式が無事終わればあたしたちの任務もホントの意味で完了ね」 「ねえ、あのね、そのことなんだけど」 新婦はそこでちらりと隣を見、 「ぜひ皆さんも我々の式に参列して頂きたいんです!」 新郎新婦、そして二人を取り巻く親族からの切望に圧倒される。 「ほんとに?」 「勿論よ」 「やった…っ」 要は小さく拳を握り、他のメンバー達も結局はそれぞれにくすぐったそうな笑みを交わし合いながら頷きを返す。 「式まではまだ時間がありますから、それまで当家でゆっくりして頂ければ」 「あ、それじゃあ、あたしは町を見て回ってくることにするわ。のんびりくつろぐだけって性に合わないの」 疲れ知らずの銭湯看板娘は自らそう宣言し、仲間や周囲から羨望と驚きの眼差しを受けながら街中へと繰り出して行った。 「なにがいいかな、なにかプレゼントしたいんだけど」 潮風を受け、ツインテールをなびかせ、スカートを翻し、颯爽と石畳の道を歩くその姿は、異質でありながら《旅人》であるが故に馴染み、受け入れられていた。 「なに探してるんだい、お嬢ちゃん?」 「お土産かい? 食い物かい? うちには何でも揃ってるよ」 「寄っていくかい、お嬢ちゃん」 陽気に声をかけてくれる店主たちに呼ばれ、引き寄せられ、店を覗いてはまた別の店へと渡っていく。 「幸せな感じがいいかな」 要の足取りは軽やかで、その目には好奇心と期待がきらめいている。 「花嫁にふさわしいモノを探さなきゃ」 ――ジャンクヘヴンの結婚式が見たい! 要のその唐突な思いつきは、今回の依頼が決まる少し前、壱番世界のテレビでみた華やかなブライダル特集に端を発する。 リゾートホテルでの贅を極めた結婚式から、小さな教会でのごくごく身内だけを招いた結婚式まで、祝福される花嫁たちは規模に関係なく皆キレイだった。 けれど、見たいと言って見れるものでもないだろう。 でも、見てみたいという好奇心が押さえきれないくらいに膨らんでいた。 そんな要の元へ舞いこんできたのが、今回のこの依頼だ。 結婚の儀に必要な貝が、海魔の出現によって取りに行くことができない。 だから手を貸してほしい。 司書から告げられたその言葉に、誰よりも思いきりよく前のめりに立候補したのが要であり、今回の依頼達成のために誰よりも張り切って行動したのも要だった。 だからこそ、いまこの瞬間すらも嬉しくてたまらない。 見上げれば、隙間なく組み上げられた海上都市のその上部――石造りの白い教会は、鮮やかな陽の光を受けて眩しいくらいに輝いていた。 あそこではいま婚姻の儀式の準備が進められている。 あと少ししたら、彼女はアクアブルーの光を纏い、祝福されながら生涯の誓いをたてるのだ。 生涯に渡り、守られるべき誓いが。 「……うん、やっぱり、食べ物よりは何か記念になるものにしよっと」 消えてなくなるモノより手元に残るモノがいい。 でも、何がいいだろう。 彼女の幸せはすぐそこにあって、その幸せはもう手の中で。 彼女を飾るアクアブルーは彼女の幸せの証としてそこにあって。 できればそれをモチーフにしてみたいけれど。 「いいかも…!」 閃き、降りてきたのは、小さな兄妹が《青い鳥》を探して様々な国を旅する童話だった。 彼らもまた自分と旅人だよね、なんて考えてしまったら、もうこれしかないような気になってくる。 「そうと決まれば」 観光客を相手とする表通りから少し外れた方が見つかるかもしれない。 路地へと入り込みながら、要は軽やかに突き進む。 小鳥、小鳥、幸せの青い小鳥を探して、『白』だけではない様々な色を混ぜて織り成す町の中を巡り巡って、ひたすらに歩く。 この依頼に出る前、事情を聞かせてくれた時に、彼女は要にだけ、『内緒よ』といって囁いてくれたことがあった。 男のヒトには分からない、ふわふわとした甘く可愛らしい彼女の告白。 「……ああいうの、いいな」 思い出すだけで、ふわんと心が浮き立つ。 幸せそうに、そして誇らしげに、彼女は彼への想いについて語ってくれた。 自分もいつか、あんなふうに誰かのことを語れる日が来るだろうか。 できれば、紅茶の似合う英国紳士風の人だったらステキだと思う。 白い屋敷の庭でティータイムを過ごしながら、二人きりで肩を寄せ合って、あるいは額を突き合わせて、交わす二人の会話はどんなものになるだろう。 「あっ」 軽やかなステップが不意に止まる。 大きなガラス扉の向こう側、アンティークチェアに座るソレに視線を奪われる。 運命の出会い。 探し物はそこにあった。 * 祝福の言葉が幸せな新郎新婦に降り注ぐ。 「結婚、おめでとうございます」 「うふふ、ありがとう。今日、この日に、この人と添い遂げられたのは、みんなみんな要ちゃん達のおかげよ」 自分とほとんど変わらない彼女は、いま、誰よりも幸せそうに輝いて見えた。 「そうだ。これ、あたしから」 要が差しだしたのは、網籠の中で寄り添う二匹のテディベアだ。頭の上には小さな青い鳥が止まっている。 「あのね、《青い鳥》は幸せの象徴なの。ずっとふたり一緒に居られますように」 「ありがとう! どうしよう、すごく嬉しい」 「あたしも嬉しい」 旅人は常に《忘却》と共にある。 どんなに仲良くしても、時の流れの外に居るロストナンバーは時の流れの内側に住まう者たちの記憶から滑り落ちて行く。 旅人のことを、現地の人々はいずれ忘れてしまう。 けれど、想いを残すことはできる。 たぶんきっと、この瞬間の想いだけはクマと一緒に残ってくれる、はず。 「お礼は、私の生まれ故郷に伝わる風習で。受け止めてね?」 そう言って耳元で告げられた言葉に、そしてとんっと背を押されて、要はハッとする。 「行くわよ!」 掛け声とともにくるりと背を向けた花嫁が、天高く、アクアブルーの貝殻を束ねたブーケを参列者に向けて放る。 青い軌跡が描かれる、それはまさしくブーケトスだ。 壱番世界のドラマや映画で目にした、あの光景が今まさに目の前で―― 「え、うそ…っ」 その後。 故郷の風習の名のもとに、要には自ら手にした《幸福のブーケ》を、参列者全員から日暮れまで死守して逃げ回るという盛大な試練が待ち受けているのだが、それはまた別のお話。 END
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