「暴霊の退治をお願いします」 世界図書館の一室に集まったロスト・ナンバーたちに、リベルは開口一番に切り出した。「インヤンガイの探偵の一人から依頼が入りました。現場は、改装工事中の研究施設。暴霊の数は多数との報告を受けています」 手元に纏めてある資料に目を通しながら、必要なことだけを拾い上げ的確に伝えていく。「詳しい話は現地の探偵に伺ってください。それと、すでに一人のロストナンバーを現地に向かわせています。彼の話も聞くようにお願いします。今までに何度か暴霊退治を実行しているようですが、成功していないようです。そこで、こちらに依頼として上がってきました」 理知的な眼差しが集まったロスト・ナンバー全員を見渡す。「くれぐれも油断をしないようにお願いします」 リベルは、持っているファイルを音を立てて閉じた。「君らが、後から来るという話の応援部隊だな?」 ロスト・ナンバーを迎えたのパンツスーツに身を包んだ一人の探偵だった。 彼女の名前はチェン・リウ。インヤンガイに多くいる探偵の中の一人。特筆すべきことは特にない。強いて言うなら、男装しているというくらいであろう。「依頼の場所は、シーリン地区にある研究施設だ。施設の拡張をするための改装工事を行う予定だったらしい」 現場に向かいながら事情を話す、と短く告げると、彼女はロスト・ナンバーたちを案内するような素振りもなく、足早に歩き出していた。「しかし、着工して間もなく暴霊が次々と出現するようになった」 彼女の足取りは、舗装された地面をしっかりと踏み締め進んでいる。 陰鬱な空気が漂うインヤンガイの中で、その颯爽とした姿は目立っていた。 「当初は、それほど強い暴霊ではなかったらしい。出現した暴霊を全て退治した後、翌日から工事を再開するはずだった」 入り組んだインヤンガイを迷いなく進む彼女を見失なわないように、ロスト・ナンバーたちは付いて行った。 自然と、後を付けること、話に耳を傾けることに集中しないといけないせいか、誰も無駄口を叩けなかった。「しかし、再び暴霊は出現した」 いつの間にか取り出していた手帳を、チェンは無造作に胸ポケットに捻じ込んでいた。「そこからはイタチごっこになってしまっているらしい。退治はできるが、翌日にはまた再び暴霊の溜まり場となっている。私からの説明は以上だ」 何か聞きたいことはあるか、とチェンは初めて足を止めて、ロスト・ナンバーたちを振り返った。 誰も何も言わないと解ると、すぐにまた足早に歩き出した。 それから、チェンは目的地に到着するまで、無駄口を叩くようなことはなかった。 チェンの雰囲気に流されたせいだろうか、ロスト・ナンバーたちも無駄口を叩くようなことはなかった。「ここが、さきほど話した現場だ」 雑然としているはずのインヤンガイの一画にありながら、件の建物の周辺には人気がなかった。 ただ一人、眼鏡を掛けた青年だけが立っていた。 チェンとその青年は目を合わせると、軽く頷きあった。 おそらく、その青年が、先行しているロストナンバーであろう。「さて、実に申し訳ないが、これから私はこの依頼を受理する手続きに向かわなければならない。この施設の持ち主である会社が、色々とうるさくてな。私が戻るまでに、暴霊が何度も出現する原因を突きとめておいて欲しい」 歯切れ良く話すチェンの口調のせいで、謝っているようには聞こえにくかったが、そこに込められた想いは本物であった。「では、事務処理は速やかに終わらせて戻ってくる。それまでは君らで頼む」 では、失礼、と短く告げると、チェンは振り返ることなく立ち去っていってしまった。 置き去りにされたロスト・ナンバーたちが、どうすればいいのかと、悩んでいると。「え~と、初めまして、私は上城弘和と言います」 そう名乗った眼鏡の青年が、語り掛けてきた。 目立った特徴がなさそうなことが、特徴。そう言えてしまいそうな外見の青年だった。 そして、上城はロスト・ナンバーたちに、チェンとどのような話をしたか聞いてから、自分の解っていること伝えた。「チェンさんは、原因を突きとめて欲しいと言っていましたが、原因は解ってます。一通り見て回ってみて、大体把握できました」 癖なのだろうか、上城は眼鏡を軽く掛け直した。「この建物の真下に地脈とも言える霊力の流れがあるようです。その流れが、間欠泉のように地上へ噴き出しています。この流れに乗って暴霊はこの施設に入り込んでいます。そのため、施設内にいる暴霊を何度退治しても、すぐに新しい暴霊が出現しているようですね」 先行していたとはいえ、何日も前から現地に入っていたわけではないだろう。しかし、すらすらと淀みなく上城は話を続けていた。「そして、一つ困った事があります。この建物は暴霊を遮断するような配置で建てられています。恐らく外から入る暴霊を防ぐための手段だったのでしょうけど、それが裏目に出ています。地脈から入り込んだ暴霊は、中から外へ出られない状態になっています」 建物を見つめている上城の目が、青くなった。「私たちの取る手順として、一つ挙げるとするなら」 しかし、ロスト・ナンバーたちへ視線を向けた時には、 すでに青は潜み、眼鏡越しに見える上城の目は、黒くなっていた。「まず、地脈の穴を塞ぐこと。次に、ある程度暴霊を退治する。最後に、建物の一部を破壊して暴霊を外へ追い払う。この手順で良いと思います。ただし、気をつけてください」 上城は眼鏡を軽く押し上げた。「この施設の内部は霊力で満ち満ちています。いわば破裂寸前の風船のような状態です。暴霊を遮断するように配置されている建築物に傷を付ければ、そこから一気に亀裂が入り、風船は破裂します。確実に、この研究施設は崩壊してしまうでしょう。つまり、建物のどこかに傷を付ければ全て台無しになってしまうというわけです」 質問を待つかのように、上城はロスト・ナンバーたちを見回した。「中に漂う暴霊は、それほど強くはないです。中にはそれなりの強さの暴霊もいるようですが、トラベル・ギアを所持している皆さんなら、問題はないでしょう」 そして、思い出したように上城は付け足した。「極論ですが、、施設を一から新しく改装すれば、暴霊が出現するなんて問題もなくなるでしょうから、それも一つの解決策ですね」 冗談ですけどね、と上城は笑っていた。 しかし、上城の目が笑っていなかったことから、ちょっと本気で思ってるな、と気づいたロスト・ナンバーたちもいるだろう。「私は、ここに残って他の方法があるか探してみます。決して、面倒事に関わりたくないからという理由ではありませんからね。適材適所です」 どうやら危険を冒して暴霊退治をする気は、上城にはさらさらないようだった。「それでは、皆さん。お気を付けて、依頼の成功をお祈りします」 これから始まる暴霊退治に向けて、ロスト・ナンバーたちは、それぞれで準備を始めていた。
「今日は、全員お知り合いかぁ。んじゃ、ヨロシク~」 そう全員に元気良く呼び掛けたのは、黒のショートカットの中背の少女、コンダクターの日和坂綾であった。 人懐こい笑顔と健康的で明るい雰囲気を纏った明るい少女であり、足元にはフォックスフォームのセクタンであるエンエンを連れていた。 「あぁ、今日は宜しく、食欲魔神」 そう気さくに応えたのは、日和坂と同じコンダクターの坂上健。 黒髪の少年でで背はやや高め、詰め襟の学ランを着ているが、ボタンを全開にしているのでだらしない印象を受けてしまう。 そして、特徴的なのはベルトであろう。武器オタクの性であろうか、バックル部分がナックルダスターに改造されているのであった。 そんな坂上の連れているセクタンは、オウルフォームのポッポであった。 「こっちこそよろしくな」 そう楽しそうに応えたのは、ツーリストの木乃咲進。 黒髪の中背であり、野生的な青い目をしている。ジーンズを穿き、黒いTシャツの上に皮ジャンを羽織っていた。 細く鋭い体型が、どことなくナイフを思い起こさせる少年であった。 「綾、君のようなレディが危険を冒して暴霊退治などする事は無いよ。健と進を盾にして下がっているといい」 そう切り出したのは、アインスだった。細くすらりとした体型に、透き通るような青い瞳に、海原を想わせる青い髪。 衣服、物腰にさえも、どことなく気品を感じせる。それもそのはず、アインスは、正真正銘の皇子さまである。 男は女性を守るための存在という信条に従い、今日もレディファーストの精神を忘れてはいなかった。 「平気平気。だって、退治に来たのに隠れてたら意味ないって」 壱番世界では、ついぞ見かけることはないであろう本物の皇子さまからの申し出に、日和坂は多少照れてしまっていた。 その横で、坂上、木乃咲が依頼について、上城に色々と質問していた。 「これが見取り図です。研究内容については、さっぱりですね。戻ってきたチェンさんに聞けば、少しは解るかもしれないですが」 「上城さん、暴霊が入り込んでいる穴の位置は?」 上城から差し出しされた見取り図を二人が眺めていると、横から日和坂も顔出して覗き込んで来た。 「私も知りた~い。調べ方とか全然解らないもん」 「地脈の穴はここです。そして、私たちがいるのは、ここです」 上城は持っていたボールペンで、地脈の穴の場所と現在地に印を付けた。 「ほとんど反対側じゃねぇか」 木乃咲が描かれた印の場所を確認して唸った。 「良く解ったものだな?」 「眼が良いのが、数少ない取り柄ですから」 どこか疑念のこもった眼差しを向けてくるアインスに、上城は内心では戸惑っていた。 が、得意の曖昧な微笑みを浮かべて、その場を乗り切った。 「今回の依頼内容のおさらいはしなくても大丈夫ですか?」 「ああ、大丈夫だ」 「OKだぜ」 「もちろんだ」 「え~、知ってるよぅ。お肉のついた暴霊退治、だよね?」 日和坂の明るい声に、場が凍った。……ような気がした。 「ね、念のため、もう一回確認しておきましょうか」 若干強張った声で、上城が状況と依頼内容を再び読み上げた。 そして、暴霊を外に出すという手順の説明に差し掛かった時。 「暴霊を外に出すぅ? ないなぁ、その選択肢はないっしょ? だって私たち、困った人を助けに来たんだよ? 困る人増やしてど~すんのさ?」 「俺も実は殲滅戦に1票だ。アイツら逃がすってことは、アイツらが祖霊に戻るのがそれだけ遅れるってことだろ? だから穴塞いで中の暴霊を倒そう」 日和坂と坂上の声を受けて、上城は木乃咲とアインスの方に目を向けた。 「だそうですけど、お二人はどうしますか?」 「一応、逃がす事も出来るらしいが、俺も知り合いの意志を尊重して、殲滅に賛成だぜ」 「私は、もとより獲物を逃がすつもりはない」 「それなら、その方向で決まりですね」 四人全員の意見が一致したのを、確認して上城は依頼の確認を終わらせた。 「でさ、そもそも、その地脈の穴は、どうやって塞ぐんだ?」 「穴の塞ぎ方ですか? 私は知りませんよ」 上城はあっさりと言いのけた。 「えええ!? 私、そんな方法知らないから、とりあえず壱番世界の神社でお払いグッズ買ってきたのに!」 「…まさかお前と同レベルなんてな」 日和坂と同じようにお払いグッズを持参していた坂上は、少しだけ嫌そうな表情を浮かべた。 「当たり前じゃないですか。知ってる術の類ならともかく。世界さえも違うんですよ? ただ、知らなくても、やりようはありますから。そこは私に任せてください」 いまいち信じきれないような上城の言葉に、不安そうな顔をするロスト・ナンバーたちの中で、アインスだけは一人納得したようなしたり顔をしていたのだった。 「とりあえず上城さん込みで、連絡用だ。戦いながらトラベラーズノート見るの、結構大変だろ? 地下や室内の奥でも電波が通じるよう、ちょっと強力に違法改造してみた。胸ポケットとかに入れて片耳イヤホンしてくれ」 坂上は、その場にいた全員に改造した小型無線機を配って使い方を説明した。 これで、突入の準備は整った。 「ちょっと待った」 「どうした怖気づいたのか?」 いざ突入開始という時に、出鼻を挫かれた全員の視線が木乃咲に集まった。 「そんなわけないだろ。誘導作戦だぜ。全員相手になんかしてられないだろ」 木乃咲の手には、爆竹が握られていた。爆竹にライターで火を付ければ、木乃咲の手の中の空間から爆竹がふっと消えてしまう。 「こうして音で気を引いて、戦力を分散しといた方がいいだろ?」 そして、木乃咲の作戦を実行した後、突入した施設内の様子を一言で言い表すなら、暴霊の大渋滞だろう。所狭しと暴霊がひしめき合っている。地に足をつけているものもいれば、半ば浮遊しているような暴霊もいるようであった。 命ある侵入者たちへと、半透明に近い暴霊たちの顔にある二つの虚ろな空洞が一斉に向けられた。 「エンエン、今日は火炎弾ナシ! 火炎属性だけぷり~ずだよっ」 「近接でトンファーに勝る攻防一体武器はないっつったろ! 証明してやるよ、ここで!」 暴霊の群に真っ先に駆け出したのは日和坂と坂上であった。 日和坂は得意の足技に炎を纏わせて、暴霊へと振り降ろし、坂上は構えたトンファーに体重を乗せて振り抜いた。 「んぎゃ? 生肉じゃにゃい?」 「何だこの手応え!?」 人の体を叩くような手応えとは違う、まるでコンニャクを叩いたかのような奇妙な感触であった。 二人の動揺を余所に、アインスがギアである銃の引き金を素早く引いていけば、まるで風船が破裂するように、次々と暴霊は蹴散らされていく。 しかし、暴霊は消滅した端から、次々と出現してくる。 木乃咲は、再び爆竹を離れた場所へ、空間を繋いで移動させて破裂させた。 が、爆竹の音が聞こえる場所の近くにいた暴霊たちは、一瞬気を取られたようであったが、すぐに、目の前の命ある侵入者へと向き直って襲いかかってきた。 このままでは進むこともできないな、と考えたアインスは暴霊たちの思考を読み取ってみようと試みた。 瞬間、その場にいた全ての暴霊が、一斉に動きを止めてアインスへと顔を向けた。 「へっ!? 何これ!?」 日和坂が驚いて声を上げると、暴霊が一気にアインスへと集り出した。 だが、暴霊はアインスを襲うつもりはなく、ただその周囲に集まっているだけのようであった。アインスは近寄ってくる暴霊たちの思念から、一つの共通した願望を読み取った。 「綾、坂上。君たちが穴を塞ぎに行け。どうやら私の魅力が、暴霊を引き寄せられてしまうようだ。暴霊たちが、綾の魅力に気が付いてしまう前に、穴を塞ぐんだぞ」 どんな状況でも、レディを立てることを忘れないのが、アインスであった。 「木乃咲。君は、ここで私の護衛をさせてやろう」 「はぁ!?」 「そんなに喜ぶな」 「喜んでねぇよ!」 そして、女性以外の大抵はどうでもいいと思っているのも、アインスであった。 「え、でも、穴の塞ぎ方なんか解んないよ!」 「そこは上城を利用するんだ、綾。あいつの手のひらの上で踊らされるのは、癪ではあるが仕方ない」 アインスはどこか悔しそうであった。 「よし、行くぞ。日和坂」 「え、で、でも」 「心配すんな、俺も残るから。心配なら、さっさと穴を塞いでくれよな。それで問題なくなる!」 いくら何でもこれだけの数の暴霊を残して先に進むのは、と考えてためらう日和坂の背中を押したのは、坂上と木乃咲の声だった。 「うん、解ったよ! ちょっと我慢しててね! すぐに穴なんか塞いでくるから!」 木乃咲とアインスを知っているからこそ、日和坂はすぐに二人を信じた。 そして、先に奥へと進んでいる坂上の後を追って、振り向く事なく軽やかに床を蹴って走り出した。 「男は女性を守るための存在だから、な」 アインスは、二人が角を曲がり見えなくなったのを確認して満足そうで頷いた。 「さて、私の言うことに従い良く大人しくしていたな、暴霊どもよ。良かろう、君らの願いを叶えてやろう」 暴霊を従えるかのように、アインスの声が朗々と響き渡った。 「自分の想いを知って欲しいと願うならば、私が聞いてやろう! ただし、早い者勝ちだ。さぁ、まずは誰からだ?」 アインスの周囲に群がる暴霊の中から、一体の暴霊が進み出てきた。 「まずは、君からか。良かろう、さあ、私に自分の心を晒すがいい」 アインスに向かい何かを伝えようと、暴霊が口を開けた時。 アインスは、開かれた暴霊の口に銃口を差し込み、ためらいもなく引き金を引いた。 一発の銃声が響き、アインスの前にいた暴霊が、断末魔を叫ぶ間もなく霧散してしまった。 「ああ、すまない。うっかり手が滑ってしまったよ。それと、一つ言い忘れていた。これだけ騒がしいと君たちの声が、よく聞こえないようだ」 アインスの顔には、見惚れてしまうような美しい笑顔が浮かんでいた。 「私に想いを知って欲しいのなら、周り全てを圧倒するほどの悲鳴でもなければ、聞こえないようだ。さぁ、おいで、暴霊たちよ。私に悲鳴を届かせたら、君らの想いを聞いてあげよう」 アインスの言葉が終わると同時に、周囲の暴霊たちは口ぐちに怨嗟の叫びを上げて暴れ出した。 「性格歪んでんな」 アインスの残酷さを視界に収めながら、木乃咲は絶えず両手を振るっていた。 彼の両手が閃くたびに、周辺の暴霊の頭、胸、背中に、次々とナイフが、ギアである虚刻が生える。 そう、まるで生えるように、虚刻が突き刺さっていく。木乃咲の手から虚刻が離れた瞬間、虚刻は掻き消え、暴霊の側に出現する。背中、頭、わき腹、とあらゆる場所をあらゆる角度から、虚刻が暴霊に襲い掛かる。 「やれやれ、まるで趣味の悪いゾンビゲームみたいだぜ。裂いても散らしてもキリがない」 暴霊が消滅して落下する虚刻は、地面に落ちる直前にふっと消え去り、木乃咲の手の平の空間に引き戻される。 木乃咲が操っているのは、ギアであるわずか5本の虚刻であった。たった5本のナイフが、室内を埋め尽くす暴霊を蹂躙していく。 これが空間遣い木乃咲の妙技であった。 しかし、木乃咲は違和感を覚え始めた。今までに一度も暴霊に攻撃をされていない。 正確には、攻撃を食らっていないということなのだが、これだけの数を相手にしているのに、まるで自分は傷を負っていない。 それに気が付いた木乃咲は、それとなく暴霊の動きを観察し始めた。そして、ある事に気付いた。 「その通りだ」 木乃咲の頭に浮かんだ疑問に、アインスが応えた。 「君が狙う相手を、私が避けて倒しているからだ」 そう、木乃咲が気が付いたのは、アインスが狙う暴霊のことごとくが木乃咲の狙いと常に違う、という事実だった。 テレパシストであるアインスは、木乃咲の攻撃を読み取り、一方的な連携を行っていたのであった。 「へー、つまり」 木乃咲がアインスに向けて腕を振るえば。 「これも、解ってやってるってことか?」 アインスの背後から襲い掛かっていた暴霊の頭に虚刻が刺さり、暴霊が消滅した。 「そうだ。だから、こうして」 アインスが木乃咲に銃口を向けて、引き金を引けば。 「私は、君の援護をする余裕もあるというわけだ」 木乃咲の顔を掠めて飛んだ銃弾は、自動的に方向を変えて、木乃咲の頭上に出現した暴霊を撃ち貫き消滅させた。 「心を勝手に読まれるのは嫌だが、今回は良しとしてやるよ」 「ふっ、君の許可など、私には何の意味もないね」 そして、木乃咲の振るうナイフが閃き、アインスの銃が火を噴いた。 まだまだ暴霊たちの勢いは衰えていない。 二人の戦いはまだ始まったばかりであった。 「どけ、どけ、どけーっ。あうぅ、壁にぶつけた方がダメージ出せるのにぃ。こゆ繊細な戦いは得意じゃな~い」 暴霊たちの間を縫うように、炎が尾を引いて流れる。 日和坂の蹴りにより生み出される火の軌跡は、新体操のリボンのように躍動感に満ち溢れていた。 その動きは、観衆を魅了するのではなく、偽りの生を彷徨う暴霊たちを、次々と文字通りに蹴散らしていった。 「日和坂、こういうの駄目なんじゃなかったか?」 「蹴れないもの、蹴りたくないものがキライなの!!蹴れる暴霊はオカルトに非ずっ!」 一人で先走りがちな日和坂の後を、しっかり護っているのは坂上であった。 日和坂と比べれば華々しさに欠けるかもしれないが、彼は着実に的確に暴霊を叩き潰して進んでいた。 「狭いとこのバトルは任せろ!叩く・突く・逸らす・受ける…、トンファーは完璧だぜ」 暴霊は倒しても、すぐに出現してくる。 しかし、アインスと木乃咲のおかげであろうか、倒した暴霊の半数以上が日和坂と坂上の側で出現していないようであった。 二人は、そのまま見取り図に記された場所まで、一気に突き進んだ。 目的の部屋に滑り込んだ坂上が、すぐさまに無線で上城へと連絡を入れた。 「上城さん、穴ってどこだ?」 『目の前の床にあるはずですが、ありませんか?』 「えっ、穴なんて開いてないよ?」 改装工事を予定していたせいか、施設内は整頓されておりとても閑散としていた。 味気ない無機質な床には、穴なぞ開いていなかった。 日和坂は、目の前に立ち塞がった暴霊の一体に踵落としを決めた。 『となると、目に見える形での穴は空いてないようですね。少しの間、そこで暴れてみてください』 「暴れろって、簡単に言ってくれるよな。まっ、やるっきゃないならやるとしますか」 言葉とは裏腹に、坂上は不敵に笑ってトンファーを構えた。 そして、言われた通りにしばらく暴れている二人の無線に、上城からの通信が入った。 『部屋の四隅に何かあるはずです、それを壊してみてください。それで穴は塞がるはずです。……多分』 「大丈夫なんだろうな!?」 『まずは試してみましょう。それで駄目でしたら、別の方法を考えます』 坂上が体を独楽のように旋回させて、周囲の暴霊を一気に叩き潰した隙間に、日和坂が駆け込み暴霊を蹴散らして四隅の一角へと向かった。 上城の言う通りに、隅の壁には何かの破片が刺さっていた。 「これかな?」 日和坂は、引き抜いた破片を落して踏み砕いた。 そして、四隅の破片を日和坂が踏み砕いた時、日和坂と坂上は確かに、何かの流れが止まったのを感じた。 その事実を確かめるために、坂上はトンファーを振って、部屋に出現していた暴霊を叩き潰し出した。結果、坂上の予想通りに、新たな暴霊は出現して来なかった。 「つ、疲れた…ちょっと休憩してイイ?」 「こらっ、まだ終わってないのに、気を抜くな!」 大きな動きを必要とする足技が主体の日和坂は、ずっと走り続けて蹴り続けていたせいか、体力の消耗も激しかったようだ。 苦手とするオカルトを克服しようと意識していたということも関係しているのかもしれない。 緊張の糸が緩んだ時、嬉しい知らせが二人の無線に届いた。 『成功です。地脈の流れの噴出が止まりました』 そして、その知らせは、時を同じくして、アインスと木乃咲にも届いていた。 「おい、今の話聞こえたか?」 「もちろんだ」 「それじゃあ、これからは殲滅戦。俺たちのターンってわけだ」 「せいぜい、私の足を引っ張るなよ?」 「そっちこそ」 暴霊たちの数は変わらず。しかし、二人の意志は疲労を越えて強く漲っていた。 しかし、二手に分かれて順調に暴霊を倒していた四人に、不吉な知らせが入った。 『皆さん、気を付けてください。暴霊が一カ所に集まり出しています』 「どこにだ?」 『中庭です』 緊張している上城の声を聞いて、アインスと木乃咲は二階の窓にから急ぎ中庭を見下ろした。 施設で働く研究員たちの憩いの場所としてつくられたのであろう。味気ない施設の中で、そこだけ緑が植えられており、一息入れるにはうってつけの場所であった。 しかし、今や中庭には、二人の見ている前でさえ、どんどんと暴霊が集まって来ているようであった。 「何で急に集まり出したのかな?」 疑問を口に出したのは、日和坂であった。坂上と日和坂の二人は一緒に施設の一階を回り、暴霊退治をしていたところであった。 『地脈からの噴き上がりが止まってしまったことで、霊力が薄まってきてしまい実体を維持できなくなっているのでしょう。だから、集まって補い合いどうにか実体を維持しようとしているのだと思います。……おそらく』 「おそらく?」 思わず坂上は聞き返してしまった。 『はい、おそらく』 「そこに自信持っちゃうんだ」 「とりあえず、中庭に行くぞ」 最後に付け加えられた上城の一言に、ぐっと言いたいことを飲み込み、気を取り直した坂上と日和坂は中庭へと走った。 到着した二人が見たものは、人の倍以上はあろうかという大きさに膨れ上がった暴霊であった。しかも、その暴霊は、今だに周囲に集まる暴霊と同化して巨大化していた。 「でかいな」 「ううう、こゆの苦手なのにぃ~」 ハンバーグをこねるかのような音を立てて、次々と集まり混じっていく暴霊の姿は、お世辞にも美しいと言えるようなものではなかった。 そこへ、木乃咲がアインスと一緒に空間を繋いで現れた。 そして、目の前の光景に言葉を失ってしまった。 「集まっているのを黙って見ている必要はないだろう」 「って、そうだな。相手が強くなるのを、ぼーっと見てても仕方ねぇよな」 しかし、すぐに我に返ったアインスの銃が火を噴き、木乃咲の虚刻が繋がれた空間を飛び越え、暴霊を苛む。 攻撃された暴霊の巨体が、唸り声を上げて暴れ出した。 「よーし、あたしも!」 「馬鹿! 不用意に突っ込むなっ!」 攻撃を始めた二人に刺激されたのか、日和坂が暴霊へと向かって駆け出した。 勢い良く自分に向かってくる日和坂に、気がついた暴霊が巨大な腕を振り降ろす。巨体に似合わず素早い動きではあったが、日和坂に対応できないほどの素早さではなかったし、油断もなかった。 しかし、日和坂が避けた暴霊の巨腕は、人体ではあり得ない軌道を描いて、鞭のようにしなり再び日和坂へ襲い掛かった。 とっさに、体を浮かせて衝撃を受け流そうとしたのは、ストリートファイトの経験のおかげであろう。 しかし、日和坂は声もなく殴り飛ばされた。 「日和坂!」 殴り飛ばされた日和坂の体を、坂上は全身で受け止めて、そのまま地面へと倒れ込んだ。 「アリガト、坂上さん」 「お前、突っ走りすぎ。一食、おごりだからな」 「怪我はないか、綾!」 アインスの声に、日和坂は元気良く立ちあがることで応えた。 アインスと木乃咲は依然と攻撃を続けているが、巨大な暴霊を表面から少しずつ削り取っているような状況であった。 「接近戦は避けた方がよさそうだな」 アインスの降り注ぐ銃弾、木乃咲の神出鬼没なナイフ。この二つに巻き込まれないように気を付けつつ、変則的に動く暴霊と戦うのは難しいと坂上は判断した。 「接近戦が難しいならっ。エンエン、頼むよっ!」 しかし、だからと言って大人しくしていられるような日和坂ではなかった。 セクタンのエンエンが日和坂の意を汲み取って、狐火を日和坂のギアに纏わせる。さらに、日和坂に向かって火炎弾を優しく投げた。 「いっけぇぇーっ!」 気合いを込めて、日和坂が火炎弾を炎を纏ったギアで蹴り飛ばした。フォックスフォームの火炎弾に、ギアと蹴りの威力を上乗せした一発であった。 直撃した火炎弾が、爆音を響かせて暴霊のわき腹をごそっと抉る。 暴霊は苦しみ悶えながら怨嗟の声を張り上げた。 「次だ、次を撃て!」 「うんっ」 木乃咲の声を受けた日和坂が次弾を撃とうとすると、今度は暴霊の巨大な腕が砲弾のように日和坂へと撃ち出された。 避けようとした日和坂の体に鋭い痛みが走った。さっき食らった一発のせいだ、と瞬時に日和坂は理解した。 避けきれないっ、と息を止めた日和坂に聞こえたのは、鋭い気合いであった。 「破ぁぁー!」 体を独楽のように旋回させて、坂上はトンファーを振い暴霊の巨腕を迎え撃った。 坂上のトンファーの一撃で破壊された暴霊の腕は、無数の暴霊となって巨大な暴霊の元へとすぐに引き戻される。 「俺がガードするから、その間に蹴れ! ただ、無理はするなよ」 自分の不調を思った坂上の忠告に、日和坂は苦笑しながら頷いた。 二人の様子を横目で見ていた木乃咲は、5本の虚刻を操りながら悩んでいた。この状況を一気に打破する方法はあるが、それを実行するだけの時間を稼げるかどうか。 おそらく日和坂は怪我をしているし、坂上はその日和坂の援護に専念している。自分とアインスは、穴を塞ぐまでの囮役のせいで疲れている。こんな状況で、自分が攻撃から抜けても平気なんだろうか。 「やってみるがいい」 悩んでいた木乃咲の心に応えたのは、落ち着いたアインスの声であった。 「勝手に人の心を読むなよな」 「君の許可など必要ないと言っておいたはずだぞ」 苦々しく呟く木乃咲に、アインスは優雅に不敵に笑ってみせた。 「よし、少し時間稼ぎ頼むぜ」 木乃咲は、巨大な暴霊から一人だけ離れた場所へと移った。 眼を閉じて意識を集中し始めた木乃咲は、虚刻を手から放した。そして、虚刻は地面に落ちるまえに、今までと同じ様にふっと掻き消えた。 しかし、虚刻は暴霊の側に出現しなかった。そう、いつまでも出現しなかった。 時間にしてみれば、30秒にも満たなかっただろうが、額に皺を寄せている木乃咲の額には、油汗がびっしり浮かび上がっている。 「皆、離れろ!」 三人の反応は素早かった。 素早く動けない日和坂に肩を貸して、坂上がすぐに離れ。 木乃咲の援護を兼ねて暴霊の動きを止めるために、アインスはテレパシーで暴霊に呼び掛けた。 テレパシーに気を取られた暴霊がアインスに注意を向けた瞬間、木乃咲は暴霊の頭上にループ空間を繋いだ。 「裂いて咲かせて」 暴霊の頭上から、空気を切り裂く落下音が聞こえてくる。 見上げた三人の目には、赤い無数の点が見えた。 迫る危機を感じたのか、巨大な暴霊も頭上を見上げる。 「散らしてやる!」 降り注いだのは、まさに赤い流星。その正体は、ループ空間をずっと落下させ続けた無数の虚刻であった。 空気摩擦により赤熱した虚刻が、巨大な暴霊を突き破り轟音と土煙を巻き起こして、暴霊ごと中庭の一画を無惨に蹂躙し尽くす。 詰めていた息を吐き出して、木乃咲はその場に崩れ落ちた。 「な、何今の~、凄すぎでしょっ」 『まだ、終わっていないぞ!』 唖然としている日和坂や声もなく驚いている坂上に、アインスのテレパシーが響いた。 すぐに我に返った、坂上は風を巻いて駆け出した。 その動きは、淀みなく流れるように無駄がなく、未だに蠢いている暴霊たちの間を縫って走り、暴霊たちを的確に打ち倒していく。 「還れ、そして眠れ。いつか俺たちの前に祖霊として戻るその日まで」 そして、最後の一体が坂上のトンファーによって叩き潰された時、この施設から暴霊の存在は消えていた。 「ちっくしょー、腹減ったぞー!」 「蹴った蹴った良く蹴った。今日はストリートファイトお休みだぁ」 「お疲れさまでした。皆さんのおかげで暴霊は全て退治できたようです」 念のためと施設内を巡回してきた上城は、中庭に寝転がって騒いでいる木乃咲と日和坂を労った。 そして、他の二人はと上城が見てみれば。 坂上は中庭に座り込み、無心にトンファーの手入れをしており、アインスは上城へと強い視線を向けたまま、静かに佇んでいた。 「あ、あの、何か?」 アインスの物言いたげな視線に耐えきれず上城が声を掛けると。 「もうこのような事は、引き起こさないようにな」 上城に向かって言い放ったアインスは、満足したような笑みを浮かべて、日和坂の方へと向かって行った。 「私、何かしましたか?」 全く心当たりの無い上城は、近くで武器の手入れをしていた坂上にたずねてみた。 「さあ? 何の話だろうな」 一緒に依頼をこなした坂上にも、全く見当はついていなかった。 それもそのはず、今回の依頼を受けたアインスには、初めから一つの考えがあった。 その考えというものは、暴霊騒動の真犯人は上城に違いない、という推理だった。その根拠となった考えが、こういうシーンで登場するメガネキャラはマッドサイエンティストと相場が決まっている! というどこから仕入れたのか、微妙に偏った知識であった。 そして、アインスの頭の中には、上城が怪しげな実験を行ったために大量の暴霊が発生してしまい、それを上城は地脈のせいにしようとしている、という壮大な筋書きが出来上がっていたのである。 しかし、心が広い自分は告発するようなことはせず、今回だけは釘を指す程度で許してやろう、そう考えていたからこそのアインスの言動であった。 アインスの内心を知る由もない上城は、一体何のことだろうと悩むことになり、小さな悩みの種を抱えることになってしまった。 「綾、レディが地べたに寝転がるなんて、はしたないから止めるんだ。どうせなら、その木乃咲の上に寝転がるといい」 「なんで、俺が布団にならなきゃならないんだ!」 「大丈夫っ、一休みしたからね。後はターミナルに帰って休むことにするね」 「俺たちは帰るけど、探偵への報告は任せていいのか?」 「はい、それは私がしておきます。ご心配なく」 依頼完了
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