ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
私は夢見ている。 私はヴォロスにいるはず。 だから、目の前の出来事は夢なんだ。 夢なんだ、よね? 見知ったフィールドの傍に、私は立っていた。 「ズルイなぁ、強いからって。私は、……コレがないと、みんなと同じくらいの打撃だせないもん。その分弱いのたくさん引き受けてあげてるんだから、大目に見てよね」 その私の前に、もう一人の私が頬を膨らませてフィールドに出てきた。 今日の相手は肉切り包丁みたいな大振りのナイフ持ち。指なんてまとめて簡単に斬り飛ばせそう。 でも、足の運びはなってないから、多分独学。 王サマが嫌がる狂犬タイプ。……王サマの中では私も同じだろうけど。 フィールドにいる私は相手を見て、フッと嗤っていた。 嫌だな、私、いつからそんな顔で笑うようになったのかな。 「私に勝たないと、王サマとはやれないってさ?」 私のトラベルギアは安全靴だから、正面からあのナイフを受け止められる。 きっと私は、どうやって相手の戦意を削ごうって考えてる。負けるなんてこれっぽっちも思っていないはず。だってトラベルギアがあるんだもん。 タダの人間がトラベルギアを使っている私に勝てるはずないもんね。 フィールドにいる私は右脚で相手の足を払い、バランスを崩した相手の胴を蹴り飛ばす。肋骨を2本折ったみたい。 「降参しちゃえば? キミじゃ王サマに届かないよ?」 その言葉は、そのまま私自身に返ってきた。 でも、言ったはずのフィールドの私には、返ってきていないみたい。 だって、意味のない叫び声を上げて飛び掛かってくる相手の顎を蹴り飛ばしたんだもん。きっと相手の顎は砕けちゃった。 それでも相手は止まらない。執念だかでナイフを振り回してる。 止めて、もう止めて。 もう死んじゃうよ、それ以上は死んじゃう。 「キミも自分じゃ止まれないのか、……可哀想に」 フィールドの私は、ほんの少しだけ悲しそうな顔をした。 でも、それだけだった。 「止めて!」 私は大声で叫んだ。私のしようとしていることを理解してしまったから。 だって、私なんだもん。私のしようとしていることくらい嫌でも解っちゃうよ。 そして、私の目の前で、私が相手の頚椎を叩き折った。 だから、私の目の前で、私は人を殺した。 「違う! 私じゃない!」 フィールドにいる私が不思議そうな顔で私を見ていた。 その安全靴の下には物言わぬ物体が転がっている。 「じゃあ、誰がこの人を殺したの?」 「キミが殺したんじゃないか!」 「じゃあ、やっぱり私が殺したんじゃない」 「違う! 私じゃない、キミがやったんだ!」 「そうなの?」 「たった今、ファイトした相手の首を折ったのはキミでしょう!」 「じゃあ、なんで私のトラベルギアは血で汚れてるの?」 もう一人の私が私の足下を指差した。 見下ろした先にあった私のトラベルギアは真っ赤だった。 「違う! 私じゃない!」 「じゃあ、どうしてトラベルギアが血に染まってるの?」 ぴちゃんと私の足下に赤い水たまりが広がる。 「じゃあ、どうして、頚椎を折った感触を覚えてるの?」 霜柱を踏み砕くような感触がした。 「違う、違うよ……。私じゃない、私はまだやってない」 「そう。まだやってない。それだけ」 「だから、私じゃない! キミが殺したんだ!」 「そうだね。でも、じゃあ、どうして、私は今笑ってるの?」 赤い水たまりに映っていた私の顔は嗤っていた。 その顔は、フィールドで相手を見た時の私と同じだった。 その後の夢の事、きちんと覚えてない。 魘されていた私を起こしてくれた上城さんに、みっともないくらいしがみついていた事くらいからは覚えてる。 「あの後、私ちゃんと警察に行けたかなぁ」 私は上城さんの用意してくれたお茶を飲みながら呟いた。 練習だけでは埋められない天稟。いくら努力しても身長は伸びない。筋肉だって男と女ではどうしたって差が出てしまう。 男に生まれたかったなんて思ってない。ただ、努力しても報われない事があるのが寂しいんだ。仕方ないって思ってた。 でも、その寂しさを埋めてくれるものを見つけてしまった。それがトラベルギア。 身に付ければ強くなれる。それこそ、ずっとあの場所に居続けることができるくらい。 でも、そんなことしたら、きっとさっき見た夢と同じことになっちゃう。 それは嫌。でも、あの場所に居続けたいけど力が足りない。 でも、私は……。 「どんな未来を選んでも。トラベルギアは、……封印しなきゃダメなんだ」 今頃になって私は涙が止まらなくなった。 「あの、日和坂さん。どんな夢を見たのかは聞きません。けれど、一つだけアドバイスというか、忠告させてください」 私は涙が止まらないせいで、上城さんに返事できなかったけど、上城さんは話を続けてた。 「夢は夢です。それは現実ではなく、日和坂さんの生きていく場所ではないです。だから、もし、泣くほど変えたいと願うなら、見た夢を現実にしないように行動していけばいいと思います」 上城さんがお茶のお代わりを聞いてきてくれたから、私は泣きながらカップをずいっと差し出した。 「夢で犯罪をするたびに警察に行くなんて考えてたら、私は死刑を何回受けなくちゃいけないか」 こぽこぽと暖かい音を立ててお茶が注がれる。 夢見の天幕にあるせいなのか、このお茶の香りはすごく落ち着く。 そうだよ、あれは夢なんだから。 そうならないようにすればいいんだ。 どうすればいいかなんてまだ解らない。 でも、きっと答えを見つけてやる。 私は私になんか負けない。 私は夢見ている。 いつか叶える方法が見つかるように。 起きて、動いて、走って、蹴って。 怖いなんて、不安なんて感じる暇ないくらいに。 私は夢見ている。 生きていきたい場所で夢を叶えるため。
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