ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
数年に一度の女神レイ・レウを称える大祭。 いつもは厳かで静かな雰囲気が漂う大神殿もこの時期だけは騒がしい。 そして、この大祭の間にだけ行われる、女神レイ・レウの名を冠する武道大会。 この大会は女神レイ・レウを讃える神殿だけでなく、各王族からも腕自慢の戦士が集まり技を競い合う。 パティの永遠の目標である兄のジャニスは、かつてこの大会で優勝した。 それがきっかけで輝かしい王族直属の騎士への将来が開けていたと言っても過言ではないだろう。 そして、今、パティはかつての兄と同じ舞台に立っている。 神殿近衛兵見習いでしかないパティであったが、将来の近衛兵を担う見習いたちから、毎回必ず一名だけこの大会に参加できるのであった。 そして、今回はパティが選ばれた。 今までは出場者を応援したり、大会を見て騒いだりするだけだった。 でも、今回は違う。あたしが、パティがそこに立つんだ。 深呼吸をしたパティが舞台へゆっくり現れた。 試合開始前の熱狂だろうか、観客席からは地響きのような歓声が上がった。 パティの対戦相手は、地方王族に仕える青年騎士であった。 「私の名は、ローラン・スローヴァ。ナボール王に仕える剣の騎士が一人」 「あたしの名は、パティ・セラフィナクル。女神レイ・レウを讃える神殿近衛兵見習い!」 パティはローランに臆することなく堂々と名乗りを上げた。 そして、試合開始の合図である鐘が鳴り響いた。 最初に動いたのはパティであった。 滑るように突き進みローランへ連打を浴びせ掛けた。 「動きは良い」 しかし、ローランは息一つ乱さずパティの初撃を全てを受け流した。 「だが、軽い」 ローランの姿が霞んだように、パティには見えた。 ローランの鋭い剣撃をパティは両手でどうにか受け流した。 受け止めるという判断をしなかった自分の勘を褒めたい気分であった。 受け流したはずなのに、パティの両手は今じんじんと痺れていた。 大会用ということで、刀剣類の刃は潰してある。しかし、達人が振えば十分な凶器となる。それは、今、パティが身を持って知った。 だが、ローランの動きは目で追えるし、反応もできた。 生きていればお兄様は、きっとこのローランよりずっと先にいる。 パティ、こんなところで立ち止まってなんかいられない。 パティの体に武者震いが起きた。 ローランの方が力も技も経験も上。だけど、速さなら、どうにか対抗できる。 それなら。 「女神レイ・レウよ、貴女の御力を一時の間、我に授け給え」 パティの体に神聖な魔力が宿る。 「なるほど見習いとはいえ、女神に仕える騎士という訳だな」 剣を構えるローランの全身にも、歴戦の騎士としての気迫が漲る。 パティがどう考えて攻めてみようとも、それはきっとローランの予想の範囲にしかならないだろう。悔しい気持ちはあるが、パティは相手と自分の実力の差が解らないほど未熟ではなかった。 「女神の恩寵を受けし我が身は、今、時を越えて駆ける翼となる」 自分の目標は、目の前の騎士を超えたさらに先にある。 まだきっと届かない。でも、それでも、いつか届くと信じて手を伸ばす。 「良かろう。私も剣の騎士としての技で受けて立とう」 ローランの構える剣に、ローランの全身から練り上げられた剣気が集まっていく。その気の強さをパティは肌で感じ取っていた。 あの技を食らえば、自分は負けてしまうだろうと、パティは冷静に感じ取っていた。 それなら、もう自分にできることは一つだけ。 対抗できる速さを、さらに高めて全力でぶつけるだけ。 訓練で習った剣を持った相手との戦い方、今まで見たことがある剣士の動き方、色々なことを踏まえて、どう戦うべきかを考えた。 「だけど、パティにできることって言えば、これだもんねー!」 見ててね、お兄様。パティ、強くなったんだから。 不思議と恐怖も不安もなかった。 ただただ知りたかった。今の自分は、どこまで兄に近づけているのか。 「敗北を知ることも一つの経験だ!」 ローランが剣を振り上げたその瞬間。 「レイ・レウ!」 女神の名を叫んだパティの時間が一気に加速する。 回りの全てが緩く鈍くなる中で、ローランの懐に踏み込んだパティは全力で拳を突き出した。 「いったぁ!?」 上城の顔から、眼鏡が吹っ飛んだ。 「ほえ? あれー、大会は!? ローランは!?」 パティがきょろきょろと辺りを見回せば、顔を押さえて呻いている上城がいた。 「あれー? かみじょー、どうしたの?」 「い、いえ、気にしないでください」 急に寝返りをしだしたパティを起こすかどうか傍で迷っていた上城に、パティの拳が飛んできたのであった。 「と、とりあえず、夢は見れたようですね」 落ちていた眼鏡を拾って、上城は壊れていないことにほっとしていた。 「えー!! あれが夢なの!! そんなー、すっごく良いとこだったのにー!」 「はぁ、それは残念ですね」 興奮しているパティとは対照的に、上城はズキズキと痛む頬を撫でながら適当に相槌をうっていた。 「あんなの納得できなーいー!」 「とはいえ、夢ですから。そういうものだと受け入れないと」 とりあえず、夢見が終わったものと見なして上城はお茶の準備を始めていた。 「そうだ! かみじょー、あたしと手合わせしてよー!」 「はっ?」 「だって、すっっごい良いところだったのに、あたしを夢から起こしたのは、かみじょーでしょ? だから、責任取って」 いや、あのですね、起こそうとしたら殴られたんですけど、と呟いた上城の言葉は興奮しているパティには届かなかった。 見ててね、お兄様。 パティ、絶対にいつかはお兄様を超える戦士になってみせるから。 パティは気付いていない。 どんなに兄の背中を追い続けても、パティは死んでしまった兄には追いつけないということに。 どんなに強くなろうとも、兄の背中は常にパティの前にあるだろう。 それゆえ、パティはずっと前に進み続ける。 目の前にある兄の背中を追いかけて。 いつか兄を超える実力を身に付けたとしても。 パティは前に進み続けるだろう。
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