ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です
「これでお前も終わりだ、ヴォロスの魔王!」 年若い外見のロストナンバーが声高く叫んだ。 その先にあったのは玉座であった。 ヴォロスに悪名を轟かせている者にしては、毒々しい装飾類は一切なく、むしろ心を落ち着かせるような質素ながらも温もりを感じさせる色合いで統一されていた。 その玉座に座っているのは、まだ幼い少女であった。 その瞳には意志がなく、まるで人形のように人としての気配がなかった。 「とうとう、ここまで来たか」 少女が口を開いた。 「いずれはこうなるだろうと思っていた。だが、後悔はしていない」 しかし、若いロストナンバーの視線は少女ではなく、その少女が抱える青い物体に向けられていた。 いや、物体と言えるのかどうか、それは意志をもった存在であった。 見た目は、ツーリストに付き添うセクタンに酷似したものであった。 それがぷるぷると震えるのに併せて、少女の口から無機質な音が言葉となって紡がれる。 ヴォロスの魔王と呼ばれた、セクタンと良く似た青い外見をしたツーリストであり、「セクタン」という名称で登録をした、その存在を今や世界図書館で知らぬ者はいなかった。 なぜなら、このセクタンはロストレイルの力を悪用し、ヴォロスを一気に開拓してしまっていたのだ。 セクタンとテレパスにより意思疎通ができる、『通訳』と呼ばれる少女を何処から探した出したセクタンは、上層世界群から食料を調達し、潤沢な食料および財力を武器にヴォロスの貧国を次々と買収していった。 そして、生命力に富む植物を栽培し、異世界の魔法技術や科学技術を駆使し、ついにヴォロスに農業革命・産業革命を引き起こしてみせた。 セクタンの所行はそれだけに止まらなかった。 ヴォロス各地の交通網を整備し、各国に資本主義を強引に導入させた。 そして、急成長した国を影から操り、その経済力を駆使して、他国を次々と植民地として支配して、ヴォロスに独裁的な一大帝国を、わずかな期間で築き上げてみせた。 だがあまりにも強引かつ急激な技術発達は、ヴォロスの各地で大きな経済格差を引き起こしてしまった。 ヴォロスは、セクタンの巻き起こした経済の流れに乗れれば、貧者が一夜にして豪商に、乗り遅れれば、豪農が一夜にして素寒貧となる混沌とした世界と成り果てていた。 ヴォロスの世界各地では時流に乗れず地に落ちた者たちの怨嗟が溢れかえった。 ここに至り、とうとう世界図書館は世界群を利用し私的な目的のためにヴォロスを改造したセクタンの討伐を決定した。 そして、セクタンの居城と言われる施設に、ロストナンバーたちは潜り込んだ。 申し訳程度の防衛システムを突破してみれば、あっけなくセクタンのいる場所まで入り込めてしまった。 陽動として、一人先に潜入して警備を引っ掻き回して注意を引くはずが、陽動役の彼は他のロストナンバーたちよりも一足早く辿り着いてしまっていた。 「答えろ! 何が目的なんだ!」 「私は、知りたいだけだ」 血気盛んな少年のロストナンバーの弾劾に、セクタンを抱えた少女が淡々と応じる。 どうやら外見と実年齢に差がほぼない年若い少年のようであった。 「技術を与えれば富むと分かっている者に何もせず見殺しにするのが正義か?」 「何を言っているんだ?」 「助けられる者たちを、己の域まで到達しない者と大義名分で切捨ててよいのか?」 「な、何を」 「愛する仲間が苦しむ時『お前らはまだだから』と助力を断られたら?」 「何を言っているんだ!」 セクタンから次々と飛び出す言葉を、少年は叫んで押し止めた。 「世界図書館の在り方についてだ」 セクタンの答えに、少年は不審な顔をしていた。 「この少女は、ヴォロスでは不治の病とされていた。しかし、こうして生きているのは、私がヴォロスに他の世界群の技術を持ち込んだからだ」 少年が目に見えて動揺していた。 「このように助けられる者たちを、知りながら見過ごす事は罪ではないのか?」 セクタンの質問に、少年は何も答えられなかった。 「私は選んだのだ。助けられる者を助けようと」 無言で立ち竦む少年に、セクタンはさらなる言葉を浴びせかける。 「さあ、お前も選べ。私を殺すか否か」 「殺しはしない。お前には罪を償ってもらうんだからな」 重苦しい声で、少年は呻くように声を絞り出した。 「それは無理だ」 「……どういう意味だ?」 「私は、生きている限り同じ事を繰り返す。誰かを助けるためならば、誰かが泣く事になろうとも躊躇わない。それが、私にできることならばな」 「どうして、誰も泣かないで済む方法を考えようとはしなかったんだ!」 「その時間が、私にはなかったからです」 少女の話す音に初めて感情がこもった。 「私には、セクタンがしていることを悪いとか良いと決められない。だって、セクタンがいなければ、私はこうして生きていないんだから」 少女がセクタンを微かに震える腕で抱え直した。 セクタンの体は、まるで少女を慰めるかのようにぷるぷると震えていた。 「既に私を倒すという選択をお前がしたように、私は選択をしてしまっている。それはもう変えられない。お前も変える気がないのと同じことだ」 完全に黙ってしまった少年は、震える腕で剣のトラベルギアを取り出した。 カタカタと震えて切っ先が定まらない刃は、まるで今の少年の心境のようであった。 しかし、玉座のセクタンに向かって、少年は一歩、また一歩と引き摺るように足を進めた。 セクタンとセクタンを抱える少女は、自分らに振り降ろされるであろう刃を、ただただ静かに見つめていた。 迫り来る運命の刃から目を背けることなく、一切の抵抗もせず、己が決めた道の行く末を厳かに受け入れようとしていたのだろうか。 「コ、コミュニケーションが取れない」 上城は途方にくれていた。何をどうすればいいのか、全く解らない。 目の前の青いゼリーみたいなセクタンはぷるぷるしながら、何かを伝えようとしているようだった。 しかし、上城にはさっぱり伝わらない。 そもそも、上城にはこのセクタンが神託の夢を、これから見ようとしているのか、それとも既に見終わったのか、それさえも解らない始末であった。 どうやらセクタンは、自分が見たいと思っている夢の内容を、上城に伝えてから寝ようとしているようであった。 果たしてセクタンが見る神託の夢は、自分の想い描くようなものになるのか。 それを知るのは、セクタンと時の流れのみであった。
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