ふんわかほわほわほんわりふわふわ。 ここには優しい空気が流れている。 だからニワトコはこの世界が好きだった。 素敵な不思議がいっぱいの世界、モフトピア。 さて、今日はどんな不思議が見つかるのかな――? 「たびびとさーん、たびびとさーん!」 ニワトコが浮島に降り立つと、目ざといアニモフが手を振りながら駆けてくる。 「あーそーぼー!」 両腕を広げたニワトコの胸にぽすんぽすんと先頭の羊アニモフ二人が飛び込んできた。順に頭を撫でてやる。もこもこふわふわ――もふもふだ。 ニワトコがその感触に頬を緩めていると、ふと視線を感じた。といっても刺さるように敵意ではなく、願いに近いもの。『ここにいるよ、気がついて』と訴えかけるようなもの。 「ねえねえ」 「たびびとさん、今日は何をして遊ぶ?」 足元にもふもふまとわりつく羊アニモフ達にちょっと待っててねと断りを入れ、ニワトコは視線の主を探した。 きょろきょろと何度か首を巡らせてみれば、視界にさっと写った影がある。相手はニワトコが視線を向けたから隠れてしまったようだ。恥ずかしがり屋なのだろうか。ならば。 気が付かなかったふりをして別の方向を向いて、そして一気にその影のいる物陰に視線を移す! 「!!」 「!?」 ニワトコの視線に撫でられて、驚きで固まっていたのは狼のアニモフだった。比較的年長の部類に入るだろう。しっかりとした意思が表情から感じ取れるようだ。 「おにーちゃん?」 「! ばか、でてくるなって!」 彼の足に隠れるようにして、もう一匹の小さな狼アニモフがいた。こちらはまだまだ小さく、あどけない表情をしている。 「どうしたの? 君たちはこの子たちと一所に遊ばないのかい?」 警戒心を紐解くような優しい声でニワトコが告げると、兄狼が口を開こうとしたその時、羊アニモフたちが声を上げた。 「あいつはいつもいじわるばかりするんだ!」 「たびびとさんは僕達と遊ぶんだ、あっちいけー!」 その言葉を聞いて兄狼はくっと口を引き結んで。妹狼は兄の足に隠れながらも潤んだ瞳をニワトコに向けている。 (なんとなく、わかったかな) ニワトコを渡すまいと衣服の裾を握る羊アニモフ達も手が震えている。意地悪されたくないがニワトコを渡したくもない、そんな心境なのだ。 (でも、いつまでも仲が悪いままじゃ悲しいよね) 「ねえみんな、あの二人と仲良くすることはできないかな?」 「むり!」 「いじめっこだもん!」 「本当に? 本当に無理かな?」 視線の高さをあわせて諭すように言葉をかけると、羊アニモフたちは言葉に詰まって。 言葉に詰まったのは迷っている証。ならば、歩み寄る余地はある。 「君たちも、ぼくと一緒に遊んでくれようと思って来てくれたんだろう? 彼らに意地悪なんてしないよね?」 「あのねあのね!」 狼アニモフ兄妹に視線を向けると、妹狼が初めて兄の足の影から出てきた。頬を紅潮させて、瞳をキラキラ輝かせて。 「ふしぎなたねをひろったの。なんのたねかわからないけど、たびびとさんといっしょにうえたいの!」 まっすぐに差し出された妹狼の手には、丁寧に葉っぱでくるまれた包みがあった。見つけたという種を無くさないように、傷つけないようにと包んだのだろう。もしかしたら兄狼が包んでくれたのかもしれない。 (本当は、優しいんだね) だとすれば、やはり歩み寄る余地はある。 「じゃあ、みんなでその種を植えて、どんな花が咲くか見守ろうか」 「うん!」 即答したのは妹狼。羊達は『う……』とか『でも……』とか渋っている。兄狼もちょっとバツが悪そうな顔をしていて。 「お花が咲くのを見守るのに意地悪は必要ないよね?」 「……ああ」 確認を込めて問いかければ、ニワトコの意思が伝わったのか妹狼の望みを叶えてあげたいという気持ちが勝ったのか、兄狼は頷いて。それを見た羊達はほっと胸をなで下ろして『だったらいいよー』と笑を浮かべたのだった。 やっぱりこの世界には、笑顔が似合うよね。 *-*-* 「でも、どこにうえたらいいのかなー?」 ニワトコは妹狼の手を引いて。その周りを羊達が取り囲んで、兄狼は輪に入り難いのか、その後ろから少し離れてついてきている。 「そうだねぇ……」 そっと土に触れて、ニワトコは小さく首を振る。 「ここはダメみたいだよ。もっと養分があって、種がよく育つ所があるんじゃないかな」 「じゃあ、あっちにいってみよう!」 羊達の先導で種まき候補地を回っていく。みんなで一緒に浮島内を巡る。これだけでもウキウキワクワクしてしまうのは気のせいだろうか。 「できればお日様がたくさんあたるところがいいよ」 「なんでー?」 「お花はお日様が大好きなんだよ。ぼくもそういうところが大好きだもの」 お日様お日様ーと歌うように口ずさみながら、種まき候補地探索隊は歩いて行く。要所要所で土に触れただけで養分などの状態のわかるニワトコがチェックをするが、なかなか即決できるような所が見つからないのがもどかしい。 「……一箇所、心当たりがある」 ちょっと休憩、とみんなで座り込んでいた所に、初めて自分から兄狼が近づいてきた。そしてある場所を告げる。聞いていた羊達は『そんな場所あったんだー』と目を丸くし。 「そこ、おにーちゃんのひみつのばしょ!」 妹狼はぴょんっと立ち上がった。 「いいの? 秘密の場所をぼくたちに教えてくれて」 ニワトコが立ったままの兄狼を見上げるようにして首を傾げれば。 「……せっかくこいつが楽しみにしているのに、場所がねーんじゃ可哀想だろうが」 照れたように彼は鼻を鳴らし、ぷいとそっぽを向いてしまった。その言葉は彼の照れ隠しであり、本当は優しいお兄ちゃんだとわかったニワトコは、自分の顔に自然と笑みが浮かんでいることに気がついて、もう一度微笑んだ。 その場所は山道の途中の林を横切った先にあり、とてもとても眺めのいい場所だった。 一度木々を抜けてしまえば目の前には緑の野原が広がっていて。遮るものはないから、日当たりも問題ない。あまり奥に行くと切り立った崖になっているというからそこは注意をして、落下の危険のない場所の土の状態をチェックすることにする。 ニワトコが土に触れると、アニモフ達の視線が集まる。ドキドキドキドキとみんなの心臓の音が聞こえそうだった。ニワトコはゆっくりと閉じた瞳を開け。 「どう、だった?」 ごくり、唾を飲み込んだ兄狼の言葉に、柔らかい笑顔を浮かべた。 「ばっちり。ここに決定だよ」 「「「やったー!!」」」 まだ花が咲いたわけでもないのに、アニモフたちは飛び上がって喜んで。ニワトコも、抱きついてくるアニモフを順番に抱きしめていった。 *-*-* おはなさんーおはなさんー、はやくきれいなかおをみせてねー。 ぼくたちーみんなみんなー、たのしみにまっているよー。 たいせつなたいせつなおはなさんー、げんきにそだってねー。 きれいなはなをさかせてくれると、しんじてるからー。 種を植えた場所を囲むようにみんなで輪になって、手をつないで歌を歌う。みんなの願いを込めた歌をたくさんたくさん聞かせれば、きっとお花さんにも伝わるはずだから。 水やりは一人一回ずつ、順番を守って。たくさん上げればいっぱい育つわけじゃないからそこは注意が必要だね。ほら、自分はいいなんて言わずに、みんな順番に、だよ。 もう芽が出てきた。この植物は成長が早いのかもね。みんなの気持ちに応えようと、精一杯頑張っているのかもしれないね。 だから、ぼくたちも――。 「おはなさん、いつさくのかなぁ」 ニワトコの膝の上に座った妹狼が待ち切れないとばかりに彼を見上げる。そうだねぇ、とニワトコは首をかしげて。 「きっと、そう遠くないと思うよ。お花さんもいっぱいいっぱい頑張っているからね」 事実、この数日で種は発芽し、ひょろ長い茎が出るまで成長していた。 「棒ってこんなのでいいかなぁ?」 「うん。これがちょうどいいかな、ありがとう」 林に入って棒きれを探してきた羊達の手から一本の棒を受け取り、ニワトコは茎の側へと突き刺した。アニモフたちは何が起こるのかと目を見開いて見守っている。ニワトコは、少しだけ茎の先を棒に絡めてやって。 「なにをしたの?」 「明日の朝になればわかると思うよ」 妹狼に問われても、笑むだけ。 「じゃあ、ぼくはきょうはずっとおきてる!」 「ずるい、わたしもわたしも!」 「ぼくだってー!」 何が起こるか気になるのだろう、アニモフたちはこぞって徹夜宣言。頑張って起きて、何が起こるか見届けるんだ、と。 (でも結局みんな、睡魔には逆らえないんだよね……) 陽が落ちて辺りが暗くなれば、昼間騒いでいたアニモフ達も眠気に誘われて。一晩中起きているなんて宣言はどこへやら。むにゃむにゃと気持ちよさそうに眠っている。 (でも、僕も……) なんだかんだいってニワトコ自身も眠くなってしまい。 いつの間にか眠りに捕まってしまったのだった。 *-*-* 添え木に蔓を巻きつけた茎は立派に成長し、数日後には可愛い蕾をたくさんつけた。蕾が膨らんでいくごとに、みんなの期待も膨らんでいく。 「ぼくは自分の生まれたときのことをおぼえてはいないから、こうやってだれかの生まれる瞬間を見るのって、なんだか嬉しいな」 「どんな花が咲くかな」 「綺麗な花だといいな」 多分明日の朝には蕾が開くと思うよ――ニワトコの言葉を聞いたアニモフたちは、目を輝かせて蕾を見守って。じっとしていられないのだろう、待ちきれずにくるくると周りを回っているアニモフもいる。 「大丈夫。みんなで『元気に綺麗な花を咲かせてね』ってお願いしているから、きっとこの子も嬉しいと思うよ」 だから、明日の朝は少しだけ早起きしてみようか――自信はないけど。そんな約束をして、いつもより早めに眠りにつく。 その日のみんなの夢は、まだ見ぬお花のことばかり。 大きい花、小さい花。赤い花、黄色い花。 さぁて、どんな花が咲くでしょうか? ゆさゆさゆさ。 「おい」 ゆさゆさゆさ。 まだ薄暗く、すこしばかり太陽の光が差し込み始めたばかり。ニワトコは身体を揺すられて、重いまぶたを開けた。今まではまだ眠っている時間だ。起こした主を見てみると、兄狼である。 「早起き、するんだろう?」 「ん、ありがとう」 ニワトコが体を起こして目をこすっている間に、兄狼は次々とアニモフたちを起こしていく。早起きしてくれたのだろうか、それとも眠っていないのだろうか。やっぱり優しいのだ、彼は。 ゆっくりと草原に差すお日様の光が増えてくる。 固唾を飲んでみんなでじっと、蕾を見守る。 ゆっくりと、ゆっくりとつぼみがほころんでいき――ぽんっ! と音を立てて開いた。 「わぁぁっ!」 一つが開けば他の蕾も釣られるようにはじけていき、それまで隠されていた美しい姿を現し始める。 蕾から出てきたのは、ドレスの裾を思わせるふわりとした花弁。波打つ花弁は優しい印象を与える。壱番世界で言うスイトピーに似たその花は、お日様の光を受けて虹色に輝いていた。 「すごぉぉぃ」 「虹色のお花だっ!」 ぽん、ぽぽぽんっ! 続けて蕾がはじけていくと、添え木にそって虹色の道が生まれる。キラキラ輝くそれは、本当に美しくて。 なぜか、ニワトコの瞳からは涙が流れ落ちた。 誰かが生まれる瞬間とはこんなにも美しいものなのか。 こんなにも、心揺さぶるものなのか――。 「レインボー・スイトピーだね」 泣き笑いで花を優しく撫でる。 生まれてきてくれて、有難う。 ぼくの前で生まれてくれて、有難う。 「この瞬間のことはきっと、ずっと忘れないと思うよ」 「ぼくもー!」 「わたしもー!」 合唱のように声を上げるアニモフ達。その姿を瞳に納め、こらえきれぬ思いがニワトコの心を満たす。 旅人の足跡の効果できっと彼らはニワトコのことはいつか忘れてしまうだろう。けれども、この花が咲く瞬間の感動は、きっとなくならない。ニワトコも、忘れない。ならば、それで十分なのかもしれなかった。 スイトピーの花言葉は、『優しい思い出』だから――。 【了】
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