▼ミスタ・テスラ、コルロディ島、とある館 薄暗い部屋に、彫刻の施された大きな木箱がありました。棺のようにも見えるそれは、全部で四つあります。蓋は横にずれ、少しだけ開いていました。 ふと蓋の隙間の暗がりから、子どものような細い手が伸びてきました。手は重たそうにゆっくりと蓋をどかします。やがて震える手で棺の縁をつかみ、そこから身体を起こしたのは、10歳前後ほどに見える子どもでした。 ただし、間接部は球体のようになっています。知る者が見れば一目で分かります。この子どもたちは、ひとの手によって作られた〝人形(オートマタ)〟なのです。 肌のように見える皮膚も、柔らかく有機的な素材をもとにして作った紛いものでした。瞳は硝子(ガラス)でつくられ、骨格は鋼鉄製のフレームによって構成されています。血液の代わりに銀色の液体燃料が体を巡っています。小さな体躯(たいく)の内部には、めまいがする程の緻密さで組み合わせられている歯車や、シリンダー・硝子管・導線・脈動するような光を放つ宝石などで溢れ、それらの複雑な機巧(からくり)が内臓の役目を果たしていました。 四体(あるいは四人)の人形たちは、ほうけた表情で互いの姿を確認し合いました。自分が何者で、ここが何処であるのかを考えようとしました。 そのとき、部屋の扉が開いて光が入り込んできました。暗い部屋にいた人形たちは、まばゆさに思わず顔をしかめ、腕や手で光から顔を隠します。 まぶしい光の奔流にやがて目が慣れてくると、光の奥から何人かの人影が歩み寄ってきました。一人ずつがそれぞれの人形の前に立ち、屈みこみ、すっと手を差し伸べてきます。「さぁ。おいで、 」 人形たちはその人影が口にした言葉を、なぜかすぐに自分の〝名前〟だと認識できました。 胸の奥のコアに刻まれた意味不明の番号や記号の羅列は、製造番号や型番と呼ばれ、それはどの人形であっても生まれた瞬間から認識することができます。けれど名前は違います。名前とは自分だけのために与えられる、大切な大切な宝物なのです。区別するためだけに与えられた番号とは全く違うものなのです。 名前を呼んでくれた目の前の人物を、人形たちは大切な誰かと認識しました。そして差し伸ばされた掌に、自分の小さな手を乗せます。支えられながらも、ふらりと揺らめくように立ち上がりました。 それが、この人形たちにとって。世界で生きていくことへの、最初の一歩となったのです。▼それより少し前、0世界、世界図書館の一室にて ロストナンバーが大勢集まる、ちょっとした会議室とか集会所のようなところ。 そこに集められたあなたや他数人のロストナンバーの前には、導きの書を抱えた世界司書がいました。 世界司書が今回、冒険を依頼した世界は夢想機構ミスタ・テスラ。依頼内容は『子ども型オートマタのお世話をし、交流を育む(はぐくむ)こと』でした。モフトピアの世界を対象によく行われる、現地調査という名の観光旅行にも近いことのようです。 その依頼内容について補足説明を加えるべく、世界司書は隣に控えさせていた少女を呼びました。猫耳フードを被ったその小柄な少女は、メルチェット・ナップルシュガーと言う名のツーリストです。彼女は世界司書ではありませんが、『自動人形』という技術やそれを作り出す文明などについて詳しく知っているため、解説役として呼ばれたのです。「皆さん、ミスタ・テスラの世界についてはご存知ですか? 壱番世界で言う19世紀末のヨーロッパに近い文明を発展させていて、蒸気を用いた科学技術が非常に発展している世界なんですよ。壱番世界の言葉を借りちゃうのなら、いわゆるスチームパンクな異世界、といったところかしら。 以前から存在自体は知られていたけれど、以前にあるロストナンバーがセカンドディアスポラで飛ばされてしまって、色々とあったところです。まぁ、それはともかく」 こほんと咳払いをすると、メルチェットはどこからか移動式の黒板をからからと引っ張ってきて、図や文字をかつかつと書きながら説明をし始めます。「今回の世界司書さんからの依頼内容は、自動人形の子どもたちをお世話することです。 お人形と言っても、布や木で作られるおもちゃとは違って……ちょっとした判断力を持って動くのよ。からくり人形、自動人形、機械人形、オートマタ、オートマータ、オートマトン、ドール……色々な呼ばれ方があります。でも、ゴーレムやホムンクルス、ロボットやアンドロイドとはちょっと違うのよ。そもそも自動人形のような、自律稼働式人造生命の定義とはね――」 ちょっと回りくどくて長ーい話が続きそうでした。横に下がっていた世界司書が、つんつんとメルチェットを突付いて自制させます。はたっと気がついたメルチェットは恥ずかしそうに顔を赤くさせると、すました表情で本来すべきことへの説明に戻りました。 冒険の舞台はミスタ・テスラ世界にある『コルロディ島』という場所のようです。ここは大昔にあった戦争の名残で、作物も育ちにくい荒廃した土地となっており、人はもう住めないとされていました。 しかしミスタ・テスラ特有の『蒸気科学』や、エーテルというエネルギーを利用した『魔道科学』によって開発された、人間と寸分違わぬ外見を持つ自動人形『オートマタ』が、人間に代わる労働力として製造されたことから、少しずつ豊かな自然を取り戻していった――という歴史を持ちます。 よって、このコルロディ島ではたくさんのオートマタを見かけることができます。一部の作業用オートマタを除き、大抵は人型をしている模様です。遠めに見れば人間と何ら変わりはありませんが、球体状の間接機構や、多くの金属部品を使用していることから人間の倍の体重がある等、様々なところで人と違う部分を持つようです。 ――などなど、メルチェットはそうした説明を話してくれました。「世界のことや、オートマタの概要については大丈夫ですか? では、ここからが本題です。今回、お世話することになる子どもオートマタは『中身がからっぽ』なんです。 中身と言っても部品のことではありませんよ。知識とか技術とか、常識とか性格とか。そういった。私たちヒトが育っていく上で覚えていく、色々なことを指します。 その子たちはまだ生まれたてだから、そうした情報をまったく知らないみたいなの。言葉は何となく喋れたりするみたいですけど……。 だから、たくさんのことを教えてあげる必要があるの。でも肝心の教えてあげられる人が足りないから、現地で募集があったみたいで……それが、今回の依頼に結びついたんですよね?」 横に控えている世界司書へ顔を向けると、その司書は黙って頷きました。メルチェットは偉そうに胸を張ると、得意げに説明を続けます。「えっへん、やっぱり思ったとおりだったわ。 ……なので今回の依頼は、子どもオートマタを育ててあげること、教えてあげること、一緒にいてあげること、が主な内容になるとも言えますね。 何かを知ろう、学ぼうって思考が設定されていることもあって、とにかく好奇心が旺盛なそうですよ。とにかく、色々動き回ったりするみたい。例えるなら、ぱわーのあるエミリエちゃんが、良識なく暴れ回ったりいたずらしたりする感じに近いと思います」 エミリエと言えば、様々ないたずらをしてはリベルに叱られることが日常茶飯事である、世界司書屈指のトラブルメイカーな女の子。そこに溢れるパワーと良識の欠如が加われば、何かもう色々と大変かもしれません。その場にいたロストナンバーたちは苦笑したり、げーっという苦い顔をしたり、様々な反応をします。 そして、その後もメルチェットと世界司書による、冒険依頼前の補足講座はちょっぴり続いて。「――以上で、メルチェからの説明はおしまいです。 今回、私は一緒に行けませんけれど……素敵な旅になるよう、0世界から応援していますね。 さぁ、では支度に取り掛かってください。行き先は、夢想機構ミスタ・テスラ!」 世界司書の台詞を横取りしてしまったことは露知らず。ぴっと指を立てた手を天井に振り上げながら、メルチェットは楽しそうに告げるのでした。 † そうして、あなたたちはやって来たのです。名も無き人形の子どもたちが待つ、ここミスタ・テスラに。 あなたと人形たちが、このコルロディ島で過ごす数日間が、緩やかに幕を開けます――。
▼いつかの午後のこと。 爽やかな風が吹き抜ける草原の中。 川原・撫子(かわはら・なでしこ)は、しゃがみ込んで何かを探すように手先や顔を動かしている。目的であった花を見つけると立ち上がって、雑草の茂みから体を出す。 「あ、これなら分かりやすいかな。――ミオちゃん、こっちにおいでー!」 撫子の呼び声に反応し、草の陰からひょっこりと顔を出す少女がいる。撫子が担当することになった女の子の自動人形・ミオだった。いつも眠たそうに目がとろんと傾いていて、ぬぼーっとした雰囲気があるミオだが、それに反して行動は機敏だ。すぐさま主である撫子のもとへと、てこてこ駆け寄ってくる。 「ほら、ここにお花があるでしょう? 持っている図鑑の中から捜してごらん」 ミオが抱えている厚手の本を撫子が指差すと、ミオは黙ったままこくこくと頷き、足元に群生する花と同じ絵が書かれている頁(※)を黙々と捜し始めた。やがてそれを見つければ頁を開き、撫子に見せ付けるようにする。 「そうそう! よくできました、偉いぞっ。ミオちゃん、お利巧さん!」 壱番世界でのバイト生活で自然と身についた営業用の飾った声音ではなく、子どもにだけみせる、特有の明るさと優しさに溢れたそれ。そんな声を洩らしながら、撫子はミオの小さな体躯(※)をぎゅむーっと抱きしめた。ついでに頭もすりすりと撫でてやる。ミオは相変わらず、ぼーっとしたままの表情でされるがままだ。 そんなミオが、ほお擦りするように己を抱きしめてくる主の背中を突付く。撫子はきょとんとして、その方向に体を向ける。 「あれは……」
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