オープニング

 ――0世界。

 このどこかに、桜の咲き誇る園があった。そこはただ長閑な風のなか、桜が咲き誇り続ける、それだけの場所である。

 一歩踏み出せば、そこはもう春の世界。蝶が舞い、時折風にのって花びらが踊る。そして、気がつけば鳥の声が聞こえてくる。

 今、ここには貴方しかいない。貴方は薄桃色の世界で1人、何を思うだろうか。

 故郷の事でもいい。
 旅を振り返るのもいい。
 物思いに耽るのもいいだろう。

 貴方には、少し時間がある。その時間を大いに活用し、この世界を楽しんでもらいたい。

品目ソロシナリオ 管理番号1822
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。
春と言う事もあり、一発ネタ。
……ご希望があれば、再びやるかもしれません。
秘密の花園ならぬ秘密の桜の園でございます。

どこかにあると言う桜が咲き誇る園。
貴方はそこで何を思いますか?

この桜の園では
・桜をめでる
・物思いに耽る
・故郷に思いをはせる
・ピクニックをする
等などある程度自由に出来ますが
・喫煙
・花火を揚げる
など火気の使用はご遠慮下さい。

それでは、よいひと時を。

参加者
メルヒオール(cadf8794)ツーリスト 男 27歳 元・呪われ先生

ノベル

 ふわぁ、と欠伸を1つしながら、1人の青年が歩いていく。僅かによれた衣服に、寝癖だらけのまま無造作に纏めた黒髪の青年、メルヒオールは今日ものんびりと歩いていく。
 ふと顔を上げる。と、そこは桜の木々がならぶ見事な園だった。いつの間に、こんな所へ迷い込んだのだろうか?
(こんな所、あったか……? )
 いつもの不摂生で眠たい目を擦りつつ、首を傾げる。
 自室に戻ろうと考えていた物の、暖かな陽気と心地のよい風に負けて適当な寝場所を探していた彼だったが、このような園はここいらでは見た事がなかった。
 最初のうちは不思議に思っていたメルヒオールであったが、ここで昼寝としゃれ込む事にした。 そしてのんびりと桜の木々を見ているうちに、彼の口から小さな呟きが漏れた。
「ここらへんでいいか」
 彼は、満足げに1つ、頷いた。

 メルヒオールは木の根元に腰を下ろし、纏っていたローブを前にかけた。ふと、空を見上げれば、薄桃色の空が灰色の瞳に広がる。それにどこか懐かしい気持ちがこみ上げ、自然と口を開く。
「そういえば、もう、あの花が咲く頃か」
 思えば、故郷には桜ではないが同じ頃に咲く、似たような花があった。名前は忘れてしまった物の、薄桃色で、優しい色合いだったのを思い出す。どこもかしこも薄桃色に染まり、とても綺麗だったのを彼は覚えている。
(ということは……)
 ふと、脳裏にある事が過ぎる。それに少し寂しい物を覚えつつ、振り切るように苦笑する。メルヒオールはもう1つ欠伸をすると木に持たれてまどろみはじめた。

 風が吹く。立派な木に薄桃色の花が咲き誇る。その下で、幾人かの少女たちがなにやら話している。
 手に筒のような物を持った彼女らがローブを纏っている所からして、魔法学校の庭である、と彼は判断した。そして、見覚えの在る少女たちが、成長している所からして……。
(これは、あいつらの……)
 メルヒオールの目が、見開かれる。式典が終り、外に出た所なのだろうか。そんな事を思いながら、嘗て故郷で教えていた生徒たちの卒業式を夢で見ている、と自覚する。彼が故郷である世界に居続けたとして、数年後の事だが、それを彼は今、夢に見ている。
 確かに、彼の生徒たちは成長していた。身体的にも、精神的にも。その姿に、彼の目が、僅かに優しい眼差しを宿した。
(恥しがり屋の子が、ちゃんと人の目を見て話せている。ああ、あの子は主席で卒業したのか。そして、あの元気な子は……もう次の事を考えてんだな)
 1人の少女が、小さく微笑む。他の少女たちもそれに続いて駆け寄る。そこへ双子と思わしき少年2人――もちろん、彼の教え子だった――も駆けつけ、5人で花の下で別れを惜しんでいる。
(あの双子は、背が伸びたぐらいであまり変わってないか? )
 そんな事を考えつつも次々に見える“成長した”教え子たちの姿にメルヒオールの瞼が、僅かに熱くなった。
 どこか寂しく思うのは、そこに自分が居ないからだろうか。それとも、成長した生徒たちに複雑な思いを抱いたからだろうか。
(そうか。……そうだよなぁ……ったく……いい顔しやがって)
 それでも自然と、顔が綻ぶ。その笑顔が、心を温めていく。その、どこかくすぐったい感触に瞳を細め、彼は教え子達を見つめる。
 しかし、ひらり、と舞う桜と、生徒達の背中が重なる。それは、メルヒオールの目からすれば、また頼りなく、儚く見えてしまう。
 その事に気付き、思わず苦笑していると、辺りが薄桃色に染まった。巻き上がる風、舞い散る花びら、煽られるローブ……。思わず左腕で顔を庇っていると、全てが真っ暗に染まった。

「ん……」
 ぼんやりとした意識が、音も無く覚醒していく。爽やかな風が吹き、欠伸を1つ。すると、花びらがひらり、頭から零れた。どうやら、眠っている間に落ちてきたらしい。
 体を解しながら(と言っても、右の半身は石のままなので解せないが)辺りを見渡すと、いつの間にか、ひらひらと幾つもの花びらが舞っていた。
「まるで、あいつらみたいだ」
 そんな事を呟きながら立ち上がる。と、ひらり、1枚の紙が落ちた。不思議に思いながらそれを拾う。と、そこに書かれた内容に、大いに苦笑する。
(……まだ、残ってたのか)
 口元が綻ぶ。その書かれた内容は、魔法学校で行っていた授業の内容だった。それを懐かしげに読みつつぽつり。
「そういうことなのか? 」
 あんな夢を見たのは、どうやら桜だけが原因ではないらしい。そう、彼は考えつつメモを光に透かした。その内容を読めば読むほど、その時の事を思い出す。
(この実験、そういえば失敗して教室の片付けが大変だったけなぁ)
 それから、生徒たちとの日々が脳裏を過ぎった。共に笑い、時に泣き、時に慌てたりもした、あの暖かな日々。そして思い出すのは、夢で見た教え子たちの『未来』の姿……。
 それでも、その背中に危うい何かを、頼りない何かをはっきりと覚えたメルヒオールの口元に、優しい笑みが浮ぶ。
「あーあ、なってねぇなぁ。全く……」
 思わず呟く。もう1度首を回し、ふぅ、と息を吐いて。どこかのんびりと、それでいて、優しく、唇は言葉を紡ぎ出す。
「あいつらにはまだまだ授業が必要だな」
 そっと零れた言葉は、答える者は居ない。ただ、咲き誇る桜たちだけが、その言葉に微笑むだけだった。
 見上げれば、一面の桜。それに微笑みながらメルヒオールはゆっくりと歩き出す。夢の残り香をそっと味わうように踏み出しながら。そして、故郷で待つ生徒達に思いをはせながら。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
今回は桜の園を訪れてくださり、ありがとうございます。

今回の夢について
「教え子たちの卒業式」という事でこんな風に。捏造もありますが、大目に見ていただけると嬉しいことです。
 少しでもイメージにあっていると良いのですが……。

 また縁がありましたらよろしくお願いします。
公開日時2012-04-10(火) 21:10

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル