オープニング

 確かに「好きなようにモフるがよい」とは言った。だがよもや、こうまで執拗にモフってくるとは思わなかった。
 ハルク・クロウレスは腹の底で何度目かのため息を落とした後、横目にカンタレラの嬉々とした顔を確かめる。
 何がカンタレラの心をこうまで掴んだのかはさだかでないが、ともかく、ハルクの許しを得た彼女はあらゆる手でハルクの腹のやわらかな毛皮をモフモフとしてくるのだ。
「……カンタレラ殿」
「うむ」
 一応の返事は返される。が、カンタレラの目はハルクの声に応じることはない。先へと進むハルクの歩調に合わせた歩調を保ちながら、盗みモフとしか言いようのない触れ方でモフモフとしてきている。
「カンタレラ殿。……他の皆はもう、ターミナルに着いた頃かも知れぬな」
「うむ」
 一応の返事は返される。しかし、カンタレラが満面に浮かべている嬉々とした表情を崩すのもしのびないことだ。ハルクは大きく肩を上下させた。
 
 ヴォロスにおける、世界司書から請けた依頼は暴走した竜刻の回収だった。ハルクとカンタレラ、それに同行したロストナンバーたちの力によって竜刻は大きな被害を生むこともなく無事に回収され、今は先にターミナルに向かっているロストナンバーたちが持っている。
「カンタレラは何度か竜刻を見たことがあるのだ。とてもキレイなのもあったのだ」
 一心にハルクをモフっていたカンタレラが不意に顔をあげて目を瞬いた。今回回収したそれを思い出しているのだろう。両手で竜刻の大きさを再現するかのような動きを見せている。
 ハルクはようやくカンタレラから解放され、安堵の息を吐きながら、竜刻の回収に伴って収集した情報のいくつかを思い出していた。
 ――今回回収したそれは大きな鈴のようなかたちをしていた。金属ではなく木でつくられたそれは、しかし、音をなすことはなかったのだ。その理由を街の人々は口々に言っていた。
 いわく、――木鈴は本来ふたつで一つをなすものだった。
 いわく、――大きな鳥がひとつを持ち去ってしまった。
 木鈴は定期的に美しく磨かれるのだという。その大きな鳥が現れたときは、鈴のひとつが外され、残っていたのはもうひとつだけだったのだというのだ。知らぬものから見れば、鈴は元々ひとつきりのものなのだと思い違いもされるだろう。もっとも、鳥にそのような知識があるはずもなく。おそらくはなにか餌のようにでも見えたのかもしれない。
 残った鈴が――竜刻が暴走を始めたのはその後のことだったのだという。
 ――対を成しひとつとなるもの、か。その時初めて、鈴はやわらかく美しい音を響かせるのだとも聞いた。
 鋭利な眼光をするりと眇め、ハルクは街の外に続く仰々しい門の前で足を止めた。
 曲がりくねった石畳の細い路地は緩やかな坂を作っている。路地は迷路のように曲がり、その先々に似たような造りの白壁の家々が並ぶ。路地の先には小さな教会のようなものがあった。鈴はそこで古くから飾られてきたのだという。
 門を出れば平原が広がり、その向こうに深い森が続く。仰ぐ空は涼やかな藍で満たされていた。
 ――ならば、その鳥が持ち去ったという鈴もまた、今ごろ暴走しているのではないのだろうか。
 考え小さく唸ったハルクの横で、カンタレラが空の遠くを指差した。
「ハルク殿。鳥がいるのだ」
 のんびりとした語調。ハルクは示された先に目を向ける。
 碧空の中、確かに一羽の鳥がいた。低いところを飛んでいるのだろう、落とす影が風に波打つ平原の上に落とされている。
 鳥は森を越え、まっすぐに街に向かってきた。その姿を目視できる距離に至ったとき、ハルクはその鳥の姿を検め、ポケットから丸眼鏡を取り出し引っ掛けた。
「……鳥の上、……何者かが乗っているのか?」
「む?」
 独り言のように呟いたハルクの言を受け、カンタレラも身を乗り出し目をこらした。
「おお、本当なのだ! 少女がいるのだ!」

 鳥の上に見目十代半ばほどの少女が座っていた。腰上ほどまで伸ばした黒髪が風になびいている。肩掛けの大きなカバンが大きく膨らんでいるようだ。
 鳥は大きな鴉のような見目をしていて、深い赤の眼光が細められている。

「だからあんたはダメなのよ! こないだの植樹のときだってあたしすっごい行きたかったのにさ! あんたのせいで行けなかったんじゃん!」
 羽毛に掴まりながら、少女は頬を膨らませた。
「スマナイ」
 鴉は淡々とした語調で応える。
「だから今度はうまくやってドクター・クランチにもっと強くしてもらおうと思ってたのにさ。また失敗とかありえないんだけど」
「スマナイ」
「っていうか、ふたつで一つとかありえないんだけど。ほんと、そういうのはこれ盗るときに言えっての」
「スマナイ」
「スマナイしか言えないの? ほんとまじありえないんだけど」
 少女はさらに頬を膨らませた。

「ドクター・クランチ?」
 頭上を飛んで行く彼らの会話を耳にしたハルクが顔をあげる。鴉の眼光とハルクの視線とが絡み合う。
「ドクター・クランチと言ったのか」
 次いで口を開いたハルクの横、カンタレラが小さくうなずいた。
「カンタレラも知っている名前なのだ。確か、世界樹旅団の」

 鴉は街の上空を大きく廻った後、再びハルクとカンタレラの上に戻ってきた。
「あんたたち、もしかして世界図書館側の人たち? もしかしてあの鈴あんたたちがもう一個持ってるかんじ?」
「上から目線は失礼なのだ!」
 上空に留まる鴉と少女を指差し、カンタレラが素っ頓狂なことを口走る。ハルクはカンタレラに構うことなく視線を眇めた。
「はあ? 意味わかんないんだけど。なんかムカつく!」
 少女はそう言うと枝のようなものを構え持ち、表情を歪めた。
「やるよ、コウライ!」
「リカイシタ。チャエリ、オチナイヨウニ」
 短い会話を交わした後、チャエリと呼ばれた少女は枝を持ち上げ、コウライと呼ばれた鴉は嘴を開いた。
 振り落とされたのは幾筋かの風刃だった。平原の草を薙ぎ、街の門に亀裂を走らせたそれは、カンタレラの皮膚を裂き、ハルクの帽子を飛ばしてトレンチコートを裂いた。
「とりあえずあんたたちは死んじゃってくれる? 鈴持って帰って、図書館側のヤツをふたり殺したって言えば、きっともっと強くしてもらえるもんね!」
 楽しげに声を弾ませるチャエリとコウライを仰ぎ、ハルクとカンタレラはそれぞれに眉をしかめたのだった。
 
  
  
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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>

カンタレラ(cryt9397)
ハルク・クロウレス(cxwy9932)

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品目企画シナリオ 管理番号1985
クリエイター櫻井文規(wogu2578)
クリエイターコメントこのたびはご指名いただき、まことにありがとうございました。企画案を拝見しまして、少しばかりこちらでいじらせていただいたりもしましたが、問題ありませんでしたでしょうか?
 
今回の目的はチャエリ(10代半ばと思しき少女)とコウライ(少なくともチャエリを背に乗せることが可能な程度の大きさのある、見た目はカラスのような大きな鳥)から木鈴――竜刻を奪還することにあります。
このふたりは世界樹旅団のツーリストですが、捕縛する・殺害する等の対処はお二人にお任せいたします。
このふたりが繰り出す技などはOP中にある通りですが、むろん、このほかにも何か持っているかもしれません。
また、木鈴は対をなすものです。ひとつは暴走を起こした後に回収されたようですが、残るもうひとつもまた暴走するかもしれません。速やかに回収する必要があるようです。

それでは、こ、こんな感じの内容でいいのかなという一抹の不安など持ちつつ。
ご参加ならびにプレイング、心よりお待ちしております。
なお、プレイング日数は7日、製作日数を少々長めに取らせていただいております。ご承知くださいませ。

参加者
ハルク・クロウレス(cxwy9932)ロストメモリー 男 36歳 魔導物理学者
カンタレラ(cryt9397)ロストメモリー 女 29歳 妖精郷、妖精郷内の孤児院の管理人

ノベル

唸りをあげあらゆるものを裂いた風刃が収まった。
 ハルクは大仰なため息をひとつ吐いた後、横目にカンタレラを検める。カンタレラは手足を中心として、身体中のいたる箇所に裂傷を作っていた。鮮血が流れ、表情をしかめている。――が、しっかりと立っていた。フラつくような様子もない。
「今ので死んじゃえば良かったのにー」
 チャエリが声を弾ませる。カンタレラが憤慨し「降りてくるのだ!」などと微妙に外れたことを口にしているが、ハルクは構わずに振り向いた。わずかに離れた場所に落ちていた帽子を見つけ、歩み寄る。
 帽子を拾ってかぶりなおし、ゆっくりと視線を持ち上げる。
 カンタレラは相変わらずチャエリと口喧嘩をしていた。
 トレンチコートの乱れを正しながら、ハルクはカンタレラとの口喧嘩に忙しいチャエリに向けて口を開けた。
「娘よ、ひとつ訊きたい」
 静かで低い、しかしよく通る声だ。諌められたわけではないが、傍らでカンタレラが口をつぐむ。
 大鴉の上の少女はハルクの声に表情を変え、片眉をつりあげた。
「……質問とか、めんどくさいんだけど」 
「なに、むずかしい話ではない。娘、お主は強い力を求めているようだが、何故、力を求める?」
 ドクタークランチにもっと強くしてもらおうと思ったのに。チャエリは確かにそう言っていた。ドクタークランチに力を貰う。それはクランチから部品を与えられるということだ。そしてそれは、決して幸福な結末は生まない。
 しかし、知ってか知らずか、少女はハルクの問いに首をかしげて頬を歪めた。
「強くなるために決まってるでしょ。知らないの? 強いヤツは弱いヤツを支配できんのよ。支配できるってどういうことかわかる? そいつらを好きにできるっていうことだわ」
 吐きすてるように告げて、チャエリは棒を構える。
「お主、ドクタークランチから力を……部品を得るということが、どういうことか分かるのか?」
 けれど、少女はハルクの言にあからさまな不快を浮かべた。
「ハルク殿。カンタレラは思うのだ。まずは、あのチャエリという娘をこの場に引きずり降ろしてやらねばならないのでは、と」
 カンタレラが口を開いた。
 今のままでは距離がありすぎる。距離があってはギアは届かない。まずは距離を縮め、間接的な接触を取れる状態にしたい、と。
「我輩は直接的な接触は不向きゆえ、カンタレラ殿の支援にまわることになるが」
「うむ。了解したのだ」
 うなずきながら長い髪をしばり直す。陽光を帯びてひらめく銀色の髪が、腕に流れる血によって幾箇所か赤く染まった。
「……傷の手当もせねばな」
 ハルクはカンタレラの年齢は知らないが、比較的に年若く見える見目をしているのは確かだ。それが身体中に傷痕を残すようなことになっては、やはり少しは気が咎める。
 しかしカンタレラは「平気なのだ」と意に介した様子もなく笑い、それから視線をあげて大鴉を見る。
「それに、あの娘。まだハルク殿の質問にきちんと答えてもいないのだ」
 強い者が弱い者を支配できる。それはとても単純な、しかし幼い考え方だ。
 大鴉はふたりの上空を大きく旋回した後、再び風刃を放ってきた。が、先ほどよりは距離があるためか、威力は強くはない。ハルクは帽子を押さえながら、後ろ手にカンタレラを庇う。
「あの娘と大鴉を別つのは我輩が担おう」
「可能なのか?」
 目を瞬かせ訊ねたカンタレラに、ハルクはうなずく。
「ただし、時間を要する」
「時間?」
「魔導方程式を記し、そこに魔力を宿らせるのだ」
「ふむ?」
 うなずきはしたが、カンタレラはおそらくハルクの言葉を理解していない。ハルクはそれを察したが、しかしカンタレラは刹那思案顔を浮かべた後、「うむ」と大きくうなずき、歩みを進めた。
「ならば時間はカンタレラが稼ごう」
 言って、頬を流れる血を手の甲で拭う。
 
 チャエリはギアを構えている。あれを振るえば風刃が生じるのだろうか。考えて、コウライが嘴を開いていたのをなんとなく思い浮かべた。息を吸い込み、そして、それを声へと変じさせて放つ。
 ――距離がある以上、カンタレラにはどうすることも出来ない。話しかけて会話が成り立つような相手でもないようだ。ならば力尽くでどうにか働きかけてみるより他にない。――ならば、カンタレラに出来るのは、うたを用いて試してみることだけだ。
 コウライを地に引き寄せることは無理かもしれないが、感覚を狂わせることぐらいならば、あるいは出来るかもしれない。
 唄を放つ。放たれた声はカンタレラの意思をのせ、旅団のふたりに向かう。

 ハルクは皮のカバーのついたシステム手帳を広げ、ページを一枚切り取ると、そこに連綿とした方程式を書き出した。
 目標とする対象は空中にある。空間の気圧をゼロにし、真空を発生させるもの。高重力を発生させることが出来れば対象の拘束を狙えるだろう。あるいは、真空を生み出すことが出来れば、大鴉は飛行能力を失うはずだ。
 いずれにせよ、眼前の旅団との対話を得るためにも、ふたりを拘束しなければならない。
 ――だが、大きな解を発動させるためにはより大きな式を書き出す必要も生じる。それにはどうしても時間を要するのだ。

 カンタレラの声が不可視の波となって宙を切った。
 が、チャエリは己が身に何ら変調のないのを知ると、悪戯めいた笑みを浮かべて首をかしげる。
「なにそれ? いきなり歌うとか、意味わかんないんだけど」
 大鴉がはばたいている。カンタレラはチャエリの言葉を気に留めることなく、変わらずアリアを歌い続けた。
「ねえ。聞いてんの?」
 チャエリは眉をしかめる。
「このババア、ほんとムカつくんだけど。もういいや。コウライ、殺しちゃおう」
 大鴉の背を軽く叩き、チャエリが声をかける。――が、対するコウライからの応えはない。あるのははばたく羽の音だけだ。チャエリはもう一度コウライの背を叩く。ようやく「チャエリ」という一言が返された。
 はばたきがわずかに変調している。気がつけば、カンタレラのアリアも終わっていた。
「――カンタレラは思うのだ。人を殺して得た力に、大きな意味など伴うはずもない」
 宝石のような赤を浮かべた双眸でチャエリを見据え、カンタレラはゆっくりと口をひらく。
「ハルク殿が訊いたことに、おまえはまだ答えていないのだ。だからもう一度同じことを訊かせてもらう。……力を求める理由はなんなのだ?」
 しょうじきに言えば、カンタレラは世界樹旅団にはそれほどの興味はない。旅団も図書館も同じようなものなのではないのか。たまたま図書館側に辿り着いただけの話で、例えば旅団側に着いていたら、きっとあちらにはあちらの正義も言い分もあるはずなのだから。
 けれど、図書館側に着いたからこその出会いもいくつかあった。心を寄せる相手は世界にただひとりしかいなかったカンタレラにも、今は数人の相手ができた。惑うことも多くあるけれど、それはきっと素晴らしいことに違いないのだ。
 だからこそ、そんな出会いにつながるかもしれない人々を殺す、その行為が理解できない。ましてその理由が”力”に起因するものなのだとは。
「カンタレラはドクタークランチに会ったことはない。壱番世界での植樹をおまえの仲間たちがしていたときも、カンタレラは留守番係だったのだ」
 けれど侵略行為には嫌悪すら覚える。カンタレラは眉をしかめ、チャエリの顔をねめつけた。
 チャエリは空の上、表情を歪める。
「留守番? へえ。じゃああんた、ぜんぜん役に立たないんだね。まあいきなり歌うとか、意味わかんないことしかしないもんね」
「カンタレラはさっき聞いたのだ。おまえたちも留守番だったのだろう? ならおまえたちも役立たずだとクランチに思われているのではないのか」
「!!」
 チャエリの顔が一気に上気する。
 カンタレラもまた口を閉ざし、チャエリを見据え続ける。視線は揺らぐことなく交差し続けた。

 ハルクは数式を紡ぎ終えると、ふと短く深い息を吐き、視線を上空に向けた。
 ――コウライという名のあの鳥は、チャエリという少女の言いなりになっているようだ。が、それは彼自身の意思によるものなのだろうか。彼は真実、それを良かれと思い、彼女に従っているのだろうか。
 考えて、ハルクは眼鏡の奥の眼光を細める。
 ――考えたところで、今は知るすべも無い。それよりも今は術式の発動を行うことが先決だ。
 X軸、Y軸、Z軸。これらを成せば、つまりそれは立体的な空間に通じるものとなる。見れば、コウライの様相がわずかに変容しているようだ。もっとも、チャエリはそれに気付いてはいないようだが。
 チャエリはギアをふるい、風刃を放とうとしているようだ。死ね、死ね。そう叫びながら、カンタレラに向けて。しかしコウライはチャエリに同調しない。風刃は一撃目のそれに比べるまでもないほどの弱い衝撃波にしかならないようだ。
 なるほど、チャエリの技はコウライの力と合わさることで強靭なものとなるのだろう。――ならばむしろ、チャエリはコウライによってフォローされているということか。
 考えながら術式を行使する。数式は美しい解となって陣を成した。
 
 カンタレラはまっすぐにチャエリを仰いでいる。その視界の中、コウライが動きを鈍くした。チャエリがようやく異変に気付き、なにごとかを告げている。
 コウライの両翼は動きを鈍くし、やがて急速に旋回してそのままカンタレラの目の前――草の上に、大きな震動と共に落下した。
 土煙がまき上がる。片手で目を覆うようにしながら視線を細めたカンタレラの横を、ハルクがゆっくりと進む。
「さて。答えてもらおうかな」
 手帳を閉じ、片手に持ち直しながら、ハルクは残る片手でコートの襟元を正した。
 地に落ちたコウライから転げ落ちたチャエリがハルクを睨みつけている。が、ハルクはチャエリではなく、コウライの目を覗きながら言葉を続けた。
「その娘に質疑を向けたところで、ろくな応えは得られぬとみた。そこでお主に訊ねたい。――お主は娘の言いなりになっているようだが、それは自身の意思によるものなのか?」
「当たり前でしょ!」
 チャエリがほえる。が、ハルクはチャエリを一瞥しただけで、またすぐにコウライの顔に目を向けた。
「見たところ」
 ハルクはゆっくりと言葉を継げる。
「むろん、これは我輩の一方的なイメージにすぎぬが。――お主はその娘の力などなくとも、……むしろ娘が不在であるほうがお主の力を万全に解放出来るのではないか?」
 コウライの眼光がわずかに揺らぐ。ハルクはその揺らぎも逃さず見据え、それから帽子をかぶり直した。
「どういうことなのだ?」
 カンタレラが首をかしげる。
「この娘と鳥との合わせ技がもっとも効力を発するのではないのか?」
「カンタレラ殿がこの娘と対峙しているのを、我輩、見ていたのだが」
 コウライの挙動はおかしかった。カンタレラが唄をうたい始めてからの変調だ。おそらく、カンタレラのもつ能力なのだろう。それによって、コウライは攻撃をとれずにいた。結果、チャエリひとりだけで導いた風刃はまるで脅威ではなく、傍目にも拍子抜けするような程度のものでしかなかった。
 ――力が欲しい。チャエリはそう言う。クランチから部品を得られれば強くなれるのだ、と。
 チャエリはおそらく自覚しているのだ。己の力の弱さを。
 自分よりも力の弱いものの言う事に従うという行為に、どのような意味があるのかはわからない。簡単に想像しただけでもいくつかの要素が思い浮かぶのだ。
「――お主がこの娘に従う理由が、我輩にはどうしても思い至らぬのだ」
「うるさい!」
 チャエリが叫び、立ち上がる。コウライもまたそれに続いて両翼を動かした。
 数歩を踏み出し、ハルクとカンタレラを指した後、チャエリはギアを構え持った。
「カンタレラはおまえたちを殺す気はない。おまえたちがそこまでの位置にないものであるならば、捕らえたところで旅団に関する情報を引き出せるとも思わぬが」
「いずれにせよ、お主たちが持っている竜刻は渡してもらおう。その上で、共にターミナルにまで付き合ってもらうぞ」
 言って、ハルクは再び手帳を開く。今度は先ほどよりも速度をあげて、流れるように数式を書き出していく。それを横目に、カンタレラもまたギアを構えた。銀色の串は指の先に光るつけ爪と化して光彩を放つ。
 カンタレラが地を蹴ったのと、チャエリがギアを振るったのはほぼ同時だった。今度は近距離。風刃は相応の威力を得て、カンタレラの全身を刻む。銀色の長い髪が刻まれて宙に舞った。
 カンタレラは走るのを止めない。 
 ハルクが編み出そうとしているのは、先ほども見た何らかの魔術だ。術はきっと眼前の旅団たちを捕縛するだろう。――だがどうやら、術式が発動するまでには時間を要するらしい。
 だが、その時だ。

 チャエリの口が血の泡を吹いた。鮮血がカンタレラの身体に降りかかる。
 ハルクの手が刹那動きを止める。目を見張り、わずかに口を開けた。

 チャエリの腹にはコウライの嘴が突き刺さっていた。巨大な鴉のそれだ。チャエリの腹には大きな孔が穿たれる。
 バッグの紐がちぎれ、カンタレラの足元に転がった。
 コウライが大きな声を張り上げる。
「然リ、然リ! 我、コノ娘ノ見張ルノガ役目! 要ラヌ真似ヲ繰リ返スヨウデアレバ、我ノ判断ニテ殺セト!」
 コウライの両翼が大きく動く。平原が波をうった。
 カンタレラは振りかぶったギアもそのままに、瞬くことも忘れたかのように、呆然とチャエリを見ている。
 チャエリの口は血の塊を吹くばかりだ。彼女自身、事態を把握できていないのだろう。膝をつき、孔の開いた腹と平原に落ちるものを見て、そのまま声もなく倒れ伏した。
 ――カ、カカッ カカカッ
 コウライは笑いながら再び飛翔する。 
 ハルクはほんの刹那の間手を止めてしまったが、再び急ぎ数式を編み出した。カンタレラを検めることなく、ただ声をかける。
「カンタレラ殿」
 応えはない。
「カンタレラ殿!」
 術式を編み出すには時間を要する。カンタレラの助力が必要だ。
「カンタレラ殿!」
「すまぬ!」
 ようやく応えがあった。カンタレラは大きく息を吸い込む。唄を放つのだ。
 だが、ハルクの手が数式を発することも、カンタレラが唄を放つこともなかった。それらよりも早く、コウライの嘴が風刃を放ったのだ。
 風刃は唸りながら平原を削り、ハルクとカンタレラを吹き飛ばす。ふたりは街を囲う壁に身を打ち付けた。そこに間を置かず二波が襲う。
「カカカッ カカッ」
 コウライは高く笑いながらふたりの上空を旋回し、最後にもう一度大きく嘴を開けた。
「――!」
 カンタレラが身を起こす。駆け出しながら息を吸う。
 風刃がカンタレラとハルクだけを狙ったものであるならば良い。しかし、忘れていたが、ここは街のすぐ近くなのだ。万が一にコウライが街を狙えば、被害は大きなものとなってしまう。
 風刃に声をぶつけることができれば、あるいは威力を半減させることぐらいはできるかもしれない。
 
 だが、それもすぐに不必要なことだと知れた。
 
 宙を飛ぶコウライの体が爆ぜたのだ。

「バカな!」
 ハルクが叫ぶ。急ぎ、周辺を見渡してみた。が、そこには誰の姿もない。
 コウライが平原の上に落下する。駆け寄ろうとしたカンタレラを、ハルクが制した。
 コウライが自身の意思で爆破したとは思えない。ならばどこかに爆破をしかけた何者かがいるのかもしれないのだ。あるいは火種となるものがまだ残されているかもしれない。――いずれにせよ、近付くのは危険だ。
 チャエリを見張るのが役目だと、コウライは告げた。ならばやはり、チャエリに従っていたのはチャエリに対する敬意などのゆえではなく、他者――例えば上位に位置する者の命があってこそなのだろう。
 上位に位置する者
「……ドクタークランチ」
 ハルクの声が、その名を吐き捨てた。

 カンタレラの手の中には木の鈴がある。暴走こそまだしていないものの、必ずしもしないとは限らない。今はこの竜刻をいち早く処置するのが最優先だ。
 コウライが爆死したのが仮にクランチによる仕業だとするならば、考えられる要素はひとつ。クランチが与える部品には、何らかの仕掛けが施されている可能性がある。
 このふたつを情報として伝達する必要がある。まずは0世界に戻らなくては。

「……ハルク殿」
 ハルクの術により簡易にではあるが埋葬を済ませたチャエリとコウライの墓所を前に、カンタレラはうつむき、呟いた。
「カンタレラは、なんだか悔しいのだ」
「……うむ」
 ハルクはうなずく。
 竜刻の回収はできた。もしかすると旅団に関する情報も得られたかもしれない。
 だが、晴れやかでは、決してない。
「悔しいのだ」
 絞り出すように告げたカンタレラの腕を、ハルクは軽く叩く。
「ひとまずは帰ろう」
 
 促され、歩き出したカンタレラを先導するように、ハルクはターミナルを目指した。
 森がうたっている。空はまだ青いままだった。   

クリエイターコメントまずはお届けまでかなりの時間を要してしまいましたこと、心よりお詫びいたします。お待ちくださり、ありがとうございました。お待たせしましたぶん、少しでもお楽しみいただけましたらさいわいなのですが。

今回の旅団のふたりに関しては、このような結果をとらせていただきました。
まず、「コウライがチャエリに従っているのはなぜか」「自身の意思によるものなのか」。この二点に関するご指摘をくださったハルク様のプレイングをメインに据えさせていただきました。このご指摘がなければ、チャエリはもっと理不尽に死んでいたかもしれません。
また、ハルク様に関しましては、能力の描写もうなりました。このような感じでよかったでしょうか。
カンタレラ様に関しましては、今回は比較的動きのある役所を担っていただきました。そのぶん怪我も比較的負わせていただきました。

それでは、重ね重ね、お待たせしましたこと、お詫びいたします。
少しでもお気に召していただけましたらさいわいです。
公開日時2012-08-04(土) 06:30

 

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