「壱番世界はもう夏ですよねー」 何気なくそう呟いたのは、さらさらの金髪を揺らすサシャ・エルガシャ。彼女の暮らす0世界は四季の移り変わりどころか昼夜の別さえないが、故郷たる壱番世界はもう夏だ。「夏かぁ……」 夏といえば青い空、青い海。輝く太陽、弾ける美肌!「海もいいねぇ」 依頼の掲示を見に来たはずなのに、いつの間にか想いは夏の海へ。海辺の依頼ならば早く仕事を済ませてしまえば遊べるかもしれないと思ったが、そう都合よくそんな依頼があるわけなく。 よく考えてみれば仮にあったとしても、依頼後の時間なんてそう長くもなくて、ゆっくりたっぷり遊べるかと問われれば疑問が残る。「うーん……」 長椅子に腰を掛けて考えるように腕を組んでいたその時。「隣いーい?」「え、あ、どうぞ」 反射的にそう答えて少し端に詰める。そして顔を上げれば、そこには見知った顔があった。 ワイン色のふりふりワンピースに大きなヘッドドレス。波打つ銀の髪を揺らして、世界司書の紫上緋穂が立っていた。「紫上様!」「サシャさん、久しぶりー!」 緋穂が隣に座ると二人は手を取り合い、笑顔を浮かべる。「元気にしてた?」「そうですね、ワタシはいつも元気ですよー。紫上様は?」「そこそこ元気だよー。ところで」 取り合った手をほどいて、緋穂は導きの書を取り出した。そしてパラパラとめくって開く。「海辺のリゾートとか、興味ない?」「!」 緋穂が取り出したのは数枚のチケット。行き先はブルーインブルーとなっている。「え、何かお仕事とか……ですよね?」 内心の高揚感を隠そうとしながらも、サシャは確認を入れる。瞳はキラキラか輝きかけていて、緋穂はそれを見て満足そうに笑んでいる。「お仕事といえるほどのお仕事じゃないよー。モニターとしてアンケートに答えるくらい?」 聞けばブルーインブルーのとある小島ではまるっと観光地化が進み、漸く設備が整ったのだという。本格オープンの前にまずは試しにお客を入れて、その反応を見たいという事らしい。「モニター枠は7つゲットしたから、サシャさん含めて7人で行ってもらえると助かるんだけど、どう?」「行きます、行きます!」 思わずがしっと緋穂の手を掴んで、サシャはいかせてください! とキラキラの笑顔で願う。「よし、任せたよ。サシャさんならお友達も多そうだし、大丈夫だよね。頼んだよ!」「ありがとうございます、紫上様」「あはは、緋穂でいいよー?」 サシャに7枚のチケットを渡し、楽しんできてねーと緋穂は立ち上がって手を振った。 緋穂の姿が見えなくなると、サシャは急いでトラベラーズノートを取り出した。そしてエアメールを書き始める。 6人の友人にメールが届いたのは、程なくしてのことだった。 *-*-* そこは小さな島ではあるが、風光明媚な良い場所であった。 一同が宿泊するのは瀟洒なホテルで、一般公開前ということもあり宿泊客も少なく、至れり尽くせりだ。 部屋は最大で4人部屋ゆえに就寝時はわかれてしまうが、隣り合った、または向かい合った部屋を用意してくれるという。それに一つの部屋に集まって話に花を咲かせるのは自由だ。 島に住む人達が昔から開いていた賑やかな市場は変わりなく、食材から衣服、雑貨まで幅広く扱っている。 浜辺は現在地元民とモニター客しかおらず、どこでも自由に使えるほど空いている。壱番世界の海水浴客が見たら、さぞうらやましがるだろう。市場で材料を買い込めば、バーベキューなどもできそうだ。 そして何よりもこの島の見所なのは、極彩色の熱帯魚が集う珊瑚礁。きれいな水の中で漂う鮮やかな演舞に、見惚れないものなどいない。「凄い、気持ちいいです!」 船から降り立った舞原 絵奈がピンク色の髪を潮風になびかせて、ビーチを眺めている。「きっと、星も綺麗に見えるわ」 ティリクティアが晴れた空をみあげて微笑んで。「ふむ……まず何から始めようか。時間が惜しい」 シュマイト・ハーケズヤは次の行動を考え始めている。「水着! みんなの水着が見たい!」「水着姿のみんな、おいしそ……」 アストゥルーゾが水着水着とはやし立て、それに乗って蜘蛛の魔女がなにか言いかけて慌てて口をふさいだ。「ゼロは溺れる心配はないのです。足がつかなければ、大きくなればいいのです」 シーアールシー ゼロのその言葉に、一同は海水の中で徐々に大きくなるゼロを想像して、その想像をなかったことにするかのように首を振った。「おニューの水着も持ってきたの! みんな、おもいっきり楽しもうね!」 夏の日差しにピッタリの弾けるような笑顔で告げられたサシャの言葉に、もちろん、と一同は頷き返して。 こうしてロストナンバー達の、つかの間の休暇は始まったのである。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>サシャ・エルガシャ(chsz4170)蜘蛛の魔女(cpvd2879)舞原 絵奈(csss4616)シュマイト・ハーケズヤ(cute5512)シーアールシー ゼロ(czzf6499)ティリクティア(curp9866)アストゥルーゾ(crdm5420)
●ホテルは海と花の香り 海の匂いが瀟洒なホテルのロビーまで漂ってきていた。これがこの地のウリであり、切っても切り離せぬものであればそれを不快に思うはずなどなく。むしろ大きく息を吸い込む。そして気がついたのは、清涼感の中に薄い甘さの漂う香りがすること。リラックスできそうなその香りはフロント付近に置かれた匂い箱から漂っているようだ。 フロントで二部屋分の鍵を受け取ったシュマイト・ハーケズヤはふと、フロント係に訊ねてみた。 「この香りはなんというのか教えてはもらえないだろうか」 「はい。ロータスとバンブーのブレンドで、南国気分でリラックスしていただくためにくゆらせております。当ホテルの土産物売り場でも販売しておりますので、お気に召しましたらご覧ください」 にっこりと笑顔でさり気なくセールストークをされてしまったが、シュマイトは礼を言い、友達の待つロビーを振り返りながら考える。あとで覗いてみるのもいいかもしれないと。 ロビーでは、もう待ちきれないと言わんばかりにシュマイトを待つ六人の乙女たち(一名は外見を鑑みて乙女に分類しておくことにする)が立っていた。 「長旅で疲れただろう。椅子に座っていればよいものの」 「そんなっ! わくわくばかりが走り出しそうで、座ってなんていられないよっ!」 ハイビスカスの鉢植えの前で嬉しそうに笑うのはサシャ・エルガシャ。その笑顔は花に負けず大輪だ。 「部屋は二部屋ですか?」 「ああ。四人部屋と三人部屋で隣同士だ。荷物を置くにしても部屋割りを決めないとな」 「どうやって決めましょうか」 舞原 絵奈が困ったように首を傾げたその時。 「はいはいはいはいはいっ! 私クジ作ってきたよっ!」 勢い良く手を上げたのは蜘蛛の魔女。がさごそと荷物を漁って出したのは、七本の割り箸。王様ゲームっぽいとか言ってはいけない。 「今回は、何の仕込みもしてないからね!」 ((『今回は』……?)) 何となく言葉尻に引っかかりを覚えつつも、これですっぱりと決まるなら遊ぶ時間を無駄にしないで済むのであって。 「ゼロは引くのですよー」 「そうね、これで公平に決まるのなら」 シーアールシー ゼロとティリクティアが選ぶようにして割り箸に手を掛ける。 「フフフフフ……誰と一緒でもワクワクドキドキでハアハアだぁぁぁっ!」 アストゥルーゾが近くにいた他のモニター客を引かせるような発言をするが、慣れているのだろうか、仲間達は特にツッコミを入れる様子はない。 「ワタシは最後で」 サシャが年長者らしい気遣いを見せたので、他の皆はそれぞれ割り箸を選んで。 全員が選び終わって一本残ったのが蜘蛛の魔女の分。 「「「せーのっ!!」」」 息を合わせて一気に割り箸を引きぬいた。 *-*-* 「まずは何をしようかしら?」 ふかふかの絨毯の敷かれた廊下を軽い足取りで進みながら、ティリクティアは皆に声をかける。やりたいことが沢山ありすぎて、選びきれない。 「海といえば海水浴! この日の為に百貨店ハローズでおニューの水着買ってきたの。まずは海で遊びましょ!」 うきうきとしながら胸元で手を合わせるサシャの意見に反対する者など勿論おらず。 「じゃあ、水着に着替えて部屋の前に集合ですね」 絵奈がしっかり確認をして、それぞれ決められた部屋へと荷物をおいて着替えるために入っていく。 絵奈が入った部屋は305号室。四人部屋だ。ベッドが4つ置かれているにしては意外と広く、窓際とバルコニーにはビーチを一望しながら休憩できるようにと椅子とテーブルが置かれている。ベッドの間隔もそこそこ広く、ここならば夜に七人集まっても問題無さそうだ。 「わー素敵なお部屋なのですー」 ゼロが部屋をぐるりと見回して、感嘆の声を上げた。ベッドサイドには花が活けられており、可愛い小物も充実している。一つだけある机の上にはホテルの説明書と、お決まりの便箋と封筒が置かれているのだが、この便箋は花が埋め込まれていてとても凝っている。旅先から出せば、きっと相手に喜ばれることだろう。 「ねぇねぇ、こっちも凄い可愛いわ!」 ティリクティアの声がどこからか聞こえた。探せば彼女は備え付けの洗面所にいるらしい。絵奈とゼロが駆けつけてみれば、そこには可愛いアメニティグッズが置かれている。 花の香と花弁を練りこんだ石鹸に、貝殻を装飾した櫛やポプリなど一泊の使い捨てにしては豪華なものが置かれていた。 「女性受けはよさそうですね」 モニターとしての感想を記憶にとどめておくべく、絵奈は呟いてその光景を焼き付けた。 「私はこのベットがいーな!」 蜘蛛の魔女は皆が部屋を見回っているうちにちゃっかりと自分のベッドを確保して、早速荷物を広げ始める。 「モニターだかモニュメントだか知らないけど、とりあえず遊べばいいんでしょ? 今日は体力の続く限りとことん遊び尽くすわよぉ!!」 「そうね、急いで着替えて三人と合流しましょ!」 ここまで来て遊び尽くさないのは損である。蜘蛛の魔女の叫びにつられてティリクティアがぴょんと洗面所から出て、空いているベッドに荷物を置く。ゼロも蜘蛛の魔女の隣のベッドに決めたらしく、絵奈はティリクティアの隣だ。 「なんだか、少し恥ずかしいです……」 ばんっと脱いで着替えてしまえる蜘蛛の魔女とゼロ。ティリクティアは器用に服で隠しながら着替えをしている。 絵奈は何となく気後れして――着替えにというよりも水着を着ることに――もじもじと一人背を向けて着替えを始めた。 一方こちらは隣の306号室。調度や備え付けられているものは隣と同じだが、ベッドが3つで少しばかり隣より小さい部屋だ。 「ふむ、いい部屋だな。ベッドはどうする? 私はどこでもいいが」 「真ん中がいい! 真ん中! 両手に花っ!」 「アストさん、変なこと考えてなーい?」 この部屋のベットは3つが並んで設置されていた。議論の末、真ん中がサシャ、両脇がシュマイトとアストゥルーゾということに決定する。 「ムフ、海のリゾートの楽しみといえば、女の子たちがいつも恥じらって決して見せない絶対領域を拝めることだよね、そして今の僕の姿はまさに純真な十代前半の少女そのもの……つまり同じ部屋で着替えても問題にならないということですね!」 「アストゥルーゾ、心の声が駄々漏れだ」 「そんな事言われたら、逆に気になっちゃうよ」 勢いと興奮のあまり心中を吐露してしまったアストゥルーゾ。現在は10代半ばぐらいの少女の格好だっただけに、余計なことを言わねば二人も気にしなかったと思うのだが……。言われてしまえば諸々気になる。 しぶしぶアストゥルーゾは自ら着替えを持って洗面所へと入っていくのだった。 ●海は蒼と碧の光 海は数組のモニター客と地元民がいるだけなので、好きな所で遊び放題だ。 白い砂浜はきめ細やかて綺麗に掃除されているようで、裸足で足をついても怪我をするようなものは落ちていそうにない。 「こんなに綺麗だと、絶対汚せないわね」 勿論マナーとしてゴミは持ち帰り、海は汚さないことは分かっていたが、ここまで綺麗だと汚してはいけないという心理が働く、というのはティリクティア。 「あつっ、あついっ!」 「シートを敷いたから、上着はここにおいて行こう」 蜘蛛の魔女が灼熱の砂浜に足を焼かれている間に、シュマイトがてきぱきと草で編んだシートを敷いた。これはホテルで貸し出していたものだ。蜘蛛の魔女はシートの上に移動して、ほっと息をつく。 「実はワタシ海水浴って初めてで……プールは行った事あるんだけど。19世紀の英国じゃ海水浴は上流階級の特権だったの」 「それなら今日は思う存分楽しもう」 寂しそうに、そして期待の入り混じった声で告げるサシャの肩にシュマイトがポンと手をおいて。 「ゼロは聞いたことがあるのです。ターミナルの『年頃乙女』な人たちには『ビキニの水着』が特別の意味を持っているそうなのですー。試しにゼロも着てみたのです」 「「「え」」」 水着姿に若干の恥じらいを持つ乙女たちは誰から先に上に羽織ったものを脱ぐかと軽く視線で牽制しあっていたが、それに気づいてか気づかないでか、ゼロがてるてる坊主のようだった巻きタオルを取り去る。 現れ出たのは、幼児体型の可愛い白のビキニ姿。少し背伸びした感じがとても可愛い。が、ゼロが聞いた『特別な意味』とは若干……いやかなリ遠そうだ。 「特別な感じはしないのですー」 「で、でもとても似あってるよ、すごく可愛い!」 にこりと微笑んで絵奈が褒めると、ゼロは何となく満足気だった。それともいろんなことを色々と気にしていないだけか。 「服を着たまま海を泳いじゃうと大変な目に遭うのは過去に味わったからね。私もちゃ~んと水着を用意してきたわ」 ババンっ! 蜘蛛の魔女が上着を取り去ると――現れた姿はどう見ても旧式のスクール水着。胸元のネームタグには『くもま』と書かれている。 「お、魔女ちゃんおそろいー!」 バサッと上着を脱いだアストゥルーゾ。その下から現れたのは古式ゆかしいワンピース水着。蜘蛛の魔女と同じく胸元のネームタグには『あすと』と書かれている。 「普段隠されている部分がこの機会にこれでもかと露出されるのもいいけど、でもでもそれはそれこれはこれ、やっぱりある程度隠してくれてるほうが、興奮もするよね!」 「私のは背中に足を通す穴が開いているのよ!」 「ほうほう、大丈夫。被ったことを気にしているなら安心安心。僕の水着は水着はまだ何十着もあるのです。ベタベタなネタだけじゃなく、やっぱり露出もしちゃおうかなー!」 なんだかアストゥルーゾと蜘蛛の魔女は二人で盛り上がっているようである。対抗心なのかただ楽しんでいるだけなのかは判りづらいが……。 「私も上着脱ぐわ。ここでお見合いしてても過ぎていくのは時間だけだもの」 ティリクティアがぱさりと上着を脱ぎ去る。現れたのは夏の太陽に眩しいオレンジ色の水着。ただのオレンジ色ではなくてグラデーションを使った見目鮮やかな品だ。スカートビキニのスカート部分も彼女の動きに揺れてひらひらと舞う。アップにした髪の毛とあわせて、元気な少女っぽさが存分に現れていた。 「ティアちゃんかわいいー!」 「そういうサシャは新しい水着、買ったのでしょう? 早く見せて頂戴な」 やぶ蛇だっただろうか、サシャも上着を脱ぎ去る。 「サシャ、とても似合っている」 「そうよ、隠すことなんてないわ」 シュマイトとティリクティアにほめられて、安心したサシャは今度はシュマイトに視線を向ける。 「シュマイトちゃんも新しい水着買ったんだよね?」 「あ、ああ……」 水着に興味がないわけではないがやはり恥ずかしい。躊躇うシュマイトの上着を――。 「恥ずかしがってる子はいないかー!」 「ばばーんといこうよっ!」 アストゥルーゾと蜘蛛の魔女が連携して奪い取る。 「わあっ!?」 慌てて両手で身体を隠そうとするが、勿論彼女の細腕で全てが隠せるわけもなく。 「わぁ、とてもかわいらしいわ、シュマイト!」 「隠さないで見せて欲しいのですー」 ティリクティアとゼロに乞われてゆっくりと腕をどけていくシュマイト。ピンク色の可愛らしいホルターネックのワンピース水着は、腰の部分に何重かに渡ってフリルがついていた。普段ズボンを愛用しているシュマイトとのギャップがまた良い。サイズが子供用なのを本人は屈辱だと思っているようだが、この際そこは気にならなかった。 「ギャップ萌え~!」 「美味しそう~」 アストゥルーゾと蜘蛛の魔女が囃し立てる。さて、あと残すは……皆の視線が彼女に集まる。彼女のシュシュで一つにくくった髪がゆらゆら風に揺れていた。 「絵奈さん、黙ってしまっているのです。どこか痛いのですか?」 「え、そ、そうじゃなくてですね……」 「後は絵奈ちゃんだけだよー?」 もじもじと下を向いてしまっている絵奈に、ゼロとサシャが話しかけるも、彼女は顔を染めたままだ。 「私、水着を着るの、人生で初めてで……その、これもターミナルで店員さんが薦めてくれたの断れなくて買ったので、似合っているかどうか……」 (水着はこういうものだって店員さんは言ってたけど……うう、やっぱり恥ずかしいよ…) もじもじもじ。 「恥ずかしがってる子はいないかー!」 「ばばーんといこうよっ!」 再びアストゥルーゾと蜘蛛の魔女の剥ぎとりコンビが稼働。 「いいよいいよぉ、その照れ顔が僕はもっと見たいんだハァハァハァ!」 「え、え!? きゃー!?」 悲鳴と抵抗むなしく、絵奈のタオルはあっさり剥ぎ取られてしまった。 「「「わぁ……」」」 顕になった絵奈の姿を見て一同が声を上げる。そこに篭っているのは驚嘆か感心か憧れか、それとも――羨みか。 薄紫色のビキニは縁が白に染められており、下半身部分にはフリルがついていて可愛らしさを表現している。そして上半身部分は……たゆんともぽよんともつかぬそのたわわな果実に、同性であっても視線が釘付けである。 「すごい……」 誰が呟いたのかはわからない。けれどもこの面子の中で一番『立派』なのは確かだった。 「や、やだっ……恥ずかしいからそんなに見ないでくださいっ!」 「減るもんじゃないしー」 「海の中に入れば、そんなに見えないのですー」 ニヤニヤと舐めるように眺めるアストゥルーゾ。ゼロが助け舟を出すと、絵奈は一目散に海へとめがけて走る。 「あ、ちょっと、絵奈ちゃん!?」 「水着が初めてってことは海も初めてじゃないのかしら……」 「不安だな。追いかけよう」 サシャとティリクティア、シュマイトが彼女を追って。少し遅れて蜘蛛の魔女とアストゥルーゾ、ゼロが走りだす。 砂浜が熱いから? うきうきしているから? 皆の足取りは軽い。 一足先に海へ走った絵奈は波打ち際で立ち往生していた。「ひゃあっ」「おおー」と寄せては返す波に反応して一人で声を上げている。恥ずかしさは初めて接する海への興味で半分は飛んでいってしまったようだ。 「いっちばーん!」 「私が一番っ! ひゃあっ!?」 いつの間にサシャ達三人を追い越したのか、アストゥルーゾと蜘蛛の魔女が海に走りこむ。と、波に足を取られそうになった蜘蛛の魔女の身体が傾いだのを、近くにいた絵奈は気がついた。 「危ないっ!」 蜘蛛の魔女の身体を背中から抱くようにして受け止めたが、絵奈が勢い良く足をついた海水の中には海藻が――つるんっ。そのまま勢い良く滑ってじゃっぱーん!! 「げふ……」 「ごほごほ……蜘蛛の魔女ちゃん、大丈夫?」 蜘蛛の魔女を抱くようにして起き上がる絵奈。鼻や口に多少の海水は入ったが、二人とも大事は無さそうだ。 (や、役得……!) というか、蜘蛛の魔女の背中には、当たってる。当たってるのだ。柔らかくて、気持ちいい。緩みそうになる顔を何とか保つ。 「二人共、大丈夫?」 「絵奈ちゃん、波に驚いていたのにいざというときはやっぱり行動力があるね」 ティリクティアは蜘蛛の魔女に、サシャは絵奈に手を貸して、二人は立ち上がって。 「あらためて、遊ぶのですー!」 ゼロの声に、一同は思い思いに海の中へと入る。 「いくよ、ほーらっ!!」 蜘蛛の魔女が蜘蛛足で高く放り投げたのは――ゼロ!? くるくるくる……ひゅるひゅるひゅる……ザッパーンッ!! 高ぁく放り投げられたゼロは空中で何回か回転して頭から海面へと落ちる。 「ゼロちゃん!? 大丈夫!?」 少し離れたところでサシャとティリクティアと水を掛け合ってた絵奈は偶然その一幕を目撃してしまって慌てたが。 ざっばーん! しばらくして現れたゼロは平然としていて。 「ゼロなら大丈夫なのです。とても楽しかったです。もう一回お願いしたいです」 呼吸不要のゼロは溺れることはない。メンテナンスフリーなので日焼けも気にしないでいい。スイスイと泳いで蜘蛛の魔女の元へと戻っていくのを見て、絵奈は胸を撫で下ろす。 同じく投げられたアストゥルーゾがきゃあきゃあと声を上げて海面へと落ちていった。 *-*-* 気心の知れた仲間と遊んでいるうちに照れなど忘れてしまった絵奈が、ポンっとボールをレシーブする。このボールは蜘蛛の魔女の糸を丸めたものだ。思いのほかべたつかずに、程よい硬さの一品となっていた。 海の中で輪になって、皆でボールをつないでいく。 「ティアちゃん、いっくよー!」 蜘蛛の魔女のトスしたボールが丁度、ティリクティアが構えた所に落ちる。 「シュマイト、取って!」 少しそれてしまった起動を頭の中で修正して、シュマイトは何とか落下位置に到着。 「サシャ!」 シュマイトのボールは弧を描いてサシャへ。 「ゼロちゃん、それっ!」 サシャが優しく打ち上げたボールがゼロのもとへ。 「アストゥルーゾさん、いくのですー」 ぽーん。 ボールは高く高く上がって。 「よし、僕が決めるっ!!」 水中でジャンプしたアストゥルーゾがおもいっきりアタック! 輪の中心である海面に落ちたボールは全方位に飛沫をまき散らして。 「「わわっ」」 「「きゃぁっ」」 顔を背ける者、手で顔を覆う者、あえてそのまま飛沫の洗礼を受ける者、様々だが共通しているのは、一瞬の沈黙の後に自然と笑い出してしまったこと。 「「「ふふ……ふふふ……」」」 楽しさがそうさせるのだろう、笑みが止まらなくて。こうしてボールをつないでいくと、なんだか絆が深まった気がする。 「よし、もう一回ー!」 ボールを拾った蜘蛛の魔女が、ぽーんと高く放り投げた。 一同が三度目のボール遊びを開始した頃。シュマイトは少し疲れたから休むと断って浜辺に敷いたシートに腰を下ろしていた。疲れたのも事実だが、彼女には別の目的があった。 遊んでいる仲間達の水着をしっかりと観察する。別にやましい目的からではない。彼女はスタイルをよく見せる水着を作りたいと思っているのだ。ここには子供から良好まであらゆるスタイルのサンプルが揃っている。 (ふむ……) 調査の結果は頭の中に。乙女の秘密なので報告書にも記してはいけないのだ。 シュマイトが程よく観察を終えた頃にはボール遊びは解散していて、アストゥルーゾが「ちょっと沖に行ってくるねー」と古式ゆかしい貝殻水着の人魚になって遠泳しに行ってしまったという。誰も突っ込まなかったのだろうか。 「シュマイトさん、ゼロ達熱帯魚を見に行くのです」 「一緒に行きましょう?」 ゼロとティリクティアに手を引かれるようにして、シュマイトは海へと戻る。元の世界では海がなかったため、未知の世界に興味はあった。 「二人共泳げるのか?」 「ゼロは泳げるのです」 「私は前にアリッサに泳ぎ方を教わったから泳げるわ」 二人の答えになるほどと頷いて。 「では私が溺れそうになったら助けてくれ」 冗談とも本気ともつかぬお願いをするシュマイトだった。 サンゴ礁には色とりどりの熱帯魚が思い思いに泳いでいる。水が澄んでいるから、十分肉眼でもその光景を確認できた。 せーのと声を合わせ、流されてゆかぬよう三人で手をつないで潜る。 おそるおそる目を開ければ、そこはまるで楽園。ピンク色した珊瑚の合間を極彩色の熱帯魚が行ったり来たりを繰り返して。まるでダンスでも踊っているよう。ふりふりのヒレがドレスの裾のように見える。 「ぷはっ……綺麗っ」 「ふはー……あの派手な色使いはどんな効果があるのだろうな」 息切れで顔を上げたティリクティアとシュマイト。素直に感激を表すティリクティアと対照的に、シュマイトは観察対象として熱帯魚を見た感想を述べている。同じ物を見たはずなのにそれがなんだかおかしくて。顔を見合わせて笑い合う。 「そういえばゼロは?」 「……まだ見ているようだな」 シュマイトは左手で繋いだ手の主がまだ浮上していないのを確認する。呼吸については心配することなかったが、ゼロは空いた手をひらひら動かして魚と遊んでいた。 「気に入ったのかしら、ね?」 放っておくと延々と遊びかねない。このまま顔を上げなかったらほどよい所で声をかけよう。 「この後どうします? 市場に行きますか?」 「市場では夕食の材料を買い込みたいと思うの。でもその前にお腹が空いたかも……」 「お腹すいたよー」 絵奈とサシャ、そして蜘蛛の魔女はそれほど深くない所で身体をすっぽり海水に沈めて、ゆらゆらと波に揺れるのを楽しんでいた。沢山遊んだから、そろそろお腹が空いてもおかしくない。 「たしかホテルのスイーツパーラーでは、スイーツバイキングの他にサンドイッチやキッシュなども置いてあるって部屋にあったパンフレットに書いてありましたから、行きません?」 「いいかも!」 決まってしまえばお腹も準備をしだして。でもお腹の小さな鳴き声は、波の音がかき消してくける。 「ん?」 ぴくり、蜘蛛の魔女の勘のようなものが何かを告げていた。そちらを見ると、海をかき分けて何かが近づいてくる。 「おーい! おーい!」 よく見ればアストゥルーゾだ。何かに乗っているようだが……。 「ひぃっ! さ、サメ!?」 サシャが顔面蒼白になって後ずさるように後方へと泳いでいく。 「サメですか? もしかして人に危害を加えるんですか?」 「蜘蛛の足の餌食にしちゃうぞー」 サシャを守るように絵奈が前に出る一方、蜘蛛の魔女も足をわきわきと動かして迎撃体制だ。 「あ、やめて! ジョージはちょっとシャイなだけの善良なシャークさんだよ! 人間なんて筋張ってまずいって言ってたから食べられないよ!」 三人に近づきながら必死でアストゥルーゾが弁解したおかげで、シャイなジョージくんは無事におうちに帰れましたとさ。 ●市場は活気に彩られて 海から上がった一同はホテルで砂と塩を落とし、スイーツパーラーへと赴いた。「風呂あがりもいいねぇ」とアストゥルーゾがハァハァしていたが、風呂あがりの女性になんとも言えぬ美しさがあるのは事実であるのでその言葉は褒め言葉としてとっておくのが正しいかもしれない。 フルーツ好きの絵奈はフルーツ系のスイーツを多めにとって。この地限定のフルーツを使っているなんて言われたら、食べずにはいられない。「後で沢山修行すれば大丈夫……大丈夫!」と自分に言い聞かせつつも、その甘酸っぱい美味しさには涙が出そうだ。 サシャはメイドの血が騒ぐのか、仲間達の希望を聞いてスイーツを取り分ける係を進んで引き受けた。流石というべきか、ケーキは倒さず皿盛りフルーツは美しく、彼女の手にかかってしまえばバイキングのスイーツも一流レストランのデザートのようだ。 甘いもの好きのシュマイトは脳にもいいからと甘めのスイーツを食べて。飲食の必要がないゼロは友だちと楽しく飲食できればなんでも良かったが、せっかくなのでサシャが美しく盛ってくれたスイーツを頂く。アストゥルーゾは清楚系美女に変身して、優雅にフォークを動かしていた。 「スイーツもいいけど、やっぱこう、もっとガッツリしたものが食べたいのよねぇ」 甘いモノと軽食だけでは物足りないようで、市場を回りながら買い食いをしようと提案する蜘蛛の魔女。 その横で、ティリクティアはひたすら食べ続けていた。明らかに食べ過ぎという量を平らげて、食器も積んでいるが本人的にはまだまだ行けるらしい。甘味大魔王がご降臨した所で一同は市場へと向かうことにした。食べ尽くしてしまっては他のモニター達が気の毒であるからして。 *-*-* 市場は思いのほか活気づいていて、けれども客は地元民とモニターだけなので人混みで動けなくなるということは無さそうだった。このリゾートが正式にオープンしたら、どうなるかわからないが。 「折角なんだし、星を見ながらバーベキューしない?」 「賛成! 皆でわいわい支度しながら食べれるなんて、とっても楽しそう!」 サシャの提案にティリクティアが瞳をキラキラと輝かせる。するとシュマイトがそう言えばと口を開いた。 「こういう所ではカレー作りが定番だと聞いた。料理はあまりせんのだが、材料を切って時間を計りながら煮るくらいならわたしにもできる。どうだろうか」 「具材たっぷりシーフードカレー……じゅるっ」 すでに聞いただけで蜘蛛の魔女がよだれを拭いている。となれば夕飯はバーベキューとカレーに決定だ。手分けして材料集めに当たることにする。 「ハハハー荷物持ちなら僕に任せ給えっ!」 青年に変身したアストゥルーゾが得意げに言うものだから、買い込んだ肉や野菜はほいほいとアストゥルーゾに渡されて。気がつけば前が見づらい状態に。 「ちょっ……流石にこれはどうかなー?」 「ふふ、アストゥルーゾ。少し手伝うわ」 見かねたティリクティアがくすくすと笑いながら紙袋を一つ抱えて。 「あら? ゼロはどこかしら?」 そういえば姿が見えない。きょろきょろと辺りを見回せば、少し離れた屋台に見慣れた白い女の子の後ろ姿が見える。 「ゼロ、なにか見つけたの?」 よろよろ歩くアストゥルーゾと共に近づけば、そこは貝殻やビーチグラスを使ったアクセサリー屋さんだった。ゼロが手にしているのは、この地でよく取れるという大判の桜貝を加工して花びらに見立てたブローチ。牡丹の花のような薔薇の花のような、重なりあう花弁が素敵なほんのり桜色の。 「記念に買うのですー。一つは緋穂さんのお土産にするのですー」 「そういえば、チケットくれたのって緋穂だったわよね。私もなにかお土産を買っていこうかしら。ねぇサシャ、どう思……う?」 振り返ってみればいるのはアストゥルーゾだけで、先程まで一緒に買物をしていたサシャの姿が見えない。 「サシャさん迷子になってしまったのです?」 お会計を終えたゼロが首を傾げたその時。 「おーい」 人混みの合間からチラチラ見えるのは褐色の肌と金色の髪。息を切らせて駆け寄ってきたサシャは、先程は持っていなかった大きな紙袋を抱えていた。 「ごめんね、向こうに珍しい野菜を見つけたから、つい」 「迷子になってなくてよかったですー」 大量に買い込んだから、そろそろ海鮮組と合流を図ろう。 サシャのカバンに小さな紙袋が忍ばされているのは、彼女しか知らない。 異国独特の香りが漂う市場を歩くシュマイトと蜘蛛の魔女と絵奈。だが中々歩みが進まないのは――。 「あ、あっちも美味しそうっ! イカ焼きかな!?」 「蜘蛛の魔女ちゃん!? あんまりウロウロすると迷子にっ!」 屋台の美味しい匂いに釣られてあっちへこっちへと移動する蜘蛛の魔女に、絵奈は半ば振り回されて。 「食事こそパワー! この島の名産を片っ端から食べ尽くしてやるわ!」 「夕飯が入らなくならない程度にね」 彼女のあまりの食欲に、絵奈は苦笑を浮かべて。 一方シュマイトはスパイス屋の前で考え込んでいた。 「カレーはスパイスの配合が命だと聞いた。だが……詳細をメモしてくるのを忘れてしまった。いや、異世界と壱番世界のスパイスが同じとも限らんし……」 ぶつぶつ独り言を言っていると、店主が少し怪訝な目で見てきた。 「シュマイトさん」 そこに両手を串焼きだの海鮮汁だのでいっぱいにした蜘蛛の魔女を連れて、絵奈が戻ってきた。いつも仲間のことを気にしていて、仲間が困っていれば即座に助けたいと動く、それが彼女だ。 「多分……カレーを作りたいからカレー粉とスパイスくださいって言えば、通じるんじゃないでしょうか。今回はお店の人にお任せしてみるのもこの地の味が楽しめていいと思いますよ」 「なるほど。絵奈、それは名案だ」 かくしてカレー粉と数種のスパイスを得た三人は、海鮮市場で新鮮な海鮮を仕入れに行くのである。この海鮮はカレーだけでなく、バーベキューでも使われる。明らかにとれたての新鮮な海鮮は、見ているだけでお腹を刺激した。 *-*-* ホテルのフロントでカレー作りとバーベキューをしたいと申し出ると、ホテルマンが笑顔で対応してくれた。焼き網や鉄板、鍋を貸してくれただけでなく、かまどや台のセットまでしてくれて。これなら女性ばかりでも安心して楽しめる。 「アストさんは野菜を洗ってきてください。蜘蛛の魔女ちゃんは海鮮をお願い」 家事のプロフェッショナルでもあるサシャがてきぱきと指示をして。皆も美味しい夕飯にありつくべくそれに従う。 「サシャさん、私は何をお手伝いしたらいいですか?」 「絵奈ちゃんは、洗っている二人が戻ってきたらカレー用のエビの殻をむいてもらえるかな?」 「分かりました!」 「サシャ、私は?」 「ティアちゃんは、シュマイトちゃんと一緒に野菜を切って!」 「任せて!」 そうこうしているうちに洗いに行った二人が戻ってきて。それぞれ材料を受け取っててきぱきと下ごしらえをはじめる。 「小さな貝の身を取るの、楽しいのですー」 ゼロと蜘蛛の魔女は、茹でられて開いた、あさりに似た小さな貝の身を取っている。カレーに入れるのだ。ティリクティアとシュマイトが野菜を切っている横で、他の二人の倍以上の速度でサシャは包丁を動かしていく。 「アストさん、火をおこしておいてくださいー」 指示を出しながらも硬くて切りにくく、危ない南瓜が彼女の手にかかれば適当な厚さにスライス。イカのワタを抜いてカレー用の輪切りにしたら残りはバーベキュー用にぶつ切りにして。魚も丁寧にさばいていく。他の野菜が全て切り終わる頃には数種類のお肉も食べやすい大きさに切り分けられていた。 くつくつと煮込まれるカレー鍋の横で、鉄板と網がじりじりと温まっていく。まずは意外と火が通るのに時間のかかる野菜から並べて。肉は火が通り過ぎると硬くなるから後だ。 「いいにおい~! まだ食べちゃダメ?」 「まだだよー」 カレー鍋と鉄板の前にしゃがみ込むのは蜘蛛の魔女。さっき市場であんなに食べたのに待ちきれない様子だ。サシャが焼き加減を見ては次の食材を載せ、シュマイトがカレー鍋をかき混ぜている間に絵奈が皿を配り、ティリクティアがタレの入った小皿を用意する。 「皆、できたよー!」 その言葉を待ち望んでいた。一同の顔がぱああっと明るくなる。 「お肉に野菜にお魚に貝……さあたんと召し上がれ!」 お皿を盛って集まる仲間達に、サシャは次々と焼きあがった具材を載せては新しい具材を投入する。シュマイトも海鮮たっぷりのカレーをよそって渡して。 「「「いただきまーす!!」」」 皆揃って挨拶をして、あつあつの料理を頬張る。 「熱いけど美味しい~!」 ほくほくしながら肉を頬張るティリクティア。他の皆も美味しいと言いながら、黙々と食べて。美味しい物を食べる時って、結構無言になるものだ。 壱番世界の食材に当てはめれば、エビやあさり、イカやホタテの入ったカレー。トウモロコシやピーマン、ナスや玉ねぎに南瓜、イカやエビ、ホタテやサザエに魚。そして数種類のお肉のバーベキューという豪華なディナー。皆でわいわいと作ったものだから、また一段と美味しくて。 「やっぱり海辺の海鮮は新鮮で美味しいですね!」 絵奈が興奮したように告げると、そっと空いた皿にイカが乗せられて。サシャが再び焼き兼給仕役に戻っていた。 「サシャ、私がかわるわ。サシャもたくさん食べないと、ね?」 ティリクティアがトングをサシャの手から取り、皿に焼けた肉と野菜を乗せて差し出す。サシャは彼女の優しい心遣いに甘えることにして。 「じゃあ暫くの間、お願いね」 「任せておいて」 サシャは肉とカレーを順番に食べて。 「シュマイトちゃん、このカレースパイスが効いてて美味しい!」 「まあスパイスは店主の勧めるものを使っただけだが……サシャに喜んでもらえてよかった。私にもカレーは作れるらしい」 隣に座るサシャが嬉しそうだから、自然、シュマイトも笑顔になって。 「山盛りにしてよ、山盛り!」 アストゥルーゾはティリクティアに頼んで皿いっぱいに盛ってもらって。だがそのタワーが倒れそうになって慌てている。皿からひょいと飛び出したエビを、蜘蛛の魔女が見事に口でキャッチしていた。 仲間達がわいわい楽しんでいるのをゼロは膝に皿を載せて眺めていた。飲食にはこだわりはないが、やっぱりこうして皆と楽しく食事をするのは楽しいものだな、と。 ●夜風は南国の香り バーベキューを終えた後はちょっぴり肝試しにと洞窟へ行って。光る鉱石に感嘆の声を上げて、いつの間にかそばにいる『白い服で長い髪の女の子』に怯えて。落ちている鉱石を拾って戻ってきた頃にはすでに星はこれでもかというほど瞬いていた。 四人部屋に集まり、ベッドに腰を掛けたり寝そべりながら他愛もない話に花を咲かせる。女の子が集まったら、このお喋りがまた楽しみの一つなのだ。 「ゼロは知っているのです。世界群厳選の本当にあった奇妙な話なのですー」 ゼロが話したのは、『夜、忙しい人のそばに気がつくといつの間にかいて、見たものはそのままぐっすり朝まで眠ってしまうという白い服で長い髪の女の子』の話。ゼロのお気に入りらしい。 「わ、それって気がついたら小人さんが作業をしてくれていたとかじゃないんだよね?」 「勿論ですー。眠ってしまって時間だけが経過しているのですー」 「地味に怖いな」 何となく出会ったことのあるような奇妙な話にサシャとシュマイトがうーんと唸る。横目でチラチラとサシャを伺っていたシュマイトは、会話が途切れた所で思い切って口を開いた。 「最近のキミらの付き合いはどうなっている? 敬語で話す仲から少しは進展したかね?」 なるべく平静を装って紡がれたその質問は、シュマイトにとって恐怖を伴うもの。けれども聞くのは怖いが聞かずにいるのも不安だ。だから思い切った。 「う、ワ、ワタシ!?」 突然振られたコイバナにサシャは慌てるも、流石にある程度覚悟はしていたようである。六人の視線がサシャに注がれて。 「えっと……奈良でデートをしたよ。その時にプレゼントを貰ったの」 「ヒューヒュー、ラブラブだねぇ! 照れる顔もいいっ」 「サシャちゃん『りあじゅう』!」 観念するように白状したサシャに、アストゥルーゾと蜘蛛の魔女が冷やかしを飛ばす。 「いいですねぇ」 「ふふ、サシャ幸せそう」 絵奈とティリクティアも、微笑ましげに彼女を見て。 「そうか。上手くやっているなら良かった」 シュマイトは胸が痛くなるような、けれどもどこか安心したような相反する感情を裡に抱いて呟いた。この痛みはいつか無くなるものだろうか。 「ゼロは聞いたことがあるのです。『りあじゅう』を爆発しようとする人達がいるのです!」 ゼロの言葉に笑いが起きる。ひとしきり笑った後、サシャが口を開いた。 「コイバナもいいけど……ワタシね、こうして皆と友達になれて今すっごくシアワセ。ロストナンバーになった事を恨んだ事もあったけど、覚醒しなきゃ皆と出会えなかったんだと思うと、これも天国の旦那様のお導きじゃないかって……」 呟くように紡がれた彼女の言葉に、一同は真剣な面持ちになって。静かに彼女の言葉の続きを待った。 ぽろり……サシャの瞳から涙が溢れる。 「あ……」 誰かが声を上げたけれども不用意に触れるのが躊躇われて。 「あれ。どうして涙が出てくるんだろ? すっごくシアワセなのに」 「サシャ」 近くに座っていたシュマイトが、ポケットから白いハンカチを取り出して渡す。サシャはそれで涙を拭うと大きく息を吸い込んでは吐いて、自分を落ち着けようとした。 「あのね、皆に聞いてほしいの」 居住まいを正して告げられるのは、彼女の心の奥。 「ワタシね、ワタシを拾って育ててくれた大好きな旦那様の死に目に会えなかったの。その事をずっとずっと後悔してたの」 「サシャさん……」 なんと言葉をかけていいのかわからない。だから絵奈は彼女の言葉を最後まで聞くことにした。 「だから今、皆に感謝を伝えたい」 ガサガサとサシャは自分のカバンを漁って。取り出したのは小さな紙袋。それをベッドの上で逆さにすると、こぼれ出たのは貝殻のブレスレットが7つ。 「これね、市場で買った貝殻のブレスレット。これをお揃いで身に付けた恋人や友人は生涯切れない絆で結ばれるんだって」 先ほど市場ではぐれた時に買い求めたのはこれだった。何か今日の記念に皆でおそろいの物を、そう思った時丁度目に入ったのだ。 「光に透かすときらきらしてとっても綺麗。人魚の鱗みたいでしょ? 皆にこれを持ってて欲しいの」 ランプの明かりに照らされて、薄い貝殻がキラキラと煌く。繋がれた貝殻は絆の証。きっと、皆を繋いで離さないでくれる。 「シュマイトちゃん」 「ゼロちゃん」 「ティアちゃん」 「蜘蛛の魔女ちゃん」 「絵奈ちゃん」 「アストさん」 全員の名を順番に呼び、サシャは一人ひとりにブレスレットをはめて、そしてぎゅっと抱きしめる。そのぬくもりが互いの胸を満たして、心暖かくさせる。 「ワタシ、この夏を忘れないよ」 「サシャ」 「サシャさん」 「サシャ」 「サシャちゃん」 「サシャさん」 「サシャちゃん」 皆、自分も同じだとばかりに頷いて、そして皆でブレスレットをランプの明かりにかざした。 キラキラと輝いて、まるで星空を見ているようだった。 *-*-* 皆が疲れて眠ってしまった後、絵奈とゼロはバルコニーへと出た。無駄な明かりのないこの世界では、とても綺麗に星が見える。大きな星だけでなく、小さな星も、数えきれぬほどに。 「星は何時見てもキラキラなのですー」 「そうだね、今にも降ってきそう……」 互いに椅子に腰をかけて星を見上げるも、会話があったのは最初だけで。それぞれ思いを馳せたいことがあるだろうからと、遠慮してそれ以上言葉をかけなかった。 ゼロが思いを馳せるのは、自分の出身世界。何もない、真空の暗黒が果てしなく続く世界。そこにゼロはひとりきりで、まどろみ続けていた。夜空を見ると、なんとなくその時のことを思い出す。 (ゼロの世界はゼロ以外誰も居ないのです) けれども今、ゼロの周りには沢山の人がいる。知人友人もたくさんいる。 帰れるなら帰りたいかと問われれば返答に困るのが現状。戻って再帰属するかはともかく、特殊な世界のようだから、今の所見つかるまで探すつもりではある。郷愁からというよりは、好奇心から。 (いざ見つかったらどうするかは、今のゼロにはわからないのですー) その時になって決断を迫られてみなければ、わからないこともある。 少なくとも今日は、みんなと楽しく過ごせたこと、それが一番の収穫だった。 絵奈は星空を見上げ、そして星明かりと月明かりを映す水面を見やる。すると不思議と、昼間楽しく遊んだ光景が蘇ってきて。 「くす……」 ついつい小さな笑みが漏れる。 本当に楽しかった。精一杯遊んで、目一杯食べて。戦いのことは忘れて。 つかの間の休日かもしれない。それでもこうして仲間と共に思い切り遊べる時間が嬉しくて、身体は疲れているはずなのに今はまだ興奮していて眠れそうにない。 こんなに楽しい経験ができたのは、この島の素晴らしさは勿論だけど。なによりも、それを分かち合える友人達がいたおかげだ。 絵奈は腕にはめたブレスレットを優しく撫で、そして星空にかざしてみる。 シャラリ……貝殻同士がぶつかって、綺麗な音を立てた。月明かりの下でも、ブレスレットはキラキラと輝いて。 今日の思い出は、皆の絆は永遠だよと告げているようだった。 (みんな……ありがとう) すーすーと心地よさそうな寝息を立てる仲間達に心の中でお礼を述べる。 きっと、それは皆の心にも届く。 ●名残を惜しむ海上で 翌朝、昼前にはチェックアウトとなった。旅行では行きより帰りのほうが荷物が増えることが多い。彼女達も御多分にもれずその傾向が強かった。市場やホテルで買い求めたお土産が、追加の荷物となっている。 桟橋にはジャンクヘヴンへと向かう船がすでについていた。ホテルマン達が荷物を持って、船に積んでくれている。 「もう一泊くらいしたかったー。まだ食べてないものがあるのに」 「今度は正式オープンした後に来て、この海のマーメイドアンドディープワン達の視線を独り占めしてやるっ」 ぎりぎりと果たせなかった希望に歯噛みする蜘蛛の魔女とアストゥルーゾ。 「たくさん遊んだけど、もっと遊べるわ!」 「そうだね。本当、たのしかった!」 ティリクティアと絵奈が会話をしながら船へと乗り込む。 「一日じゃ遊びきれないよねぇ」 「そうだな。この島の良さを堪能するには少なくとも二泊三日以上は欲しい。それもモニターの意見として書いておいた」 「さすがシュマイトちゃん!」 サシャとシュマイトがゆっくりとタラップを上がっていく。 「海さん、島さん、ありがとうなのです。楽しかったのですー」 誰にともなく礼を言ったゼロは、ぺこりと頭を下げて。 「ゼロちゃんーおいてかれちゃうよー!」 掛けられた声に振り返ってみれば、すでに船上の人となった蜘蛛の魔女が手を振っている。 「今行くのですー」 たたたたたっ……長い髪に白い服の少女がタラップを駆け上がっていく。 全ての客が乗り込んだのを確認して、船がゆっくりと動き出した。だんだんと、ホテルが、島が遠のいていく。 こうしてマーメイド達の束の間の休日は、終わりを告げたのであった。 ただ身体を休めるだけでなく、心を休めて豊かにして、絆を深めた一日になったはずだ。 蒼い海が、彼女達のこれからを祝福してくれているように見えた。 後日、正式オープン時にパンフレットの洞窟の欄の説明が、書き換えられていたという。 『過去に光る鉱石が取れる鉱山として栄えていた洞窟です。今は使われていませんが、肝試しに最適です。 ですが行かれる際はお気をつけ下さい。 白い服を着た長い髪の女の子が、いつの間にかあなたのそばにいるかもしれません……』 【了】
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