イラスト/夜月蓮華(irbr1262)
それはナラゴニアのはじめてのクリスマスの出来事。 虎部隆と友人の相沢優はナラゴニアのバサーでいろんな魔法アイテムの豊富さに感心し、そのまとめ役であるノラ・エベッセに声をかけた。「繁盛してるな。今日のこれを見て思ったけど、今後ターミナルと貿易とかどうだ? 移動手段と許可は自警団権限にあるとかさ。まぁ、完全に案だけどよ」 「へぇ。それはいいね~。放浪商会の商人のなかにはそっちで商売したいやつが多いからいろいろと協力してもらえるとありがたいね~」 そんな会話を交わしたのだ。★ ★ ★ ある日のお茶会の帰り。「そういえば、こっちで商売したいって声をかけられたよ。せっかくだしいいと思うんだけどねぇ~、どう思う?」「いいと思うわ。わくたしが他の人たちに根回ししてあげる」「おやおや、身をいれるねぇ。退屈してるのかい?」「そうね。退屈しているの。チェスの駒を進めるにはとってもいい時期だと思うし……それに、わたくしね、ぜひ王子さまに会いたいわ。だめかしら?」「だめとはいわないけど、あいつがなんていうかねぇ。ここから出るのは危なくないかい?」「あら、そんなの問題にならないわ。鉢合わせしなければいいんだもの」「注文をつけてちょうだい、ひとつだけ」「なんて?」★ ★ ★「と、いうわけでだ。俺と優がツテとか、その他いろいろとを駆使して諸君らには集まってもらったわけだ」 カフェの奥の席を占領して、隆、優、それに彼らが声をかけて集まった七代・ヨソギ、ソア・ヒタネ、ミルカ・アハティアラは頷きあった。 ヨソギは鍛冶師で出来ればナラゴニアで商売が出来ればと考えていたし、ミルカはサンタとして人のプレゼントと幸福を与えることが大好きだ。ソアはターミナルの一角で一次産業をしている、出来ればおいしい野菜を売ってみたい。「俺と優が、司書にあたってあの手この手、そんな手で、ナラゴニアから許可をもらってあっちで商売できる! ってもお試しでな!」 ナラゴニアとターミナルはまだまだ溝がある。それを少しづつでもいいから埋めていければいい。 まずは文化交流としての意味も含めて隊商を組むことを考案した。それには復興支援もかねているので快い返事があった。「これが成功したら、ゆくゆくはあっちで恒常的な商業活動になれると思う。そういうことで一つよろしく! 優、説明頼む」「えーと、場所はノラさんが街の大通りのひとつを貸してくれるっていうんだ。そこでテント類も頼めば貸してくれるって、ただノラさんがいうには、それ以外は自分でやるようにってさ。あとそのことについては他の有力者にも話は通してあるって」「商売の条件については一応、なんかあったけ?」「俺たちが行くことは事前に報せてはあるっていうっていうのと一つだけどうしてナラゴニアとかかわり合いたいのか。尋ねられたら必ず答えること」「うーん、なんか試されてるかんじだな」「つまりは、お客さんをどうやって呼ぶかってことですよね! わたしたちのことを知ってもらうためにも」「ただ店を開けただけじゃあ、だめなんですねぇ、お客様に来ていただかいなと」 ミカルとヨソギが眉根を寄せた。「それにみんながみんな協力的ってわけじゃないから、なにかある可能性もあるんでしょうか?」 ソアが首を傾げた。「とりあえず、当たって砕けろ! 砕けるなら粉々にな! じゃ、景気お祝いにかんぱーい」 全員がメロンソーダのはいったグラスを合わせた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>虎部 隆(cuxx6990)相沢 優(ctcn6216)七代・ヨソギ(czfe5498)ソア・ヒタネ(cwed3922)ミルカ・アハティアラ(cefr6795)=========
Ⅰ・疾走するリヤカー ターミナルからナラゴニアに向かう道は平坦であるが、樹海はワームやターミナルに反感を持つ旅団が潜伏していて危険極まりない。 そこをゴト、ゴトゴトッとのどかな音をたてながら虎部 隆、相沢 優、七代・ヨソギ、ソア・ヒタネ、ミルカ・アハティアラは大量の荷物を載せたリヤカーを押して緑豊かな樹海を一歩、一歩進んでいた。 「ったぁー、あとどれくいだよ!」 「さ、さぁ?」 隆がぜぇぜぇと荒い息の横では汗だくの優が相槌を打つ。 「た、大変ですねぇ~」 ヨソギもへたりこみ、自慢の尻尾がしょんぼりとたれてしまう。 「荷物が多すぎたんでしょうか? けどこれは譲れませんし」 ミルカも額の汗をぬぐってため息をついた。 いま運んでいる荷物は大切な商品、自分たちの譲れない夢や気持ちを詰め込んだものだ。妥協なんてなくリヤカーにあれこれと詰め込んで大荷物になってしまった。 出発するときはそれほど遠くないと思っていたがこれが予想以上の険しい道のりだったのも考えが甘かった。 「くそぉ! このままじゃ、一日が終わっちまうっ!」 「え? 隆?」 「任せろ! ソア!」 「はい? なんですか? この調子でがんばれば昼前にはきっとつけますよ!」 リヤカーの前にはいつもの小柄な女の子の姿からたくましい黒毛和牛姿のソアはぱっちりの黒目を細めて微笑む。 「いや、もっとはやくつきたいんだ、ソア、頼む!」 「え?」 隆はズボンから赤いハンカチを取り出した。 ひら、ひらひらひら。 「あ……っ!」 駅伝のときからひらひらしたものを見ると覚醒する「トランスソア」を取得した彼女の目がぎらん! と輝く。 ふぅー! 鼻息荒く駆けだすのに隆はソアの首根っこにがしっと捕まった。 「みんな、捕まれっ!」 「わぁー!」 「待ってくださいぃ!」 「わわっぁ!」 優、ヨソギ、ミルカはあわててリヤカーに飛び乗った。 もおおおおおお! あ、ああああ~! 勇ましい声をあげるソアに仲間たちの悲鳴が混じって樹海に響く。 そのままナラゴニアまで土煙をあげながら怒涛の猛スピードでリヤカーは駆けていった。 Ⅱ・お金って大切だよね 「おや、あんがいとはやくきたねぇ~」 ソアの活躍もあり一行は予想していた時間よりもずっとはやくナラゴニアにつくことに成功して早速、ノラに会いに行った。 「にしても、なんとなくぼろっちくなってないかい?」 頭や服のあちこちに葉っぱをつけている五人にノラは不思議そうに小首を傾げるのにソアは恥ずかしげに顔を真っ赤にして俯いていた。 「いやー、ちょっと猛風が吹いてさ! それで、俺らが商売できるのって、どこらへん?」 「こっちだよ。先にテント一式も渡しておくよ~」 ノラはでっぷりとした頼りがいある姿を裏切らず、てきぱきと動く。 テント一式は隆と優が協力して持ち、ミルカとヨソギ、ソアはリヤカーを押して進む。 案内されたのは街の通りにある商売通り――屋台がずらりと左右に並ぶ道の端、建物の影がさす、あまり目立たない場所だがノラがわざわざ用意してくれただけに文句はいえない。 「ありがとうございます」 優は丁重にノラに頭をさげたのにミルカ、ソア、ヨソギも習う。 隆はにっと笑ってノラと親愛の握手を交わした。 「まぁがんばってね~」 「おう! いろいろと、ありがとな!」 「じゃあ、テントはあるし、問題は店の飾りだよな。このままだと、味気ないし、客はこないよなぁ。どうする?」 勢いよく腕まくりする隆の言葉に優も同じく腕まくりしつつ頷いた。 「やっぱり目立ったほうがいいと思うんだ、色は赤とか白を使って」 「いいですね! わたし、この小さなテントをクリスマスぽく飾りたいと思ってるんです!」 「クリスマスですかぁ?」 ヨソギの問いにミルカは大きく頷いた。 「はい! わたしがこの活動に参加しようと思ったのは、ナラゴニアでもクリスマスをしたって聞いたからなんです。報告書では読んだけど、直接見てみたかったのもありますし、自分の知っているクリスマスと知らないクリスマスを交換してみたいって思ったんです」 それにナラゴニアの人たちの笑顔も見たかったし、とミルカは優しい、見ている人の心をあたたかくさせる微笑みを浮かべる。 ミルカは店を飾る品と一緒に小さな植木鉢を持ち込んだ。これをクリスマスツリーに見立てて飾ればはじめて楽しいクリスマスを経験したナラゴニアの人たちならば注目してくれると考えたのだ。まずはなんだろう、面白いものかなっと気にかけてもらうことからはじめる作戦だ。 幸いに優が持ってきた白・赤のリボンや布飾りともマッチしていた。 「それいいと思いますぅ! 楽しい思い出があるイメージだとみなさん寄ってきやすいと思うんです!」 「わたしもそれがいいと思います!」 ヨソギとソアの同意にミルカは嬉しそうにはにかむ。 「よし、じゃあ、イメージはクリスマスだな」 「はい!」 「あのぉ、ボクのこのチャイムも良かったら使ってもらえませんかぁ?」 ヨソギがおずおずと差し出したのは風になびくことで音を奏でるチャイムだ。複数のパイプが吊るされ、揺れるたびに、りん、りりんと優しい音を奏でている。 それに魚やイルカと色とりどりの飾りも小さな鈴や音がなるような工夫をこらしている。 「いいですね! 飾りと音楽、すごく素敵です!」 ミルカの言葉にヨソギは嬉しげに頬を染めて頭をぽりぽりとかいた。 「よーし、じゃあ、店については全面的に任せた! 俺とソアはライバル店を偵察してくるな!」 どう見ても自分が店を見たいだけというのがわくわくしている顔からただ漏れな隆に優は苦笑いして頷いた。 「気を付けて、早く戻ってこいよ!」 「おう! いくぞ、ソア」 「はい!」 二人は意気揚々と屋台が並ぶ道を歩きだした。 ソアはこのチャンスに他の店を覗いての相場調査に余念がない。出来れば他の店よりも安く売ることで今回の活動を成功させたいと考えていた。 「いろんなものがあるんですね、ナラゴニアには」 ソアはナラゴニアのクリスマスには参加できなかったので、物珍しい魔法アイテムに目を輝かせた。つい目的を忘れてしまいそうになるのに自制心を必死に働かせる。 「あ、いけませんよね。つい買い物したくなって……隆さん?」 「ハッ! いやー、つい、ついな! このアイテム、どう考えても悪戯によさそうだなぁーって、前に買ったのもあるんだけどさ!」 商品を持って思わず買おうとしている隆にソアは苦笑いする。 「けど、思わず手にとって見たくなりますね」 「だいたいの相場はわかったし、そろそろ戻るか。買いたいけど、俺、ナラゴニアの通貨を持ってないんだよなぁ、くそ、おしいぜ」 「……あの、そういえば、お金ってどうします」 「へっ、あー! そっかぁ~、俺としたことが!」 隆は空を仰いで、額に手をあてる。 相場調査はしたが問題は自分たちの使う紙幣とナラゴニアの紙幣は違うという点に今、気が付いた。 「どうしましょう」 「……こういうときは、優だ!」 「え?」 「あいつならきっと考えてるぜ。間違いない、俺のカンが告げてる! よし、戻るか!」 隆とソアが急ぎ足で自分たちの店の前に戻ると二人はぽかんと口を開け、驚きに目を丸めた。 「すげー……」 「すごいですね!」 思わず感動の声が漏れる。 赤や白の布を左右に飾り、光を出来る限り入るようにと心がけた明るい雰囲気の入り口。さりげなくヨソギの作ったチャイムが吊るし、店の端には植木鉢もモールを使ってきらきらしている。 クリスマスを知ったナラゴニアの人たちが、興味を抱きやすい店だ。 「あ、おかえり。どうだった?」 「おー、なかなかよかったぜ。にしても、すごいな」 「感動しました」 ソアの素直な感想に優、ミルカ、ヨソギは照れ笑った。 「今回は、ミルカさんのおかげだよ。具体的なイメージをしっかりと決めてくれたから、それに合わせて品をどう置くかも決めたんだ」 「飾りつけ、いろいろと任せてもらえてうれしかったです」 「こういうときは女の子の細やかさが大切ですからねぇ。あとはお客さんへの声かけを」 「待った! 今ソアが気が付いたんだけどさ、紙幣どうする?」 隆の言葉にその場の全員が目を瞬かせた。 「えっと、クリスマスのときはどうしてたっけ?」 優の質問にクリスマスにナラゴニアにこれなかった面々は黙ってしまう。隆は顎を指で撫でながら唸った。 「確かさ、ノラが特別に変えてくれたんじゃないのか?」 「そっか。そうだったな……この場合、俺たちはターミナルで使えるお金しか持ってないし」 「考えたんだけど、俺はキューブと紙幣交換するってありだと思うんだ。食べ物に出来るって限定な使い方を教えればよくないか?」 隆の意見に優は首を横に振った。 「ナレッジキューブの使用は反対。あれはなんにでもなるし、限定した使い方でも、下手したらトラブルになりかねない。ここにきて今更紙幣をどうこうするのは無理だと思うんだ。ナラゴニア暫定政府と理事会に相談しないといけない問題だし、今回は物々交換でどうかな?」 「そうですねぇ! 貴金属や宝石は勿論。鉄屑、石炭等の鍛冶材料も対象内でどうでしょうかぁ?」 「あの」 ソアが口を開いた。 「けど、もし、交換するものがない人……お金だけの人がいたら、それも応じていいことにしませんか? 物々交換だと、お客様が限定されてしまう気もするんです」 「そっか。物々交換だと、この周辺の商人が中心になるかもしれない」 優もその点に気が付いた。 この通りは屋台や店が多いので買い物目的の者は多いが、その場合は金しか持っていない可能性が高い。物交換では、売り物がある屋台の人間といった客層が限定される恐れがある。 「よし、じゃあ、こっちはなんでも受付るってことにしようぜ。どうせ、今後のことも考えたら金は必要だしよ」 「そうだな。俺たちのことを知ってもらうのが目的だし……みんな、売上とかあまりないってことははじめから覚悟していたと思うけど、下手したらマイナスになることもあると思う。いいかな?」 優は仲間たちに遠慮深く確認する。 今回は商売をほとんどしたことのない自分たちの呼びかけに、わざわざ商売経験、それに類似にした仕事をしたことのあるミルカ、ソア、ヨソギが善意で集まってくれたのだ。はじめに売上のことは期待できないとも言っておいたが、やはり気になる。 「ボクは気にしませんよ~。ボクはボクのものを手にして、喜んでくれたら嬉しいです」 「わたしは、先も言いましたけど、笑顔がみたいからですから!」 「お野菜はチェンバーでいっぱい作れます」 仲間たちの温かい言葉に優は笑顔で頷いた。 「ありがとう。絶対に成功させよう!」 Ⅲ・商売は笑顔! 紙幣の問題は今後の解決課題としてこの場では一度棚上げすることになった。 イラストを描くのが得意な隆は持ってきたスケッチブックにさらさらとこの場にいる仲間たちの似顔絵を描いてぺたぺたとそれぞれの売り場に張り付けた。 そのあとソアとミルカの女の子たちが事前に用意してくれた揃いの黒のエプロン――腰に巻きつけるタイプのもので、隆と優は髪の毛を後ろに撫でつけたボーイスタイルに変身。 「おー、なんか様になってきたなぁ、よーし、優、いっちょいくぜ」 「ああ!」 優と隆は一緒になって店の外でまずは客呼びを開始する。 「いらっしゃいませー、ターミナルからの売り物だよー」 「紙幣、物々交換、なんでも応じます! よかったら見に来てください!」 明るい二人の声は他の屋台よりもずっと人の目をひくことに成功した。 「よーし、注目は集めたな。あとは鼻だ。鼻で相手を捕まえるんだ! 頼むぜ」 「もちろん!」 持ってきた調理器具は既にスタンバイしてある。 ヨソギの提供してくれた最新の鉄板で、じゅっ! 音をたてて焼かれるのは焼きそば、お好み焼き。具材はソアの自慢の野菜を使用し、ソースたっぷり。出来上がってパックに詰めたものにミルカはヒイラギの葉をそっとつける。 買ってくれた人用のおまけとして一口サイズのカップケーキ、クッキー、パウンドケーキといったお菓子も昨日優は徹夜で用意した。それらにもミルカがヒイラギの葉を飾り付けた。 隆は事前にハンスに会いに行ってパンを大量に譲ってもらっていた。その他、旅団から世界図書館に来た者にも挨拶して、この活動のことを伝えてなにか物を作っているならなんでもいいので寄付してもらった。そうすることで今は世界図書館にいる者たちが生きている証になると考えたのだ。もちろん、その逆にハンスたちの知り合いが立ち寄ってくれればそれをハンスたちに教えることもできる。 食べ物の匂いは人の心を容易く魅了する。それに隆がさらに客呼びとして声をあげる。 「いらっしゃーい、おいしいぜ! どうよ、そこのお兄さん、一口食べていかない? 試食もあるぜ? 食ってけ、どろぼー!」 優が必死で調理する横のスペースはソアが担当だ。 今朝とれたばかりのきらきらの太陽によって育った瑞々しい野菜たちを自分が持ってきた組み立て式の台に出来るだけ色鮮やかなものを前に、ボリュームがあるように置く。 隆に試食コーナーを設けようと提案したのはソアだ。生で食べられるものは出来れば食べてほしいと思って事前に紙皿、紙コップ、それに爪楊枝といったものも用意しておいたのに優も出来れば一緒にやろうと賛同してくれた。ソアとしては仲間の商品を見てもらうのに協力できて嬉しい。 「いらっしゃーい、これどうですかー? いやいや、食べてみてよ。おいしいぜ。ほら、あーんしてやるよ。今回だけとくべつサ、ァ、ビ、ス……え、いらない? あ、はい、すいません、食べてください」 セールスの押し売りのごとくがんがん通行人に攻めていく隆に試食のことは任せておいて大丈夫そうだ。 ソアは精いっぱいの笑顔で気にしてくれる人たちに自分たちに悪意がないことをアピールする。 商売は笑顔第一だ。 興味をもってくれる人、来てくれる人がいるだけで感謝したい。 そうしていると自然と食べ物の匂いに興味を示した女性陣から屋台をちらちらと訪れだしてくれた。 やはり目の前で調理している出来立ての品は人の興味を引きやすい。それに隣にいるソアのところにも客がきてくれた。 「いらっしゃいませ! あの、お野菜、どうですか? よかったらレシピも教えます。和風ものばかりですけど、ヘシルーで健康にいいんですよ」 ソアは話題作りのためにも用意した野菜ヘシルー料理レシピを書いた紙を笑顔で差し出した。 「やっぱり食べ物は強いみたいですね」 ミルカは優とソアが接客に忙しい様子を見て微笑む。 匂いがついてはいけないと考えて今回食物コーナーと雑貨用品のコーナーを分けている。 雑貨用品はまだちらほらと冷やかしの客が足をむ。 今回、ミルカが持ってきたのは手製のヒイラギと小さなベルのついたネックレスのアクセサリー。 手製なので大量に作れなかったが、色鮮やかな小物は屋台のクリスマスカラーにとても合っている。 ひとつひとつ、ミルカがお守りになるように、持ち主が少しでも笑顔になれるようにと心をこめて作った一点ものだ。 「そのうち来ますよ~」 ヨソギが微笑む。 「焦っちゃだめですよね」 「こっちも出来る限り客呼びをしましょう」 「ええ!」 ヨソギは平和のイメージとして鳩のネックレス、鳩のオルゴール、鳩の置物を作ってもってきた。 一番の目玉商品は鳩時計のポッポ君――鳩の形をしたカラクリ人形で、時計が腹部に内臓されているため時間になるとクックーと鳴いて教えてくれるし、セットした時間になれば暴れて起こしてくれるといった代物だ。 歩き回ったり、羽をひろげたりといった動作をほっておいたらしてくれるので、その動きが通行人の興味をひけないかと置いてある。 「いらっしゃいませぇ! 末永く壊れない! 平和を願って作りましたぁ。お一つ如何ですかぁ? 特にポッポ君は頑強ですから、寝起きの悪いお寝坊さんにはピッタリですよぉ」 「お守りもありまーす!」 優たちの客寄せがよかったのだろう、食べ物ついでに足を運んでくれる客がぽつぽつと現れた。 Ⅳ・俺はキレないぜ 汗だくになって隆は戦っていた。商売、それは興味をもってもらうこと。いくら疲れようと足が棒になっても自分は売り手。ならば泣かない、だってここは屋台だものと――自分に言い聞かせていた。 調理担当の優は一人でフル活動、ソアは野菜のレシピを教えるのに忙しくやミルカ、ヨソギが手の開いたときに手伝っているが、自分たちの商品を売るのにも忙しくいっぱいっぱいだ。 自然、客呼びから商品を待ってもらう間の暇つぶしをするのは隆一人の仕事となっていた。 後ろからは鉄板の熱、前には客――暑すぎて水分がそろそろきれそうだ。 どすっ。 軽く腹に衝撃が走った。 「いっ~」 「おお、悪いな」 謝りつつも隆が苦悶に震える様に騎士服の男が笑う。彼の腰の剣の鞘が狙ったように、――男の薄笑いを見ると確実に狙って腹に当てられたとわかる。 こんにゃろうー。 しかし隆は笑顔をキープした。 「いやー、気にするなよ。ははは。けどさ、危ないから気を付けてくれよ。俺らここにケンカしに来たんじゃないんだ。商品をみてくれよ! あ、一つどうだ? あーんしてやるぜ」 笑顔の押しに騎士男のほうが困惑したらしくじりじりと去っていく。ははは、俺の笑顔をなめんなよ。 今回の狙いは繋がりだ。 出来ればここで手に入れたモノをターミナルで売りたいとも考えている。そうして二つの組織に存在する溝を埋めて、心のやりとりを大切にしたい。 そもそも隆の狙いは壮大だ。いつか各世界に拠点を作り、ロストナンバーたちがもっと安全に再帰属の足かがりになる宿、もしくは店でもいいから作りたいと思っている。まぁ、それで自分はもっといろんな世界を見聞きして楽しめたら最高だ。 「ねぇ、あなた、それはなぁに」 声をかけられて隆は振り返る。白いひらひらの日傘をさした少女が微笑んでいた。 「お、いらっしゃーい。これはお好み焼き、こっちは焼きそば」 「匂いがきついのね」 「うっ。レディにはちょっときついか? けどこれが好きなやつもいるんだぜ。まぁ食べてみてくれよ。あーんのサービスだってしてるんだぜ」 「じゃあ、してもらおうかしら」 今まで断われていたのにはじめて成功して隆のほうが焦ったが、言い出した手前しないわけにはいかない。 では、と言いながらそーと差し出すと少女はぱくりと食べた。 「野菜を使ってヘルシーだけど、味が少し濃いわね。ナラゴニアにはもっとおいしいものがあるわ」 「へー。あ、聞きたいんだけど、ナラゴニアって足りないものとかない?」 好感触なのに隆は気になることを質問した。それに相手は小首を傾げた。 「いやさー、足りないものとかあれば協力したいじゃないか、それにここって福祉施設とかあるの? いろいろと大変だろう?」 くすっと少女は笑った。 「あなた、勘違いしているわ」 「へ」 「あのね、ナラゴニアは統治されてから、何百年も生活が成り立っているの。それに覚醒していろんな種がいるのよ、その人たちの力でどうにかしてきたと思わない? それは、たぶん、ターミナルも同じでしょう?」 あーと隆は頷く。 「だから別に困っていることはないのよ。福祉や医療についていえば、公的なものはないけど、医者が自分で開業したり、資産家が運営したり、無償でがんばる人もいるわ。けれど、それって珍しいことかしら? あなたたちのターミナルも事情は同じではなくって?」 「いや、まぁ、それは、同じだなぁ」 隆はぼりとぼりと頭をかく。ターミナルにしても公的な医療、福祉施設は存在せず、ほとんどが個人によるものだ。 「けどよ、前にクリスマスのときは炊き出ししてたし、やっぱり困ってるやつはいるんだろう?」 「ふふ、それが勘違いの原因? まぁ、ターミナルとナラゴニアはちょっと違うものね。あのね、ナラゴニアはつねに一定の貧民層はいるの、今回は戦争のあとで経済的な打撃を受けた人が増えただけ。そのうち落ち着くわ……けどそれって、たぶん、あなたたちターミナルも同じことよね?」 「確かにあれで店が壊れたりして困ったやつは多かったな。復興作業とかしても大変そうだし……てことは、ターミナルとナラゴニアって、格差以外はほとんど同じってことか?」 考え込む隆にくすくすと少女は笑って頷いた。 「そっか、そうなのか。いや、いろいろと教えもらってありがとうございます。美人さん、よかったらサービスするぜ、ゆっくりしてくれよな!」 「あら、ありがとう。けど、あまり時間がないの。彼が来てしまうと面倒だから」 「残念-。って、彼? 恋人と待ち合わせたとか?」 「それだと素敵なんだけど、違うのよ。ごきげんよう」 ふわりと甘い花の香りが隆の鼻孔をくすぐった。 優もまた戦っていた。鉄板作業は熱との戦いだ。汗をかくのにタオルを鉢巻に、鉄板の横にはペットボトルを置いて水分補充。でなければ熱に倒れかねない。それでも手は動かし笑顔キープ! なにを言われても気にしないと思っていたが、ここまでくると気にするだけの余裕がないというのが正直な話だ。 それでも優は出来るだけ隆と同じく周囲を気にかけていた。 優はナラゴニアに知人がいる。互いに求めるものは違っても、歩み寄る努力をやめたくない。きっとそのとき亀裂が生じる。 優はいろんな経験をしてきた。だから、わかる。人は知らないことを知る努力を怠ってはいけない。理解できないから、否定されたからといって諦めたら進めない。 大勢の人が好意を示してくれたのは幸せな誤算だ。 「こんなものをターミナルは売るんだな」 近くの屋台の商人も来たらしい。あからさまに悪意があるわけではないが、その目は冷ややかだ。 商売上ライバルであるし、客をとられては心穏やかではない。またターミナルの商品についても気になるのだろう。 好意的ではないが、なかなかにやりづらい相手ではある。 「よかったらどうぞ!」 ソアとミルカは笑顔で野菜とお守りを差し出した。 二人の少女の笑顔にむすっとしているのは、かなり難しい。 「いらっしゃいませぇ」 ヨソギはにこにこと笑う。こちらは食べ物ではないので客層はだいぶ違う。 隆相手に意地悪をした騎士はわざと居座って悪意のある笑みを向けてくるのにヨソギは無視してたが、商品を手に取ると 「へんな形だな、こんなものを欲しがるやつがいるのか? すぐに壊れそうだな」 「ここにある店のものは丈夫ですよぉ」 ヨソギはむっとする。 先ほどから傷つける言葉がぽんぽんと投げられて、それに他の客も去ってしを見ると悲しい。 せっかくうまくいきかけているのを壊されたくない気持ちがむくむくと心に広がる。尻尾アタックをしておかえりいただこうとしたのを優は即座に気が付いた。 「まった! ヨソギさん」 「優さん、けど」 「ここでなにかしたらそれこそあっちの思うつぼだよ。ミルカさん、出来れば能力でリオードルさんかノラさんを呼べないかな?」 「出来ますよ!」 「じゃあ、お願いします。……お客様、もし文句があるなら、リオードルさんを呼びます。それでいいですよね? すぐにだったらノラさんを走って呼びに行きます」 ヨソギを背にかばいながらきっと言い返す優の言葉に騎士男はたじろいだがあとに引かず、睨みつけてきた。 だめだ。せっかくうまくいってるのに、これじゃあ 「あらあら、かわいい鳩さん」 やんわりと女性の声が割って入った。 「え、あ、ごめんなさぃ、その、まってもらえると」 ヨソギがおろおろするのに優も慌てた。 「あ、すいません。いま、その、たてこんでいて、リオードルさんとノラさんを呼ぶところなんです」 「なら、わたくしでも少しは役立てるかしら?」 少女は臆することなく騎士に近づいた。 「あなたの名前も、所属している場所もぜぇんぶ知ってるからリオードルちゃんとノラちゃんに教えておくわ。ねぇ、あなた、わたくしの名前も顔もお忘れ? この白い百合を持つわたくしを」 「ナラゴニアで白い百合を許されたのは……まさか、そんな、だって、あの人は……ひっ!」 騎士男が慌てて逃げ去ったのに少女はにこりと微笑んだ。 「これでいいわよね?」 「……あ、ありがとうございます」 「すいません。ありがとうございます!」 ぺこっと優とヨソギが頭をさげる。 「お礼にサービスします! ポッポくんはどうですか? 一番丈夫なのを譲りますよ!」 「あの、俺のも、よかったらクッキーとかあるんですけど」 「それより、ここにリオードルちゃんのこと呼ぶの? やめたほうがいいわよ、あの子、ちょっと荒っぽいから」 「えっと、ミルカさんが呼びにいってますから、そろそろ来るか……えっと、あなたも、その、もしかして、ナラゴニアの、有力者ですか?」 ノラは有力者にも声をかけているから客にそういう人たちが来る可能性があると言っていたことを優は思いだした。 ぱっと考えたのはノラやユリエス、リオードルだった。とくにリオードルはターミナルとの交流に対して積極的だ。 先ほどのことを思い出して優が伺うと少女はからからと鈴が鳴るように笑った。 「まさか! わたくしは、そんな身分ではないわよ。ただ顔が広いだけ。けどリオードルちゃんは怖いから鉢合わせになりたくないし、お暇するわ。そうね、もしお礼してくださるならかわりにあなたたちがここにきた理由、おしえて」 「俺は、知人がいて、だから……うまくいえませんけど、間違えたくないんです。いえ、出来ればもう知らなかったとか、言い訳をしたくない。自分が何も知らなくて、動かなくて、相手と溝が出来いた、遅かったなんてことになりたくないんです」 「ボクは勉強のためです。知らないことを知ることで、互いの利益になると思うんです」 「そうね、ただの善意より互いの利益を持つってことは素敵なことよ」 「あの! よかったら、ミルカさんのお守り、もらってください。みんなに渡したいって言ってたんです」 ソアがここにはいないミルカのお守りを差し出した。 「わたしは、旅団員の方の知り合いがいて……その人が住んでいた世界を直に見て、彼がどんな人たちに囲まれていたのか、どんな環境で生活していたのか、どんな空気を吸っていたのか……知りたいなって思ったんです。ナラゴニアの人たちが、もしわたしの作った野菜を食べてくれたら、きっとすごく嬉しい気持ちになれるんだろうなって」 少女はミルカのお守りを見つめて微笑んだ。 「このアクセサリーは先ほどの可愛らしい女の子が作ったのね? 素敵な気持ちをこめて作られるし、これはリオードルちゃんにさし上げて。わたくしはみんなの意見を聞けて十分、満足したわ」 「けど、あの」 優が慌てて呼び止めるのに少女はひらひらと手を振って行ってしまった。ヨソギが追いかけたがすぐに不思議そうな顔をして戻ってきた。 「あれあれれ?」 「どうしたんですか?」 「先の人いなくて、花びらしかなかったんです」 ヨソギが両手に持つ白い花びらに全員が目を向けた。 五・メロンソーダで乾杯! 幸いそのあとトラブルらしいことはなかった。 ミルカは残していたお守りをそのあとに様子を見にノラやリオードル、ユリエスに心をこめた笑顔で渡すことに成功した。 売り物がなくなるという満足のいく結果を得て、店じまいをすると隆がノラに協力してもらい、あっちこっちの店に出向いていろいろな品も購入してほくほくと帰路についた。 しかし、これで仕事は終わらない。 この活動をアリッサに伝えたいとの優からの提案に疲れていたが全員が今日の成果を報告に向かった。 「――ってなわけでかなり成功したんだぜ」 隆のまとめにアリッサはにっこりと微笑んだ。 「こういう活動が積み重なれば、住民の融和も進んでいくと思うわ。これからもよろしくね!」 その言葉に全員が顔を見合わせて、小さく拳を握りしめてガッツ・ポーズ。 報告後、ターミナルの街に出て空を見れば眩しいくらいに晴れていた。 隆は笑顔で仲間たちに呼びかけた。 「よーし、打ち上げだ! さっそくいつもの店でメロンソーダだよな!」
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