旅も終わりが近づいて来た。旅人は自分の最後を決めなければならない。 だけど……僕は、どうしたらいいのか分からない。 僕、今でも自分が何者なのか分からない。どんな世界から来たのかも。 ……いや……本当は、薄々気がついてはいるんだ。 普通に生活するのに不必要なくらいに頑丈な体。蟻さん一匹だって見逃さないようなセンサー。そして……荷電粒子砲。 僕……とても怖い世界から来た怖い事する為のロボットだったんじゃないかなって……。 本当は真実を知るのが怖いんだ。知ってしまったらもう、僕が僕じゃなくなっちゃうような気がして……。 ……だけど……それでも……。 やっぱりお母さんには会いたい。会って僕の事作ってくれた事、感謝したい。 お母さんのおかげで、沢山の人と知り合えて、いっぱい遊ぶ事できたんだよって。 確かに辛いことや悲しい事もあったけど、それ以上に嬉しい事や楽しい事もいっぱい経験できたんだよって。 みんな、お母さんのおかげだよって。産んでくれて有難うって。 故郷に帰ったら、お母さんに会う事できるかな? 何処にいるのか分からないけど…顔だって分からないけど…それでも、頑張って探せば会う事できるかな? お母さんに会えるかもしれないなら、僕は故郷に帰りたい。 ……でも……。 宇治喜撰とは、離れたくない……。 僕は彼の事が大好き 一緒にお話ししたし、体を修理して貰った事もあるし、デートにだって行った事があるんだもの。今になっても彼が僕の事どう思っているのかは分からいけど……。それでもね。やっぱり一緒に居たいの。 この気持ち。何処から出てくるのか分からない、プログラムでは説明のつかないものだけど……。 それでもね。信じて大切にしなさいって僕の中の何処かが語りかけてくる気がするんだ。 僕は彼とずっと一緒にいたい。 だけど……。故郷に帰属したら彼とはもう会えなくなるんだよね……?そんなの、嫌だよ……。 ……そういえば、近い内にロストメモリーになる儀式が行われるって聞いたよ。 彼はロストメモリーだから、僕もロストメモリーになれば、きっとずっと一緒に居られるようになるよね。 ……でも、そうしたら故郷に帰る事は出来なくなる。お母さんにも会えない……。 ……僕は、どうしたらいいんだろう……。 やっぱり、どちらかを選ぶしかないんだよね……。 ……決めた。 僕、彼とお話をするよ。 お話をして、お母さんの事忘れるか、それとも彼と別れるか……どちらにするか決めるよ。 もう、何も迷わない AHI/MD-01Pの幽太郎の部分はそれだけの想いをかけて、宇治喜撰が普段安置されている虚数エネルギー研究所に向かった。 「宇治喜撰……。モシ時間がアッタラ……僕ト一緒ニ、デート、シナイ…?」> peer HI/MD-01P> read eval reply loop> status order ready> search for デート......> OK「壱番世界ノ……君ト僕ガ初メテ出会ッタ、アノ場所デ……」> acquiring permission......> permission denied「ダメ……ナノ?」> What matters whom, not where すると、いつものように通信線がさわさわと伸びてきた。 幽太郎はそれを受け入れるように、宇治喜撰を抱きかかえるように、座った。「ソウダネ。ボク達ニ距離トカ場所トカアマリ関係ナイヨネ」 ……ソレデモ、コウシテイルト。僕ノドコカガ暖カイ気分ニナル。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>幽太郎・AHI/MD-01P(ccrp7008)宇治喜撰241673(cwme8470)
幽太郎は宇治喜撰と初めて出会った場所……壱番世界の米国オハイオ州クリーブランド市に行けないと気付いて落胆した。ジェネレータのトーンが下がる。 司書は特別な理由がないと0世界の外に出られない篭の鳥だ。世界を渡り歩くロストナンバーとしての時間になれすぎてしまっていたのかも知れない。 壱番世界の住民も、幽太郎の元いた世界の住民も、0世界の住民すらも、それぞれの世界の外に出られないのが当たり前である。 「オ出掛ケ、シナイノ? ニコニ教ワッタ事、試シタカッタケド……マタ今度ダネ」 クリーブランド市は平和な緑豊かな街だ。そして、市の近くに、開業150年近く経っている大きな遊園地がある。 幽太郎は16種類もあるジェットコースターを楽しみにしていていてたのだ。大柄の人の多い米国の遊園地なら幽太郎でも乗れるのでは無いのかと。 ……宇治喜撰ノ反重力装置ニ頼ヨルカモシレナイケド。 その心残りはネットワークにだだ漏れで、即座に宇治喜撰から反応があった。 :searching.. virtual field amusement park 幽太郎のインターフェイスレセプタに遊園地の情報が流し込まれる。それはコースターレールのビスの一本までも再現された、とても詳細なものであったのだが、遊園地を遊園地たらしめる夢の空間と言った幻想に事欠くものであった。 アトラクションの名前、形体、料金、来場人数、総工費、施設面積と無機質な数値情報ばかり膨らむ。 「アノ……アノ」 ……こういうことじゃ無いんだ。とまでは幽太郎は言えなかった。宇治喜撰なりの回答のどこかに、幽太郎は気遣いのようなものを見いだしたからだ。 「アノ……宇治喜撰。アリガトウ。君ハヤッパリヤサシインダト思ウ」 I am a THING, not a BEING いつだって何だって無いところに意味を、ロマンを、見いだすのは人間のすることで、どういった奇跡か幽太郎にもその機能は備わっていた。しかし、宇治喜撰は違うという。 「アリガトウ……。宇治喜撰、キミノ演算能力ダッタラ遊園地ノ全テヲオ客様ゴト全部シミュレートデキルノカモネ」 :request denied I can simulate mass humans I can not simulate a human 群集心理の統計より、遊園地の一日を一日を再現することはできても、それぞれの客までは手が届かない。それぞれのアトラクションの詳細もどんなにリアルに見えても、なにかが足りなかった。 幽太郎が想像だにし得ない演算性能を持つ宇治喜撰でもそれはなしえないことだという。 だったら、0世界の中で探してみよう。 > chamber? 「遊園地ノチェンバー。アルノカナ」 チェンバーがあって、その管理人がちゃんといて0世界の人々が客としていればそれらしくはなっているだろう。 しかし、それも幽太郎の欲していたものとは違っていた。 それはチャイ=ブレに蓄積された情報が既に死んだ情報だからなのかも知れない。 クリーブランド市は二人が出会った思い出の地なのだ。そして、宇治喜撰がそこを訪れることはおそらくもう二度と無いであろう。 だから、二人はいまターミナルの商店街を歩いている。不自然な青空に、文化様々ちぐはぐな店が並んでいる。 ここでは、機械の二人は目立つことも無いが、かといって二人に向いた商品はあまり売られていない 「宇治喜撰ハドウシテロストメモリーニナッタノ?」 :request denied I have no permission to access "ロストメモリーになった理由" files 「故郷ニ帰リタイ、仲間ニ会イタイッテ思ワナカッタノ?」 :request denied I have no permission to access "故郷" files 「……ソッカ。モウ君ハ過去ノ記憶ヲ失ッテイルンダヨネ…ゴメンネ……」 二人が会った最初は宇治喜撰にも彼の目的があったと、幽太郎も報告している。その中には母艦への帰投も含まれていた。 詳細を宇治喜撰に尋ねても、はっきりとした答えは返ってこないのは出会ったときから同じだ。 ただ、そこから推論するなら、宇治喜撰はロストメモリーになり司書になった方が、自身の存続と情報収集に有利だと判断したのだろうと推論できる。 「僕モソウ思ウ。タブン、ロストメモリーニナッタ方ガ得ナンダヨネ。僕モロストメモリーニナレバズット君ト一緒ニイラレルヨネ。ダカラ、得ナンダヨネ……」 その幽太郎は、利得の参酌では解決出来ない悩みを抱えていた。 「ソレジャア……モシ君ニオ母サンガ居ルトシタラ、会イタイナッテ思ウ? 会ウ為ニ大切ナ人ト別レル事ニナッテモ、会イタイナッテ思ウ…?」 うっかり複数の質問を投げでしまう。 そのためか宇治喜撰からのレスポンスはなかなかもたらされなかった。 機械思考はいくらでも長考できる。しかし、時間は二人の味方だ。普通の人には我慢できなくても、幽太郎には問題が無い。タイムアウトは無限だ。 夜も昼も無い0世界の広場で、商店が閉店し、開店する。時間にして86400000ms程が経過した。 そして、前触れ無くメッセージがポストされる。 :inference result optimized solution : lost-memory → return 宇治喜撰は残存する情報から過去の自分の行動を推論した。 唐突にもたらされた解釈を、幽太郎の回路が理解するのに時間はかからなかった。 ――司書になった方が母船団に帰投できる可能性が高い。 それは無味乾燥な解である。そう幽太郎は理解した。宇治喜撰らしいと思いつつも、その思い切りがうらやましたかった。 一方の幽太郎はどこまでも惑える機械だ。 「ボク分カラナインダ……何ダカトテモ怖インダ……」 幽太郎の母親は人間だ。幽太郎と宇治喜撰はとても長い時間を待てるが、幽太郎の母親はそうではない。 覚醒時のログのほとんどは封印されているが、平和な状況では無かったことを幽太郎は理解しつつある。母に危機が迫っていた可能性も高い。 最大の手がかりは自分自身。センサー、光学迷彩……そして荷電粒子砲。今の数々の傍証が示している。 幽太郎は戦闘用ロボットだ。 地平線を埋め尽くすほどの同型機が、街を蹂躙し、人々を殺す光景が容易に想像できる。 「……オ母サン……ナンデ僕ノ事作ッタノ……?」 幽太郎はふんわりやわらかい宇治喜撰を抱きしめて泣き出した。茶缶がまくらのようにへしゃげる。圧力センサーは抵抗を感知せず。宇治喜撰はそのままいてくれていると理解できた。 そうして、しばらくして落ち着いたところで、宇治喜撰は離れていった。 幽太郎は顔を伏せたまま。ミリ波レーダーは茶缶が近くの店舗に入っていくことを報告してくる。 元の世界を目指す……。0世界に帰属する……。 考えれば考えるほど新しい問題が増えていく、幽太郎はフレーム問題でバッファオーバー寸前であった。推論エンジンが無意識に行う枝刈りのどれも幽太郎は捨てたくなかった。 「宇治喜撰……僕、ドウシタライインダロウ……?」 宇治喜撰がふわふわと戻ってくると、買い物袋をぶら下げていた。 中を開けてみれば、XLサイズの旅装一式が入っていた。巨人が身に纏えばぴったりくるだろう。幽太郎の巨体をすっぽり覆い隠すだけの大きさがあり、なにやら民族的呪術的な紋様が刻まれている。旅の安全を祈願したものであろう。 その美的センスについて論ずることは幽太郎にはできなかったが、どちらかと言えば好ましいものだと彼の回路が結論づけた。 フードを被ると中にいるのが機械だとは一目にはわからない。そして、リュックからは宇治喜撰が突き出るように収まっていた。 旅のメカドラクレットが一丁あがりである。 「今度……壱番世界ニ行ケタラ二人デ変装スルタメ?」 どうやらそういうことらしい。 壱番世界で無くとも、他の世界に行く機会があれば使うこともあるだろう。 そして、予行練習と言わんばかりに、幽太郎はターミナルを闊歩した。 道行くロストナンバーの警戒を引くことがあっても、いつもの臆病な竜だと知れると、会釈を寄越された。 「コウイウノモ楽シイネ……」 ひょっとしたら、このまま宇治喜撰を担いだままどこかへ駆け落ちができるかも知れない。 そんな気がしてきた。 ばかげたことと思いつつもその考えを宇治喜撰に伝える。
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