オープニング

美龍会の長・エバから至急、依頼したいことがあると屋敷に呼び出された。
「シロガネが失踪した」
 シロガネは美龍会専門の仮面師で刺青師の女だ。
「それも、どうやら暗房らしいと……報告がきた」
 暗房とは、封箱地区での暴霊域のことだ。なかに長く続けると精神に影響を及ぼすと言われている。
「勝手にいなくなったシロガネの仮面作りの技術を他に流されるわけにはいかん。殺してでも連れ帰る必要がある」
 エバは鎮痛な面持ちで淡々と説明する。
「今回は確かな情報元がいる。入ってこいよ、ウィーロウ」
 エバが苦虫を噛み潰した顔で戸を見るのにロストナンバーたちもそちらを見て、はっとした。いつの間にか、地味だが高級なスーツに身を包ませた目立たない男が立っていたのだ。彼はにこやか微笑み、ロストナンバーたちに頭をさげた。
「はじめまして。旅人の諸君。私は封箱地区をねじろにしている非合法組織・闇暁のボスのウィーロウ、よろしく」
 ウィーロウはにこやかに微笑み、挨拶する。
 その温和そうな雰囲気や地味な見た目からは五大組織のボスのイメージはまったくない。
「シロガネを私の地区で見かけた」
 シロガネはなにかを追い求めるように必死の形相で今は使われていない地下鉄の階段を駆け降りていったという。
 そこは暗房となって長い時間が経過し、朽ちて誰も近づかない迷宮化しているのだという。
「地下鉄は、地区を楕円の形をして広がっている袋小路。地下に降りれば必ず彼女を見つけ出すことができるはずだ。理論上はね」
 ウィーロウは笑って続けた。
「暗房に常識は通用しない。気を付けたほうがいいし、今は茨が広がっていてね」
 ――茨?
「そう、茨は地下から出られないから影魂の可能性は高いけど、あれはシロガネが潜ってから発生したからね。もしかしたら彼女はすでに変飛になってしまったのかもしれない」
「ウィーロウ! いい加減にしろ!」
 エバが鋭い声をあげるとウィーロウはくっくっと笑った。よく見ると、その瞳が――紫色が輝いている。
「エバ、忘れないでほしい。これは私の善意からの情報提供と、一度だけ君たちが私のところで勝手をすることを許すんだ。とはいえ、私の部下が二人ほど勝手に地下に潜ってシロガネを殺したとしてもとがめないでくれよ」
 エバの顔が苦々しく歪むのにウィーロウはくっくっと喉を震わせて笑う。とびっきりの楽しい行為を楽しむ顔だ。
「あと部下から報告がはいった。あなたの奥方であるイバラギの仮面、茨姫は二十四年前から見つかってないそうだね。それに似たものが暗房のところがさる男と目撃された」
「さる男?」
「私は見ていないよ。ひょろりとした、ヒョットコ面をつけた男だそうだ。茨姫は確か木を操るそうだね。もしかしたら、それが今回の鍵かもしれない」
 男の説明を聞いたときエバの顔があからさまにこわばり、ウィーロウを睨みつけた。
「イバラギはシロガネの双子の姉でヒョットコやキツネの面といった人の心に作用する面作りが得意だったのじゃなかったけ? 優しい思い出を作り出したり、思い出させたり、ね。
善意で忠告しておけば、あそこは双子をほしがる傾向にあるからね。これは貸しだよ。エバ。報酬として旅人たちを私に紹介してくれるのでチャラにしてあげるよ」
 ああ、けど、間に合うといいね。まだ

★ ★ ★

 ――あのとき、アタシは願った

 暗闇のなかを駆けながら過去を思い出す。
 名も知らない男に恋をした。たった一度の恋だった。名前も、どこから来たのかも、過去すら、知らなかった。それでもこの思いは本物だと思った。
 あのときまで

 姉がいた。
 イバラギ。
 双子の姉。自分となにもかも同じ姉。エバに見初められて結婚した。幸せそうだった。姉のあんな顔は見たことがなかった。
 アタシは選ばれなかった。
 なにもかも同じはずだったのに。
 姉だけがエバに選ばれた。
 そんななかで出会ったあの男はなによりも大切だった。

 いつか刺青をいれてあげる
 そうさねぇ、仮面を作るわ、おまえさまに似合うモンを――彼に自分の持てる技術のすべてを教えて、捧げた

 けれど

 けれど彼は

 ヒョットコ面、姉の作ったものだ。姉のもの! だからわざと姉のふりをして彼に近づいて声をかけた。彼なら見抜いてくれる。アタシだとわかって、その面についても言い訳してくれる。そしたら、怒って、それでなにもかももとに

 ――イバラギ

 彼はそう言ったから願った。願ったから、こうなった。こうなってしまった。アタシが願わなければ、姉は、せめて、姉の仮面だけは救い出さなくちゃ

「イバラギ姉さん! ごめんなさい、堪忍しておくれ。あのとき、あのとき、アタシが願ったから」
 姉は笑って、シロガネにナイフを与えた。

 ――殺せ
「え?」
 ――あの男を殺せ。そうしたらお前のしたことを許してやる
「……あの人を殺す? あの人を……? けど、あの人はいなくなってしまったから、だから……ずっと会いたかった。けど、会ってしまったら、私は自分で自分をどうすればいいのかわからない。それにあの人は、アタシのことなんて絶対にわからない。だって、あのときだって、だからアタシ、アタシは……あのひとを、まだ」

「シロガネ!」

 ああ、お願い、呼ばないで!

★ ★ ★

 茨の生えた地下のなかを進む人影があった。ヒョットコ面をつけた作務衣姿の男だ。いくつも鋭い、棘が肌を傷つけても真っ直ぐに前へ、前へ。
 目の前に二人の、白い着物を身に付けた女がいた。二人並び、なにもかも同じ、真っ白な着物、銀色の髪をひとつに結わえた。片方が面をかけている以外の違いはなく、見分けなどつくはずがない。
しかし、迷うことなく仮面の女に男は――御面屋は手を伸ばした。
 すぐにどちらかがわかったからだ。
「シロガネ!」
 銀色の女はくすっと笑った。

 ――ほぉら、てめぇのほしいのは夢かェ? 現実かェ? ほんとぉ、ばれやすい嘘をついちゃいけないぉ
 それじゃあ、ツマラナイだろ?

御面屋の手を茨が捕え、絡みついていく。声すらあげる暇なく体が茨に覆った。

――てめぇに似合いの夢に堕ちちまいな。そして死ぬがいいさ

★ ★ ★

 地下鉄への階段の前で高身長のチャイナドレスに身を包ませた女、否、化粧でごまかしているが完全な男と小柄の少年、否、少女が立っていた。
「あらやだぁ、茨だけじゃないのよ。触ると痛い上に、罪悪感? そういうもので苦しむわけだぁ! ヒイス、パス」
「カトリア。仕事をしろ。それにしてもつまらない妄想だな」
 ヒイスと呼ばれた少女が吐き捨てると、茨をナイフでたたき切る。とたんに茨から悲鳴があがる。
「この茨、妄想の主と繋がってる。これを辿れば主に会える」
「じゃあ、さくさく行きましょうかぁ。主も一緒にいる男も殺す。それで仮面を奪えばボスが褒めてくださるかしらぁん」
「……これだけの妄想だ。主はほっておけば死ぬな。巻き込まれた男も
 みんな死ね」

※注意※
このシナリオは【初凪ノ夜話】と同時刻に起こったことりなります。
両シナリオへの参加は御控えください

品目シナリオ 管理番号2444
クリエイター北野東眞(wdpb9025)
クリエイターコメント「御面屋さんを貸してください。もしかしたらせっかくのイラストが遺影になるやもしれませんがここはひとつ広いお胸で」
「楽しもうぜ、兄弟」
 このシナリオは櫻井ライターの善意と優しさと楽しむ気持ち純100パーセントでできています。
 櫻井ライターには感謝と感謝と感謝と感謝しか捧げません。


 目的
 生死問わずシロガネの回収。
 御面屋さん救出。

 状況
 茨が古い地下鉄内に広がっています。茨に触れると肉体に損傷はほとんどありませんが激しい痛みとともに自分のなかにある「罪悪感」を引きずり出されます。また精神攻撃が効かない体質・魔法で防ぐことはできません。あらかじめ覚悟してください。
 具体的な茨回避・もしくは罪悪感を退ける各自考えてください。
OPに防ぐ手段の一つとして茨を叩き切れば罪悪感と向き合うことはありません。
 茨は主と繋がっています。

 またみなさんよりも先に別の入り口からシロガネを追ってヒスイとカトリアが潜っています。遭遇すれば戦闘になります。
 わりと強いですが、この二人は基本的に肉体戦が主です。
 ヒイスはナイフによる接近戦。
 カトリアは鞭による中距離戦。

 シロガネを説得するのでしたらOPにヒントはあります。
地雷になる言動も当然のように存在しているので気を付けてください。

 御面屋さんについては、櫻井ライターからプレイヤーに完全に委ねましょうとの心強いお言葉をちょうだいし、死亡判定、その他裸にひんむく、仮面ぽろり判定許可をいただいております。
その点を参加される方はあらかじめ覚悟してください。

参加者
ヒイラギ(caeb2678)ツーリスト 男 25歳 傭兵(兼殺し屋)
アラクネ(cbew8525)ツーリスト 男 35歳 機織
NAD(cuyz3704)ツーリスト その他 20歳 食い倒れ
瀬崎 耀司(cvrr5094)ツーリスト 男 20歳 大学生

ノベル

 さぁ、食事をはじめようじゃないか。
 気の利かない給仕はまだ何も運んでこない。退屈だ。とても退屈だ。食事はどこだ?
 あぁ、自分としたことが、待つのも食事の楽しみの一つじゃないか!

★ ★ ★

 さる男の特徴にヒイラギは御面屋のことを真っ先に思い出した。ノートで御面屋がインヤンガイに赴いた報せは入っていた。
 知り合いだろうか。否、ただの知り合いならばあとを追って暗房に入るような危険を冒すとは考えづらい。
 暗房は双子を欲しがるという言葉にもひっかかりを覚えた。
 ヤナギ……失われた片割れの名を無意識に心の中で呟いたヒイラギはエバに尋ねた。
「その男とシロガネさんの関係はなんですか? それに姉妹がどんな関係であったのか、茨姫の特徴も聞かなければ探すことは出来ません。知っている範囲で教えていただけますか?」
「俺の面と対だ。茨姫は別嬪でなぁ。そりゃあ、美しい鬼の女だ。額に二本の角を生やしてるが菩薩みたいな慈悲深い顔をしてる」
 エバが差し出したのは恐ろしい苦悶と憎悪をたたえた赤鬼の面。見ていると畏怖と恐怖をかきたてられるほどの見事な一品だ。
「イバラギはぶっきらぼうで、感情を出さないが妹のことを大切にしていた、姉妹関係は良好だった。男については」とたんにエバの歯切れが悪くなった「二十年も前だ。ほとんど記憶にねぇがイバラギの日記に記されてた。許可するから読んでみろ」
 投げ寄こされた日記帳を開いてヒイラギは眉根を寄せた。

【名無しのゴンベイどんに面作りを教える】
 生前のイバラギがどのような性格か察しやすい、繊細な文字にぶっきらぼうな文章だ。

「この名無しというのが?」
「ああ。あいつについてはいくら思い出そうとしてもなぁ。確かシロガネが一緒になりたいと言って紹介してきたんだ。面は組織の大切なもんだ、素性も知らんやつに作り手を預けられん、年齢もえらく離れてたから反対しやぁ、面を作るようになりたいと言いやがって、シロガネはあいつにいろいろと教えてた」
 御面屋の作る面がインヤンガイの、美龍会の秘伝だった可能性にヒイラギは目を細めた。
「しかし、面作りは才能があるやつが幼いときから修行して会得するもんで、無理だろうと一蹴したが、あいつは真剣で……本当にシロガネに惚れてたんだな。きっと」
「でしたら、なぜ、イバラギさんが男に面作りを教えているんですか?」
「シロガネの作る面は肉体に作用するのが、あいつと相性悪かったんだろう。たぶん。イバラギは精神面に作用する面を作るからな。それで教えたんだろうが……そうだ、ヒョットコの面は、あいつが一人前になったら祝いにやると言ってたんだ! だからヒョットコの面のことを言われるとあいつのことを思い出すんだ。あいつが消えて、イバラギが死んで面の行方もわからなくなっちまったからな。ほかに聞きたいことはあるか?」
 ヒイラギはこれ以上ないと首を横にふり、今手に入れた情報を吟味するように黙り込む。他の二人も特に問うことはなく首を横にふった。
「なら、いこかぁ? 時間もないしなぁ。んー……悪いけど、鉈を借りれないかなぁ? そうだ君も用意するものあるかぁ?」
 アラクネが声をかけたのは人当りのよい笑みの浮かべた瀬崎 耀司だ。とくにないと首を横に振る。
「僕は大丈夫ですよ。急ぎましょう、あまり待たせてはいけませんから」


 教えられた地下鉄の入り口は長く放置されたせいで壁のあちこちにひびがはいり、地面にはゴミが散乱していた。
地下に続く階段は薄暗く、覗き込んでも底が見えない。
 アラクネが試しに手を伸ばすと、指先にかすかな痛みが走った。目を凝らせば闇のなかに黒い茨が侵入者を警戒するように隙間なく伸びていた。
「すごいなぁ」
「そうですね」
 ヒイラギは眉根を寄せた。茨に触れて罪悪と向き合うとなれば醜態を晒すことが予測出来、憂鬱となる。
 千里眼で建物のなかを視る。縦横無尽に伸びた茨は地下鉄のあちこちに無秩序に生えている。茨の生えていない場所を移動するのは不可能に思え、ヒイラギは己の甘い考えに苦い顔をした。
「んー……機織りは手が大事なんでなぁ、戦闘は頼りきりになるし、ここらへんで働かせてもらうおうと思ってるんだぁ、茨を鉈で切って行くのは任せてもらっていいよぉ」
 アラクネの言葉にヒイラギは目を眇めて懸念を示した。
「ですが、この茨はただの茨なんでしょうか?」
「だったら、茨かなんなのか試してみればいいんじゃないんですか?」
 耀司の片方の赤い瞳が好奇心に輝く。
エバの話を聞いたときから面白いと、唯一行動の原動力ともいえる好奇心が疼きだしていた。
 古今東西、耳にする一途な恋物語の結末が悲恋であるのは常なこと。今回はその結末を直接自分の目で見るチャンスにも恵まれた上、ここでは自分の蛇神の力を好きなだけ使うことも寛容されている。
 覚醒してターミナルに訪れ、力を好きに振うことのできる環境を手に入れた解放感に感動していたが、まだ一度も依頼らしい依頼を受けたことはなかった。
 今回はあの人のためにも、自分のためにもいい依頼を受けることが出来た。
 耀司は臆することなく暗闇に踏み込む。隙間ないほどに伸びた茨が突如、じゅっ! 音をたて、火に熱されたように萎れ、霧散した。闇の中から女の激痛に耐えかねた悲鳴がかすかに響く。
 その瞬間、耀司の赤い目は感動によりいっそう恍惚と輝く。
「今のはぁ?」
 アラクネが尋ねた。
「僕の力で消した……いえ、食べたんですよ。この茨、誰かと繋がっているみたいですね。だったら尚更ですよ、茨を消していけばそれだけ元となっている人の力が失われて行動しやすくなりますよ」
「あいにく、俺は茨を叩き斬る物はもってきていないので茨を斬るのでしたらお二人にお任せします」
 とヒイラギ。
「ま。戦わないぶん、そこは任せてもらおうかぁ」
「僕の場合は食べて消すだけですからね」
 アラクネと耀司は茨を斬り進むことをはじめから考えていたが、ヒイラギは茨を斬るのは最終手段と思っていた。先ほど聞こえた悲鳴を思えば、主と繋がっている茨を下手に傷つけることが得策にはどうしても思えないのだ。
「いちいち茨の相手をしていたら進むのが遅くなりますから俺が転移でみなさんを運びます」
「そうやなぁ」
 アラクネに反論はなく、ちらりと耀司を見る。
「どうする? 急いだほうがいいみたいだしなぁ」
「じゃあお願いしましょうか」
 ヒイラギは耀司を警戒するように見つめたあと、千里眼で茨の少ない箇所を探りだすと転移する。
 すべてを覆い尽くすような闇に、すすり泣きのような電気音に合わせて点滅する照明が余計に闇を引き立て、ひどい威圧感と不安をこの場にいる者たちに与えた。
 コンクリートの床に無造作に切り捨てられた茨を見つけたアラクネは屈みこんで、枝を手に取る。
「招かれざる先客さんが切っていったみたいだなぁ」
「……俺の千里眼と転移を使って進めば、鉢合わせする可能性は高いですね。彼らが通ったあとが茨のない場所ですから」
「戦闘はなぁ。んー……目隠ししたり、縛ったりくらいならなぁ」
「勝手に入ってきた人たちなんです、殺しても問題ないでしょう」
 ヒイラギは物騒なことをきっぱりと言い捨てるとちらりと耀司に一瞥を剥ける。耀司は暗房内を興味深そうに見回していたが、視線に気が付いてすぐにヒイラギに微笑みかけた。
「僕も同じ意見ですよ」
「では、進みましょう。二度転移をすれば相手とぶつかりますから覚悟してください」
 不意に鋭い痛みを感じたヒイラギははっと視線を右腕に向けた。あれほど気を付けていたにもかかわらず黒い茨の棘が服を裂いて、突き刺さっている。
しまったと思った瞬間にどす黒いなにかが奔流となってヒイラギを飲み込んだ。

 主……主……主
 誰よりも尊敬する、この世に生きている意味であり、理由である主を見つめていた。
 主はヒイラギではない、片割れに笑いかけている。考え方が自分と違い柔軟であるあっちのほうが主のお気に入りであった。
二人は何か言い合い、笑いあう。
羨ましくあった、妬ましくあった。

 ――もっと
 ささやきが。

 能力の奪い合いは熾烈を極め、ヒイラギは何度も殺されかけ、死にかけるたびに主のことを思った。それしかヒイラギをこの世にとどめるものはなかった。
 だから片割れを助けずに

 ――もっと、もっと深く
 ささやきが。

 主を独り占めできると思った? 自分が主に笑いかけられると?
消えてしまえ
いなくなれ
祈るように願った。自分の積み重ねたこれだけの努力のぶんだけの代価がほしいと浅ましくも
 自分は
 片割れを見殺した。その心臓を――もう手遅れだ。殺した相手にはなにをしても無意味なこと――強引に割り切ろうと己を叱咤するが、嘲笑う声がヒイラギを更なる闇に落とす。

 ――もっと
 ささやきが。黒い茨の棘の与える痛みは鋭く心を抉るにもかかわらず、なぜか胸を焦がすように甘い。

「ヒイラギ!」
 肩を掴まれたヒイラギははっと目を開けた。
額から流れる大量の冷や汗、握りしめた拳をどこかに降り下ろそうとしているのは――徐々にはっきりする視界の先には耀司がいた。自分がなにをしようとしているのか理解できず、ヒイラギの思考は停止する。なにか、とてつもなくいやなものに触れられた不愉快さを覚えた。
 後ろにいたアラクネは心配そうにヒイラギを伺い見る。
「大丈夫ですか」
 耀司が尋ねた。
「……醜態を晒しました。すいません。大丈夫ですか」
「殴られる前に気付かれてよかった」
 大げさに肩を竦めて耀司は言う。
「やっぱり茨は滅したほうがいいですよ。気を付けていたヒイラギさんが刺されたんですから、あとのことは僕に任せて、少し休んでください」
「すいませんが、お願いします」
 ヒイラギはさっさと耀司から離れた。
 耀司は穏やかに笑う。その周囲にあった茨が萎れ、塵と消えるのをヒイラギはじっと見つめていた。
「はやく進みましょう」
 意気揚々と進む耀司の背をヒイラギは暗い目で見つめて、痛みを我慢するように頭を押さえた。
「大丈夫かぁ?」
「ええ。しばらくしたら、また転移できると思います」
 ヒイラギは疲れたように瞼を伏せる。ひどくいやなものを見た。忘れようとして忘れられない過去を茨によって無理やりに引きずり出された。
 シロガネも、自分と同じなのだろうか?
「……居なくなれと願っても、直接手を下さなければ消えたり、死んだりしませんよ」

 先行く耀司は上機嫌だった。好きに力を振るえる感動が全身を駆け巡り、腹の底から痺れるような快楽が広がるのに鼻歌の一つも歌ってやりたい気分だ。
「NADさん、そこにいますよね? あなたは本当にどこにでもいるんだな。食事しますか?」
 耀司は唇の先を釣り上げて皮肉ぽく微笑む。それが彼のとても上機嫌なときの笑みだ。
 同行者たちは邪魔だが、食事の提供に一役買っている。それにこの先にはもっと邪魔なやつらも料理次第だ。これこそ自分の腕の見せ所だ。
「待っていてくださいね、とびっきりの食事を提供しますから」
 ささやくような笑い声が落ちた。

★ ★ ★

 おや、これは
 自分にしては多少珍しいことに驚いていた。
 うまみがました……?
 喜ばしい……大変喜ばしいことだ!
 素晴らしい調理方法だ。ぜひ真似をしてみよう!
 子供のような純粋な喜びに満たされ、興味がわいた。
 
 この甘露の元はどこに?
 たまらない、ああたまらない!
 はやくあじわいたい

 もっと、
 おいしそうに料理するにはどうすれば?

 ――もっとこの痛みを分けようよ

 ……手ぬるい。
 ささやくだけではだめだ。もっと

 ほぉら、もっと――こちらには手があるじゃないか! 
もっとささやいて、それに手をくわえれば、ほぉら、もっとおいしくなる!

 ん?
 もう一つおいしそうなのが死にかけているじゃないか。ならその絶望が長く続くように支援してあげよう。
 絶対に忘れられないように。

 オモイダセ
 
★ ★ ★

 茨を消しながら進む耀司の唇が薄く弧を作る。本人は無自覚だが実に恍惚とした表情で、先にいるそれを確認する。
「あらぁ」
「もう追いついてきたのかよ、邪魔だ」
 ヒイスが片手に握る鉈を構えて耀司の懐に飛び込むが、すぐに何かに気が付いたように地面を蹴り、狭い通路のなかで驚くほど器用に体を捻ってバックステップを踏む。
 警戒する犬のように歯をむき出しにヒイスは耀司を睨みつける。
「いい男じゃない、顔は残しておいてねぇ」
「うるせぇ。オカマ野郎。こいつは俺らと同じだ。色気使ってる暇あったら、とっとと、殺せ」
 耀司は少しだけ驚いたように目を見開く。次の瞬間、ヒイスが動くよりも早く耀司は前に出た。咄嗟の判断でヒイスが大きく振って首を狙うが、耀司の手が鉈をしっかりと掴む。
「っ!」
 力と力のせめぎあいの勝敗ははじめからはっきりしていた。体を小刻みに震わせるヒイスにたいして耀司はまだ余裕綽綽の笑みが顔に張り付いている。
 めきっ。音をたてて鉈が砕けると鋭い鞭がしなり、耀司の顔面を狙う。
 そのタイミングで白い煙が――アラクネのトラベルギアの煙が目隠しの役割を果たし、ヒイスが後ろに逃げたのは耀司にとって不本意なことだ。
「大丈夫かぁ?」
「ええ」
「ただの目隠しだが毒もあるからねぇ。俺の蜘蛛たちが身を拘束する。悪いけどぉ、穏便に通してくれないかぁ?」
「殺す……殺す、殺す、殺す、殺す! お前ら男がこの世で一番嫌いなんだよ、俺は!」
 ヒイスが烈火のごとく怒り狂い、懐からクナイを投げ、猪のように突撃した。
クナイはアラクネたちに触れる前にぐにゃりと歪み、耀司の手が握りつぶしてまじまじと見つめる。顔をあげるとヒイスは茨のなかに突っ込んで意味のない言葉を叫び散らしていた。
「殺してもいいですよね」
「ヒイラギさん」
 耀司が振り返る。
ヒイラギはゆっくりとした足取りで、ヒイスの前に出ると冷やかに見下した。蜘蛛の糸に身を拘束された状態で身をくの字に折り曲げ、どんな罪悪を見ているのかぶつぶつとひとりごとを漏らし続けている。同じく捕まっているカトリアはあっさりと降参して拘束されている。
「はやく、いこうかぁ。俺たちの目的は別にこいつらを殺すことじゃないだろうぉ?」
「そうですね。得物についてはすべて使えなくしましたから」
 アラクネにヒイラギが応じる。
「けど、絶対に追ってこないとも限らないでしょう? ここは僕に任せてもらえますか?」
 耀司の穏やかな声にヒイラギの暗い瞳が一瞥を向けた。
「すぐに追いつきますから」
「ではお任せします」
「いいのかぁ」
「危険なものは少ないに越したことはありませんから」
 ヒイラギが進むのにアラクネは気にするように振り返ったが、人のよい笑みを浮かべて手をふる耀司にすべてを任せて進みだした。

 邪魔な存在が完全に去るのを見届けた耀司はくるりっと振り返った。その顔にはまるではり絵でつけられたような完璧な笑みが張り付いている。
「ねぇ色男さぁん、逃がしてくれない?」
 カトリアの甘ったるい猫なで声に耀司は膝を折って視線を合わせる。手を伸ばして、つと頬に触れる。同性でもどきりとするような魅惑的な目にカトリアが魅入ったとき、違和感を覚えた。足が軽い。なぜ? 目を向けると足先がなくなっている。何か黒く大きな虫のようなものが自分を食べている。蛇だ。黒もやの蛇が自分を食べているのだと直感で理解した次には嫌悪と一緒に吐き気のような激痛が襲いかかった。
「ぎゃあ!」
 太い悲鳴に耀司は噴出した。
「まるきり男じゃないか。ただ消しただけじゃあ、あの人の食事としてはつまらない。あの人はきっと油断していた君たちにもなにかしたはずなんだ。だったらそれをもっとおいしくするのは僕の役目なんだ」
 耀司は立ち上がると片足をあげて弱った獲物を踏みつける。赤い血肉の見えた足先の、少しだけ上、太ももを力いっぱい踏む。ぐしゃあ。血肉が輝き、見えた白い骨も砕くと再び悲鳴があがった。
 耀司はまた片足をあげて、今度は股間を、次には両腕、肩、腹部は最後までわざと踏まなかった。
まるで幼子が冬の朝に、たまたま水たまりに張った氷を踏み砕いて遊ぶ要領で。ばき、ばき、ばきぃ
 痛みに悲鳴をあげるカトリアの憎悪と恐怖の顔が次第にぐちゃぐちゃにゆがみ涙と懇願に、次には無意味な言葉の羅列が発せられて、耀司の耳をすり抜けていく。唯一聞き取れたのは拷問という単語だけだ。
「拷問? 違うよ。これは味付けさ。あの人のためのね。俺はあの人の給仕だからね」
 ぐしゃあ。

「前菜のあとはメインを運ばないと」

★ ★ ★

 ヒイラギは先に目を凝らして、それを見つけた。
一本の木が、否、人だ。
白い着物に二本の角に慈悲深い面持ちの仮面をかぶった女の体のあちこちから茨が生え、ヒョットコの面をつけた男を抱きかかえている。その前には独りの女が立ち尽くしていた。
「茨姫」
 ヒイラギは無意識に呟くのに、アラクネが真っ先に動いた。
「どうするつもりですか」
「茨を斬るしかないだろぉ」
 立っていた女は振り返り、無表情にヒイラギとアラクネを見る。
「迎えに来ました。シロガネさん。イバラギさん、御面屋さんを返してもらいますよ。たとえ茨を切断しても」
 立ち尽くした女にシロガネと、御面屋を抱く仮面の女にイバラギとヒイラギは呼びかけた。
 仮面の女はまるで本物の木のように反応らしい反応は全く返さないが、否定するように御面屋を包んだ茨がかすかに動いた。
アラクネはじりじりと近づき、鉈を使い、できる限り御面屋を傷つけないように、慎重に茨を斬りにかかった。仮面の女がそのときはじめて顔を動かし、仮面から覗く黒い瞳でアラクネを睨んだ。
「こんな、ぎゅうぎゅうに抱きしめてたら、御面屋が窒息して死んじゃうよぉ。自由にしてやろう、なぁ?」
 仮面の女はいやがるように首を横に振った。

「邪魔ぁ、しないでおくれよ。あの男は自分で選んだのさ。今更、ノコノコとやって来てねぇ。名を呼びながら手を伸ばして、あいつは選んだのさ」
 女が冷やかに言う。
「今更ですか? 御面屋さんはここでどちらの名を呼びました? 技術目的の二股なら来ないでしょう? イバラギさんは、本当は御面屋さんのことが好きだったんじゃないんですか? 妹を騙って御面屋さんに近づき、破滅するとわかっていても技術を教えたのも……だったら、双子を見分ける事が出来ないのも仕方がないでしょう。ずっと妹を騙っていた姉と接していたんですから」
 そこでヒイラギは違和感を覚えた。
 イバラギは御面屋のことが好きだった。だからシロガネを偽って御面屋に近づいた。
面についてよくわからないが、肉体に作用する面を作るシロガネと精神に作用するイバラギの面ではあまりにも異なっているにもかかわらず、御面屋はどうして二人が違うと気が付かなかった?
 そもそも、なぜイバラギの持ち物である茨姫の仮面をつけた女に名を呼びながら手を伸ばした? 顔が見えなければ見えるほうを見て判断するとしたら?
 ねじれた茨の根本にたどり着く。
 シロガネは常に選ばれなかった。仮面も持たず、エバという夫にも選ばれなかった女。
 絡み合った茨のような複雑な真実のひとつ、御面屋はシロガネとイバラギの見分けがついている。
「あなたは」
 女は笑った。
「ほぉら、お前のほしいのは夢かぁ、現実かぁい? 嘘ならもっとうまくつかなくちゃあ、ツマラナイだろう?」

 イバラギなんていない。ここには、はじめから一人の女しかいない。

 アラクネは激しい痛みと罪悪感に襲われた。今まで茨に触れないように気を付けていたが御面屋を救出する以上、触れる必要があった。黒い茨はアラクネの腕に絡まり、鋭い棘で皮膚を刺す。
「離してやらないと、会話できないだろうぉ? なぁ言いたいことは恨み言でものろけでも聞く。一緒に御面屋が君をどう思っていたのかも、話し合わなくちゃ何も解決しないだろうぉ?」

 恨めしい両親の目。嘆き、困っているのを見ても少しも悪いとは思わない。自分は勝手だ。自由に生きたい、好きにしていたい。そんな気持ちのアラクネは両親の困り果てた顔に少しも罪悪を感じていない。それがアラクネにとってのささやかな、もしかすれば唯一感じる負い目。
 家業をついてほしいと両親が願い、期待していることは頭のどこかで理解しているが、覚醒した今を楽しんで、家のことは一切気にしていない。
 その真実は鈍く、アラクネを突き刺した。

 ――もっと
 ささやきが漏れる。

 ここで目を逸らしてしまうべきか、それとも向き合うべきなのかアラクネにはわからない。きっとどちらもひどいことだと己のために己を責める。けど。したいようにすれば、誰かが不幸に、そうしたらもう期待しなくなる。自由勝手にできる。
 アラクネは諦念にも似た笑みを浮かべた。
 目を閉じて深呼吸すると、茨を叩き落とした。仮面の女が小さなくぐもった悲鳴があげる。腕のなかに御面屋が崩れたのを抱えてじりじりと後ろに下がる。
 アラクネの手にべっとりと血がついていた。
 急いで御面屋に体に触れても怪我はない。
「じゃあ、これはぁ」
 アラクネが顔を向けると、茨の切断面から赤黒い血がしたたり落ちていた。
 この茨は女そのものだ。

 ヒイラギが口を開こうとしたとき、別の声が割って入った。
「愛している、イバラギ、迎えに来たよ」
 本当に心の底から誰かを愛したような声で、耀司は微笑む。
「あなたは」
 最悪のタイミングにヒイラギが声をあげる。
「この騒ぎを起こしているのはイバラギさんなんでしょ? 呼びかけに応じるかと思ったんですけど、違ったんですか?」
 先ほど追いついたばかりの耀司が、このもつれた真実を知るはずがないのにヒイラギは拳を握りしめた。

 ――記憶の奥、茨のように巻き付いた男の声で告げられた言葉が女のなかに響く


「お前さま、……あ、ああぁあああああああ! ごめんなさい、ごめんなさい、姉さん!」
 叫んだのは仮面の女だった。全身から血を流しながら頭をかきむしって悲鳴を上げる。
「シロガネなんていらないのに、どうして、どうしてアタシはここにいるんだ!」
 仮面がとれて、女の顔があらわになる。幼い子供のように泣いていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、姉さん、アタシのせいで、姉さんなんて死ねばいいって願って、どうしてあのとき、アタシはアタシが消えることを祈らなかったんだろう」

「シロガネさん」
 ヒイラギはそばにいた女の姿が消えていることに気が付いた。
 あれはこの暗房で作り上げたシロガネの妄想が形になった――罪悪感の証に過ぎない。
 シロガネは姉を羨み続け、姉になりたがっていた。ここで面をつけたのも、もう一人の女を生み出して、姉のようにふるまったのも。
暗房は人の心を狂わせ、夢を見せる。
シロガネは自分を否定しながら、自分を見つけてくれる存在を待っていた。それは男のささやきによって、決定的な絶望に変わった。

「……なんでそんなバカなことするんだぁ。おい、聞かなきゃわかんねぇだろう? 御面屋、起きてくれ。あんたの惚れた女が大変なんだ。その面はイバラギのものならつけ続けるのは非道ってもんじゃないのか? はずして、ちゃんと向き合ってやれよ! まだ間に合うはず!」
 アラクネが御面屋を揺さぶるのに耀司が後ろから、その肩を叩いて止めにはいった。
「脳震盪を起こしているみたいですから、そんなことをしたら逆に意識が混濁します。見せてください。対応の心得はありますから」
「そうかぁ? 頼むよぉ」
 アラクネが御面屋を床に横たえると耀司は場慣れしたように呼吸の確認をとって屈みこむ。

――お前さま、さぁ、そろそろ起きて。そう、いい夢を見れたかい? ……おまえに名を呼ばれたくなどない。声を聴くだけでヘドが出る、目を覚ませ
 誰よりも愛した女の声でささやきが零れ落ちる。
 それはハンマーのように御面屋の意識を乱暴に現実へと覚醒させる。
 面によって隠れた顔がどんな風に歪んでいるかわからないが、激しく咳き込んで御面屋はよろよろと起き上がった。

「御面屋っ! ……なぁ、その面をとってくれ。あそこでずっと女が苦しんでるんだぁ」
 御面屋は苦しげなうめき声を漏らすのにアラクネが肩を揺さぶるとぽろりと面が落ちて顔があらわになる。
 苦しげに歪んだ顔で、口を開こうとして閉じたままシロガネを乞うように御面屋は見つめる。突き刺さった罪悪と悔恨の棘は深く、深く――決して忘れないで。女の声によって苛み続けて、言葉を奪い続ける。
 オモイダセ、オマエノシタコトヲ

「シロガネ! 御面屋と話してくれ、いいたことをちゃんと言ってやれ」
 アラクネの声にシロガネは顔をあげた。
「あんたは」
 シロガネは泣きながら問う。
「だぁれ?」

「どういうことだぁ。シロガネ、あんたはこの男のことが好きだったんじゃないのかい?」
 アラクネの問いにシロガネは横に振った。
「わからない、わからない……名前も、どこから来たのかも、なにもしらなくて、顔すら忘れて、けど、姉さんの面を見て、思い出した、思い出したの! だって、あの人のことでアタシは姉さんの、死を願ったから!」

 愕然とするアラクネにヒイラギが説明した。
「旅人の外套の効果ですよ」
 依頼主であるエバも御面屋についてはほとんど忘れていた。
そもそも二十四年前ならば普通の人間といえども忘却するほどの時間。
旅人の外套の効果を考えれば覚えているほうが異常なのだ。しかし、エバもシロガネも御面屋について覚えていた。それはヒョットコの面が、イバラギの作った面があるからこそ成立した刻み。
エバは妻の面がなくなったからこそ、シロガネは姉の死を望んだ罪悪感からヒョットコの面によって御面屋を覚え続けていたというカラクリ。
「知ってたさァ、あっしに惚れてないことくらい、もう忘れていることぐらい」
 再帰属は他者か世界に必要とされることで成立する。御面屋はシロガネがいたにもかかわらず叶わなかった。それは誰でもないシロガネが御面屋の再帰属を願わなかったことに他ならない。
「姉と比べない奴なら誰でもよかったんだろ? あっしが、お前の姉から面作りを教わるのを知って、お前はあっしを疎みだした……だからあのとき……わかっていて間違えたのさァ。どんな卑劣なことをしても最後に惚れたお前に覚えていてほしかったのさァ。どんなことでもいいから……嘘をついた傷つけた、けどお前が好きだったのは本当だ」
 御面屋の告白にシロガネは震え上がった。御面屋は気絶していたせいで耀司がイバラギと呼びかけたことをまったく知らなかった。
 だから
「うそを、うそをつくなァ! お前は、お前は、姉さんを愛していると、愛しているといったじゃないかぁ!アタシ、アタシは……アタシはいらないんだ。いらない、いらない! お前がそう言ったじゃないか。イバラギしか愛さないくせに! アタシの名なんて、忘れたくせに! 今更、またうそをつくの? アタシを騙して、バカにするの? うそつき、うそつき! あなたのことが好きだった、本当に、アタシは妬んで羨んで、醜いけど、本当に、ほんとうに、あなたが、すきだったの……名を、呼んで、お前さまが愛しているのはどっちなの?」
 ――もっとも深く。御面屋の心の底に植え付けられた罪悪の声にシロガネの悲鳴が重なり合う。
 御面屋が答えないかわりに誤解だとその場にいた者たちが叫ぶ前に、茨を斬られてすでに精神も肉体も限界を迎えていたシロガネは突如に笑い出した。
「あっははははははははははははははは! はじめから、こうすればいいのよ、ねぇ姉さん!」
 狂い笑う声が闇のなかに響き、血が散る。いつの間にかシロガネの胸にナイフが深々と突き刺さっていた。

 胸に深く刺さった罪悪から愛した女の名を呼べない男の咆哮が轟く。
「御面屋、落ち着けぇ! 耀司、手伝え! ヒイラギ、シロガネを!」

 ヒイラギは腕のなかに抱えたシロガネをじっと見つめる。傍らに堕ちた茨姫は砕けているのに彼女の罪悪と否定が痛いほどに胸に伝わってきた。まるで自分を刺した茨のように。だからせめて優しく、その瞳を閉じてやる。
 ヒイラギの耳には確かにそのとき無邪気なささやきを聞いた。

 今回は少なかったな
 なかなか凝った味付けで満足だ

 御馳走さま

クリエイターコメント 参加、ありがとうございました

 状況
・シロガネは死亡しました
・御面屋さんは無事にターミナルに帰れました。おめでとうございます

 なぜこうなったのかというとだいたいの人が察しておられましたが
 茨は妄想の主とつながっていましたので、これを痛めつけるイコールシロガネの精神・肉体的にただいなダメージを受けます。つまりは茨をすべて潰したらシロガネは自動的に死亡します。
 また今回は双子に対する指摘で、どっちがどちらかというのがほぼなかったのでみなさん騙されたということになりました
 ヒントはシロガネのイバラギに対する考えとともに、シロガネの視点のとき仮面をかけているならば「笑っている」のは見えるはずがない。
 つまり、仮面をかけてないほうが偽物です。

 では、またいつかの夢か、現実でお会いしましょう。
公開日時2013-02-16(土) 00:20

 

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