いーち・乙女たちは出会い、可愛らしい少年たちも出会う ターミナルの空はいつもと同じ。まるで絵具に水を含ませたような鮮やかな青、ほかほかと気持ちのよくなる陽気。 時刻は丁度、昼。 シャニア・ライズンはターミナルに軒を連ねる店をちらちらと横目に今日の昼のことを考えていた。 今日は依頼もなく、姉弟揃ってフリー。朝は二人でパンとスープの軽食で済ませ、昼にはまた家に戻ると告げて弟は遊びに出掛けてしまった。 シャニアは溜まっている家事をざっと――洗濯物、掃除をまとめてやってしまうとせっかくの休日を有意義に使うため外に繰り出した。そろそろ新しい服も欲しいし、あ、家具も、アクセサリーもいいわね。 店をひやかしつつ、今後購入するものに目星をつけて時間を潰した――衝動買いはしない。それが主婦である。 そんなこんなでアッと言うのに時間は過ぎて小腹がすいてきた。 「どうしようかな。カルムも昼は帰ってくるわよね?」 一人と二人だと食べる量は違うし、出来ればカルムが喜ぶものを作ってやりたいと思うのは弟大好きな姉の優しさである。 「あれは?」 シャニアの緑色の眸が真っ直ぐに見つめる先にはふわふわの毛が…… 「ふぁああ、ううっ、今のボクに光は敵だぁ!」 大あくびをしてぼやくのはチェガル フランチェスカ。全身をふわふわの青い毛に覆われた青獣竜が人化したような、可愛らしい見た目の彼女は本日はちょこっと寝不足だ。その理由は決して依頼をがんばったとか、強くなるために車のタイヤを腰にくくりつけて兎飛びをしたとかいう暑苦しいものではない。 「さすがに徹夜でゲームは目にしみるなぁ」 フランチェスカは郷に入れば従え、むしろ、ボクが乗っていく! ぐらいの勇敢な性格をしている。 覚醒後はいろいろとありまして、壱番世界のオタク文化にはまり――なぜ、そっちにいった! と総ツッコミがきそうだが、はまったものは仕方がない。昨日はどうせ明日、依頼はない一日フリーだし、溜め込んでいたゲームを一気にやっちゃうぞ! なわけで徹夜してしまった。だが悔いはない。 ゲームクアリーの充実を胸に眠りについて、起きたのが昼前。もうちょっと眠っていたかったが、おなかがすいて戦は出来ぬと同じく睡眠は貪れぬ。 家のなかを漁ったが食べるものがない。仕方がなく、きっちり、きらっと可愛い服装で外出。 オタク趣味があっても、一目でそれとわかるようなずぼらなことはしない。だって、ボク、乙女だもん! そんなわけで街のなかをぶらぶらとアテもなく歩いていた。 「んー、外食って一人だとワリと気を遣うんだよね。どうしようかなぁ」 さすがに徹夜した体にがっつり詰め込むほど冒険者ではないが、なにか食べたい。しかし、一人というのはわりとネックだ。 「うーん。肉はほしいけど、そういうのだと、絶対に量が多いしなぁ。かといってあっさり狙いでサラダだけ……は絶対に無理だし」 腕組みをして思案するフランチェスカは他から見れば可憐な乙女がこの世で最も重大な決断に差し迫られたかのように見える。その悩みの中身が食べ物と今夜するゲームに占領されているのだから、本当に、残念なことである。 「ねぇ、もしかして」 不意にフランチェスカの肩が遠慮がちに叩かれた。 「え?」 振り返ると、そこには 「あ、やっぱり! フランちゃんじゃない! こんな所で会うなんて奇遇ね♪」 にこっと笑いかけるシャニア。 フランチェスカは目をぱちぱち瞬かせたあと、はっと気がついた。 「あー! シャニア! 久しぶりー! モフトピア以来だね。あの時は本当に助かったよ!」 実はこの二人、今をときめく悪組織、世界樹旅団! が、ロストレイルを襲い、ふわふわで幸せなモフトピアにアジトを作るという赦しがたい悪行に出たのをターミナルの仲間たちで止めに赴いた――モフトピアの会戦で一緒に戦った仲である。 弓の名手のシャニアのフォローに、突撃と雷撃のフランチェスカはなかなかにいいコンビで奮闘した。 あのときは敵のことや捕虜にされた仲間を助けたりと慌ただしくてゆっくりと話すチャンスに恵まれず、互いに気になりつつもずるずると顔を合わせることはなかったが、こうして再会できたのはなにかの縁に違いない。 「こうして会えて本当に嬉しいわ! 今日はフリー? あたし、今日はフリーなんだけど」 「ボクも今日は一日フリーだよ」 「そうなの! よかったら、あのときはろくに話せなかったし……この時間なら、よかったら一緒にランチにしない?」 「ランチ!」 フランチェスカの目がきらん! と輝く。 「もしかしておなかすいてない?」 「ううん! その逆! 実はボク、一人で何食べようかなって迷っていたんだよね」 「じゃあ、どこかで、あ、その前にカルムの昼、どうしようかしら」 「カルム?」 フランチェスカが首を傾げる。 「あたしの自慢の弟よ! あの子、昼には一度家に帰るって言ってたから」 「弟!」 カッ! フランチェスカの目が覚醒する。 「なんていう偶然! 昨日、ボクのしていたマイ・ラブ・弟って、十三人の弟をゲットするゲームなんだよね。おかげさまで弟属性はばっちりだよ!」 「まい・らぶ? 弟属性?」 きょとんとするシャニアにフランチェスカはすっと真顔になった。萌えの神さま、フラン、がんばって一般人ぽく振舞います、と彼女が心の中でそんなことを思ったかはわからないが 「ごめん、ごめん! ちょっと興奮しちゃって! けど、いいな。弟かぁ。ボク、会ってみたいな! 決してやましい気持ちとか穢れた気持ちはないよ。うん。だいじょうぶ! ちょっと萌えはあるけど」 「あははは、もうフランちゃんたら、おもしろいわね! だったら家でなにか作りましょうか? それだったら家に一度戻ってまだ外に出るなんて手間も省けるし、なにより経済的に安いし」 さすが主婦のシャニア、そこらへんは抜け目ない。 「シャニアの手作り!!」 フランチェスカの目が、カカッ! 真・覚醒!! した。 「そんな期待されてもたいしたものは作れないわよ?」 手をひらひらと振って謙遜するシャニアにフランチェスカは首を横に振った。 「そんなことないよ、ボクなんて料理ひとつ、まともに出来ないからね! ターミナルでさ、お料理教室に行ってるんけど、そこで作れたのってサラダくらいだし」 フランチェスカの場合、冒険者として斬ることは慣れている。うん、剣で斬るのは。 だって、メインの武器は戦う乙女らしく片手剣、両手剣にポールアームと弓だし。けどまぁほら、冒険者は常にロマンを求めて動くものだから、いつもまともなものが食べられるはずもない……ハイ、焼くしかできません。食べれればワリとオッケーだったりします。 「やっぱり、料理できないともてないのかなぁ……ばか、そんなこといっちゃだめ! フラグだから!」 「やぁね。フランちゃんたら、料理なんて必要に迫られたらいやでも出来るようになるわよ!」 シャニアが一人漫才するフランチェスカの背中をぽんぽんと叩く。 「あたしもね、そうだったから!」 「そうなの?」 「そうよ! よーし、今日は腕を振るっちゃう! 何か食べたいものがあればリクエストしてくれる?」 「うーん、そうだな。実はそこまでこってりしたものは避けたいけど、パワーがほしいってものすごくわがままな気分でさ」 「ランチしつつおしゃべりもしたいから、そうね、サンドイッチとかどうかしら? これなら具は好きなものをチョイスすればいいからなんでもいけるわよ」 「そ、れ、だ! シャニア、あたまいー!」 「そこのお店のパン、すごくおいしいのよ。行きましょう」 と乙女たちはきゃきゃ、うふふと見ている者を幸せにするほどの華やかな雰囲気を周囲にばらまきながら歩きだした。 一方、そのころ二人の乙女たちの話題となったカルムは、 「はっ、はっ、はーくしょん! うー、なんだろう? 誰か、ボクのこと噂していたのかなぁ?」 公園のブランコに乗って遊んでいたが、不意にきたくしゃみに不思議そうに鼻をこすって首を傾げた。 「大丈夫ですか?」 不意に声をかけられたカルムは顔をあげるとそこには美しいお姉さん……とみせかけた福増在利が心配そうに立っていた。 鮮やかな衣と緑の肌に冴えた雪のような銀の髪……どこからどうみても「お姉さんですよね?」といいたいが、残念なことに股間には立派な男の主張がついている。 「あ、きみは!」 カルムはブランコから飛び降りると、在利に向き直った。 「モトフピアの運動会で一緒のチームを組んでいた!」 「あ……! はい、カルムさんですよね? 覚えていてくれたんですか?」 儚げな美少女の如く首をかしげての微笑みを浮かべる在利。 「うん! 在利さんも覚えていてくれたんだ! 嬉しいな! 今日はどうしたの?」 「天気がとてもいいので御散歩に」 口元に手なんてやってその態度がもう美女だろう、美女ですよね? 男なんて信じられない在利の言葉にカルムはふぅんと頷いた。 「カルムくんは?」 「ボクは、せっかくだし、遊びに来たんだ! けど、こうして在利さんと再会できるなんて嬉しいな! モフトピアでは運動会の競走に夢中であんまりしゃべれなかったもんね! そうだ。これから予定とある?」 「予定ですか? とくにはないですけど……?」 「本当!」 カルムは嬉しげに在利の手をとって身を乗り出した。 「だったら、せっかく再会できたんだし、ぼくと遊ばない? あ、もうすぐ昼だし、家にごはん食べに戻るって言って出てきたんだ。そうだ。お昼御飯たべながらどうかな?」 「いきなり訪ねたら迷惑じゃありませんか?」 在利が遠慮するのにカルムはにこっと笑った。 「大丈夫! ノートでお姉ちゃんに友達を連れていくってメッセージを送っておくから! ちょっと待ってて……あ、お姉ちゃんからメッセージだ。……お姉ちゃんも御友達を家に連れてくるって」 「だったら、ますます、お邪魔じゃ……?」 「ううん。ボクに紹介したいってメッセージあるし、昼はサンドイッチパーティしようってなってるから、一人くらい増えても全然大丈夫だよ! ねっ!」 もともと予定もなかった、せっかくのカルムとの再会に在利はこくんと頷いた。 「じゃあ、御邪魔しますね?」 「わぁい、やった! じゃあ、お姉ちゃんにメッセージっと……よしっ! じゃあ、行こう!」 本当に嬉しげに笑うカルムが手を差し出すと在利もゆるゆると口元を緩めて、手を握り返した。 二人は仲良く歩きだした。 にぃ・ごはんはみんなで たべると おいしいのよ! 「ただいまー! まだカルムは帰ってきてないみたいね! さぁ、入って。散らかってて恥ずかしいけど」 「おじゃましまーす!」 シャニアがカルムと二人で暮らすチェンバーは小さ庭付きの赤い屋根がチャーミングな二階建の家だ。 一階はキッチンとリビング、二階はそれぞれの部屋がある。 ちなみに庭はシャニアが丹精込めたトマトやキュウリといった野菜がすくすくと育っている。 「さ、荷物はテーブルに置いて」 「はーい。いや、けど……片付いてるね」 他人の家ということであまり見るのも失礼かと思ったが、がっしりとしたテーブル、使い勝手の良さそうな椅子、部屋のあちこちにさりげなくきれいに花が飾られ、居心地が良さそうな雰囲気が漂っている。 「そんなことないわよ」 「いやー、ボクの家に比べたら」 ふっとフランチェスカの頭によぎったのは己の部屋。足の踏み場もないという言葉をそのまま形にしたようなアレに比べたら、ここは天国だ。 「フランちゃん?」 怪訝な顔でシャニアが声をかけてくるのについうっかり遠くに行きかけたフランチェスカの意識は現実に戻ってきた。 「ああ、うん。じゃあ、昼ごはんを作ろうか」 「うん。じゃあ、手を洗って、エプロンも貸すから……あ」 テキパキと用意するシャニアの耳に 「ただいまー! お姉ちゃん! 友達連れてきたよ!」 「御邪魔します」 元気な弟の声のあとに静かな声が聞こえたのにキッチンからシャニアとフランチェスカは顔を出す。そこには輝く笑顔のカルムに寄り添うように静かに立っている在利がいた。 「あら! やだ! お友達って」 「おっ!」 お姉さん組は若い二人……どうみてもカップル? もしかしなくてもカップル? いや、カップルですよね? に目が輝く。 (まさか友達という名の恋人紹介! お姉ちゃん、まだ心の準備が出来てないのに!) (ど、どどうしよう! ものすごい場面に遭遇しちゃったよ、ボク!) お姉さん組二人の混乱を他所にカルムは無邪気に笑いかける。 「お姉ちゃんのお友達さん? ボク、カルムっていいます」 「は、はじめまして、ボクはフランチェスカ! フランでいいから! ……ボク、ここにいていいのかな! シャニア! 彼女さんだよね!?」 カルムにきゅんきゅん、弟属性! に萌えつつ、その横に立つ輝く美少女にフランチェスカは目をカッと輝かせた。いくら腐ろうとも、リアル恋バナは大好物です! 「やだ。フランちゃんったら、もちろんよ。むしろ、いてほしいわ! あたしは、カルムの姉のシャニアっていうの。よろしく」 がしっと逃げようとするフランチェスカの服を掴んで引き止めるシャニア。ここで一人にされてはたまらない。 「はい。僕は福増在利です」 ぺこりと頭をさげる在利にシャニアの脳内はコンマ単位で結論を出した。 可愛い弟の恋人ならば、姉としては祝福せねばなるまい。在利は美少女であるし、礼義も弁えている。 二人の混乱を知らない在利は、二人の姦しいお姉さまたちに対して (お二人とも、美人さんですね……) と素直に憧れにも似た、思春期の少年らしいキュンなときめきを覚えていた。まぁシャニアはグラマーでセクシー、さっぱりした雰囲気の姉さま。フランチェスカは元気で明るいお姉さまと儚げな美少女、いや、美少年である在利とは正反対のタイプで、そういう意味でも惹かれるものがある。 「よろしく、うちのカルムが御世話かけてけるわね。在利ちゃん!」 ここは姉としてカルムをしっかりと売り込まなくては! カルム、いまなら大バーゲン中! と、あれこれと脳内で考えていたが 「もうっ、お姉ちゃん! 在利さんは男の人だよ!」 カルムが真っ赤になって声を荒らげるのにシャニアはぎょっとした。在利は美しい目を寄せて、ちょっとだけ困った顔をしている。 「えっ、そうなの?」 「はい」 女性扱いは慣れてはいるが、男の子として凹まないわけではない在利は、ややしょんぼりと頷く。 「なっ、なんだと……これは世にいう、おー、こぼこぼこっ!」 (男の娘……!! く、こ、こんなところで本物に会えるとは!!) フランチェスカの脳内樹海が今、火を吹いた! 「やだ、あたしったら、ご、ごめんなさいね! 在利君! さ、座って、座って、すぐに昼の準備をするから!」 「あの、よかったらお手伝いします」 慌てるシャニアに恐縮する在利。 「お客様に手伝ってもらうのは気が引けるけど……じゃあ、カルム、テーブルのセットしてくれる? せっかくだし、庭で食べたほうがおいしいと思うから」 「はぁい! じゃあ、在利君、一緒に」 カルムが在利に呼びかけるまえにフランチェスカが挙手する。 「あ! それ、ボクが行ってもいいかな? お料理あんまり得意じゃないんだよね!」 「僕は、どっちでも……ただ、力仕事より、細かい作業のほうが得意です」 「よし! ボクがカルムくんとテーブルセットするね。さー、いくぞ!」 「え、わ、はーい!」 フランチェスカがカルムの手をとって勢いよく歩きだす。それにカルムは引っ張られる形でついていく。 「ふふ。さ、こっちもやりましょうか? 腹ペコな人たちがいるから急がないとね!」 シャニアが在利にウィンクをひとつ投げてキッチンに歩き出すのに在利は年頃の男の子らしく頬を染めながら頷いた。 「ハイヤア! 空腹なボクの邪魔は誰にもされないっ! させないったらさせないぞぉ!」 「あははは! フランさん、面白いなぁ~」 椅子をがしぃと勢いよく持ち上げて青々とした芝生にセッティングをするフランチェスカとその横でテーブルクロスやフォークをセッティングしていくカルム。 「よーし、セッティングは出来た! さて、そろそろサンドイッチもいいころかなぁ?」 期待にふわふわの尻尾が揺れる。それにカルムの白い尻尾の端っこがぴこぴこっと動く。 「お待たせー! さ、席について!」 両手いっぱいに料理を持ったシャニアと在利の登場に俄然、二人の期待が高まる。なんといっても鼻孔をくすぐるかおり、見た目の麗しいサンドイッチの山! 「待ってましたー!」 「わぁ、いっぱいだね!」 「在利君、すごく器用だったの!」 「そんなことないです。ただ飾りつけや野菜を切っただけですから」 テーブルにサンドイッチの山と人数分のスープ、今朝、シャニアが絞ったばかりのオレンジジュースが並ぶ。 席についた四人はさっそく手を合わせて 「「「「いただきまーす!」」」」 食事を開始した。 「うまー! このお肉と野菜が絶妙!」 薄くスライスした牛肉を辛口の香辛料で味付けをして炒めたものに庭で育ったトマト、きゅうりレタスを挟んだサンドイッチを食べたフランチェスカは感動の声をあげる。 サンドイッチの横には卵と野菜を合わせたサラダもあり、それもぽりぽりと食べていく。 「あ、これ、アボカドとお肉のサンドイッチだ!」 「うちの庭で採れたやつよ。カルム、ちゃんとサラダも食べなさい!」 アボカドと牛肉のサンドイッチにかぶりつくカルムにシャニアが目を光らせる。自分はほうれん草と卵のサンドイッチをぱくつく。 「本当においしいです。こんなにいろんな種類のサンドイッチを知っていて、シャニアさんはすごいです」 「あはは、やだ。いっぱい種類があるみたいだけど、ただ焼いたり、切ったりしただけよ? あ、よかったら、これどうかしら? アボカドときゅうりのサンドイッチ!」 卵サンドイッチを食べながら感心する在利の素直な賞賛にシャニアは照れ笑いを浮かべて、自慢の品をおススメする。 あっという間に猫が舐めたようにきれいに皿は空となってしまった。 そのタイミングでシャニアは一度立ち上がって家のなかにはいってすぐに戻ってくると 「はーい。デザート! 焼き林檎よ!」 トーストの上にアツアツに焼いた林檎は黄金色に輝き、その下にはチーズが敷かれて、熱でとろとろと溶けていてとてもおいしそうだ。 「ま、っ、て、ま、し、た! おいしそー! シャニア、いい御嫁さんになれるよ! むしろ、ボクの御嫁さんになってほしい!」 「やだもう、ありがとう! さ、みんな食べて、食べて」 おいしいものを食べると人は幸せになるのと同じく、楽しいことを語りたくなるもの……四人の口は自然と軽くなり、楽しい雑談が交わされる。 さーん・そして、乙女はたぎる 「在利君、肌が本当にきれいね」 「そうでしょうか?」 「それにすごく……かわいいし。もっといろんなお洋服とか着た姿、見てみたいわ! あしたの服、似合うと思うのよ!」 シャニアの提案に在利は目をきょとんと瞬かせた。 「え、ええ? あの、フランさん、ボクより、あなたのほうがって、え」 在利が助けを求めようとしてすると、なぜかトラベルギアの旅行鞄からぬーん! と鮮やかな衣装を取り出しているフランチェスカがいた。 「ボクはこっちのほうが似合うと思うな! あ、これ、ボクのコスプレ衣装なんだけど」 「え、えっと、それは」 「むっふっふっ、レイヤーを舐めちゃいけないよ。ギアに常に持ち歩いているのさ!」 「さすがフランちゃん! 準備万端ね! よーし、あたしの箪笥にもいろいろとあるのよ! 在利君に絶対に似合う、可愛い服が!」 「さすがー!」 まるで十年来の大親友のように興奮する御姉さま二人にぽかーんとなる在利は慌てて横にするカルムに救いを求めた。 「お、お姉ちゃん、在利さんが困っちゃってるよ! フランさんも!」 カルムがヒートアップする御姉さま二人に呼びかける。それはさながら御姫様を守るナイトのようだ。 「えっ、いやなの?」 「似合うと思うんだけどなぁ~」 無駄に美しい御姉さまの期待に在利は俯いてうーと小さく唸った。本当はいやだが、こんな美人二人に迫られていやといえる男がいるだろうか。いや、いない。 美人って得だよね。 「すこし、だけなら」 「よーし、あたしの部屋に行きましょ!」 「ちょ、まって! 二人とも!」 二人の御姉さまにひっぱられる在利のあとを慌ててカルムは追いかける。 女性らしいシャニアの部屋のベッドには二人のいたいけな男の子がちょこんと座る。まるで恐ろしい悪魔の生贄の気分である。 「これ、これ! これ着て見て欲しいの! 絶対似合うと思うの!」 ばーん! 差し出されたのは花柄のシャツに、短パン。 「っ! か、かるむくん」 「お、おねえちゃん! それは、ちょ、ちょっと」 涙目で助けを求める在利にカルムは勇気を振り絞って抗議をあげるが、しかし 「んん? カルムくん、もしかして、君も着てみたいの? もう、遠慮しなくていいんだよ! じゃあ、君にはボクのコスプレ服! みてみて! 制服だよ。ネクタイでかっこいいぞー」 「ふぇ!? ぼくも!? そ、そんなの恥ずかしいよ……」 「恥ずかしいのもそのうち快楽になるさ! 男は黙ってチャレンジだよ!」 「そうよ、カルム! 絶対に似合うよ! よーし、カメラ、カメラ! あ、フランちゃん、うちの弟は好きに剥いちゃっていいわよ!」 「了解! さー、御着替えの時間だよー!」 「まって、まってよ! え、わー!」 「カルムくん!!」 「さー、在利くんはあたしが着替えさせてあげるわよ」 「っ! 自分で着替えれますからっ!」 襲われるカルムに在利はシャニアから渡された服を、さて、どうやって着ようかと大人しく考えるふりをして必死に時間を稼ぐ。 叫ぶことも、いやがることも無駄なのはカルムを見ていれはいやでもわかるので、せめてこの服を着るのを出来るだけあとにしたいというささやかな、ほんとうにささやかな在利なりの抵抗である。 「生きて、帰れるかな?」 ぼそっと在利は呟いた。 優しい家から少年たちの嘆きの悲鳴と御姉さまたちの歓喜の悲鳴が数時間ほど、聞こえた……らしい。
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