トラベラーズカフェ、ターミナルの駅舎の2階にこの店はある。 ロストレイルが発着するプラットフォームを見下ろすこともできるテラス席を備えたカフェ。 そこにあなたが訪れたのは偶然だった。 それは、冒険旅行に出かける前の時間つぶしに立ち寄ったのかもしれない、 あるいは、ただお茶を飲みに立ち寄っただけなのかもしれない。 または、誰かと待ち合わせるために来たのかもしれない。 あなたは、テーブルの一つに腰掛けた。すると、隣のテーブルの会話が聞こえてきてしまった。 聞くともなしに耳から入ってくる断片的な話から察するに「帰属」についての話のようだ。 ――帰属、その言葉を聞いた時、あなたの心に浮かんだものは何だったのだろうか。 隣のテーブルの話はまだ続いている。 色々あるだろう、簡単な話じゃない、家族に会いたい、やりたいことだってある。 それぞれにそれぞれの主張があるようだ。きっと、たった一つの正しい答えなど存在しないだろう。「やっぱり、元の世界に帰るのが一番だよね?」「それは人それぞれだろう」「えー、違う世界に行きたい人なんかいるの?」「あたしは叩けば埃の出る身だからね。元の世界に帰るにしてもしばらく後がいいわ。無理なら別世界で新しい人生を始めるのも素敵ね」「俺はロストナンバーのままでもいい。色々な世界を見て回れるのは楽しいからな。こんな生き方は元の世界じゃどだい無理な話だ」 形勢不利とみた少年はきょろきょろと辺りを見回す。そして、あなたと目が合った。「ねえねえ、帰属するなら、元の世界がいい? それとも別の世界がいい?」
あ、お、俺? 久々にカフェに寄ってみれば安定の巻き込まれ属性、これぞ勇者か。 ……え、いやいや、何でもない。こっちの話。 それで、いきなり話し掛けられても何がなんだか分からないよ。 帰属について? そういえば、最近は帰属の話を耳にすることが増えてきたな。 スライム元気にしてるかな。 あーいやいやいや、何でもないこっちの話。 俺は元の世界に帰属だな。それこそ、少年と同じく積極的にな。 あ、ただな。いわゆるプラス方向の理由じゃなくて、マイナス方向の理由が強いんだよ。 つまり、元の世界に帰属できたら嬉しい楽しいじゃないんだ。むしろ、辛いし悲しいことは分かってる。 それなら、どうして帰属したいのかって? はーい、唐突だけれど俺から質問。 あなたは勇者だとします。そして、目の前に魔王がいます。 さあ、あなたは魔王をどうしますか? そう普通なら「倒す」だろうね。そこで、「倒す」と答えたあなたに追加質問。 魔王が勇者の尊敬する人物だったら、魔王が勇者にとってとても大切な存在だったら、どうする? 勇者が魔王を尊敬するのはおかしいって? そんなことはないよ。世界はたくさんあるんだ。魔王を尊敬する勇者がいてもおかしくない。 現に俺がいた世界はそうだったぜ。 「最後の勇者」が「最後の魔王」を倒す。 問題なのは、俺が勇者で父さんが魔王だってことだ。 残念ながら、嘘でも作り話でもないんだ。そうだったら、俺が嬉しいくらいだよ。 しかたねぇだろ、ろくでもない神さまが作り上げたシステム。その残骸のせいなんだからよ。 俺だってやりたくてやってるわけじゃない。嫌になるよな。ろくでもない神さまのせいで、どれだけ迷惑してるんだか。 俺、これでも母さんの腹の中に500年いたんだぜ。 生まれてからは、見た目くらいの年数しか生きてないよ。ロストナンバーになった間は別としてな。見た目は子供だけど500歳とかじゃない。 ターミナルだと見た目は子供だけど、何百年も生きてるのだって結構いるよな。 幸い、俺はちゃんと普通に『生きて生まれた』んだ。 いや、おかしくないよ。頭痛が痛いみたいに聞こえるだろうけど、これで合ってるんだ。 本当なら、勇者は『死んで生まれる』んだ。 魔王はなるべくしてなるんじゃない。ある日、いきなり魔王になるんだ。それも子供を授かった夫婦がだ。 子供は勇者に、父親は魔王に、そして母親は世界の礎にされる。 いつからそうなのか、誰から始まったのか。それは知らない。 魔王は自分の妻を取り返すために手に入れた力を振う。それが世界の礎に傷を入れて魔物を生み出す切欠になる。だから、世界はどんどんと荒廃する。 そして、魔王が妻を救い出すと同時に、魔王は勇者に倒される。魔王を倒した勇者は、生まれる前にもう死んでいるために本来なら存在しないから役目を終えて消滅する。 かくして魔王と勇者の戦いは幕を閉じ、次の役目は誰かに受け継がれる。何の罪もない夫婦にな。 救いだされた妻はどうなるのかって? どうなるんだろう、それは知らないな。でも、独りだけ全てを知ってて生き残るなら辛すぎるよな。 でも、たぶん死ぬな。魔王の力は、魔王以外には破壊の力でしかないはずだ。その力で救い出されてもきっと生きていられない。 父さんや母さんがどうやってそのシステムを捻じ曲げたのかは知らない。 でも、俺は生きて生まれこれた例外なんだ。俺が父さんを殺せばシステムは完全に止まる。 だから、俺は「最後の勇者」で父さんは「最後の魔王」なんだ。 俺だって父さんを殺したくなんかないよ。 父さんも母さんも大好きだし、弟も妹も大好きだ。 母さんは世界の礎にされてなかったから、父さんは魔王としての力を使わなくてすんでた。 世界は平和だよ。魔物だって悪さなんかしないさ。観光案内してるのもいるし、俺はスライムの友達がいるくらいだ。 みんな、みーんな平和に暮らしてる。なのに、俺は父さんを殺さないといけないんだ。 ひっどい話だよな。でも、システムを止める方法は今のところそれしかないんだよ。 それに、俺が帰らなかったら、その役目は何も知らない弟にいっちまうんだ。それだけは避けたい。心を壊すのは俺だけで充分だ。 ああ、そんな顔すんなよ。 これでも俺は恵まれてると思うよ。歴代の勇者たちより、きっとずっと幸せなんだ。 システム通りの勇者だったら、平和な世界にのうのうと暮らしてなんかいられなかった。 大好きな家族と友達に囲まれて、16年間俺は何にも知らずに幸せに暮らせてた。 今思うとさ、父さんや母さんは何を思って俺を育ててくれたんだろうって不思議に思うな。 父さんは自分を殺す相手を育ててるんだぜ。母さんは、息子が父親をいつか殺すってことを分かってるのに俺を育ててくれた。 なんでだろうなー。いっそ憎んで殺すように仕向けてくれればよかったのにな。 なーんてな、嘘だよ、嘘。 俺はちゃんと父さんや母さんの子供でよかったと思ってるよ。そう思えるのが幸せなんだ。 俺はきっと最初で最後の幸せな勇者なんだと思う。 はは、帰属を遅らしたとしても父さんを長く苦しめるだけさ。 父さんは勇者以外には殺されない不死性を持ってるけど、それだけ。年老いてくんだ、普通にな。 だから、500歳以上だと思うんだけど、全然ぼけてないしすっごい元気だぜ。現役の小説家で超売れっ子なんだ。 解決策か。そうだな、見つかるといいよな。 500年生きてたんだから、もう何十年くらいなら待っててもらえるかもな。父さんなら『あれー、そんなに時間経ってましたかー?』とかいいそうだ。 そうだなー、もし戻ったら、まずターミナルにいた時の事を話して父さんに小説にしてもらおうかな。 色んな世界を見て回れたからな。父さん大喜びだ。 そりゃあ、嫌だよ。いいわけないだろ。父さんを殺す以外の方法が見つかるのが一番だ。 でもなー、もし、万が一、見つからなかったら、俺は父さんをちゃんと殺すよ。 だってさ、父さんも母さんも俺から逃げないでずっと育ててくれたんだぜ。なのに、肝心の俺が逃げてどうすんだよって。 どんな想いで育ててくれたんだろうって想像したら、情けない真似できないだろ。 泣いたりしないよ。俺が父さんに言わなくちゃいけないのは泣き言や恨み言じゃないから。 今までありがとう、後は俺に任せてくれって、俺はちゃんと幸せだったって、言わなくちゃさ。 そん時に泣いてたら格好つかないだろ? やっぱりさ、笑ってないと父さんも安心できないよな。 もし、殺さないですんだらって? そうだなー、皆で旅行したいな。新しくなった世界を見てみたい。 だってそうだろ? 今まで世界に組み込まれて機能してたシステムを完全に止めるんだぜ。それが世界に何も影響を出さないわけないだろ。 きっと誰も考えなかったような事が起こるんだぜ。できれば、悪い事じゃないといいんだけどな。 魔王も勇者も必要とされない世界。どんな風になるんだろう。皆で仲良く暮らして、色んな場所を旅してみたいな。 あ、えーと、なんだっけ、そうだそうだ。帰属するなら、俺は元の世界ってのが答えだな。 でも、それは生れた世界が一番良いから、そこに戻りたいってわけじゃないんだ。 ま、こんなところかな。
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