ターミナルに、雨が降っている。 天候の調整は、決められた予定のもとに行われているのだが、アリッサは、あえてそれを聞いていなかった。 だから、雨はいつも突然に、ひとときの揺らぎともの思いを連れてくる。(……おじさまは、見つかるかしら?) 館長室から退出する3人の司書を見送ってから、アリッサは雨に濡れた窓に近づく。 降りしきる銀の水滴は、時の動かぬこの世界が、ときおり流す――涙に見えた。 アリッサは、『家族』の縁が、とても薄い。 父親のゆくえは、その生死を含めてわからないし、母親はとうに、あらゆる世界のことわりから外れた彼岸へと、旅だってしまった。 だから、館長――親代わりを引き受けてくれたエドマンド・エルトダウンだけが、アリッサの家族であったのだ。 世界図書館の上層部には、アリッサが館長代理をつとめることを、快く思わないものもいる。 それが耳に入らないほど、アリッサは子どもではない。 ――あんな世間知らずの平凡な小娘に、何ができるというの。 ――特に優れた能力があるわけでなく、天才的な知性があるわけでもなく、政治的な機微に通じた判断ができるわけでもなかろうに。 ――他に人材は、いくらでもいようものを。 ……子どもじゃない、けれど。 そんなふうに言われていることを気にしないでいられるほど、大人でもない。 だって私は、何の力があるわけでもない、本当に平凡な女の子だから。 ひとには、できることと、できないことがあって。 だからこそ、できることを一所懸命やるべきなんだと、おじさまは教えてくれた。 もし、おじさまが見つかったら、そのときは……、何て言おう? おじさまは、何て言ってくれるかな? 留守中よくがんばったねって……、言ってくれるかな? * * * ふだん表にはださないが、アリッサもそれなりに葛藤を抱えている。 そんな館長代理のストレス発散のひとつが、罪のないイタズラであったりするわけだが。 このところ立て続けに懸案事項が発生し、世界司書たちも忙しそうだったので、アリッサはずっと真面目モードを貫いており、イタズラは自粛していて……。「どうしたのアリッサたん! 顔色悪いよ?」 世界計の前で、青ざめながら眉間に皺を寄せているアリッサを見つけ、無名の司書が駆け寄る。「体調良くないの? 少し休んだら?」「ううん、そういうんじゃないの……。ただ……」「ただ……?」「しばらく冒険旅行に出かけてなかったのと、その、イタズラとかあまり、みんなにするのも悪いかなって……」「ふんふん。はんはん。わかった! アリッサたんもまだストレスたまってるクチね!」 無名の司書はひとりで納得して、うんうん頷く。「だめだよ、イタズラ我慢しちゃ。そんな無理したら具合悪くなってあたりまえよ。アリッサたんは1日1イタズラがアイデンティティなんだから。みんな、楽しみにしてるんだよ。館長代理はロストナンバーのメンタルケアのためにもイタズラしなきゃ!」「……そう、かな?」「そうよ。何なら壱番世界の無人島で景気よく発散してくれば? まだ間に合うよ?」 無人島のビーチで盆踊り大会が行われることは知っていた。 変装してこっそり出かけようかな、とも、思ったし、大がかりなイタズラを仕掛けたら面白そう、とも、思ってはいたのだが……。「でもね、しばらく真面目モードだったから、いいイタズラが思いつかないなぁ」「なんですとー! それは一大事!」 司書は、きっ、と、顔を上げる。 そして、図書館ホールを見回しながら、通りがかったロストナンバーをびしっと指差すのだった。「そこの頭良さそうなあなた! 館長代理の極秘ミッションのブレーンになってくださいませんか? 会議場はそこらへんの隅っこ。飲み物はあたしがおごります。そこらへんの自販機のコーヒーだけど(あるのか自販機?)」
ACT.1■密談前の一幕 無名の司書が差し出したコーヒーを、ベルダは軽いウインクとともに受け取った。 「たしかに、悪だくみは好きだって言ったし、今度一緒に悪だくみでもしようかって約束したけどね」 水上カフェで交わした会話を反芻し、緩いウェーブの金髪を、しなやかな指でかきあげる。胸元の開いたデザインの服は、同性の目から見ても色っぽい。 「私が子供のイタヅラで満足すると思ってんのかい? それとも……」 つい、と、司書の耳元に唇を寄せ、低く囁く。 「無名のお嬢さんが、私を満足させてくれるのかしら?」 「そそmcjs※cでゃなs☆かhsばじゃさsdな!!!」 不意打ちの悩殺に、司書は赤くなったり青くなったり黄色くなったり、信号機の様相を呈していたが、とうとう、ふぅぅ〜と真っ白になって真横によろめいた。 ちなみにこれは、ベルダ的にはイタズラというレベルですらなく、ゆる〜くからかっているだけである。 大人の女の余裕に翻弄され、まるで壱番世界のボウリングのピンのように、すこーんと床に激突しかけた――その瞬間。 「おおっと、危ない。大丈夫か、司書さん?」 誰かの腕が、素早く差し伸べられる。 司書は、図書館ホールの床の堅さ冷たさを全身で体感する運命を免れた。 「まあ! 虎部さん。ありがとう!」 自分を抱きとめてくれた救い主を、司書は見上げる。偶然にもホールを訪れていた、虎部隆だった。 「頼もしいわぁ。颯爽と現れて、危機を救ってくれるなんて、物語のナイトのようね」 「単に通りがかっただけだぞ? ……ところでさぁ、聞いてくれよ司書さん」 隆は、インヤンガイで大捜索が行われると聞いて、勇んで駆けつけたのだ。しかし……。 「ついてねぇの。俺も館長探しにインヤン行きたかったのにさ。もうロストレイル出発してんのな。あーあ」 「隆くんて呼んでもいいかしら?」 ……全っ然、会話がかみ合ってない。目をキラキラさせている司書は何も聞いちゃいなかった。隆は隆で、ふつーに話を続ける。 「司書さんて、本当に名前ついてねぇの? 実は本名『まり』ちゃんとかだったりしない?」 「……いいえ、あたしはあなたの思い出に生きる女。ディラックの空に消え行く青春の幻影」 「あと、コーヒーもいいんだけどさ。俺、ドクターペッ(ぴ〜)が飲みたいなぁ。おごって?」 壱番世界中で販売されている最古の炭酸飲料にして、23種類の原材料はいまだに非公開というその飲み物は、残念ながらそこらへんの自販機のラインナップには含まれていなかった。需要があるのなら置くべきなのかなぁと、館長代理は考える。それはともかく、ナイト認定(勝手に)した男性をくん付けするのはどうなのだろう? ここにウィリアムがいたら、何か言われそうな気がする。アリッサは右に左に、小首を傾げた。 「ぃようアリッサ! どうした? しけた顔してると可愛さが逃げてっちゃうぜ」 悪戯好きにかけてはアリッサのライバルともいえる隆は、むしろこの噛み合わなさ加減を楽しんでいた。司書が体勢を立て直したのを見計らってから、アリッサを振り返る。 そして、一声。 「笑えーーーー!!!!」 突然の大声にアリッサは目をぱちくりさせる。隆は陽気に親指を立てた。 「アリッサの笑顔は無敵だ。まあ、いくらアリッサが可愛くても、俺のカッコよさには敵わねーだろーけど。なんてな!」 元気づけようとして挑発していることに気づいたアリッサは、クスッと笑う。 「あれ? 皆さん、どうしてこんな隅っこにいるんですか? 無人島の盆踊り大会、私も行くつもりなんですけど、何か、事前打ち合わせとか?」 フェリシアが、ラベンダー色の瞳を輝かせ、歩み寄ってきた。 ふわりとした金髪をおさげにまとめた、委員長ふう美少女であるが、お花見で大胆に木登りをしちゃったりして、故郷の過保護なパパが知ったら卒倒しそうなおてんばさんぶりは、皆の知るところである。 「うん、アリッサの極秘ミッションの相談中だ。フェリシアちゃん、木登りするときは服装に気をつけなよ! 見えちゃうぞ!」 「え? えええ?」 思わぬところで思わぬことを言われ、フェリシアはスカートの裾を押さえておろおろする。 「だいじょうぶよフェリシアたん! あのときあたし、鼻血の海におぼれながら下から見上げてたけど、絶対領域死守してたよ!」 「つうか見上げてたのかよッ!」 隆が突っ込むと同時に、 何やら白くてもふもふした愛らしい生き物が、文字入り立て看板を持って横切った。 ┌───────┐ │ セクハラ禁止 │ └──┬┬───┘ ││ 滅多に人前に姿を現さず、面倒くさがりで、『導きの書』による依頼仕事はスルーしたい主義で、話すのさえ面倒なので会話は看板使用がデフォルトな、白いフェレットの世界司書、アドだ。 すぱこ〜ん!! アドは、無名の司書の後頭部を看板で思い切り引っぱたくやいなや、すばしっこく走り去った。 「ああんっ、アド先輩〜! もう行っちゃうんですか〜?」 無名の司書の大好物なふわもこ系ゆえ、壁際まで追いつめてプロポーズしたことも一度や二度や三度ではないが、いつもすごい勢いで逃げられてしまう。人間換算すれば40代の、無口でクールなつれない男であった。 未練がましく、フェレットの消えた方向を見つめていると、 「アリッサと極秘ミッションの会議中だって!? ……ごめん、聞こえちゃった」 ぴくりと耳をそばだてている、新たなるふわもこ系ロストナンバーと目があった。銀毛の幻術士、アルド・ヴェルクアベルである。 「実に難解なミッションのようだね……! 決行場所は無人島のビーチかぁ……。僕も会議に参加していいかな?」 ふかふかの銀の毛並み、いたずらっぽい銀の瞳の猫族に、司書の目がハート型になる。 「もちろんよ、アルドくん。プロポーズ、謹んでお受けします!」 「ん? んんん?」 急接近するやいなや、左手でアルドの手をしっかり握りしめ、右手で肉球をぷにぷにし始めた。何かもうすっかり目的を忘れ、議題はブルーインブルーの海底に水没しちゃった様相である。 それまで、無言で世界計をチェックしていたリベルが、つかつかと近寄ってきた。 無名の司書の首根っこを引っ掴み、アルドからべりべりと引っぺがす。 「……図書館内では、お静かに」 ACT.2■会議は踊る? 「しかし何だな、顔つきがイタズラっぽいのばかり集まったな」 ベルダを見て、隆はにやりとした。そのようだね、と、ベルダも含み笑いを返す。 とりあえず隆は、会議の場であろうと悪戯は欠かさない主義なので、キューブをマタタビに変え、そっとアルドに差し出した。 その効果はてきめんで、 「にゃ? ふにゃあ。にゃあああ〜〜ん」 すっかり猫状態になったアルドは、にゃーにゃー言いながら、ごろごろ喉を鳴らす。 「……アルドくん……。か、かわいいぃ……。はっ、いけない、鼻血が」 さすがに今日は自粛しようと思っていた、むめっち名物の鼻血が、つつーと出てしまった。 「はいはーい、お話中、失礼しまっせ〜」 コザクラインコの世界司書、ホーチが、ハンドタオルをくわえてぱたぱた飛んできた。無名の司書の顔をごしごし拭いてから、颯爽と飛び去る。 おなごとしてどうなのよ的な危機(今に始まったことではないが)を、気の効くホーチは救ってくれたのだ。持つべきものは良き同僚である。 「そうだ。お菓子、食べませんか?」 にこにこ見ていたフェリシアが、鞄からお菓子を取り出してアリッサに勧めた。 「わあ。マドレーヌにレーズンクッキーに生チョコキャラメル……。いちご大福も……。おいしそう」 「あと、イチジクのフィナンシェとアーモンドラスク。司書さんがおごってくれたコーヒーに合いますよ!」 フェリシアたん、どんだけ鞄に詰め込んでいるのやら、お菓子はいくらでも出てくる。アリッサは喜んで食べ始め、場は何やら、ぷちお茶会っぽくなってきた。 そうこうしているいうちに、マタタビ効果がひとまず治まったアルドが、イタズラ案を述べる。 「場所がビーチだしねぇ。砂浜も広いんだよね? 参加者の中には『やっぱ夏は肌をこんがり小麦色に焼かないと以下略』とか言って日光浴してる人がいるんじゃない?」 「ああ。健康的でワイルドなナイスガイに大変身して女の子にモテモテだぜHAHAHA! みたいな?」 「僕はそういうのわかんないけどネ。猫だし」 「日焼けしても毛色は変わんねぇもんな」 「で、そうやって無防備に寝てる人の背中に、ヒトデとか貝殻とか置くのは定番だよね??」 そりゃいい、と、隆も頷き、追加案を出してみる。 「お互い見ず知らずの男どもがうっかり並んで甲羅干ししてたら、そいつらを囲んで、砂浜にでっかく相合い傘を書いちまえ!」 「あとは、定番中の定番、ザ•落とし穴かなぁ。やるとしても、波打ち際に掘っちゃうと落っこちた人が沈んじゃうから工夫がいるかもだけど。でも、アリッサひとりじゃ大変かな?」 「男手がいるようなら、俺、現地に行くから手を貸すぜ。シオンやミシェルや鳥店員たちに事情話して協力してもらってもいいしな。どう思う、アリッサ?」 「ヒトデ……。貝殻……。相合い傘……。落とし穴……。落とし穴は、セクタンサイズの小さいのを、一列に掘ったらどうかな? 危なくないように浅くして。穴に詰まって顔だけ出したセクタンが、もぞもぞしながらずらっと並んでると可愛いと思うの!」 めくるめくイタズライメージの奔流に、アリッサはとび色の瞳をキラキラさせる。どうやらスランプを脱出したようだ。 「全部やりたい!」 「そうこなくっちゃ!」 「がんばって、アリッサ!」 えいえいおー! アリッサと隆とアルドが、右手を重ね合わせる。 「記念写メ撮りますねー」 フェリシアが携帯を向けた。秘密の悪だくみ仲間たちのデータ画像が何枚も保存される。 「そうだ。アリッサさん、変装するんですよね? そのままだと目立っちゃうもの」 「そうね。私だとわからない格好をしたいかな」 「んー、アリッサって、そのとび色の瞳が印象的だからさ~。眼をサングラスとかで隠しちゃえば、意外と気がつかないんじゃない?」 アルドが、アリッサをまじまじと見る。 「それで日傘をすれば……、あ、トラベルギアの傘だとバレちゃうかな。いっそ浴衣着て紛れ込むとか」 アリッサは思案顔になり、無名の司書にちらりと視線を移した。 「サングラスかぁ……」 「いっそ、シルクハットをかぶってちょび髭をつけて、謎の紳士になっちゃうのはどうですか? マントを翻して大胆に登場するの」 ものすごく真面目な顔で、ファリシアは言う。 「ひととおりイタズラをコンプリートしてから、櫓ジャックしちゃうんです。櫓の一番高い場所に、マイク片手に高笑いと共に現れるとカッコいいです」 フェリシア案は、なかなかエンターティメント性に富んでいた。 事前に櫓の発電機に細工をし、屋台等には影響がないようにして、あらかじめ手元のボタン一つで照明を落とせるようにしておく。 櫓の最上段に登場後、照明を落として周囲を暗くし、アリッサ扮する謎紳士がカウントダウンを行う。 ――そして、特大花火を盛大に打ち上げる。 イタズラの、締めくくりとして。 「フェスティバルでカーニバルなわくわくイベントですから、みんなを笑わせて喜んでもらえるドッキリって『イリュージョン』だと思うんですっ」 「あのさ、フェリシアちゃん……。すげぇ楽しそうで俺は大賛成なんだけど、その」 ぐぐっと拳を握るフェリシアに気圧されつつ、隆は聞いておきたいことがあった。 「そもそも『盆踊り』って、どういうものだか知ってる……よな?」 「もちろんです! 司書さんから詳しく教えていただきました」 フェリシアは、自信満々に答える。 「太鼓とオーケストラが華やかに奏でる『ロストレイル音頭』に合わせ、人間大砲が火を噴いて空を往き、万国旗と提灯と焼きそばと虹色カキ氷が乱舞する中、浴衣すがたの激しいダンスカーニバルが気絶するまで待ったなしで行われるCooLでエキゾチックジャパンな催しです! ね? 司書さん?」 「そのとおりよ。完璧だわフェリシアたん。物覚えが良くてうれしいわぁ」 「……司書さんのボケにいちいち突っ込むのは大変だな。シオンの苦労がわかるよ」 今度シオンに会ったら肩揉んでやろう。 隆はそう呟いて、コーヒーをひとくち飲んだ。 ACT.3■さらに、会議は踊る 「無名のお嬢さん、ちょっと」 皆の意見に耳を傾けながらも、少し離れて、ひとり考えを巡らせていたベルダは、無名の司書を手招きする。 「どうしたの、ベルダお姉様」 「私も、いくつか悪だくみを思いついたんだけどね。今まで出た案に便乗しているところもある。まずはあんたに話してみたい。聞いてくれるかい?」 「もちろん!」 「不備や、何か気づいたことや、改善点があったら、遠慮なく指摘していいからね」 「了解。イタズラは知性のゲームですものね。あっと驚くどんでん返しのためには、手の内を悟られず遂行しなくちゃね」 いったいどんな案なのだろうと、一同が興味しんしんに見守る中、ベルダは司書の耳に小声で囁きかける。 司書もまた、うんうんと頷いては、同じようにベルダに囁きを返した。 しばし、非っっっ常〜〜に聞き取りにくい、ひそひそ話が飛び交う。 「法被jdvcをお面……二重…cdsなmcdk櫓mdcskいっそ太鼓@cd」 「ky浴衣cdms着替えdcん紛れ込dい」 「lcdsじゃ*マチコ巻き……dskコスプレcdskば二重」 「謎紳士dm早変わりdcfvl/sかsで花火」 「mcかcな指令文dsjs……大きな華vcづおm幸せ」 「cむぃえb……ロストメモリーdsまさか司書がvmd」 「あbs都市伝説fゔぁえjk@br0世界……」 「お主も悪よのうmgjfp無名のojosa@g.m:」 「ベルダお姉様こそmvdってお戯れをdmsk」 「ふふふふ」 「おーほほほほほ」 * * * 「さて、こほん」 わざとらしい咳払いを、ひとつ。 「それでは、皆さんの案も出そろったようなので、不肖あたしがまとめさせていただきますね」 無名の司書は『導きの書』を下敷きにし、メモにペンを走らせる。 「まずは、イタズラ案のヴァリエーション。砂浜で甲羅干ししてるひとの背中にヒトデや貝殻を置く。男性が並んで日光浴してたら、こっそり相合い傘を書いちゃう。セクタンサイズの落とし穴を大量に作る。櫓ジャックして照明を落とす。花火を打ち上げる――で、アリッサたん、これの取捨選択だけれども」 「全部やる」 「全部やるのね……。OK。じゃあ現地に行く隆くんとフェリシアたん。お祭りを満喫しながらでいいんで、何かあったらフォローよろしく」 「おう、俺もひと暴れしてくるぜ。アリッサも、いろいろヤッチマイナー!!」 「どんなふうになるんでしょう。楽しみ」 「次は変装案。アルドくんから『サングラス』『日傘』『浴衣』のキーワードが、フェリシアたんからは『シルクハットの謎紳士』によるイリュージョン演出案が、ベルダお姉様からは『法被とお面(念のため二重:リベルさんのお面とシドさんのお面)』でいっそ櫓で太鼓叩いちゃえ案が」 「はいはーい、司書さん。俺も変装案」 「あら失礼、隆くん。どうぞ」 「サングラスで思いついたんだけどさ。いっそ、無名の司書さんの格好すればいいんじゃね? 『あなたの知らない世界……いないはずの人がいる! 恐怖のドッペルゲンガー作戦!』夏の怪談っぽいじゃん」 「それ、ベルダお姉様とも話してたの。司書とか、本来0世界から出られないロストメモリーに変装するのはどうかなって」 「そして変な噂を作るんだな! 都市伝説ってやつだ」 「いろいろ出たけど、どうする、アリッサたん」 「全部やる」 「「「「「全 部 や る ん だ!!!!!?????」」」」」 ACT.4■謎のメール 大いなる華を目撃せよ。 幸せを、与えよう。 差出人不明のエアメールが、無人島へ向かう人々すべてに、送られた。 ACT.5■そして冒険旅行へ ――0世界<ターミナル>発、<壱番世界>行きの定時列車は、まもなくターミナル標準時◎◎時に、3番ホームより発車します。チケットをお持ちの方は、お乗り遅れのないようにお願いします。 アナウンスが流れる。 一同はアリッサを見送るため、ホームに来ていた。 隆とフェリシアは同じ列車で壱番世界へ向かうので、旅支度を整えた姿である。 「アリッサ。ミッションの遂行、思い切ってよろしくねっ!」 アルドがアリッサの肩をぽんと叩く。 「それと……、館長代理のお仕事、いつもお疲れ様。『お疲れ様』って言いつつ、大変なミッションを押し付けちゃうけどね!」 「アルドさん。……ありがとう」 黒いショールをマチコ巻きにし、サングラスをかけたアリッサが、にこりと笑う。 「とびっきりのイタズラで僕達を楽しませてね。これはアリッサにしか出来ないミッションなんだからさっ!」 「そうとも。太鼓も景気よく叩きまくっちゃいな! スカッとするぜ! ……大荷物だな。俺が持つよ」 アリッサは各種変装用具一式やイタズラ用グッズに加えて、打ち上げ花火も持参している。壱番世界ではありえない、素人でも大玉打ち上げが可能な花火――巡節祭のインヤンガイで購入した烟火(イエンフーオ)である。よって、いつもよりかなり大きめのトランクだった。 手を貸しながら、隆はふと声を落とす。 「でもさ、アリッサって、実はあんまり、俺たちに甘えないよな」 「そんなことないよ? 今だって甘えてると思うし」 「だって、アリッサはずっと館長のことを心配してたみたいだし、離れてると寂しくてしょうがないんだろ? だったら、もっと早くから、館長探索依頼をすりゃあ良かったのにって思ってさ。アリッサにお願いされたら、俺は断ったりしないぞ?」 「それは……、私は身内だから、おじさまのゆくえが気になるけれど……。みんなは違うもの。みんな、それぞれに大切なひとや会いたいひと、探してるひとがいて、それは決して、よく知りもしないエドマンド・ベイフルックではないもの」 館長のゆくえなどに関心のないロストナンバーはたくさんいる。 彼らは彼らなりのポリシーに基いて行動しており、いとしいもの、関わりたい事件、こまやかな心情に沿った優先順位を持っている。 「みんなには、一番大事だと思うことを優先してほしいの。今までもそうだったし、これからもそう」 ――だから。 おじさまを探して、お願い、とは、アリッサは言わなかった。 それが、いささか頼りない館長代理の、せめてもの矜持であったのだ。 発車ベルが鳴る。 フェリシアが、隆が、ロストレイルに乗り込む。 その後を追って、黒衣の少女が軽やかに車内に吸い込まれた。 行き先は壱番世界の、夏の終わりの無人島―― —— To be continued……
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