英国式ティーサロンは、穏やかで優美な午後の時間を迎えていた。 木製のテーブルには白磁のティーセットと焼き菓子が配され、暖炉には火が入れられていない代わりにアレンジされた花飾りであふれている。 華やかではあるけれど、賑やかとが言い難い不思議な空間。 赤いクマのぬいぐるみことヴァン・A・ルルーは、ひとり静かに、ゆるやかなBGMへ耳を傾けながら紅茶を楽しんでいた。 そんな彼の元へ、彼等はやってくる。「よお、ようやく見つけたぜ」 扉が開かれ現れたのは、黒スーツを着崩したファルファレロ・ロッソ、そして、カジノディーラーとして名の知られたベルダ、そのふたりだった。「なかなか捕まらねぇと思ったが、案外タイミングってのは思いがけないカタチで来るもんだな」 言って、ファルファレロは、ドカリとルルーの隣に席を取って腰掛け、足を組む。「おや」 ルルーはカップを置くと、つぶらな黒い瞳で二人を眺め、それからゆっくりと首を傾げた。「探してくださっていたようですが、ベルダさんも?」「ああ、私は彼から《ヴァン ・A・ルルー》の話を聞いてね。是非とも会ってみたいと思ったからさ。迷惑だったかい?」「いえ、とんでもありませんよ」 軽く首を振り、クマはもう一度視線をファルファレロに移した。「それで、今日はどのような?」「単刀直入に言うぜ。あんた、俺等と勝負しな」「勝負、ですか?」「……どうにもな、あんたと過ごしたあのクリスマス、途中からすっぱり記憶が抜け落ちてやがる。それが気にいらねぇんだ」 ターミナルの至る所で催された一昨年のクリスマス会。その中のひとつに、ルルー主催のギャンブル・ティーパーティがあった。 チップは互いに持ち寄った小物やクリスマスにちなんだスイーツの数々だった。 あの時、ファルファレロはルルーに別の勝負を吹っ掛けていた。 にもかかわらず、どうやっても勝敗の行方が思い出せない。 結局、自分が勝ったのか負けたのかすら判然としないまま、だ。 だから。「もう一度、仕切り直しってヤツだ。今度はこいつと、俺と、あんた。三人でな」「ゲーム内容は任せるよ、ルルー。私はさ、あんたがどんなギャンブラーなのか知りたいだけなんだ」 腕を組み、傍でなりゆきを見守っていたベルダが、ふ…と微かに笑んで言葉を挟む。「仕切り直しというのでしたら、やはりポーカーにしましょうか? そうですね、ルールもあの時とほぼ同じ方がより“らしい”かもしれません」 ベルダに応えるように、ふふ…と赤いクマのぬいぐるみも笑う。「ごくシンプルに、一番強い役を手にしたモノが勝ち、一番弱い役のものが敗者としてチップを支払う。引いたカードの交換は一度のみ。ゲームの度に新たな箱を開く……以上でよろしいですか?」 あの時と同じ条件を、彼は提示する。 その表情はどこか愉しそうだ。「チップはどうする? まさかこの期に及んで、また菓子だの小物だのとは言わねぇよな?」「ええ、もちろん。それに、代償はなにもカタチあるものばかりではありませんので」 クマは鋭い爪で口元をなぞり、「いかがでしょう? 敗けた者は胸にしまってる秘密や語られざる逸話を披露するということで、ソレをチップに変えてみませんか?」 それはかつて、ファルファレロがルルーに突きつけたモノでもあった。 僅かな沈黙が落ち。 同時に、互いの瞳にギャンブラーとしての光が閃く。「いいぜ、乗ってやる」「いいねぇ。面白そうだ」 そして。 プライドと好奇心と秘密とを賭けた勝負の幕が上がる。 ――ベットorドロップ?=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)ベルダ(cuap3248)=========
清潔なテーブルクロスの上に並べられたティーセットは3人分となり、白磁の美しいカップに注がれた紅茶の水色は琥珀の揺らぎをみせていた。 リキュールの効いたトリュフやボンボンショコラ、皿を彩るクッキーやフルーツタルトといったプティ・フールたちが、まるで宝石のようにきらめいている。 けれど、そんなテーブルを囲んでいながら、これは、会話と紅茶と菓子を楽しむ優雅なティーパーティではない。 これから行われるのは、マフィアと女ディーラーと赤いクマという、生粋のギャンブラーが三人、自身の過去や秘密を賭けたギャンブルなのだ。 「それでは、まずは私がディーラーを務めましょうか」 未開封のトランプの箱をどこからともなく取りだしてみせたルルーへ、ファルファレロは思い切り眉を顰めた。 「てめぇが取りだして、てめぇが開けて、てめぇで配ったんじゃ、本当に公平なモンか分かんねぇだろう」 「おや、未開封でもそう思われますか?」 「細工してない保証はどこにもねぇだろ?」 「疑いますねぇ」 「てめぇが相手だからな」 「カードが未開封であることは前提なんだし、ディーラー役も公平を期した持ち回り制、……右まわりに担当していく、といったカタチならどうだい?」 あらゆるリスクを排除しようというファルファレロの言葉に、ベルダがするりと言葉を差し入れる。 そうして、最初だけは、基本ルールに則って、『J』を引き当てた物がディーラーを務めればいい、と続けてみせた。 「いいぜ、それで」 「では、それでまいりましょうか」 さらには、勝敗を明確にするために、より細やかなルールが三人の間でやりとりされていく。 ゲームを始める前の、ささやかなウォーミングアップといったところだろうか。 単純な言葉の行き来と見せかけながら、その実、ギャンブルにおける心理戦は既に始まっている。 最初にカードを配るのはファルファレロとなった。 拳銃に掛ける時がもっとも映えるのだろう長い指先がカードを操る様は、スピード感も有り、どこか大胆でダイナミックだ。 伏せて配られたカードを拾い上げ、三者三様に、手元へ視線を落とす。 しかし、生の感情をけっして表には出さず、微笑という名の無表情を浮かべ、互いを見やるだけだ。 いまこの瞬間に、勝敗は決まったも同然で有りながら、誰ひとりとして大きな表情の変化は見せない。 「それじゃ、過去の逸話を賭けて」 ベルダの言葉に、 「過去の秘密を賭けて」 ファルファレロが答え、 「過去となった物語を賭けて」 ルルーが頷く。 「それじゃ、やるぜ?」 手札のカード交換は一度きり。 誰もそれを宣言しないままに、コールによって一巡し、レイズの宣言がなされ、再びコールがなされて。 テーブルの上に、三人の手札が公開された。 「ほう」 ルルーの口から感嘆の声が漏れる。 「どうやら、幸運の女神はまず私に微笑んでくれたらしい」 開かれたベルダのカードは、スペードのAを含んだ、美しいロイヤルストレートフラッシュだった。 フルハウスという、けっして弱くはない、むしろ勝負をするにはふさわしいはずの手をもっていながら、負けたのはファルファレロだ。 しかし、まだ初回といったこともあったのだろうか、彼はベルダが引き当てた強運に、口笛を吹くだけの余裕があった。 「チップの要求だ、好きなことを聞いてくれてかまわねぇぜ? なんなら今日これからの予定とかな」 「それじゃ、ファルファレロ、聞かせてくれるかい? そうだね、ああ……以前見せてもらったZIPPOにまつわる物語がいいかもしれない」 以前、ベルダはファルファレロに誘われ、バーへ行ったことがある。 その時彼女はカウンターで弄んでいた物に目を引かれながら、不思議と問いかけるなら今ではない方がいいと思っていた自分を思い出す。 「かまわねぇぜ。語ってやるさ。いい女の頼み事は断れねぇしな」 長い足を組み換え、背もたれにその身を預けて、彼は口を開いた。 雨が降っていた、アレはまだ壱番世界の裏社会に足を踏み入れてそう経っては居なかった頃の話―― ファルファレロは、雨の中、埠頭の倉庫街を駆け抜けていた。 全身が軋んだ悲鳴をあげているのに眉を顰める。 三流以下のシナリオに沿ったくだらない罠に嵌まったのは、自分の中に隙があったためか、あるいは相手があまりにも巧妙に仕掛けてきたせいか。 取引と称して出向いた廃ビルの地下で四方を囲まれ、引き摺り倒され、黒塗りの車に押し込まれて、見知らぬ古い倉庫に捕われたのが、つい数分前までの自分だった。 そして、ひとり、誰の救援も待たずに拘束された場所から見張り役を薙ぎ倒して逃亡しているのが、今の自分だ。 容赦なく叩き込まれた拳や蹴りによる全身打撲はもとより、口やこめかみからは血が流れ、折られたアバラは激痛を発している。 それでも、ファルファレロは走る。 雨の中、ぐらぐらと世界が揺れるような眩暈に襲われながらも、走り続ける。 救出されることも、取引材料にされることも、情報源となることもよしとせず、独力で逃亡を図ったのは、紛れもない、自分のプライドによるものだ。 夜の闇の中、黒服の男たちによって放たれた鋭い銃声が、潮騒と宵闇に満ちた倉庫街に鳴り響く。 跳弾の甲高い耳障りな音が、袋小路へとファルファレロを追い詰めていく。 目の前に壁が迫った時、全身から吹き上げたのは恐怖ではなく、むしろ滾るような怒りと、それを超えるほどの奇妙な高揚感だった。 振り返り、敵を見据える。 続けざまの銃声とともに、鈍い水音が耳元で跳ねた。 火花が散り、胸を、衝撃が貫いた。 体中に響く重い痛みの衝撃。 無様に壁に叩きつけられ、ずるずると背で壁の表面をなぞりながら崩れ倒れていく。 グワンと目が回る感覚に囚われる、だが、覚悟したほどのものではまるでない。 噴き出す血もなければ、砕け散る骨や肉もなく、ただ、鈍く痛むだけの奇妙な感覚。 ファルファレルの口元が、じわりと笑みのカタチに吊り上がっていった。 「……fanculo!」 死を確認しようと近づいてきた男の腕を掴み、引き寄せ、拳銃を奪い、そのまま相手の腕をひねりあげて自身の盾に変える。 絶体絶命の状況からの起死回生―― すべては、心臓を弾けさせるはずの銃弾が、友人からもらったZIPPOと、そしてあどけない少女の写真とを貫いて、止まっていた奇跡によって引き起こされた逆転劇だった。 少女の母親から送られ、たまたま捨てそびれたその一枚が、自分を救ったと言ってもいいだろう。 「つまり、あいつは俺の勝利の女神さまってわけだ」 まるで勲章であるかのように、ファルファレロは件のZIPPOを取り出し、慣れた手つきでいつの間にか咥えていた葉巻に火をつける。 ZIPPOの元の持ち主が、あの罠を仕掛けてきた裏切り者だと知れたのはその少し後だが、皮肉な結末が面白くもあった。 「へえ、あんたには可愛い女神様が付いているのかい」 ふっ…と眩しげに、ベルダが目を細め、そして、場に置かれたカード達を集めると、サイドテーブルに移し、別の新たな箱を手にする。 「さて、次のディーラーは私だね」 指先で箱をなぞり、カードを取り出す、その瞬間から、流れるような美しいモーションでもって他者の目を惹きつける。 いくつかの勝負が行われ、ひとつふたつと積み重ねられていく勝利と、ひとつふたつとエピソードは暴かれていく。 過去という、目に見えない無形のチップが積まれていく。 ベルダが見せた手には及ばないが、ファルファレロもまた、見事なロイヤルストレートフラッシュを引き当てた。 ただし、ここでの敗者はベルダだ。 ルルーに支払わせるべきチップを想像しながらファルファレロがベルダへと要求したのは、彼女の過去――ディーラーとなった経緯だった。 「秘密と言うほどの物じゃないが、それでいいのなら」 アレはまだ、自分が『少女』と呼べるほどに幼かった頃―― 父親に連れられていったカジノは、ホテルの地下を占めた煌びやかな場所だった。 さほど規模は大きくなかったが、スロットマシンやテーブルゲームが充実し、至る所に歓声混じりの音と光が洪水のようにあふれかえっていた。 そんな中、父が偶然足を止めたのが、『彼』がディーラーを務めるブラックジャックのテーブルだった。 その手さばきは、一瞬現実を見失うほどに美しいもので、ただひたすらに魅せられるまま息を止めて眺め続けた。 重力から解放されたかのように、カードがひとつの生き物のように舞い上がり、操られ、右へ左へとカタチを変えていく様がたまらなかったのだ。 父親は、別のテーブルについて、バカラを楽しみはじめていたが、ベルダは『彼』の前を離れることができなかった。 彼の顔も名前も覚えていない。 けれど、彼の白く繊細な手と、両の薬指にリングのごとく刻まれた羽モチーフのトライバルタトゥだけは鮮烈に記憶へ刻まれている。 たかがカード、されどカード。 『彼』の手は、楽しそうにカードに触れ、楽しそうに客達へもてなしをしていた。 できることならもう一度、できることなら彼と同じ場所に、自分も立ちたいと切に願っていた。 「ディーラーになると言ったら父親に勘当されてね。キッカケを作った張本人に、その自覚はなかったんだろうねぇ。無一文で放り出されたのも、今となってはいい想い出さ」 きっと、父親はすぐに家に帰ってくるものと考えたのだろう。 ようやく成人になったばかりの、世間知らずとも言える娘が、親の援助なしに生活していくなど到底できないとふんだのだ。 それもまた、ある種の賭けだったかもしれない。 父と自分との勝負であったのかもしれない。 「しかし、あなたは見事ディーラーになられた?」 「ああ。家を出たその足で、想い出のカジノにふらりと立ち寄ってね、試しにルーレットに賭けたら、まあ、一夜にして大富豪という結果を引き当てたのさ」 艶やかな唇をこの字に引き上げて、ベルダは笑う。 「あの出会いがなかったら、私はギャンブラーとしての生き方の扉を開くことはなかったかもしれないねぇ」 懐かしさを滲ませて、ベルダは語る。 「キッカケは男か」 「まあ、そういう言い方もできるかね」 ファルファレロの物言いにくすくすとおかしそうにしながら、ベルダは自身の話を締めくくる。 「さあ、勝負の続きをしようじゃないか。次はどんな物語が聞けるのか、楽しみだよ」 また新たな箱が開かれ。 新たにチップが積まれていく。 そうして、いくつかの勝負を経る中で、ふと、ベルダは奇妙な現象に気づく。 語っているのは、もっぱらファルファレロだ。 そして、勝っているのは、自分だ。 つまり。 ターゲットとして選ばれていたはずの、ルルーがそもそも勝負の場に出てきていない、ということだ。 勝ちもせず、かといって負けもせず、一定の場所に停滞し続ける。 勝つことも負けることもしないギャンブラーなどありうるのだろうか。 ベルダ自身は、実のところ、勝敗にあまりこだわりがない。 誘いに乗ってここへ来たのも、単純に面白そうだと思えた自分がいたからだ。 しかし、彼はどうなのだろう。 当然の疑問に、ついささやかな問いを投げかける。 「ルルー、あんた、何かしてるのかい?」 「いえ、勝利の女神が私に微笑まないだけの話ですよ」 それが本当かどうか、ベルダには分からない。 ただ分かるのは、ルルーが、こちらをもてなしてくれているらしい、ということだ。 真意を問うように視線を向ければ、黒いつぶらな瞳は、こちらの無言の問いと気付きへウィンクを返してくれた。 だから、ポーカーをしているのに、ギャンブルであるはずなのに、やりとりされているのは『自分たちの物語』であり『自分の過去と向き合う場』であるという、この不可思議な勝負を単純に楽しむことに決めた。 「stronzo……っ! ふざけんなっ、どうなってやがる!?」 ついに、ファルファレロがガタリと立ち上がり、椅子を蹴倒し、ついでにテーブルまでもひっくり返して、すべてをなかったことにすべく行動を起こした。 ただし、その攻撃対象は寸前でテーブルから隣のルルーに切り変わり、持ち出された拳銃がぴたりとクマの眉間を捉える。 「勝負の結果は変わりませんよ、ファルファレロさん」 しかし、それでも平然とクマのぬいぐるみは紅茶を口にしていることに、さらなる怒りがこみ上げてきたらしい。 「Cazzo!」 やけ酒が許されず、ウィスキーで風味づけられた紅茶をがぶ飲みすれば、その熱に舌を焼かれ、吐き出し、呻き、あふれかえった怒りのままに、今度は積み上げられたウィスキーボンボンを片端から自棄になって口に放り込んでいく。 そんなファルファレロを、どこか微笑ましげに眺めるベルダがいた。 「飽きさせないねぇ」 その時チップとして支払われた『秘密』は、不愉快さと不可解さと後悔とを存分に混ぜ合わせた複雑な表情で手短に語られる。 夜、いつの間にかベッドに潜り込んできていた娘の、妙に苦しげな魘される声で、目が覚めた。 額にじわりと汗を滲ませ、眉間にしわを寄せ、背を丸くして、胎児のようになりながら、悪夢に苛まれる姿が、薄ぼんやりとした闇の中に浮かび上がる。 だから、キスをした。 かつて彼女の母親が自分を癒やしてくれた時と同じように、その額に唇を寄せてしまったという―― そんなエピソードだ。 「ステキな話じゃないか」 「冗談じゃねぇ。隣で寝るならイイ女に限る。そうだ、俺が勝ったら、一晩つきあえよ。年増だって、俺は別に気にしねぇぜ?」 敗者として口にした『娘との物語』を振り払うかのようにベルダへ誘いを掛けるが、 「美味い酒に付き合ってくれるってんなら、乗らない手はないね」 わざと意味を外して躱される。 だが、不思議と悪い気はしない。 最後の最後に誰が勝者となるのか、その行方はいまだ確定されていないのだ。 勝者へ支払われるチップに付加価値をつけたとして、なんの問題があるだろう、とも思う。 そして―― 「ついに来たぜ!」 ファルファレロの歓声が、ルルーに向けて放たれた。 彼は二度目のロイヤルストレートフラッシュを引き当て、なおかつ、ようやくゲームの敗者としてルルーに照準を合わせることができたのだ。 ソレが運否天賦によるものかと問われれば、答えは否だ。 だが、この勝負が付くまでにイカサマを告発した者がいない以上、ファルファレロは勝者として当然の権利を主張する。 「聞きてぇことは、ただひとつ」 立てた人差し指でルルーの額を捉え、 「てめぇはなんで《クマのふり》なんかしてんだ? 面が割れたら困る事情でもあんのかよ」 黒くつぶらな瞳を真っ直ぐに覗き込む。 「俺の見立てによると、だ。相当あくどいことして、指名手配されてたりとかだな。素顔で歩いてちゃ具合が悪いってこった。後ろから刺されるか、撃たれるか、あるいは」 どうなんだ、と、嬉々として問い詰めていくファルファレロに、ルルーは微かに目を細め、 「ご名答、と返すべきかも知れませんね。……元の世界で、私は確かに指名手配を受けていました」 鋭い爪で口元をなぞりながら、ここに来てはじめて、自らのことを語りはじめた。 舞台は、超高層ビル群が無数の光を放つ、眠らない夜の街。 賭けの代償にヒトがヒトを殺すことが当然のごとくまかり通った世界。 闇に堕ちたそんな場所から、さらなる刺激を求め、地下から地上、裏社会から表社会へと、殺人鬼と称されたギャンブラー達は勢力を広げていった。 そのひとりが、ルルーだ。 腕を、足を、内蔵を、眼を、耳を、ありとあらゆる箇所を賭けの対象にし、屍を築き上げていった無敗のギャンブラー。 死神の名を冠し、それゆえに数多の復讐者と追跡者から身を隠すべく『仮の姿』で居続ける道を選んだとき、ルルーはロストナンバーになった。 「……なるほどな」 誰も知ることのなかった秘密をギャンブルによって得た愉悦にニヤニヤと笑いを浮かべるファルファレロ。 そんな彼に、ルルーは小さく首を傾げた。 「……という『物語』を背景にもっている可能性もゼロではないですよね。憧れます」 「あ?」 「お忘れですか? 私はロストメモリー。自分の過去すべての記憶を捧げ、0世界に帰属したものですよ。少なくとも、私が私自身の過去に関して、出身世界を含め、語ることができるものはなにひとつとしてありません」 「ああ……!?」 「は、はは! なるほど、これはやられたね!」 ベルダが耐えきれないとばかり大笑いする。 「まさか、チップそのものにイカサマを仕込んでくるとはね」 「ああ……いえ、それは少々違いますよ、ベルダさん」 ルルーは、ひとつだけ訂正する。 「過去にまつわる以外の質問にでしたら、お答えできましたよ? たとえばそう、世界司書になってからの事柄でしたら」 「ターミナル湾の毛玉になりてぇのか、このクマ野郎……!」 がたんと、またしても盛大に椅子が蹴倒され、今度はテーブルの代わりにルルー自身を掴みあげて、ファルファレロは拳銃を突きつけながら罵声を浴びせ続けた。 この直後、仲裁に入ったベルダの提案により、ポーカーのチップに大幅なルールの変更が加えられ、勝負がより複雑化することになったのだが、それはまた別のお話。 END
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