クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号1195-19014 オファー日2012-08-20(月) 14:45

オファーPC ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)コンダクター 男 27歳 マフィア
ゲストPC1 ベルダ(cuap3248) コンダクター 女 43歳 カジノディーラー

<ノベル>

 仕事だと短い命令に従ってファルファレロ・ロッソが足を向けたのは、ボスが経営するカジノの一つだった。
 彼の立場であればまだ幾らか敷居の高い上品ぶったカジノは、お高く留まっていて鼻持ちならない印象だ。場末のカジノと違って因縁をつけてがなる濁声や見るからに酔っ払いといった存在はないが、期待と下心に満ちて集う人間の熱気に貴賎の別などない。雰囲気こそ違えどそこに篭る空気に大差はないなら、本性を剥き出しにぎらついた場末のほうがよほど正しい姿ではなかろうか。
 案内されるままカジノ内を横切っていたファルファレロは、ここで待てと指示された位置で足を止めると冷めた表情で面倒そうに視線を揺らした。
 喧騒と呼ぶには華のあるざわめきは耳を刺すほどではないが、転寝が許されるほどの静寂からは程遠い。時折湧き上がる興奮と熱気は、けれどすぐにひやりとした衝撃と冷静によってかき消される。人々の織り成す歓喜と絶望が、きっとこの部屋の適温を保っているのだろう。
 口許を歪めるようにして皮肉に笑う間も、餌に集るかのような魚の群れは自分の手札やルーレットの行方に一喜一憂している。この一瞬で破滅に追い込まれている者がどれだけ存在するか、遠く窺う表情からは読み取れない。
 そうして熱中している魚群の合間を、黒い影がゆったりした仕種で泳いでいく。興奮した客の喉を潤す酒や軽食を持って歩き回る黒服は、ひとたび騒ぎが起きれば鮫のように獰猛に原因を食い殺す。ファルファレロとしてもその内の一つだが、表面上の穏やかを保つ今は立ち尽くすしか術はない。
 ただ待っているだけの時間を持て余し、ゆっくりと視線を上げて目に入る光に眼鏡の奥で目を細めた。
 誰が吐いた憂いとも知れない紫煙が薄っすらとたゆたい、その上から注ぐ無駄に煌びやかな光を捻じ曲げている。あの薄ぼんやりと揺らめく高みが水面だとすれば、彼が立つそこは確かに海の底だろう。
 破滅と背を合わせた享楽の海、ざわめきを生み出す魚は何れどれも鮫の餌には違いない──。
 何となく息苦しいような気がして既に緩めている襟に手をやると、お出ましだ、と隣の男が小さく呟いた。
 声を辿るように目を上げると軽く顎先で示されたのは、ボスがわざわざ招いた凄腕のディーラー。がっかりなことに大分年を食っていたが、期待以上には美人だ。ボスの客人だからと下世話な口笛は控えられたが、町で見かけたなら幾つもの賞賛は贈られるだろう。
 ベルダと呼ばれた彼女は、どこか面白そうに視線だけでカジノの様子を窺っている。その彼女こそを面白がって眺めていたファルファレロは、挨拶に向かっていた男が紹介したのだろう、ベルダの意識がこちらに向いたのに気づいて近寄っていく。
「あなたがカジノにおられる間は、……ファルファレロ」
 呼ばれて足を止めると、検分するような視線を改めないまま一礼の代わりに軽く顎を引いた。ちらりと視線を寄越した男は鼻で笑ったが諌めもせず、これをつけますとベルダに説明を続ける。
「生意気なガキですが腕は立つ、何かあれば全てこれに申し付けてください」
「驚いた……、あんたみたいな子供がボディガード?」
 明らかにからかって語尾を上げられ、あぁ!? と思わず声を荒げたところをすかさず男に頭を殴られた。何しやがると彼が噛みつく前に、失礼を、と男が頭を下げた。
「ご覧の通りのガキでしてね」
 申し訳なさそうな男に気にしてないと軽く手を揺らした彼女は、ファルファレロを見てベルダだ、よろしくとにこりと笑ってから男へと視線を戻した。
「今日は店の雰囲気を掴みたいんだ、ボスに挨拶はまた今度で構わないかい?」
 どうせ今はお忙しそうだしねぇ、と棘を含めて笑ったベルダに、男は目を伏せるようにして口の端を曲げた。
「では、ボスの都合がついた時に。私はこれで失礼します。ファルファレロ、下手を撃つなよ」
「はっ、誰に向かって言ってやがる」
 てめえと一緒にすんなと悪態で返すが男は相手にせず、ベルダにだけ小さく頭を下げて魚群の監視に戻っていく。くそったれと顔を顰めて吐き捨てると、そこの坊やとあくまでもからかった口調でベルダに呼ばれた。
「誰が坊やだ、自分が年食ってるからって人をガキ扱いしてんじゃねぇ」
「生憎と、私のほうが年食ってんのは事実だろう。そもそも、客の案内もせず悪態ついて仕事放棄するようなお子様を坊やって呼ぶんだよ」
 笑うように指摘され、ファルファレロは盛大に顔を顰めて音高く舌打ちした。
「俺の仕事はてめえの護衛だ、案内なんざ知ったことか」
「ふぅん。なら私が勝手にうろつき回って不都合なところに入り込んでも、それは坊やの責任ってことだね?」
 ボスに殺されそうになっても助けてくれるんだろうねぇと目を眇めるようにして問われ、てめえにそんだけの価値があるならな、と不敵に返した。一瞬目を瞠ったベルダはすぐにははっと声にして笑い、不遜だねぇと面白がるように言う。
「自分が仕えるボスだろうに、逆らうってのかい」
「はっ、年寄りがどれだけ喚こうが先に死ぬのはあっちだ。それが少し先になるか今日になるか、どれほどの差があるってんだ」
 今ボスの下についているのは、単に食うに困っているところを拾われたからだ。伸し上がるにもまだ自分に力が足りないのは知っている、爪を研ぎ終わるまでは大人しくしている、その程度の認識しかない。無理やり頭を押さえつけられてまで従う理由はない、矜持を曲げるくらいならば群れを飛び出すまでだ。
 鼻先で笑うように答えるファルファレロに、ベルダは面白そうに口の端を持ち上げた。
「名前は?」
「てめえが先に、」
 名乗れと言いかけ、既に聞いた後なのを思い出して小さく舌打ちした。
「ファルファレロ・ロッソ」
「そう。気に入ったよ、カードはするかい?」
 今日はまだ店に立つ気はなかったけれど、と話しながらポーカー台にいる男性ディーラーに代わってくれるかいと声をかけたベルダはカードを受け取った。むっとしたように場を譲った男性が思わず感嘆するほど鮮やかな手つきでカードを捌いたベルダは、色気と愛敬に満ちて軽くウィンクした。
「一つ、私が教えてあげようじゃない。カードの女神が、どんな風に微笑むか」



「くそっ、また負けか! 絶対イカサマしてやがんたろう」
 ぎろりと睨むようにファルファレロが視線を向ける先は、向かい合って座るベルダだ。カジノが開く前の僅かな時間、他の従業員も来ないような狭い部屋でファルファレロはベルダとカードに興じていた。
 ──否、興じると言うほど穏やかではないだろうか。ベルダによる一方的な搾取、若しくは教授されていると言うべきか。
 ベルダはくつくつと楽しそうに笑い、するはずないよと目を細める。
「ファルファレロを相手にイカサマをしなくちゃ勝てないなんて、そこまで耄碌した覚えはないね」
「はっ、耄碌なんて会った時からしてんじゃねぇのか」
「じゃあその耄碌した相手にも勝てやしないお子様は、なんて言うんだろうね?」
 揶揄するように語尾を上げられて返答に窮し、顔を顰めたファルファレロはふんと鼻を鳴らして乱暴にカードを集めた。会ったばかりの頃は覚束ない手つきでしょっちゅうベルダに笑われていたが、最近はそこらのディーラーにも負けない鮮やかを備えてカードを捌く。軽口を叩き合いながらも繰り返された指南は、確実にファルファレロに染み込んでいるらしい。
「教え甲斐のある生徒と言うより、私の教え方が上手いんだろうね」
「しみじみ自画自賛してんじゃねぇ。俺の覚えがいいに決まってんだろ」
「おやぁ、私に教わることなんて何もなかったんじゃなかった?」
「教わってねぇ、盗んでるだけだ」
「ふぅん、盗みたくなるほどにはいい腕だって認めてくれるわけだね」
「……その減らず口、何とかなんねぇのか」
「ははん。口説き落としたくなるほどいい男を前になら、私も恥らう乙女が如く口も噤んでしおらしくして見せるよ」
「乙女って年か」
 図々しいと呆れて突っ込むファルファレロに、ベルダは確かにねと同意して軽やかに笑う。そうして微笑の波を収めきれないまま配られたカードを手にし、笑みを深めた。ファルファレロは自分の手札を確認しながら肘を突き、カードを眺める素振りでベルダを観察する。少女めいたとは到底表現できない、妖艶で香り立つような微笑を含ませてベルダが口を開く。
「そんなに熱心に見つめられたら、気が削がれる」
「いい女は見られてナンボだろ」
「へえ。下手な口説きでも光栄だね」
 言いながら手札から二枚抜き、山からカードを取る。ほっそりした指の動きを追いながら、ファルファレロは一枚だけ交換した。ちらりとそのカードを見て内心口笛を吹いた時、ベルダが急に立ち上がった。
「あ? 何だ、急に」
「何って、仕事の時間さ。この勝負はお預けだね」
「はぁん? さてはノーペア、」
 ようやく勝てるかとベルダが伏せていたカードを返すと、彼女の手はストレート。彼の役はフルハウス、勿論負けだ。くそ! とカードを叩きつけるように吐き捨てると、既に部屋のドアに手をかけているベルダが楽しそうに笑った。
「私に勝ちたいなら、そうだね、指に羽でも生やしておいで」
 仕事だよと笑うように告げて部屋を出るベルダの声に急かされて立ち上がったファルファレロは、馬鹿にしやがってと悪態をつきながらもその声はどこか楽しそうな色を帯びていた。



 今日も稼いだー、とディーラーにはそぐわない単語を呟きながら先ほどファルファレロと対戦していた狭い小部屋に戻ったベルダは、髪を解いてかき乱しながら仕事前に自分が揃えたストレートの役の前に腰かけた。懐かしそうに目を細めてカードの縁をゆっくりと辿ったベルダに、ファルファレロは何となくカードに視線を落とす。
 白い指がまるで男を恋うように動く様を眺め、先ほどかけられた言葉が蘇る。
(指に羽、)
 何か引っかかると思いながらも思い出せずにさっきと同じように向かいに座ったファルファレロは、ベルダの触れるカードを避けて一つに纏めた。気づいたベルダが一枚ずつ差し込んでくるのを待って再びシャッフルしていると、懲りないねぇとベルダがからかうように語尾を上げた。
「何回負けたら気がすむんだか」
「うるせぇ、勝つまでやる」
「一生付き纏われるなら、もう少し好みな男がよかったけど」
 肩を竦めるベルダにどういう意味だと噛みつきながらもう何度目とも知れない勝負を吹っかけてカードを配り、しなやかにカードを取り上げる彼女の仕種を眺めてふと記憶の隅に引っかかっていたそれを掬い上げた。
「ああ、そうか」
「うん?」
 今度は精神攻撃なのと笑いつつ自分の手札から目を離さないベルダに、ファルファレロもカードを確認しながら違うと話を続ける。
「この前行った場末のカジノで、てめえに負けず劣らずの腕利きなら見たぜ」
「そこでも負けたって自慢話なら遠慮しとくよ」
「何の自慢だっ。勝ったに決まってんだろ!」
 ここ最近の羽振りの良さを知らねぇのかと目を眇めて睨んだ先で、ベルダはけらけらと笑う。
「そういえば、ここしばらくの私の食事は豪華だったね」
 負けたファルファレロが奢らされた何食かを思い出して不機嫌に顔を顰めていると、カードを四枚チェンジしながら何だって急にそんな話を? とベルダがあまり興味を持った様子もなく尋ねてきた。自分の手札も含めて腹立たしいから無視してやろうかと思ったが、二枚を場に捨てながら何気なく答える。
「てめえがさっき言った、指に羽で思い出したんだ。そのディーラー、両手の指に羽のタトゥーをいれてやがった」
 何のリングだかと思い出したそれに鼻先で笑いながらカードを取ると、がたんと音を立ててベルダが立ち上がっていた。また同じことをと顔を顰めかけたファルファレロは、彼女の手からカードが落ちているのに気づいて眉根を寄せた。
「どこ?」
「は?」
「その人がいる店、どこだったか思い出して、今。今すぐ」
 熱に浮かされたように微かに頬を紅潮させて身を乗り出させてくるベルダの気迫に負けて、ファルファレロは再び記憶を辿る。もどかしそうに足を揺らして待つベルダにようやく思い出した店名を告げるとすぐさま向かう後を追い、何事だと軽く声を荒げる。ちょっと、別に何も、と珍しく歯切れの悪い答えを返すベルダに不審を覚えている間にも、さほど遠くないその店に辿り着いていた。
 彼らのいたカジノも店仕舞いをしたような時間だ、その店の開いているはずもなかったがまだ中に人の気配はする。一瞬だけ躊躇して、ファルファレロが声をかける前に意を決したらしいベルダは勢いよくドアを開けた。驚いたような顔をして見てくるのはファルファレロには慣れた店主で、ディーラーはと切迫した様子でベルダが尋ねている。
「いや、今日はもう営業時間は、」
「分かってる、ディーラーの居場所だけ教えてほしいの。両手に羽のタトゥーをしたディーラー、いるんでしょう?」
「あー、彼なら昨日辞めたよ」
 残念だけどと肩を竦めた店主に、辞めただととファルファレロも語尾を上げる。店主は見知った顔を見つけて少し息を吐き、気軽に頷く。
「すごい腕利きだったんで、うちも引き止めたんだがね。金が尽きたから一時稼ぎたかっただけらしくて、さっさと辞めちまった」
「行き先は、」
「聞いたところで、戻ってくれるわけでもなしねぇ」
 必要も感じなかったとさらりと返した店主に、そう、とベルダは呟くように頷いて顔を上げた。
「残念、一足違いだったみたいだね」
 騒がせて悪かったねと軽く手を上げたベルダはそれ以上追求するでもなく、さっぱりした顔で今来たばかりの道を辿り直してカジノへと戻っていく。振り回されただけで何の収穫もなかったファルファレロは、何がやりたかったんだと怒鳴るように尋ねかけて見つけたベルダの横差しに何となく言葉を呑んだ。
「悪かったね、急に飛び出して」
「……まったくだ」
 それ以上の言葉を探せないままも吐き捨てるように答えると、ベルダの肩が小さく揺れた。辿り着いたカジノの扉を押し開け、すっかり明かりの落ちた暗い場所へと戻っていく背中を何となく追いかける。
 紫煙の名残も水面に近い煌きもなく、静かに鬱蒼と黒いそこは下へ下へと沈み込んだ深海にも似て。彼女の薄い金髪もどこかくすみ、もう二歩ほど離れれば目視もできないのではないかと思うほどに暗い。
 息がしづらい、と自分の襟元を探り、暗い水底で黙っているベルダに話すことで酸素を求める。
「羽のタトゥー」
 思ったより小さな声はけれど静かすぎるそこではベルダに届き、どこか暗い紫が向けられる。
「てめえの何なんだ」
 息を吐き、吸う、そのついでのような問いかけにベルダは微かに口許に甘い色を刷いた。
「ひみつ」
 どこか大事そうな答えは彼の気分に副うそれではなかったけれど、ふと逸れた紫に一抹の翳りを見つけて続けられるだけの言葉はない。

 魚の群れも、鮫も、何もかも消えた暗い箱庭の海の底。吐いた息はひとつ、泡になる前にぱちんと弾けた気がした。

クリエイターコメントビターテイストな映画。というハードルに蹴躓いて見事に転んでいる気はしますが、思い返す出会いの風景、楽しく綴らせて頂きました。

どこまでやっていいものかと悩みつつ、軽口の応酬が楽しかったです。
もう少しスラング入れたほうがいいのか、イタリア語調べに行こうかとか、一応思い至りはしたのですが。自分の中でいちいち引っかかって調べに行くより、思いつくまま勢いで書くほうが軽快さは出せるのではないかと思い、こうなりました。
あまりお心から外れた結果になっていませんように……っ。

今のお二人様のご様子も書こうと思えば書けそうでしたが、できれば海の底にある静かな空気のままお返ししたく。溢さないように、そうっとお納めします。
オファー、ありがとうございました。
公開日時2012-08-27(月) 21:30

 

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