オープニング

 何度も飢餓に襲われ何度も死んだが、黄龍にとってそれは些細なことだった。
 『死んでも蘇るもの』として生まれてから幾千の時を越えてきた彼にとって、死とは一瞬の眠りでしかなく、それによってもたらされる負の要素は気に留める程ではない。
 それ故に何もかも退屈に感じ、無茶苦茶な戦闘を好むようになっていった。自分に本当の死という終着点はないが、戦う相手にはそれがある。相手の命がなくなればゲームセット、自分の勝ちだ。黄龍はいつからだったかそれを生き甲斐に感じるようになった。
 黄龍に初めて死の危機が訪れたのは、今から五年前のこと。
 覚醒したのち別世界に飛ばされ、本人はその時知る事はできなかったが消滅の危険に晒された。それから世界樹に出会い危険は回避したが、またもや同じものに今直面している。

 樹海に逃げ込んだ旅団員はどれくらい居たのだろうか。
 黄龍は食べ物や水を確保出来なくとも死んでリセットされることで日々を過ごすことが可能だ。もちろん腹が空けば不快だが。
 残党を探す目を潜り抜け、自然と黄龍は樹海の奥へと入り身を潜めるようになった。
 ターミナルでひとり大暴れするのもよかったが、黄龍は死ぬより怖い事を知っている。多様な人物の居る場所だ、きっとその恐怖を与える手段を持っている者が居る。いくら大立ち回りをしようがその先に待っているのが碌でもないものなのはわかりきっていた。
 強行突破してロストレイルを奪う。これもひとりでは少々難がある。
 未回収のナレンシフがないか探す。可能性を考えると非現実的だ。
 協力出来る仲間を探す。自分の顔は図書館側に割れているため派手に動けず効率的に探せない。

(っち……)
 心の中で舌打ちし、黄龍は地面に開いた洞穴へと入る。
 この穴はどうやらワームが掘ったものらしいが、肝心のワームはどこかで退治されたのか宿主なしの状態だった。そこを拝借したのだ。
「あの野郎はどうせ捕まってんだろぉなぁ」
 旅団員として行動している時、何かと組まされることが多かった人物が居る。
 ノアという男だ。彼は他者の特殊能力、不思議な力などを弱めるジャミングを使うことができた。大戦時もその力は活躍したが、途中ではぐれてからどうなったのかわからないままだ。
 それともう一人、エダムという男。彼はまだ新入りに分類される立ち位置だったが、強力な幻覚能力を持っていた。二人の内どちらかと合流できていれば今のこの状況も変わっていただろう。
(このまま何年も過ごすことくらい簡単な事だが……)
 これから続く退屈な日々を思い浮かべる。糞食らえだ。
 それに黄龍は知らない。世界樹との契約が切れたことにより、再度消失の危機に見舞われていることを。
 消失を死と捉えるなら、もしかしたら消失した瞬間に再度そこに現れるかもしれないが、存在の消失など黄龍はこれまで経験したことがないため実際のところどうなるかはわからなかった。

 さて、これからどうしようか。
 どうやって暇を潰そうか。



「儂が呼ばれるという事はまさか、とは思ってはおりましたが……」
「そうやって予想してくれていた方が助かる。今回任務に当たるのはお前ではないが、情報源になってほしくてな」
 ツギメ・シュタインによる突然の呼び出しで司書室へとやってきたエダム・ブランクは資料に目を通しながら小さく息を吐く。
「さすがは死なないお方だ、儂などあのまま放置されていたら今頃この世に居なかったでしょうに」
「樹海はああ見えて過酷な環境だからな。今回はこの世界樹旅団の残党、黄龍を……」
「……討伐するので?」
「説得する」
 エダムは思わずツギメの顔を見た。
 過去、ツギメは友人と共に黄龍に殺されかけている。黄龍の危険性はその身を以って知っているはずだ。
「あの時奴には最適な環境と条件が揃っていた。だからこそ好き勝手できていたのだろうが、今は違っている。そこに説得の可能性を感じてな」
「予言は?」
「あるにはあったが、まあ説得のやり方次第……という感じか。それもチャンスは1回、向かうのは2人のみだ」
 ははあ、とエダムは声を漏らした。
「貴女も奇特なお方だ」
「私が殺されかけた時、お前も片棒を担いでいたのを忘れたか? 慣れというものだ、私は物事を引き摺るのが上手くない」
 それを言われてしまうと二の句が継げない。
「さて、任務に当たる2人だが片方は既に決まっている。入ってくれ」
 ツギメがドアに向かってそう言うと、部族的な印象を受ける服装の男が入ってきた。至極冷静な表情の大柄な男。元旅団員のノアだった。
「貴方もここに居たので……?」
 予想外の再会にエダムは思わずそう言う。
「戦が終わった時、そのまま投降した。旅団にはもう未来はないと思ってな」
 ノアは理想や思想を優先せず、ひたすら冷静に現状を理解し行動する男だった。
 あの時旅団の負けを悟り、早々に図書館側についたという訳だ。
「エダム、お前の観察期間があったのとノア本人からの希望がなかったため言うのが遅れた。すまないな」
「いえ、まあ、それはいいのですが。彼も同行するのですか」
「ああ。神経を逆撫でしないために直接接触はさせないが、な」
 ノアはいざという時の保険なのだという。
 ジャミング能力は黄龍の力を無効化する事はできないが、本来なら一瞬で完了する復活を遅らせる事はできる。もし説得に失敗したら、その間に2人で撤退してほしいのだとツギメは説明した。
「説得に必要なものがあれば言ってくれ、可能な限り揃えよう。ただし向こうが求めてきても許可できない事柄や用意できないものもある。それらには誤魔化しか代用品が必要になるだろう。……上手くいくよう祈っている」

品目シナリオ 管理番号3150
クリエイター真冬たい(wmfm2216)
クリエイターコメントあけましておめでとうございます、真冬たいです。
今回は本人は生きているのに存在感が死んでいた黄龍に関するお仕事です。うちで扱う旅団員に関するあれこれはこれがラストになると思います。
黄龍は過去のノベル「幻の居る場所けや「【進撃のナラゴニア】黒き獣の足音」に出てきます。

●目的
黄龍の説得(図書館側への勧誘)

●説得に関して
やり方はお任せしますが、
最終的に必要なのは本人が納得した上での同意です

●黄龍に関して
おうりゅう、と読みます
長い黒髪を後ろで引っ詰めた男性
両方の白目部分に竜の手の刺青が入っています
好戦的ですが打算で動くタイプ
死んでもすぐに蘇ります

●ノアに関して
現場となる洞穴に到着後、近くに身を潜めます
気配は殺すため余程の事がなければ黄龍には見つかりません
撤退が必要と感じたらノートで彼に連絡してください
(もししなくても戦闘が開始された事が確認され次第動きます)

現場へ移動するまでの間、少しなら会話が可能です

参加者
ルン(cxrf9613)ツーリスト 女 20歳 バーバリアンの狩人

ノベル

 出発前、ルンがツギメに求めたのは食料と飲み物だった。
「黄龍の好きな食べ物飲み物、毒なし。この位欲しい。半分ルン食べる。毒見」
「ふむ、甘露丸に伝達しておこう。……しかし好きなもの、か」
 黄龍に関するいくつかのデータは手元にあるが、食べ物飲み物の好みまでは把握していない。答えを求めるようにエダムを見る。
「儂もそこまでプライベートな話に興じたことはないもので。ああ、しかし出身がインヤンガイのような中華街だと聞いたことがありますな」
「では中華料理やそれに近いものを作ってもらおう。ルン、それでもいいか?」
「うん。きっとお腹空かせてる。空腹よくない」
 美味しいものを食べれば考えも変わるかもしれない。
 ルンは作ってもらった料理を弁当箱や大きなタッパーに詰め、意気揚々と樹海へと向かっていった。

 道中、移動しながらノアの方を見る。
「ノア。ルンが殺されても、助けなくていいぞ?」
「なぜだ?」
「見て報告、それだけ。お前の力、特殊。使えば、黄龍分かる。お前たち、友だちじゃなくなる。それいくない」
 ノアは重々しく首を振った。
「純粋な娘よ。その考えには概ね同意するが、その先のことも考えておかねばならない」
「その先のこと……?」
「お前が殺されれば図書館側は黄龍討伐の選択肢しか選べなくなる」
「……それもいくない」
 素直に頷くルンにノアも頷き返す。
「我々がやろうとしている事の裏にはそういうものがある。結果ひとつで奴の運命が変わる。説得とは情報戦だ、感情論のみではどうにもならない。……それを任せている。死なないよう頑張ってくれ」
 ルンは前を見据えてじっと考えた。
 例えば相手に大きな地雷となる話題があったとする。初対面のルンにはそれがわからないが、わからないという事が既に前提となっている戦いなのだ。勝つ――より良い結果を出すためには、相手をよく観察し足りない情報を補う事が大切になってくる。
 狩りのための観察は得意だが、説得のための観察はあまり経験がない。
 自らが受けた依頼の方向性と重大さを理解し、眉根に力を込めた。



 程なくして洞穴が見えてきた。
 ノアを木の上に待たせ、大跳躍して降り立つ。
「黄龍黄龍♪ 迎えに来たぞ、一緒に帰ろ?」
 洞穴の奥で何かが動く気配。何なのか判断する前に黒い影が飛び出し、ルンを斬りつけようと煌く刃が舞った。
 一撃死だけは回避を。そう頭に教え込ませていたルンは飛び退き避ける。
「誰だお前。図書館の奴らか」
「ルンはルンだ」
 追撃をかわしながら答えを返す。
 黄龍は一撃一撃は大振りながら、確実に致命傷となりえる場所を狙っていた。深く踏み込んだ一閃にルンの首の皮にうっすらと線が入り、血が鎖骨まで伝う。
 ルンは背負ってきた巨大な荷物をどすんと置く。
「止まれ! ルンは黄龍、攻撃しない。話をしにきた」
「話だぁ?」
「そう、大切な話。座れ、美味しいもの持ってきたぞ」
 用意してきた料理をその場に広げていく。出発直前にツギメに持たされたビニールシートも役に立った。汁物は温度の冷めない加工のされた水筒に入れてある。それを器に移し、ずい、っと黄龍に差し出した。
「……何のつもりだ。ここで仲良くピクニックしようってか?」
「お腹減る、良い考えない。ノアとエダムから、お前の好きそうなもの聞いてきた。ルン半分食べる、毒見毒見♪ お前も食べろ」
 がつがつと美味そうに食べてみせるルンに刀を向けたまま黄龍は料理を観察する。
 この女は単純さを装っているのか、それとも本気で言っているのか。
 黄龍はこれまで話し合いの場でこんな対応をされたことがなかった。説得なり交渉なり、そういう場ではまず取引材料となるものを提示するはず――と思っていたのだが。
「どうした、早く食え。冷めるぞ」
「っお前なぁ。毒見っつってもいくらでも毒を飲ませる方法くれぇあるんだ、何の保障になるってんだ?」
 それでも刀を下ろし、一歩だけ近づいて腰を下ろす。
 黄龍はなんとなく察した。これは野生動物に対する「説得」だ。
「食べ物で警戒心を和らげる……俺が本当の遭難者なら効いたかもしれねぇが、あいにく餓死にゃ慣れてるんでな。だが意図はわかった、何を話したい」
 肉まんを口に放り込み、飲み下してからルンは身を乗り出すようにして言う。
「世界樹の加護、なくなった。そのうちお前が消える、予言出た。だからエダムとノア、心配した」
「あいつらが心配ねぇ……。ノアは戦力として俺が欲しいだけだと思うがな」
「でも、どうでもいいって思われてない。良い事じゃないのか?」
 ルンは金色の目でじいっと黄龍の目を見る。
 白目に刺青の入った恐ろしい目だ。しかしルンは恐れない。
「世界樹旅団の仲間、みんな図書館入ってパス受けた。みんなもう、消えない」
「……俺ァまだ消失でそのまま消えるとは限らねぇんだ。今一番クソだと思ってンのは退屈だよ、ここは何もねぇ。退屈で退屈で退屈で斬りつけられるものといやぁ木の幹くらいだ」
 黄龍はオールバックが乱れるのも構わずにがしがしと頭を掻く。

「なぁお前、図書館につきゃ好きなだけ人を斬れるのか」

 本題はこれだった。
 黄龍が一番求めているもの。旅団に身を置く事をよしとした理由。
 ルンはしばし考える。ノアも考える事が大切だと言っていた。
 黄龍が行いたい無差別な殺戮はどう考えてもNGだろう。では敵相手ならばどうか。普段の依頼に加え、異世界の戦争に参加した者も居ると聞いている。
 限定付きの殺人。黄龍のような心の性質を持つロストナンバーで、それに甘んじている者も少なくはない。
 ルンはそれらを隠さずに伝えた。隠したところでこちら側に来れば嫌でもわかってしまう事柄だ。
「譲歩、無理か?」
 そう最後に訊くと、黄龍は苦々しい顔になった。
 恐らく譲歩しても自分の欲求に見合うものかどうか考えているのだろう。
「ルン、エダムの友だち。ノアは、友だちの友だち。だから黄龍、友だちの友だちの友だち……あれ? 友だちの友だち?」
 ハテナマークをいくつも浮かべ、首をぶんぶんと振ってそれらを散らす。
「友だちの友だち、見捨てる訳にはいかない」
 真剣な顔で言う。
 黄龍も目を逸らさなかった。
「エダムもノアも、お前ほど頑張らなかった! お前は今まで頑張った! 2人が来たら、お前まず殴った、違うか?」
「そりゃぁ遠慮はしねぇだろうな」
「お前が殴ったらエダム死ぬ、ノアも壊れる、いくない! だからルン来た」
「そういうお前は壊れない、ってぇことか?」
 黄龍はルンの首元を見る。この華奢な首を跳ね飛ばしても楯突いてくるというのだろうか。
 ならば愉快な話だ。殺して殺して殺して殺してその度に蘇ってくるなら何度でも暇を潰せる。黄龍の望む楽しい戦いではないが。
 しかしルンは頷かなかった。
「黄龍はなんで人、殺したい?」
「誰でも自分に出来ねぇ事に価値を見出す事があるだろ、それに近ぇ。俺は死ねないから命を賭けた戦いに価値も緊張感もねぇが、相手がそうでないなら別だ。他人の命を景品にゲームができる」
「死なないなら死なない事、活かした仕事がある! 仕事は暇つぶしにもなる。違うか?」
「俺にゃもうよくわからねぇんだよ」
 人を傷つけ殺す楽しさに酔い、それ以外は長い時間の中で次から次へと零れていった。
 仕事の達成感も楽しさも長い間酔っていたそれに比べると霞んでしまう。
(だが、今置かれている状況を鑑みると……)
 譲歩、という言葉が脳裏を過ぎる。
 ルンは荷物から杯を取り出すと、無造作に酒瓶を握って注ぎ始めた。
「ルン、酒飲めない……毒見……飲むけど逃げるな、黄龍」
 黄龍の肩を掴み、彼が何か言う前に一気に飲み干す。
 ルンの顔が真っ赤になり、視線が定まらなくなるまであっという間だった。
 アルコールの匂いを纏ったまま体を前後させ、ついには仰向けに倒れる。黄龍を握っていた手にも力が入っておらず、その途中でするりと離してしまった。
「お前ぇは死にたがりと似てるな」
 呆れ顔で黄龍はルンを見下ろす。
 殺してくださいと言わんばかりの顔だ。
 ふんと鼻を鳴らし考えていると、ルンの口がもごもごと動いた。
「生きる限り。望むは自由……ぶつかれば戦う。それも自由。お前の望みが、ここで消えるでないなら。……一緒に帰ろう、黄龍」
「帰る場所なんてねぇよ」
 あるのは寝床や補給の場だけ。本当の意味で帰る場所などない。
「…………」
 しかし、ほんの少し考える。
 死なない可能性にかけてみようと考えていた。
 だが帰る場所が出来る可能性にかけるのも、似たようなものだろうか。
「正直、ンな場面は想像すら出来やしねぇが……」
 暇なのだ。
 暇で仕方ないのだ。
 ならば。
「わかった、行ってやる。そっちも暇だってわかったら、まず世界司書を殺しに行くぜぇ」
 黄龍は肉まんをひとつ拾い上げると、それを噛み千切った。
「精々俺を仲間に引き込んだ事を後悔しねぇことだな」
 ルンはむにゃりと唇を動かす。
 その顔には笑みが浮かんでいた。

クリエイターコメントこんにちは、真冬たいです。
今回はご参加ありがとうございました!お待たせしてすみません!

なんだか黄龍が色々言っていますが、成功です。お疲れさまでした……!
恐らく連れ帰った後はエダムと同じくしばらく不自由な生活になると思いますが、いつかは溶け込む事が出来るかと思います。

様々な気遣いありがとうございました。
それではこれからも良い旅を!
公開日時2014-02-23(日) 12:30

 

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