クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-24379 オファー日2013-06-21(金) 02:22

オファーPC 業塵(ctna3382)ツーリスト 男 38歳 物の怪

<ノベル>

 0世界の外れ、旧雨声藩藩邸と名付く武家屋敷が密やかに佇んでいる。
 訪なう者は皆無に等しい、粛然たる空気に包まれた場だ。深とした水の底に眠るような居の最奥では特別な”酒”を醸造してもいるようだが、真偽を知る術はない。
 いずれにせよ、このチェンバーを訪なう機を持つのはこの邸に所縁を有する者ばかり。内、主だった来訪を見せるのは蟲の化生。痩躯を直垂で包み、目の下に色濃く見せる深い隈は折烏帽子の下で胡乱な様相を漂わせているその化生の名は業塵。 
 もっとも、業塵自身が邸へ足を運ぶ事は稀な事でもある。ほとんどの場合、邸へ足を運び用をなすのは業塵の使いが務める流れとなっているのだ。
 時には業塵とほとんど違わぬ見目へと変じ、あたかも己こそが業塵であると述べだしそうな有様を保ちながら月に一度は邸へ参じ、邸の奥で醸造されている”酒”を得て、これを業塵へ献上するのだ。
 この務めこそ、業塵より生じ使役されるものとしての存在理由。そこには過分な情や心など要とはしない。カラクリの如くに無駄なく滑らかに使命を果たす、ただその一点のみにこそ理由は在るのだから。

 ◇

 使者を送り出した後、業塵はわずかに持ち上げた両手をぼうやりと見つめていた。心なしか、視界は薄い膜で覆い隠されているかのようで、霞がかかっているかのようでもある。意識はどこか呆とするばかりで、目覚めているのか夢の内にあるのかすらも今ひとつ判然としない。
 窪んだ両の眼の下を指先でなぞる。溜息ともつかぬ息を洩らし、開かれたままの障子窓の向こうに満ちて広がる鬱蒼とした宵の黒に視線を向けた。
 ――自覚はあった、ように、思う。
 鞍沢の地を離れ、数を失い郷里の世界より放逐されて覚醒を迎え、0世界に居を移して以降、自身はのらりくらりとした有様を保っているつもりだ。しかし一見すれば安穏を絵に描いたような、止まり澱む歳月の中、付与された道具――トラベルギアがもたらす効力の故であろうか。
 業塵が有する力は多大な制限の下にある。
 重ねて付言するならば、数百という歳月を経る中で捕食し取り込み続けてきた人間や物の怪を抑止する力もまた、随分と弱体化してしまっていた。抑止する力が弱まれば塊と化した怨みや辛みが溢れ噴出し顕わとなるのもまた、必然。溢れ漏れ出た負は弱体化した業塵を取り殺し、微塵に千切り、積もり澱んだ混沌の焔で焼き滅ぼすだろう。そうしてそれに飽き足らず、周囲にあるものまでも塵芥と成さんと牙を剥くかもしれない。
 しかし、無論の事ながら、これを抑止するための術はある。
 業塵が使役する旧雨声藩藩邸より月に一度献上される”酒”。それを消費する事で業塵は内にある様々を抑え込むだけの効力を成しているのだ。併せ、依頼に乗じて足を伸ばす異世界の先々で、騒乱に紛れ、こそりと密やかに、色々と捕食したりもしている。それらの効力もあって、業塵はこれまでをのらりくらりとやり過ごして来れたのだ。
 けれど、そう、自覚は確かにあったような気がする。
 透明な水面に墨液をひとつ垂らす。すると水はそれまでの透明度を失い、じわりと染みた黒に侵されていくのだ。そのじわりとした不穏にも似た何かが、業塵の視界をそろりと霞で覆っていく。その気配が何を元としたものであるのかは分からない。故に業塵は落ち窪んだ眼を静かに伏せる。
 遠からず、邸に遣った手下が酒を手に業塵の許へ戻る算段。――酒が足らぬのだ。酒が枯渇しているがために思考が澱む。呆としたままの頭をわずかに振って、浮かぶ予兆を外へ追いやる。
 開いた視線の先、己と変わらぬ風貌の輩がひとり立っていた。まるで違わぬ見目をしたそれは、紛れもなく、旧雨声藩藩邸へ遣った手下のものだった。
 窪み、深い隈を染み付けた眼がにゅるりと笑みの形に歪む。慇懃な所作で腰を折る。両手には大事に抱え持った酒壷があった。
 大儀であった。そう告げて手下の労を労う業塵に、しかし手下は慇懃に腰を折り曲げたまま、首だけをかくりと曲げて業塵を見た。文字通り、朱と墨とで簡易な顔を印しただけのからくりのように、手下は満ち足りた笑みを大きく咲かせ、言を述べた。
 ――ご機嫌麗しゅうございますなぁ
 霞のかかった視界の奥、手下は板に水を流すように滑らかな口上をつらりつらりと続け、手下は抱え持つ酒壷を一息の後に足元に叩きつけた。手下を囲む黒露衆――幼児程の大きさを得た蟻に似た、やはり業塵の配下どもが、手下の挙動に息を飲む。業塵はうろんな眼を向けたまま口を開く事もない。派手な音を響かせて壷が割れる。酒は収められてなどいなかった。空洞であったそれは大小入り混じった破片を散らし、手下は狂笑を響かせながら業塵を指して告げた。
 ――どれほどに酒を干そうとも、どれほどに生を喰らおうとも、この閉ざされ澱む世界の内にある限り、いずれ必ずその身は自らが重ねた禍によって侵され沈む事であろう。弱り果てたその身から何もかも総て余さず奪い喰らい、やがてはこの身こそがその身に代わり業塵を名乗る大妖となるだろう
 狂い笑う手下を黒露衆が一斉に襲う。刃よりも鋭い足が幾重にも重なり降りかかる。けれど手下は業塵を映した姿態のままに跳梁し、割れた壷の破片をもって黒露衆の一匹を捕らえ、硬い外皮を破って突き刺した。
 業塵はうっそりとした眼を向けたまま、瞬く事もせずに事態の流れを見据える。手下は黒露衆を一匹屠った後、蟲のごとき跳躍で足場を蹴り、次の瞬間には業塵の視界の中から消えていた。
 黒露衆がその後を追おうとしたが、業塵は退屈そうな欠伸と共に口を開けた。 
 ――追わずとも良い。放りやれ
 放った言はそれだけだった。邸の酒を奪い、同輩を屠り、他ならぬ主たる業塵に泥を塗りつけ逃げて行った輩を、業塵は放りやれと告げたのだ。
 黒露衆は当然にさざめき動揺したが、業塵はそれきり、退屈そうに眼を閉じてまどろみの中に沈んでいった。

 自覚はあった。

 0世界に身を置き続ける中で、己の身もまた澱み続けている。結果、己は底からじりじりと弱体化しつつもあるのだ。けれど不思議と焦燥は無い。
 邸よりもたらされる酒、それに旅路の先々で人目をかいくぐり捕食する様々より享受する力。確かに当面はこれらも相まって内なる禍の反流は押さえられるだろう。けれどもそれもやがていつかは効力を失うのだ。その時、内より反流したものに無惨に捕食され養分と化してしまうのは、他ならぬ業塵自身。それは己の消滅というい結を迎える事になるのだ。
 けれどやはり、恐れは欠片ほども湧いてはこない。
 開いた扇で目より下を隠し、茫洋とした眼を庭へと移す。
 深々とした闇が広がっている。窪んだ双眸を糸のように細ませて、ゆらりと扇を持ち上げた。その面に浮かぶ色は隠され、窺う事は出来なくなった。

 
 ◇

 さて、主の手を離れた手下は0世界に蟠る負の感情を啜り、己の力と変えていた。
 時の流れより放逐された澱む世界には、腹が捩れる程の負の情が満ち広がっている。中には少ぅしだけ突いてやる事で一層の美味を増すものもいた。
 負に属する情ほど甘美なものは無い。飽く事もなく啜り、力として蓄える。そうした愉悦を重ね続け、程なくして手下は極上の愉悦を閃いた。
 ――己も随分と力を蓄え、強化されている。一方、かの主はどうだろう。浮かぶのは主の下を脱する折に見た、どこか弱々しくさえ感じられた表情。
 ――今ならばあるいは、百足の大妖にも勝機を得られるのではなかろうか。

 浮かんでしまえば、その欲に抗う術を持たぬのもまた道理。
 手下は再び主の下へと歩み出す。
 

 ◇

 
 開かれた障子の中、脇息に肘を預けながら、業塵はうっそりとした視線を、どこへともなく向けていた。
 恐らくは何をも映してはいない眼。常に比べてことさらに色濃く染みた隈は病に伏せる者のそれを彷彿とさせる。顔色も冴えず、脇息に預けた片腕の先、蟷螂のごとくにこけ細った顔をのせていた。茫洋と投げ打つ視線の先には何をも映さず、庭を巡る風の音すらも耳に届いてはいないようだった。
 幾ばくかの間を開けて、庭に揺れる草木の落ち葉を何者かが踏む気配がした。業塵の眼がようやくじわりと動きを見せる。そこにいたのは、過日と同じ――否、過日よりも余程に精気に満ちた風体を構えた業塵の姿だった。

 庭に立つ業塵は扇で口許を隠し、しかししのび笑う声までを隠す事は出来ず、引き攣れた笑い声が風の音に紛れて空気を揺らす。新月より目を覚ましたばかりの三日月よりも一層細く伸びる双眸が不穏な色を浮かべていた。
 ――久しいの
 脇息に肘を預けたままの業塵は、精気にも欠き、立ち上がり扇を揮う気力をすらも持ち合わせてはいないように見えた。
 ――儂を喰らいに戻ったか
 問う業塵に、庭先に立つ業塵――手下であったそれが喉を鳴らす。
 ――拙は御身より出でしものなれば
 応え、じわりと歩みを進む、手下が手にしている扇はトラベルギアではない。そこから相応する効力など揮われない。けれど痩躯の身を包む直垂も折烏帽子も、腰に提がる打刀も脇差も、何よりもその風貌は、紛うことなく業塵そのものと名乗るに至るものとなっていた。
 底に土をこびりつけた草履のままに縁側を上る。開いていた扇を音を立てて閉じた。閉じた扇を掌に叩きつけながら、畳敷きの床を踏みにじる。
 業塵は動かない。ただ胡乱なままに手下を仰ぎ、目を瞬く事も忘れ、ただただ朧に視線を投げうつばかり。
 ――己が天命、悟ったか
 業塵の姿態で手下が哂う。哂うその声すらも業塵のそれそのものだ。
 ――無様に惑うかと思うたものを、興醒めな
 吐き捨てるようにそう落とし、ぬらりと細腕を伸べて業塵の――かつては己の主であった男の頸を捩じ上げる。
 締め上げられ、呼気をするのもままならず、――業塵は喘ぐように口をわずかに開き、
 ――大儀であった
 そう告げて、脇息にかけたままの細腕を跳ね上げて、手下の腕を掴み捕った。
 手下の面にある愉悦の笑みが張り付いたものへと変わる。刹那の後、その色はそのままに強張りへと変じ、間を置かず、恐怖に満ちたそれへと変わった。
 業塵は哂う。しわがれ、引き攣れた皮ばかりとなった喉を低く鳴らし、窪んだ眼は裂けた創よりも細く歪んでいた。けれども手下の腕を捕らえた指先には異様な程の力が宿されている。爪が皮膚を破り突き立っている。
 ――実、大儀であった!
 ヒヒヒヒヒヒひやひゃひひひひひゃひゃひゃひゃひひひひひひヒヒハハハハヒャヒャヒャ

 業塵の腹が大きく割れた。ギチギチと蠢く巨大な蟲が奥から覗く。
 業塵は哂う。捕らえたそれは多様な養分を蓄えている。肥えて太った生餌だ。
 
 さて、こたびの生餌は如何なる甘味となり得て来たものだろう。
 
 確かにこのままこの澱んだ世界に在り続ければ、いずれは悪しき事態を迎える事にもなるかもしれない。けれどもやはり、どうあっても、それに対する恐怖など露ほども浮かばないのだ。ならば考える必要も無いのかもしれない。
 今はまだ、いつ尽きるとも知れぬ留まる夢にまどろむのも一興。

 ――蟲の顎が腐った臭気を散らしながら開かれる。

クリエイターコメントお世話になっておりますーー!!大変にお待たせいたしました!!過分なお時間までいただいてしまいましたこと、お詫びいたします。

例によって、どんなかたちでまとめようかと、さんざん思案し、こね続け、このようなかたちに収めてみました。
コメディなお顔の業塵様も好きですが、シリアスなお顔の業塵様も大好きです。
少しでもお気に召していただけましたら幸いです。

それでは、またのご縁、心よりお待ちしております。
公開日時2013-11-20(水) 00:00

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル