クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号1195-26618 オファー日2014-01-19(日) 23:39

オファーPC イェンス・カルヴィネン(cxtp4628)コンダクター 男 50歳 作家
ゲストPC1 業塵(ctna3382) ツーリスト 男 38歳 物の怪

<ノベル>

 イェンス・カルヴィネンはいつも通り賑やかな夕食を終え、家事も済ませてほっと一息つきながら時計を見上げた。眠るにはまだ幾らか早く、かといって何かを始めるには少し遅い。静かな夜が湛えられたリビングで手持ち無沙汰になったなら、酒に手が伸びても仕方がないところだろう。
 イェンスがボトルを手に何気なく顔を巡らせれば、丁度部屋に入ってきた業塵と目が合った。
「やあ、これはいいところに。どうだい、付き合わないか」
 今日はいい夜だと笑ってボトルを持ち上げて見せると、業塵はふむ、と揺れるように何度か頷いた。
「相伴しよう」
「そうこないと」
 にこりと笑って酒杯を用意し、どうせ一本では足りないだろうと酒も追加する。ちゃっかり先に座って待っている業塵の前に腰掛けると、どうぞと酒杯を勧めた。普段は互いに手酌で飲むが、最初くらいは献杯してもいいだろう。
 察して業塵が手にした酒杯を向けてくるので、ゆっくりと酒を注いだ。とぷとぷと小さな音を立てて注がれる液体を、業塵はいつも通りどこか眠そうな、物憂げな目で眺めている。
 傾きを戻し、酒杯になみと注がれた酒が止まる。零れる前に口をつけ、くいと飲み干した業塵が一つ息を吐いた。
「うまい」
「それはよかった」
 ふと口許を緩めたイェンスは、自分の酒杯を持ち上げる。今度は業塵がボトルを取り上げ、無言のまま注いでくれる。零れそうなほど注がれた酒をこちらも飲み干したイェンスが口許を緩めると、それを確かめた業塵は手酌で飲み始める。
 こうして酌み交わしていても沈黙が横たわるのはいつものことと気にはならないが、今日ばかりは僅かに神妙な、どこか湿っぽいものを感じるのは別れが近い故の感傷だろうか。
 ここでの日常は決して単調という単語では飾られず、時にぎこちなさもあったが楽しい毎日だった。それがそろそろ終わるのだと思えば、胸がしくんと痛む程度には……。
 一緒に過ごしたこの家を出て行くと決めたなら、全員の行く末がこの先到底交わらないことも想像に難くない。けれど今共にあることが奇跡にも似た偶然の産物であり、ぱちんと弾ける日が近いというだけ。はじけた後に、人生がぷつりと途切れてしまうわけではない。物語がここでおしまいと一旦区切りをつけるように、彼らがターミナルで過ごした時間も終わりというだけだ。
(しかしどれだけ頭で理解しても、感情はなかなかついてこないがね……)
 寂しく思うのは、今日までに過ごした時間が楽しかったからに他ならない。
 小さな同居人のように感情のまま泣き喚き、別れを惜しみ、また笑顔になれる素直を持ち合わせるほど幼くはないが。しんみりとした空気に酌み交わし、酒精に促されるまま言葉を紡げるのは年経た者の特権だろう。
「ありがとう、業塵」
 自分の酒杯に酒を注ぎながらぽつりと呟くと、業塵が胡乱げな目を向けてきた。視線を上げて目が合うと、自然と口許が綻んだ。
「君にはとても感謝しているんだ」
 家族になろうと差し伸べた手を相手にする義理など、業塵にはなかったはずだ。言葉が分からないままも村人のために動いていた、初めて会った時のように。他者との距離を保ちつつ上手に一人で生きていくことは、業塵には容易かったはずだ。
 けれど彼は、イェンスが手を差し伸べたまま近くあってくれた。困らされることもそれなりにあったが、よく守ってくれた。家族として過ごせた日々はとても賑やかで騒がしく、……ああ。とても楽しかったと噛み締める。
「君は僕たちにとって、欠かせない家族であってくれた」
 心からの感謝を込めて。酒杯を目の高さまで掲げて、ありがとう、とゆっくり発音する。
 彼らのためにと家事に務めて骨を折るのは、イェンスにとっても何よりの活力だった。一人でのたりと暮らす日々はもっと気儘で気楽ではあったかもしれないが、どうしても自堕落になっていただろう。そしてそうならないようにと努めてくれていた秘書の献身も、身を持って知ることができた。
(どれだけ言葉を尽くしたところで、きっと伝えきれないだろうけど)
 あまり酒気を帯びない声で紡ぐのもどことなく面映いが、最後が近い酒席なら少し舌が緩むくらいは大目に見てほしい。



 ありがとうと繰り返すイェンスを眺めて、業塵はもぞりと身体を動かした。どことなく居た堪れずふらりと視線を揺らし、少しだけ残っていた酒を飲んで誤魔化す。
 人はよく嘘をつく。他者を騙し、滅ぼし、そして自分たちも勝手に滅んでいく。それでも一度はそんな彼らを守ろうとし、敢え無く滅んでいった人に、人の世に、人の営みに、もはや興味など失っていたはずなのに。
「人に忘れられた時、その人はもう一度死ぬ。だから僕は忘れない」
 時折聞かされたイェンスの言葉を、詭弁だと思って聞き流していた。けれどターミナルでイェンスたちと暮らした日々を経た今なら、信じることができる。
 迫り来る別れがすんでしまえば、業塵の生はここで共に過ごした誰とも二度と交錯しないだろう。彼らは彼らの行くべき道を進み、業塵はまた故郷で独り気儘に暮らす。まるで今過ごしているこれらの時間などなかったかのような顔で、以前と変わらぬ日常を続けていくはずだ。
 けれど何かの拍子にふと思い出す程度に記憶の片隅へと紛れてしまっても、彼らは業塵を殺すことなくずっと覚えていてくれるとの確信が持てた。業塵が彼らのことを忘れないのと、きっと同じに──。
 振り返れば知らず口許が緩むほど、退屈する暇もない騒々しい日々だった。何故か身体のあちこちが痛む記憶が多い気もするが、それと同時にとびきり楽しそうに笑う顔が浮かぶせいで痛みは消える。
 故郷で守ると決めて過ごしていた遠いあの日々を髣髴とさせる懐かしさに、業塵は知らず目を伏せた。
(もう仕舞い、か……)
 明日や明後日といった直近の話ではないが、ターミナルにある全員が多かれ少なかれ別れを感じ取っている。ちくりと刺さる一針ほどには離れ難く思う、ここまで愛着を持ってしまったのはひとえに目の前にいるイェンスたちのせい──おかげだろう。
 遠く思い返すしかなかったあの日々を、再び業塵に与えてくれた。
 ほう、と一つ大きく息を吐いた業塵はイェンスを真似て酒杯を持ち上げ、口を歪めるようにして笑った。酒精の力を借りた顔をして相手が言の葉を紡ぐなら、彼が倣ったところで問題はないはずだ。
「儂こそ、だ」
 感謝していると小さく呟き、少しばかり目を瞠ってどこか嬉しそうに細めたイェンスから再びふらりと視線を外して酒を呷る。
 いつの日か、二人だけのこの酒盛りも懐かしく思い出す日が来るのだろう。風変わりな友人と──家族と、共に過ごしたこの場所を。今も何気ない瞬間に故郷を思い出すのと同じように、懐かしく……。
 何物かに飛ばされて覚醒した、それはきっとここで彼らに会うためだったのだと今なら思う。信じるに足る相手が何人もできた、これはどれほどの僥倖か。
 人など脆弱で自分勝手、すぐにもよろめいて死んでしまうだけだと思っていた。今でも脆い存在だとは思うが、躓きながらも光に手を伸ばす姿は嫌いではない。さながら頼りない幼子だが、その幼子にこそ教えられることもあると知ったのだから。
(……騎士には、なれぬがな)
 微かに皮肉に、けれど棘のない声で呟き、手ずから注ぐ酒がゆらゆらと揺れる様を眺める。
 守るべきを失って他に成すべきも見つけられずにいた、故郷に帰ってもふらふらと気の向くままその日を暮らすだけだと思っていたが、今は少し違う。気儘に暮らすことに変わりはない、それでも人のためにも何かしてみようかと思う。
(騎士の子分らしく、か?)
 きらっきらした太陽みたいな存在の眩しさに、小さく苦笑する。儂には似合わぬなと自分を冷やかすような揶揄するそれは、結局声にはしないで酒と共に飲み込んだ。



 空いたボトルが、一つ二つと増えていく。その間、イェンスと業塵の間で交わされた言葉は少ない。静かに降り積もった沈黙は、酒を注ぐ音にも負けてゆらりと揺らめく。
 気にした風もない二人は気の向くまま黙々と酒杯を傾けていたが、ふと何かを思いついたようにイェンスがそうだと沈黙の紗をそっと揺らした。興味を持ったように視線を上げた業塵と目が合うと、イェンスは穏やかに微笑んだ。
「君の物語を書くよ、業塵。僕の大切な友達が幸せになる物語を」
 小さな同居人を思い出させるような、いいことを思いついたとばかりに自慢げなイェンスに業塵は何度か目を瞬かせた。飲む前に零れそうに傾いた酒杯を慌てて戻し、空にしてから息を吐く。
 難儀な事よ、とぽつりと溢してイェンスを見た。
「物の怪と共に、永久に生きる心算か」
 物好きなとばかりに語尾を上げた業塵にイェンスは、ははと小さく声にして笑った。つられたように業塵も肩を揺らし、さっきまでたゆたっていた沈黙はそうと部屋の陰に潜む。
 ゆらゆらと互いの笑い声で夜の静寂を追いやりながら、二人は再び酒を注ぎ合った。漣立つ酒の水面を眺めながら、ああ、大丈夫だとどちらともつかずに考える。
 ここを離れる日は確実に近づいている、あれだけ楽しかった日々を置いても故郷に帰ると決めたなら別れは必定だ。けれど、これで終わりではない。いつの日か明日が来なくなる、本当にそんな日が来るまで互いの中になくならず存在し続けるのなら、この別れはただの区切りだ。
 例えば恋愛ものなら主人公たちが思いを交わした時、例えば冒険譚なら一つの試練を乗り越えた時。物語としてはおしまい、と本が閉じられるその一区切り。共有した時間が消えてしまわないように、終焉からは程遠い。
 沈黙の紗が再びひらりと辺りを覆う前に、業塵が窓の外を窺ってああと声を上げた。
「そろそろ眠らねば、また腹に目覚ましを食らうぞ」
「確かに。そろそろお開きとしようか」
 この続きはまた何れ、とイェンスが言う。承知、と業塵が頷く。
 こんな具合に多分このまま、最後の日も上手に迎えられるのだろう。

クリエイターコメントお二人様の酒盛り風景、色んな意味で終わりが近く、感慨深く綴らせて頂きました。

依頼文を拝見し、しっとり静か目に。どんちゃん騒ぎ厳禁でと書き出したら、思った以上に会話が少ない……ような……。
い、いやでも大人な二人にあんまし言葉はいらないのっ、酌み交わす時間が大事なのっ。というわけで、空気で語る。を目指してはみたのですが、撃沈していないことを祈るばかりです。
少しでもお心に副う形になっていますように。

最後に程近い静かな時間、お届けします。
ありがとうございました。
公開日時2014-01-25(土) 19:20

 

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