クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-23039 オファー日2013-12-31(火) 03:11

オファーPC 業塵(ctna3382)ツーリスト 男 38歳 物の怪
ゲストPC1 ヴィンセント・コール(cups1688) コンダクター 男 32歳 代理人(エージェント)兼秘書。

<ノベル>

 若い女が攫われていく。
 嫁ぎ前の手入れずであろうが、嫁いだ後であろうが変わりなく、少しでも見目の良い女であるならば等しく次々攫われていくのだ。
 攫っていくのは、他ならぬ、日ノ本の端々までを統べる朝廷の帝、その手の者である。実りの稲穂を奪って行くかの如き振る舞いで、使者達は至極当然であるかの様に女達を引き立てて行くのだ。
 無論、手塩にかけて慈しみ育てた娘を、あるいは己の命とも云うべき嫁を、如何なる目的の下に引き立てられて行くのかも知れずに阿呆の様に見送るばかりの男衆が何処に在ろうか。男衆は幾度か使者に歯向かいもしたが、腰に刃を提げ持つ者共を相手取り女を奪い返せるわけもない。
 歯向かい、無残にも両断された父や夫の骸に送られ、絶望の末に親王の前に連れ出された女達を待ち受ける定めは等しく同じ。然れどもその定めを知る者は城内に控える者共の他には一人も在らず。

 ◇

 テーブルを挟み座るヴィンセントは、業塵が語り始めた過日に纏わる語りを耳に留め、青灰色の双眸をひとつ、ふたつ静かに瞬きさせた。話半分に流しながら読みかけの本を読み進めようと思っていたのだ。けれど手にしていた分厚い本はページを閉じてテーブルの上に置かれ、その目には業塵の語りに対する強い好奇の色が浮かんで見えた。業塵はヴィンセントの双眸をゆるりと検め、窪んだ眼孔を糸のように細ませる。
 業塵が住まいと共にしている男、イェンス・カルヴィネン。その男の秘書であるというヴィンセントは表情の変化にも乏しく、思考を探ろうにもその隙を覗かせない、なかなかに賢しい人物でもある。そのヴィンセントがイェンスを訪れたのは昼餉を終えた後の事。しばらくはイェンスともうひとりの同居人であるアルウィンを交えた四人での雑談を重ねていたが、イェンスが「今日は僕が夕飯を作るよ」と言い残して席を外してしまったのだ。さらにはアルウィンが「アルウィンもすけえとするぞ!」などと満面の笑みでイェンスの後を追って行ってしまった。
 残されたのはヴィンセントと業塵、ただふたり。
 こうしてテーブルを挟み相対したふたりは、それからしばらくを沈黙の内に過ごしていたが、やがて重たげに口を開けたのはヴィンセントの方だった。
 ヴィンセントが業塵を懐柔しようとしている事を業塵は知らない。
 業塵が有する能力の大半は、今現在、業塵が持つトラベルギアによって強制的に制限されているのだという。その正体は百足の大妖だと言うが、その実をヴィンセントは知らない。
 互いが互いの腹の内の総てを知らぬまま、――あるいはその故にでもあるのだろうか。少なくともヴィンセントは業塵に多少の警戒を抱いてはいる。そしてその警戒は表情に出ずとも空気を伝い、当の業塵本人に気付かれてはいるのだけれども。
 小説家のエージェントという立場にあればこその好奇を前に、ヴィンセントが沈黙を破り提案したのは、業塵の過日に纏わる語りだった。問題が無いようであれば聞かせてくれませんか。そう切り出してみたのだ。
 むろんこれにはヴィンセントが隠し持つ企みを達するための一環を見出すため、という理由も含まれていた。好奇もむろん併せ持ちはしていた。沈黙したままの重々しい空気を打破するという目的ももちろんあった。いずれにせよ、ヴィンセント側には何のデメリットもない要望だと判じたのだ。
 業塵はうっそりとした眼孔を持ち上げてヴィンセントを上目に見据え、しばしの沈黙を続けた後、深く短い息をひとつ吐き出してから口を開く。

 そうして重く沈むような業塵の声音によって、ヴィンセントは業塵の出自世界である日ノ本は鞍沢における業塵の過日の記憶を知るところとなったのだ。

 ◇

 別段、攫われた娘たちがどういう定めを迎えているかなど、強く関心を寄せるものではないと判じていた。否、見目整い美しい娘等を集め置いた後に帝が如何なる真似をするかを想像する事など容易いものだ。
 半ば戯れ故に帝の居地へと足を寄せた業塵が居城前に見つけたのは、橋の欄干に両手を結びつけられ、淫蕩とした面持ちで身を横たえている。周りには野卑た男共が下帯もつけずに群がり、もはや抵抗の色も見せぬ女の上に跨り尻を振っていた。
 艶を帯びた女の声。野卑た男共の野次が響く。其処此処に転がるのは齢の幅も広く定まらぬ骸の数々。死臭が満ちて広がり、烏や野鳥や犬猫までもがその肉を漁り喰っていた。其処此処で火の手が上がり悲鳴が響く。如何なる罪悪を犯した者が追い遣られ辿り着く地獄であろうかと思しき惨状が広がっていたのだ。
 死肉の混じる砂利を踏みしだきながら歩み進める業塵に気付いたか、男共が何事か意味の成らぬものを喚きたてながら逃げ去って行く。残されたのは欄干に繋がれた女ただ一人。胡乱な色を浮かべる眼光は一つきり。左の眼は孔ばかり残し蛆が湧いている。
 業塵は見る。繋がれた女の腕の先、掌の伸びるべき十指の半分が削がれ消えていた。顔の半面は焼けて爛れ、肋骨が浮いて見える程に痩せている。反して腹ばかりが膨らんでいるのは餓えに因るものか、或いは。
 髑髏の妖もさりありなんとばかりに痩せた裸体の至る処に鞭打たれた瑕が残り、或いは火を押し付けられたのかと思しき瑕も生々しく残っている。――目にするもおぞましい、惨憺たる有り様なのだ。にも関わらず女が肉欲の歓喜にのみ浸れているのは、果たして。
 女の傍で足を止める。女が業塵を仰ぐ。肉も削げ情欲の欠片すらこもらぬ脚を開いて業塵を招こうとしていた。されど業塵は眉一つ動かす事も無く、ただじわりと女を見下ろす。
 女は何某かの妖力を享け無理矢理に生かされている。
 全身に残る夥しい瑕の数々や惨憺たる様を見れば、城内外で如何なる目に遭い続けてきたのかを推し量るのも容易だ。
 痛みすら封じられ、尽きぬ劣情ばかりを与えられ、名も知らぬ輩の総てを等しく受け入れる、生ある人形と化している。ならば膨らむ腹の因は誰のものとも知れぬ種を宿した末のものであるのだろう。
 口角を裂かれ笑みの形を浮かべる事しか出来なくなっている口唇が泡を垂れていた。業塵は、最早言葉を成す事も叶わず、呻く事しか出来ない女の顔の傍らに膝を曲げる。熱持たぬ指を伸べて女の頬に触れた。――瞬間、女の独眼が大きく見開かれ、次いで
地を割らんばかりの悲鳴が空気を裂き響き渡ったのだ。
 女に妖力を齎した者が何者であるのかは知れない。否、それが誰であろうと知る処ではない。業塵が有する力はその何某かを遥かに上回るのだから。故に妖力を解除する事も易い事。むろん、女に救済を施そうと試みたのではない。女の救済を目的とするならば、女が夢想の底で蕩けているままに命を閉ざしてやるのが最良であるのだから。
 夢より醒めた女は、幻術という甘露の効力により喪われていた痛覚を取り戻し、全身を覆う喩えようも無い激痛や、己の身に齎され続けてきた汚濁に、刹那の内に狂気の徒となる程の絶叫を上らせたのだ。
 正気を得、狂気との狭間に立たされ、重ねられた拷問の数々に叫び続ける女を尻目に、業塵は再び歩みを進めたのだ。すぐ眼前に佇む、阿鼻叫喚に包まれた帝の居城。城下のそれに劣らぬ――否、比べるべくもない程の瘴気を帯びた闇の中へ。

 ◇

 一度そこで言を切り茶の入ったカップに手を伸べた業塵を見やりながら、ヴィンセントはわずかに眉をしかめた。
 眼前でのんびりと茶をすする男が内包する力は――闇は、どれほどに深く強大なのだろうか。
 今現在はその能力の大半がギアの制限下にあるのだとは言うが、それでも、必ずしもイェンスの身に害をもたらすような真似をしないとも断言は出来ないのだ。そうしてもしも仮にイェンスに害をもたらすようなものと化した時、自分はそれに対しての適切な対処が可能かどうか。――巡る思考を極力面に出さないように配分しつつ、ヴィンセントもまたカップに手を伸ばす。
 
 己が語る話を、ただ黙したままに聴いているヴィンセントの視線に目を合わせぬまま、業塵は手にしたカップをテーブルへ戻した。
 ヴィンセントがまとう空気がわずかに警戒の色を濃いものへと変じているのは、手に取るように知れる。けれどそれに気付かぬ素振りで業塵は窪んだ眼をゆっくりと瞬きさせた。
 正直に言えば、人間が己をどのように思おうが知ったところではない。
 そもそも人間は得体の知れぬものを目の前にすると、ただ一方的な畏れを抱き、敵視し、あるいは膝をつき命を請うばかりだ。あるいは狡猾に頭をめぐらせてはそれを利用し掌中に収めようなどと考える。
 ――確かに今の己が有する力は、元来のそれに比べれば笑いがこみ上げてくる程に脆弱なものと化している。それでもその気にさえなれば人間のひとりやふたり握り潰すことなど容易な事。それをしないのは、――こうして大人しく留まっているのもまた、処世術たるものの一環に過ぎず。
 わずかに目を持ち上げてヴィンセントの顔を見やった。
 カップを口に運びながら、視線ばかりはまっすぐに業塵を見定めているのが知れる。業塵は扇を開いて口許を隠した。
 歪み上がる口角を包み隠すために。

 ◇

 踏み入った城内の隅々までを水底の如くに暗く満たすは、外より窺い見たものよりも一層色濃く濃密な瘴気のそれだった。
 板張りの廊下、見事な仕様の為された襖や障子、欄干や柱、至る場所で無残に転がる屍の数々を目にする事が出来る。足場も無く広がる血の溜まり、障子や欄干に吊るされる腸の紐。嬲られ犯された娘の屍、その何れが城下より攫われて来た娘のものであるのかすらも定かではない。そも、屍の中には娘の他に男の姿もあり、その総てが齢を問うものではないのだ。或いは城内に勤めていた者であるのやも知れず、その真意等最早知る術は無いのだから。
 死臭と瘴気が渦を巻き広がる城内の至る箇所を巡り歩く。中には城外の橋に繋がれた女の如くに死に損ない、あるいは死す事すら赦されずに這い回る芋虫の如き者もいた。救済を欲し伸べられる腕を前にする度に足を留め、救済には程遠い現の有様を知らせてやった。
 偽りの快楽、そうして希望。その一つ一つをつぶさに拾っては絶望と恐怖の底へと沈めてやる。――そこに生じる落差。翻弄され気狂いに堕ちて往く者が放つ狂気。
 ――喩えようのない甘露として業塵の身を浸していくそれらが、業塵の舌の上で飴玉の如くにころりころりと転がるのだ。やがてその面を満たしたのは歪み切った満面の笑みと愉悦や甘露を求め奔る童のそれに等しいものとなっていた。
 血溜まりと化した板張りの上を半ば駆け巡る如くに歩き回る。どこに向かえども業塵にとっての甘露ばかりが待っていた。
 
 気狂いた帝が在らぬ罪科を振っては誰彼構わずに殺め続けていたのだと云う。或いは妖術が暴走でも果たしたのかも知れず。色濃く満ちた瘴気が人の正常を喰らい尽くしたのかも知れず。
 そうして、艶気すら帯び始めた業塵の前に一片の白梅の花がふうわりと舞い踊ったのは、城内の隅々までを巡り歩き終えた後、乾泉水の庭へと向かう廊下に足を踏み入れた時だった。

 盆石の上に斬り臥せられた帝の骸が載っている。
 敷かれた砂利の色は赤く、手入れの届いた美しい庭園を流れる風は、一層涼しく爽やかなものであった。
 白拍子が乾泉水の端に立っている。業塵を目にすると深々と腰を折り、次いで手にしている扇を畳み、踊る如き所作で横手に座る男の姿を示した。
 胡坐で座る男を見とめ、業塵は白拍子に問う。其は何者ぞ。白拍子は応える。左大臣に御座います。業塵は合点し、首肯した。
 以前、戯れに白拍子を左大臣の許へ遣わした事があった。その折、左大臣の耳に先の帝を弑したのは誰であったのか、其れに至る経緯は如何なるものであったのか。それらを粒さに言い含めさせていたのだ。
 なれば左大臣は遂に帝の暴虐に憤怒を抱いたのか。義憤を掲げ帝の懲罰に至ったか。なれば城内に転がる屍は、或いは義憤の旗に同意した者のそれらも含まれていたのか。
 ――問おうにも、当の左大臣もまた既に事切れている。
 国の行く先を案じ、帝を討って自らが新たな統領となるべく至ったか。
 白拍子は姿を消していた。左大臣の骸の上、踊る様に散る白梅の花が舞っている。

 ◇

「儂は」
 業塵の声が耳に触れ、ヴィンセントははたりと意識を取り戻す。
 業塵の語る日ノ本の世界へ意識を沈めてしまっていたのかもしれない。わずかに頭を押さえ、ヴィンセントはカップを口にした。
「天下が荒れ、物の怪が溢れ人を脅かすように仕向けたのは儂じゃ」
 広げていた扇をひたりと閉じて業塵は口を開く。
 人にとっての安息の地などもはや不要とさえ考えていた。人が放つ絶望が深ければ深いほど、その甘露は蜜のごとくに濃密だった。人の世を翻弄し、無差別に虐殺し、踏み砕き喰らう。
「今思うても、あれほどの愉悦を他に知らぬ」
 言って小さな息を吐く。
 ヴィンセントはもはや言葉を無くし、ただ呆然と業塵の語りに耳を寄せているばかり。業塵は窪んだ眼を静かに伏せて、独り言のように続けた。
 けれどそれも鞍沢の地が滅亡するまでの事。
 鞍沢の民に触れる内、己の心の有り様も知らず大きく変わり果てたのか。
 無為に死んでいく者たちの中には、鞍沢の民と同じように純朴な心を有した者もいただろう。そういった者たちが毎日無意味に死んでいく。生まれたばかりの赤子の腹が馬の蹄に割かれていたのを目にしたこともあった。
 むろん、そうなるように仕向けたのは他ならぬ業塵自身。己が愉悦を味わうために招いた事態の結末がそれであっただけのこと。
 ――胸のどこかがわずかに軋む。それが罪悪に因るものであると知ったのはいつであっただろうか。
「……矛盾ではないのか」
 ヴィンセントがようやく口を開き問うた。
 業塵はちろりとヴィンセントを見やって息を吐く。
「然り」
 返したのは短い応え。
「されど、悔いたことは無い。……儂が自ら選び定めたものの故に」
「しかし変わったのでしょう? これからはもうそのような真似はしないと」
「……何故に?」
 ヴィンセントの問いに、業塵はわずかに目を閃かせた。ヴィンセントは続ける。
「鞍沢の地を見舞った悲劇を繰り返さないようにしようと思ったのではないのですか? これからはもう無為に人の世に混乱をもたらす事はしないのでしょう?」
 訊ねたそれは、もしかするとヴィンセントの一方的な希望であったのかもしれない。そうして事実、業塵はゆるゆると笑って肩を揺らした。
「儂が人の頼みを聞き入れるのも所詮は処世の故よ。……人の事など、知ったことではないわ」
 言って肩を揺すりながら、歪み上げた口唇をちろちろと舌先で舐めあげる。そうして、
「……馳走になった」
 歪んだ笑みのままに席を立ち、音もなくその場を去ろうとした業塵が部屋のドアに手を伸ばす。――その時。
「どこへ行くんです?」
 ヴィンセントの声が業塵の退去を静かに留めた。
 椅子に腰を据えたまま、わずかに振り向いて真っ直ぐに業塵を見据え、ヴィンセントはさらに言葉を続ける。
「もうじきに夕食です。イェンスとアルウィンがせっかく用意してくれているものを、貴方は無下にしようとするのですか?」
 そう続けながらゆっくりと立ち上がり、業塵が手にしているドアノブを押さえながらヴィンセントはさらに続けた。 
「……彼らに何かしたら、私が必ずお前を殺す」
 顔を寄せ、囁くように。その声が業塵以外の誰にも届かぬように。
 業塵は窪んだ眼でヴィンセントを見る。――初めて間近で視線が交差した。
 「だがもしも彼らを守ってくれる気があるのなら、……それは是非にでも頼みたい」
「……ほう」
「代価が必要なら、この身を好きなように喰えばいい」
「儂に命を差し出すと」
「それで彼らの安息が保たれるのなら安いものだ」
 間を置かずに返された応え。まるで睦み事を交わすかのような距離で、ヴィンセントは静かに目を眇めた。
「……ほう」
 業塵もまた目を細めて小さく笑う。

 思い出す。――かつて同じような事を述べた者がいたのを。
 人間は利己に走るものだ。けれど稀に己を賭して隣人の安寧を願う者もいる。
 
 不意にドアが強くノックされ、アルウィンの声がした。食事の用意が出来たのだという。
 ヴィンセントはまだドアを押さえたまま、業塵が返す言葉を待っている。その真摯な表情を見据えた後に、業塵は再び肩を揺すった。
「お前もなかなかに面白い奴だ」
 言って扇を開き、静かにヴィンセントを扇ぐ。
「考えておこう」

クリエイターコメントこのたびはプラノベオファー、まことにありがとうございました。お届けまで大変にお時間をいただいてしまいました。申し訳ありません。
お待たせしました分も、少しでもお気に召していただければよいのですが…。

今回は構成とか、それぞれによっての漢字のひらきや書き回し等、ちょっとした変調をもたせてみました。
ヴィンセント様の出番が少し少なめになってしまう展開になりましたが、その分の見せ場もご用意してはみたのですが…いかがでしたでしょうか。

お二人が以降どのような間柄としてご縁を展開させていくのか、ひっそりと楽しみにさせていただきます。

それでは、またどこかでご縁等いただけますよう、お祈りしております。
公開日時2014-02-21(金) 22:20

 

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