~休憩処・蓮華堂~ あの日は朝から雨が降っていました。 普通、この世界では雨は降りませんが、誰かがなにか理由があって、降らせたのでしょう。おかげで、殊の外、お客様が少ないのでした。 最後のお客様が、あの子を撫でていきます。「ごちそうさま。くま太、またな」 いつもならば店先の長椅子でお出迎えしているあの子も、今日は雨とあって、庇のある入口の席に座っているのです。 ありがとうございました、と一緒にお客様を見送って、とうとう誰も居なくなった店内で、私はあの子を抱き上げました。 店を閉めるには、まだ早すぎる時間です。「……静かですね」 細く降る雨と、庇から落ちる雫以外、視界に動くものは何もありません。 あの子の柔らかいもふもふした手触りに和みながら、私は雨音をただ聞いていました。 ふいに、背後から、がさがさ、ごとごと、音がして。 振り向けば、書棚から一冊の本が抜け出そうとしているところでした。 半透明な翼が背表紙から生えだして、ぱたぱたと動きます。「外は雨ですよ。せめて傘になさい」 私の言葉を受けて、本から生えた翼は、傘へと変わりました。 ふよふよくるくるりと回りながら店内を横切って、嬉しそうに雨空へ飛び出していきます。――この蓮華堂からは、時折こうやって本が自ら出て行くのです。貸本として待っているだけでは待ち遠しくて、『物語』を読んでもらえる相手の気配や声を感じて、本たちは、自ら翼を生やして飛んでいくのでした。まるで愛しい人に会いに行くように。 いってらっしゃい、と、あの子のふにふにした腕を動かして見送って、――ふと私は思いついて、あの子の黒い瞳と視線を合わせました。「むかしむかしあるところに、」 この子にも『物語』があったなら。そんな、出来心で。「……いっぴきのこぐまがおりました」 口を開いてみたは良いけれど、それから先に進みません。 頭の中には、雲に囲まれた大陸や、突き抜けるような青空や、この子の仲間達の姿が浮かんでは消え、なのに、それをどこからどう描いたらよいのか、惑った私の舌は、その先の『物語』を紡げぬまま。「むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました――……」 もう一度同じ書き出しを繰り返し、私は思い至りました。どれだけの長い間、筆を取ることもせず、何も語らずに過ごして来たのかと。 つぶらな瞳が、続きを促しています。 雨音が遠のき、いや増した静寂が背にのしかかるようで――「蓮華堂。それと、しろくま」 かけられた救いの声に、私は金縛りから解けたかのように顔を上げました。 常連さんのひとりが、傘をたたんでいます。「今日は半日、雨だぞ。せっかくだから、雨音をBGMに茶をしにきた」「……いらっしゃい。歓迎しますよ。さ、どうぞ、こちらへ」 あの子を定位置に戻して、何もなかったように、私は仕事へと戻りました。 ふと気がつくと、戻したはずの席に、あの子がいませんでした。 それから、私はあの子の姿を見ていません。 *「むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました」 いっぴきのこぐま。いっぴきのこぐま。――それって、ぼく?~世界図書館・廊下~ 閲覧室へ向かう途中、後ろから呼び止められたシドは、振り返り蓮華堂を認めて眉を上げた。店を構えている彼は、世界図書館では滅多に姿を見かけない。「すいません、お忙しいのにこんなことをお願いするのもどうかと思ったのですが、」 彼らしい丁寧な口上から入り、迷子を探しているのだ、と言った。 居なくなったのは、店の前にいつもいる、アニモフそっくりの。「ああ、クマ太郎か」 クマ太郎、シドはそう勝手に呼んでいる、休憩処・蓮華堂の看板娘ならぬ、看板ぬいぐるみだ。店先の長椅子にいつも座っていて、子供達や客に撫でられている。 確か、あれは蓮華堂の大のお気に入りという話だった。「貴方にも可愛がってもらっていたので、もしかしたら、訪れているかと思って来てみたのですが」「いや、俺のとこには来てないな」「そうですか……。では、もしどこかで見かけたら、教えて頂けますか」「そりゃもちろん、構わないが、――居なくなったってことは、語る相手を見つけたんじゃないのか?」 彼、蓮華堂の能力は『本に生命を吹き込む』こと。彼の影響下にある本たちは、自らの意志で読者を探しに行ける翼を持つのだった。その力は一般的な本の形態ではなくても、例えば巻物やテープや原稿など、語りえる『物語』を持っているのであれば、等しく働くという。 いつも、彼は言っていた。『物語』は寂しがり屋なんですよ、と。傍にいて欲しい。耳を傾けていて欲しい。でないと、消えてしまうかもしれない。 だから、行方知れずのクマ太郎も、自身の物語の聞き手を見つけて、探しに出て行ったのではないかと、シドは考えたのだった。「いえ、あの子の『物語』は……、まだ、途中なんです」 蓮華堂の瞳が伏せられ、握りしめた着物の袖に皺が寄る。 何か訳アリなんだろう。そう判断したシドはそれ以上踏み込まず、違う可能性を口にする。「じゃ、誰かが連れ去った、とかな。子供の悪戯か、なんかじゃないのか」「この世界に居るのならば良いんです。ただ、ロストレイルに乗せられたら、と思うと」 懸念はそこか。シドは合点がいったと肯いた。『ただの』ぬいぐるみになってしまう前に。蓮華堂のもとへ帰れなくなる前に。「俺から車掌に伝えておいてやろう。持ち物検査に注意しておけってな。あと、暇そうなロストナンバーにも声を掛けておく。が、期待はするなよ?」 すみません、ありがとうございます。言って蓮華堂は頭を下げた。~0世界・某所~ 白くまが歩く。 とてとてと歩く。 分かれ道。 右に行く? 左に行く? あっちからも、こっちからも、呼ばれているような気がする……。 右の道に、しろくまいっぴき。 左の道に、しろくまいっぴき。 呼ばれるままに応えて、しろくまたちは、また歩き出す―― *「むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました」 ぼくはぼく。きみはぼく。みんなぼく。 ひとりよりふたり。ふたりよりさんにん。さんにんより、ね。 * クラウス・エンゲルハートは馬鹿みたいに見ていた。 道向こうを横切っていく白いくまは、二足歩行している。 ぬいぐるみの、もふもふとした姿。 浮いているようにも見える、ひょこひょこふわふわした足取り。 知らず、その後を付けるように脚が動きだす。 ロストナンバーとして登録してから日が浅く、まだ0世界に馴染みが薄いクラウスだったが、その、どう見てもぬいぐるみにしか見えない白くまには、見覚えがあった。(なんとか現象とかで飛ばされたぬいぐるみだらけの世界、モフなんとかにいた、あいつら) あのとき血に飢えている自分を助けてくれようとした彼ら。 もし、機会があれば、もう一度訪れたいとクラウスは思っていた。 そのせいだろうか、つい、気になって後を追ってしまう。 目当てがあるのかないのか、何歩か歩いては立ち止まり、周囲を見回している白くま。(あっぶねぇな、ぶつかるじゃねぇかよ。……って言ってる端から転んだ) 雨上がりの路地は、そちこちに水たまりが出来ている。 立ち上がった白くまは、ちょっとだけまだらくまになっていた。「……ちっ」 道を渡ったクラウス、足早に近付くと、そのもふっとした手を掴む。 驚いて見上げる瞳に、別れたくまの面影が重なった。 真っ白なくまは、やっぱりそうにしか見えなくて。でも、どことなく違うようでもあり。「転がってんじゃねえよ。蹴飛ばしちまうぞ」「……」「おまえみたいなトロいのは、端っこ歩け。邪魔んなるだろ」「……」「んだよ、おまえはしゃべらねぇのか? おまえら、うるさいぐらいもふもふもふもふもふもふしゃべってるもんじゃねぇのかよ」 しかし、帰ってきた言葉は。「……。むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました――」「……………………はぁ?」「むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました」「なんだよ、それ」「むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました」「………ふざけてんのか?」「むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました」 何を言っても、同じ台詞を返すくま。 壊れたレコードのような繰り返しではない、何かをねだるような、何かを願うような。 そして、クラウスは気付いた。「――あー。なんだ、もしかして。それ、続けて欲しいのか?」 *「むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました」 みつけたい、ぼくのものがたり。だいぼうけんじゃなくっても。
● 世界図書館から店舗へ戻る道で、蓮華堂は白くまを尋ね歩いていた。 「そういやあっちに連れてるやつがいたな」 教わったまま、大通りへの路地を辿っていくと、クラウス・エンゲルハートに、引きずられるように歩いている白くまを発見する。――けれどおかしい、あんなに小さかっただろうか……? 「はっきり言えよまどろっこしい。こいつがどうしたんだよ?!」 蓮華堂が思い切って声を掛ければ、怒鳴るような言葉が返る。クラウスは、態度とは裏腹に、白くまを庇うように後ろ手へ送った。 大きな体躯の影から顔を出す、見間違えようがない、この子は確かにあの子だ。 「その子は、私の『本』なんです。返してもらえませんか?」 いつもの腰の低さはどこへやら。蓮華堂ははっきりと詰め寄るようにそう告げた。 クラウスの手を振り解いたしろくまが、蓮華堂のほうへ歩み寄る。 離された手にクラウスはそっぽを向いて立ち去りかけ、けれど名残惜しげに振り返って、ひとことふたこと、聞こえない小さな声で呟いた。 白くまの頭をぽんと撫で、蓮華堂を一瞥、睨み、背を向けるクラウス。 去る彼へ、白くまが手を振る。聞いた言葉しか繰り返せない白くま。 『悪ぃな、最後まで付き合えなくて』 さよならの意味でそう言えば、クラウスがバツの悪そうな顔を向け、足を速めて立ち去っていった。 「……思ったより、いいひとだったようですね」 白くまを抱き上げて、久しぶりのもふもふに頬を埋めながら、蓮華堂は呟く。 「さあ、店に戻りましょう」 小さく容量が減った白くまの、原因をいくつか思い描きながら。 ●大通り 蓮華堂が、白くまを抱き上げて歩き去る、それをじっと見ていた少女がいた。 年の頃は19、柔らかな白髪を後頭部でお団子に結い上げたツーリスト、煌 白燕 (コウ ビャクエン)だった。彼女の懐からは、符術師として使用する札が数枚、顔を覗かせている。 (あの白いくまは可愛らしいな) 凜とした空気を纏いながら、鮮やかな目元の朱が負けそうなほどの赤目には、悪戯好きそうな光が宿っている。青年が去った方角を愛でるような視線で追いかけた。 (私の世界には白だけのくまはいなかった。白と黒のはいたが、見かけによらず凶暴だった。一度それを飼いたいと言った時は、部下に必死に止められたな……) その慌てぶりを思い出してくすくすと微笑み、白燕は大通りをターミナルへ向けて歩を進めながら、昔を思う。 (厳つい武人にうさぎを持たせてみるのも一興だった。普段澄まし顔の文人の驚きようがまた) 「……覚えているか、西嘉、忠星?」 懐の札を抑えて、今は応えぬ友の名を呼ぶ。 (あの頃は楽しかった。そなたたちで良く遊んでいたものだ) 白燕が自ら治めていた国について思いを馳せていると、ふいに横の路地から顔を出した白くまに衝突しそうになる。 白くまが白燕を見上げる。先ほど抱き上げられていた白くまと瓜二つ。 「どうしたのだ?」 はぐれたのかと思い、問いかけてみれば、 『……むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました』 返された台詞に、白燕は面食らった。 「事情はわからないが、何を求めているかは、わかる気がする」 白くまが繰り返す台詞から、白燕は意図を汲み取った。 「話……話か。私の場合は部下「で」遊んでいたくらいしか話もないがなぁ」 白くまの手を引いて、大通りを上っていく。 「子供向けと言っても絵本のような可愛らしいものではないし……と」 目に止まったのは、駅前の本屋。 本屋と言えば、物語の宝庫だ。 「見ていくか? そなたに似合いの続きがあるかもしれない」 白髪お団子少女と白くまは、連れだって本屋へ吸い込まれていった。 ●駅前本屋 漆黒蝙蝠が擬人化したかようなツーリスト、ベルゼ・フェアグリッドは、多量の本を抱えて、駅前本屋を後にした。尻尾が左右に揺れている。 (俺の物語は俺自身で描く、ったぁかっこいーコト思ってみたはいーけどよぉ) 本のタイトルを見る。「文章読本~良い文章・悪い文章~」「小説家になる!~夢を諦めるな!」「本気で小説を書きたい人へ」「2週間でマスター 小説を書くための基本講座」「ライトノベル作家の本棚~この本を読め!」等――いわゆる「小説の書き方」本である。最後のは趣味だったが、だいたい幅広く手当たり次第に買い込んできた。 (本の中で生きてた俺にとっちゃ、どう物語を書いたらいいか、わかんねーんだもんな) そんなわけで、まずは本から学ぼうと思ったのだった。 無造作に文庫を手に取り、ぺらぺらと捲る。 『室内に銃声が木霊する。人一人では立つことすら難しい状況で、彼は空中に逃れ、神が沈んだあたり目掛けて、何度も何度も弾丸を打ち続けた。』 (……っと、こりゃ今読みかけのバトルものだったぜ。別の別の。) 今度は確かに文章指南の本取り出して、広場を横切り歩き出した、数分後。 「……」 ピン。尻尾が伸びる。 ――いる。 確実に何かが、後を付けている。 足音からして素人くさいが、ならば脅かすのは簡単だ。 広場から路地に入る、その一瞬で背後を取れる。 何食わぬ顔でベルゼが角を曲がる。足音が違わずついてくる。 本を放り出して飛び上がり、後ろに回り込んで――両腕と羽で、逃がさぬようにがばっと包む。 「俺の跡をつけるたぁ、いい度胸じゃねぇか?」 柔らかな毛に爪がかかる感触。 「ああ?」 抵抗らしい抵抗もない白いもふもふに、ベルゼは手を緩める。 向き直った白くまは、ベルゼを見上げて言った。 『……むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました』 『むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました』 繰り返される白くまの台詞。 何故だろう、ベルゼは、その言葉に求められた意味を、一瞬で感じ取る。 そして思わず、 「『いっぴきのこぐまは、いっぴきのこうもりとであいました』」 口走った文章。 たった一文だけで、白くまの瞳が輝く。 あれほど繰り返していた台詞はもう話さない。 (よく分からねぇけど、俺とコイツは何かが似てる) ベルゼは放り出した本へ駆け寄ると、一心不乱にページを捲った。 小説の書き方、その文をざっと目と指でなぞった後、白くまの手を掴む。 「来いよ」 駅前広場を横切って、まずは仕立屋に向かう道へ。 「まずは服だろ。おまえ、何も着てねえしな。それからメシだ。あとは……」 物語を語るために、ベルゼは白くまを連れて0世界を歩き回る。 ●駅前広場 駅前広場の待ち合わせスポット。 真っ白なハイウェストのワンピースを着た、ツーリストの新井 理恵 (アライ リエ)は、同じ世界出身のツーリスト、シャルロッテ・長崎(-・ナガサキ)を待っていた。二人は大の仲良しである。 「今日はどんなお洋服を買おうかな♪ ……あ、可愛い」 手にした小型カメラで、広場を横切る蝙蝠男と白くまをすかさずパチリ。 理恵の趣味は写真。いい被写体を見るとすかさずシャッターを切っている。 面白い組み合わせだなーと思ったのもつかの間、思いはまたすぐ買い物へと戻り。 「バーゲン久しぶりだし、シャルちゃんと一緒にお買い物~すっごく楽しみ~」 待ち合わせ時間はとうに過ぎている。短気な人間ならば家に帰りついているかもしれない。それでもにこにこ顔で、理恵はシャルロッテを待っているのだった。 一方、シャルロッテは全速力で広場へ向かっていた。 既に大幅に遅刻している。途中で財布を忘れたことに気がついたが、取りに戻っている暇はない。バーゲンの時間は決まっているのだから。 (俊足の私ですから、マッハで飛ばせばなんとか間に合いますわ……!) そう、何か途中で引っかけた、ことを気にする暇すら、シャルロッテにはなかったのだった。 「シャルちゃん、おそーい! 大遅刻ぅ~」 走り込んできたシャルロッテに、理恵が、ぷくう、と頬をわざと膨らませて見せる。 それはほんの戯れ、次の笑顔のための伏線。 「シャルちゃんの為なら、幾らでも待つけどね、えへっ♪」 言って、腕に抱きつこうとして――足元で倒れかけている、もこもこに気がつく。 「って、どうしたの、この熊さん……?」 理恵の言葉でシャルロッテが視線を落とせば、彼女の足から手を離す、白くまがいた。 「……何故白くま……」 「うわ、動いてる、凄い可愛い~♪」 ほこりをぱふぱふ叩いて落としながら、白くまはぺこりんと二人に頭を下げた。 「偉ーい、ちゃんと挨拶出来るんだ。こんにちわ、くまさん」 「それはともかく理恵……わたくし財布を忘れましたわ……」 「あれ、珍しいね、シャルちゃん。じゃあ、今日はあたしが払うね」 「ちゃんと返しますわね」 「うん。じゃあ、バーゲン行こ? またね、くまさん、ばいばい」 背を向けようとした理恵の足を、今度はひしっと白くまが掴む。 「あれ、あれれ?」 掴まっちゃったよ? と困ったようにシャルロッテを見つめる理恵。 ふう、と溜息を付いて、シャルロッテが抗議しようと口を開きかけたところに、 『むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました』 どこか必死な様子で、白くまが言い出すのだった。 『むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました。むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました。むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました』 置いていかないで、まるでそんな風に聞こえる調子。 ぱちぱちと、目を瞬いて、理恵とシャルロッテは見つめ合う。 『むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました』 白くまは交互に二人を見上げて、同じ台詞を繰り返した。 「もしかして、物語を探しているの……?」 エンドレスリピートなむかしむかしを十数回聞いて、理恵がようやくひとつの可能性に行き当たる。嬉しそうに、ぴょんと飛び跳ねる白くま。 「えと、シャルちゃん! この子のために素敵なハッピーエンドの物語、探してあげようよ!」 言い出したあたりで、既に理恵はその気だ。 シャルロッテは心の中で苦笑した。仕方ありませんわね。 「そうだ! その為には、あたしとシャルちゃんでデートだよ! この子のために、遊園地に行って、メルヘンな物語を探してあげるんだ♪ どうかな?」 「ええ、付き合いますわ。でも、まずはお買い物に行ってからにしません?」 「あ、そうだね、せっかくのバーゲンだもんね。ね、白くまくんも、一緒に行こう♪」 今度は、白くまを間に挟んで、理恵とシャルロッテは連れだって歩いて行くことにしたのだった。 ●遊園地 「……『定休日』とは……日付を間違えましたわ……」 遅刻に加えて日付を間違うというウッカリを重ねてしまったシャルロッテは、目に見えて落ち込んでいた。理恵はその腕に甘え、邪気のない笑顔で前向き発言をする。 「気にすることないよ、シャルちゃん! その分、いっぱい遊園地で遊べるしね♪」 お目当てだったバーゲンのお店が本日お休みだった代わりに、真っ直ぐ遊園地へと来た二人と一匹だった。それほど広くもない園内は適度に賑わい、ロストナンバーやロストメモリーたちが楽しい時を過ごしているのが見える。 「素敵な物語、どこかに転がってないかな……?」 理恵は早くも白くまへ語る物語を探し始めている。 「あのカップルとかどうかな? あ、あの子供たちも何か素敵な物語、持ってそう♪」 「理恵、もしかして、話を聞き回るつもりですの?」 「うん。たくさんのひとに聞いた方が、お話、いっぱい集まるでしょ?」 ね、と、白くまと視線を合わせて、理恵が微笑む。 それでは遊ぶ時間もありませんわよ、とシャルロッテが思ったところで、 「でも、その前に軽く一休みしよ♪」 指さす先に、アイスクリーム屋のワゴン。 「暑いし、あたし、あいちゅ、たべたーい♪」 甘えた声の理恵に、シャルロッテが否を唱えるはずもなかった。 * 「お次はここだ。……楽しい物語が出来そうな場所だろ?」 茶くまの着ぐるみを着た白くまを連れて、ベルゼが遊園地の門をくぐる。 仕立て屋で悩みに悩んだあげく、後ろにチャックが見える着ぐるみを選んだのは、というか、選ばせられたのは間違ってなかったのかとか、喫茶店で半分こしたパニーニは、食べなかったのかそれとも食べられなかったのかとか、ほんとなら白くまに聞きたいことは山ほどある。 けれども、あれから白くまは喋らない。 ただ、見上げる瞳が、楽しい、とも、嬉しい、とも、もっと、とも、言っているようで、つい、知る限りの場所へと、せわしなく連れ回しているのだった。 「『いっぴきのくまといっぴきのこうもりは……』」 移動するごとに、その先を考える。 たのしくふくをえらびました? いっしょにごはんをたべました? ゆうえんちでひがくれるまであそびました? ふたりで……? (――ッ! そんなんで、物語になんのかよ?!) 「畜生! ダメだ、俺は作家じゃねぇからどう物語を作ればいいのかわかんねぇ!」 ぱしり、尻尾が地を叩く。白くまが立ち止まる。 「なあ、俺はキャラクターなんだ、ホントは俺だって、作られた物語の中でしか生きられない存在なんだよ!」 『いっぴきの、』 白くまが、口を開く。 『こぐまは、いっぴきの、こうもりとであいました』 「!」 ベルゼの作った物語の冒頭を、白くまは繰り返しただけだ。 けれど、ベルゼにはそう思えなかった。 続きを、教えて? そう、お願いされているような。 語り出したときから、白くまはベルゼのキャラクターなのだから、と。 「……ああ、そうだな。そうだ」 ニッと笑い、ベルゼは白くまの手を引っ張ってゆく。 「俺にはこれくらいっきゃ出来ねえ。――今日一日を、物語にするくらいしかな」 * 「次はあれあれ、コーヒーカップに乗ろう!」 いつのまにか、誰かに物語を聞くこともどこへやら、理恵とシャルロッテと白くまは、遊園地中のアトラクションに乗りまくっていた。 今も観覧車から降りてきたところである。 理恵の先導で、二人と一匹がカップに収まった時、開始のベルが鳴る。 「わーい、くーるくるくるー♪ シャルちゃんも回そー」 かるーく回し始める理恵から、不敵な笑みのシャルロッテがハンドルを譲り受ける。 「わたくしの好きな早さで、回してもいいかしら、理恵?」 「もちろんだよー」 「ふふふ。……参りますわ、よッ」 今日一日のさんざんな出来事に、まだ心の中が泣き笑い状態のシャルロッテ、その手の動かしかたは、まるで八つ当たりのようで、尋常ではなく―― 「って、きゃぁぁ、シャルちゃん、やめてやめて、目が回るよ~!?」 あまりの早さに、理恵はもとより、白くままでもぐらぐらゆらゆら、目が回るのか世界が回るのか身体が回るのか、気がついたらシャルロッテまでが具合が悪くなりかけ、3人してふらふらになってカップを降りたのだった。 「シャルちゃん……回しすぎだよー……」 「……でしたわね」 シャルロッテがぐったりした理恵を支えてベンチへと座らせるその後ろで、白くまが数歩歩きかけ、とてんと傾いで尻もちをついた。 ●緑の広場 遊園地の観覧車が遠目に見える、ここ緑の広場では、2匹のくまがお見合いをしていた。 いや、文字通りの意味ではない。2匹とも先ほどから見つめ合って動きがないのであった。 「……」 「……」 一方は、今日はそちこちで見かけられている、アニモフ似の白くま。 他方は、立てば3メートルはありそうな大きな灰色熊、ツーリストのワーブ・シートンだった。 「……」 「……」 ワーブは今、気持ちの良いお昼寝から目覚めたばかり。 対して白くまは、その鼻先にちょこんと座り、首をかしげてワーブを覗き込んでいた。 「白くま……うん」 寝ぼけた目を擦りながら、ワーブがようよう身体を起こす。白くまの視線が付いてくる。 「おいらは、灰色熊」 それからまた、見つめ合ってしばしの沈黙。 『……むかしむかしあるところに、』 「ん? ……」 『いっぴきのこぐまがおりました』 「……??」 『むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました』 「うん」 なんだかよく分からないままに、ワーブはひとつ肯いた。 ワーブが立ち上がり、遅めの昼ご飯へと向かおうとすると、その後ろを、白くまが付いてくる。 広場を後にして、中通りを歩いて、今日は向こうのカフェで食べようかと、路地をいくつか曲がり、……ただ行き先が同じだと思っていたワーブも、その頃になると、後を付いてきているのだと、わかる。 「うーん、おいらについていっても、どうかと思うんだよ」 ちょっとだけ立ち止まって、後ろを振り返ると、白くまが歩を止めて見上げている。 「蜂蜜の匂いにでもつられて来たのかなぁ?? でも、北極グマは肉だけしか食わないって聞いてるんだけどなぁ……」 ワーブの一歩に、白くまが5歩くらいをちょこちょこと早歩きで追いかける。 そのまま彼らは、なんだか親子のように連れ立って、0世界の道をゆく。 ●中通りスーパー 中通りに面したスーパーの入り口から、紙袋を抱えて出てきたのは、見事な赤髪をした、とある国の第二王位継承者のツーリスト、ツヴァイだった。 今日は買い出し係だったらしく、袋の一番上に、桃が覗いている。 「卵とー、ニンジンとー、白桃とー……これで全部か?」 手に持つメモと照らし合わせ、買い忘れがないことを確認する。 「あー、買出しってのも結構疲れるぜ」 こきりと首を鳴らして紙袋を持ち直し、家へと戻る道を辿る。 今日はこの後用事もない。そういえば、新しい小物屋が出来たと聞いた。覗いて見るくらいいいだろう。もしかしたらあの子に合うものが見つかるかもしれない。それとも、その向こうにあるパティスリーで焼き菓子でも買って帰ろうか…… と、思いを巡らせているツヴァイの後ろ、何かがくっついて来ている。 スーパーを出て2ブロック歩いた辺り、あのへんから後ろに白いなにかがちらちらしていたのには気付いていた。ツヴァイは唐突に振り返る。 「……何だ、お前?」 ひょこひょこと歩く、それは白くまだった。 「早くご主人ンとこ戻った方がいいぜ?」 子供に諭すかのように、ツヴァイは白くまの頭を撫でた。 『むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました』 その口をつくのは、物語の始まり。 『むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました』 飽きるほどに同じ台詞を繰り返されて、ツヴァイにも意味が分かる。 抱えている紙袋と、いまだ繰り返す白くまを、交互に眺め見て。 「けど、折角こんなバッタリ会った訳だからなぁ」 軽く息をつくと、ツヴァイは白くまの目線までしゃがみ込んだ。 「よし。何かの縁だ。続きの物語、このツヴァイ様が考えてやるぜ!!」 ●喫茶店 パティスリーに併設された喫茶店で、ワーブは白くまと向かい合って座っていた。……何故そうなったのかよく分かっていない。けれど、そう、なんとなく、語りたくなったのだった。 「おいらも、幼かった頃があったよ」 温かいマグカップを器用に両手で持って、ひとくち含む。 「そうだなぁ。双子だったんだよ。うん……」 白くまはじっと、待っている。 「……」 ワーブはカップを傾けて、ちびちびと飲む。何かを思い出すように。 「そうだなぁ。これは、おいらのことじゃないんだよ」 そう前置きして、小さな話を語り出す―― 昔々、一匹のこぐまがおりました。 そのこぐまは、母熊の元で双子の兄と共に平和な日々を暮らしていましたとさ。 ところがどっこい、氷は割れ、母親や兄弟と別れ別れになってしまったとさ。 そのこぐまは、氷河の上で、流されて、ある地にたどり着いたとさ。 そして、母を捜す旅に出たとさ。 途中、いろいろな生き物たちと一緒に力をあわせて、母を探しています。 ところが、邪魔するものもいました。 セイウチやトナカイそして大きなオスの白くまたちが邪魔するのです。 ですが、機転を見つけ、仲間たちの助けを借りて、ようやく母の元にたどり着いたとさ。 ぱふぱふぱふ。 白くまの手が、拍手を鳴らす。 『ようやく母の元にたどり着いたとさ』 幸せな結末が嬉しかったのか、そう繰り返す白くま。 「うん。だから、迷子なら、助けてあげるんだよ」 飲み終えたカップを置いて、ワーブも肯いた。 おいら、白くはないけど、同じ熊だしね。 * 白燕は、喫茶店のテラス席へ座ると、白くまを隣に引き寄せた。 本屋の絵本コーナーで、白くまはどの物語にも手を出さなかった。どうやら、本に書かれたものは読めないらしい。 ならば、と、店を出た白燕は、目に留まった喫茶へと入り、白くまと話すことにした。 飲食するのかわからなかったので、プチケーキなら食べるかと置いては見たものの、手をつけるわけでもない。白くまはただ白燕を見上げ、ちょこんと座っているだけだ。 それは、白燕の話を待っているようにも見える。 「どうやら、語る話を好むようだな。ふむ」 白燕は少し悩む仕草を見せた。 私自身の話ではなくても、よいのだろうか? それならば…… 「そうだな、伝え聞きの仙界の話か幻獣なら出来るぞ。何が聞きたい?」 白くまの瞳が、輝いたように見えた。 ●世界図書館 「迷子の白くまなんだよ」 ワーブが世界図書館へと白くまを連れてきたとき、時を同じくして、ベルゼも白くまの作者の行方を訪ねに来ていた。 「なんか似たようなのがいるじゃねえか」 どう見てもぬいぐるみを、ワーブに迷子と言われ、対応している図書館職員は首をかしげていた。 「どうした?」 折良く通りかかったシド・ビスターク、連れられた白くまを見て、瞬時に事情を理解した。この件なら俺が、と、職員から二人を引き取る。 「その白くまは、蓮華堂のところのだな」 なにか小さい気もするが、というか、数が増えているのも不思議だが、まあ、彼の持ち物ならそういうこともあるだろう。 「お前たちが見つけてくれたのか?」 「後つけてきやがったんだよ」「起きたらいたんですよ」 「ああ、自分で歩いて行ったというわけだったんだな」 「で、蓮華堂?っての? そいつが作者か?」 「さあ、それは知らんが、持ち主だ。ずいぶん探していたんでな、お前たち、悪いが、店まで連れていってやってくれないか?」 「いいですよー」「構わねぇぜ。ひとこと言いたいこともあるしな」 シドに場所を聞き、ベルゼとワーブは白くまを連れて図書館を離れた。 * 同じ頃、世界図書館へ向かう道を、ツヴァイと白くまが歩いていた。 道々、ツヴァイは物語の続きを考え、語る。 片手に袋を抱え上げ、片手で白くまの手を引いて歩きながら。 幸せになる物語が、ここにもひとつ。 むかしむかしあるところに、いっぴきのこぐまがおりました。 こぐまは優しい主人の元で働いていましたが、ある時、ふと考えました。 ぼくの名前ってなんだろう? 考えてみれば、こぐまはまだ主人に名前を付けてもらっていません。 こぐまは、こっそり主人の元を抜け出しました。自分の名前を探して、草原や森、山や海にも行ってみましたが、見つかりません。 諦めかけたころ、ひとつの町に辿り着きました。 そこには、こぐまと同じようなしろくまがたくさんいました。 「ようこそ」と、町のこぐまが言いました。「キミの名前は?」 「ぼく、まだ名前が無いんです」こぐまがそう言うと、何匹かの町のこぐまが近づいてきて、こう言いました。 「じゃあ、ぼく達が名前をつけてあげるよ」 そうして町の仲間達が考えてくれた名前は―― 「……うーん、オチはどんなのにすっかなぁ」 図書館を目の前に、足を止める。 紙袋を持ち直し、その白桃に目を留めた。 「そうだ、名前は「モモ」にすっか! 『しろ』くま、『白』桃とかけてさ!」 これこそ名案とばかりにツヴァイは満面の笑顔を作る。 「さっ、物語も終わったことだし、コイツを主人トコに届けねーとな」 踏み出したツヴァイの目に、それぞれが白くまを連れている、ワーブとベルゼの姿が映った。 ●蓮華堂 クリームと餡をひとすくい。自然に笑みを作る白燕に、蓮華堂が声を掛ける。 「お気に召しましたか?」 「ああ。気に入った」 蓮華堂ご自慢の甘味を美味そうに食べて、白燕は笑む。 「そなたの主人は、良いものを作るな」 白燕の脇に座った白くまが、嬉しそうに胸を張る。 その向かい側、写し鏡のようにそっくりな、同じ大きさの白くまがもういっぴき。 白燕が昼に見た、蓮華堂に抱え上げられていた、白くまはこちらだった。 「それにしても、本当に分裂していたとは驚きました」 「ああ、私も最初はそなたの連れていた白くまだと思っていた」 大通りを横切っていった蓮華堂たち、その行き先を白燕は覚えていた。喫茶店から出た後は行方を訪ねて歩き、此処へと辿り着いたというわけだった。 「おそらく、これだけ……というわけではないのでしょうね……」 蓮華堂が、あと何匹のこの子を探さなければならないのかと、思案していたとき。 どやどやとした足音と声がして、店に3匹の白くまが飛び込んできた。 『であいましたー!』 『たどり着いたとさ-!』 ただいま代わりの台詞と一緒に、蓮華堂の大好きな白くまが、これで5匹。いっぴきは、茶くまの着ぐるみを着て。 「どうやら『蓮華堂』ってのは、ここらしいな」 白くまの様子を見て、ゴールは此処かと、ツヴァイも店に上がり込む。その後ろから、どことなく不機嫌そうなベルゼと、のっそりとした仕草のワーブも顔を出した。 「ああ……もしかして、皆さん、この子を連れて……?」 「うん。迷子だったんだよ」 シドに教えてもらったんですよ。と言えば、蓮華堂はそれで理解したようだった。 「本当に、ありがとうございます」 深々とした礼を繰り返す蓮華堂に、どうしても言いたいことがある。と、ベルゼは詰め寄った。 「おまえ、こいつの作者なんだろ?」 「え……ええ」 「こいつに『物語』、やったの、おまえなんだろ?」 「……はい」 「だったら!」 申し訳なさそうな顔の蓮華堂なんて構わない。その襟をひっつかんで。 「作者なら、最後まで描けよな!」 ベルゼはこれだけは、言いたかった。 「物語を書くって決めたんなら、最後までちゃんと語ってくれっての。物語は作家が語ってくんなきゃ、本の住民は息すら出来ないんだぜ?」 (俺だって早く俺の「続き」を書いて欲しいのに、作家ってのは何だってどいつもこいつも身勝手なんだ) 「そう、ですね……けれど、私は……」 哀しい瞳になった蓮華堂に、主の姿を思いだし、乱暴に手を離す。 チッと舌打ちをしたベルゼの後ろから、ふいに、のんびりしたワーブの声。 「おいらは少しだけ、お話したですよ。昔の話ですよ」 「ふふん、俺はばっちり、名前まで付けてやったぜ。こいつの名前は――」 ツヴァイがそれを告げようとしたとき、 「蓮華堂さーん、お届け物ですよー?」 理恵とシャルロッテが、間に白くまを挟んで、店にやってきた。 「わあ、白くまくんがいっぱい……! 可愛いっ」 店内を一目見て、理恵が目を輝かせる。 閉園時間いっぱいまで遊園地で遊んでいて、結局物語を探すことが出来なかった二人、そのまま白くまを連れての帰宅途中にばったりとクラウスに会ったのだった。 お節介な彼は、こいつは迷子なんだとか、あいつが探しているからだとか、一方的に捲し立てた後、俺じゃわかんねえから世界図書館へいけと言い置いて去って行ってしまい。 図書館に行ったあとは、ツヴァイたちと同じパターンだった。 「で、こうして連れてきて差し上げましたけれど、いったいどういうことですかしら」 蓮華堂の話は簡潔だった。 白くまは、こんな姿だけれども『本』で、自らの能力の影響で、動き出してしまったのだと。 「皆さんには御迷惑をおかけしまして、本当にすいません」 「でも、楽しかったよねえ、シャルちゃん」 理恵が無邪気に微笑むので、シャルロッテは苦笑して肯いた。 「しかし、どうするのだ。そなたの話だと、白くまは、もとは一匹であったのだろう?」 「そうだな、どうやって元に戻すんだ?」 「おそらく、こうすれば、と」 言って、蓮華堂は、自身の横にいた白くまと、ツヴァイの横にいた白くまを引き合わせ。 ぱふん。と音がして、2匹は1匹に。 「ああ、やはり」 合体した白くまは心持ち大きくなっている。次にワーブが連れてきた白くまとも引き合わせ。 さらに一回り大きくなった。 ぱふん。ぱふん。ぱふん。 引き合わせ重ね合わせるのを繰り返し、そのたびに白くまは大きくなった。 「不思議なんだよ」 結果、子供の大きさ程度に膨らんだ白くまを見て、ワーブが言う。 何故か、ベルゼがお仕着せた茶くまの着ぐるみごと、大きくなっている。 「無駄にならずに良かったけどよぉ、なんか……複雑な気分だぜ」 姿の変わった白くまに、ベルゼが微妙な表情を見せる。 共にいた白くまは、そこにいるのに消えてしまったような。 『いっぴきのこぐまは、いっぴきのこうもりとであいました。そして、母を捜す旅に出たとさ。諦めかけたころ、ひとつの町に辿り着きました』 白くまが語るのは、つなぎ合わされた物語。 ベルゼが語り、ワーブが語り、白燕が語り、ツヴァイが語り、そして、理恵とシャルロッテが二人で紡いだ、確かにそこにある、今日一日の物語。 白くまは続けた。語る声で。 『ぼく、まだ名前が無いんです』 「――ううん。ぼくのなまえは、モモだよ!」 白くまが、今までと違った口調で話し出す。 それは感情の込められた、明るくも嬉しそうな、幼い声で。 「あ、なた……言葉を?」 蓮華堂の反応に、6人は白くまが――いや、彼にはもう名前がある――モモが、自分の言葉で話し出したことを知る。 * それから数日。蓮華堂の店先で。 「ぼく、モモ! よろしくね!」 言葉を得た白くまが、嬉しそうに挨拶する声が響く。 「また来てね。楽しいおはなし、聞かせてね!」
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