「モフトピア行き、10名様、ご案内しま~す」 真っ白い獣耳をピコピコさせながら、旗を振っている子供が居た。 その手に抱えているのは重厚な『導きの書』。 床を掃きそうなくらい大きなふっさりした尻尾を左右に振って、ロストナンバーが集まるのを待っている。「えとですね、川下りが流行っているらしいのです」 モフトピアにある、大きな浮遊島。 緑の森に覆われたその島は、穏やかな起伏に富んでおり、その間を縫うように、緩やかな川が流れているのだという。「アニモフさんたちは7人乗りのお船に乗ってですね、川を下るのです。ゆったーり、のんびーり、なのですよ。……しかし!」 ぱふん。 しっぽが床を叩く。「途中に障害物があるのです。行く手を阻むのです」 果物が鈴なりになっている蔓というか枝というか、そういう木が幾重にも、川幅一杯覆うように渡っている区域があるのだという。うっかりと真っ直ぐ進むと――「たんこぶが出来るかもしれないのです。痛いのです」 獣耳をぺたりと折って、きゅぅんと鳴く。 気をつけて欲しいのです。「でも、そこを過ぎたらあとは、きれーいな景色なのです。小鳥さんとか、森の動物さんとか、顔を出してくるのです。なんとかスポットなのです。 そして。そしてですよ。最後は」 ぴしっと、人差し指を立てて、衆目を集めようとする。 大きな口が、にーぃと笑う。「滝なのです。滝のてっぺんから、ぴょーん!です。飛ぶのです。 ほいで、ふんわーりふんわーり、湖に着地するのです。お空を飛んでるみたいで、気持ちいーのです」 何故か胸を張って、えへん、と得意げだ。そのラストがアニモフに人気なのだろう。「いじょーが、えーと、今回の旅行……じゃないです、えと、依頼になります! 是非是非、楽しんで、じゃない、えっと、調査を宜しくお願いしますっ」 えへへーと笑って、子供はチケットを手渡し、派手に手を振って彼らを見送るのだった。 ロストレイルが彼方へと消え去ってから、子供はもう一度『導きの書』の該当頁を読み返し、復習する。 ……ん?「あれ、えっと、あれれ? 僕、川下りの途中の悪戯のこと、言ったっけかなあ??」
緩やかな稜線を描く山々に、切れ目のような谷川が見えた。 先導するアニモフ船の後ろ、大所帯のロストナンバー船が続く。 「わぁ~、前にも、冒険で一緒になった方たちが多いよね。みんな、またよろしく」 リスがそのまま人サイズになったような、サンバイザーが目印のツーリスト、バナーが挨拶をすれば、 「うん、今日はヨロシク~。みんなで楽しもうね!」 武闘派女子高生コンダクター、日和坂 綾 (ヒワサカ アヤ)が答えた。同道するほとんどと知り合いと言うこともあり、なんとなく輪の中心にいる。隣にはフォックスフォーム・セクタンのエンエンがちょこなんと座り、尻尾の手入れ中だ。 「綾は準備万端だな」 綾の頭のてっぺんから足の先まで見つつ、男子高生コンダクター、相沢 優 (アイザワ ユウ)が苦笑する。 普段と変わらぬ服装の優に比べ、綾はと言えば、Tシャツとハーフパンツの下にスクール水着を着こみ、頭には通学用ヘルメット、トラベルギアの鉄板入りシューズまでがっつりと装着、完全武装済みといった出で立ちだ。 「だ、だって~」 本人もどことなく恥ずかしいのか、そっぽを向いてごにょごにょと言う。 「……水着だけでボート漕ぐと、水着破れるって脅かされたんだもん。でも、最後滝に飛び込むなら水着がイイんだもん」 「壱番世界だと滝から落ちたりなんて出来ないものね。船でふわふわ空を飛ぶなんて……素敵だわ」 金の髪に赤いリボンが映える、女子高生コンダクター、コレット・ネロが笑顔で肯く。綾が動なら、コレットは静のイメージ、どちらも可愛らしい女の子だ。 「……あ、でも、そこに辿り着く前に障害物を何とかしなくちゃ」 「大丈夫でござるよ。拙者がコレット殿を守るでござる」 腰まである長い黒髪に袴姿のツーリスト、雪峰 時光 (ユキミネ トキミツ)が、気負いもなくそう言った。 「最近は色々な事がござったし、アニモフ殿達とのんびりするのも良いかもしれぬな」 脳裏に過ぎったのは、ついこの間訪れた地。それとは正反対の場所に見えるこのモフトピアで、ひとときの癒しも悪くない。 「そなた、良い刀を持っておるの」 口調に特徴がある、こちらも可愛らしい女子高生コンダクター、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ (-・リン・-)が、時光の腰に差した刀に興味を示す。 「居合ならわたくしも腕に覚えがあってな。うむ、それはギアか。二振りあるのか」 普段はこの『風斬』を使うのでござる、と、時光はギアを示した。流石に生業はサムライ、それから刀について、ジュリエッタと語り始める。 そちこちで話が飛び交う船の隅に、どこか清涼な空気を纏う、銀髪赤目の少年ツーリスト、カナンは座り込んでいた。知り合いが見当たらないのか、不安そうな、けれどもそれを見せまいとしているかのような、表情だ。 (べ、別に、寂しくなんてないもんね。で、でも、話しかけてくれたら、話してあげるくらい、してあげるけどっ) そんなことを思いながら、みんなの話が聞こえるよう、ちょっとだけ前に身動きをした、その手の先に、妙な感触。 「って、のわっ、手! 手!」 視線を落とすと小人がいた。 背丈17.5cmのツーリスト、陸 抗 (リク コウ)だ。 またもや到着するなりマスコット扱いされ取り合いになるという、アニモフたちから手厚い(手荒い?)歓迎を受けたため、しばし休息していたのだった。ぐったり油断していたせいで、カナンの手にうっかり潰されかけつつあった。 「な、なんでそんなとこにいるのさっ」 言いながら、カナンは慌てて手をどける。そして思わず抗をつまみ上げ、まじまじと見た。 「なんだ、俺はおもちゃでも人形でもねぇぞ?」 こんな反応には慣れっこだ。 またもみくちゃに触られるようなら、PKで逃げてやろう。手に持った風船が揺れた。 口をとがらせて抗をしばし見つめ、カナンはそおっと抗を手のひらに載せた。そのまま元の姿勢に戻る。思いの外優しい手つき、包むような手のひらに、抗は不思議そうに見る。 「また潰しかけたら、僕の寝覚めが悪いから!」 言って、視線をそらしたカナンに、抗は理解した。こいつはツンデレってやつだ。 「きゃっきゃ、アニモフちゃん達と一緒に川下りだよ。ゆれて楽しそうだよ、きゃっきゃ」 朽ちかけた鎧姿のツーリスト、イクシスがひとりはしゃいでいる。 彼はモフトピアが、アニモフが大好きだ。今回の川下りもとても楽しみにしていた。 「ええ、川下り、なんか楽しそうですわ。今回は、魔法はなるべく使わない事にするわ。こういうものは自然に任せるのが楽しそうですものね」 赤い髪が目を引くツーリスト、レナ・フォルトゥスが頷く。使い魔のイタチたちも一緒だ。 「あら、そういえば自己紹介がまだでしたわね。レナ・フォルトゥスですわ」 「ボク、イクシスだよ。よろしく~」 鎧の中の赤い光が、微笑みのカタチになる。 「帰ったら、館長代理に報告しなくちゃねー」 ロストナンバー総勢10名。川下り始まりの地へ降りる。 山特有の澄んだ空気。水音も耳に心地よく、すがすがしさを覚える。 ロストナンバーが降り立った場所には、既に順番待ちをしているアニモフがいた。大流行というのは、本当のようだ。今も二艘、並んで出発しようとしている。 先に降り立ったアニモフ4匹、黒、白、赤、青のくま型の彼らが、少し離れた小屋からんしょんしょとボートを2つ、引っ張り出してきたのを見て、後から到着したロストナンバーたちも手伝い準備を進める。旅人と一緒に行動するアニモフたちに、待ち時間中のアニモフからちょっとばかり羨ましげな視線が投げられた。 さて、次は班分けである。 「私はA班かな。あ、でも、人があぶれたら移動してもいいよ?」 「わたくしはA班を希望しようかの」 「俺も俺も! Aチームー!」 「ボク、どこでもいいよぉ~」 「では、あたしはB班にしますわ」 「チームは……べ、別にどっちだっていいよ。どっちに入れてくれなくたって平気さ、僕は一人でも大丈夫だからね。け、けど……もしどうしてもって言うなら入ってやってもいいよ! そうだね、B班辺りに!」 (この物言いで、カナンの性質は全員に知れることになった) 「……では、拙者、A班にて行動するでござる」 「ボクもA班にしようかな」 「俺もどっちでもいいんだけど、こうなるとB班かな」 「じゃあ、私もB班かしら」 ――そんなこんなで、班分けが確定した。 A班、日和坂 綾、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ、陸 抗、雪峰 時光、バナー、それに、黒と白のくまアニモフ。 B班、レナ・フォルトゥス、カナン、相沢 優、コレット・ネロ、イクシス、それに、赤と青のくまアニモフ。 「班分け決まったもふ? じゃあ、これ、ひとり1こ持ってくもふよー」 相談が終わったあたりで、ボートをしまってあった小屋に手招きされる。 また力仕事なら己の仕事だと思い、時光が真っ先に近寄れば、アニモフがにこにことしながら小さく軽い何かを手渡す。 「む? いい、いきなり手渡されたコレは……噂に聞く、チャカでござるな!!」 形状はまったく壱番世界の水鉄砲、そのままだった。ただ、氷細工のようにも見えるソレは、どうしたってモフトピア製、舐めれば甘い代物だ。 「セーブ劇で男が生死を賭けた決闘をする際に用いるというアレ……! な、なぜ川下りにこんなものが必要なのでござるか……!?」 驚愕の表情で水鉄砲を見つめる時光の横で、優も1つ受け取る。 「対抗戦だし、これで相手チームでも、撃つのか?」 何気なく試しに引き金を引くと、ぴゅーっと発射された水流が、時光の袖を濡らす。 「な、なんとっ」 時光の視線が、優と、袖もとと、手のなかの水鉄砲を行き来する。 「あははは。時光さん、これ、水鉄砲って言うんだよ」 綾も1つ受け取りながら、説明する。ここをこう押すと、水が出て……ね? 絡繰りを理解し、時光はそういうことかと、水鉄砲を見つめた。 バナーが隣で、受け取った水鉄砲を何度か地に向けて撃ちながら聞く。 「面白いね。コレ、どうなってるの? 水が無くならないみたい」 「水はね、入ってるんだもふよ?」 何が不思議なのかと応えるアニモフ。ここがモフトピアだと思えば、そういうものはそういうものとして出来ているのが普通なのかもしれなかった。 無尽蔵に遊べるこの仕組みは、ちょっと解体して見てみたいかもしれない、と機械の製作や解体を特技に持つバナーは思う。けど……分かっちゃうと楽しさが半減しちゃうかな? 「お~い、綾ー。俺の受け取っといてくれよー」 抗が同じチームの綾を呼び寄せ、自分の分の水鉄砲を代わりに持たせる。 続いて、ジュリエッタとレナとカナンとコレットが水鉄砲を受け取った。 「聞いたことはあるが、遊んだことはなかったのう。水鉄砲とは、こういうものなのかの」 「そうね、小さい子供が良く遊ぶものよね」 「ウォーターガン……かしら。誰にでも扱えるのは、すごいですわね」 「……僕がこんなので喜ぶと思ったら大間違いだよっ」 イクシスは受け取った途端、早々あちこちへと水流を飛ばしまくり、アニモフを始めとするほとんど全員からきっちり総攻撃でやり返されたりしていた。 「お返しされちゃったよぉ~、きゃっきゃ!」 「出発進行-!」「もふー!」 綾と黒くまと白くまのかけ声で、A班の船が出発する。 「じゃ、ゆっくり動かすよ」 バナーが乗り込んだ皆に声をかける。A班のオールはバナーと時光が握っていた。 「拙者、バナー殿に合わせるでござるよ」 「ありがとう、時光さん。転覆しないように、少しずつ加速させるからね」 「ふむ。進路はしばらく真っ直ぐのようじゃ」 真っ先に船首に陣取ったジュリエッタから、報告が入る。 彼女はオウルフォーム・セクタンのマルゲリータを飛ばして、視覚共有能力を駆使し、方向指示を行う役を自ら請け負っていた。 「よーそろー!」 ジュリエッタの前、船の舳先に陣取った抗は、水鉄砲もオールも自分に見合うサイズがないと見て、風切り応援に切り替えた。ついでにちょっと船長気取りだ。 「それにしても、緑が多いのう……。都会で暮らしておる身としては、たまにはこのような自然に触れたいと思っていたところじゃ。まあ、危険はないじゃろうし気楽にいこうとするかの」 「おう、取り敢えず楽しく……っていうか、お手柔らかに頼むぜー!」 言葉の途中で、抗はこれから同じく船出しようとしていた、B班を振り返った。声が聞こえたのか、腕が振りかえされる。見知った友の顔を見ると、勝ちたくなるのはどうしてだろう。 「うしっ。優とコレットとレナには絶対負けねえ!」 するりと先にA班が出発したその横、少し遅れてB班の皆も乗り込んでいた。 「オール? 漕ぐ? どうして僕がそんなことしなくちゃならないのさ。ここは力のあるお兄さんやお姉さんがやるべきだろ。僕みたいな子供に漕がせるなんて虐待だよ!」 とかなんとか言いながら、カナンが自発的に率先してオールを動かし始めたので、もうひとつのオールを握った優は、微苦笑しながら反対側を受け持った。 「助かるよ、カナン。ゆっくり行こう」 優からお兄さんスマイルで話しかけられたカナンは、ちょっとだけ赤くなりながら、もごもごと口の中で反対するようなしないような台詞を言いつつ、オールを漕ぐ手を少しだけ、緩めてみたりした。 2つの船が、追われ抜かされ、ゆるゆると川を下っていく。 緑の木々から漂う清涼な空気の中、水の流れはどこまでも穏やかで、心地よい音が耳を打つ。目を上げれば旋回する鳥が見えた。渡る風がすり抜けていく。 「川下りって、結構いい感じですわ」 得意とする魔法属性を示すかのような、鮮やかに赤い長髪を風に遊ばせながら、眼を細めてレナが言う。その肩に乗ったイタチも風に吹かれて気持ちよさそうだ。 隣ではイクシスが、赤と青のくまアニモフを抱きしめたり抱きしめたり抱きしめたりしていた。とても幸せそうだ。 微笑ましく見守っていたコレットの視線が優と出会い、二人で笑む。優の目はコレットの笑顔から、オールで波を立てた水面へと動く。 「この川の水……綺麗ね」 その視線を追ったコレットが話しかけた。ちゃぷり、白い手を水に浸す。 「うん、澄んでて綺麗だよな。魚とか、いるかなー」 「モフトピアだもの、きっと変わった魚がいると思うわ」 「川を下り終わったら、魚料理でもするか」 「わあ! 楽しみ」 お任せあれと、優がオールの柄で胸を叩く。コレットの微笑みが更に深くなった。 オールを動かしていたカナン、この二人の傍ならば、安心していられるかな、なんてことを思う。 ちゃぷちゃぷちゃぷ。 コレットの指が水を弾き続ける。 細い指に感じる冷たさ。しばらく川面を眺めていたコレット、ぽつりと呟いた。 「ちょっと飲んでみようかな」 とっても綺麗だし、きっと大丈夫。かがんで両の手で掬い、口に含む。 「……うん、おいしい。後で川遊びする時、水を汚さないようにしないと」 「あ、コレット危ない!」 「痛……っ!」 俯いていたコレットは気付かなかった。いつのまにか障害物ゾーンに突入していたことを。 落ちてきた果物が、船の中に転がっている。これが頭に当ったようだった。 「ちゃんと、上を見ていないとダメね」 痛みの残る箇所を意識して、苦笑する。 「みんなに被害が出ないように、果物をもいで行きましょう」 コレットの頭の上に果物が落ちる少し前。 行き先を見ながら漕いでいたカナンが、いちはやくそのゾーンを見つけていた。 「優兄さん、オールは任せたからね!」 言い置いて、カナンはその姿を額に一本の角が生えた白馬、ユニコーンに変える。 任された優は、オールを左右交互に漕ぐため、立ち位置を変えた。見ればカナンは、優雅に美しく空を駆けていく。 船の行き先を先回りして、大きな果物を落としておいてくれているようだ。カナンの作った進路に沿って進むよう、優は漕ぐ力を調整した。 果物を落としながらひとり先まで行ってUターンしてきたカナン、ふわりと元の姿に戻って船に降り立つ。オールを再びカナンに渡しながら、優は声をかけた。 「ありがとな、カナン」 「……なっ、何だよ。僕はただ、自分の頭に果物が落ちてくるのが嫌だっただけさ。お、お兄さんたちのためにやったんじゃないんだからな! 僕のためなんだからね!」 なんとなく微笑ましくなった優、嫌がられるかなと思いつつ、カナンの頭を撫でると、真っ赤になりはしたものの、彼は俯いてされるままになっていた。 さて、カナンによってだいたいの果物が落とされたとはいえ、小さなものはまだ残っている。先ほどコレットの上に落ちてきたものもそうだった。 コレットは腕を伸ばして果物をもぐ。 優はオールを漕ぎながら、もぎきれなかった果物を避け――きれなくて、時々ぶつかっては、あいたっと小さな声を上げていた。二方向に注意を向けるのは結構難しい。それでも優の凄いところは、ぶつかりつつもちゃっかりと果物をゲットしていることだった。 一方その頃、レナは果物枝で出来た棚の、上を走り渡っていた。カナンがユニコーンへ変化するのに合わせ、飛び乗ったのであった。それまでじっとしていた2匹のイタチも、今は楽しげに併走している。足場さえ誤らなければ、そこはよい走り場だ。 見下ろせばB班の船には、いくつかの果物がころころと転がっている。 (思った通り、果物とかは、ほかの人が集めてくれてますわね) とはいえ、せっかくだから自分も何か取りたいと、走りながら目に付いた花を摘む。甘い匂いを放つ色とりどりの花を抱えて、レナは走り行く。 先を走るB班に追いついて、A班の船がその横へ並ぶ。 「――っ!」 ジュリエッタの居合いで、船の左右に果物がぼちゃんぼちゃんと落ちていく。 「避けきれなかったものは後方で始末してくれい!」 振り返りもせず声を上げ、ジュリエッタは黙々とギアを振る。 「何!? 障害物だと!?」 と驚いて見せたものの、抗の小ささには、当るはずもない。 「まあ、俺のおでこに当たる高さだったら全員落ちるの確定だからな。……ふっ」 しかし、それではつまらないではないか。抗は、PKで飛び上がり、わざと目の前に迫るまで果物を待ってから、ひょいとかわしてみせるのを繰り返した。 華麗な身のこなしに得意になって避けた果物を見送り。ふふんと腰に手を当てふんぞり返ったその頭に。 「……あ痛っ!」 障害物ゾーンはまだ終わっていない。見事に後頭部に当った抗は、そのままへろへろと船へ落ちていった。 「美味しそ~……あだっ?!」 果物の豊かななりように目を奪われ見入っていた綾に、ぽこんと果物が当たる。 「メ、メットがなければ即死だった……」 ずり落ちたメットを被り直す。何かの影が船底を通り過ぎた気がした。見上げれば、B班のレナが果物棚の上を走っていくところだった。 「あ、あれいいな! あたしも!」 太めの枝を両手で掴み、ひょいっと懸垂の要領で身体を持ち上げる。 無事棚の上に立ち上がると、船を追いかけ走り出す。 しかし、足元には美味しそうな果物……。時々しゃがみ込んでつまみ食いの誘惑に抗えない。 「むぐんぐ……うひゃぁ、置いてっちゃヤダ~」 気がつけばA班もB班も棚の下から逃れつつあった。ここから走り跳んでも間に合うかどうか。 いや、泳ぎの腕には自信がある。綾は川へ飛び込んだ。 一方、バナーは始めから棚の上を選んで走っていた。 「これぐらいの大きさの枝なら、ぼくにまかせて」 もとがリスなので、枝を渡ったりするのは、お手の物なのだ。要領よく果物と共に木の実もゲットし、ほくほく顔ですっかりと夢中になっていた。 そう、彼も気がつけば、船から引き離されていたのだった。 綾の飛び込む水音で、遠ざかった距離を知る。 「え? ちょっと……ちょっと待ってよぉ!」 「行きますわよ」 甘い香りと共に、いつのまにか後ろにあらわれたレナの声。バナーの身体がふわりと浮き上がり、A班の船へと飛んでいく。 レナはレナで、当然のように空を飛び、B班へと飛び移る。はらりと花びらが彼女の軌跡を追うように舞った。 「きゃあ!」 近くにコレットの悲鳴が聞こえ、時光は鋭くB班を見遣った。 「当ると痛い~。痛いの嫌だよ~」 イクシスが船の縁を持ち、半泣きでがたがたと揺らしていた。たぶん見事に果物がクリーンヒットしたのだろう、ちょっぴり顔の一部が凹んでいる。 果物を避けようと、思いっきりA班のほうへと傾けてくるのを見た時光、目測で距離を測ると、 「危ないでござる!」 ポコン。 打った。 オールで。イクシスの頭を。 「すまぬな、貴殿の頭にハチが止まっていたゆえ」 涼しい顔でそんなことを言う。 「え、ハチさんいるの? どこどこ?」 今度は身体ごとぐらぐらと左右を見回し、イクシスは無謀にも立ち上がった。いっそう大きく船が揺れ動き、コレットもカナンも優も、全力で船の縁にしがみついた。 更にその時運悪く、ぐいっと、川の方から船を掴むものがいた。 「ぷはぁ~、追いついたー」 泳いできた綾である。そのまま身体を乗せようと、体重をかけ。 当然のことながら、立っていたイクシスはバランスを崩し。 「あれ?」 ――ぼちゃん。 乗り込んできた綾の横、派手な水しぶきを上げて、川に沈んでいった。 「え? え、え?!」 何が何だか分からずに、きょろきょろする綾。 「あ、私、班、間違えた?」 「ま、間違ってないよっ。あんな危ない鎧より、綾姉さんのほうがマシだもん」 今にも転覆しそうだった船である。カナンは思わず綾の手を取って引き上げる手伝いを始める。 「あー……うん、まあ、大丈夫……だよな?」 優もなんともいえない表情で、落ちていった先を眺めている。――すぐに助けに行かなくちゃ、という気にならないのは、その、ある意味自業自得って言うか、なあ……? しばらく水面を見つめていたレナが、振り返る。 「皆さん、心配無用ですわ。彼、楽しそうに川底を歩いてますもの」 中身のない動く鎧・イクシス、身体の中外へ小魚を纏わり付かせ戯れながら、ここからは水中散歩をひとり楽しむこととなる。 障害物であった果物の枝棚ゾーンを抜け、2つの船は更に先へと進む。 川幅がさらに広くなり、青い空が頭上いっぱいに広がる。白い雲に乗ったアニモフたちが手を振っている。これからまた川上まで戻るのだろう。川岸に広がる森の木々から小鳥が飛び立ち、様々な声を聞かせてくれる。 川の流れは格段に緩やか、進路は真っ直ぐとなれば、オールを抜いて、流れに任せてみるのも楽しいものだ。 「ほら、おいでおいでー」 優が果物で小鳥たちを呼び寄せたのを見て、時光もオールを置いて休憩体勢に入った。先ほど手に入れた果物を片手に、周りの景色を鑑賞する。 「ふむ。この赤い果物、なかなかおいしいでござるな」 「時光さん! ……はいっ」 いつのまにか近くに寄っていた隣の船から、コレットが何かを投げてきた。 「ふふ。ちょっとだけ、果物のお裾分け。みんなで食べてね?」 「ありがとう、コレットさん、じゃあ、ボクからコレあげるよ」 バナーが木の実を放り投げ、お返しにとレナが花から捕れた蜜飴を投げ、ちょっとした戦利品交換会となっていた。 話が出来るほどに近付いた2つの船に、景色と同じ、ゆったりとした時間が訪れる。 岸に鹿の親子が見えたと言って近寄ってみたり、優に懐いた小鳥に餌をあげたら、どこからともなく鳥が増えて綺麗な合唱になったり、うっかり川に落とした果物のお礼なのか、光る鱗の魚が顔を出してきたり。9人と4匹は、和やかに話し、笑いながら川下りを楽しんでいた。 「ん、先にゆるやかなカーブがあるようじゃ」 定期的にマルゲリータを飛ばしていたジュリエッタから、報告が入る。 「右曲がりじゃな。念のため少し船を離した方が良かろう」 そうか、と言って、時光がオールを手に取る。B班にもジュリエッタの声は聞こえていたのか、優は既にオールを操っていた。 赤と青のアニモフが、身振りを交えてアピールする。 「あのねあのね、その先はねー、またまっすぐなんだもふよー」 「まーっすぐなんだもふよー」 それから目と目を見合わせて、口元に手を当てて、くすくすと笑い合う。何かを楽しみにしているような微笑み。 「負けないもふよー」「もふよー!」 離れていく船の中、黒と白のアニモフが手を振っているのが見えた。 長いカーブを抜けた先、アニモフたちが言っていたように、またまっすぐな流れに戻っていた。これまでオールで漕いでいた時光、まるでゆるゆるとした船遊びのようだと思う。川上の下り始めからこちら、急な流れに船を制御する必要などまるでなかった。が、考えてみればモフトピアのアニモフの遊びだ。ロストナンバーが必死にオールを操る必要があるような、大変なものではないのであろう。 きっと水遊びに近いのだろう、アニモフのオール捌きを想像して、ひとり含み笑いをしていた時光の横顔に、ぱしゃり、水がかかった。 何事かと見れば、赤いアニモフが水鉄砲を手に小躍りしていた。命中したことが嬉しかったらしい。それを見た青いアニモフがバナーに向けて撃つ。こちらは少し外れてしまった。 「え? 聞いてないよ~。でも、やったな!」 いそいそとバナーも水鉄砲を取り出し、応戦し始めた。隣にいたアニモフたちも。 「お返しだ~!」「もふ~」 2つの船は、ちょうど水鉄砲の届く距離とはいえ、どちらもゆらゆらと揺れる川の上である。狙いをつけて撃ったはずなのに、的ハズレの場所に行くのは当然のことで。 黒と白のアニモフと、バナーの逸れた水流が、合わせて綾に命中する。 狙い撃ちをされた格好になった綾、きらーん、目が光った。 「優、オール貸してっ」 奪ったオールを川面に突っ込むと、綾は豪快に水をはね上げた。 「水鉄砲なんて生ヌルイぞ~! ていっ! ていっ!」 「わわっ、綾姉さん、何してるの?! 僕まで水浸しだよっ?!」 「だいじょぶだいじょうぶ。みんな着替ありでしょー?」 仲間も巻き込んでの攻撃に、優は苦笑しながら水鉄砲を取り出した。優にもすっかりと水がかかってしまったのだ、こうなったら濡れることなど気にせず楽しむほうがいい。 赤アニモフと青アニモフが次に狙ったのはジュリエッタだった。 居合でわざと空振りし、他の人の水鉄砲が命中しやすいようにしていたものの、何か集中的に狙われているような気がして、なればと水鉄砲へ手を伸ばす。 「お返しじゃ、覚悟せい!」 ジュリエッタが撃つ。外れる。赤と青アニモフが撃つ。命中する。ジュリエッタが撃つ。撃つ。外れる。外れる。そんなかんじで、何故かアニモフに一発も当たらない。何度撃っても当たらない。次第にジュリエッタはイライラしてきた。 「ええい、このすばしっこいアニモフ達め! こうなったら意地じゃ! 水に落ちようがなんじゃろうが、全員退けるまでやめんわ!」 でん、と、船の縁へ足をかけ、身を乗り出して距離を縮め、当てようとする。が、 「ジュリエッタ殿、危ないでござる!」 夢中になりすぎたか、重心を傾けすぎ、あわや川に落ちる――というところで、時光に抱き留められた。船が大きく揺れ、引き戻される。 へたりと座りこまされ、ジュリエッタはばつの悪そうな顔を向ける。 「すまぬの、熱くなりすぎたようじゃ」 「き、気をつけるでござるよ」 時光は慌てたようにその手をさっと離し、定位置へと戻ってしまう。その目の縁が、ほんのり赤いように見えたのは気のせいか。 (ふむ。今のは、小説で使えるかもしれないのぅ) ぼんやりとそんなことを思うジュリエッタだった。 「ぬおっ!! 水鉄砲攻撃だと!? ってか、俺は無視かぁ~!?」 抗の身体の小ささに、流石に当てにくいのだろう、もっぱらバナーや時光、ジュリエッタを狙ってくる。持てる大きさの水鉄砲もなく(というか、綾に預けたまんまだ)、自分を生かせる方法を考えた抗、相手の船へとPKで飛び込んだ。 「うぉ~!! 身を挺してみんなを守るぜ!!」 手近な青アニモフの水鉄砲の前に飛びだす。自ら盾になるつもりなのだ。 俺を狙えとばかり目の前にいる小さい人に驚きはしたものの、どちらへ水鉄砲を向けてもついてくる抗に、青アニモフ、えーいと引き金を引く。 水鉄砲と言っても、銃口に近いほうでは、結構な勢いがある。モロにお腹に受けた抗、そのまま水流と一緒に飛ばされかけ、踏み止まって、水が切れたら舞い戻ってきた。 「よ、よーし。もいっちょこーい」 青アニモフ、2回目は躊躇しなかった。いやむしろ、嬉々として撃った。 水流に押され、舞い戻り、また飛ばされ、途中から赤アニモフも面白がって参戦し、いつのまにか、どこまで抗を遠くに飛ばせるか競争になり。そのうち二人で協力して二刀流ならぬ二丁流で抗を狙ったりして、アニモフ2匹と抗はへろへろになるまで遊んだ。 「はぁはぁ……船を漕げない分、みんなの役に立てたかな?」 アニモフが一休みしたのを見て、抗はA班へ戻る。 その頃にはどちらも満足したのか、水流が飛び交うことはなくなっていた。代わりに、コレットとレナから、おやつ代わりの飴が投げ込まれる。 「お疲れ様ですわ」 「ゴールまで、がんばりましょう」 しばらく流れに揺られていると、轟々とした音が聞こえてきた。 「もー少しだもふよー」 アニモフたちも、そわそわと船の行く手を凝視している。 滝壺は近い。視界のずっと先、淡く水しぶきが見える。 「よぉっし、急加速だー!」 綾がオールをこぎ出すと、負けじとA班の時光もオールを動かした。 「そうじゃそうじゃ、班対抗じゃったな」 思い出したようにジュリエッタが呟けば、バナーも慌ててオールを取る。 「いけいけー」 舳先で抗が応援し、その後ろで黒と白のアニモフも両手をぐるぐる回している。 「負けるなもふー」 赤と青のアニモフも、オールを持った綾と優を応援していた。 コレットとカナンは、船の縁を持って滝壺へ飛び出す時を待つ。 「もう、すぐですわ」 レナの声を後ろに残して、2つの船は空へ飛び出した。 「来た来た来た~~っ! 滝つぼ1番、ドォーン!!」 滝壺に差し掛かる前からボートの上で仁王立ちをして待っていた綾、空へと飛び出すや、オールを放り投げ、ボートから滝壺に飛び込んだ。 オールを器用にキャッチした優、気が早い綾に苦笑しつつも、ふわふわとした落下感と見晴らしの良い景色に、うわぁっと思う。こりゃすっげえ楽しい。もう一回やってもいいくらいだ。 「見て、虹が」 コレットが指さした先、滝にかかる綺麗な虹があった。ちょうど、雲の船はその下をくぐるようにふんわりと落ちていく。レナとカナンが、虹を見上げた。 「これはいい思い出になりますわね」 「へえ、虹って下から見ても七色なんだね」 B班に並ぶように、A班の船も落下していた。 「ひゃっほぉぉぉぉぉ~~~!! 壱番世界の漫画にこんなシーンがあったぜぇ!」 うっかり浮いてしまわぬよう、風船を抱えて抗が叫べば、 「このふわふわ感、まるでアシモフになった気分じゃ! 空を飛ぶとはこんな感じかのう」 セーラーの襟をはためかせ、ジュリエッタが歓声を上げた。 サンバイザーを抑えたバナーと、ぱたぱたと袖を膨らませた時光は、並んで景色を見遣った。 「これはまた、一面の緑でござるな。豊かな島でござる」 「なんだか懐かしいな」 もともと樹上都市にいたバナー、広がる緑に、少しだけ元世界を思い出したりした。 「あのねあのね、あのへん、ぼくらの村なんだもふー」 白アニモフが指さす先、森の中に少しだけ広場があるようだった。おもてなしするから、今度遊びに来てほしいもふ、なんてお誘いに笑顔で頷く。 ふうわりふうわり、と、下の湖へと着地した雲の船を、岸辺に寄せる。 滝壺ジャンプの感想を口々に言いながら陸へ上がると、先に飛び込んだ綾が、ヘルメットとTシャツ、ハーフパンツを脱いで、木の枝に干していた。 「みんなおかえりー」 「ただいまー、……って、先に飛び込むとは思わなかったよ、綾。雲の船で落ちるの、すっげえ楽しかったのにな」 「私もあの高さからの飛び込み、気持ちよかったよー!」 綾が楽しかったなら、まあそれでいっか、と優は思う。 「そっか。そんじゃ、俺も泳ぐかな。水着に着替えてくる。覗くなよー」 「覗かないよー!」 赤くなりながら腕を振り上げて抗議する綾に笑顔を返して、優は近くの木陰に消えた。 水を吸って少々重くなった船を、ずりずりと陸へ上げようとしていたアニモフを見かねて、手を貸した時光、これをどうするのかと聞いた返答が、 「乾くまで、置いておくもふー」「そんで、乗って帰るもふー」 「その、つまり、この船が浮くのでござるか?」 「雲のお船だもん、浮くもふよー?」 当然という顔に、川を下る船がそのまま空を浮くとは、便利というか、何でもアリというか、また1つモフトピアの不思議常識(なのか?)を知った時光だった。 「お腹が空いたの。どれ、キノコを採取してこよう」 「ボクも木の実集め行くんだ。一緒に行く?」 バナーの提案に乗ったジュリエッタ、二人で近くの森へと採取へ出かけていく。 湖近くの木陰で、レナはイタチたちを遊ばせていた。浅瀬では、コレットとカナン、アニモフたちが戯れている。 コレットが服のまま水の中へ進もうとするので、カナンが心配して声をかける。 「ねえ、服、乾かさなくて、いいの?」 「……こんなに濡れちゃったんだもの。このまま、遊んじゃおう?」 いつものようににっこりと笑って、コレットが誘う。 濡れて張り付いた布地から透けて見える肌色から、カナンは目を逸らした。 離れた場所でみんなの様子を見ながら魚釣りをしていた時光は、溜息をついた。 魚が釣れたら、今日遊んでくれたアニモフ達にプレゼントする予定だったのだが、残念ながら一匹たりとも釣りあがらないのだった。 少し良いところを見せたかったコレットは、岸に座り込んで、なにやらカナンの話に耳を傾けている。アニモフたちはと見れば、そろそろ出来上がるジュリエッタ特製キノコ鍋味噌汁の周りを飛び跳ねて、手伝っているバナーやレナから注意されたりしていた。 ざぱりと音がしたので湖を見れば、海女顔負けの潜りを見せて、綾が貝殻取りに勤しんでいる。優は泳ぐのが好きなのだろう、綾に付き合いながら、まだ水の中だ。 ふぅ、と、一息ついて、時光は今日何度目かの、竿を振った。 ところで。 何かの叫び声が聞こえた気がした。 上から。 聞き覚えがあるような、と、記憶をたぐる、その目の前に、 ―――ばしゃーーーーーん! ひときわ大きな水柱が立ち上った。 弾みなのか何なのか、水しぶきと共に魚が陸へ打ち上げられる。 何が落ちてきたのか、思わず立ち上がって目を凝らすと。 しばらくして水面から顔を出したのは。 「みんな、置いてくなんてひどいよぉ~」 たぽたぽがしゃがしゃと音を立てて水底から歩いてきたのは、途中で船を下りた(落ちた?)イクシスだった。
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