獣耳司書のミミシロが、案内旗を振る。「モフトピア温泉調査行きー。調査行きですー。 今回は、まだ調べ切れていない温泉群の調査をお願いしますー」 その声を聞いたロストナンバーたちが、ぱらぱらと集まってくる。 モフトピア行きならば、まったく危険はないだろう。集う彼らの表情は、既に温泉リゾートのつもりで綻んでいる。 調査先の『モフトピア温泉』とは、世界樹旅団が築いた前線基地の跡地に出来た、大小さまざまの無数の温泉群だ。 その効能には、浸かったものの「姿を変化させる」ことを中心に、さまざまな不思議なものがあるという。今まで発見された湯の効能の例を挙げると、ウサミミが生える、性転換する、機械化する等など、である。 効果は一時間程度で消え、特に有害なものは見つかっていない。(そもそもモフトピアに出来たもので、有害なものを見つけたことがあったろうか)「えっと、今回の行き先は、こんもりした森の中に隠れるようにあるみたいですー。アニモフさんたちにも、まだあんまり知られてないみたいで、秘湯っぽい雰囲気らしいのですー」 もしかしたら、アニモフすら辿り着いていない湯があるかもしれない。知る人ぞ知る湯巡り。楽しそうではないか。 あ、そうそう、とミミシロは付け加えた。「近くに、七色の泉があるらしいのですけど、入ってくる情報が錯綜しているのですー。りんご味とかみるく味とかとまと味とか、言われてるのですー。 良かったら、こちらも調べてもらえますか-? 温泉に浸かったら、喉を潤すのにもちょうどいいと思うのですー」 それでは、宜しくお願いしますね!と、満面の笑顔でミミシロはロストナンバー達を送り出した。
◆温泉調査隊、集う。 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ、ティリクティア、日和坂 綾、シーアールシー ゼロの4人は、各々の荷物を持って、プラットフォームにいた。出発のロストレイルを待つ間から、おしゃべりの花が咲いている。 「モフトピア大戦後の温泉調査には他の依頼があって参加出来なかったから、楽しみだわ」 「わたくしも初めてじゃ。綾とゼロは行ったことがあるのじゃろう?」 アヒルでハスキー耳、七色の鶏冠を思い出した綾が一瞬黙した横で、ゼロがこくりと頷く。 「ゼロは白いワンコ耳になったり、ネコミミになったり、三つ編みになったり、したのです。楽しかったのですー」 「う、うん、あとは、翼が生える温泉とか、あったよー?」 「狐になる湯もあったって聞いたわ。ちょっと入ってみたい」 「うむ。今回どんな泉の効能に出会えることやら……楽しみじゃ。のう、マルゲリータ?」 ジュリエッタがオウルフォーム・セクタンのマルゲリータへ話しかける。のを見て、綾ががさごそと荷物を漁り出した。 「そうだ、私、今回、エンエンとお揃いの水着にしてみたんだ!」 取り出したのは、彼女のフォックスフォーム・セクタンであるエンエンのサイズの、パレオ付赤ビキニ。今着せちゃえ~とエンエンを抱きしめ頬ずりしながら着替えさせている綾に、ふと、ティリクティアは思いついた疑問を口にする。 「もしかして綾、水着、中に着てる?」 「ん、着てるよ?」 「おお、そういえば川下りの時も着ておったな。準備がいいことじゃ」 「それは効率的なのです。脱ぐだけで良いのです」 ティリクティアは何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。 「しかしビキニとはの」 「だって~、せっかく水着新調したんだもん。あっちこっちで着たいじゃん? でもちょっと恥ずかしいから、こゆ機会狙ってたんだよね~」 今日は女の子しかいないも~ん。ちっとも恥ずかしくないもんね~っ 「で、ジュリエッタは? どんな水着?」 「わたくしはピンクのロングAラインワンピースじゃ。気軽に歩けるようにの」 「ゼロは秋葉原ジェノサイダーズで手に入れた白い『スク水型スーツ』なのですー。ちゃんと名前も入れてもらって、完璧なのですー」 「私はセパレートタイプ。ギアの花柄に似ているのをみつけたの」 と、各々の水着自慢が始まるところへ、流れてきたアナウンス。 ――0世界<ターミナル>発、<モフトピア>行きの定時列車は…… 「あっちあっち、2番ホームだって!」 「チケット、用意しておきましょ」 「車掌さん、見つけたのです」 「まだ時間はあるぞ? そんなに急がなくても」 ばたばたとロストレイルに乗り込んで、ボックス席を占領し。 お菓子とジュースを広げたら、さあ、おしゃべり再開。 「あ、マナさん、酢こんぶ1つ下さ~い!」 ◆秘湯、いずこ。 無事モフトピアに到着後、温泉調査隊の4名は、司書の手書き地図を片手に、目当ての森へと分け入った。 柔らかな雲の地面に甘い香りの木々、アニモフにも出会いちょっぴり寄り道がてらもふもふさせてもらい、別れては先へ進む。明るい日差しは変わらないまま、だんだんと静けさを増す森に、4人の足音が鳴る。木々を渡る風は爽やかに、小鳥が囀り羽ばたく音が微かに聞こえ、幹の向こうからうかがう小動物の視線をも感じるよう。 ずいぶんと、長い間、歩いているような気がしている。 「温泉らしきものはまだ見えぬのう」 ジュリエッタがマルゲリータを飛ばして遠見するも、同じような緑ばかりが映る。 「こんなに森深いとは思わなかったよねー」 「アニモフも見かけなくなったのですー」 綾とゼロがずんずん進む後ろで、地図を持つのはティリクティア。大きな三角の木のマークの近く、『このへん』と書いてある此処一帯が目的地と言って良いらしいと読み取るも、地図が大雑把過ぎてこれ以上どこに行けばよいのかわからない。 ひときわ背の高い木の横で、ぐるりとあたりを見渡し。 「……こっちよ」 山に近付く方向を示した。一瞬だけ視えた未来の中、彼女たちの後ろにあった山脈に、なだらかなラインがよく似ている。 「ん、あれはなんじゃ?」 ジュリエッタの指差す方向、空から降りてきたのは、翼を生やした小鹿だった。4人を見て、驚いたように元来た方へと飛び去っていく。その先で日差しを反射している何かは、ここモフトピアでは見慣れない金属光沢ではないのか。 ――温泉だ! あんな不思議な生き物を作り出すのはあの不思議な温泉以外にない。一度見たことのある、綾とゼロには確信があった。 早足から駆け足へ。 スカートの裾が跳ねる。荷物が背で揺れる。 「おお、これは」 マルゲリータの視界から見えた温泉郷に、ジュリエッタが声を漏らす。 木々に隠れてある、湯気立つ大小の泉――中には奇抜な水の色もあったが、そこここで寛いだ様子の、姿の変じた動物らしき存在を見れば、ここが目的地であることが知れる。 ウサミミを生やした動物が集まる湯。頭に花の咲いた動物が集まる湯。首がひょろりと伸びた動物が集まる湯。いつかの報告書でジュリエッタとティリクティアが読んだ、思わずくすりと笑えてしまう眺めが、そこに広がっていた。 ◆綾、温泉つまみ食い。 「フッフッフ~、1番乗り、とぉ~っ!」 駆け出したまま上着を脱ぎ、着替えの入ったバッグと一緒に放り出した綾が、短パンとギアシューズを脱ぐのももどかしく、手近な温泉に飛び込もうとした。 「着替えてから行くからのー」 「後から行くのですー」 「あまり先に行かないでねー?」 派手な水しぶきが答えと共に返る。 置いて行かれた3人は、手近な茂みへと消えていきながら、エンエンが綾の後を追ったのを見た。 温度は適温、ややぬるめ。底は思ったよりも深く、腰近くまで湯に浸かる。 飛び込んだ時にはね上げた水滴がばしゃりと背にかかり、髪にかかり。 日差しに水面が煌めいていると思えば 「……メタリックボディになった?!」 自分の身体が輝いていた。 綾に追いついてとぽんと飛び込んだエンエン、いつものふっさりした金茶色の毛並みが無くなり、同じ色ながらつるんと光る肌へと変わっていた。犬かきしながら綾へとすり寄る。 「エンエン、ぴかぴかしてる~!」 抱き上げてみれば、金属化したわけではないようで、肌を押すと弾力があった。 「これってもしかして、液体金属ごっこ出来ちゃう?!」 全身を見たい衝動に駆られる。ポーズを付けて見てみたい。思わず後ろを振り向いて声を掛けそうになるが、皆はまだ着替え中、姿は見えなかった。テンションを持て余す。 「う~~~、よし、次いってみよっ」 こうなったら次から次へと入ってみるしかないじゃないか。 綾は湯から上がり、隣の温泉へと身体を沈める。 「うひ~、身体が七色マーブル?! しかも色がどんどん変わってく~」 メタリックボディ効果が解除されず、上書きされたようだった。金属色がまだらに動く。 「ん? ……ってコトは、こっちに入ってからこっちに入ると『私ハ、ヒヒイロカネ人間デス』とか適当なウソぶっこけちゃう?」 有り得ない存在を名乗り、可笑しさにひとりで転げ笑う。 「写真撮ってみんなに見せたいー。……っと、そうそう報告するんだっけ。いちおうこれ調査だよね、忘れてたー。えーっと、あっちは金属肌の湯で、こっちは、うーん、虹色肌の湯? イマイチだなー」 適当な名付けをしている綾の腕の中から、エンエンが飛び出す。さらに隣の温泉へと飛び込んだ。七色マーブルメタリックボディのエンエン、そのままに尻尾が7つに増え 「メタルの七尾狐だー!」 大笑いしながら、綾も同じ湯へ足を入れてゆく。 ◆モフトピアは安全? 最後に着替え終えたティリクティアが茂みから出てくると、ジュリエッタが1つの温泉の前で思案していた。 「どうしたの?」 「いないのじゃ」 言われて見渡せば、ちらほらといたはずの動物たちが皆消えていた。いや、それだけではない。綾とエンエン、ゼロも見当たらなかった。確か一番早く着替え終わったはずなのに。 「綾たち、先に行っちゃったの?」 「いや、それがの」 視線を落とした先に、大中小のアニモフがいた。大と小がお揃いの赤ビキニ。中くらいのアニモフは、白いスクール水着。『ゼロ』と名が書いてある。 「これ……もしかして」 「わたくしも、もしやと思って聞いてみたのだが、返事がなくての」 ティリクティアは屈んで問うてみた。 「綾? ゼロ?」 「……………………」「……………………」 微動だにしない。 が、何故だろう。大きい方、何か必死さが漂っている気がする。 「ちょっと引き上げてみましょうよ」 「湯に触れぬように注意せねば」 「じゃあ、水面に出てるところを掴んで、と」 よいしょ。よいしょ。よーいしょ。 3匹のアニモフを温泉から引き上げて、並べてみれば ぽんっ ぽんっ …ぽんっ ぜえはあぜえはあぜえはあっ 肩で息をする綾と、ぱちくりした目のエンエン、そしてゼロへと変化した。 「……ちょ、超ゴーモンだったぁ!」 涙目の綾に比べ、呼吸すらも必要としないゼロはごく普通の調子で言う。 「アニモフさんだと思ってゼロも入ってみたのです。そうしたら、ゼロがアニモフさんになったのです」 やっと呼吸を整えた綾が説明を追加する。 「縫いぐるみになる温泉だったのっ。でもでも、話せないとか動けないとかあり得ないっ!」 ぐっと握り拳。 「出られないのが一番困るっっ!」 微苦笑して顔を見合わせる、ティリクティアとジュリエッタ。 「この湯に入るときは、交替でないとならんの」 「……で、青緑が翼の湯で、あの赤いのがろくろっくび湯」 一息ついた綾が、試しに入った温泉を指さしつつ説明していく。手近な温泉には一通り入ってみたようだ。 「上手い具合に、最後にアニモフ湯に入ったのじゃな」 「うん、ほんと、最後で良かった。最初だったらヤバかった」 真顔だ。 「ゼロは縫いぐるみの気持ちというのが分かる気がしたのです。貴重な体験だったのです」 「ふふ、じゃあ、綾も落ち着いたみたいだし、他の温泉を探しに行きましょ?」 「ふむ、ここだけではないと?」 「最初に来たときに見えた動物たち、他の変化もしていたの。きっと近くに違う温泉があるんだわ」 「早速行ってみるですー」 「綾もそれでいい?」 「もっちろん! どうせなら徹頭徹尾遊び倒して報告したいじゃん? その方がミミシロにも面白く報告出来そうかなって」 温泉制覇目指して、端から端まで入ってみるべし! ◆ティリクティア、不思議がる。 「オッドアイ湯の効果は消えたかの?」 「ん、赤くなくなってる。大丈夫。私の髪もようやく白金に戻ったわね」 「タコの手湯は、面白かったのですー。ふにょふにょでしたのですー」 「指1つで石を投げられる……とか、ちょっと格好いいかも?」 「タコが?!」 いくつかの温泉を経由して、ティリクティアが勘のまま歩いた先に辿り着いたのは、色とりどりの花に囲まれた中にある、2つの温泉だった。 木漏れ日が、天の梯子となり水面へ差している。 「素敵な場所なのですー」 「ほんと。女神さまが出てきそう」 ティリクティアが、そろそろと湯に入る。 とろっとした湯質で白く濁っている。ほのかに涼やかな香り。 「……あら?」 手足や髪や肌を見、目立った効果を見つけられず、向かいにいるジュリエッタを見遣る。彼女も先ほどと変わらぬように見えた。 「何も、変化してない?」 「変わっておらんな」 互いに首をかしげる。 もう一度、矯めつ眇めつ身体を子細に見てみたが、特に何も見当たらず、首を捻る。 時間差で出てくる効果なのだろうか。分からぬまま、ティリクティアはしばらく温まることにした。目に美しい景色があるのだ、普通に温泉気分になってもいいだろう。 花を愛でながらゆったりと身体を伸ばすと、自然とため息が出た。じんわりとあたたまってゆくのを感じる。心地よい。目を閉じれば、頬を撫でる風も感じる。気持ちよい。 「あれ、こっちも変化なし?」 隣の湯に入っていた綾がするりと身を浸してきた。 「そっちもなの?」 「うん。何も変わらなかったよー」 「ここは、普通の温泉なのかもしれんな」 「まさに秘湯っぽいのですー」 4人ならんで肩を寄せ、空を見上げた。浮かぶ雲にかかる虹。渡る風が花の香を届けてゆく。 エンエンとマルゲリータが互いにつつき合っているのを微笑ましく見守りながら、ティリクティアはふと、綾へと視線を移す。何かと動き回る彼女も、ここではのんびりしていて。 ティリクティアは、そろそろと綾の隣に移動しはじめた。ジュリエッタに目配せすると、さすが恋バナ仲間、意図が通じて、そろりと二人で綾を挟むようになる。 「ね、綾、聞きたいことがあるんだけど――」 「わたくしも、後学のために是非に聞いておきたくての」 ここからは、女の子同士の秘密の話。 「ほんと、これって何の温泉だったのかしら?」 しばらく入っていたが、何も効果がないように見受けられたので、ティリクティアは持参した小瓶にお湯を入れて持ち帰ることにした。振ればたぷんと湯が揺れる。 (ミミシロ司書に調査して貰いましょ) 「でも、ほかほかになったのですー」 「そうね、髪も肌もしっとりした感じがするわ」 「もしかしたら本当にそういう効果なのかもしれんな」 「だとしたら毎回来なくっちゃ」 ふふふと笑いあいながら次の湯へと足を運びゆく。綾の頬が赤かったのは、温泉の所為だけではなかったのかもしれないけれど。 ――調査の結果、美肌と艶髪の湯とわかり、もっとサンプルを持ってくれば良かったとティリクティアが残念がったのは、もっと後の話のこと。 ◆ゼロ、小さくなる。 次の先導はゼロ、とことこと歩いて行く先に見つけたのは、ごく小さい、一人用とも思える大きさの温泉だった。 一番にゼロが温泉へと足を付けた途端、ふっと姿が見えなくなる。 驚いて目をこらすティリクティア。 水面に視線を走らせるジュリエッタ。 慌てて駆け寄る綾。 むぎゅり。 と、彼女は何かを踏んづけたのだが、あまりの質量の小ささにより気付かなかった。蟻サイズへと小さくなったゼロが、地面についた綾の足跡へ張り付くようにぺらぺらになっているとは知らず、そのままゼロの名を呼びながら、温泉周囲を探す3人。 (……) ぺったんこのまま身体を起こすと、ぽん!と効果音付で厚みが戻った。蟻サイズのままであったが、傷一つどころか痛みすらなく。なんだか嬉しくなってゼロは微笑んだ。 傍のティリクティアに気付いて貰おうと跳び上がると、いつの間にか背に付いていた光の羽が震え、凄い勢いで眼前に飛び出してしまう。 ――……! 「……!」 思わずハリセンに手が伸びるティリクティアの耳に、ゼロの小さな小さな声が届く。 ――……虫さんじゃないですー。……ゼロですー 何度かの瞬きの後、ティリクティアが人差し指を差し出すと、指先に着地したそれは、確かにゼロの姿をしていた。ほのぼのした声が聞こえる。 ――……ティアさん、凄く……巨大に見えるのですー この温泉が、虫サイズに小さくなる湯であるらしいと分かり、残りの3人は揃って飛び込んだ。トンボや蝶や蜂ほどに、すすすと小さくなる。自分が縮んでいくと知っていなければ、それはまるで世界の方が突然に背を伸ばしたようで。 一人用と見えた温泉は、大きな大きな湖へと変貌している。踏み分けてきた草むらは大森林のよう。樹木に至っては、天を仰ぎ見てもなお先が見えない、飛び越えることなど考えられぬほどの壁にすら見えた。 「ゼロは無限に大きくなれるのですが、小さくなるのは初めてなのです」 4人の中でも一番小さくなったゼロは、嬉しそうに蜂サイズの綾や蝶のようなティリクティア、トンボサイズのジュリエッタの周りをくるくる回る。 不思議なことに小さくなっても力や移動速度、耐久力などは元の大きさの時と変わらないようだった。なので、超高速でびゅんびゅん飛び回って、うっかりぶつかっても大丈夫。誰も、何も、傷つかず傷つけられない効果に、素敵だとゼロはどこかで思う。 ティリクティアは蝶の羽根を気に入って水面を歩くように飛び回った。金の髪と相まって、妖精のように見える。ジュリエッタはマルゲリータの上に乗り、空の散策。 一方綾は、エンエンを怪獣に見立てた格闘の最中だ。蜂サイズから見れば超人的なジャンプ力、圧倒的な怪力でもって、エンエンを一撃ですっ飛ばしている。もちろん、これはエンエンからして見れば、じゃれて遊んで貰っているに過ぎず、逆に喜んでいるほど。 「まるで壱番世界のゲームの中のスーパーキャラになったみたいなのですー」 ◆ジュリエッタ、セクタンになる。 次の温泉を探して歩き出した一行の最後尾、ジュリエッタから声が上がる。 「今、セクタンがいなかったかの?」 「え、どこどこ?」 木々の向こうへ目をこらしてみるが、それらしき姿は見当たらなかった。 「あのぷるぷるを、見誤るとは思えないのじゃが……すまんの、ちょっとこちらへ行ってみても良いかの?」 消えていったと思われる方向を指さすジュリエッタに、異を唱える者は誰もいない。 歩いた先にあったのは、ごく普通の温泉に見えた。今までで一番広かったろうか。 見つけたジュリエッタが一番に入る権利がある。彼女が足を浸すにつれて、見る見るうちにオウルフォームのセクタンへと姿が変わった。 連れているマルゲリータとまるで瓜二つ。いや、ワンピースを着けているほうがジュリエッタと分かるが、それ以外はそっくりだった。 ジュリエッタは無意識に羽をパタパタと動かすと、上方へと飛んだ。うまくバランスを取り、水面に映った自身の姿を眺める。 「なるほどホゥ、考えてみればホゥ、旅団との戦いの跡地にできたものじゃからホゥ、わたくし達と関係のあるものに変化してもおかしくないホゥ」 ぐるりと旋回しながらひとりごち。 「……しかしマルゲリータの視点になって飛べるのは面白いのじゃがホゥ、この語尾はどうにかならないものかホゥ!」 ジュリエッタの姿が変わるのを見た綾はエンエンと目を見交わして温泉に飛び込んだ。 「やっぱりエンエンと同じだコン!」 予想通り。同じ姿になれて嬉しい綾は、エンエンに抱き付いてぐるぐる回る。 お揃いの赤ビキニを着ているせいで、まったくそっくりになってしまい、傍目には違いがさっぱりわからなくなっている。 「連れてるセクタンと同じになるのかしら?」 「セクタンを連れていないゼロは何に変わるのかとても興味があるのです」 とぷん、と次にゼロが飛び込めば、白いボディのロボットフォームへと早変わり。 「……ぷよぷよセクタンになりたかったのですロボ」 「語尾も変わるのね! 私も何に変わるか気になるし、入ろうかしら」 ティリクティアが足を入れれば、フォックスフォームがもう一匹。 「あら? 綾と同じコン?」 生えてきた耳と尻尾を、興味津々でぱたぱたと動かしてみる。拾える音からの遠近感にはすぐに馴染んだ。でも、水の抵抗にあった尻尾の感触は、なんと例えれば良いだろう。 フォックスフォーム3匹、オウルフォーム2羽、ロボットフォーム1台。仲良く輪になって温泉に浸かる姿は、モフトピアにおいても不思議な光景ではなかったろうか。 ◆七色、七つ。 ひとによって味の違う七色の泉、という報告を聞いていたけれど、彼女たちが見つけたのは、七つの泉だった。じっと見ていると、時折色が変わる。そのあたり混ざった情報が届いてしまったのだろう。 泉を見つけた途端、思い出したように喉の渇きを覚えた。それぞれが気になる泉へと向かう。 ティリクティアは、淡い桃色の泉からすくう。しゅわっとした泡が手のひらをくすぐった。口を付けて、ひとくち 「さっぱりして甘くて、美味しい……!」 イチゴソーダジュースだった。好みの味を引き当てたようだ。 ゼロは白濁した泉へと手を伸ばした。 「ミルク味なのです。ほんわかでほえほえした感じがするのです」 優しい甘みを感じるミルクは、心をほっこりとさせる。 「ん~、私はティーソーダが好きだな~」 隣のオレンジへ変わりゆく泉を、綾が試す。炭酸の苦みが強いが、アップルティの味がした。一息で飲み干し、もうひとすくい。 「わたくしは薄緑色の泉にしてみようかのう」 おそらく緑茶だろうと予想して、ジュリエッタはぐいと飲みかけ、 ――~~~~っ?!!?!!! 盛大にむせた。息が苦しくなる。 「た、確かにこれは毒ではない……っ。毒ではなく、胃腸薬じゃが……っ」 罰ゲームで有名な、センブリ茶。薬効は、胃腸虚弱、下痢、腹痛、脱毛など。しかし、 「苦い、苦すぎる! は、早く他の泉の飲み物で中和せねば!」 最も苦い生薬と言われている。覚悟もなく飲んだ衝撃に眉間にしわを寄せ、ジュリエッタは慌てて手近な無色透明の泉をすくい飲む。――が、またむせた。飲み口はさらりとしているのに、水飴の味だったのだ。喉に残った苦みに、べったりとした甘さが被さり、なんとも言えぬ顔になる。 真っ赤な泉はトマト味(ジュリエッタの一番の口直しだった)、もう一つの紫の泉は、ティリクティアにはレモンティ、ゼロにはミックスジュース、綾には酢、ジュリエッタには塩水と感じた。どうやらこれが味の変わる泉のようだ。改めてみると、紫に濁った様が魔女の釜にも見えてくる。 おもむろに、綾が持参した瓶を取り出した。 ?マークのゼロの視線に答えるように、にやっと笑い 「ミミシロ、こゆのお土産に持って帰ったら喜びそうじゃん? せっかくだし、7色の泉、全部詰めてこう?」 7本の瓶を並べた綾に、3人は目を合わせて同じような笑顔を作った。 後日、センブリ茶の瓶は、勝手に拝借したエミリエがうっかり被害に遭い、お返しとばかりミミシロに悪戯が仕掛けられたとか、いつもの風景と思われたとか。 ◆帰りだって元気。 「今日は楽しかったわ、身体も温まったし!」 「ミミシロにお土産も出来たしね!」 「また来てみたいのですー」 「今度は遊びに来るのも良いかもしれんの」 「女子だけで?」 「女子だけで!」 あれやこれやと騒がしくボックス席に収まって。 ジュースとお菓子をテーブルに広げて。 話の種は尽きることがなく。
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