ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
* ニワトコは焼け野原の中、ひとり立ち尽くしていた。 頭上には曇天。厚い雲の層は光淡く、乾いた空気が目に痛い。 焦げて固い土に触れる素足が、告げる。ここは、懐かしい故郷の森。ぼくを覚醒に追いやった、炎の舌が、舐めた跡。 炭化した樹皮が、剥がれて風に舞う。誰も、誰も、話しかけてはこない。 (これは、夢……だよね。きっと) そうでなければここに、もう一度立てるはずなどなかった。この世界に戻れぬという以上に、ただひとりでいられるはずも。 ――逃げろ! 空耳に、肌を焼く熱さが蘇る。身体が竦む。 足元をすり抜けた鼠の感触、飛び立っていった小鳥の羽音まで、思い出す。 あの日、ニワトコは一人で逃げた。自分だけが逃げた。 根を張った木々を、焼かれていく仲間を、ニワトコにはどうすることも出来なかった。 足を持つ樹木は、ニワトコただひとりきり。 みんなは歩けない。走れない。逃げられない。……それなのに、背を押す声をかけてくれた木が、いて。 見捨てるしか出来なかったこの森のことを、その日のことを、ニワトコは、誰にも話したことがなかった。 もう、ずっと、ずっと胸の奥底へ、触れないようにしまい込んだまま。 けれど今、夢とはいえ、ふるさとの森へ立った。 目を背けていたわけではないけれど。 あの恐怖。燃え盛る炎。そして、あの豊かな緑が、慣れ親しんだ姿が、消えゆくさま。 (きっと……ぼく、怖かったんだね……) 語ることは、思い出すこと。言えずにいたのは、たぶん、まだ。 気付いた気持ちを見つめながら、恐る恐る、森の焼け跡を歩く。 どこもかしこも黒い光景の中へ、ニワトコは一歩ずつ、踏み出していく。 すぐに足裏は真っ黒になった。 触れた小枝が崩れる。根元から折れた幹もあった。切っ先は、刺すほどに鋭く空へ向かう。 覆い隠すほどの樹葉を失った森は、ひどく寒々として見えた。 足は、歩き覚えた道、行き慣れた道へと進む。前へ。少しずつ。 どこまで歩いても、視界には焼け焦げた幹が立ち並ぶだけ。けれど、それを辿るニワトコの目には、生前の、生い茂る梢、葉っぱの一枚一枚が、見えていた。 優しいおじいさん。ここにいたはずだった。 ひときわ大きな、太い幹の木には、涼しい木陰をもらった。あたたかい言葉をもらった。 思い出すと胸が痛い。 綺麗な花を持つ、でも意地悪な木は、向こうにいた。 最後の声が、また耳をかすめる。 苦しい。 ニワトコがいつの間にか背を追い抜いていた木。怖がられて一度も話すことが出来なかった木。不思議そうに何度も何度も問い掛けてきた木。まだ幼い木も。老木も。 覚えている姿を、ひとつひとつ辿っていくと、ますます苦しくなった。 どこまで進んできただろう。気付けばあたりは薄暗くなっていた。 思い出す限りを見て回っていた。もう足が動かない。 あたりの光量が足りなくなるにつれ、ニワトコの瞼は重くなる。 静かな、静かな森。 耳が痛くなるほど、何も聞こえない。闇が飲みこもうと迫る。 ニワトコは、うずくまると逃げるように眠った。 瞼裏に差す光が、ニワトコを目覚めさせる。 小鳥の声が聞こえた、ような気がした。 幻かもしれない。いつも、歌声と朝日は、一緒だったから。 丸くなって眠っていたニワトコは、ゆっくりと目を開ける。 と、差し込む光のそば、寝る前には暗くて気付かなかった、焼け焦げ燃え尽きた木々の重なり、残骸の合間、その下に、小さな小さな緑が見えた。 (新しい芽だ!) 思わず、もっと伸びやすいように、光が当たるようにと、そおっと整える。 両手で囲って守りたい気持ちが溢れる。 (「命は受け継がれていく」……ほんとだね、おじいさん) 泣きたいのか、笑いたいのか。わからないまま、かつて出会った古木の言葉を胸に、ニワトコはじっと、新芽を見つめ続けた。 * 目覚めたニワトコは、自分が微笑んでいたことに気付いた。 これは夢、夢だけれど、故郷の森に芽生えた新たな命は、きっと確かな未来になる。何故だかしっかりと、そう思えるのだった。 「お目覚めですか」 気配に気付いたメイムの付添人が、布越しにそっと声をかけてくる。 「夢解きはなさいますか?」 言われて、今見た夢が脳裏を流れていく。 思い出さないよう、抑えていた記憶と気持ちを、そのまま辿るような夢だった。今でもやはり、苦く辛い。 けれど。 「ううん、大丈夫だよ」 今は、それだけではなくなった。 あの、小さな小さな芽のように。 ニワトコの胸の奥、ほんのりと少しだけ、希望の光が灯ったようだ。
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