ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
フェリックス・ノイアルベールの使い魔・ムクは、モフトピアの駅前にいた。 帰りのロストレイルが到着するまでには、まだ数刻の余裕がある。 旅人を歓迎するアニモフたちの姿も、今は遠くまばらに見えるばかり。 話し相手もいないまま、ムクはぽつーんと待っていた。 「親分、遅いダスね~」 やり忘れたことがあると言い残して、主人であるフェリックスは近くの森に消えていった。あれからだいぶ時間が経ったように思えるが、もしかしたらほとんど時間が経っていないのかもしれない。 ぽよん。 ムクはつまらなそうに、飛び跳ねる。 白い毛玉がぽよんぽよん。 「ひまヒマ暇ダス~」 何をしろとも言い置かれていなかった。 遠く森を眺めながら、ムクはほけっとゆらゆら、ぽよよんっと、気まぐれに弾みながら、ぼんやりとフェリックスのことを想っていた。 ころころころろろろろ……… 動く気配に目を移すと、ムクの側へと転がる白玉があった。 これもアニモフなのだろうか? 白玉は、コロコロモフモフふわふわしている。 すぐ前までころりとやってきた白玉の中心に、黒目が開き、ぱちぱちとムクを見た。その姿は、まるでムクの写しのようで、同じように目をぱちぱちとして――それから、驚いた。 「ややっ!? アンタ、ワシにそっくりダスね!」 ぴょーんと勢いづいて飛び跳ね近づいたムクは、前から横から後ろから、ぴょんころしながらしげしげと白玉を観察する。見れば見るほどそっくりで、おお、とか、ほほう、とか、無意識に声が漏れた。 小さな白玉はびっくりしたように後ずさっていたが、ムクと同じように、己に似た姿へ親近感を覚えたのか、今は小さくゆらゆらしている。不思議そうに、興味深そうに、ムクの動きを目で追って。 そのモフモフした毛並み、まぁんまるな姿、円らな瞳。まるで自分がそこにいるようだ。つい、ワシもしかしてアニモフだったんダスか? なんて考えがよぎるが、今は聞く相手がここにはいない。(それにしてもそっくりダスね!) 「ワシはムクというダス。よろしくダス!」 ひょこりと短い手を出して、ムクが握手を求めると、おずおずと、白玉は同じように短い手を出した。 「……コロ」 小さな声の答えに、手を握ってぶんぶんと振りながら、ムクはキラキラとした瞳で誘った。 「暇なら付き合って欲しいダス!」 モフトピアの駅のある浮島は、思いの外広い。よく駅へと迎えに来るくまモフの集落があり、フェリックスが消えていった森があり、虹を映す湖があり、雲の絨毯のような原っぱがあり……今、ムクとコロが来ているのは、甘い香りのする泉。湧き出す泉から流れる小川の周囲には、疎らに木も見えた。 「次はオイラの番ダス!」 吹き出す泉の上に、どちらがうまく乗れるか競争している。コロに教えて貰った遊びだ。 偶に水流が高くなったり低くなったりするのもあって、上手に転がりバランスを取らないと、すぐ落ちてしまう。忍術を会得しているムクでも、意外に難しい。 「あわわわっ!」 ムクが転がる様が面白いのか、コロはきゅきゅきゅと笑う。 ぽちゃんと落ちたムクとバトンタッチして、コロはひょいと泉の上へ飛び乗った。流石にいつも遊び慣れているだけあって、なんでもないかのように、ふよふよ浮いている。 「コロは上手いダスね~」 この遊びの前は、ムクに水面歩行で負けてしまったコロだったが、挽回できたのが嬉しいのか、水流の上でひょいと飛び跳ねて見せた。 そうこうしているうち、ぽよぽよ弾んでいるのが遠目に見えたのか、他のアニモフも遊びに気がついて、わらわらと集まってきた。 「何してるの?」「楽しそう!」「次、次、ボクやらせて~」「あたしも~」 くまモフにうさぎモフ、ねこモフにねずみモフ。順番にチャレンジしてみるが、コロほどうまく遊べるアニモフはいなかった。皆、水流が跳ね上がると、勢いに乗れずにころんと落ちてしまう。 そのうちコロと同じくらい上達したムクが、ひょこひょこ跳ねながら、アニモフにアドバイスという声援を送り出す。 「もっとうまく転がるダスよ~!」 * 遊び疲れたアニモフたちとわかれたムクの後ろに、フェリックスはそっと立つ。それだけでムクは気配に気がついて、いつもの定位置へと収まった。 「親分親分~お帰りなさいダス~。用事は終わったんダスか~?」 ご主人様と呼べと言っているだろう、と、いつものように返しながら、フェリックスは、待っている間に何をしていたのか、さりげなく聞いた。 「ワシそっくりのアニモフがいたダス! びっくりダス!」 「ほう?」 コロという名の、自分にそっくりだというアニモフと一緒に、忍者ごっこをしたり、新しい遊びを教えてもらったりしたのだという。嬉しそうにムクがひょこひょこ左右の肩を行き来しながら話すのを見て、フェリックスは一人で置いておいたのは、やはり正解だったかと、思う。 「泉の上に立つのは難しかったダス! 親分も、やってみるといいダス!」 「……貴様の場合は、立つ、のではなく転がる、だろう?」 水流に合わせてぐるぐる回っているムクが見えるようだ。周りにはアニモフも群がっていただろう。ムクの気質から考えて、モフトピアは性に合っているように見える。もしかして、ここならば―― 「随分と楽しんだようだな。この世界を気に入ったか」 「そうダスね~、きっとここに住んだら、毎日が楽しいダスよね~」 今日一日を思い浮かべてか、ムクの動きが止まる。思い出し笑いか、ゆらゆらと前後に揺れて、それから、首をかしげてフェリックスを見遣った気配がした。 「でも、ここはちょっとほのぼのし過ぎてて、親分の肌には合わないんじゃないダスかね?」 「……そうか」 ほんの少しだけ笑って、フェリックスはロストレイルへ歩き出す。 ロストレイルの窓に張り付いてモフトピアを見下ろしながら、ムクは楽しかった今日を思う。 (モフトピアはいいとこダスね~) 毎日遊んで暮らせそうで、楽しそうで。その上、同じ姿のアニモフがいて、余計に気に入ったのかもしれない。コロとは兄弟のように暮らせそうだとも、思う、けれど。 「……」 振り返ると、フェリックスがムクを見ている瞳に出会う。と思えば、するり離される視線。 「……親分?」 「ご主人様と呼べ、と言っているだろう」 声音はいつもより柔らかで。 ムクはご主人様の肩へと飛び乗ると、安心したように目を閉じた。
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