オープニング

―――チン!

 響くベルの音。
 近づくトラム。

―――チンチン!


 後部扉より乗り込んだ貴方は、空いた席を見つけた。
「次は――」
 走りだすトラムの中で、運転手の案内が聞こえる。

 各駅停車のトラムは、0世界でのロストナンバーの足である。ターミナルの中なら、誰でも、どこへでも行くことができる。
 世界図書館から駅前広場へ、公園へ、繁華街へ、住宅地へ、高台へ、そして貴方の知らないところへ、トラムのレールはどこへだって連れて行ってくれることだろう。
 もし、うっかり乗り過ごしても、焦ることはない。停留所の間隔は短い。思わぬ散歩を楽しむことができる。

 
 窓の外には、今や見慣れた風景が過ぎゆく。覚醒してから過ごしている0世界の町並み。異世界からの旅人たち。配達するセクタン。貴方の知り合いの姿も、時には。

 トラムは今日も0世界を巡りゆく。








●ご案内
このソロシナリオでは、主に、0世界を巡る「トラム車中の場面」が描写されます。0世界での日常、走行中のトラム内のワンシーンをお楽しみ下さい。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・トラム車内でどんなふうに過ごすか
などを書いて下さい。
どこへ行く途中・行った帰りなのか、考えてみるのもいいかもしれません。

品目ソロシナリオ 管理番号2846
クリエイターふみうた(wzxe5073)
クリエイターコメントふみうたです。
新しいソロシナをお持ちしました。

タイトルからおわかりかと思いますが
「ロストレイルの車窓から」トラムバージョンです(笑
ぜひ貴方の0世界の日常を、お聞かせ下さい。

皆様のご乗車を、お待ちしております。

参加者
リンシン・ウー(cvfh5218)ツーリスト 女 21歳 忘れられた貴妃/人質

ノベル

 そろそろトラムが来る頃かと、手荷物から視線をゆるゆると動かして、リンシン・ウーがレールの先を見やると、小さな車両が橋桁をくぐって顔を出すところだった。
 隣で佇んでいた紳士がステッキをカツンと鳴らす。
 リンシンはベンチから立ち上がり、トラムを待つ列の最後尾についた。といっても、彼女と紳士と、その前にはふらふらした幽霊だけの、まばらな列だったけれど。

 音を鳴らしてトラムが止まる。
 覚醒した頃に初めて見た時は、動く大きな鉄の塊に驚いて、外に流れる景色も物珍しくて、きょろきょろしてしまったけれど、今では大分慣れてきた。ステップに足をかけながら、乗り方もわからずにまごまごとしてしまった昔を思い出し、リンシンはくすりと笑う。

 トラム車内は適度に混んでいた。先に乗った幽霊の客は、天井を自分の席と定めたようで、まるで床に寝転がるように寛いでいる。
 長い座席には大蛇が悠々と伸びていて、その隣には有翼人が少しだけ窮屈そうに座っていた。冒険旅行帰りらしい一団の声が聞こえる。面白い国だったな、今度は自費で行ってみようか。誰を誘おうか……

 折良く空いていた運転手の後ろの席へ、リンシンは腰を下ろした。手荷物を膝に載せると、紙袋が柔らかに音を立てる。
 今日はこの停留所の近くの、洋装店へ出かけた帰りだった。今もこの窓から見える、蔦の這った古風な煉瓦の店構え、ショーウィンドウでポーズを取るマネキンが、光と共に何度も衣装替えている――


 トラムが走り出し、景色が流れ始めた。


 ゆったりと過ぎゆく家々のこちら、窓映る見慣れた自分の横顔に、先ほどの試着の時を思い起こす。
 初めての洋装に、鏡に写った自分の姿が自分ではないようで、あらわになった白い脛も構わずに、何度か裾を翻してしまった。お似合いですよと言われるまま、何着も着替えてはくるくるりと舞うかのように映していたけれど、今思えば、随分はしたない振る舞いをしてしまったのではないだろうか。
(でも、おかげで素敵なお買い物が出来たわ)
 紙袋の中には、一番気に入ったワンピースが入っている。


 運転手のアナウンスが、次は繁華街だと知らせた。
 ゆったりと停まり、また走り出すトラム。


 通りに張り出したカフェのテーブルから、こちらを眺めている男女がいた。
(あ、あの娘の着ている『わんぴーす』も、可愛い)
 言い慣れない言葉を、心のなかで覚えるように繰り返す。
 親しそうに笑い出した彼らを眩しく見遣り、その男の長髪に、ふと思い浮かんだのは、凛々しい貌。紙袋を押さえた手に、少しだけ力が入る。
(私も)
 あんなふうに、軽やかなワンピースを身につけて、みたら。
(これを着て見せたら、彼は喜ぶかしら……)

 自分を故郷から放逐した、夫。故郷に残してきた、彼。今ではもう二度と会えないかもしれない、あの方。
(あんなに辛く当たられてばかりだったのに、生贄に捧げるほど嫌われていたと知ったのに、まだ私は、)
 彼に見せてみたい、と、思うのね。思えるのね。
 ふとした瞬間に、ことあるごとに、彼を思ってしまう。思い浮かべてしまう。瞼を閉じれば、容易く眼裏に彼の人の姿を思い起こすことが出来る。それは変わらないけれど。
 今は、故郷にいた頃の盲目さとは違う意味で、彼を思っているのかもしれなかった。

 ゆるゆると揺れに身を任せながら、リンシンはつらつらとそんなことを思い――


 いくつかの停留所を過ぎ、たまに他のトラムが行き過ぎるのを待ち、その度にトラムが停まり、走り出す。心地よい揺れは続いて。


 いつのまにか、リンシンは、居眠りをしていたようだった。
「また新しい温泉が……」「夏祭りは……」「肝試し……」
 聞こえる旅人たちのざわめきが遠く近く、子守唄のよう。
「次は――」
 告げられた停留所の名が、降りる予定の場所よりも二つ三つ先のものだったはず、と思うけれど、降りた瞼が重くて重くて、トラムの揺れが心地よくて、そのまままた、こっくりこっくりと、船をこぎはじめる。
 隣に誰か、座った気配がした。


 運転手の声が遠くに聞こえる。もういくつ通り過ぎたろう。


 停留所で降りよう、としているのに、身体が重くて立ち上がれない、と思ったら、リンシンはまだ、うとうとと眠りの中にいた。
(降りないと……)
 一生懸命目を開けようとするけれど開かなくて、どうしても開けられなくて、ふわふわとした心地のまま、思う。
(もう、しばらくこのままでいいかしら……)
 夢うつつでもそう決めてみると、心がすっと軽くなったようだった。唇が、微笑みを形作る。
(好きなところに好きな時にいける……自由ってこういうことなのね……)
 このトラムが、このレールが、どこへでも好きな場所へと連れて行ってくれるから。


 短い夢を見た。
 隣に座っていたり、手を繋いでいたり、共に歩いたり、そんな。
 でも、思い出せない短い夢。


「……、お嬢さん」
 優しく揺り動かされている。
「大分眠っているようだけれど、大丈夫かい?」
 気遣うような声音。隣に腰掛けた割烹着姿のお婆さんが、リンシンを覗き込んでいて。
「え……、あ」
 顔を上げると、車窓から見えるのは、規則正しく並ぶチェンバー。初めて見る景色に、一瞬にして目が覚めた。乗り過ごした焦りよりも、興味が勝る。
(ここには何があるのかしら!)
 胸が躍り始めた。


「次は――」
 運転手のアナウンスは、聞いたこともない停留所の名。トラムが速度を落としていく。


「私、ここで降ります。起こして下さって、ありがとう」
 親切なお婆さんへお礼を言って、リンシンは立ち上がった。軽く頭を下げて、トラムのステップを降りていく。
 天井に張り付いていた幽霊の客が、ひらひらと手を振っている。お婆さんが幽霊を見て、何度か頷いて見せた。


 歩道に立ち、トラムを見送る。
 音を鳴らして、小さな車両が走り去っていく。


 それからリンシンは、ぐるりと周囲を見回した。
 トラムが通り過ぎるのを待っていた、見たことのない乗り物が走り去っていく。チェンバーのいくつかには、看板が出ているようだ。他には、個人宅なのかもしれない、注意書きの張り紙。このチェンバーは、海の中です!
 ところどころ、ブロックの境目から奥へ、細い脇道が伸びている。薄暗くてよく見えないが、そちらもチェンバーになっているようだった。たまに、入り口が封鎖された箇所がある。
 ここに集ったチェンバー、その1つ1つが、小さな世界だ。どの扉を叩いても、まだ見ぬ何かに出会えるのではないかと、わくわくしてくる。
 帰り道なら、道向こうのトラムが、今来た道へと連れて行ってくれるはずだ。だから、少しくらい、寄り道をしても、きっと大丈夫。
(さて、どこに行こうかしら?)

 これから、リンシンの小さな探検が始まろうとしていた。

クリエイターコメントこの度はご乗車ありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
またのお越しをお待ちしております。
公開日時2013-08-05(月) 23:30

 

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