「数あるロストナンバーのうちでも、特に精強なあなた方に集まっていただいたのは、他でもありません」 世界司書リベル・セヴァンは、淡々と言葉を発する。 「ヴォロスにて、竜刻を体内に有する怪物の活動が確認されました。あなた方にはこの怪物討伐と竜刻の回収をお願いします」 「まずは、スクリーンに姿を表示しますので確認ください」 リベルが手元の端末を操作すると、前方のスクリーンに三面図が映る。 スクリーンには、意匠を凝らした白い全身鎧に身を包み、身の丈程の太刀を佩いた騎士とも見紛う姿があった。だが、細部を見ればその姿は、明らかに人を模したものである。 鎧の継ぎ目から確認できるのは衣服や人肌ではなく、筋繊維を彷彿させる肉色をした筒。頭部はフルフェイス、顔面には仮面が装着され、額に角飾が如く竜刻が輝く。 「壱番世界のアニメーションの新作かい、こりゃ」 集まったロストナンバーが軽口が叩く。 リベルは軽口を無視し、説明を続ける。 「体長は8m前後、質量は10t前後、ヴォロスのとある国の竜刻が産出される鉱山にて突然出現し、鉱山住民を虐殺しました。詳しい能力については、導きの書の内容を元に映像を作成致しましたのでご覧ください」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ Movie1 start ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 鎧姿の巨人を取り囲む騎兵、長弓を携えた偉丈夫達。 隊長格と思わしき男が号令と共に、鎧姿の巨人を取り囲む弓騎兵から、驟雨のごとき矢が射掛けられた。 矢雨が巨人を覆いつくさんとする刹那、巨人の輪郭線がぶれる。 轟!!と爆音が響き、中空にあった矢は飛散する。 ――体動衝撃波、神速の踏み込みよって生み出される衝撃波によって矢は砕かれた。 通常の弓では通用しないと判断したのであろう、騎兵たちはバリスタの準備をはじめる。 機械式ハンドルが廻るたびに弦はぎり…ぎり…と音を立て、自らの限界を訴える。 臨界まで締め上げられ弦は、その力を鉄の楔に乗せて巨人を貫く筈である 射出…弦は、拘束から解放された。楔は、流線となって空間を穿つ ――仮面の眼窩が、一瞥した。 凄まじい擦過音と共に、飛来した楔はささくれのように分解、破片となって巨人の鎧を鳴らしす。 ――物質置換…超硬度の錐と置換された大気よって鉄の楔は爆ぜた。 騎兵達の三手目の行動はなかった。 ――無音の颶風の中が撫でる。 兵、馬、兵器が吹き飛び、爆縮された音の波が全てを薙いだ。 音速を超える接近、巨人から発せられるソニックブームによって騎兵たちは全滅した。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ Movie1 end ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ Movie2 start ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 新月の宵闇、巨人の周囲に貫頭衣に身を包んだ術師達の姿が滲み出す。 術師達の面は、皆仮面に覆われ個々の区別をつけることができない。 術師達は、一斉に印を切る 全ての術師が一寸も違わぬ動き、その精緻な印は芸術的といっていいほどの完全性。 同じ衣装、同じ仮面、同じ動き、あまりの均一さにだまし絵でもみるような奇怪。 巨人に、光の筋が纏わりつく 印を切る動きは、一糸乱れず激しさをます。 光の筋は、太さを増し荒縄となって巨人を拘束するかに見えた…が、巨人が腕を薙ぐとガラスが砕けるような音を立てて霧散した。 術師達は印を止め、闇に沈む。 一閃―― 太刀筋は光の軌跡となって術師を薙ぐ。 数瞬の後、術師達は美しい肉色の断面を巨人の前に晒していた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ Movie2 end ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ Movie3 start ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 人には届かぬ空を飛び竜刻を利用した砲門備える飛行船が5隻、巨人の周囲を旋回する。 全砲門を俯角に取り、砲が竜の名に恥じぬ雄叫びを上げる。 連続した轟音 間欠泉のごとき土煙が次々に上がる。土煙は螺旋を描き巨人に迫る。 ……点で当たらぬのならば面を撃てばいい、巨人は為す術もなく土煙に消えた。 飛行船団を勝利に湧いただろうか? ――左腕消失、面貌損壊頭蓋露出、右脚に移動困難と思われる破損、装甲の剥離 否、彼らの顔に浮かぶのは絶望、諦念、悔恨 ――装甲の再生成、右脚破損修復、面貌再構成、左腕左肩より再出現 損害0、…無傷……全くの無傷で巨人はそこにあった。 はたして彼らの心境を代弁したのであろうか、竜刻の砲門が悲痛な叫びを上げる ――前腕部装甲開放、肩部装甲開放、竜刻露出 彼らの叫びは、巨人の発する超エネルギーの収束に虚しく消え去った。 巨人より解き放たれた奔流は、飛行船団とヴォロスの空を白に染めた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ Movie3 start ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「以上で映像は終了です。質問はありますか? 」 「ははっ……ずいぶんクールなアニメーションだな、いつ放送予定なんだい」 軽口というには、些か乾いた笑いがロストナンバーから漏れる。 リベルは、真面目な表情で答える。 「導きの書では、極最近に発生した事実であると確認しております」 「しかし、現地協力者からの報告では同事象の発生は確認されておりません。それどころか騎兵、術師、飛行船団、いずれも怪物とは関連性のない事象で全滅、怪物の発生した鉱山を領有しているという記録すら存在しません。導きの書には虚偽はありえません。それゆえ怪物に、ヴォロス世界因果律への干渉能力が想定されます」 もはや乾いた笑いもない。 「一種万能とも思える怪物ですが、エネルギーは有限です。蓄積されたエネルギーが消失すれば超常性は失われる可能性が高いです」 「怪物との接触は、鉱山近くの更地であることが予見されます。それでは皆様よろしくお願いいたします」 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ――ヴォロスの鉱山 竜刻に囲まれ、巨人は王如く座していた。 巨人の仮面には、傍目に文字とも見えなくもない記号が浮かび上がり、……そして消えた。
「よぉーし、みんな、まざぁ自分がどう動くつもりか話しておこうぜ。そのほうがお互いのフォローもしやすいだろ?……おおっと、全員初めてだったよな、俺は神結 千隼、い・け・め・ん・な千隼さんって呼んでくれて構わないぜ」 親指を立てびしっと決めたつもりの三十路間近な青年。残念ながら世間の反応はアラサーには厳しかったようだ。 「あぁ~、もう最近の若い子はノリが悪いなぁ~、おじさん悲しくなっちゃうよ」 芝居がかった大仰さで顔をおさえ悲嘆にくれるアラサー男子神結、指の隙間からチラ見してツッコミが得られないことを理解するとため息をつき、手をひらひらとさせる。 「わかった、わかった。とっとと本題を話しちまおうぜ。俺はヒットアンドアウェイで攻めるぜ、なんぜあんだけのデカブツだ、一発でも喰らえば即アウトっぽいかんな。攻撃をさせないようにどう立ち回るのかが攻略の要かな」 「オレっちは、飛行で敵の周りを飛び回りつつ銃撃でガンガン攻めてくッスよ! あ、オレっちは冬路 友護、いけめんじゃないんで普通に友護って呼んでホシイッス」」 ともすれば、悪魔を彷彿とさせる外見のリザードマン、冬路 友護はその身に合わぬ軽い声で神結に応える。 「ああぁ、うんOK分かった。よろしくな友護君」 引きつった笑いを浮かべ相槌をうつ神結。 「それにしても、何かすっげーでっかくておっかない奴が相手なんスよねぇ……。正直ちょ~っと怖いッス~」 『ばーか、何戦う前からビビってんだよ。』 まだ見ぬ敵にぶるっている友護を相棒である翼竜型のロボ、フォニスが叱咤する。 「そ、そうッスね!よーし、頑張るッス!」 「……今の震えは武者震いかな? 竜人君」 その二人? のやり取りを少女の声が割る。 見目も声色も若々しさ、悠久の年輪を感じさせる雰囲気、背反した二者を纏う少女、御藤 玲奈は自らの考えを述べ始めた。 「…………修復というのは、恐らく最も負担の“軽い”行動。何故か? 簡単だよ。攻撃を消失させるためにはエネルギーを外へ放出する必要がある。非常にロスが大きい。反面、修復ならば内部で完結。ロスの発生のしようがないからさ」 ……ま、勘だけどね。と締める少女の言動は若々しいそれではなく、論理学者のような弁説を感じさせる。 「それゆえ……に、私は奴の無駄打ちを誘う。……見立て違いであってもこちらへ気を引けるさ」 「こんなところでどうかな? い・け・め・ん君」 揶揄するような笑みを浮かべる少女。 「そこでそのツッコミかよ……」 微苦笑を浮かべる神結。 鼻白らんだ沈黙。三人から、特に友護から一歩身を引いていたコタロ・ムラタナは、 「……自分は軍人だ。指示を貰えれば従う。………………それだけだ。」 続けて何か言おうとしてモゴモゴと口篭った。(……駄目だ友護殿のようにふれんどりぃになれん) 「あぁ~まっ、死なない程度に気張っていこうぜ」 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 見渡すかぎりの平原、ロストナンバー達と鎧姿の巨人は対峙した。 彼我の距離はおよそ2km、人の身であれば一足飛びとは行かぬ距離。 間を埋めるのはヴォロスの大地と大気、白き巨躯から放たれる威圧感、そして……物理的な息苦しさまで感じられる確たる敵意。 「あ~、ヤッパでかいっスね。ぶるっちゃうッス」 双眼鏡越しに巨人の姿を確認する友護、姿を判別するには難しい距離にあるが肌を圧迫するようなプレッシャーに思わず呟く。 「バーカ、ビビるような距離じゃねえだろ、こっからじゃ何もしてこねえよ」 軽口で返す神結に、ソーダソーダとフォニスが応じる 「そーッスかねぇ……、アレ? 神結さん、なんかあいつ、鎧が脱げてるッス」 ――曰く先んずればすなわち人を制し、後るればすなわち人の制するところとなる。 ――曰く、先に戦地に処りて、敵を待つ者は佚し、後れて戦地に処りて戦いに趨く者は労す。 ――某迷宮支配者の手引き曰く、竜は1ターン目に必ず最大威力のブレス攻撃をする。 幾多の先人・猛将・DMの例にならい、巨人は機制を制し、自らの最大攻撃をロストナンバー解き放つ。 巨人の胸部から極光の瀑布が趨る。暴虐の破壊光線は、ヴォロスの大気を揺らし、地を抉り取り2kmの空間を消し飛ばす。 「うぉおおおおお、皆集まれ!!!『クリエイィィィション!!!!』」 絶叫しながら、指を弾く神結。 間一髪――神結の産み出した、半球状の防壁が光の奔流に飲み込まれたロストナンバーを守った。 「いきなし、ぶっぱなしてきやがったぜ。……こいつぁまいっちゃうねぇ、こりゃ」 巨人の攻撃を防げた安堵と突然の攻撃への驚愕、二つの感情がないまぜとなって、神結に口の端が釣り上がった引きつった笑いを浮かべさせる。 ――光の奔流が、数度となく防壁を衝撃に揺らす。 「どうやら…来たようだ。大したものだね」 誰にとなく少女が呟く、それに微かに頷く軍人。怪訝な表情を浮かべる神結。 ――光が晴れ視界がひらける。 地面は半円状に抉り取られ、ヴォロスの大気は威力の残滓に揺らぎプラズマ化している……、そして暴虐のぬしの姿は忽然と消えた。 「アレ? いなくちゃった……ッスか?」 『バカ! 友護!! 横だ横ぉー!!!』 友護が巨人を視認する時間もあればこそ、横薙ぎの一閃がフォニスの叫びをかき消した。 横薙ぎの太刀が防壁を打ち付ける。振動も防ぐのか音もなく、防壁の輪郭線が浮かび激しく揺れた。 白刃が鍔迫り押し込まれる。膨張した筋肉よって巨人の鎧は押し上げられ、踏み込んだ大地は巨人の発する圧に、さらなる陥没を見せる。 「やばいぜ、こりゃぁ……」 身を守るための防壁が逃げ道を塞ぐ牢獄になっていまっている。かといって防壁を解けば一太刀に切り伏せられる。 如何にもならぬ状況に、神結の額に脂汗が浮かぶ。 ――緊張は突如解放される。巨人を支持する大地が隆起し、巨人を中空に投げはなった。 大地を操り神結の窮地を救った少女、御藤 玲奈は自らも大地隆起から跳躍し、中空に舞う。 (いやはや、大したものだね。さすがは破壊と殺戮の顕現たる巨神といったところかな。実に面白いよ) 中空の玲奈が腕をくるっくるっと回すと、その動きを追うように黒霧が現出する。 ――黒霧が戯れるように主人の周りを漂う。 玲奈が開いた手のひらを差し伸べると、黒霧は中空の巨人に導かれ纏わりついた。 「さあ巨人君、キミの体で私の魔術に翳りなしということ、証明させてもらうよ」 玲奈は宣言と共に、黒霧は数多の攻城槍とでも呼称するしかない、超弩級な槍に変換された鋒を巨人に向ける。これから起きる惨劇への期待か、髪の先端を朱に染め、玲奈は酷薄な笑みを浮かべ、その手を握りこんだ。 ――黒霧の槍が、巨人の鎧を打ち、弾き、破り、肉を抉る。刹那のうち、擦過音、破砕音そして肉の断裂する音…そして、巨大な質量が大地と激突する振動が響いた。 (さすがだね、あの体勢でも半分は空間干渉で防がれてるよ。……尤も、この攻撃が有効打を与えられるとは思っていないけど) 僅かに感心した表情を浮かべ、ゆったりと面に降り立つ玲奈。 主人の着地と共に、針鼠のごとく巨人に突き立った黒霧の槍は霧散する。巨人は、体中から止めどもなく流血する無残な姿をさらしていた。 「この程度ではないよね? 巨人君、早く立ちなさいよ」 玲奈の言葉に呼応したわけではないだろうが、立ち上がる巨人。玲奈のつけた傷の痕跡は、鎧を濡らした流血後すら残らぬ十全の姿を見せる。 「これからが本番だよ、期待はずれにはしないでほしいね」 挑発的な笑みをひとつ浮かべると姿勢を変えることなく高速で地面を滑る。 ――大地を操る魔術で自らの立つ地面そのものを移動、発生する慣性は重力を操作し相殺することで生み出される超人的な機動。 巨人もまた膝立ちの姿勢で地面を滑るが如き移動で追いすがる。玲奈の魔力によって、大地は度々隆起するが巨人はわずかに立ち位置をずらすことで、そのすべてを回避してみせる。 (なるほどね、大地隆起を警戒して摺り足で移動。隆起の瞬間を捉えて影響範囲から逃げているね……もうちょっと派手に避けてくれると思ったけど!) 大地隆起で波打つような高低差をつけ、黒霧の槍を散弾のごとくうちつける玲奈、そのことごとくを弾く巨人。 少女の姿をしていようともその本質は圧倒的な異形……魔に属する力。それを受けるも異なる異形。人ならざる者の戦いがそこにはあった。 「いや……すげぇねあれ」 「そーっスね」 「これがヤ○チャ視点ってやつかね?」 「なんスっかソレ?」 間近で繰り広げられる戦いに呆気にとられる神結と友護。 「……不味いな」 軍人だけは、一人冷静な眼差しを向けていた。 拮抗した戦いの決着はすぐにやってきた。 黒霧の槍を横薙ぎに払った白刃は、大地を抉り土塊を散弾のごとく撒き散らす。 咄嗟に黒霧を盾にし、土塊を防ぐ玲奈。視界を封じた刹那、二度目の極光が大地を薙いだ。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「……まじかよ、嬢ちゃんやられちまったのか」 「どうするっスか、このままじゃ不味いっスよ」 「…………」 ――戦場に惑う時間は与えられない、悩み惑いの代償は常に死だ。白鉄の脅威は音を切り裂きロストナンバーへ駆ける。 「ええ~い糞、やってやろうじゃんか」 地団駄を踏み、両手で頬を貼って、萎える気持ちを叱咤し、神結は気合とも空元気とも取れぬ声を上げる。 「軍人さん、今から弾幕を張っから俺から見て90度の位置に移動してくれ。あいつを十字砲火にするぜ」 「友護、お前さんは空中から奴さんを牽制してくれ」 「OK任せるっス」 「……ラジャー」 軍人と竜人は、神結の指示に頷くと散った。 巨人を正面に見据えて、リズミカルにタップを刻む神結、ボウルとヒールが鳴るのにあわせてバズーカが飛び出す。飛び出したバズーカを両手に掴むと走り回り射線を変えながらバズーカを叩きこむ。 「こいつは挨拶代わりだ。『ガンパレード』をくらいなぁあ!!!!!」 左手、右手と時間差をつけて響くバズーカの発射音と神結のタップの鳴らす音が交互にリズムを刻み、戦士を鼓舞する軍楽のように響いた。 ――音を砕くのもまた音。 驟雨のごとく迫るロケット弾、着弾の刹那、巨人の輪郭線がぶれた。 ――体動衝撃波。その轟音とともにロケット弾は爆散した。 (ちぃ、ビデオの通りかよ、ここは距離をとって手数を増やすか) だが、その判断は甘かったと言わざるをえない。巨人の機動速度は人のそれではない、音速を遙かに超えソニックブームさえ発生させる神速。爆煙から追いすがる、巨人の太刀が神結目掛けて閃く。 「(……くっそっ、これは避けきらんぜ)……クリエイション!」 指を鳴らす余裕もなく貼られた防壁を白刃が再び鍔迫まった。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「あぁ、マズイッス。このままじゃ、神結さんが」 『友護! 何やってるんだ早く撃つんだ!!』 「ヤッテルッス!」 友護の光線銃から連続で光条が煌めく。……が大半の光条は装甲に弾かれ、装甲の薄い部分を貫いた傷も瞬時に再生し動きを止めるに至らない。 友護に合わせるように斉射されたクロスボウが巨人の右胴部を爆砕する。……が体勢を崩すに至らず、瞬時に再生する。 「これじゃダメッス! フォニス!! 徹甲弾! あの弾のデータヨロシクッス!」 フォニスからデータが転送される数秒の間、友護は頭をフル回転する。 (徹甲弾でもただ撃つだけじゃダメッス、……軍人さんがやったみたいに再生してオワリッス。よく考えるッスよ友護……) 『オッケー友護、一発かましてやれ!』 「打ち込む場所は……ココッス!」 硬質の光条が巨人に吸い込まれる。 鈍い音あげ、白刃が弾け飛び巨人は前のめりに倒れこむ。 「ふぅ~、なんとかまにあったッス」 冷や汗を拭う友護。 彼の放った光条は甲手を貫き巨人の指を砕いたのだ。支持部がなくなれば流石の巨人も太刀を保持することは叶わぬ。そして全体重をかけた重心がなくなれば体勢も維持できるわけがない。 『よし!! よくやったな友護。おいおっさん! 聞いてるか! 友護に感謝しろよな』 苦笑を浮かべた神結が手を上げてフォニスの言葉に応える。 神結の無事を確認し、会心の笑みを浮かべた友護が叫んだ 「神結さん、軍人さんチャンスッス、一気にやっつけるッス!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ――体勢を崩した巨人。 竜人の放つ硬質の光条が関節部を貫く。 炸裂した成形炸薬弾が巨人の面貌ごと額の竜刻を消し飛ばし、爆裂するクロスボウボルトが巨人の全身を撃ちぬく。 驟雨のごとく飛翔し続ける弾丸、巨人を噴煙の先に消した時間は……僅か2秒半。損傷を超える再生、体勢を立てなおした巨人は二度衝撃波を放ち飛来物を轟音の中へ消した。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 攻撃の無力化を認識した軍人コタロ・ムラタナは、吶喊する。 「軍人さん! そりゃ無茶だ!! 近づいたら衝撃波で吹っ飛ばされちまう」 背中に響く神結の叫びを無視し、コタロは自らの判断に意識を巡らせる。 (数度の攻撃で分かったことがいくつかある……。巨人の速度は我々を大きく上回り、超常の動きを見せた玲奈殿でも追いつかれることを考えれば我々に機動戦は不可能という結論。衝撃波を封じぬ限りすべての攻撃が弾かれてしまうという事実。そして、衝撃波はただの体術の結果であるように見える認識、……導かれる結論は『超接近による足止めと撹乱』) 勝つためのぎりぎりの判断、その式に正答の保証もなければ、自らの存命が組み込まれることはない。 担保がなくとも必要があらば身を捧げることができる、それが兵としてのコタロ・ムラタナである。 吶喊をするコタロに洗礼がごとき衝撃波が放たれる。空を歪め奔る衝撃、コタロは魔法陣の描かれた符を正面に衝撃に向けて放つ。 ――連続する爆発、符の爆発がリアクティブアーマーのように衝撃波を相殺した。 符の上げる噴煙を刃鳴りが切り裂く、コタロが読んだように衝撃波は踏み込みの余剰に過ぎない。なればその太刀筋も彼の読みの上 ――袈裟懸けの白刃、さらなる爆発。切っ先が捉えたのはコタロの残影。 コタロの姿は振り下ろされた巨人の腕にあった。符の爆発力を推進力に変えての跳躍、暴挙といって過言ではない、だが足りぬ機動力を補うには完璧な読みに無謀を積むしかない。自らの陣符によって背は焼け、強烈なGに晒された全身は悲鳴を上げている。だが、コタロはそのような痛みをおくびにも出さず行動を続ける、なぜならば誰もコタロに痛みに苦しみ悲鳴をあげよと命令をしていないのだ。 だらりと伸ばした右手は引き金を弾き続け、左の裾は符を撒き散らす、鎧を駆け上がるコタロを爆炎が追いすがる。 縦横無尽に奔る爆炎、巨人はたまらず鎧ごとコタロを吹き飛ばす。 (……鎧をパージしたか、となると次は) 中空に放たれた白光、それが捉えたのもやはりコタロの影のみであった。 二度、陣符の爆発。重力に爆発力をあわせ地面に叩きつけられるコタロ、かろうじて両足から着地するも代償は安くはない。 (骨が肉を切り裂いたか……、軽症だ問題ない) 「神結さん、何してるんッスか!? 援護するッス」 「んなこといったってよ、あいつにあたっちまうじゃねえかよ」 「そんなこと言ってる場合じゃないッスよ、フォニス冷凍弾のデータをヨロシクッス」 「……まじかよ、くっそ! 軍人さん避けてくれよな」 竜人の放つ蒼い光条が関節を凍てつかせ巨人の動きを鈍らせ、神結のバズーカが火の花を咲かせる。 コタロの捨て身は徐々に巨人の再生力を削る。 (……再生の時間がコンマ数秒といったところか、……遅れ始めたな) 戦いの糸口はつかめた……だが、限界を遙かに超え酷使された肉体が彼の任務に答えられる時間は短かった。 幾度かの着地の衝撃に耐え切れず体勢を崩す両脚。 (……命令違反か、極刑だな) 動きを止めたコタロに、狙いすました拳が放たれる。倒れたままクロスボウを放つコタロ。巨人の腕部はクロスボウで爆砕される。が、筋一本つながった巨人の拳は、連結する腕を再生させ勢いを減ずることなく振り下ろされる。 (因果律に干渉するという巨人。奴に殺されたら、自分というものが最初から無かったことになるのだろうか。自分というものの全てが忘れ去られて、誰の記憶にも残らずに。もしその通りなら…このまま死んでも構わないかもしれない) 極限の神経が見せる走馬灯、その人影を思い起こさぬようコタロは目を閉じた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 再度目を開いたコタロの前にあったのは、ヴァルハラでも虚無でもない熱と鉄と血の混じる戦場の匂い。 黒霧の槍で早贄にされた巨人の姿。 「目をつぶって、辞世の句でも読んでいたのかい軍人君? 悪いことをしたしまったかな?」 そして、冗談ともつかぬ軽口を叩く玲奈の姿だった。 「玲奈さん、生きてたんッスね、よかったッス」 「勝手に殺しくれるな、私はゾンビではないよ」 「巨人のビーム、どうやってよけたんッスカ?」 「それはだね、大地を陥没させたんだよ竜人君。最初にいったろ? 隙を作って無駄打ちさせるつもりだったからね。自分の力で視界が塞がれるわけないじゃないね?」 玲奈の説明を、友護はたら~りと汗を浮かべながら、さっぱりいってることが分からないッスと返す。 「ならすぐ出てきてくれりゃーいいじゃねえか」 当然のツッコミを入れる神結。 「あぁ~あ、それはだね。セットをしていたんだよ。私も女性だからね、い・け・め・ん君の前に出るときは泥まみれでは出たくないというものだよ(さすがに、沈めた地面を金属に変換されるた上で埋められるとは思わなかったね。なかなかどうしてバケモノだね)」 年齢を詐称しているとしか思えないニヤニヤ笑いを浮かべ応える少女。 「……それ、まだ引っ張んのかよ」 神結はどっと疲れた表情を浮かべる。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「さて君達、巨人君も警戒して待ちぼうけだ。一気に畳み掛けるよ」 ぐっと伸びをし巨人に向かう玲奈。 「おっとまちな嬢ちゃん、おっちゃんいいいアイデアがあるぜ、軍人さんも竜人聞いてくんな」 「まずぁ嬢ちゃん、あいつの正面で気を引いてくれ、なるべく走りまわらせないように頼むぜ」 「簡単に言うね、キミがやったらどうだい?」 神結がひきつった笑みを浮かべるのを確認し、笑顔を浮かべる玲奈。 「冗談だよ、何でも真に受けるとハゲるよ」 「よ、よし嬢ちゃんが注意をひいてくれるたら俺が、この祓串を使って巨人の脚をふん縛る。さっき軍人さんがやってたみたいに、動きまわらなきゃ衝撃波は撃たれねえ。そこをみんなで再生しなくなるまで攻撃だ」 神結はなんとか精神を立て直し、案説明を続ける。 「あ、その縛るのオレっちのギアでもできるッス、このレーダでピッポッパってすれば縄を召喚できるッス」 「OKだぜ、友護は俺と逆周りに巨人をふん縛るんだ、重要な仕事だし二人でやったほうが確実だな」 「軍人さんは、武器の準備をしててくれよな。さっき無理してっしな」 「……わかった」 コタロは、言葉少に頷いた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「じゃあ、私は行ってくるよ」 手を振ると玲奈は巨人目掛けて大地を疾駆する。 「さて巨人君、むさ苦しい男の相手は詰まらなかったろう? もう少し私が遊んあげるよ」 玲奈が腕を振り、黒霧を再び召喚すると、黒霧は巨人の視界を奪うように覆いかぶさった。 「目隠し鬼、さっきのお礼よ」 「鬼さんこちら、手の鳴る方に」 戦闘にあるまじき軽薄な言葉、だがその言葉を放つ主は超速度で動く巨人の視界を塞ぎ、自らの動きをもって巨人の行動を制している。 「よし、嬢ちゃんが張り付いた。友護行くぜ」 「OK任せるッス」 巨人を撹乱翻弄する玲奈を横目に走る神結。 「しかし、ありゃやっぱ異次元だな、まあ俺は俺のやり方でやるぜ」 玲奈と巨人の戦う点を中心に見立て、神結は円を描くように走る、神結が走った円周上には、次々と迫撃砲が生ていった。 「こいつで最後の一仕掛けってな」 友護はギアに表示された地形を見ながらギアに点結びの様にマークを描く。 「神結さんと逆巻になるように、縄を設置するッス」 『友護!! ミスんなよ!! 慎重にだぞ』 「分かってるッス、フォニスは静かにするッス」 マークとマークを結ぶように縄が設置されていき、刻一刻と巨人を包囲する陣が完成に近づく コタロはクロスボウボルトに、陣符括りつけながら合図を待った。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「よっしゃ!! 準備万端だいくぜ!!」 「せ~の!」『せ~の!』 神結が合図を送ると、友護とフォニスは唱和して縄を引く。 祓串の先からでるワイヤーと友護の召喚した縄が地を擦り円周を狭め巨人を捕らえんとする。 常であれば、巨人がかわせぬ攻撃ではない……が黒霧で目隠しされた玲奈に撹乱された今、それを躱すべくもなかった。 「目隠し鬼さん、捕まえられなかったから……罰ゲームは縛り首ね」 脚を縛られ僅かに動きの止まる巨人、引き千切ろうと力を込める彼に次の動き機会は存在しなかった。 ワイヤーと縄が巨人を縛るのと同時に神結が円周上に召喚した迫撃砲から弾が雨あられと降り注ぐ。 「いくぜ!! ガンパレード第2弾だぜ」 成型炸薬の弾頭は、モンロー効果で巨人の鎧を貫き肉を溶かす。その酸鼻たる様相からも巨人は再生を繰り返す。 「再生、少し遅くなったかな? それじゃ私からも」 成型炸薬の熱に再生を繰り返しながらあがく巨人に、その身の丈を遙かに超える黒霧の槌を何度も叩きつけられる。 超重量の衝撃が空を揺らす度に巨人の鎧がひび割れ砕ける、ぼろぼろになった鎧の隙間を無数の光条が追い打ちをかける。 もはや再生せぬ鎧を強引に剥ぎとり、巨人は皮膚を剥いだ人体宛らである生身を露出させる。 剥き出しとなった胴部の竜刻石が怨敵に一矢報いんとエネルギーを放出するべく輝き……爆散した。 陣符に包まれたコタロのクロスボウが、蓄えられたエネルギーごと巨人の胴部を貫いたのだ。 胸を抉られ、手をつき伏せた巨人。風穴から血液のような液体が止めどもなく落ち大地を汚す。 動きを止めた巨人に、素早く近づき陣付を撒く。コタロがチッチッと口をする識別不能な音を発すると、五芒星に配された陣符は巨人の発する光線宛らの極光を放った。 コタロの術に焼かれれた巨人。筋肉は萎縮、液化して流れ落ち骨格をさらす。……だが巨人はまだ動いていた。額の竜刻石が光を放ち、僅かずつ肉を骨を鎧を再生させる。 「……いくら敵さんでも、その姿は見るに耐えないぜ。これで終わりにしてやる」 神結が両手を巨人に向け弾くと、両手の先からクリエイションによって創造された二本の電磁場が巨人まで伸びる。 指を鳴らし、足を鳴らし、関節を鳴らしリズムを取る神結。神結の鳴らすリズムはどんどんペースをあげる、リズムにあわせて、巨大なランスが電磁場の間に次々と創造される。リズムが最大まで高まった時、神結が喝采を上げ、ポーズを決める。 「終幕のファンファーレだぜ、レールガンパレード!」 電磁場によって束ねられ一本光弾となったランスが、巨人を粉々に砕いた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「本当にもう動かないっスよね?」 回収した竜刻石をおっかなびっくり抱える友護。 「うわー、巨人の体が追っかけてきてるぞ!」 神結が友護の方を揺すって脅かす。 思わず竜刻石を取り落とす。 「わはは、冗談だ冗談」 「何するんッスカ神結さん、マジビビったッスよ」 『そうだ!! お前友護に助けられたくせに感謝の気持ちが足りないぞ!』 「……」 寡黙な軍人コタロ・ムラタナに取っては、和気藹々としたこの会話に加わることは巨人と相対することより遙かに困難な問題のようだ。 友護の取り落とした竜刻石を拾う玲奈。 (やれやれ、巨人の中身は気になっていたんだけど原子に帰ってしまったね) 掌中の竜刻石を弄ぶうちに、表面に刻まれた文字とも言えぬ模様に気づいた。 (…………なるほどね、こんな化物が生まれるわけだよ。恐ろしいところだね、この世界は) -了-
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