前回の長期滞在で庭師と香術師見習いの体験をしたニワトコ。 一度ターミナルに戻った彼はふと考えた。 この間は不慣れなことばかりで余裕がなかったけれど、ターミナルに帰る頃には少し慣れてきた気がする。 だとすれば、今回もう一度出かけたら少しは余裕ができるのではないか。 もう一度夢浮橋でヒトの生活を体験してみたい。まだまだ知ったり考えたりすることは多いから。 それこそ、現地でしか学べないこともありそうだから。 *-*-* 夢幻の宮にそう相談すると、彼女は嬉しそうに笑って了承してくれた。「ニワトコ様、今回はどのようなことをなさってみたいですか?」 庭師なら他の貴族の家の植物の様子を見に行ったり、霊力の集まる場として 立ち入りを禁じられている場所の植物の手入れにも同行させてもらえるだろう。仕事としては源蔵の手伝いになるが、気持ち的に余裕ができているならば、何か色々と耳に挟むこともできるかもしれない。 香術師見習いならば前回のようないわゆるカウンセリングに近いものから、香づくり、香の聞き分けなどを手伝うことになるだろう。また、希望すれば怨霊や物の怪の起こす小さな事件の解決に出向くこともできよう。「なるべく、ご希望に添えるように致しますから」 他にもやってみたいことがあれば提案してみるのもいいだろう。 世界的に考えて、一番いいだろう方法を彼女が示してくれるはずだ。「そうだなあ……お仕事の合間に二人で買い物とかできるといいね!」「ええ、それは楽しそうですね」 ニワトコの楽しそうな表情を見て、夢幻の宮も目を細める。(そういえば……お兄様の耳にはこの長期滞在のことが入っているはずですが……) 帝であり、滞在場所である花橘殿を与えてくれた夢幻の宮の兄に情報が届いていないはずはない。(……なにか、余計なちょっかいを出されなければよいのですが……) 夢幻の宮の懸念。それが杞憂のままで終わればよいのだが……。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ニワトコ(cauv4259)夢幻の宮(cbwh3581)=========
自分の希望に沿ってくれると言われて、ニワトコは悩んでいた。出発前までには決められず、行きのロストレイルの中でも考えていた。 (香術師も気になっているのだけど、室内のお仕事の方が多いのかな? おひさまの光を浴びないとおなかがすいてしまうから) そうであれば庭師の方がいいのかなと思う。土にも触れていられるし、安心するのだ。 (……たまには、前のような危ないこともあるみたいだけれど。夢幻の宮さんは心配するかなぁ?) つ、と向かいの座席に座る彼女の顔を見て。視線を感じたのか、ディラックの空を眺めていた彼女がこちらを向いた。 「どうかいたしましたか?」 「ううん……、……あのね」 一度首を振って答えたニワトコだったが、言葉を切って抑えていた心を吐き出すことにして。 「お守り……みたいなもの、あるかな? 前みたいに、危険なことがあるかもしれないし……」 ニワトコ自身は恐れているわけではなくて。むしろ、彼女に心配をかけるのが嫌で。すると彼女はそのニワトコの心をわかってくれたのか、安心したような表情をして微笑んだ。そして袖の中に手を入れると腕から何かを外し、ニワトコへと差し出した。 「水晶の腕輪にございます。どれほどの効果があるかはわかりませぬが、ニワトコ様を守って下さるでしょう。これをお持ち下さい」 両手を皿のようにして受け取ったそれは彼女の温もりを帯びていて。つい先程まで彼女の腕にはまっていたものであることがわかる。 「でも、夢幻の宮さんは?」 「わたくしは、大丈夫でございます」 「そう……? じゃあ」 そっと腕輪に腕を通す。腕輪ぐるりと囲んだ水晶がキラリと光るのが頼もしく見えた。 *-*-* 「ニワトコさん!」 花橘殿に到着すると女房頭の和泉だけでなく、庭師の源蔵も出迎えてくれた。 「源蔵さん!」 駆け寄ったニワトコに、源蔵はそっと耳打ちして。 「あと数日で花が咲きそうです」 「ほんと!?」 思わずニワトコも笑顔になる。夢幻の宮と和泉はその横顔を見ながら、荷物の受け渡しをしていた。 「旦那様、嬉しそうですね」 「……え?」 思わず問い返した夢幻の宮に和泉が不思議そうに首を傾げる。 「花橘殿のご主人様である夢幻の宮様の旦那様でございましょう?」 「あの、それは……」 夢幻の宮の顔が朱に染まる。以前訪れた時に共に生活していたのだ、そう思われてもおかしくない。 何故か照れた様子で先に建物の中へ入ってしまった彼女を見て、二人の会話が聞こえていなかったニワトコが首をかしげる番だった。 *-*-* 庭師としてのニワトコの希望は、前回と同じく何をしても植物が育たなかったり不思議な事が起こる場所があれば、そういう場所に行きたいとのことだった。 夢幻の宮はその意思を聞くと心配そうな表情を見せたが、ニワトコが腕輪をはめた腕をちらりと見せると、仕方がないですねと半ば予想していたように苦笑してみせた。 「植物が育たない場所ですか……数カ所心当たりはありますが」 考えるように腕を組んだ源蔵の答え。ニワトコは身を乗り出して「行かせて下さい」と願う。その真摯さにうたれたのか、源蔵はわかりましたと笑ってみせた。 「許可のいる場所は入れるように上に許可をとっておきます。許可が降りるまで数日掛かるところもありますから、まずは許可のいらぬ場所へ参りましょう。明日の朝、お迎えに上がりますね」 翌日から、ニワトコは植物の育ちが悪い場所や何をしても植物が育たないという場所を源蔵と共に巡った。一日に何カ所も、都のあちこちを回ることもあった。 大体は養分不足や土がすぐ硬くなってしまうといったことが原因で、土に見合う肥料をやって丹念に耕せば解決できそうな案件だった。ニワトコの素手か素足で触れれば土の状態がわかるという能力はとても役に立ったし、外に出ていることが多いので光合成もたくさん出来ておなかがすく心配はなかった。 それでも持たされた握り飯はきちんと食べたし、帰宅すると用意された膳を夢幻の宮と共に囲むのが楽しみだった。 「つつがなく過ごせましたか?」 「うん。今日は土の入れ替えをしたんだよ。どうしても、養分が流れでてしまう土があってね……」 湯浴みをして汗と泥を流したニワトコは少し日に焼けたようで、肌が赤くなっている部分があった。それでも元気そうに仕事の話をするニワトコ。彼の話を時折頷きながら聞くのが、夢幻の宮も楽しいようだった。 「あすはどうなさる予定でございますか?」 「えっとね」 夢幻の宮の問いに箸を止めたニワトコ。今日源蔵から告げられたことを思い出して口を開く。 「衣冠を用意して欲しいんだけど……」 「衣冠、にございますか?」 そのニワトコの言葉に夢幻の宮は驚いたように返して。そして。 「……まさか、参内なさるのですか?」 「内裏の中にもね、ふしぎと植物が育たない場所があるんだって。そこへ入る特別許可をもらったって源蔵さんが言うから……格好だけでも、ちゃんとした方がいいって」 出仕時の正装は束帯であるが、それを動きやすくした形の衣冠は平時の出仕服として着られている。下着類を大幅に省き、面倒な裾もやめて袴をゆったりとした指貫に変えた形だ。 「なるほど、そうでございましたか……」 「用意するの、むずかしい?」 「いえ、いつか機会があるかと思いまして、衣冠のご用意も済んでおりまする。明日の朝、着付けのお手伝いをいたしますね」 「うん、お願いします!」 安心したように笑むニワトコに釣られ、夢幻の宮も心に湧いた不安を浮かべずに微笑み返した。 *-*-* 翌朝、まだ日も完全に昇りきらぬ内に起こされたニワトコは、夢幻の宮の手を借りて衣冠へと着替えた。そして片側の瞳は前髪で隠したまま、結い上げた髪を何とか冠に収めようとしたのだが長い髪は入りきらず、仕方なく後ろ髪は一本三つ編みにし、頭に冠をかぶる形をとった。素足を浅沓(あさぐつ)に入れて、迎えの車に乗る。 「いってきます。いろいろ準備ありがとう」 「いえ……それがわたくしの役目にございますから。いってらっしゃいませ」 夢幻の宮に見送られ、牛車は内裏を目指していく。 この世界に来ると交わすことが多くなる「いってきます」と「いってらっしゃい」、そして「ただいま」と「おかえり」がとてもとても嬉しくて。世界にこんなに心温かくなる言葉があったのかとニワトコは思っていた。 これが『定住して生活する』ということなのか、これが『ヒト』の生活なのかと、日を重ねるごとに感じている。 そっと、袍の袖に隠れている水晶の腕輪に触れた。 ニワトコが連れて行かれたのは朝堂院という建物だった。この建物の一画には木が植わっていたのだが、数年前に枯れてしまったという。原因は不明だ。内裏に入ることを許された庭師の鷲介(しゅうすけ)という若い男はこの場を任されたばかりのようで、それからどんな植物を植えようとしても枯れてしまい、根付かないと聞いていると言った。 「じゃあ、ちょっと診てみるね」 ニワトコは他の場所でもそうしたように躊躇いなく、その土に触れた。 「っ……!?」 少し忘れかけていた感覚。ニワトコは慌てて手を離した。この、ぴりっとする本能が鳴らす警鐘のような感覚には覚えがある。 (花橘殿のあの場所と同じだ……!) とすれば原因は土や肥料にあるのではない。この粘着くような悪意の気配が原因だ。 (花橘殿の時と一緒なら、ここにもあるはず) ピリ、ピリリ……本能が警告する。これ以上触れてはいけないと。しかしニワトコは再び土に手をついて、そして掘り出し始めた。だが硬くなった土は中々掘り進むことが出来ない。我に返って小さなシャベルで掘り返しに掛かる。 「何かありましたか? 顔色がよろしくありませんよ」 「だいじょうぶ、だよ……どこかに、あるはずなんだ」 脂汗が滴り落ちる。それでもニワトコは掘るのをやめなかった。木が植わっていた辺りをすべて掘り返すつもりだ。 やがて、シャベルの先がカツンとなにか硬いものにぶつかって、ニワトコはシャベルを置く。素手で掘り起こしていけば、陶器で出来たプレートが埋まっているではないか。 「あった……」 それを手にとった時パキパキッとヒビの入る音がして、腕輪の水晶が二粒ほど砕け散った。 これで大丈夫なはず、もう一度植えてみてくださいと伝えたニワトコはプレートを置いて座り込んだ。そして水晶の減った腕輪を見る。 正直、このプレートを近くにおいているだけで気分が悪かった。しかしはそれは自分だけのようで。源蔵達はなんにも感じていないようである。これが花橘殿に合ったものと同様のものであるならば、ニワトコの『植物』である部分がこのプレートに込められた邪気を感じているのだろう。 (倒れなかったのはきっと……これが守ってくれたからだよね) そっと腕輪に触れる。彼女が守ってくれたのだ。そばに居てくれるのだと思えば、まだ頑張れる気がした。 次に案内されたのは紫宸殿と呼ばれる場所の外で、いくつか等間隔に低木が植えられているも、不自然に開いた場所があった。そこを調べたニワトコだったが、感じたのは先ほどと同じ嫌な気配。同じように掘り返していくと、陶器のプレートが現れた。また、腕輪の水晶が二粒砕け散った。 「後は、藤壺にもあるんですが、後宮には我々は普段は入れませんから」 「藤壺……」 プレートを近くにおいているためにまだ続く多少の不快感を気にしないようにしながら、ニワトコは首を傾げる。 (朝堂院に紫宸殿に藤壺……最近きいたことがある気がするんだけど……どこでだったかな) 記憶をまさぐるが、すぐには出てきそうになかった。夢幻の宮ならなにか思いつくだろうか。 「そうだ……ねぇ、今回のことを帝さんに報告したほうがいいんじゃないかなぁ」 「いや、このくらいで帝のお時間を頂戴するわけには……謁見を願い出ても、我々などはお目通りできませんよ。仮にお目通りが叶うとしても、数日先のことでしょう」 「そんなものなの?」 かくりと反対に首を傾げるニワトコ。鷲介はそうです、と強く言ったがニワトコにはツテがあることを源蔵は知っている。こそりと源蔵が教えてくれた。花橘殿の関係者だと告げればお目通りが叶うかもしれないということ。それを聞いてニワトコも思い出した。ロストナンバーの存在を知っている帝は、この地を訪れたロストナンバーの何人かと面会をしているということを。 鷲介に別れを告げたニワトコは源蔵に習って謁見の申し込みをしたため、そしてそれを内裏内で見つけた文使いに託した。 *-*-* (この間は別のお兄さんに合ったけれど、帝さんはどんな感じなんだろう。夢幻の宮さんに似ているのかな、それとも似ていないのかな) 謁見の許可が降りてからしばしの間、ニワトコは部屋で待たされた。一段高くなった畳の上に帝は座すのだろう、御簾が降ろされている。 遠くから衣擦れの音が聞こえた。教えられた通り頭を下げる。しばらくして。 「おもてをあげよ。お前が女五の宮の所の……」 「ニワトコです。はじめまして」 明るい表情で顔を上げて応えるニワトコ。残念ながら御簾の向こうの竜顔ははっきりとは見えず、帝が夢幻の宮に似ているのかどうかはわからなかった。 「えと、内裏内で植物が育たない場所を調べました。そうしたら、花橘殿にあったのと同じような邪気を発するプレートが見つかったんだ」 袖口から二枚のプレートを差し出したニワトコ。側に控えていた者が帝に危険なものを近づけるとは何事かと腰を浮かせたが、身を改められた時に彼は邪気に気付かなかったではないか。 「ああ、これか……。これは私が幼少の頃、戯れで作った呪符である。効果も微弱であり、普通の人間には殆ど効かない。だから植物で試した。虫もいなかったであろう」 「? 帝さんが作ったの? どうして?」 「そうだな……退屈していたというか、自分の力を試したかったというか。若かったのだ」 不思議なひとだなぁ……そう思ったことまでは覚えている。その後のやり取りはほとんど覚えていなかった。 気がついたら花橘殿に着いた牛車の中だった。夢幻の宮が手を握り、瞳に涙をためて見下ろしていた。腕輪の水晶は一粒も残っていなかった。 「おかえりなさい、ませ……」 絞りだしたような彼女の言葉に小さく頷き返した。 【了】
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