ここはターミナル。ロストナンバーたちが次の旅の支度をしたり、一時の憩いを満喫する場所。 日常雑貨店からちょっとマニアックなお店、さらには喫茶店に小料理店といったバラエティ豊かなお店が並ぶなかに平凡な、けれど優しい雰囲気のカフェで 「うー、あー」 「どうしたのお兄ちゃん」 絵の具を溶かしたような見事な青空に不似合な、冬眠中の熊がついうっかり起きてしまったような声をあげる月見里 眞仁に、妹の月見里 咲夜は心配げに視線を向けた。 「なんっーか、頭が痛いんだよ。こー、先から」 「それって、やっぱり昼に食べさせたあれがだめだったのかしら? ごめんなさい、お兄ちゃん、実は昼の卵うどんの、たまご、ちょっとあやかしったのよ」 「なんだと、って、ちがう、それだと腹だろう!」 「あ、そっか。そうね。丈夫なお兄ちゃんだったら賞味期限一年くらいきれた卵だって大丈夫だって思ったんだけど」 「……咲夜、お前、にーちゃんをなんだと思ってるんだ」 眞仁は妹を恨めし気に見つめてこめかみを軽く揉んだ。 「なんだ、こー、こめかみから後ろあたりが……いたた」 「あら、お兄ちゃん……頭をトレモがつついてるわよ」 「え、ちょ、トレモ!」 つつつん、つつん、つつん――眞仁の相棒のトレモは頭にはなぜか黄色い作業帽子、肩にはちっちゃいタオル(咲夜作)をつけてどこぞの作業場のおっちゃんスタイルで、年末、それこそ壱番世界の日本では工事バーゲンだぜといえるほど工事三昧なのに触発されたのか、眞仁の頭に穴をあけるドリルのごとく突きを発揮していた。 「はげる、はげる!」 「大丈夫よ、お兄ちゃん、あたしが育毛剤、買っておくから」 「そういう問題じゃなーい!」 慌てて工事ドリルおっちゃん化したトレモを頭から引き離す。「今度はどこに穴を開けるべきだ?」とつぶらな黒い瞳が申しているように見える。 「開けなくていいんだよ、トレモ」 「トレモは働きものね、ねぇちとてん」 もふもふの尻尾をつまむとちとてんはいやがるように身をよじるが無視してもふもふもふ。 「いたたた……っ」 「本当に、大丈夫? お兄ちゃん」 トレモに穴はあけなくてもいいと納得してもらったが眞仁の頭痛はちっとも収まる雰囲気がなかった。 定期的にやってくる縛りつけられるような、たとえるなら悪いことした悟空が三蔵様にお仕置きで輪っかを締め付けられるきりきりとした痛みに眞仁はうーと唸ってテーブルに突っ伏した。 「もう、お兄ちゃん、そんなところでへたれてないで、お医者さまのところにいきましょう」 「えー」 生を受けて二十九年と少し。 仕事は大工で体を日々動かしている。趣味は筋トレで一日一時間はトレモとともにさらに体を動かしている眞仁である。 小学生のときにはしかに苦しんだが、それ以外では大学に行くのに猛勉強して知恵熱を出して倒れた以外では風邪ウィルスは自前のエネルギーで跳ね飛ばし、冬だって人様が寒さに震えていても自分の筋肉さまのおかげで寒さがちょっと感じにくくて半袖姿だったのに可愛い妹に心配されて怒られたという伝説の生きる健康マンである。 「俺、なんの病気かな? 脳のなんかやばいやつとか」 思い出しても頭を打つようなことはなかったはずだ。だとしたらこの健康第一の眞仁の頭を犯すマッチョでエネルギッシュでさらにぎらぎらとした病原体がいるということか。 そういえばこの前はヴォロスの森に住むちいさなうさぎの部族たちが小屋がほしいというのを手伝う依頼だった、かわいいうさぎたちにもふもふしながらも森のなかを歩き回ったが……もしかしたら、そのときにに? 異世界の旅では怪我も多いが、それ以上に病気も厄介である。 「さ、咲夜、離れてろ、危ないから! お前に病気を移したらと思ったらにーちゃん」 「もう、移すならとっくに移されているわよ。それより、はやく病院にいきましょう?」 テーブルでへたれこんで、もしかしなくてもターミナルに凶悪な病を持ちこんでしまってごめんなさいと空を見上げてたそがれそうになる眞仁に咲夜は呆れた視線を向けた。 「お兄ちゃんにかかるなんて絶対に危ないんだから、ここだとやっぱりターミナルのお医者さま、そうね、クゥさんがいいわ。医務室はいろんなタイプの事態に備えてくれているはずだから」 「咲夜、もしかしなくてもやばい病気にかかったかもしれない兄ちゃんにこんな優しい態度を、く、泣いちまう」 「もう、泣いてる暇ないでしょ! はやくクゥさんのところに行くわよ!」 もう勝手に不吉にもやばい病気にかかっていると逞しい妄想を発揮している眞仁を咲夜はぷんすこしながら腕をひっぱった。 医務室に行くとまず受付で症状を告げ、待合室で待っているとすぐに名前を呼ばれた。 自分はやばいのかもしれないと思い込んでいる眞仁の腕をとって咲夜は進んでドアを開けた。 「失礼します」 鼻につくつんとした薬品の臭いが漂う診察室。その奥に背を向けた医者がいるのだが、すらりとした背の、とっても高い。 咲夜は驚いて目を瞬かせる。 「あら」 「な!」 後ろにいた眞仁も覚醒して目をカッ! 見開く。 「どうかしましたか? さぁ、はやく中に入ってください」 くるりっと椅子をまわして振り返ったのは真っ白い白衣を着た、 なんてこった、お兄ちゃん、とうとう目が悪くなったみたいだ! 咲夜! それならあたしも悪くなっちゃったみたい、お兄ちゃん! と月見里兄妹は血を分けた者にのみわかる視線会話を交わす。 あれ、もしかして二人とも同じものが見えているのだと理解するまで数秒を要した。 「もしかして、お兄ちゃん、目の前のお医者さまが」 「ああ、真っ白い、……神聖なドラゴンに見えてるんだが」 二人は真顔で見つめ合い、そして再びそちらを見た。 真っ白い雪のようなつるりとした肌、そこに浮かぶ美しい光を放つ文様、柔らかな光を持つ瞳に知的な眼鏡、腰には医療に必要らしい道具を詰めた小さなバックをくくりつけた細い腰――ホワイト・ドラゴンである! 実は月見里兄妹には秘密がある、それは――クリーチャー大好き! よくある話であるが兄が好きで、思わず夢中になっていたのに妹もその良さに目覚めてしまったのだ。 その上、妹のほうは無類のもふもふ好きでつまみ魔でもある。 ちなみに眞仁がクリーチャーに目覚めた原因は六歳のとき「聖龍の翼」という当時はやっていたアニメ映画で、そこに出てくる巨大蜘蛛の化物と人類、人を助ける聖なるホワイト・ドラゴンの愛と勇気の物語が原因だ。いやー、あの蜘蛛の化け物もその動きが巧みだし、人間と敵対する理由も森を破壊された怒りとかすごく作りこまれていていかりゃく そんなわけで もうそんなわけで 昔から大好きで憧れていた生き物が目の前で微笑んでいると後光がぴかーとさしていて目が潰れそうな威力である。このありがたさでついうっかり頭痛もどっかに吹っ飛んでしまいそうである。 「あの」 白いドラゴンで苦笑いした。 「どうかなさったんですか」 「え、いや、あ、あれ、なんでそんな、え、え! 俺のため!」 「お兄ちゃん、落ち着いて」 もうテンションマックスまで高まった眞仁は勢いよく白いドラゴンの手を両手でがしっと握りしめる。 ふふと、白いドラゴンは微笑む。 「えーと、えーと、お名前は! まず名前からだよな」 「お兄ちゃん! それだとお付き合いする人みいでしょ」 咲夜が窘めるが興奮しすぎた眞仁は聞いちゃいねぇの笑顔できらきらと目の前の白いドラゴンを見つめる。 「ワタクシですか? 医龍と申します。どうぞ、気軽におよびください」 医龍・KSC/AW-05S。医療を学び、人を助けることを喜びとするドラゴンである。 「あの、クゥさんは?」 咲夜が疑問を口にすると医龍はこくんと頷いて微笑んだ。 「レーヌ様ですか? 午後から急きょお休みをとられたのです。実は先ほど司書の黒猫さまが口に魚をくわえて走っておられると裸足でどろぼーといいながらおいかけていってましたが、本当にあの方々は仲がよろしいのでございます。たまたま、医務室におりましたら人手不足というのでワタクシが本日だけお手伝いしているのです。えー…ヤマナシ マヒト様、で御座いますね?」 なんだか日本のちょっと懐かしい光景を説明から想像していた兄妹にたいして医龍はボードにある文字に首を傾げた。 ぎくりと眞仁の肩が揺れた。 医龍が目を向ける問診票にある名前のところは豪快で角ばった字なのにフリガナの字体はとても滑りよい女性の書いた字なのだ。 「あっ、それは……代筆はいけませんか? 実は兄はカタカナが壊滅的に下手なんです」 しょんぼりと俯いている眞仁にかわって察した咲夜がそれとなくフォローにまわる。 「カタカナが、ですか?」 「はい。シがソに見えるのは序の口で、カがアに見えたり、タがなぜかチにみえたりするくらいなんです」 ずずずーんと眞仁は肩を落とす。 「どうせ、俺はカタカナが下手だよ。そのせいで一時、ターミナルの登録名も、「ヤマナアシ」でさ。本当は「ヤマナシ」なのに」 ちなみにその登録が直されるまでがまた大変だった。なんせ 書類を受け付ける司書と 「ヤミナシさんね、はい、もう間違えないように」 「ちがいます、ヤマナシです」 「え、だって、この文字はどうみても、あ、わかった、ヤチナソさん!」 「ち、が、う!」 ということを繰り返し、ノートで咲夜に助けを求めて二人して一生懸命司書を説得したり、拝んだり、泣きついたりした――本人の文字でないと受け取れません。無情の言葉に徹夜でカタカナをなおしてを繰り返し、書類直しが受理されたのは間違えた登録発覚一カ月後である。その間、カナでひたすら苗字を書く悪夢はもう 「思い出したくない! なんで、いつもいつもカナなんだよ! ひらがなでもいいだろう!」 「お兄ちゃん、落ち着いて」 「うう、あんなにも猛特訓したのに翌日からはやっぱりヤマナアシだし!」 「……どうしてあんなにも書いたのに、すぐにだめになるのかしらねぇ」 男泣きする眞仁に咲夜は頬に手をあててほとほど困り果てた顔をする。その様子を見て医龍はくすっと口元に笑みを浮かべた。 「そういう事情なのでしたら、気にしませんよ。妹さまが代筆なさったのですね? わかりました」 「本当ですか? ありがとうございます」 きらきらと美しい涙を流しながら眞仁は医龍の手をがしっと握りしめた。 ほらみろ、どこかの一カ月連続で「ヤマアナシ」なんて心無い読みをした黒い毛に覆われた司書よりホワイト・ドラゴンのほうがずっとやさしい! 「それでは症状は頭が痛いのですね、風邪でしょうか……?」 ボードを見ていた医龍が問いかける視線に眞仁は頭をぼりぼりとかいた。 「けど、俺、自慢じゃないんですが、この二十九年ほど風邪なんてひいたことなくて、どういうものなのかわからなくて」 「ふふ、健康なことは自慢できますよ」 「そ、そうですか、いやぁ」 「お兄ちゃん! あたしもあまり風邪は引かないから、けど喉の痛みや鼻水からで……頭が痛む症状なんてあるんですか?」 「風邪は個々に違う症状が出るものなんですよ。では、まずお口から見せてくださいね」 ふわ、ふわ、ふわと揺れる白い尻尾。 「……」 「……」 月見里兄妹の視線は釘づけとなった。 眞仁は心から思った。クリーチャーの尻尾って、やぱりあたたかいのか、触っても、いや、それ怒られる。 咲夜は心から思った。あの尻尾、やっぱりふわふわじゃないのよね。けど、触ったら気持ちよさそう、ねぇ、ちとてん。 それぞれ心に秘めたる欲望が刺激される尻尾ふりふり光景に、意志を強くして診察に挑むことになった。 「あーんで、ございます」 「あ、あーん」 口を大きく開ける眞仁。それに医龍はなかを覗き込む。 その際、眞仁の肩につるっとした、けれどあたたかい手が触れる。 うっひゃあ! 口が自由なら絶対にそう叫んでいた。 「喉は腫れていませんねぇ。今度は目ですが」 医龍は眞仁の頬に触れて顔を寄せてくる。 つぶらな紫色の瞳、ニキビや汚れ、怪我のないつやつやの白い肌。 うおぼろ! とまぁもう言葉に出来ない歓びが脳天からつま先まで駆け巡る眞仁である。 「では、洋服をまくしあげていだたければ」 「え、えええ!」 「どうかなさいましたか?」 「い、いえ、そんな、脱げって、え」 「心臓の音を聞きたいのですが、もしだめでしたら首のところから、失礼ですが手を突っ込んでも」 「あ、ああ、音を、音をって、え、手をつっこむって、」 「お兄ちゃん! もうなにしてるの」 大興奮している兄に咲夜のほうがいくぶんか冷静に窘める。いや、だって、だって、幼少時代からの憧れが目の前にいて自分を診察してくれている、そして、あろうことからぺたぺたと触って、あ、もう ふらぁ ぱた 「お兄ちゃん!」 「眞仁さま!」 もういろいろと大興奮しすぎて眞仁は意識をなくして後ろに倒れた。ごんっと床に思いっきり頭を打って幸せなクリーチャーの園に駆け出していた。 「こ、これはどうしたことでしょうか、眞仁さまが」 「すいません、たぶん、兄の悪い癖のせいです。もう、お兄ちゃん、起きて」 ゆさゆさしても元ラグビー部で現役大工の眞仁はびくともしない。 「しっかりしてくださいませ」 医龍も心配してくわわる。 二人でゆさゆさされた眞仁はそっと薄目を開ける。 愛しい妹と、そこにはホワイト・ドラゴン! 「ここは天国なのか」 「病院よ、お兄ちゃん」 「もう無理だ。俺は我慢できない、失礼しまぁす」 飛び起きる力を利用して眞仁が両手を伸ばして医龍に飛びつこうとする。医龍は目を瞬かせる。ああ、この方も――このターミナルにきてドラゴンすきぃいい、けっこんしてくださぁいという若者がやたら多かったのでもふもふされるのは慣れているため、微笑ましいなぁと見つめていたが すぱーん! 気持ちのよい音をさせてタオルが飛ぶ。 「あいた」 眞仁は顔面でタオルの一撃を受けた。 「お兄ちゃん!」 「ひ、ひどい。咲夜」 「どっちがよ! 医龍さんに飛びつこうだなんて失礼でしょう」 「けど、咲夜……お前だって、その手」 「え、あ」 もふもふ、つるつる、もにゅもにゅ――咲夜は指摘されてはじめて気がいた。自分が思いっきり医龍の尻尾を摘まんでもみもみしていることに。 「ひぃ、やめてください。くすぐったいです、あ」 「あたしったら」 「うお、色っぽい!」 恥じつつももにゅもにゅをやめない咲夜、悶える医龍、大興奮する眞仁。 そこにぞっとする暗黒オーラが襲来した。 「君たち、うるさいよ。ここをどこだと思っているんだい」 医務室最強の爽やか系イケメン男性スタッフに怒られてしまった。 部屋の隅にいるトレモとちとてんはそんな主人たちをみて、はぁーとため息をついて首を横に振った。 「すいません、あたしのせいで」 「いえいえ、お気になさらず。慣れておりますから」 「医龍さんはやっぱり心が広いな、そんなところも素敵じゃないか。なぁ、咲夜」 「もうお兄ちゃん!」 なんだかんだとあったが無事診察を終え、そのころには眞仁はすっかり医龍の見た目もそうだが優しい性格の虜となっていた。恋する乙女よろしく両手をあわせてきらきらの目で見つめている始末である。 「それで、結果ですが……ただの偏頭痛です」 「へんずつう?」 兄妹の声がはもった。 「はい。気になったのですが、頭が痛くなる前になにかじぃと見られておりましたか? どうも眞仁さまは片方の目が悪いらしいですね? それなのに目を使いすぎて脳がつかれてしまうのでございます」 「そんな目をつか……あ」 「お兄ちゃん、なにか心当たりあるの?」 「実は昨日一晩かけて、妖怪集団VSエイリアン(自作)のフィギュアを作ってて」 ちなみに妖怪集団VSエイリアン集団とは低予算低コストで作られた映画で、日本の古き妖怪たちと宇宙からきたタコぽいのから灰色の二足歩行の宇宙人たちがとある村人たちを脅かし大会するという不思議な話で、ちなみにジャンルとしてはB級ホラー。ラストはなぜか宴会して仲良くなっちゃうというよくわからないけども、なんか出てくる妖怪、エイリアンの作りだけがハイレベルでクリーチャー好きには人気作品なのだ。 そのラストの宴会シーンをぜひ立体で見たいと思い立った眞仁は映像をガン見、手元に設計図をかき、粘土をこねて……一晩かけて大作を完成させたのだ、そりゃあ、頭もいたくなるってもんだ! 原因もわかり、ちょうど医龍がスタッフと交代の時間となったので月見里兄妹は世話になったということもあり、医務室近くのカフェに医龍を誘った。 「素敵な趣味ですが、何事もほどほどにしなくてはいけませんよ?」 「はぁ、お恥ずかしい。つい夢中になると、あ、あの医龍さんを元にしたフィギュア、作ってみていいですか!?」 清水の舞台から飛び降りる覚悟で眞仁が頭をさげる。 「お兄ちゃん!?」 「あ、無理でしたら遠慮無く! けど、できれば作りたいですイエスかイエスか、はいか、いいですよか、もう仕方ありませんねという返事だけ欲しいです」 「お兄ちゃん! それ、全部承諾のお返事だけじゃない!」 「ふふ。構いませんよ。ワタクシで宜しければ是非に……そうですね、ワタクシ、ピンクのふりふりの魔女っ娘姿という自分をみたいのですが」 「本当ですか!! おおー! ありがとうございますって、魔女っ娘! これまたマニアックですね、けど似会いますよ、絶対に、聖なる白いドラゴンが実は魔女っ娘、斬新だよな! 絶対にいい!」 「もう、お兄ちゃんったら!」 「お前だって尻尾さわってるじゃないか」 「あ」 その十日ほどあと、眞仁作――魔女っ娘★医龍(いやしてあげる★)が完成し、プレゼントされたのであった。
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