「これと、あれと、ついでにこっちも買っておくか」 「……」 「なぁ、ハフリ、これ、どう思う」 「わかんない」 はぁとため息をつくようにハフリは楽しそうに買い物する設楽一意に言い返す。その顔にはありありと不満という文字が書かれている。 「お前なぁ、ノリ悪いぞ」 一意が睨むのにハフリは、またはぁと嘆息する。 「つまんない」 「つまんなくないだろう! せっかくの休み、事務所で使うものを買いに来たんだから!」 一意が熱心に語るのにハフリの目はどこか冷めている。 「だって、ハフリ、お買いもの、よくわかんないもん」 「だから俺とこうやって買い物してるんだろう」 「一意、自分が楽しいだけじゃない」 つんとハフリが唇を尖らせる。 「う、事務所のもんは俺が買う約束だろう? かわりにハフリは家のもんを探すんだろう?」 一意の言葉にハフリがもじもじする。その腕に抱かれたはの七号――白兎が赤い目を札越しに一意に向けてきた。 なんだよ、と一意が視線を向けるとはの七号はふぅとまるで世知辛い世界をすべて見てきた老人のように「ご主人さまは、何もわかってない」といいたげに鼻から息を吐いた。 なんだよ、こいつ インヤンガイの生活もようやく軌道に乗り出した一意は思い切って休みをとることにした。 実は今まで住まいの確保と仕事を得ることに意識を向けすぎていてその住まいを飾ることをころりと忘れていた。客層が金持ち層まで及ぶとやはり見栄も張りたくなる。 事務所の外見は仕方なくとも、食器類がないのはまずい――今のところ紙コップで過ごしていたが、そろそろきちんとした食器がほしいというのが一意の願いだ。 せっかく、俺の事務所なんだ。いつまでも紙コップじゃなぁ。 インヤンガイは自分のものを持たなくてもある程度、金でなんとかなる。 通りには屋台が多く、惣菜類を買えば腹はいつでも満たされるし、ちょっと探せば古服屋などもある。 街になにかあればそれを捨てる、ということが彼らの習慣であるため貧民層はあまりものを持たない暮らしが当たり前なのだ。 けれど一応、今の住まいにはキッチン類もついているのだし、自分で作らないとしてもいつかハフリが作ってくれる、かもしない。――ほんわかと期待してしまうのは男の悲しい性だ。 休みをハフリは喜んだが、買い物に行く口にすると一気に顔が険しくさせた。 せっかくだから、事務所のものは一意が、家のものはハフリが買うということになったのだが……タイミング良く通りで月一回のフリーマーケットが開かれていた。 ありとあらゆる日常用品が並べられて元気のよい売り手が朗々と声をあげる。 食器類が新しいものから古いものまでピンキリで売られている。そのなかで白い陶器に鮮やかな花をあしらった食器セットに一意は目をつけた。同じようなインヤンガイではやや珍しい洋風のティーポットセットもあったので、これは買いだ。 店主に交渉して思いのほか安く手に入ったのもささやかな満足感を得られた。 「どうだよ、俺の交渉術」 「よくわかんない」 「なぬ」 「そんなお皿のなにがいいの」 「きれーじゃねぇか」 「……きれいだけど洗いづらそう」 食器の片づけは基本、ハフリがしているのでそんな実用的な感想が出てくるらしい。 「お皿薄いからすぐに割れそう、もしお茶とか零したらすぐに色がつきそう」 「う、うう」 「ポットなんて使うの」 「うううう。い、いいんだよ。俺がほしかったんだから! 最近、客にお金持ちとかが多いんだよ。ああいう連中はこういう見た目に品があるもんが好きなの」 「……品? 値切って買ったものにあるの」 ねーとハフリとはの七号が顔を見合わせて頷きあう。 「うるせー! ハフリは家のものどうするんだよ。カーテンとか、クッションとか、食器とか買ったのか」 「……カーテン、クッション、食器」 ハフリが眉間に皺を寄せて俯く。 「ハフリ?」 「そういうものいるんだ」 「お前」 一意がようやくハフリがずっと自分の後ろをついてくる理由を理解した。 ハフリは家で使うものを購入してもいいと言われても、どんなものを買えばいいのか思いつかなかったのだ。 不要だから。 ハフリはずっと閉じ込められて生きていくはずだったから、そんな当たり前の知識がないのだ。ぎゅうと胸が締め付けられる痛みを覚えた一意はすぐに口を開いた。 「……家のものは、その、やっぱり一緒に探すか」 「かずいと?」 「おう。どうせ、事務所のものは買ったからな。家は俺とハフリで暮らすんだから二人で買ったほうがいいだろう」 ああ、もう、くそ。 慣れないと頭をかきながら一意は彷徨わせていた視線をハフリに向ける。ハフリはきょとんとした円らな瞳を一意に向け、ふふっと口元を緩ませた。 「うん。じゃあ、探そう」 ハフリが手を伸ばすと一意は掴む。小さく、冷たい指先が微かに震えていた。それが一意を離さないように指を絡めて、ぐいっと力強く引いた。 「あのね、あのね、あっち」 「よし、探すか」 カーテンは藍、いいや、白と二人は言い合い、妥協して淡い黄色にした。クッションでもやっぱり花柄がいいという一意にハフリはシンプルな白と黒のチェック柄をチョイスして、仕方ないので二人で二つ購入した。が 「ベッドカバーまで花柄にしたいのはどうなの、かずい」 「きれいな色だろう?」 「青い花柄」 かわいいというよりも絵具で描かれた大輪を咲かせる薔薇のベッドカバーをチョイスしたのは一意だ。 「そういうお前はなんでシンプルなやつばっかりなんだよ。今度は緑色かよ。柄はこれ葉っぱか?」 「そう」 「シンプル過ぎだろう」 「かずいが派手なの」 ハフリが腰に手をあてて一意を睨みつける。 「もっと女の子なんだから派手でいいだろう、お前は」 「かずいは男なのになよなよしすぎ」 「なよ、なんだとぉ」 「なによ」 二人は睨みあう。 家で使う日常品を購入しようというたびにハフリと一意は言い合いをしていた。 一意が見た目のやや派手な、けれど清楚なものをチョイスするのにハフリはシンプルな、それでいて落ち着いた色のものを選んでしまう。 「ハフリ、かずいの趣味がわかんない」 「俺もハフリの味気ない趣味がわかんねぇよ」 はっと両手を肩の高さにあげて大げさに肩をすくめる一意の子どもぽい嫌味にハフリはむっと怒って無防備な足を踏みつけた。 「いって」 「水虫じゃなーい? もうかずいのばか」 痛みに身悶える一意にハフリは背を向ける。 一意は涙目でハフリの小さな背中を睨みつけた。はじめて会ったとき幼いと思っていたその背中は今見るとだいぶ肉がついて、高くなった、ように思う。 成長、しているのだろうか? それともハフリはまだ時間を否定しているのだろうか。 悲しいことが起こりすぎてもうなにもかも見たくないと世界に背を向け、大人になることを否定した少女。 大人になると汚いもの、醜いものをもっともっと見るのだと無意識にも己の力で時間を止めてしまった。 それが進めばいい。 楽しいことだけじゃなくても、逃げなくてもいいと知ればいい。 思い知らせてやる。ハフリに。 世界が汚いだけだったらきっと自分は希望なんて持たなかった。けれど世界は残酷に気まぐれに美しく優しく、だから自分は諦めきれずにここであがいている。 ハフリにその美しさのひと欠片だって見せてやりたい。与えてやりたい、教えやりたい。そうしたら自分のように呆れながらも進んでいけるはずだ。 だからハフリが馬鹿にしようが、顔をそむけても一意は自分が見つけた、ハフリに似合いそうなものを見せてやる。 一意はハフリを考えて躍起になるあまり、小さなことを見過ごしていた。 ハフリが選んでいるシンプルな色合いのものが実は一意の髪や瞳や雰囲気にとても似ているのだということに気がつかないでいた。ハフリはずっと一意を見つめて、それに似合うものを探して選んでいたのだというささやかな真実。 屋台で昼を食べて一息つくとハフリはおずおずと尋ねた。 「これで終わり?」 もう両手いっぱいの荷物に足は棒になりそうだ。しかし 「いや、お前の服がまだだろう」 「服? 服、買うの?」 目がきらきらと輝く。 やっぱりこういうところは女の子だなと一意はつくづく思う。 「よし、ちょっと奮発して高いところいくか」 「え、古着じゃないの? ハフリが、はじめて、きるの」 「そうだよ。ハフリだけが、はじめてで、ずっとハフリが着る服だ」 せっかくハフリに服を買うなら古着ではなく、新品にしてやりたい。そのためにも今日は財布のなかを厚くしてきたのだ。 ハフリが今日はじめて甘いものを口いっぱい頬張ったようなきらきらの宝石みたいな笑顔を浮かべた。 「かずい」 「なんだよ」 「ありがとう!」 現金なやつ、そう思うがその甘い笑顔に一意の唇が綻んだ。 「よし、ここにするか」 一意が大通りで見つけたのは女性向けの服屋。 ハフリは何気なくショーウィンドを覗き、なかに飾られたふりふりの白いドレスぽい服に体をかたくした。 店内はやはり白、黒、ピンク、可愛い色合いにリボン、レース、可愛いもの満載の服がいっぱいであった。 「このドレスみたいなやつかと、ロリっていうのか? ハフリに似合うんじゃないのか」 どこぞのお金持ちのお嬢さまが身に着けてそうな白いレースのついた、胸にはリボンのワンピース。最近のはやりだという星と月をいっぱいにあしらったドレス。 「ハフリだと、これか?」 藍と白を使ったチェックのドレスは膝まで白いふりふりのスカートで、品と清楚さと可愛らしさをとことんまで追求した一品である。 「もしくはこれってどうだ。黒ドレス。アクセントに赤のリボンついてるぞ」 「かずい」 「なんだよ」 「変態」 重い沈黙が流れた。 「な、な、なっ……!」 「恥ずかしい」 「なぬ!」 「かずいの趣味、ちょこっとわかったかも」 「なんだよ」 「かわいいの好きなんだ。はぁ」 思いっきりため息をつかれて一意は顔をひきつらせた。ハフリが着たらかわいいと思って選んだのにどうも不興のようだ。なにがいけない。女の子はこういうのが好きだろう! 「これだと、お掃除とかも邪魔でしょ」 「う、うう」 「ハフリは普通のジーパンとかシャツとか」 「なにいってんだよ、ハフリにはこういう方が似合うって、絶対にかわいい」 「もう、かわいいじゃ生きていけないのよ」 「俺はハフリが可愛いほうがいいんだよ」 言い返すとハフリがきょとんとした顔をしてまじまじと一意を見つめた。 「なんだよ」 「かずいって、ハフリが可愛いと嬉しいの」 「当たり前だろう」 「そっか。仕方ないなぁ」 ハフリは苦笑いして、優しいため息をついた。 結局、ドレス系は一着だけとハフリは言うのに、一意はせっかくだから二着にしようと反論して五分ほど睨みあった結局、三着買うことになった。 日常用に動きやすいシャツやジーパンも購入した。 事務所に戻って買ったものを飾ると、一気に華やかになったのに一意はほのかにほくそえんだ。 「かずい」 呼ばれて振り返った一意はぎょっとした。 「な」 ピンクと白のドレス姿のハフリが照れながら歩いてきた。 開かれた胸の部分は小さく膨らみ、幼さのなかに色香が漂ってくるのがわかる。 細い腰のところにはリボンがワイポイントでついている。ふわふわと膨らんだ蕾みたいなスカート。 「これ」 ハフリはカップを差し出した。 二匹の白と黒のうさぎのマグカップ。 「かずいは白ね。ハフリは黒ね」 「これ」 「二人で使うために選んだの」 「そっか」 「ハフリはかずいのかっこいいところ好きだけど、かずいはハフリのかわいいところ好きなんだね」 「うん」 「今日はこれでいる。ココアのみたい」 「いれてやるよ」 カップを受け取って一意はキッチンに向かう。そのあとはハフリがついてくる。 「いつか、ハフリがいれてあげるね」 「期待してる」 ココアを飲みながらお揃いのマグカップを見て、そのときようやく一意は気がついたのだ。 そっか、ハフリが今日買ったのは俺をイメージしたものだと。 自分の選んだ服を身に着けた、自分のことをイメージしたものを大切にするハフリ。 微笑まれて全身が火がついたように熱くなった。 これじゃあ、俺がハフリの全身を抱きしめてるみたいじゃない、かよ。
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